【募】こんな小説を書けこの野郎【リクエスト】   作:hasegawa&friends

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陽キャ共を絶望のどん底に叩き落してみた。 最終話

 

 

 

 わたし、ともだちが欲しいな。

 いっしょに遊んでくれる、ともだちが欲しい。

 

 

 一人で本を読んでるのも、いいけれど。

 紅茶を飲みながら、ただっ広い部屋でくつろいでるのも、いいけれど……。

 でもやっぱ、遊びたいな。だれかに遊んでもらいたい。

 

 でも無理かな……? わたし地味な子だし、よく暗いって言われるし。

 

 きっとわたしなんかと居ても、楽しくないよね?

 おもしろいコトとか言えないし、TVや雑誌のコトとかも、ちっとも知らないし。

 もしかしたら、わたしがその場に居るだけで、暗い空気になっちゃうかも?

 

 

 でも、いいなぁ。

 わたしもクラスの子達みたいに、おもいっきり騒いでみたい。

 

 マック? に行ったり、カラオケっていう所にも行ってみたい。プリクラというのをやってみたい。

 なんか世の中には、“ぼぉりんぐ”という遊戯もあるそうな♪ 穴の空いた重いボールを、ゴロゴロ転がす遊びらしいよ? おもしろそう。

 

 

 やりたいな。仲間に入りたいな。

 わたしもいっしょに、つれてって欲しいな。

 でもまずは、努力から!

 わたし自身がちゃんと変わらないと、きっとみんな、いっしょに居て楽しくないだろうし。

 

 世の中には、“簡単なこと”が、たくさんある。

 みんなが当たり前にやってて、それを楽しんでる。誰にでも出来るような事が。

 

 けれど、それは大抵の場合……、わたしにはとても難しい。

 いっぱい努力をしても、一生懸命に合わせようとしても、出来ない事だったりする。

 

 でも、やんなくちゃ()()にもなれない。

 たとえ出来なくても、駄目な子だって思われても、頑張らなくちゃいけないって思う。

 

 

 オシャレをしてみよう。クラスの子たちみたいに、キラキラした感じの。

 執事の佐々木さんにおねがいして、ファッション雑誌を取り寄せてもらおう。

 TVとかも部屋に置いて、世の中のことをたくさん勉強するの。ドラマというのも一度観てみたい。

 髪を染めてみるのはどうかな? たしか美容院で出来たハズ。

 おとうさんビックリするかもだけど……、ちゃんとお願いをすれば、きっとだいじょうぶ。

 

 

 そうだ! リョウくんに訊いてみたらどうかな?

 たしかあの人、レスリングの全国大会とか行ってて、わたしと同じ進学先に推薦入学が決まってるらしいし。同郷のよしみ(?)で、色々教えてもらえるかも。

 

 前にテストが近かった時、お願いされて勉強おしえてあげた事、あったけど。

 彼はそのことを憶えてるだろうか? わたしの方は、貴重な“おしゃべり”の機会だったし、ぜったい忘れたりしないんだけどな……。

 

 

 なんかね? ビックリするくらい優しいの――――

 あんなに身体が大きくて、強そうな見た目してるのに、彼はすごく朗らかで、あったかい人。

 きっと今の学校で、わたしが一番楽しかった思い出って……、あの時リョウくんとおしゃべりした事じゃないかな? もうそれ以外、何も思い付かないもん。

 

 リョウくんに教えてもらえば、わたしも陽キャ? になれるかも。

 そしてがんばれば、リョウくんに遊んでもらえるように、かもしれない。

 いつか、ぼぉりんぐに連れていって、貰えるかもしれない。

 

 

 明日、勇気を出して話しかけてみよう――――リョウくんに。

 きっといつものように、彼は沢山の友達に囲まれてるだろうから、機会を伺わないとだけど。

 でもがんばってみるよ。

 

 

 ……あ、お金を差し上げたら、協力して貰えないでしょうか?

 こちら心ばかりにはなりますが……とか言って70万円くらい持ってったら、これ失礼にあたったりするのでしょうか? 同じ値段でも品物とかにした方が、きっと印象も違うよね? 後でカタログ見なきゃ。

 

 おとうさんに無理いって、公立の中学校に通わせて貰ったけど……、いわゆる“庶民文化”というのは、とても難しく思う。複雑怪奇。

 この前いつもの癖で、つい「ありがとう存じます」とか、「可憐でいらっしゃる」とか言っちゃって、周りから爆笑された事あったし。うむむむ。

 

 

 まったく、自分が嫌になっちゃうな……。

 あれで笑わなかったの、リョウくんだけだよホント。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「よし、ここにおろせ」

 

 ゴトン、と固い音が鳴り、リョウの遺体が地面に置かれる。

 

「なんだよ、もうここ一杯じゃないか。

 入るのかよコレ」

 

 そして、穴に放り投げられる。すでに沢山の遺体が並んでいる、広い墓穴へ。

 氷同士がぶつかるような、固くて重い音がした。リョウも、ここに並んでる遺体も、みんな石像みたく凍っている。

 

「こんな所に埋めんのかよ……。浮かばれねぇな」

 

「早く土かぶせろって。さっさと終わらせようぜ」

 

 右手が使えず、ただ見守ってるあーしの前で、リョウに土が被せられていく。

 お腹、脚、そして顔が見えなくなり、やがて身体全部が土に埋まっていった。

 収容所の裏山にある、この白樺がたくさん生えた林には、いま沢山の仲間が埋まっている。

 知ってる子も、知らない子も、一緒のロッジで暮らした子達も、みんなここで眠ってる。

 

 指があった時は、あーしも沢山の子たちを埋めてあげたし、今日だって本当はリョウを埋葬してあげたかった。

 でもツルハシやスコップが使えないんじゃ、居ても足手まといになるだけ。

 彼の友人としての付き添い、せめてもの協力として、担架でここへ運ぶのを手伝わせて貰った。

 

 指を切断した時もそうだったけど、だんだん土を被せられていくリョウの姿は、ひどく現実感が無いものだった。

 いま見ている物が、現実に起こっている光景だなんて、とてもそんな風には思えない。あーしは何作かしか観たこと無いけど、まるでTVや映画の中の光景だった。

 

 いまのリョウもそうだし、タカの時もそう。

 心の準備が出来る前に、実感を伴わないまま、いつも埋葬の時間がやってきて、その作業が終わる。彼らとのサヨナラを強引に突き付けられる。

 まるで、音楽を聴いている所なのに、唐突にストップボタンを押されたみたく。

 心がそれに追いつかないまま、全てが終わる。

 

 

「……」

 

