【募】こんな小説を書けこの野郎【リクエスト】 作:hasegawa&friends
「やいアンパンマン、俺さまだぞ」
深夜11時を少し回った頃。
ヴァレー空軍基地の宿舎にある、アンパンマンの部屋のドアを、辺り一帯に響くくらいの大きな音で、乱暴にノックした。
こうでもしないと、たまにコイツは居留守を使いやがるから、ばいきんまんはいつもこの方法を取る。
早く出てこないと、ご近所迷惑になっちゃうぞ! いいのか!? とばかりに。借金の取り立てをするヤーさんの手口である。
この引きこもりパンとコミュニケーションを取るには、いつも苦労させらているのだった。
「さぁ飲むぞ。シングルモルトを持ってきた。*1
安酒だが、気楽にやるにはいいだろ? 俺さまがハイボールを作ってやろう」
ガチャと音がした途端、素早くドアの隙間に足を差し込む。これでもう閉められないし、逃がさない。
ばいきんまんはグイッとドアを全開にし、許可も取らずにズケズケと中に押し入った。
別にコイツは文句を言わない。黙って俺さまに従うのみだ。……それが分かっているからこそ、あえて不躾な態度を取る。
ドシドシ足音を立てて歩き、部屋の中央にドカッと腰を下ろす。
この部屋に座布団だのクッションだのといった、気の利いた物は無い。絨毯どころか、備え付けの家具ぐらいしか無い、殺風景な場所だ。
まぁコイツの部屋に、ぬいぐるみとか化粧台とかあったら、かえってビックリするけど。俺さまの部屋だって似たような物だけど。
そんな事を考えながら、ひとり勝手に床に胡坐をかき、アンパンマンに向けてチョイチョイっと手招き。
まがりなりにも部屋の主に対して、「さっさと座れ」と命じるように、自身の対面を指さす。
「あ゛~! しんどぉ゛~!
腰は痛いわ、眼精疲労は凄いわ、頭痛はするわ……。
ほ~んと戦闘機乗りなんて、ロクなもんじゃないな!(キッパリ)」
――――君は好きでやってるんだろう? 君がぼくにやらせてるんだろう?
普通なら、そうツッコミを入れる所なのだが、アンパンマンは文句も言わず、トコトコとそちらに歩いて行く。健気である。
「お前は平気そうだなぁ、アンパンマン。
どんな高Gにも耐える、空酔いで吐かない、ブラックアウト*2もしない。
そこだけは、たまに羨ましくなるぞぅ」
彼の頭部はアンパンなのだし、Gでペチャンコになったりしそうな物だが……、今の所そういう心配も無いようだ。
任務を終えた後だというのに、アンパンマンはいつも通りの仏頂面。疲労であったり、なにか他の感情であったりが、その表情に浮かんでいる様子は無い。
まさに彼は“空の申し子”なのだろう。
空と、太陽と、星に祝福された、飛ぶためにこそ生まれて来た存在。
戦闘機の操縦に四苦八苦しているような他の連中とは、まさに格が違うと言える。
彼の乗る愛機、アンパンマン号・Raptor。
このRaptorとは猛禽類を指す言葉で、すなわち“空の支配者”を意味している。
空においての絶対強者である、鷲や鷹。かの者に天敵はおらず、ただ弱者を狩り、全てを殲滅する。空の王者たる存在だ。
アンパンマン号・Raptorも、それと全く同じで、この機体の元になったFー22ラプターも、この世に比肩するものが無いほど、強力な戦闘機である。
いわく――――【航空支配戦闘機】
ただの優秀な戦闘機ではなく、その空域を支配しうる程、絶対的な力と性能を持った、この世で唯一無二の機体である。
ちなみに、
ばいきんまんが“それっぽく作った物”とはいえ、そんなエゲツナイ性能を備えた戦闘機を、あのアンパンマンが操っている、という事。
そりゃーもう、勝てるワケが無い。正直ばいきんまんは、ベカリ側の兵士たちに同情している。いつも心の中で「すまんなぁ~」とか思ってる。
ただ一機で佇む者――――最後に生き残る者。
それがアンパンマンという
「でもまぁ、今の俺さまでも、酒を作ることくらいは出来る。
お前と飲み交わせるくらいの余裕はあるのだ。
まぁ付き合えよアンパンマン。今日はもう、煩くしたりしないから。
俺さま……静かに飲みたい気分なんだ」
ハイボールを作るばいきんまんの所作は、手慣れていた。そして適当ではなく、とても洗練されているように見えた。
まずはグラスいっぱいに氷を入れて、そのままマドラーでかき回す。これは酒を入れる前に、グラス自体を冷やしておく為だ。
溶けた水分は捨てて、またグラスを氷でいっぱいに満たす。
次にようやくウイスキーをワンショット*3注ぎ、再びマドラーでゆっくり混ぜる。
こうして全体をしっかり冷やしておくことが、旨いハイボールを作るコツなのだと、彼は語る。
炭酸水をグラスに注ぐときは、ゆっくりと、そして氷に当たらないよう気を付けながら注ぐ。
これは氷が溶けて味が薄まり、炭酸も抜けてしまわないようにする工夫。仕上げに混ぜるのもたった一回だけという、徹底されたやり方だった。
「ほい飲め。俺さまが入れた酒を飲めるなんて、そうそう無いぞ?
それとも、ジュースの方が良いか?
一応はオレンジとかコーラも、持ってきちゃーいるが……」
ん? って感じで片眉を上げた表情。
馬鹿にするのではなく、純粋に意思を訊いているのが分かる、優しい顔。
アンパンマンは黙ってグラスを受け取り、クイッとひとくち飲んで見せる。「これでいい」と彼に示すように。
そして、これほど丁寧に作られた酒は、言うまでもなく美味だった。
アンパンマンは飲んだ事が無いけれど、きっとこれはプロが作るのとなんら遜色のない、とても良い仕事なのが分かった。
粗暴で、自分勝手な性格のばいきんまんに、こんな丁寧な心遣いが出来るのかと、アンパンマンは少しだけ驚く。
「手間暇を惜しまない、それがコツなのだ。
酒も、機械も、肉体も、手をかけてやれば、ちゃ~んと応えてくれる。
ようは、どう引き出してやるかって事さ」
感想を聞くまでもない。そんな風に「くっくっく」と笑いながら、同じく酒を煽る。
そしてすぐに「ぷは~!」という景気の良い声が、この部屋に響いた。
「でもまぁ、前に飲んだシャトーボロワーズには、流石に敵わないな~。
勝利の美酒ってゆーのもあったし、いま俺さま達は、
楽しく飲み交わす、酒を味わう。……この二人っきりの飲み会は、そんな雰囲気では無かった。
アンパンマンは無表情で、ばいきんまんは飄々としている。だが二人の纏う空気は、どこか重さを感じさせた。
任務後の疲れとは別の、気だるさのような物があるのだ。
味わうというより、流し込む。
浸るのではなく、掻き消す。
そんな風に飲んでいる。酒の力を借りて、気分を紛らわしているのが、見て取れた。
「死んだなぁ……たくさん。
ここの基地も、めっきり頭数が減った。
ほんの一週間前まで、馬鹿な野郎共で溢れ返ってたのに……」
やがて、小一時間ほどの静かな時間が流れた時、ばいきんばんがボソリと呟いた。
何気なく天井を仰ぎながら、つい半日前の出来事に、想いを馳せる。
「酷い状況だった。
正直な話、今こうしてお前と飲めてる事さえ、信じられない気持ちでいるのだ」
「ぜったいに生き残る、その気持ちでやってた。
けど……久々に“死”を覚悟したよ。
ワケの分からんまま、ゼーハー呼吸を乱して、あんな必死に操縦桿を握ったのは、一体いつ以来だろな?」
つい一週間ほど前に行われた【ハードリアン・ライン攻略作戦】
これは連合軍、そしてこの基地の傭兵達が総出で行われた、とても大規模な作戦だった。
ハードリアン戦と呼ばれるベカリの防衛線は、遺跡を利用して作られた要塞“グラティサント”を中心に、約700㎞にも及ぶ長大な物だ。
この遺跡要塞グラティサントには、もう目もくらむような数の対空火器が設置が設置されており、強力な防衛システムとして、彼らの前に立ちふさがった。
広大な敷地、雄大な山脈、数えきれない程ある遺跡の穴倉。そのどこを見ても、対空火器と敵兵の姿があった。
ここに来る者を、生かして帰さない。
是が非でも、背後にあるベカリ公国を守る。
そんな意思がアリアリと感じられる、巨大で強固な防衛システム。
この場に赴くことを命じられた傭兵達にとって、まさに死地……いや地獄と言い換えても良い場所だった。
Fire in the hole!(穴倉にミサイルをぶち込め!)
