【募】こんな小説を書けこの野郎【リクエスト】   作:hasegawa&friends

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陽キャ共を絶望のどん底に叩き落してみた。 その3

 

 

 

「――――退避ィィーッ!! 退避ィィィーーッッ!!!!」

 

 誰かの叫び。とても切羽つまった大きな声が、静寂を壊す。

 あーしは無心という名の微睡(まどろ)みから覚醒。ハッと意識を戻して、慌ててその場から駆け出した。

 手に持ってた掘るヤツ……じゃなかったツルハシなんて、ポーンと放りだして。

 それはみんなが同じだ。ここで作業中だった誰もが、慌てて出口の方へガンダっていく*1

 

「あなた何してるのっ! 急ぎなさいッ!」

 

 目の前の光景が白くなるくらい、全力で走った。

 でもその道すがら、一緒に走ってた内の誰かが、とつぜん足を止めて、叫びながらどっかに駆けていくのが見えた。

 

「行くよっ! ほら掴まって! ……早くッ!!」

 

 そこには、グッタリと倒れてる子が居た。退避の指示が出ても、意識朦朧としてて、立つことも動くこともしてなかった。

 一緒に走ってた子が、いま懸命に声を掛けて、その子を担ごうとしてる。

 女の子だし、身体だってガリガリ。ぜったい他人を助ける余裕なんて無いハズなのに、その子は身を顧みずに助けに行ったの。

 

 その光景が目に入った瞬間、あーしも〈キキィ~!〉って足止めて、そっちに向かった。

 肩を貸してやり、二人で一緒にその子を支えながら、必死こいて出口の方へ走った。

 もう周りには、誰も居ない。みんなとっくに逃げ去ってしまい、ウチら三人だけ。

 それがあーしの心に、焦りと恐怖を生み、なんかよく分かんない程の力を発揮。

 人ひとり支えてるとは思えないくらいの速さで、クソ狭い坑道を駆け抜けてく。

 

「――――い゛っ……!?!?」

 

「――――ん゛ッ……!!!???」

 

 轟音。背後で物凄い爆発音が鳴る。

 鼓膜がビリビリ震え、地震めいた振動を感じ、上から崩れてきた石だの砂だのが、雨みたいに沢山降り注いで来た。

 爆発によって押し出された空気が、ウチらを吹き飛ばす。

 この坑道は()みたくなってるから、逃げ場のない空気が全部一直線に、出口の方へと押し出されたんだろう。扇風機やドライヤーなんて目じゃないくらいの爆風が、いとも簡単に三人の身体を押し倒した。

 

「じ……ジュリちゃん、怪我は……?」

 

「……ノープロ。そっちは?」

 

「うん、私も大丈夫……たぶん」

 

 地面に倒れ、それでも二人でグピちゃん*2をギュッとハグしたまま、顔を見合わせる。やれやれって感じで息を吐いて。

 

 さっき、爆風で視界と意識がシェイクされてる間も、この子がもう「死んでも守る」みたく、一生懸命にグピちゃん庇ってるのが分って、ちょっと胸があったかくなった。

 たとえこんな場所でも、この子は正義の味方なんだな、誰かの為に頑張れる子なんだな……って。

 

 ちな*3、今の爆発は発破(はっぱ)による物。いわゆるダイナマイ。

 ここでは時折、坑道堀りの効率を上げるために、こうして発破を使う。固くて掘れない層に行き当たったら、壁に穴あけて発破を差し込むんだって。

 

 だからその度に、ウチらは必死こいて逃げなくちゃいけない。

 たとえこんな真っ暗な中の、過酷な肉体労働だとしても、ここでは一瞬たりとも気を抜いちゃいけないの。こうして退避の指示が出ることもあれば、突然壁が崩れたり岩が落ちてきたりと、いろんな危険があるし。

 

 そもそもウチらって、ヘルメットみたく上等なモノ、支給されてないしね……。

 ホントはさっきのあーしみたく、ボケっとしてちゃ絶対ダメ。人が掘ってる“坑道”ってトコは。

 

「あー身体いったいッ!

 久々に本気出しちゃったよぉ~。もう一気に目ぇ覚めた……」

 

「あーしも……。まじショッキングピーポーマックス(とても驚きました)」

 

「ご飯も食べてないのに、こんな走らせるなんてさ?

 どーなってんのよホント……」

 

「わかりみ(肯定です)

 今ので二日分の体力ロスト。ごはん増やせし、って感じ」

 

「ねー♪」

 

 ここには無線機も無ければ、学校みたくキンコンカンコンも鳴らない。伝言ゲームみたく伝え合う“退避指示”を聞いて、その場からソクサリ*4するしかない。

 たとえ道中で転んでも、逃げ遅れた人がいても、そんなの関係なく発破は起爆される。少し待って貰えますか? なんて伝える術が無いから。

 

 いま21世紀でしょ? もうちょっとあるでしょうよ。

 なんとか助かった、という安堵感に顔を綻ばせながら、二人で愚痴り合う。

 そんなひと時の戦友との、朗らかな時間。あったかい気持ち。

 

 けれど、談笑しながら持ち場に戻った時、ウチらの笑顔は凍った。

 

 

 

「この子……見たことあるわ。

 昨日、体調悪そうにしてたの」

 

 発破の爆発で、崩れた岩壁。そのたくさんの石や土砂の中に、()()()()()()()()()

 

「お腹をこわしてた。きっと脱水を起こしたんだと思う。

 それでこの子、走れなかったのよ……」

 