 けれど、ひとつだけいつもと違うのは、もうあーしがリョウとのお別れを、しっかり済ませていた事だ。

 嫌だったけど、受け入るなんて出来なかったけど……、でもあーしは確かに「陽キャナンジャを頼んだぜ」という、リョウの意思を聞いた。

 そして、あーしにくれたエールを、今もしっかり憶えてる。

 

 だから……かは知らないけど、なんかいつもとは違う感じ。

 たくさん仲間を埋めてきたのに、今日はちょっと感じ方が違う。

 

 寂しい。痛い。崩れ落ちそう――――

 地面に立っていることすら、もう嫌になる。

 全部投げ出せたら、あーしも一緒にリョウと埋まれたら……、どんなに良いかって思う。

 

 でも、生きなきゃ。

 これからもあーしは、歩かなきゃいけないの。

 肩の力を抜けと、いい感じにやれと、そう言ってくれたリョウの言葉を、実践してみようって思う。

 

 まぁ、無いけどね? 別に生きる意味とか。

 そもそもみんな死んだし、ハルもここには居ないでしょ? じゃあパリピじゃないじゃんあーし。ひとりでパーティなんか出来ないもん。

 

 もし一人でやっても、それただ飾り付けた部屋の中で、ちょっと良いめのごはん食べてるだけの人でしょ? 豪華なぼっち飯じゃんそれ。

 そして、ひとりぼっちの陽キャなんて、ただ一人でニコニコしてる頭のおかしい人だし。

 だからもう陽キャでもないよ。……コレなんなの一体。誰なのよあーし。

 

 けどまぁ……リョウが言ってくれたから。なんとかやってみようと思う。

 胸は痛いけど。しんどいけど。寂しいけど――――

 でも歩ける内は、どこまでだって、歩いてこう。

 この思い出や言葉が、消えちゃわないように。

 

 ホント言うと……、実は友達のひとりでも欲しいな~って、そうは思うんだけどね?

 でもそれも無理っぽい……。みんなココでは、余裕なんてないから。肩を貸し合うのは無理だよ。

 

 

 よくあるよね? 逆境で何かが生まれるとか、絶望の中で輝くとか――――

 

 でもここは、()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 ………

 ………………

 ………………………………

 

 

 

 あーしが今朝、霊安室にリョウを迎えに行った時、そこにアイちゃんが居た。

 この子は以前、あの坑道堀りの仕事を、一緒の班でやってた子だ。

 発破の退避指示中に逃げ遅れた子を、一緒に抱えてガンダった*1こともあった。

 

『……ッ! ……ッッ!!』

 

 彼女は、()()()()()()()()()()()()()

 遺体の枕元に跪き、まるで餓鬼のように目を見開きながら、汚いオニギリにかぶり付いてた。

 焦燥感や、必死さの滲む顔で。

 

 あーしが部屋に入ったら、アイちゃんはガバッとこちらに振り向き、後ずさった。

 絶望してるのが分かった。こんな事してる所を見られて。

 彼の友人である、他ならぬあーしに。

 

 茫然とした顔のまま、ポロポロ涙を流し。

 やがて彼女は身を震わせながら、あーしに懇願の眼差しを向けた。

 

『あぁ……ゆるしてジュリちゃん。……ゆるしてっ……」

 

 リョウから、死んだ者から盗む――――

 彼女は正義の味方で、多くの人々に愛されるヒロインだった。

 仲間を助け、平和を守り、正義ために戦った人。

 

『ごめんなさい、ジュリちゃん……私っ……! ……ごめんなさいっ……!』

 

 それがもう、見る影もない。可哀想なくらいに震えてしまっている。

 ゆるして、ゆるして、ゆるして――――

 そう傷ついたCDみたく、何度も繰り返す。

 

 わなわなと、こっちに手を伸ばそうとし、けどそのまま止まっている。

 本当は縋り付き、泣き叫んで許しを乞いたいけれど、でもそれをして良いのかを迷ってる感じ。

 次にあーしが、何をするのか。

 こんな自分を見て、いったい何を言うのか、どうされるのかに、怯えているのが分かった。

 

 

 ――――リョウは怒ったりしないよ? やさしいもん。

 

 

 アイちゃんはポカンと口を開けて、こっち見てた。

 

 

 ――――お腹空かせてる人をいじめたら、きっとあーしが、リョウに怒られる。

 

 

 

 

 

 

 

 ………………………………

 ………………

 ………

 

 

 

 出来ない、って思った。

 この人に甘えたり、()()()()()()()()()

 

 泣きながらあーしのお腹に縋りつく、とても弱々しいアイちゃんを見て、もうここの誰にも、何も求めてはいけないと思った。

 

 そんな可哀想なこと、しちゃダメだよ――――背負わせちゃいけないよ。

 

 支え合うとか、絆とか……。

 ここは、そういうの出来る世界じゃない。

 そんな甘い場所じゃない。

 

 

「リョウ、これでよいちょ丸(OKです)

 ……おつかれーしょん、BFF(ベスト・フレンド・フォーエバー)」

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 それからも、毎日死人が出た。

 外はまるで、大地からも雪が降ってるみたく、凄まじい吹雪。

 

 聴いた所によると、この冬の【強制労働者の死亡数】は、過去最大を記録したらしい。

 この収容所でも半数が犠牲になり、壮絶を極めた。

 

 みんなお腹が空いてて、もう食べられる物なら、なんでも食べた。

 木の皮、根、雑草とかまで、お腹に入れば何でも良かった。

 収容所の周辺に生えてる草は、根こそぎ無くなった。みんなで綺麗に食べ尽くしたから、もう周りには何も残ってない。

 

 このロッジを建てた10人の内、残ってるのはあーしだけになった。

 そうすると、自然にあーしが主みたくなるワケで……、みんな事ある度に、あーしに相談してくるようになった。

 みんな、怯えてるウサギみたく、か弱い子たちばかり。

 

 ここはどういう所なの?

 ジュリちゃんはいつから居るの?

 いつになったら帰れる?

 

 そんな、あーしにも分からない事まで、たくさん訊かれた。

 

 その度にあーしは「じゃあ占ったげる」と言い、頑張って集めた“いらない紙”とかで作った、お手製のトランプを取り出す。

 これサイコロの賭博と一緒で、あまり大っぴらにやっちゃうと、見つかって取り上げられちゃうから、そんな使わないケド……。

 でもこういう時は、決まって「気休めにでもなればいいや」って感じで、簡単な占いをやったげる事にしてる。

 

 みんな喜んでくれたし、出た占いの結果に一喜一憂。……まぁそんな悪いことは伝えないケド。

 いつも「こうすれば良いよ~」とか、「こんな事があるかもね~」とかで済ませてた。あとまったくの出任せとかも。

 

 これはいつ終わるの?