そんな友軍の血気盛んな声が、絶え間なく無線から聞こえた。
誰もが決死の思いで操縦桿を握りしめ、空対地攻撃を繰り返していた。
だが、いくら爆弾を落そうとも、地上にある対空火器を破壊しようとも、一向にその数は減らない。まったく終わりが見えない戦い。
それどころか、まるで大波が迫って来るかの如き密度で、地上から対空砲火が放たれて来た。
地上から空に向けて、真逆に雨が降り注いでいるような、不思議な光景に見えた。
『ランサー6が撃墜された! ランサー4もだ!』
『被弾した! 機体が制御出来ないッ! 落ちちまうッ!!』
錯乱、泣き事、悲鳴、怒号。そんなありとあらゆる傭兵達の声が、遺跡要塞の上空に木霊した。
『いくつ破壊すれば良い!? どれだけあるんだこれは!』
『敵の迎撃、苛烈! ターゲットをロックする暇すら無い!』
『管制機! こっちにも情報を回せ! いま状況はどうなってる!?』
『くそっ! 編隊からはぐれた! 連中はまだ飛んでいるのか!?』
無心で操縦桿を握っている間も、戦場の混乱が耳に届く。
だがそれに反応する余裕は無い。今も絶え間なく対空砲火を受け、嫌と言うほど次々にミサイルが飛んで来ているのだから。
グローブの中の手汗の不快さ、自分でも分かるほどの荒い呼吸、そして強烈なGと集中によって狭まる視界の中で、思考のほんの片隅でのみ、彼らの無事を祈ってやるのが精一杯。
ばいきんまんという歴戦の傭兵をしても、他人の事よりも自分の事を考えなければならない、墜とされない事だけに集中せざるを得ない、そんな苛烈さだった。
そして当然の如く、時折“叫び声”が無線から響いた。
被弾し、成す術無く地上へ墜ちていく者達の声。彼らがその人生において最後に上げる声。断末魔だ。
それを数えるのは、途中で止めてしまった。
あまりにも多く、また絶え間なく聞こえてくる“死”のカウントは、とても両手で事足りる数では無かったから。
ただただ、
遥か後方を飛ぶ管制機から、そのつど友軍機の残存数を、80%だの70%と、端的な言い方で伝えられた。
たとえ雇われの傭兵、死ぬべくして戦う存在だとしても、それはとても冷たく、“命”という物には似つかわしくない言葉に思えた。
すぐ隣を飛ぶ友軍機が、炎に包まれて墜落していく。
対空砲火によって砕け散ったキャノピー*4の破片が、まるでシャワーのように全身に突き刺さり、血だるまと化した戦友の姿を見た。
戦闘機の装甲は紙のように脆く、たとえ機体のどこに被弾しようとも、バランスを崩して墜落する。
そして
脱出も叶わぬまま、生存の望みを絶たれ、愛機と運命を共にしていく仲間達の姿を、まざまざと見せつけられた。
何度も、何度もだ。
昨日まで共に笑っていた連中、一緒に馬鹿笑いをしながら酒を飲んでいた仲間達が、死んでいく。
あっさりと、あっけなく、さも当然のように。
まったく実感も、現実感も伴わないまま、ソイツとの全てが唐突に無くなる。
もう二度と、会うことも話すことも、出来なくなる。
60%……55%……50%。
そう管制機の通信が入る度に、「やめてくれ」と叫びそうになる。黙れと声を荒げそうになる。
その衝動を抑え込みながら、操縦桿を握る手に、力を込めた。
こんなモン作りやがって! 俺さま達も嫌われたもんだ!
思わずそうごちるが、ばいきんまんのジョークに反応する者は、誰一人として居ない。
この空域の誰にも、そんな余裕はありはしなかったから。
誰もが生きたいと願いながら、無惨に墜ちて行く。
爆散した機体が上げる炎は、最後の輝きなのか。
悲しいほどに気の抜けた、ヒュ~というマヌケな落下音が、ソイツの人生の終わりに相応しいというのか。
そんなにも簡単で、つまらない物だというのか。“命”という物は――――
そんな憤りに歯を食いしばりながら、憎悪を以ってミサイルの発射ボタンを押し、次々に破壊をおこなっていく自分は、いったい敵側の奴らにはどう映っているのだろう?
人の心がない悪魔のように、死神のように映っているのだろうか?
そして、殺し殺され、ただひたすらに死を積み重ねる自分達は、いったい人の目にどう映るのだろう?
悪いのは誰だ? 自分たちか? ヤツらか?
それとも何もせず、ただのほほんと見ているだけの奴等なのか?
誰が生きるべきで、誰が死ぬべきだ? そんなつまらない、いま考えても仕方ない事ばかりが、頭をよぎった。
思考と葛藤、そして地獄のような状況の中、ただ
相棒、ライバル、ほっとけないヤツ。彼を表す言葉は、それこそ無数にある。
ただ、いま自分の前方を力強く飛び、如何なる攻撃にも決して屈することなく戦うアンパンマンの姿が、この場において特別な物に映った。
ただ一人、自由に空を駆ける。
何者にも縛られず、何者にも負けず、己の意思を通す。
誰にも墜とすこと叶わない、この空域の支配者。ただ一人絶対の存在。
太陽のように眩しく、果敢で力強いフライト。勇気という言葉を体現するかのような戦いぶり。
そのどれもが、朦朧とするばいきんまんの意識を支え、心に熱い火を灯した。
凍えるような恐怖や、何も見えないほどの絶望、自身の臆病さ。その吹き飛ばす力となる。
灯台の灯りのように、進むべき道を照らしてくれる――――
それがあったからこそ、飛び続ける事が出来たと思う。
憎らしいほどに頼もしい相棒が、常に自分の前にいる。
だから恐れずに、まっすぐ信じる事が出来たのだ。――――自分達の勝利を。
やがて、長い長い時が経ち、極限の集中という自己への潜水をおこなっている内に、いつの間にか戦いは終わっていた。
最後、何機かの
自分でもよく分からない内に戦い、虚ろなままで撃墜していたのか。それともアンパンマンが一人でやっつけてしまったのか、あまり記憶にない。
恐らくはその程度の、最後の悪あがきのような抵抗でしか無かったのだろう。そう思っておく事にした。
管制機から目標達成と、作戦終了を告げる声が届いた途端、一気に身体の力が抜けた。
緊張から解き放たれ、出来るならパイロットスーツもヘルメットも脱いで、そのまま大の字で眠ってしまいたかった。
バイキンUFO・Eagleの自動操縦機能で、このまま基地に帰還させようかとも思ったが、でもそういうワケにもいかない。
今も無線からは、絶え間なく生存確認の点呼と、
いわく、この作戦は“核兵器査察”の実行のため。
ベカリによる核兵器“V2”の開発計画が明らかになったので、その核査察の足がかりを作るべく、その障害となる要塞を破壊しましょう――――
とまぁ、そんな意図の下で行われた作戦なのだそうだ。
だがばいきんまんは、その説明には懐疑的。
ただただ、ベカリ施設を襲撃するための大義名分に過ぎないと、そう感じていた。
コムギィコ共和国の首都は既に開放され、戦況はこちら側に大きく傾いている。
現在この戦争は、すでに終結に向かいつつある。勝敗など
ならば……ここから始まるのは、ただの殲滅。そして権益確保のための戦い。
これまでのように“守るための戦い”では無い。決してコムギィコを取り戻す戦いではない。
ベカリという壊れかけた家に押し入り、まるで強盗の如く家中を荒らし回って、その全てを持ち去るのだ。
いま自分達がやったのは、その足がかりを作る為の戦い。
そしてこれから始まるのは、勝者による制裁と、略奪に他ならない。
そんなことの為に、自分の仲間達は
こんなくだらない物の為に、炎に包まれながら、無惨に墜ちていったのか。
あまりにも連中が浮かばれないと、失笑するしかない。
この戦いは、人間の悪意と欲望こそが作り出した、地獄。
唾棄すべき、忌まわしい戦いだった。
「死んだヤツラの遺品整理をしたり、梱包して送ったり、連絡を入れたり……。
人数が人数なもんで、俺さま達まで雑務に駆り出された。
ベイルアウトした奴等の救助だの、減った人数の補充だの、ヴァレー基地はてんやわんやだった」
「そこに来て、
正直、俺さまはもう、勘弁して欲しかったぞ……。
どんだけ殺せば気が済むんだ、って思った」
これは、先の作戦が終了してから3日後に行われた、南ベカリ中央部のシェーン平原での戦いを指している。
ベカリの第二次対空防衛ラインである、この対空陣地を破壊する事により、コムギィコ軍補給部隊の空輸ルートの安全を確保しよう、という趣旨の物だった。
敵地上部隊に攻撃を加え、航空勢力も殲滅し終わり、これで作戦終了かと思った矢先、ばいきんまんは目を見開く羽目となったのだ。
「まさか敵さんが、
俺さまが作るのならともかく、よくそんな大がかりな物を作ったもんだ。
あれには流石にたまげた」
最初、何が起きたのか分からなかった。
敵勢力の掃討が完了し、満を持してコムギィコの補給部隊が空域を通過しようとした途端、とつぜん辺りが閃光に包まれ、一瞬何も見えなくなった。