 ご飯も食べてないのに、お腹を壊す。

 おかしな話だって思うけど、別に食べすぎだけが腹痛の原因じゃない。体調とか病気もある。

 ただ、そのせいで脱水症状を起こし、体力を奪われてしまった。たとえ退避の指示が聴こえても、もう走ることが出来なかった。

 

「可愛い子だったのにね。

 こんな場所でも、花みたいに見えた……。

 きっとこの子、ファンシーでキュートな必殺技を使うんだろうな~って、勝手に想像してた」

 

 

 

 ただ、お腹を壊したってだけ。

 ほんのちょっぴり、体調を崩したせいで、この子は死んだ――――

 

 別にこの子だけの話じゃない。もうこの坑道で、何人も死んでる。

 さっきウチらが助けなきゃ、あのグピちゃんだって死んでた。

 昨日まで元気で、普通に作業してた子達も、次の瞬間には落石で顔を潰されたり、落盤で生き埋めになって死んだ。

 

 ここは、そういう場所。

 ちょっとでも弱れば、運が無ければ、簡単に命が消えてしまう。

 

 そして、遺体をトロッコに乗せて外に運んだら、また何事も無かったみたく、作業は続く。

 ツルハシや発破を使っては、崩れた石炭を運び出し、木材で岩壁を覆って補強。その繰り返し。

 

 作業は延々と続いた。

 朝から晩まで。明日も明後日も。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ちょ、やめろし。押すなし」

 

「ちゃんと計ってるか? 慎重にな? 頼むぞリョウ……!」

 

「ヨユーw オレまじ飛天御剣流だからw 超ASwww(すごくご安心ください)」

 

 裸電球の頼りない灯りの中、みんなでテーブルの周りに群がる。

 この家にいる10人が、押し合いへし合いしながら、固唾を呑んでリョウの手元をじっと見つめてる。

 

「あーっ! タカそれ大きくない?! ズルくない?!」

 

「いや一緒だって! どれも変わらないからっ! やめろよジュリ!」

 

「おー、餓鬼どもが醜いケンカしとるわ。

 争え……!w もっと争え……!www」

 

 いま目の前にあるのは、一斤の食パン。まぁ例の雑穀混じってる黒パンなんだけどさ。

 今日ウチらは食堂では無く、それぞれ自分達のロッジで、支給された食事を摂る事になってる。

 

 わざわざ定規みたいのを作り、それを食パンの横に置きながら、リョウが包丁で人数分に切り分けていく。

 もう1ミリたりとも誤差は許さん、いやむしろ大きいのはどれだ? とばかりに、目をデメキンみたくギョロギョロしながら見守る。

 食べ物のことなので、みんな真剣そのものだった。

 

 やがてパンを配られた後も、自分のと人のを比べては、あーだこーだ言い合う。

 この時ばかりはもう、仲間だとか戦隊のリーダーだとか、関係ナッシン。

 血を見るのも、技を使うことも辞さない。あーしはお腹が空いてるのだった。

 

 ちな、ここも以前は、横からも上からも雪が入り込んでくるという、悲しいくらいのボロ家だったけど、今は「そこそこ住めんじゃね?」くらいの住居へと、レベルアップを果してる。

 季節は冬になり、この収容所に来てから、もう2カ月以上たつんだけど、その間もちょいちょい屋根や床とかをリフォームしてきたから、今ではギリ“ロッジ”と呼べる物へと進化した。

 

 屋根もしっかりしてるからノープロだし、ボロいけどストーブもある。換気のために必要な窓も、しっかり完備されてるよ。

 みんなで設計し、一生懸命ゴリゴリ木材を削って、組み立てたの。

 

 あげぽよ。羽ばたいてるね♪*5 技術立国ニッポン、ここにあり(エモい)

 

「うん()()()()! でもありよりのあり! おけだし!(意外と大丈夫です)」

 

「それなw 腹に入れば一緒だしwww

 我が血肉となれッ……! さげぽよパンよッ……!!」

 

「バイブスは上がらんが、腹の足しにはなるな。

 食ってる時が、一番ほっとするよ」

 

 きっと150gにも満たないような、きっとパン屋に置いてあったら「ふざけんなし!」って突き返されるような、粗末な食事。

 それでもあーしは、大切に食べる。ちょっとづつ手でちぎりながら、時間をかけて楽しむ。

 ぜんぜん美味しくないのに、あったかい物でもないのに、なんで食べてて涙が出そうになるんだろう? こんなにも心が休まるんだろう?

 こういう時、自分は生き物なんだなって実感する。食べる事がどれだけ大切なのかを、思い知るの。

 

「うう、もうエンドった……。TBS……(テンション、ブチ下がりです)」

 

「そだな、無くなっちったな……」

 

「ああ、寂しいよ」

 

 でも、すぐ終わる。

 一日の最後にある、大切な大切な時間は、いつもあっという間に過ぎてくんだ。

 前は、文句言ってばっかりだった。こんなちんまい粗末な食べ物なんて、いっそ捨ててやろうかって思ってたのに……。こんな物を食べなきゃいけないのかって、惨めさを噛みしめてたのに。

 でも今は、ありがたいとさえ思う。この食事の時間だけが、一日の内で唯一、やさしい気持ちになれる時だから。

 

「ひもじいね……ペコだね。

 もっと食べたい……」

 

「食いてぇなぁ。……腹いっぱい食いてぇ。」

 

「ポッケ入れてぶっ叩いたら、ワンチャンある? 増えんじゃね?」 

 

「やめとけジュリ……平べったくなるぞ。それファンタジーだ」

 

 やがて、食事を終えたみんなが、いそいそと自分の寝床に入ってく。

 ウチら三人はそこそこ喋ってるけど、他の誰もが寂しさや切なさを噛みしめながら、無言で天井を見つめている。

 後はもう、寝るだけなんだって。またすぐ明日が来ちゃうって……その怖さと向かい合う。じっと。

 

「まったくぅ! 早く迎えよこせし! 助けろし!