 仲間はどこに行った?

 自分達は、生きて帰れるのか?

 ……これね? あーしが占ったご質問の、トップ3。

 

 言えるハズなかった、「希望なんて無いよ?」とか。

 ――――これ終わんないし、君のお仲間は死んだし、生きて帰ったり出来ないよ。

 

 ここは捕虜を()()()()()()()()()()()、絶滅収容所っていう物だもん。

 刑期とか恩赦とか無いよ? だって殺すことが目的の施設だもん。労働とか()()()だよ?

 

 この部屋であーしだけは、それを知ってる。

 

 でも口には出来ないから……、あーしはこうして、占いをする。

 良いコトだけ、綺麗な言葉だけを、その子に伝えてやる。

 それしかもう、してあげらんないから。

 

 思えばもう、この占いのしすぎて、毎日ウソばっか付いてる気がする。

 実際みんな死んだし、この家はぜんぜん面子が安定しない。新しい子が来ては死ぬ、来ては死ぬ。

 

 あーしは嘘つき戦隊ホラレンジャー、そのイエローだ。

 

 

 

 そして何か月も過ぎ……、また年が明けて2月になった頃。あーしは体調を崩した。

 朝起きたら、いつもの疲労とは違う身体の重さを感じ、ゴホゴホと咳を繰り返してた。

 

 あーしは施設内での水汲み担当だけど、その作業中に水をひっくり返しながら、その場にぶっ倒れたのだそうだ。

 気が付けば医務室に寝かせられてて、あの時のリョウと同じく、クッション性なんか皆無のボロ寝台に寝かされてた。

 

「ひでぇ熱だ……」「食った物も吐いちまうし」「この前に死んだヤツと似とるが……」

 なんか朦朧とした意識の中、そんな誰かの声を聞いた気がする。

 

 その夜、みんなの夢を観た。

 リョウや、タカや、ここで死んでいった人達が、()()()()()()()()()()()()

 真っ暗な空間の中、地面から沢山の手が生えてきて、それがあーしを地の底へと引っ張りこもうとする。

 リョウを始めとする見覚えのある人達が、「なぜお前だけ生きているんだ」と言いながら、足や胴体を掴み、たくさんまとわりついて来た。

 

 連れていかれるとか、死ぬとか、怖いとか……、そういう感情は湧いてこなかった。

 ただただ、あーしは「悲しかった」

 死んで地獄に落ち、恐ろしい形相でこちらを睨んでるみんなを見て、得も知れぬ悲しみが込み上げた。

 夢の中なのに、喉が枯れちゃうくらい叫んだ。空に手を伸ばしながら、前が見えなくなるくらい泣いた。

 

 なんでみんなが、こんな目に合わなくちゃいけないの。

 なんでこんな姿になってしまったの。

 どれほど考えようとも、あーしには分からなかった。

 沢山の手の感触、ちぎれるくらい身体中を掴まれる痛み、そして地の底に引きずり込まれていく感覚だけが、あーしを支配してた。

 

 

 朝になり、自分の咳の音によって、目が覚めた。

 こんなに低い気温なのに、あーしの身体は汗ダクで、なんか茹ダコみたくなってたと思う。

 後で衛生係に訊いたところ、どうやらあーしは“急性肺炎”と診断されたみたい。

 流石にこれは拙いのか、暫くここで療養させて貰える事になった。

 まぁごはんとかロクに出なかったし、診察とか治療とか、そんな上等なものは望めなかったんだけど。

 

 医者とか見舞いとかは来ないケド、“虫”だけはいっぱい来た。

 というか抑留中は、ずっと南京虫とか(しらみ)とかとの戦いだ。

 夜になってロッジに帰っても、ここではフロリダなんか出来ないし*2、洗濯もロクに出来ないから、ぶっちゃけ身体中が虫だらけ。

 あーしはベッドで動けずにいるからか、きっと狙いやすいんだろう。もう服の縫い目のトコとかにビッシリ付いてたし、服の中にも余裕で入って来た。

 病床では、こいつらをやっつけるのが、唯一の暇つぶし。

 

 南京虫なんて、刺されたらかゆくて堪らないし、病気の菌を施設中に撒き散らす。

 まわりのベッドの人達は、みんな赤痢やチフスにかかっているみたい。

 そしてここの隣の部屋には、結核にかかった人達が、隔離されているらしかった。

 

 

 ぶっちゃけもう、ここにいる間はずっと「あーしこのまま死んじゃうんだな~」とか思ってたんだケド、でも我ながら中々しぶといみたい。

 意識はずっと朦朧としてたけど、よく隣のベッドの主であるマキちゃんとダベってた。

 

 彼女は血統書付きのネコを思わせるような雰囲気で、超SBS*3

 声とかはちょっと冷たい感じなんだけど、とても気遣いの出来る、優しい女の子だった。

 彼女は凍傷にかかり、両の足首を切断されて以降、しばらく前からここに居るらしかった。

 

 やばいw 超上がるw ドチャクソ*4楽しいw

 マキはとても知的な子で、ぶっちゃけあーしとガチで気が合った。

 好きな本の話とか、花言葉の事とか、ピアノや茶道の話題まで、もう悉くついて来てくれた。マジぱない。

 

 マキちゃんの方も、「アンタが私らの部隊だったら良かったのに」とかわっしょい*5してくれて、きゅんです*6

 ――――めぐり合えた! うれしい!たのしい!大好き! はげる!*7

 

 ただまぁ、マキちゃん二日後に死んじゃったけどね。

 衰弱してたし、きっとここのベッドで過ごす内に、周りから病気が感染したのかもしれない。

 すごく綺麗な子だったけど、もう哀れなほど、やつれちゃってたから。

 

 あーしが重い身体を引きずりながら、トイレから病室に戻った時、マキちゃんのベッドの変化に気が付いた。

 沢山の虱や南京虫たちが、もうベッド中に這いまわっていた。沢山の虫達で黒くみえるくらい。

 まるで、沈没する船から逃げ出すネズミのように、虫達は宿主であったマキちゃんの身体から、一斉に離れて行った。

 

 それは、もうマキちゃんは()()()()()()()

 死んで、身体が冷たくなったのを感じた虫達は、次の宿主を探す為に、ゾロゾロと移動しているんだ。

 

 それにより、あーしも他の患者たちも、ようやく「マキちゃんが死んだ」という事に気が付く。

 ここでは、そういう事が何度かあった。

 まわりや、衛生係が判断するのではなく、こうして身体に取り付いていた虫が移動する様によって、簡単に生死の判別が出来た。

 