そして次の瞬間、編隊を組んで飛行していた補給部隊の航空機が、後列の数機だけを残して、全て爆散したのだ。
敵の攻撃だというのは分かった。だがそれがどこから、どうやって行われた物なのかが、全く分からなかった。
この空域には、周囲何十キロという範囲には、何も見えない。何も存在しない。
ようは、それほどまでの超遠距離から、こちらを一方的に殲滅することが可能な、レーザー兵器。
しかも、漫画で出てくるような光線銃の、ピピピッとか細い光ではない。航空機ですら丸呑みにしてしまう程の、巨大な“光の帯”。
それが弾丸やミサイルなど比較にならない速度で、あたかも剣を横薙ぎにするが如く、こちらに襲い掛かって来たのだ。
「ワケの分からないまま墜ちてった。
これが攻撃なのか、自然災害なのか、はたまた“神の怒り”なのか。
それすら分からないまま、撃墜された。
どいつもコイツも、みんな死んでった」
「断末魔と、悲鳴と、そして誰々が墜とされたっていう報告が、ずーっと無線から鳴ってた。
みんな管制機に向けて、『これはいったい何だ!?』って訊いてた。
敵の攻撃なのか? っていう分かり切った、しょーもない疑問にすら答えて貰えないままで、何人も死んだ」
「機銃やミサイルならともかく、あのレーザーに当たってからベイルアウトするなんて、そんなの出来るワケないもんな。
俺さま達には、いま何をされてるのかすら、よく分かってなかったんだから」
命からがら逃げ出した。
管制機から送られてくる指示、そして僅かな情報を頼りに、全力でスロットルを吹かした。
全身が凄まじいGでシートに押し付けられ、目玉がめり込むのを感じた。その圧力で視界がゆがみ、雲の中でもないのに世界が真っ白になった。
それでも全速で突っ切り、この空域を離脱する他はない。どれだけ身体が悲鳴をあげようとも、ただひたすら機体を前に進めた。
ようやく謎の兵器の射程外、安全な空域まで離脱した時には、友軍機は作戦開始時の半分も残っていなかった。
あの遺跡要塞グラティサント……地獄の釜の底のような戦場から生き残ったばかりだというのに、それに追い打ちをかけるように、またヴァレー基地の傭兵達は、その数を減らしたのだ。
驚愕と混乱の中で、巨人の手に潰されるかのように、命を散らしていった。
「“エクスキャリバー”って言ったか? あの長距離攻撃兵器は。
今日の作戦で、お前さんが破壊して見せたワケだが、それが連中の弔いになればいいな。
ほんのちょこっとでもって……、そう思うよ」
そして本日、この飲み会が行われる半日前に、このコードネーム“エクスキャリバー”と呼ばれる敵兵器の破壊作戦が決行。
かのバベルの塔の如く、人の業によって作られた巨大兵器は、アンパンマンを含むヴァレー基地の傭兵達によって、見事破壊された。
これによって、ベカリ公国は最大の切り札を失った。コムギィコ共和国の勝利は、もはや揺らぐ事はないだろう。完全なる成功したと言えよう。
しかし、それが果たして
先のシェーン平原で受けた奇襲、そして今回のエクスキャリバー破壊作戦でも、こちらは甚大な被害を被り、その数を大きく減らしたのだから。
たとえ今後、連合軍がベカリ公国の領土を切り取り、どれほどの利権を手に入れたとしても、ばいきんまん達傭兵には何の関係もない事だ。
死んでいった者達は、二度と帰っては来ない。
彼らが基地に帰還した時、多くの人々からの賞賛を受けた。
基地の仲間達から拍手をもって迎えられ、連合軍司令部からお褒めの言葉を賜った。
仲間のサポートを受けつつ、エクスキャリバーの破壊を成したアンパンマンは、「聖剣を抜いた」と称され、今ちょっとした英雄扱いを受けている程だ。
だが、多くの喜びと戦勝ムードに包まれつつも、ばいきんまんとアンパンマンの間にあるのは、倦怠感。
そして、意義の見い出せない戦いによって多くの仲間が死んだという、埋める事の出来ない喪失感だった。
彼らはこの一週間ほどで、あまりにも多くの“死”を、見過ぎたのだ。
「正直……ちょっと疲れたな。怒涛の日々もいいトコだ。
あまりにも色んな事がありすぎて、目が回っちゃってる感じだ」
「首都を開放した時の、鐘の音……。
あれを聞いた喜びと、あの充実感から、まだ一か月と経っちゃいないってゆーのに。
この国の状況、この争いの戦況は、ビックリするほど変わった。
……俺さま達の周りも、だいぶ変わっちゃったなぁ」
窓の方、僅かに見える夜空に向けて、ばいきんまんが何気なくグラスを掲げる。
この酒は、死んでった者達への弔いの酒。まるで彼らと乾杯をするかのように、静かに喉に流し込む。
「ん、女々しいか?
傭兵なんだから、仲間の死は見慣れてるだろうって?
こんなの日常だろって?」
膝元でグラスを握っているアンパンマンが、じっとこちらの顔を見ている事に気付く。
色の無い、感情の窺えない瞳。けど何かを知ろうとしている様子が、見て取れた。
「ふんっ! 別に連中に同情してるワケじゃないぞぉ?
なんたって、ヤツラは2ドルの価値しかない脳みそで、2000万ドルの戦闘機を乗り回してたような、イカれた連中だ。
信念も愛国心も無く、ただ金のために戦ってた、荒くれ者の親不孝どもだ」
苦笑しながら、また酒を煽る。
ゴクゴクと旨そうに喉をならし、フーッと長い息を吐いた。
まるで、いま胸に渦巻いている物を、全て外に吐き出すようにして。
「ま! 人としてロクなもんじゃない事は、もう間違いないな!
散々ぶっ殺してきて、その上で死んだんだ。
そんなの自業自得だし、覚悟も出来てたろぅ」
「けど……共に酒を飲んだ“友達”としては、ちょっとだけ悲しんでやらなくもない。
お前といて楽しかった、馬鹿だけど良いヤツだった――――
そう思わなくもない、って話なのだ」
トクトクと音を立て、グラスに酒を注ぐ。
炭酸水で割るのではなく、そのままのウイスキー。とてもアルコールの強い物。
その様は、どこか自虐的にも見え、また彼らしい逞しさにも見える。不思議な表情だった。
「そもそも、俺さまは傭兵。
連中に同情する資格なんて、無いんだよ。
それをするのは、ミサイル売りながら平和を訴えてる馬鹿共と、おんなじだ」
「俺さまには、善だの道徳だのといったモンは、性に合わん。
そういうのは、
“正しさ”を振りかざし、とてもイイ顔しながら他人を虐げてるヤツを、もう腐るほど見てきた」
「いま俺さまは、どでかいクソの上を歩いてるような……、そんな気分でいるよ。
自分が
大義の名の下に、殺す。
正当性を主張しながら、他所の国を荒らし回る。
憎悪と欲望のまま、まるで犬のように貪り付き、全てを奪う。
これから始まるのは、そういう戦いだ。
制裁、賠償、権益……。そんな単語ばかりが飛び交う、人の業によってこそ成される戦いだ。
これは、アンパンマンがこの基地へやって来た頃とは、もうあまりにも違う。
誰もが強い心で、真っすぐな想いを以って戦っていた、あの頃とは。
浅ましく、醜い戦いが始まる。
それを彼は“クソにたかる蠅”と表現したのだろう。
これまで自分を生かしてくれていた、戦闘機という物。そして何より大切だったエースとしての矜持は、地に落ちていくのだと――――
「まぁ、お前に世界がどう映ってるのかは、知らないが……。
正義の看板を背負ってたんだ。悪党の戯言とでも、思っといてくれ」
クスリと、自嘲しながら告げる。
こんなつまらない話は止めだと、言外に。
アンパンマンは、それに意見することはない。ただ黙って付き合うのみ。
言葉なく、じっと彼の方を見続けていた。
まるで、ぼくにはそれだけで良いとでも、言うかのように。
「そういや、クロウ3だったかぁ? 今日援軍に来てたヤツ。
確か“ごはんパンマン”とか言ってたけど……、随分お前に懐いてたじゃないか~」
ふいに話題が変わる。
これは今日おこなった【エクスキャリバー破壊作戦】、そこに参加していたクロウ隊というチームにいる、ある一人の飛行機乗りの話だ。
彼はごはんパンマンという子で、コールサインはクロウ3。
なんかコッペパンに、しこたま米を詰め込んだような顔をしており、きっと炭水化物の重複を許さぬ外人さんが見たらブチギレしそうな感じの、とてもファニーな青年だった。
ちなみに、TACネームは“
同じクロウ隊の仲間である塩パンマンや、メソポタミアパンマンに、その幸せっぷりを楽しくからかわれている様子が、作戦中にも分かった。
その素直な人柄と、ごはんをパンに挟むという得も知れぬ妙な魅力から、きっと愛されキャラであるんだろうな~というのが分かる。
「お前のこと、尊敬してるみたいだぞ。
この作戦に参加する時も、
「俺さま、アイツ舞い上がり過ぎて、ヘマでもするんじゃないか~って。
コイツ速攻で
でも意外と、なんとかなってたな!