 いったい何やってんの、ウチらの司令官!?」

 

「司令官というか、担任だけどなw

 針日(はりひ)センセは今、何してんだろうな? アイツ大丈夫なんかなぁ~」

 

「季節も移り、更に気温が下がってる。

 氷の大地、そしてこの吹雪の中……。僕らを探し出すのは、難しいのかもしれない」

 

「多分、もうクリスマスシーズンでしょ? じゃあウチら居ないと、やばたんじゃん!

 誰がクリパすんの? 誰が日本盛り上げんの? バイブス上げんの……」

 

「ハロウィンだって、多分もう過ぎてんよ。

 結局やれんかったな……、オレらのパーティ」

 

「ああ、無念だ。

 思えば作業と家の補修に、かかりっきりだったからな……パリピの名折れだよ」

 

 ホントは、それどころじゃない。ウチらは()()()()()必死だったんだから。

 ハロウィンとか、クリパとか、そんな準備してる余裕なんか無かった。

 現に、今まわりにいる誰もが、少しでも体力を温存して明日に繋げるため、力の無い瞳で寝床で横たわってる。ちょっとでも体温を逃がさないようにと、ミノ虫みたく毛布にくるまって。

 

「したいね……パーティ。

 バーベキューとか、たこパとか、鍋パとか」

 

「オレはケンタ食いてぇかなぁ? でかいバーレルのヤツ。

 あの丸っこいパンや、ポテトとか、コーラと一緒に。

 テーブル埋まるくれぇ、いっぱい並べてよ? みんなで騒ぎながら食うんだ。

 手ぇ油まみれにしてなwww」

 

「ならピザパはどうだ? ジュリはシーフード、リョウはプルコギのやつ好きだったろ?

 あとサラダやパスタなんかは、僕が用意しても良い。たくさん作るよ。

 部屋も飾り付けて、照明もこだわって、音楽も流そう」

 

「いいじゃん。まじバイブス上がる。タカまたケバブも焼いてよ。

 あーしドンキで、おっきいクラッカー買って来るし。とんがった帽子も。

 ノンアルのシャンパンでね? みんなでKP(乾杯)すんの。ウェーイって言って」

 

 裸電球の頼りない光の中に、ホワッと夢が浮かび上がる。

 あーしも、リョウも、タカも……、想いを馳せるように、遠くを見つめる。

 優しい顔。でも寂しそうな顔。

 とても小さな、静かな声で、希望を語り合う。

 

「おっ……俺は餃子が食いてぇ! 餃子パーティってのは無いのか!?」

 

「はいっ! 私ケーキ作るの得意! クッキーも焼けるよ!」

 

「わ、和食でもええのか……?

 ワイの故郷(くに)じゃ、芋煮会ってのがあってよ!?

 あれもっかい食いたいんよ!」

 

「ミスド買わないの!? あれ全種類買って食べようよ! アタシの夢なの!」

 

 突然ガバッと毛布から這い出し、声を上げる子がいた。それを皮切りにして部屋中のみんなが、もうワーワー言いながら、こっちに寄って来る。

 誰もが口々に、自分の食べたい物、やりたい事を言う。

 目なんかもうパッチリ開きがら、興奮気味に。

 

 そして……どこかみんなの表情には、影があるように見えた。

 良いのか? 自分達なんかが、こんなの願っても……。許されるのか?

 そんな不安な気持ちが滲んでるのが、痛いほど分かる――――

 

 

「うん。全部アリだよ? みんなやりおるマン。

 日本に帰ったら、全部やろう。

 あーし絶対、みんなにLINEするから」

 

 

 

 

 笑ってる子、感謝する子、泣いちゃう子もいた。

 みんな故郷や、自分の愛する物を思い浮かべ、佇んでた。

 

 やがて会話は途切れ、いつしかこの場がシンとしてしまう。

 元気だったのは、ほんのひと時。疲労困憊してるみんなには、仕方ない事。

 ちっちゃな、とてもささやかな希望を言い終えた後、みんな黙り込んでしまった。

 それは、あったかかった夢の終わりのようで……、まだ現実に引き戻されるようで、悲しく思えた。

 

「はーじめて、会った、とーきからぁ……。

 違うーモノ、感ーじーてぇたー……」

 

 ん? って感じで、タカとリョウがこちらを向く。

 

「じーぶんのぉ、中の、だーれかがぁ……。

 こーころぉーを、つついーていたぁー……」

 

 ボソッと、本当になにげなく、あーしの口から洩れた。

 ただなんとなく、どこを見るでも無いまま……、歌を口ずさんでみた。

 

 友達には、うまく言えない。このパワーの源を――――

 恋をしてる? ただそれだけじゃ、済まされないような事のような気がしてる――――

 

「……ドリカムか?