 どれだけやつれてて、死にそうな顔してても、一言もしゃべってなくても。まだ虫が取り付いてる内は、その人は生きてる。

 逆に眠ってるだけに見えても、どんな安らかな顔してても、身体から虫達がゾロゾロ移動をし始めたら、その人は死んだって事。

 

 どこを見るでも無い、薄く開いた瞳のまま、マキちゃんは息を引き取った。

 悲しそうな、どこか寂しそうな寝顔に見えた。もう起き上がることは無い。

 

 医療施設で死んだ患者は、全て司法解剖へまわされる決まりだそうだ。

 胸やお腹をさばかれ、頭も真っ二つ割られ、その中も調べられる。

 そして、終わったら裏山へ……。あの白樺林の土に埋められるの。

 あーしがいつもやってたみたく。誰もかれも、区別無く。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――希望なんて無いよ? ここは殺すための所だもん。

 

 ふと、いつか心の中でごちた言葉が、思い返された。

 

 

 

 

 

 ならば、何のために生きた?

 何故ここまで歩いて来た??

 

 希望なんて無いのなら、どうせここで死ぬなら。

 何故あーしやマキちゃんは、あんなに毎日戦ってたの? これまで頑張って来たの???

 

 戦隊のタイツ着て、おっきなロボに乗って、必死になって戦った?????

 

 

 ここが最後の場所になるのは……分かってる。

 でも、なら何の為にウチらは生き、ここに辿り着いたんだろう????????

 

 

 どれだけ考えてみても、分からない。分からない。分からないよ。

 いつも頭に浮かぶのは、あの雪が降り積もる地面の感触と、たくさんの木の光景だけ……。

 

 

 

「…………あぁ、そっかぁ」

 

 突然、ストンと胸に落ちた。

 これまで、どうしても出なかった答えが、今ようやく分かった。

 

 あーねー。

 これ別に、夢とか希望とか、誰かの為とかじゃ、無いんだ。

 

 

「ウチらは、()()()()()()()()()()()()、生きてきたのか――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …

 ………

 ………………

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 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「――――ねぇセンセ、嘘ついたでしょ? なにが『死んだ』よ!」

 

 地底深くに構えられた、【パリピ戦隊 陽キャナンジャー】の基地。

 巨大なモニターや、様々な機械やコンピューター、あとパーティグッズなどが、いま彼女がいる作戦会議室に、所狭しと並んでいる。

 彼女の名は“ハルカ”。戦隊においてピンクを冠する戦士で、仲間達にはハルの愛称で呼ばれている、陽キャナンジャーの一員である。

 

「ジュリ生きてるんでしょう? 会わせて。なんで隠してたの?」

 

 約2年前の作戦にて、陽キャナンジャーは一度、壊滅の憂い目に合った。

 レッド、グリーン、イエローといったメンバーが死に、当時足を負傷して後方へと下げられていたハルカだけが、ひとり残されてしまった。

 

 仲間達の死は、搬送された病室にて、この隊の司令官である針日先生より伝えられた。

 彼らはインキャデスの襲撃により命を落とした――――君はまず身体を治し、また新たなる仲間と戦うのだ。

 そう伝え聞いたハルカは、暫くの間ふさぎ込んでいたが、やがて数か月の療養期間を経て、立派に戦線に復帰。

 針日が新たに見出して来た戦士達、新たなレッド、グリーン、イエローと共に、もう一年以上も戦い続けている。

 

「テレビ観たよ? ニュースでジュリのことが出てた。

 あの子は生きてて、今どこかで療養中なんでしょう?

 私すぐ行くわ。会いに行かなきゃ。場所を教えて」

 

 折り紙の鎖で飾り付けられた室内、そしてピザだのケンタだのを所狭しと並べたテーブルに着き、コーラだのノンアルのシャンパンだのを飲んでいた針日は、「ふう」とひとつため息を付いた後、面倒くさそうにこちらへ振り向いた。

 

「あーもうマジ超SST(最悪最低つまらないです)

 なんでアイツTV出てんの? MJD?(マジですか?) アリエンティだろコレ?

 これもうDNSじゃね?(台無しではありませんか) ないわー」

 

「……」

 

 不愉快な顔。軽薄でイラッとくる口調。

 “名は体を表す”の言葉通り、パリピ的な若者言葉を使ってこそいるが、針日はその顔には明らかな不快感が滲んでいる。

 思い通りにならない、ぜんぜん楽しくねぇという、ジュリへの怒りが。

 

「とりまお前(とりあえず貴方)、作戦行ってら。

 戦隊率いて、ここのインキャ共殲滅して来い。やくめでしょ?」

 

「……っ!? なに言ってるのよ! ジュリの所に行くの! はやく居場所おしえて!」

 

「だーかーらぁ~。今やばばばだっつーの(拙い状況なのですよ)

 TVの取材やら何やらで、今アイツ囲まれちゃってんのよ。

 しかも機密とかの関係で()()()。ネズミ一匹入る隙ナッシン。わかりみ?

 たとえ俺が指令で、お前が同じ隊だったとしても、あっこ入るには許可が要るんよ。

 一日二日で出るようなモンでもねぇし、とりま作戦行ってら。はよ」

 

 面倒臭そうにシッシと右手を動かし、「ソクサリしろし」と告げる。

 ハルカは怒りに拳を振るせながらも、背を向けて出口をくぐった。

 どれだけ憤っていても、戦隊のリーダーとして、今日の作戦をこなさなければならない。世界の平和と、愛する人々の為に。

 この場をソクサリする振り向き様、「帰って来たら、おしえて貰うから」とだけ、言い捨てるように告げて。

 

 

「ったく、なんだっつーんだよ。まじTBSだわ(テンションバリ下がりです)

 なんで生きてんだよ。()()()()()()()()()()()()

 あっこシベリアで、インキャ帝国のど真ん中だぞ? マ?(本当ですか?)