腕とゆーよりも、悪運の強いタイプなのかもしれん。神に愛されてるのかもな」
ちょっと笑ってしまったのが、作戦中にあった彼とごはんパンマンの会話だ。
なにがそんなに嬉しいのかは知らないが、ずっと「ひゃっはー!」とか言いながら飛んでいたごはんパンマンに、思わず彼が「おいクロウ3。墜ちるんなら、俺さまに見えない所で頼むぞ?」と言ったのだ。
するとごはんパンマンから、即座に「了解です! 任せといて下さいっ!」と応答があった。
もう輝かんばかりの笑顔で、元気いっぱいに言っている姿が、無線越しでも想像出来たほどだ。
これにはもう、嫌味を言ったつもりのばいきんまんも、苦笑するしかない。
まいった、こいつは大物だ……と、白旗を上げざるを得なかった。
それに加え、こんな浮足立った様子でも、ごはんパンマンはしっかり生き残ってみせたし、ちゃんと作戦にも貢献していたようなのだ。とても意外な事に。
馬鹿っぽいけど、どこか憎めなくて、そして戦闘機乗りとしても光る物を持っている。
それがばいきんまん達の、彼に対する評価であった。こいつ面白れぇな……と。
また機会があったら、クロウ隊の塩パンマン達に交じって、俺さまもからかってやろう。
そうばいきんまんは心に決めている。これも愛あるコミュニケーションなのである。
「どうだ? こんど飲みにでも連れてってやったら。
アイツ喜ぶぞ~う?」
コテンと、小首を傾げる。
無表情だし、無言だけれど、それが彼にとって「なんで?」という意思表示なのが、ばいきんまんには分かった。
「いやいや。ヤツにとってお前は、憧れのヒーロー様なんだ。
そりゃーお近づきになりたいって、そう思うだろぅ?
ファンサービスしてやれよ、アンパンマン……」
何気なく天井を見つめ、少しだけ「うーん」と考えた後、プルプルと首を横に振る。
その様を見て、ばいきんまんは「はぁ~!」とため息。
こいつ本当に、引きこもりになっちまった。どうしようもねぇなコイツと。
「まっ! 寡黙なお前さんも嫌いじゃないがな! 俺さま的には!
多くを語らず、背中で示す。そーゆうのも渋いじゃないか。
若いヤツらの手本になってやれ。先達としてな~」
――――どうでもいい。
のほほんとした君の声を聞いた時、ぼくの胸に浮かんだ言葉は、これだった。
何の感情も湧かない。したいと思わない。そんな“何も無い”感情だった。
「ここへ来て、もうそこそこ経つだろう?
そりゃー俺さまが無理やり連れて来たが……、でもこんだけたくさん飛んで来たんだ。
お前にも、何か思う所があるんじゃないのか?
戦う理由とか、飛ぶ意義とかが」
君は機嫌良さそうに、今もお酒を煽っている。
とてもリラックスした優しい顔で、ぼくを見ている。
けれど、何も答えられない。言うべき言葉が、見当たらない。
だって、
ただ黙って、君の声を聞く。
「最初は……俺さま達二人だけだった。
子供の頃から一緒で、ずっと二人でやってきた」
「俺さまが馬鹿をやって、お前が解決する。
悪と正義。俺さまとお前。それだけがあった。
ずっと二人で回ってたんだ。グルグル、グルグル、同じ場所を。
俺さまは、それだけで良かったし、それが楽しかった」
「どちらか片方じゃいけない。二人で一つ――――
それで完成し、それだけで
「俺さま達は、同じ物なんだよ。
ふたつでひとつ、
きっと……俺さまは生まれた時から、それを知ってた……」
「でも、いつしか世界は、ゴチャゴチャして来た。
時代は移り変わり、国ってモンが出来て、俺さま達も子供じゃなくなった」
「世界がシンプルじゃなくなって、どんどん賑やかになって。
そしてジャムおじさんが死んだ時、
あんなに楽しかった時間は、あっけなく終わった」
きっと、自分でも気が付いていないだろう。
君がいま、とても悲しそうな顔をしてる事に。
ぼくには、君の気持が痛いほど分かる。同じ物を見て、同じ時を生きてきたんだから。
こんな伽藍洞みたいな心でも、まだこんなにもジンジン痛むのかと、驚く位に。
「だけど……いま俺さま達は、また一緒に飛んでるだろう?
あの頃より世界はゴチャゴチャしてて、敵同士ってワケじゃないけども。
でも一緒の場所で戦ってるんだ」
「なぁ、また始まったんだぞアンパンマン? 俺さま達の“物語”が。
それをお前は、どう思ってる? どんな風に感じてるんだ?」
――――なにも。
けれど、浮かんで来たのは、その言葉だけ。
なんとも思ってはいない。
周りも、国も、世界も、ぼくにとってはどうでも良い事だ。
だから君の問いかけにも、答える術が無い。
ゴチャゴチャしてきた。あの頃に比べて、世界がややこしくなってる。
……それはそう思う。事実として理解出来るよ。
でもあまり関係ないと思ってる。どれだけ周りが変化しようが、何がどうという事はないって。
――――始まってはいない。ぼくはもう
胸の中にある……確かにあったハズの勇気の鈴は、とうの昔に動きを止めたから。
“ぼくらの物語”と、君は言うけれど……、あれはもう終わってしまった物だ。
二度と戻らないし、同じことは出来ない。また始まったりはしないよ。
確かに今、ぼくは空を飛び、みんなの敵を倒して、笑顔に囲まれてる。
けどあの頃とは違うよ。同じようでも、まったく別の物だ。
君の気持ちは嬉しい。
またぼくを活躍させてやろうって、ここへ連れて来てくれたんでしょう?
すごく感謝してるし、すごく嬉しかったんだ。
でも……戦う理由?
もうぼくの胸に、“正義”なんて物は無いんだから。
ジャムおじさんが死に、ぼくの心は凍り付いてしまった。みんな居なくなった。
そんなぼくに残った物は、いったい何だろう?
君だ――――
世界も、周りも、この戦争も。全部どうでも良いんだ。
あのボロボロのパン工場で、ずっと一人きりパンを焼いていたのは、まだこの世界に、君がいるから。
ぼくらは相棒で、魂の片割れだから、
それだけなんだよ、ばいきんまん。
君と共にある――――その為に、ぼくは生きている。
「ん~? まだよく分からないかぁ~?
まぁ先は長いんだー。のんびり考えりゃー良いさ」
「あの頃みたく、カバ男を助けるため~、ってワケにはいかないだろがな?
でもせっかくだ、一度考えてみろよ? お前にとっての“戦う理由”ってヤツを。
自分なりで良いぞ~ぅ」
そんなアンパンマンの沈黙を、考え中と捉えたのか、ばいきんまんは「いーのいーの!」と手を振り、彼のグラスに酒を注ぎ足す。
難しい話はやめて、気楽に飲もう! そんな気遣いからくる行動だった。
それを受け、アンパンマンがゆっくりとグラスに口を付ける。
いつも通りの無言、感情の見えない顔のまま。
相棒が注いでくれた酒を、答えの代わりに飲み干して見せた。
◆ ◆ ◆
青一色の美しい空が印象的な、気持ちの良い日だった。
「あーあ、先に言っとけってゆーんだよなぁ。
にっちもさっちも行かなくなってから、俺さま達を頼るんだから。……ふぁ~あ」
戦闘機のコックピット。常人であれば、ただ乗っている事すら厳しい環境下で、ばいきんまんは気だるそうに
先ほどはバタバタと走りながら、パイロットスーツだのヘルメットだのを急いで装着し、有無を言わさず出撃させられる羽目となったものだから、少しご機嫌斜めの様子だ。
今日の任務はあまりにも突然で、本来はOFFだった日。まぁ戦争中だから仕方ない事なのだが、それはそれ、これはこれである。
いつかやろう、いつかやろうと思っていた部屋の掃除は、どうやら今日も手を付けられそうに無かった。残念な事に。
「しかも、今回は“円卓”だろぉ?