 そっか、ジュリ好きだったもんな」

 

「良いじゃんw 古い曲だけど、オレも好きだぜ? マジ上がる。

 うれしい!たのしい!大好き! ……かぁ」

 

 優しい、そして明るい。

 聴いてるだけで元気が溢れて来るような、軽快なメロディー。

 

 これあーし、子供の頃から好きだったの。ちっちゃい頃からずっとドリカム聴いてた。

 きっとパリピって言ったら、流行りのとかハイエナジーとか、あとクラブでかかってるような曲を聴くべきなんだろうけど……、こればっかりはあーしの趣味。

 陽気になったって、暗かった自分を捨てたって、ずっと変わらないあーしの人間性。

 好きだって気持ちは、きっとずっと変わらないんだ。

 

 きっとそうなんだ、めぐりあえたんだ、ずっと探してた人に――――

 目深にしてた、帽子のつばを、ぐっと上げたい気分――――

 

「うん……良いよね。私も好き」

 

「ジュリちゃん、上手ね♪ とっても優しい声……」

 

 やがて、声が重なる。

 誰からともなく、あーしの声に合わせて、歌い出す。

 それは二つになり、三つになり、いつしか全体に。

 力ない、でも優しくて心地よい歌声が、あーし達の部屋に響く。

 

 

 

 

わかってたの 前から こうなることも ずっと

私の言葉 半分 笑って聞いてるけど……

 

証拠だって ちゃんとあるよ? 初めて手を つないでから

その後すぐに 私の右手 スーパーでスペシャルになったもの

 

 

やっぱり そうだ あなただったんだ

うれしい! たのしい! 大好き!

 

何でもできる 強いパワーが どんどん湧いてくるよ!

 

 

やっぱり そうだ めぐりあえたんだ

ずっと探してた人に!

 

いつもこんなに シアワセな気持ち 持ち続けていられる

 

 

あなたが そうだ あなただったんだ

うれしい! たのしい! 大好き!

 

やっぱり そうだ めぐりあえたんだ

うれしい! たのしい! 大好き!

 

大好き!

 

 

 

 

 

 

 

 

 あったかかった。ぽかぽかした。

 この空気の中に居ることを、幸せだと思った。

 

 弱々しい、とても小さな声だけど、声だってしゃがれてるけど。

 でも自分達は、まだ笑える。

 まだこうして、人に笑いかける事が出来る。それを嬉しく思った。

 

 

 凍えながら、心と身体をすり減らす。命が消えていく様を見る。

 それでもまだ、自分は優しい声で歌えるのかを、確かめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ある日のこと。

 

「なんだ……? こんな夜に、何のつもりなんだ?」

 

 外は吹雪。窓を覗けば景色なんて見えないくらい、風と氷の礫が吹き荒れている。

 そんな夜に、ウチらのロッジに軍服さんが現れ、おっきな声で外に出るよう指示を出した。

 みんな慌てて防寒具を着込み、耳にカバーの付いた帽子を被った。

 

 家の外に一歩出れば、そこはもう人の生きていける場所じゃない、ってハッキリわかる。

 たった5秒で顔の皮膚が凍り付き、目の前が見えないくらいの吹雪が、急激に体温を奪う。

 立っている事すら、一歩足を踏み出す事ですら、容易な事じゃなかった。

 

「作業が、あるのか……? いったいどこへ連れてくんだ」

 

 何十人もの捕虜たちが、列になり山を登っていく。

 軍服さんや、インキャ兵に怒鳴り散らされながら、膝まで埋まるくらい深い雪の上を、延々と行進してく。

 

 途中、あまりの寒さと冷気に、何度も意識が飛びそうになった。

 歩いてるのに、身体を動かしてるのに、どんどん体温が下がっていくのを感じる。

 ずっと気を張っていないと、すぐ倒れそうになる。バタッと雪の上に倒れて、そのまま眠ってしまえば、一体どれほど気持ちいいだろう? そんな事ばかりが頭をよぎる。

 誘惑に抗い、意識を保とうとするのには、とても大きな労力を要した。

 

「――――■■■ッ! ◆◆◆ッ!!」

 

 吹雪に負けじと出された、インキャ兵の大声。それによって、ようやく行進が止まる。

 この時点で、あーしはもうヘトヘトだった。もう歩かないで済むと、ひとり胸を撫でおろす。

 履いてる靴は、もう雪でグシャグシャ。すでに足の指は感覚を無くしてる。

 手も顔もそう、身体も凍り付いたみたく動かしづらい。何十キロもある重りを背負わされてる気分。すぐ倒れ込んでしまいたかった。

 

「なにこれ……山?」

 

「これ以外、何にもねぇぞ。何すんだここで」

 

 ウチらの眼前に現れたのは、高さ50メートルくらいありそうな山。その岩肌だった。

 まっすぐに壁みたくなってて、きっとロッククライミングをやる人なんかが登りそうな、ゴツゴツの岩で出来ていた。

 きっと素手で触れば、簡単に手を切り裂かれる。とても固い地質に見えた。

 

 横並びになったウチらが、ワケも分からず呆けていると、軍服さんが前に立つ。

 ツルハシ用意、今からこの壁を削岩すべし。削り出した岩はこの台車へと――――

 そうまた大声を張り上げ、指示を出した。

 

「……は? なに言ってんの、この人……」

 

 思わず声が漏れた。

 いま聞いた言葉が、上手く理解出来なかった。

 

 今は夜。お日様の光は無い。そこでライトもカンテラの灯りも無い中、ツルハシを振るえ。

 風を遮るものは無い。あーしを吹雪から守ってくれる遮蔽物は皆無。

 辺りは眼前にある岩壁以外、何も無いただっ広い所。雪と氷の大地なんだから。

 

 でも頭をクラクラさせてるウチらに対し、容赦なく「始め」の号令が出された。

 止まっているワケにはいかず、みんなとにかくツルハシを握りしめ、目の前の岩壁と向かい合う。

 

「これを、掘れって言うの……?