 

 

 二年前、自身の命令によって全ての作戦を中止させ、彼らの身柄の安全を放棄した。

 機密保持、そして敵に利用されぬよう、事前にしっかりと武装放棄をさせ、その上でジュリ達のキャンプ地の座標を敵に流したのも、針日だ。

 

 自身が立案し、総指揮を執っていた、あの大規模討伐作戦。

 そのあまりに拙かった作戦や、数々の失態の責任を取らされる事を恐れた針日は、これに参加した戦士達を全て抹消することにより、事態の隠ぺいを計った。

 

 あのジュリ達がいたキャンプには、後に針日の指示による空爆がおこなわれ、もう跡形も残らなかった。

 その()()()()()()()()()()()()、あの作戦に参加していた者達は、すべて戦死した。憎むべきは悪のインキャ帝国である。

 世間的には、そう後処理と落とし前をつけた、ハズだった。

 

 ちなみに、もしジュリ達がひょこり戻って来たとしても、またすぐ別の戦場へと、送り込むつもりだった。

 あの作戦の概要や、これまで自身が好き勝手してきた事の全てが、外に漏らされては困る。

 

 そして、あの地獄とも呼べる戦地の様子や、そこで自分達が受けた扱いなどを、今の陽キャナンジャー達や、ヒーローを夢見る若者たちに喋られては困る。

 そんな事をすれば士気が下がり、とても部隊の運営など出来なくなる。

 誰も「正義の味方になろう」などとは、()()()()()()()()()

 

 よってジュリの処遇として、決して帰路のない絶死の戦場へと送り込み、(てい)の良い口封じをするつもりでいたのに。

 あの戦いに参加したジュリには、なんとしても【名誉の戦死】を遂げて貰わねばならない。

 平和のために殉じた“英霊”。そういう事にしなければ、いけなかった。

 

 だが今回、ジュリは約2年の歳月を経て、死ぬでも基地に帰るでもなく、負傷した状態で別の部隊に保護されたのだという。

 しかもあの娘は、どういうワケだか、今ちょっとした英雄(ヒーロー)扱い。

 あの地獄から帰った戦乙女として、メディアがこぞってジュリの事を取り上げ、連日のように雑誌やワイドショーを賑わせているのだ。

 これでは針日と言えども、流石に手が出せない。彼女の存在を消し、口封じをするのは至難だろう。

 

「だが、とりま全然おけまる(とりあえず問題は無いでしょう)

 生かしておいても、大した問題にはナランティ。

 アイツはもう、エンドってる(終わっているのですから)」

 

 そう改めてテーブルに向かい直り、針日はケンタのドラム部位だの、クォーターでMサイズのピザだのに、噛り付いていった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 世間は、ジュリの話題で持ち切りだった。

 あらゆる媒体、数多くのメディアがジュリのことを取り上げ、ニュースキャスターやコメンテーターが、彼女の名を口にした。

 

『リメンバー・ジュリ』(彼女を忘れるな)

 

 これは今、日本に住む誰もが口にしている言葉。

 国民や、ヒーロー達、それを夢見ている若者たちは、誰もがジュリの話をし、その心に尊い気持ちや、瞳に怒りの炎を宿した。

 

 ジュリがインキャ帝国の収容所……あの地獄とも呼べる場所で受けた仕打ち、またその環境下で彼女がおこなった行動、慈愛や博愛に溢れた行為や言動は、まさに英雄(ヒーロー)その物だとして、人々に賞賛された。

 ヒーロー達の連合軍ともいうべき大部隊が、あのシベリアにある捕虜収容所を強襲し、そこで保護された生き残りの者達の証言によって、それが明るみに出たのだ。

 また、かの地で彼女が負ってしまったという、凄惨なまでの負傷も、人々の心を打つ材料となった。

 

 ――――許せない、なんて酷い事を、アイツらこそ悪だ。

 誰もがそう憤り、また彼女の為に涙を流す。いまジュリの下には、国民や数多くの著名人達により、莫大なまでの義援金が届けられているという。

 

『彼女を忘れるな。インキャ帝国を倒せ。ヤツラを滅ぼさねばならない――――』

 

 ジュリの名は、“プロパガンダ”の為に、積極的に利用された。

 戦意高揚、政治、運動、殺し、金儲けのために。

 長きに渡るインキャ帝国との戦いにより、しだいに国民たちは疲弊し、国もやせ細っていた。

 そんな中、彼女の存在は、大きな意義を持った。

 政治家やメディアは、ここぞとばかりに飛びついた。

 

 可憐で、不憫で、愛すべき彼女を旗印として戦い、みんなでこの戦いを乗り切ろう。

 彼女のために戦おう。仇を取ろう。今度は私たちが彼女に報いる番だ――――

 

 そんな大義名分が生まれ、広く人々に支持されていった。

 

 

 

 

 

 

「写真や映像を撮るのならともかく、会話は出来ませんよ?

 彼女に意識はありませんから」

 

 ハルカは廊下を歩く道すがら、白衣の男に説明を受けた。

 

「くれぐれも、彼女に触れないで下さいね?

 あと医療機器や、部屋にある物は全て。何かあれば即、面会は強制終了します。

 扉もこちらで開閉しますので、気が済んだら声を掛けて下さい。

 室内には、カメラとスピーカーが設置されてますから」

 

 そう告げられ、病室の中へ通された。

 だがこの部屋……この施設自体が、病院などでは無く“研究所”という趣だった。

 

 清潔な白い壁や、患者たちで賑わうロビーなど、ここには無かった。

 巨大で、飾りっ気のない、まるで要塞のような施設。

 ハルカは今日、満を持してここへとやって来た。散々針日に焦らされ、ようやく許可を取り付けた頃には、もう2か月もの時が経過していた。

 

 だが今、足が震える心地。ジュリはこんな所にいるのかと思うと、得も知れぬ不安が胸に押し寄せた。

 酷い怪我をしたとは聞いているけど、これはあまりにもオカシイ。いくら彼女が平和のために戦う戦士で、その機密保持のために必要だとしても、この仰々しい施設は一体なんなのか? それがまったく分からずにいる。

 

 背後のドアが閉まり、いま目の前には、とても広い空間がある。

 とても一人の女の子のために使う病室とは思えず、その中心にポツンと置いてあるようなベッド、そして周りを取り囲むように置かれた沢山の医療機器が、なにやらすごく浮いているように思えた。

 ここは薄暗く、窓から差し込む月明りが照らすのみ。後は電子音と共に僅かな光を放っている医療機器だけが、ここの光源だ。

 

 ハルカは内心オドオドとしながらも、ゆっくり歩みを進める。

 中心にある、ジュリがいるベッドへ向かって、なぜか無意識に音を立てず歩いた。

 

 

「……ッ!? じ、ジュリ……!」

 

 すぐ目の前に辿り着き、彼女の姿を一目見た途端、ハルカは絶句した。

 いま見ている物が、いったい()()が何なのかが、理解出来なかった。

 

「ジュリ……なの?