いきなり言われて、はいそうですかと赴く場所じゃないぞ……。
まったく最悪だ! Fuck it all」*5
しかも、これから向かうのは、かの【B7R】。
彼ら
現在、ベカリ絶対防衛戦略空域であるB7Rでは、連合軍とベカリ空軍が入り乱れての、大規模な空戦が展開されているという。
この“円卓”は、ベカリの強大さの象徴的な物と言える。政治的にも軍事的にも、非常に重要な意味を持つ場所だ。
しかし、これまで快進撃の勢いそのままに、連合軍は大規模な航空機部隊による、B7R進撃。
不可侵条約の永久破棄を表明すると同時に、ベカリ公国に致命の一撃を入れるべく、雪崩れ込んだのだ。
この戦争に終止符を打つ事、またベカリを丸裸にしてズケズケと家に押し入る為の、第一歩だ。
しかしながら、なんか思ったより抵抗が激しかったらしく、今日の昼過ぎに「このままじゃ、やられちゃうよ!」的な泣き言が、突然ヴァレー基地に届いた。
電撃的といえば聞こえは良いが……、ようは不意打ち。奇襲だ。
一方的な不可侵条約の破棄という、礼儀もクソもないやり方を以って
これには、ばいきんまんじゃなくても、愚痴の一つも言いたくなるという物だ。
友軍を助けに行くとか、戦いに心が躍るとか、とてもそんな心境ではない。
俺さまのOFFを返せってなモンだ。
「バイキンUFO・Eagleも、心なしか足が重いような気がする。気が乗らないんだろうなぁ。
……あー行きたくないっ! めんどくさぁ~い!!
お前もそう思わないか、
Fuck Fuck言いながら、隣を飛ぶアンパンマン号・Raptorに目を向ける。
太陽光が反射し、キラキラと輝く美しいボディ。でも戦闘機のワリにはちょっと丸っこくて、どことなくファンシーな印象を抱かせる、彼の愛機である。
「たまにゃー言ってやれよ、お前も。
遠慮する事はないぞ~う?」
遥か200㎞後方とはいえ、
そんな事してるから、Smileと違って給料上がらないんじゃないのかと、イーグルアイさんは内心で呟く。
――――そうだね、少し面倒だね。
そして、無線機に応答が入る。
アンパンマンの無機質で、静かな声。
まだ子供だった頃に聞いた、温かみのある物とは違うけど、どこか心地よさを感じさせる物。
ばいきんまんは「だろぉ~?」とばかりに、うんうん満足気に頷く。
なんか腕組みまでバッチリ決めてしまっているが、操縦桿の方は大丈夫なのだろうか。余人には知る由も無い。
――――けれど、そこまでじゃ無い。
――――ひとりなら大変だけど、君が一緒だから。
……。
…………。
……………………。
無言。静寂。絶句。
ばいきんまんを始めとする、無線を受け取ったヴァレー基地の者達は、フリーズ。
まるで時が止まったかの如く、ピキーンと固まった。
短い言葉だった。いつも通りの、彼らしい端的な返答。
だが、その言霊に宿る強い“信頼”の色――――
デレやがったぞ!! いつもあんなに素っ気ないのに!! いったい何があったんだ!!
いま司令部は、そんな風にガヤガヤ。
彼らの事情を知る者達は、ひとり残らずアンガーと口を開けて、放心してしまった。
というか、いま作戦行動中だろうに。良いのかそれで。
「ふっ……! ふふふッ!! あーーっはっはっは!!!!」
唐突に無線機から、ばいきんまんの大きな笑い声。
「そらそーだ! いつもお前は単独だった!
カレーパンマンやバタコさんはいても、全てを自分ひとりで解決してきたんだ!
愛と勇気だけを背負い、どんな敵が相手でもッ!!」
くっくっくと、噛み殺すような笑い。
心底愉快だと、機嫌良さそうな、ばいきんまん。
「でも、
お前と俺さま、力は倍。なら恐れる道理はないってか?
まいったよ
――――こんなのぬるすぎるなぁッ!! お前にとってはッ!!!!」
がーーっはっは! と火山が噴火したような声。
愉快だ、愉快でたまらない。今までの憂鬱を吹き飛ばす程に、喜びが込み上げて来る!
あんなにイヤだった戦場が、今は楽しみでならない!
「訂正するぞ相棒。
何事も楽しんで行こうじゃないか。人生はかくあるべし――――」
僕もいますよ皆さんっ! 力の限りサポートします! まかせてくださーい!
アンタ、力みすぎて墜ちないでよ? 愛しのハニーがいるんでしょ?
こいつが生き残っている事を、世界の七不思議に加えるべきだな。俺は不思議でならない。
……と、同行しているクロウ隊の三人(ごはんパンマン、塩パンマン、メソポタミアパンマン)からの通信が入る。まったく場に似つかわしくない、楽しそうな和気あいあいとした雰囲気だ。
「ま、
楽しくなりそうだなぁ
いっちょ円卓にピクニックとしゃれこむかぁ! ランチバスケットを持ってな!」
ひゃっほー! とばかりに、意味もなくバレルロール*8。
上機嫌となった彼の感情表現だったが、すぐに管制機から「おい! 編隊を乱すな!」と注意されてしまう。
まったく、雇われは肩身が狭くて困る。空気読んでくれよ。
ばいきんまんは思った。
◆ ◆ ◆
『連合本部より入電!
我が方の航空戦力は、既に40%を喪失している!』
暫し、目を閉じる。
静かに息を吐き、集中力を高めていく。
『くそっ! 増援はまだか! もうもたないぞ!!』
『数が多過ぎるッ! こんなの手に負えないッ!!』
悲鳴、焦り、懇願――――
そんな様々な無線を、どこか遠くに感じながら、ばいきんまんの精神は深く深く、内側へと。
瞼を閉じていても感じる、太陽の光。心地よい愛機の振動。身体にかかる重力。
それがほどよく緊張感を演出する。意識が“戦い”へと切り替わっていく。
「ガルム2より、
これより作戦領域に侵入するぞ。しっかり見とけ~」
即座に返ってくる、「幸運を祈る」の言葉。
こちらを勇気づけるような力強い、だが少し心配が交じった、祈るような声だった。
ばいきんまんは、ニタリと口元を歪めながら、最後にもう一度だけ、すぐ隣へと目を向ける。
「
世界中の戦闘機が集まってる。まるで博覧会だぞ」
「これ何機いるんだぁ?
ミサイルや戦闘機が、一体いくらすると思ってるんだか……。この馬鹿共めが。
資本主義の悪夢だな」
このお金を、全て食料支援にあてれば、飢えて死ぬ者など存在しなくなるだろうに。
そんな、物を知らない子供のように馬鹿な事を、ふと考えてしまう。
善人でも夢想家でもあるまいしと、すぐ自嘲するが。
「だがパッと見……、どいつもこいつも
よぉ
――――君、それ言ったかっただけでしょう?
珍しく、アンパンマンから冷静なツッコミが入る。
どこの漫画で読んだのかは知らないが、その「教育してやろう」が言いたかったんだろう? カッコいいものだから、いつか使おうと思ってたんだろう? みたく。
まぁそれは、まったくの図星であったのだが……ばいきんまんは気にする事なく、ただ眼前の戦場を睨み付けるのみ。メンタルはすごく強いのだった。
いま前方5㎞にあるのは、まるでハチの巣を突いたかの如く飛ぶ、数えきれない程の航空機。
この空域を、すべて戦闘機が埋め尽くしているんじゃないかと思うほど、もう見てるだけでウンザリする数だ。
「よし、花火の中へご招待だ。
ガルム隊、交戦を開始する――――ぜんぶ鉄屑にしてやれ相棒ッッ!!」
――――
いつも通りの機械的な、頼もしい応答。
それと同時に、二機は左右に旋回、からの急降下。
喜び勇んで駆け出す少年のように、“円卓”へ突っ込んでいった。
◆ ◆ ◆
戦場は、混乱を極めていた。
絶え間なく飛び交う援護要請、友軍の
そんな“戦場の音”をBGMがわりMに、ガルム隊の二機が
「――――ヴァルハラへ行ってこい!」
機銃の奏でる、激しいドラムビート。
雨のような20ミリ機関砲弾を受けた敵機が、一瞬小刻みに振動し、まるで
それを他所に、遥か上空から横をすり抜けるように飛ぶ、バイキンUFO・Eagleの機影。
コックピットには「YES!」とガッツポーズをする
「ベイルアウトはしたか? まぁここB7Rだけどな。*9
うまく生き延びたら、絵葉書のひとつでも送ってくれ。俺さま待ってるぞ~」
即座に機体を翻し、まるで道すがらのように敵機を捕捉。即座にロックし
「たとえば、お前がとても良いヤツで、家族友人すべてに愛される、聖人だったとしよう。
――――でも死ね」
爆散。数舜前まで空を飛んでいたとは思えないほどバラバラになり、ただの炎の塊と化して、敵機は墜落した。
「またひとつ、哀れな豚の人生が、終わりましたとさ。
ブゥブゥ、ブゥブゥ」
余談ではあるが……、今この独り言を、無線を通して聞いている司令部の者達は、残らず震え上がっている。
……まぁ人では無いのだけれども。ばいきんまんだし。
とにかく、いつもの彼では無い。ものすごーく機嫌が悪い!