 こんな真っ暗な夜に、吹雪の中で……?」

 

 

 

 石炭の露天掘り――――それがウチらに与えられた、氷の大地での仕事だった。

 坑道掘りがひと段落し、季節が真冬へと移り変わった途端、今度はあのサウナみたく熱い所じゃなく、氷に身を包まれるような極寒の雪山で、石炭を掘るの。

 

 岩肌の固さは、坑道の比じゃない。ここは土どころか、太陽さえ凍り付くような場所。

 いくら力一杯に振り下ろしても、ツルハシが刺さらない。岩が削れない。

 それどころかキーンと固い音とともに弾かれ、手の平どころか、もう身体に痺れが走る。

 もう手の感覚なんかとっくに無くて、ツルハシを握ってる事さえ感じられないのに、痺れだけは遠慮なく襲ってくる。

 その度にツルハシを取り落としては、見張りの軍服さんやインキャ兵に殴られた。

 

 過酷な環境、そして労働の中で、意識を失う者が続出した。でもすぐに暴力をもって叩き起こされて、無理やり作業に戻された。

 何度も何度も、その光景を見た。あーしも何度も気を失い、高く雪が積もる地面に倒れ込んだ。

 それにより、靴どころか服にまで雪が沁み込み、更に体温が奪われた。

 

 ずっと頭がぼーっとしてて、自分が今なにをやってるのか、起きているのか寝ているのかも分からなくなった。

 疲労や寒さによる睡魔が、心地よい誘惑となって、たえず襲い来る。これに従えば死んでしまうだろう。でもそれすらもう、考えることが出来なくなる。

 見張りの者達が振るう暴力だけが、あーしをこの雪と氷の世界に、繋ぎとめてくれた。

 

 

 

 これは本当に、言葉では言い表せないくらい、辛い作業だった。

 何人も死んだ。周りの仲間は、瞬く間に数を減らした。その度に補充要員がやって来て、またすぐ死んでいった。

 

 気温がマイナス40度であれば、作業は控えられた。でもマイナス30度ほどであれば、構わず敢行された。

 たとえ作業時間を終えても、その帰路で力尽きたように倒れ、雪に呑まれていった子もいた。

 

 年が明け、冬の時期が終わっても。

 あーしの仕事はずっと、この露天掘りだった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「あれ、ぜんぶ食べちゃう?

 お昼の分とか、残しとかないの?」

 

「う、うんっ!」

 

 最近は、仕事の成果によって、食事の量が決まるようになっていた。

 どれだけ自分が仕事をしたのかを、監視してる軍服さん達が評価し、それによって一日一回しかないごはんを、増やしたり減らしたりされる。

 

 あーしのごはんは、マジ据え置きって感じで、いつも150gくらいの黒パン。

 でもいま声を掛けた子は、最近体調を崩しているせいなのか、とても100gにも満たないような、ちんまいパンだった。

 

「ダメだって。もたないよ?

 何回かに分けて食べないと……」

 

「でも我慢出来ないもん!

 お腹へったの! もう食べちゃう!」

 

 あんな少ない量だから、もう3口くらいで終わっちゃう。言ってる間にその子は、全部たいらげてしまった。

 でもそれは、お昼とか夜とかには、もう食べる物が無いという事だ。

 あーしならば、どんなに少ない量でも、たとえ一口分だけだとしても、後のために取っておく。

 でも強くは言えない。その子がそうしたいんだったら、もう好きにさせるしかない。自分が貰った物なんだし、他人に指図されちゃう()()()は無いんだから。

 

 彼女よりも大分マシに見える大きさのパンを、そっと自分のポケットにしまいながら、後悔なのか寂しさなのか分からない表情してる女の子を、暫く見てた。

 

 

 

 ちな、その子は夜の露天掘り中に倒れて、死んだ。

 どれだけ軍服さんにお腹を蹴られても、もう起き上がる事が出来なかった。

 引きずられ、適当に邪魔にならない場所に置かれた後、だんだん雪の中に埋まっていった。

 

 働けば働くほど、多くのごはんが貰える。そうすれば彼女みたく、お腹を空かせて死ぬことも無いと思う。

 実際この制度になってから、妙に張り切って働いてる子達も見かけるようになったし。

 けれどあーしは、どうしてもそんな気になれない。身体にも心にも気力も湧いてこない。

 

 だんだん作業のコツを掴み、過酷さに耐える知恵を身につけ始めたとしても、このいつ終わるともしれない労働の中で、希望を見出すことが出来なかったから。

 がんばろうとか、ごはんの為とか、生きたいとか……そんな大事な気持ちさえも、氷の大地が奪っていく。

 寒さとひもじさが、体力を根こそぎ奪い、底知れぬ絶望感が、心を塗りつぶしていった。

 

 

 たった今、あーしの横で作業してた男が、倒れた。

 きっと体力が尽きて、もう身体を動かすことも、意識を保つことも出来なかったんだろう。

 

 あーしも、そして周りにいる皆も、彼がいま弱っていて、死の底へ転がり落ちようとしている事は、分かってた。

 けれど、彼に手を差し伸べる子は、居なかった。

 

 誰かを助けるとか、何かをしてやるとか。

 そんな余力なんか無い。もう誰一人として、持ってない。

 

 ここは世界の果て。地の果て。

 そんな生易しいものじゃない。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ウチらのロッジも、だいぶ人減ったなって思う。

 最初は10人居たんだけど、もう5人になった。

 