 まさか、本当に()()()……?」

 

 今ベッドに横渡る人物には、足が無かった。

 片方だけじゃない。右も左も、その両方が()()()()()()()()()()()()()

 

 それだけじゃない、両腕もだ。

 肩だけを残し、()()()()()()()()()()()

 

 顔の部分には、まるで死者にするように、白い布が被せられている。顔が全く見えないほど、全体を覆っている。

 それは呼吸によって上下したりはしない。ピクリとも動かない。

 なぜならこの人物の呼吸は、鼻や口で行うのではなく、全て喉元に空けた穴から、パイプを通して生命維持装置によって行われているからだ。

 

「怪我をした……とは聞いた。

 連合軍の強襲で、空爆に巻き込まれたって、聞いた……」

 

 けれど、生きているのなら治る。メディアや世間だって彼女を応援している。

 だからどこか、楽観的に考えていた。また怪我が治ったら、自分と轡を並べて共に戦えるのだと。

 

 だが、それは無理だ。もう二度と叶わない。

 ジュリは共に駆けるための両足も、かっこいい装飾がなされた剣や銃を操るための両腕も、持っていないんだから。

 

 そして、頭部に布が掛けられているのは、()()()()()()()()()()

 空爆によって損傷し、目、耳、鼻、顎などを、すべて欠損しているからだ。

 自分で息をする必要が無く、またこの醜さを、()()()()()()()()()()、この部屋を訪れる者達が見ずに済むようにと、布が掛けられているのだ。

 

 ()()()、という物がある。

 選挙の時や、置物として愛される、あの顔の付いたまるっこいヤツだ。

 そして、こうやって“手足が無い”という状態には、だるまという呼称が用いられる。

 けれど、だるまには確かにある顔すらも、ジュリには無い。すべて爆弾によって吹き飛んでしまったから。

 身体どころか、もう自意識すらないというジュリには、あまり関係の無い話かもしれないが。

 

 

 彼女は連合軍の空爆により、意識不明の重体に陥った。

 可愛かった顔は、全て吹き飛び、頭部に致命的なダメージを負った。

 そして一度も目を覚ます事なく、現在はいわゆる“植物人間”の状態にある。

 

 手足の切断は、爆弾による物では無い。()()()()()()

 全く動かす必要の無くなった手足は、すぐに枯れ木のようにやせ細り、次第に腐って行った。

 ゆえに、これ以上壊死が進行せぬよう、医療班によって根元から切断され、ジュリはその自意識のみならず、四肢まで失ったのだ。

 

 ――――ミノ虫。白いミノ虫だわ。

 

 ハルカは心の中で、そう呟く。

 手足を失い、そしてグルグルに包帯が巻かれている胴体は、彼女が言った通りミノ虫に似ていた。

 顔全体から喉元にまで及ぶ布のせいもあり、()()が人間の身体だとは、とても思えない姿。形状。

 

 もし今、静かにピッピと鳴っている生命維持装置の機械音が無ければ、この人物が……ジュリがまさか生きているだなとと、誰も信じようとはしないだろう。

 もしあの収容所であれば、虱などの虫が引っ越しを始めれば死亡、という判断の仕方が出来るが、ここは曲がりなりにも現代日本の医療施設。

 この静かに、そして定期的に鳴っている機械音だけが、ジュリがいま()()()()()()という信じられない事実を、頼りなくハルカに証明し続けていた。

 ピーン……ピーン……と。

 

 

 

 

「ああ……、ああああ……」

 

 膝を付き、その場に崩れ落ちる。

 ハルカは茫然自失し、立っている事すらも、出来なくなった。

 ただただ力なく口を開け、焦点の合わない瞳で、ジュリのいるベッドを見つめるばかり。

 

「こんな……、こんな事が、ある……?」

 

 ハルカの思考はシェイクされ、まったく定まらなかった。

 涙を流すことも、ジュリの姿をまともに見つめる事も、出来ない。

 ――――これがジュリ? このミノ虫みたいなのが?

 ただただ、その言葉だけが、頭の中でリピートする。

 あの元気だったジュリが、ドジで天然だけど真っすぐだったジュリが……。

 どれだけ考えようとも、いま目の前にいようとも、自分の中のジュリと()()が同じ物だなんて、どうしても結びつかない。

 

 嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ――――

 今度はこの二文字が、頭にリピートする。

 こんなワケないわ。顔だって無いもの。きっと間違えたのよ。ジュリなワケない――――

 そして今度は、否定の言葉が浮かぶ、

 どうにかして目の前の現実から逃れようと、ハルカの頭がフル回転する。

 けれど、どうしても納得する事は、自分を騙すことは、出来なかった。

 

 暫くの間、ただそうしていた。

 ペタリと女の子座り。その場から動くことが出来なかった。

 

 悲しみとか、憤りとか、涙とか、そういう物は無かった。

 ただただ「受け入れたくない」という感情だけが、ハルカを支配していた。

 けれど。

 

 

 

「……ッ!?!?」

 

 柔らかくて、軽い音。

 ポスッ……! ポスッ……! という小さな音が、突然この場に響く。

 それは定期的に、ある一定のリズムで。

 ハルカが茫然自失から立ち直り、ようやくジュリの方を向くまで、ずっと。

 

「ジュリがっ……!! ジュリが動いてるっ……!! 生きてるのっ……!!」

 

 跳ねるように駆け出し、扉にしがみついた。

 触るなと言われたのに、もう暴れ狂う勢いでドンドン扉を叩き、必死に伝えようとする。狂人のように叫ぶ。

 

 生きている、のは当然だ。これは思わず口走ってしまったに過ぎない。

 だがジュリは今、意識が無いハズ。植物人間と診断されていたハズだった。

 ()()()()()()()!!

 やがて、この場にスピーカーからの音声が届く。

 

『落ち着いて下さい、それは単なる“痙攣”です。

 たとえ意識が無くとも、時折身体の反応として、痙攣を起こすんです。

 自分の意思で動いているワケでは、ありませんので』

 

 すぐにプツリと音がして、通信が途絶えた。

 落ち着け、暴れるな、とだけ告げて、さっさと切られてしまった。

 この場に来て、確認する事もせずに。

 

「……」

 

 ハルカは再び茫然としたまま、暫くその場で佇む。

 だが振り向くと、今もジュリのベッドの方から、ポスンという音がし続けているのが分かった。

 未だ焦点の合わない瞳をしたまま、何を考えるでもなく、またベッドの方へ足を進める。

 

「痙攣……? これが?」

 

 目の前まで、ジュリを見下ろせる位置まで、歩いて来た。

 ハルカは暫くの間、じっとジュリを見つめる。彼女が少しだけ頭を上げては、ポスンと音をたてて、後頭部を枕に打ち付けている。それをずっと続けているのが分かった。

 

 規則正しく、……いや同じリズムではない。()()()()()()()()

 ト、トン、トトン……。ト、トン、トトン……。

 3つか4つくらいの組み合わせで、同じリズムの叩き方を、()()()()()()()()()()

 

「……ッ!! これ、モールス信号だわッ!! ……ジュリ!!!!」

 

 飛びつく。ジュリの横たわるベッド、その淵へ。

 しっかりと、位置音も聞き逃さずに、それを解読する為に。

 

 まだ自分達が高校一年生だった頃、二人はよく訓練と称して、このモールス信号を使った遊びをしていた。

 スマホもあるし、もっと良い通信手段だってあるのに、わざわざモールス信号という物を勉強し合い、二人だけの言葉として、秘密の通信をおこなっていた事があった。

 時間だってかかるし、解読ミスも多発。でもとても楽しかった覚えがある。

 モールス信号遊びという、ちょっと特殊なお喋りの中で、ジュリのお菓子の好みや、決して人には言えないような秘密だって、たくさん聞いたのだ。いっぱい話してくれた!