いや……、
分からない。判断が付かない。彼はいつも飄々としてて、決して内心を人に明かさないから。いま司令部にいる誰もが冷や汗をかきつつ、ただただ無線に耳を傾けるばかり。
「円卓だぁ? そんな上等なモンじゃない。ここは
憎悪だの悲しみだのを、一緒くたに煮込んだ、“魔女の釜”だ」
お前が地獄に墜ちますように、っと。
そうボソッと呟いてから、
即座に左翼からAAMが発射され、猟犬の如く敵機を追尾。食らい付いて諸共に爆散。
親指の小さな動きひとつ、あたかも軽い気持ちでおこなったような、何気ない行為によって、敵パイロットの命は失われ、炎と共にヴァルハラへと送られたのだ。
そして、バイキンUFO・Eagleはそしらぬ顔をして、また別の敵機に向かい、優雅に旋回していく。
『おい……増援が来てくれたのか? コレどこの隊のヤツだ!?』
『識別信号確認……、ガルムだ! 援軍はガルム隊の二機ッ!!』
その途端、多くの驚きと喜びの声が、無線を飛び交った。
ウオォォォーーみたいな歓声だ!
『くそっ! 傭兵風情が! 余計なマネを……!』
『やれっ! 奴らを墜として名を上げろ! 願っても無いチャンスだ!』
『お前たちに、この“円卓”は飛べない――――』
敵さんの方からも、好き勝手な声が聞こえてくる。
強い言葉、自らを奮い立たせるような。……だが悲しいかな、どこかその声には、動揺の色が見て取れた。
なぜなら、先ほどからレーダーに映る友軍機のマークが、見る見る内に
「残念だなぁ~、頑張って押し返してたのに。
ついさっきまでは、
あたかも当然の如く、一見なにげない機動で、簡単に敵機の背後を取った。
それは、歴然とした実力差、そしてばいきんまんの行う、まったく無駄のない空中機動の合理性がそうさせた。
「さぁて、そろそろ気付いたかぁ~?
便器に顔を突っ込んでるのは、
劣化ウランの弾芯は、チタンの構造体を貫通。次々に敵機のボディを横断し、容赦なく破砕する。
「祈れ。
お前達に出来るのは、そんくらいのモンだ。
なんたって……、俺さまだけならともかく、“アイツ”もいるしなぁ~」
翼も、胴体までも真っ二つにへし折れ、粉々になった敵機を確認後、ばいきんまんは何気なくレーダーに目をやり、アンパンマンの様子を確認する。
おもしろいのが、彼のまわりにいる敵機のマークが、順番に一定の間隔で、次々に消えていくのだ。
規則正しく、リズムを刻むように、何気なく掃除してるみたいに。
なんかパックマンが淡々とエサ食ってるみたいだと、ばいきんまんは想起した。
『注意しろ! そいつがタウブルグの“剣”を抜いたヤツだ!!』
『あの……コムギィコの傭兵か!? アイツがここにいるのか!?』
今さら遅い。お前たちは
言ったろう、ここは魔女の釜だと。円卓なんて上等な物じゃない。
そんなスバラシイ“平等”は、お前たち間にだけある物だ。
とびっきりの理不尽。
これまで培ってきた常識が、音を立てて崩れ去るほど、受け入れ難い絶望。
それを容赦なく、断固として突き付ける存在。それが“強者”だ。
「俺さまも頑張っちゃいるが……、お前にかかっちゃ形無しだなぁ
いや~、スゴイのなんの。圧倒的ってやつだ」
周囲の敵機を排除し、何気なくそちら向かってみれば、そこには“獅子奮迅”を絵に描いたような光景。
打合せでもしてるんじゃないの? と思わざるを得ないような美しい動きで、簡単に敵機の背後を取る。簡単に敵機にAAMを当てる。まるで時代劇の殺陣みたいに。
飛行機雲を引きながら、空にループの円を描くその姿は、とても綺麗だ。
ここが死地、B7Rの空域だという事も忘れ、思わず見入ってしまいそうになる。
映画を観ているような、現実感のない光景のように映る。願わくば、ヘリのようにこの場に静止し、ずっと見つめていたいと思うほどに。
――――サボってるの? “労働は尊い”でしょう
ふいに入った通信に、ハッとこの場に意識を戻した。唐突に夢から覚める。
ばいきんまんは「イカンイカン」とプルプル首を振り、再び操縦桿を握る手に力を込め、しっかり眼前を見据える。
――――ぼく忙しいんだ。手伝ってもらえる?
――――了解だ相棒。二人がかりといこうか。
必死に動き、懸命に逃げ惑っていたこの場のパイロットたちが、絶望する。
二人の通信を耳にした途端、慌てて操縦桿を押し倒し、スロットルを全開にして離脱しようとする。上へ下へと、散り散りになって逃げる。
あたかも、巨大な肉食獣の姿を見た、草食動物の如く。
「ん~、どうしたんだぁベカリ空軍の諸君? 悪寒でも感じたか?」
お前の墓の上を、誰かが歩いたか?」
蜘蛛の子を散らすように逃げる、ベカリの者達。
仮にも彼らは、
勇敢さを無くしたなら、それは
そして、そんな腰の抜けた者達に遅れを取る、ガルム隊ではない――――
「そんじゃ! 右半分は俺さま、左半分はお前な。
どっちが早く片付けるか勝負だ~っ!
さぁ踊らせるぞSmileッ! 俺さまは、生きてるヤツが大嫌いなんだッ!!」
――――今日の君は、口が悪くて嫌だ。
――――おいおい、ノリが悪いぞSmile? バイブス上げていこうぜ~。
そう言葉を交わし、二機は左右に急旋回。示し合わせたように、全くの同時だ。
その様は、羊の群れを追い回す牧羊犬。いや狼の
この場でたった二機の強者が、あたふたと右往左往するばかりの獲物へ、猛然と襲い掛かる。
絶え間なく、断続的に、
赤色の炎と、真っ黒な煙が、B7Rの空を彩る。
『……くそっ……!
ふいに、敵パイロットの奥歯を噛みしめるような呟きが、耳に届いた。
目を見開いて操縦桿を握り、気絶しかねない程のGに耐えながら、必死に機体を操っる姿……いや逃げ惑っている姿が幻視された。
『アイツだ! コムギィコの傭兵ッ……!
アイツが全部ひっくり返してやがるッ!!」
『ふざけんなよ! 何なんだよアイツは!
こんなの一体どうしたらッ……!?」
『うわぁ! ケツを取られたッ!! 援護してくれぇぇーッ!!
うわぁぁぁあああッッ!!!!』
阿鼻叫喚。
つい先ほどまで劣勢だったハズの、コムギィコではない。全てベカリ側からの声だ。
たった二機の、傭兵風情が操る機体。それが止められない。
彼らのまわりに、どんどん
お互いの存在、お互いの呼吸を背中に感じながら、アンパンマンとばいきんまんがそれぞれの空域で、自由に空を駆ける。
この場で二人きり。
力を持つ者は、思うがままに空を飛ぶ。弱き者達は、それにかき回される不自由さの中で、無念に墜ちて行く他ない。
次々に無線から聞こえてくる、ベカリ側の混乱に満ちたやりとり。
その声によって、次第に友軍たちが活気付いていく。萎えかけていた心に火が灯り、ガルム隊に続けとばかりに勢いを増していく。
たかが二機。だが誰かの祈りによって天から遣わされたような、
戦況が一変する。天秤は真逆に傾いたのだ。
もう決して覆せないと分かる、絶望的な角度に。
『クソッタレ! 何が“たかが傭兵”だ!! 話が違うじゃないか!!』
『あいつはバケモノかよ!?
冗談じゃない! 誰なんだよアイツ……!』
『容赦ない……。
全てを焼き尽くすつもりなのか……?』
『悪魔だ……』
やがて、この空域にいる全ての
ただの傭兵が乗る、どことなくファニーな戦闘機、アンパンマン号・Raptorが空を舞う姿に、目を奪われている。
息をする事も忘れたかのように、固唾を呑んで茫然と見つめる。
幻想、神話、夢物語……そんな信じられない物を見るような、呆けた顔をして。
『悪魔? ……そんな生易しい物じゃないさ』
ボソリと、また名も知らぬ誰かの呟きが届く。
『ああいうのはな……“鬼神”って言うんだよ――――』
◆ ◆ ◆
「ほう……ほうほうほう」
この世界の全てを見下ろすかの如く、遥か上空をひとり飛ぶ、ばいきんまん。
彼は無線からの音声を耳にした途端、さも興味深そうな様子で、うんうんと頷いた。
「デーモン? いま
なるほどなるほど……」
噛みしめるように、確かめるように、口に出してみる。
悪魔、鬼、その王たる存在……Demon Lordの名を。
「ぷっ! くっくっく……! ――――あっはっはっはっは!!!!!!!!!!!」
途端、爆笑する。
目に涙を浮かべて、膝をバシバシ叩きながら。まるで
「あーおかしいっ! こぉーんな愉快なジョークは、俺さま初めてかもしれんっ!