 でも明日補充が来るみたいだから、また10人に戻る。

 

 死んだ子達に、LINEきけなかった。

 もう手遅れだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 あーしのごはん、ちょっと減ってきたなぁ。

 最近はやる気が出なくて、なかなか手が動かなかったからね。

 

 もともと小さかったのに、更にちんまくなったパンを、味わって食べた。

 

 別に美味しくないし、すぐにエンドったけど、食事は食事だ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 好きな曲だったのに、タイトルが思い出せない。

 あれ何だっけ? よくジャンカラで歌ってたんだけどな? サビのフレーズも出てこない。

 

 でも一番好きなヤツじゃ無いし、別に良いかなって思う。

 

 今やるべきは、この子をはやく埋めてあげるコト。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 タカの体調が悪い。ここのトコロ、ずっと咳ばかり。

 でも作業を休ませて貰えない。こんなトコに薬なんて無い。

 

 でもみんな大差ない。元気な子なんて一人も居ない。

 

 それが何の救いになるのかは、ワカランティ。

 けどタカは一人じゃない。みんなお仲間だ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 気が付けば、一日がエンドってた。

 知らない間に、あーし毛布の中だった。

 

 作業したし、ごはんも食べたし、みんなともダベったけど、あんま思い出せない。

 でも辛いことを憶えてなくて良いのは、なんか得した気分。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 身体の感覚が無いから、殴られても痛くナッシン。

 

 何も感じないって事は、心に響かなくなるって事だ。

 

 氷の冷たさは、痛みや感覚だけじゃなく、あーしから心も取ってくのか。

 

 返して。とらないでよ。

 おねがい。痛くても寒くても良いから。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 最近、“死”が怖いとは、思わなくなって来た。

 

 今日は五人か、昨日よりマシだな~、って普通に思うようになった。

 

 いつからか、人の死を目にする度に、「大丈夫、大丈夫」と心で唱えるようになった。

 

 ――――こんなの大したことなくね? 重くなんて無い。ヘッチャラへっちゃら。

 そんな風に、自然とまた“目を瞑る”ことが、出来るようになった。

 

 

 何かを想うのも、悲しむのも、もうメンディ*6

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 あ、これが“絶望”なんだ、って思った。

 今までよくワカランティだったけど、ようやく気付けた気がする。「あーね」って。

 

 あーし今、なにも感じない。何もかも、どーでも良いと思ってる。

 

 だから誰も、()()()()()()()()()()

 求めて無いから、()()()()()()()

 

 救えない人。

 助けられない人。

 もう終わってしまってる人。

 希望を持ってない人――――

 

 

 自分では何も感じてなくても、きっとその人こそが“絶望”なんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ジュリ……、お前ッ!」

 

 朝。

 一晩過ごした医務室から帰り、あーしがロッジの扉を開けた時。

 

「ただま。もうおけって言われたし、ソクサリしてきたよ」(もう良いらしいので、帰宅いたしました)

 

 目を見開いてる。辛そうな顔で毛布にくるまってたタカも、こっちに駆け寄ってきたリョウも。

 

「お前ッ、その手は……!?」

 

「ジュリッ!!」

 

「ん? あーこれTSO(凍傷)っぽいよ。

 切らなきゃ腐るって言われたから、りょって(良いですよって)」

 

 見せたげる為に、右手を突き出す。

 今あーしの手には、いっぱい包帯がグルグルしてる。

 親指以外は、()()()()()()()()()()、なんか変な感じがしてる。

 

「人指し指は、根元から。

 中指は第二関節から先とかだし、これ歪じゃね?

 つか衛生兵さんは、『腕が残っただけ運が良い』って。

 あーしラッキーガールらしいよ? はげるね(感動ですね)」

 

「……ッ!」

 

 ちな、薬指は中ほどから、小指は第一関節からだし、なんか並べてみると、すごい凸凹してる感じ。

 もし小さいマリオとかいたら、あーしの指っていい感じのアスレチックになるかも。

 

「どうせ切るなら、長さ揃えてくれたらいいのに。パッツン前髪みたく。

 もしあーしがサイボーグになったら、こっからロケットとか出せ

 

「――――ジュリッッ!!」

 

 肩を掴まれ、一喝。

 なんかリョウが、今まで見たこと無い感じの、必死な顔してる。どしたん?

 

「痛っ……! ちょ、何すんのリョウ。やめろし。

 あーしYMA(病み上がりなんですよ?)」

 

「しゃべんな! もういいってッ!

 座ろうぜジュリ。ほら、こっち来いって……」

 

 グイグイ押されるまま、ペタンと部屋の中央に。

 あーしは女の子座りしながら、ブーブーと抗議の声を上げる。暴力反対。

 

「ノープロだよ? つかTSO(凍傷)とか普通じゃね?

 あーしの作業班の子達、いっぱい腕とか足とか切ってる。みんな()()()()()()

 それでツルハシ振れなくなって、他の作業んトコまわされんの」

 

「……ッ!」

 

「…………」

 

「多分あーしも、そうなると思われ。

 もうツルハシ握れませんねって、衛生兵さん言ってたよ?

 やば、超神ってる。これで露天掘りエンドったじゃん(卒業できました)

 最&高かも」

 

 うふふって感じで、笑いかけてみる。

 きっと今あーしは、クララみたく可憐な笑みをしてるに違いない。どうよBFF?*7

 

 まぁ正直、捕虜で収容所だからって()()()()()()()()()()()()、ちょっとMM*8だったけど。でも仕方ないと思う。

 つかもう感覚なかったし、脚とかと違ってバツンて秒で(すぐに)切ってくれたし、全然おけだし。

 

 あーしも指が切断されてくトコロを、じぃ~っと見てたんだけど……、なんかもう「おー切っとるわ~。ないわー(あーしの指が)」って感じで、面白かったよ?