 

「……だ、……れ、……か。

 誰か? ……人を呼んでるのジュリ!?」

 

 すぐ動く。ハルカは決して医療機器には触れぬよう気を使いながら、顔が引っ付くような距離まで近づき、指でジュリのおでこのあたりを、そっと叩いてみた。

 胴体には全て包帯が巻かれているし、触るワケにはいかない。でもおでこだったら分かりやすいし、なんとかなるかもと、咄嗟に判断した。

 

「い、る、よ。

 い、る、よ。

 ……ジュリ、分かる!?」

 

 二度ほど、モールス信号を打つ。

 トトン、トト、トン。そう同じリズムで繰り返した。

 

「……な、……ま、……え。……は。

 名前ねジュリ! 分かったわ!」

 

 そしてハルカは、自分の名前を伝える。

 いつも彼女が呼んでくれていた、“ハル”の愛称で。

 それを告げた途端……、ジュリの身体が大きくピクンと動いた。明らかな反応を見せたのだ。

 

「ジュリ! 来たよ! 私ハルだよ!! ジュリ……!!」

 

 繰り返し、繰り返し、そして代わりばんこに打ち合う。

 ジュリは枕で、ハルカは指を使って、

 

「何が植物人間よ! 意識あるじゃん!

 ちゃんとジュリ起きてるっ! 私のこと分かるっ!!」

 

 この部屋に来てから、初めて涙が零れた。

 これはうれし涙、たとえモールス信号のような不自由さだって、ジュリと話が出来たことが、もう嬉しくて堪らなかった。

 こんな気持ち、いままで味わった事がない。それほど大きな大きな歓喜が、まるで空まで吹き上がる間欠泉のように、溢れ出した。

 

 でもふいに、ハッと現実に戻る。

 歓喜の渦にのまれていた感情が、まるで水でもかけたかのように、ピタッと静まってしまう。

 ――――起きて、()()()()()? だってジュリはもう、身体が……。

 唐突に、その事実に気付く。今まさに眼前にある、ジュリの姿を見て。

 

 さっき思った、ミノ虫みたいって。

 今ジュリには手足がなく、顔のパーツや顎さえも、全て失っているのだ。

 現代の整形技術や、義足や義手などの事情のことは、よく知らない。

 でも素人目にみたら、今のジュリの状態は、まごうことなく“絶望”だ。

 この子が将来回復し、また元気にお日様の下に出ている姿など、到底想像する事が出来ない。

 

「……あれから2年半。たしかジュリ達が救助されてから……半年ほど?」

 

 いったいこの子は、いつから目を覚ましていたんだろう。

 一体いつ頃、闇の中から目覚め、こうして誰にも知られる事なく、ひとり孤独の中にいたんだろう? 誰に届く事もないモールス信号を、打ち続けていたのだろう?

 それを思った時、ハルカの心を途轍もない恐怖が襲った。

 

「何か……、したい事は?

 ジュリは今、何をしたい? どうしたいの……?」

 

 何故そうしたのかは、分からない。きっと縋るような気持ちで「何かをしてあげたい」と思ったんだろう。

 ハルカは少し長めのモールス信号で、「ジュリはしたい事ある?」と訊ねる。

 

 とにかく、彼女の意思を聞こう。

 よく分かってない自分が判断するんじゃなく、ジュリの気持ちを聞こう。

 そう、ある意味で“逃げ”の感情が、そうさせたのかもしれない。

 

「……っ!」

 

 すぐに、返答が来る。ハルカがした物よりも、とても長いモールス信号が、暫しこの部屋に響いていった。

 

 

 ――――あーしの心臓や臓器とかを、誰かにあげて欲しい。

 ――――――人の役に立ちたい。あーしが出来ることをしたいの。

 

 

 

 

 頭がシェイクされた。

 今度こそ、ハルカは何も考えることが、出来なくなった。

 

「……無理に、決まってるじゃん……。

 アンタ今、有名人だよ?

 正義のヒロインで、“戦いの象徴”なんだよ……?」

 

 人を助けたい。誰かの役に立ちたい。

 それは痛いほどわかる。悲しいくらい理解してる。ジュリはそういう子なんだ。

 

 ヘタレで、天然で、すぐ凹む。

 一度「自分には無理だ」と感じたら、もう構わず物事をブン投げてしまうような、あっさりと関わりを断ってしまうような、極端な子。

 でも【自分に出来ること】であれば、もう全力でやった。

 身も、心も、力も、すべてその人に差し出してしまう程に。一生懸命な子だった。

 

 考えるまでもない、無理だ。

 この子の心臓を切り取り、臓器を奪うことなど。

 世間や、針日が許しても、他ならぬ自分が許せない。

 たとえどんな姿になったって、この子はジュリ。

 私の親友(BFF)じゃないか――――

 

 少しだけ間をおいてから、返答をした。

 無理だよ。出来ないよ。

 何を言えばいいのか分からずに、とても短いモールスになった。

 

 そして、ジュリの返答はすぐ帰って来た。

 ハルカがしたのと同じで、短い物だった。

 

 

 ――――じゃあ、殺して。

 ――――殺して、ころして、ころして。

 

 

 トト、トトトン。

 トト、トトトン。

 同じリズムの信号が、繰り返されていく。

 

 

 ――――ころして、ころして、ころして。

 ――――ころして、ころして、ころして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ハルカは逃げ出す。

 後ずさりしながら、必死でこの部屋を。

 

 その間もずっと、ジュリのモールスが鳴る。

 殺して、殺してと、何度も繰り返される。

 

 悲鳴のような叫び声を上げ、「開けて」と叫んだ。

 扉はすぐに開き、その途端ハルカは、廊下を駆け出した。

 