あーーーーーっはっはっはっはっは!!!!!!!」
思わずイーグルアイは、声を掛けようとした。
どうした
だが、次に届いて来た彼の声を聞き、思わず言葉を飲み込んでしまう。
額に冷や汗すら浮かべ、硬直してしまったのだ。……あまりの“恐ろしさ”に。
「 あぁそうさ……。よく分かったなぁ坊や達?
そいつは化け物――――こわ~いオバケだ。
深くて暗ぁ~い墓穴から、
ゲゲゲゲ!!!! ゲゲゲゲゲゲゲ!!!!
不気味で、下品で、この上なく悍ましい“笑い声”。
何かが乗り移ったとしか思えないような、狂気じみた様子で、ばいきんまんが告げる。
この場に居る、全ての者達に、警告する――――
「 コイツも俺さまも、もう“死人”なのさ!
言葉を話し、歩きはしても、とっくの昔に死んだ存在だッ!! 」
「 生者を妬み! 羨みッ! 死者の国からやって来たんだよ! 飛行機に乗ってッ!!
さぁ――――
あんなにも、戦った。
沢山たくさん、戦った。
傷だらけになり、地に伏しても、何度でも立ち上がり、戦い続けた。
みんなの笑顔のため、平和のため、愛と正義のため。“守る”ために。
休むことなく、毎日毎日、空を飛び続けた。
――――そんなコイツを、“
自分達とは違う、
お前たちは、そう呼ぶというのか。
忘れ去るのか、こいつが成してきた全てを。
無かった事にするのか、こいつの尊い想いを。
お前らは、消してしまうのか。こいつがまごう事なき“ヒーロー”だった事を。
そりゃあ怒るよ……、怒られもする。
墓から這い出して、ぶん殴りたくもなる。
そんなひどい事をされたら、
この場の全て、この世界の全部を、焼き尽くしたくもなるさ。
俺さまならもう……、堪らなくなるもの。
――――ばいきんまん?
「……ッ!?」
この声を聞き、我に返った。
思考の深淵にいた彼を、アンパンマンの「きょとん?」とした声が、呼び戻す。
「おぉすまんすまん。ちょっと考え事してた。
いや~、あまりにも愉快だったモンでな?
あやうくバイキンEagleを、墜落させちゃう所だったぞ」
気のせい、かもしれない。無線越しだから。
けど今アンパンマンが、息を呑んだような気配を感じた。どこかこちらを気遣い、声を掛けようとしたような息遣い。
大丈夫? ……と。
「それより、なぁ
みーんなみーんな、お前のこと怖いんだってさ! あーーっはっはっは♪」
話を変えるように、からかう。
無理をしてるのがわかる、あからさまな空元気。
はたしてアンパンマンは、それを感じ取っていただろうか? 今も無言でいる彼からは、伺い知る事は出来ない。
「いや~、傑作だった! こんな笑かされたのは、カバ男が生きてた時以来だ!
もう涙出て来たよ俺さま。来た甲斐があったってモンだ」
すいーっと敵機の上を取り、「ほいっ!」とボタンを押して撃墜。
自分は平気だ、問題ないと言わんばかりの、飄々とした態度。
それに対しても、アンパンマンは無言でいる。
「そっちは片付いたのか? そーいやすっかり忘れてたけど、勝負はどうなったんだぁ?
俺さまって今、何機くらい墜としたんだっけか?」
いつの間にか、この辺りにはもう、敵航空機の姿は無くなっていた。
アンパンマンはもちろんの事、あんなにおかしくなっていた彼も、休まず敵を殲滅していたから。
けど、ばいきんまんは知るまい。きっと憶えていないだろうから。
あの、狂気じみた高笑いをしていた時、思考の海に沈んでいた時のバイキンUFO・Eagleの機動が、まさにもう一人の“鬼神”めいた物であった事を。
高度や、Gの耐久限界、己の身すらも顧みない、常軌を逸した危険な飛び方であった事を。
いま隣を寄り添うようにして飛ぶアンパンマンも、それを伝えることは、しなかった。
『――――こちら“ウィザード1”。
敵の足並みが崩れたぞ。一気に潰せ』
少しばかりの静寂が、二機の間を包んでいた時、唐突に友軍機からの通信が入る。
『ガルム隊が活路を開いた。
もう一息だ、このまま殲滅するぞ』
アンパンマンには、聞き覚えの無い声。コールサインも知らない物。
だが、長年傭兵をやっていたというばいきんまんの方は、違うようだった。
『やあ
相変わらず、狂った男だなお前は。
さっきの無線、俺までチビりそうになったよ』
「お前か……。そんなタマでも無いだろうに。
というか、TACネームで呼べ。ちゃんと知ってるだろぉ?」
気安い、気の知れた相手にする口調。
突然通信を入れて来た男“ウィザード1”が、いま空戦の最中だという事も忘れているかのように、ばいきんまんに語り掛けいる。
『そろそろ、心は決まったか?
時は満ちたぞ。もうお互い、つまらん安売りは止めにしよう」
「……」
ダンマリ。でもどこか言いよどむような、迷っているような雰囲気を、アンパンマンは感じ取る。
「俺さまは、命 令 さ れ る の が 嫌 い だ !
話してないで、とっととベカリをやっつけろよ。こっちは忙しいんだ」
ふっ、と小さな笑い声の後、二人のやりとりは途切れる。
聞こえてくるのは、「どうだ! ぼくの飛び方を目に焼き付けろ! ヒーハー!」という、ごはんパンマンの元気な声のみ。
アンパンマンは、訊ねない。なにも声をかけない。
そして、それは今深いため息をついた、ばいきんまんも同じ。
二人、並んで飛びながらも、お互いの間に言葉は無かった。
『やってやるぞー!
僕たちは平和のために戦う! だからこそ飛ぶんだっ!
誰よりも勇敢にーっ!』
この攻勢に上機嫌となっているらしき、ごはんパンマンの明るい声。
もうアリアリと「絶好調!」なのが伺える、ちょっとイラッとくる感じ。哀れにも中二病を発症してるっぽかった。
「まったくぅ……。おい
突然ばいきんまんが放った大声。
ごはんパンマンの身体が〈ビクゥ!〉っと跳ねる。あとちょっと
「お前がのたまう、その平和の下、今も世界中で何万ガロンもの血が流れてるんだぞ。
元気なのは良いが、あんまし調子に乗るな! 黙って操縦してろぉ!」
やれやれと言ったように、ばいきんまんが苦言を呈する。
間が持たないこの場の空気を、無理やり変えるためだったのか。何と無しに反応したのかは分からない。
だがアンパンマンは、どこかそれを、らしくない言葉だと感じた。
『なに覇気の無いこと言ってるんです! 僕らは平和を守る戦士でしょ!?
みんなが流す血なんか、僕が止めてみせます! 絶対やりますから!』
「ばかたれ~い! 理想で空を飛ぶな~っ!
所詮は戦争だぞ! 血で血は止められないのだーっ!
そんなことじゃ、す~ぐおっ死ぬぞお前ぇ!」
わーきゃー騒ぐ。無線越しだっていうのに、二人が拳を振り上げてポカポカやってる様が、なんかリアルに想像出来てしまう。
まさに、仲良く喧嘩してるって感じだ。意外と精神年齢が近いのかもしれなかった。
元気なやかましい声が、先ほどまでの重い空気を弛緩させる。
だが、ふと感じた小さな疑問と、あの時のばいきんまんの葛藤の理由は、もう手の届かない所へ消えてしまったのを感じる。
――――っ。
思わず、声を掛けそうになった。
動かない表情筋、そして凍り付いてしまった心を無理やり動かし、声を振り絞るようにして、彼に問いかけようとした。必死に手を伸ばそうとしたのだ。
けれど、その時。
『ガルム隊へ! 現在複数の機体が、そちらへ接近している!