 自分の指が無くなっていくトコとか、普通見れないじゃん? ガチレアじゃん?

 だから全然現実感なくて、なんかTV観てるような気分だったよ。「マジかw うけるw」って。

 

 

()()()()()()()、モテないかもだけどさ?

 でもここ収容所じゃん。ノープロくね? たかしっしょ?(確かに、と思うでしょう?)」

 

「別にカレピッピいないし、今きゅんしてないし(恋をしているワケじゃないので)

 トイレとかごはんの時は、メンディーかもだけど(面倒かもしれませんが)」

 

「でも指失くしただけで、あーし軽作業ゲトった(手に入れることが出来ました)

 もう寒い所でツルハシ振ったり、雪で死んだ子たちを、埋めなくてもおけ。

 もうね? あーしの4本の指、おつかれーしょん☆ って感じ。

 あざましって」

 

「ねぇ、これすごくね? あーし羽ばたいてるよね。(とても輝いてますよね)

 あ、でもパリピはもう無理かも。

 ()()()()()()()とか、バイブス上がんないっしょ?」

 

 

 

 

 

 

 という事で、今日からあーしは、“有栖川ジュリ”に戻る。

 実際の話、ここに送られた時点で、針日(はりひ)センセーに()()()()()()()()()、もう正義とかじゃ無くなってたのかも、しれないケド。

 

 けれど……なんか久しぶりに、いい気分。

 ちょっとスッキリした心地かもしれない。

 

 ぶっちゃけあーし、元々内気な子だったしね?

 ただ一念発起して、高校デビューしただけ。

 とりま、何かを変えてみたくて、無理をしていただけ。

 この半年くらいで髪も伸びて、もう金髪(イエロー)でもなくなったしね。

 

 

 だから、()()有栖川ジュリ――――ただの高校一年です。

 

 本とか、花とか、紅茶とかが好きな、ちょっと馬鹿な女の子。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 タカが死んだ時、泣いてあげられなかった。

 あまりにも唐突で、何かを思うことが、出来なかった。

 

 

 朝起きたら、タカは動かなくなってた。

 ここの所、ずっと体調悪そうにしてたし、いま思えば咳の仕方も、あの時のカナちゃんと一緒だった気がする。

 だから彼女と一緒で、私たちが起きた時には、もう既に冷たくなってた。

 

 あれだけずっと、夜の闇に響いてた咳の音は、いつの間にか止まっていたんだ。

 私たちは、それに気付くことが出来ず、ただただ疲労と衰弱からくる深い眠りに、身を任せるだけだった。

 

 リョウが泣いてる所を、初めて見た。

 普段はあんなに陽気なのに、語尾に草がついてるような口調なのに、大声で泣いてた。

 せつない、悲しい声だった。タカに対する親愛の気持ちが、悲しみによって無理やり外に吐き出されてるみたいな、激しい慟哭。

 抱きしめるように、縋り付くみたいに、タカのお腹に顔を埋めていた。

 

 

 私は、それを見ていたハズなのに。

 隣にいて、死んだタカの顔が目の前にあったのに、泣けなかった。

 

 ただ、そっかと言って、()()()()()()()()

 もう話せないんだなとか、ハルが悲しむなとか、今までありがとうとか、そういった言葉ばかりが浮かんだ。

 

 なんか、遠い親戚のお葬式にでも来たみたい――――

 俯瞰で見た今の私を、そんな風に思った。

 

 

 すぐに始業の時間が来て、私たちは出掛けなくちゃいけなかった。

 リョウはその場から動こうとせず、やがてこの場に現れた大勢のインキャ兵達に、力づくで引きずられながら、どこかへ連れていかれた。

 

 また今日も、作業が始まる。私の仕事は水汲み。

 大きな桶を吊った棒を、手ではなく肩に担いで、井戸とロッジの間をいったり来たり。

 

 一日中、何百往復も。

 さして物を考えること無く。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「よぉジュリ、調子はどんなモンよwww」

 

 オンボロの木が剥き出し、シーツさえ無い粗末なベッドの上で、リョウが右手を上げた。

 あたかも「よっ!」って感じで。私が部屋に入った途端。

 

「悪くないよ。駄目なのはアンタの方でしょ?」

 

「ちげぇねぇw 脚とか折れてっしなwww」

 

 医務室。そこにある寝台。

 まぁ例の如く、部屋はボロだし医療器具も無いし、薬も人員も衛生観念もないような、酷い所だけど。

 リョウが怪我を負った。そう聞きつけた私は、作業を終えた夜になってから、彼の下へ赴いた。

 裸電球の灯りが、彼の顔を優しく照らしている。薄暗い部屋の中で、リョウの周りだけが、あたたかな空間に見える。

 

「脚だけじゃ無いでしょ?