 混乱した頭、零れる涙、何も見えない視界。

 そして、止めどなく喉から洩れる、嗚咽と共に。

 

 ジュリにとって、たった一人残った友達は、彼女から逃げていった。

 

 

 

 

 トト、トトトン。

 トト、トトトン。

 

 そしてあの子が去った後も、病室にはジュリのモールス(こえ)が、鳴り続けた。

 

 ずっと、止むことなく、延々と。

 いつまでも、いつまでも。ひとりっきりの闇の中で。

 

 いつか、想像も付かない程の膨大な時間が、彼女をすり潰し、命が尽きる時まで。

 ジュリは、もう誰にも届かなくなったモールスを、打ち続けていくのだ。

 

 

 トト、トトトン。

 トト、トトトン。

 

 

 

 ――――ころして、ころして、ころして。

 

 ――――ころして、ころして、ころして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 世界は、今日も平和。

 ヒーローたちは愛と勇気を胸に戦い、子供達へ夢を与えている。

 

 キラキラ、と可愛く。

 強く、そしてカッコ良く。

 

 誰もが彼らに憧れ、また心から「こうなりたい」と願い――――夢を描いた。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 

 そして、10年後――――

 

 

「おはwww おまたwww」

 

「遅いよ。何やってたの? このゴリラ人間(ピーポー)」 

 

 動物を模した、かっこいいデザイン。

 4体合わせれば、巨大なロボットにだって変形出来る、正義のマシン。

 その機体の傍に、ふてくされながら腕を組んでプンプン怒っている、ひとりの女の子の姿がある。

 

「うはw 辛辣www

 そんな()()じゃなくてよくね? ちゃんと来たじゃんw」

 

「遅いっつってんの。

 今日大事な日でしょ? 1時間前には来なさいよ」

 

「ちょ、睡眠時間w つかオレ、昨日は緊張して眠れんかったし。

 あーマジつれぇわーw オレ全然寝てねぇわーwww」

 

「何その寝てないアピール。

 ウザイから帰りなさいよアンタ。あーし一人で行くから」

 

 語尾を伸ばす、うっとうしい喋り方。一見軽薄にも見える態度。

 でも彼女は、彼がとてもあったかい人なのを知っている。

 ちょっと辛辣に言ってしまうのは、コイツはいつも嬉しそうな顔をするからだ。

 

「一人で行くとか、なくね?

 オレって、かの“伝説のグリーン”の弟よ?www

 連れてけば、何かの役には立つっしょ」

 

「そうね、まぁ弾避けの壁ぐらいには、なるかもね。

 お姉ちゃんに“心臓”もらったんでしょ? そのお代分は働きなさいよ」

 

「りょw おかげでオレ、いま元気そのものwww

 お前の姉ちゃんのおかげで、マジ生きてるようなモンだよ」

 

 幼少の頃から、ずっと病気を患っていた彼は、数年前に臓器移植によって、完治を果たした。

 今では病人どころか、レスリング部の主将として、全国大会に出場するほどの腕前。

 遠い記憶にある、昔よく自分と遊んでくれたという、優しかった兄と同様に。

 

「結構かかったよな、準備すんの。

 もう1年になるか……、カレンがあっこ行く為に、色々やり始めたの」

 

「仕方ないでしょ?

 周りの国々とか、滑走路になる土地まで解放してかなきゃ、あそこには行けないんだから」

 

 今は亡き、自分の姉が戦ったという、あの氷の大地。

 カレンは今日、そこへ赴く。

 長きに渡るインキャ帝国との戦いに、終止符を打つために。

 

 その為に彼女は、数年前【渓流戦隊ソロキャンパー】のイエローとなり、多くの戦いをおこなってきた。

 ちなみにであるが、この者達は集団でキャンプ地へ行くワリには、それぞれが別のテントを張り、料理も自分の好きなものを各自が調理して食べるという、「いやウチらソロキャンパーなんで」みたいな主張を頑なに譲ろうとしない、おかしな拘りをもった連中である。

 かの戦乙女、“伝説のイエロー”と謳われるジュリの妹は、彼女の背中を追いかけるようにして、戦隊ヒロインとなった。

 

 最後に顔を見たのは、もう10年以上も前。

 カレンは今16だから、最後にあったのは幼稚園の頃になる。

 でもよく遊んでもらったし、とても優しかったのを憶えてる。

 まだ幼かった自分を守る為なら、もう涙を撒き散らしながらノラ犬を追っ払ってくれたり、よく美味しいケーキを作っては、紅茶と一緒に御馳走してくれてた記憶がある。

 

 ちなみにであるが、カレンの「あーし」という一人称は、姉へのリスペクト。

 お淑やかで、とても真面目な人だったのに、なんかある日突然、自分の事をあーしとか言い始めて、当時はとてもビックリした覚えがある。幼心(おさなごころ)に。

 

「まぁなんだかんだで、今日めでたく出発だな。

 他の連中は、もうマシンに乗り込んでるぜ?

 ほないっちょ行きますか! オレいま超YM(やる気まんまん)」

 

「りょ(分かったわ) ……つかアンタの口調、移って来たわね最近。

 まあいいわ、出発しよっか。――――人から聞くお姉ちゃんの話なんて、もうたくさん」

 

 自分の姉なのに、なんで人に教えられなきゃいけないんだ。神格化し、美辞麗句ばっかり並べてからに。

 だから教科書や、資料館や、TVネットにある情報なんかじゃなく、本当のお姉ちゃんの姿が知りたい。

 あーしが一番、お姉ちゃんのことを、知っていなくてはならない。

 ジュリお姉ちゃんに一番憧れてるのは、このあーしなんだから。

 同じ場所に行って、同じモノを感じ、同じ敵と戦う。そうやっていつか、背中に追いつくの。

 

 そんな想いを持って、カレンはいま戦場へと赴く。

 インキャ帝国へ。極寒のシベリアへ。

 全ての戦いに終止符を打つために。

 

 二人は力強く、ギュッと手を繋ぐ。

 

 

「人任せじゃなく、自分でやるし。

 見に行こう、お姉ちゃんが見た景色を――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――END――

 

 

 

 

*1
ガンダッシュ、本気走り

*2
風呂に入る、入浴すること

*3
スーパー・ビューティフル・セクシー

*4
メチャメチャ、すごく

*5
気分を盛り上げる事

*6
ときめきました

*7
感動する




◆スペシャルサンクス◆

 砂原石像さま&天爛 大輪愛さま



・参考書籍

 おざわ ゆき著 【凍りの掌】
 ダルトン・トランボ著 【ジョニーは戦場へ行った】

・イメージ曲

 鬼束 ちひろ 【僕等、バラ色の日々】



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