 どうやったら、ここまで大怪我できるのか、教えて欲しいくらいよ。

 見たこと無いもん、こんな状態の人。何に押し潰されたの?」

 

「だから、“とか”って付けたじゃんwww

 文法的には間違ってなくね?」

 

「アンタ国語なんか出来たっけ? 良い点獲ってんの、見たこと無いんだけど」

 

「勉強できんくても、友達はできんじゃん。

 ならパーティは開けるし、一緒にボーリングも行ける。人生楽しいぜ?www」

 

 片目が潰れている顔は、泥や埃まみれ。いまリョウは、身体中に血が滲んだ包帯を巻いてる。折れてるハズの脚や腕は、ロクに固定すらされていない。ギプスなんて上等な物、ここには無いんだから。

 ただただ、申し訳程度に汚い包帯を巻いて、おしまい。

 それがここで言う、“治療”という行為だ。……まぁその包帯すら、足りてないみたいだけど。

 

「見舞い来てくれたんだなぁ……。マジ超GM(ごめん)

 メシ食ったかジュリ? もう夜だってのに、休まんでノープロか?

 やばばばじゃね?」

 

「うん、ぜんぜんOK。

 私は軽作業だし、ちょっと肩や腰にくるってだけ。もうご飯も食べたし」

 

「……」

 

 ちょっとだけ、沈黙が訪れた。

 外国とかでは、こういうのを「妖精が通る」と言うらしい。

 ふいに沈黙しちゃったり、ざわついてた空気がふいにピタッと静まった時に、「あ、いま妖精が通ったね?」って。

 前に読んだ本にあったんだけど、なんかユニークな言い回しだなって思って、今でも憶えてる。

 

 きっと私は、いまキョトンて感じの顔してる。頭の上に「?」が浮かぶような。

 リョウはこっちの顔をじっと見た後、やがて「ふぅ」と力を抜いたように苦笑し、寝台に深く身体を預けた。

 

「陽キャナンジャー、もうお前だけになっちゃったなぁ。

 この身体じゃあ、どうやったって復帰は無理だ……後は頼んだぜ?」

 

「なに言ってんの? 私やめるって言ったじゃん。

 それにハルがいるし、アンタだってすぐ治るわよ。

 ゴリラみたいな身体しといて、こんな時だけ弱気?

 つかアンタの生命力、クマムシじゃん」

 

「そこ、ゴキとかだったら、分かりやすいんだけどなぁ~。知らねぇ人いんじゃね?

 こういうの、単純明快さが大事だぜ。共有して楽しまねぇとな。

 ジュリにはジョークのセンスは無い……っと。まぁ知ってたけどwww」

 

 悪口を言われ、感情が波立つ。怪我してるのは分かってるけど、一発はたいてやろうかと、一瞬考える。

 

「けどまぁ、お前は良いヤツだよジュリ。

 優しいし、真面目だし。……いつも影では、難しいこと考えてる。

 物事を、()()()()()()()()()()()

 

 はっと、リョウの顔を見た。

 いま言われた事、その理由を、頭で理解する前に。

 

「普通だったら、気にしねぇような疑問も。

 大したことない出来事も、生きるのには必要じゃねえ問題も。

 ジュリは無視できない。ぜんぶマトモにぶちあたって……受け止めようとしちまう」

 

「それって、優しいからだよ。

 適当に済ませたら駄目、ちゃんと考えなくっちゃって。誠実だからなんよ。

 ……お前すぐパンクする癖に、すぐ凹んじまうくせに。

 でもいつも困難や難しい事と、ちゃんと向き合おうとする」

 

「人が好きなんだろうな――――お前は。

 だから大切にしたい、誠実でいたい、無碍(むげ)に出来ん。

 でもお前はキャパねぇから……、いつも()()()()()みたくしちまう。

 抱えきれないなら、離れる。逆に出来るんなら、自分の全部をやる。

 極端なんよお前はw 別にどっちつかずでも、そこそこでも良いのに」

 

 目を瞑り、上を向きながら。

 リョウが言ってくれる。私の深いところを。ずっと心にのしかかってた物を。

 まるで超能力者みたく。まっすぐに――――

 

 

「“適当にやる”ってのは、無碍にする事じゃねぇ。

 オレたち流で言えば、()()()()()()()って事さ」

 

「全部が100じゃなくて良い。力抜いてけよジュリ?

 全力を出すのは、マジで大事な物、一個か二個で良いのさ。

 気楽に、楽しく――――バイブス上げてけ(いい感じにやれ)

 

 

 

 片方の眉を上げて、ニヤっとこっちを見る。

 私……いや()()()の泣き顔を、なんか楽しそうに眺めてる。……超MMC!

 

「やっぱり~、そーうだ。すごいパーワーだ。

 嬉しーい、楽しーい、だぁーいすーき。……ってなw」

 

「……なにそれ。下手くね?

 しかも歌詞まちがってるし……ありえんてぃ……」

 

「言ったろ? 適当に良い感じでってw

 なんとなく、雰囲気で良いのさ。

 まぁこれ、ガチのドリカムファンの前ではやんな? マジギレされっからwww」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 泣いた。憶えている限り、本当に久しぶりに。

 全部どうでも良いって、放りだしたあの頃以来。

 

 やがて、最後の力を使い果たしたように、リョウは柔らかい笑みを浮かべたまま、ゆっくり目を閉じた。

 

 ついさっきと、今。

 生きてた時と、死んでから――――

 同じ日に、女の子を二度も泣かせるとか、酷くない? 超きびついんだけど!*9

 

 

 あーしは薄暗い医務室の中、リョウのおっきな胸にしがみつき、昔みたく泣いた。

 

 

 

 

 

(つづくし!)

 

 

 

*1
ガンダッシュ、本気走り

*2
グッタリしてるピープルの事だが、そんな言葉は無い。

*3
ちなみにですが

*4
即座に去る

*5
良い感じだね、という意味

*6
面倒臭い

*7
ベスト・フレンド・フォーエバー

*8
マジむかつく

*9
厳しい&キツイ

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