様子が妙だ! 警戒せよ!!』
突然無線から響いた、大きな声。
緊迫感の滲むイーグルアイからの警告が、全てを押し流してしまった。
◆ ◆ ◆
『目標を射程内に捕捉』
もう既に戦闘は沈静化しつつあり、コムギィコを始めとする連合軍の十数機が、ここぞとばかりに僅かなベカリ機を追い回している状況。
そんなB7Rに突如として侵入してきた、美しい“く”の字の編隊を組んで飛ぶ、5機の戦闘機。
ベカリ公国、第22航空師団、第4戦闘飛行隊、通称“シュネー隊”。
未だ、彼らがアンパンマン達がいる空域に辿り着くまでは、
だが隊員の一人が、いま確かに“射程内”と通信を送り、それを受け取った隊長はコックピットの中、人知れず楽し気に口元を歪めた。
『では始めるとしよう。
紳士諸君、楽しい狩りの時間だ。
シュネー1より各機――――槍を放て』
……
…………
……………………
『――――ッ!? 撃って来た!?
回避だガルム隊ッ! 回避しろッ!!!!』
「あ、アカーン!!」
今の今まで、仲良く手を繋ぐように並んでいたアンパン&ばいきん機が、その通信が入った途端、弾け飛ぶように上下に分かれる。思わず関西弁も出る。
熱湯の入ったヤカンに触れ、「あっちッ!?」と手を離す時のような、必死さの伺える機動。エースとして培った脊髄反射のみで、咄嗟に
そしてすぐ、この場を5本のミサイルが通過して行った。
まさに間一髪というタイミングで。
「オイ! どこの馬鹿だぁーッ!
長距離ミサイルなんぞ撃ってきやがってぇ! 殺す気かッ!!!!」
そりゃそうだろ、とツッコミたくなるが、ばいきんまんの気持ちも分からなくもない。
未だ彼らの視界には、敵機影の姿は
それほどまでに遠くから、一方的にミサイルを撃って来やがった。しかも5本も!
こんなのもう、不意打ちもいい所。悪意以外の何物でもなかった。
――――来たよ、ばいきんまん。30㎞前方に5機。こちらに向かってる。
まるで“槍”のように飛んで来たミサイル。それを回避し終え、綺麗なループを描いてこちらに戻って来たアンパンマンが、未だ「むきぃー!」と怒鳴り散らすばいきんまんと並んだ。
「おぉ、流石に目が良いなお前!
まだレーダーには、何も映って無……いや違う!?
こちらのレーダーに
ヤツらは霧に紛れ、長距離から一方的に嬲り殺すつもりだ!
『よっしゃー! 援護しますよガルム隊!
僕が
「――――うるさい
お前はそこらの
ガーッ! と怒鳴りつけ、馬鹿な若者を追い払う。ごはんパンマンはちょっと「しゅん……」としながら、トボトボと後方へ下がって行った(ように見えた)
そしてばいきんまんは、改めてすい~っとアンパンマン号・Raptorと並び、しっかり彼の顔を見つめた。肩をくっつけて相談するように。
「
檻の中にいる罪人に、外から石を投げつけるローマ市民みたく。
ヤツらは何もさせないまま、こちらを嬲るつもりだ」
いま無線機に、恐らく敵機からの物であろう通信が交じった。
シュネー4よりシュネー1。レーダーに目標を確認した。ヤツらがガルムだ――――と。
「幸い、と言っていいのか分からんが……、やっこさんの狙いは、俺さま達なのだ。
ずいぶん嫌われたモンだと、泣きたくなるが、生き残りたかったら、やるしかない。
相手をしてやろうぜ、相棒」
せっかく戦況がひっくり返り、友軍たちが喜んでいるんだ。ここで「やっぱり駄目でした」というのは、あまりにも忍びない。
そうばいきんまんは苦笑し、すぐ隣を飛ぶ相棒に“
やるぞ――――そう覚悟を決めた顔で。
「いいかアンパ……じゃなかったSmile、よぉ~く聞け?
恐らく、あの5機の中に、こっちに目潰しをしてる“電子戦機”がいる。
一機だけ形の違う、変な飛行機が混じってるハズなのだ」
「それをお前が墜とせ。猛禽類のように襲い掛かり、的確に獲物を狩れ。
残りのヤツらは、
目を見開いたのが分かった。
いつも無表情で、何事にも動じないコイツが……思わず口を開こうとしたのが見えた。
駄目だよばいきんまん、
だが彼は、それを強い言葉で遮る。
「 やれ!! やるのだッ!!
ヤツらは手練れだ……! グズグズしてたら死ぬ! たくさん死ぬぞッ!! 」
「 ――――お前がやらねばならぬのだッッ!!
みんなを守ってこその“ヒーロー”だろうッ!! 守ってみせろッッ!!!! 」
まるで、幼子を叱るような。勉強しない子を一喝する親のような、大きな怒鳴り声。
けれど、そこには“熱”がある。
とても強い気持ちによって紡がれた、熱い言霊。
目をまん丸にしているアンパンマンに対し、先ほどとは打って変わった表情で、ばいきんまんが微笑みかける。
ニヤッと、いつも通りの気安さ。
大事な“友達”に向けて。
「なぁ、見せてくれよ
……なぁに心配するな。俺さまだって
これの元となった機体は、脅威のキルレシオ100対0!!(ババーン)
今まで一機たりとも撃墜された事のない、素晴らし~い戦闘機なのだ♪」
「イーグル・ファイターの誇り、見せてやるさ。
だからお前は、音速で駆けろ。――――
フイフイっと、軽く機体を左右に揺らす。相棒に送るサインだ。
その後、ばいきんまんは猛然とスロットルを吹かす。遥か前方の、敵エース部隊が編隊を組む、まごう事なき死地に向けて、突貫する。
「やいクソ共! 俺さまの首が欲しいのか!
獲れるモンなら獲ってみろっ! 俺さまはここだぁ~!!」
ギャーギャー騒ぎながら、敵の真っただ中に飛び込む。
シュネー隊は即座に編隊を散らし、大きな円でばいきんまんを取り囲むようにして、一斉にミサイルを放つ。
――――ッ!!
アンパンマンが右に旋回し、その空域を大きく回り込む。
今は考えるより、駆ける時。
レーダーはジャミングにより無効化されている。頼れるのは、彼が“猛禽類”だと言ってくれた、己の目だけ。
凄まじいGによって、シートに背中を抑えつけられる。常人なら首の骨が折れるほどの圧力。だが必死に耐えながら、辺りを見回す。
そして、シュネー隊の4機とバイキンEagleが交戦する空域。その少し離れた場所で、ガルム隊に呪いをかけている卑怯者の呪術師の機影を、すぐに発見した。
「ぎゃー! 死ぬ死ぬ死ぬ~っ! ほげぇーー!!」
無線からは、彼の非常に情けない悲鳴が、絶え間なく聴こえている。
わざとなのか、本気でやってるのかは分からないが、聴いててとても哀れになるような声。
まさに三下! ミスター・
実際ばいきんまんは、もう必死こいてワチャワチャ飛んでいる。
「ほんぎゃー! 死ぬぅ~!
やめてぇー! 殺さないでぇー! 俺さま死んじゃうーっ!」
恐らくなんだけど……これ9割以上は、本気で言ってる。それほど迫真の声だった。
今も敵長距離ミサイルは、四方八方どころか360度、もう矢次にばいきんまんへと放たれている。
戦闘機に乗ってるのに、なんかゴキブリみたいなチョコマカした機動で、必死こいて躱す。
『なんスかあいつ……。どんな飛び方っスか!?』
『変態機動……。あんな動きしてる戦闘機、見た事ないですよ……』
『ディズニーのアニメでも、あんな逃げ方してるヤツいないぞ! おもしろッ!』
それを「逆にすげぇ」と、シュネー隊がクスクス笑う声が聞こえた。
彼らは、あまりにも滑稽な動きで逃げるばいきんまんを、嘲りながら円で囲み、嬲っているのだ。
そこに本気さは見えない。絶対に墜としてやろうという気概は無い。
ただただ、遠くから「ほーい!」とばかりに、4機がかりでミサイルを打ち込んでいるように見える。
それは、絶対的優位な立場にある者が、遊びで弱者をいたぶる姿、その物だ。
いつまでもつかな? もっと滑稽な姿を見せろ。さあ踊れ――――
そんな声が聞こえてきそうはほど、醜い戦いだった。
「お゛がッ……!?!?」
被弾する。シュネーの一機が戯れに近づき、「ほらよ」とばかりに放ったバルカンに。
いつでもやれる、いつでも殺せるぞ。さあ頑張れよ傭兵野郎。
そう知らしめる、いじめっ子が頭をパシッとはたくような、悪意に満ちた一撃。
弾丸はバイキンEagleの片翼を、容易く貫通。
たった一発とはいえ、それは嫌な音を立てて機体を揺らす。ばいきんまんの身体に衝撃が伝わる。
ただでさえ必死に、本来の機体性能を凌駕(?)するくらいの変態機動で、回避運動を行わなければいけない状況なのに。4対1という絶望的な戦力差なのに。
ここにきて、膝に矢を受けたのと同義の損傷。
機体のバランスが大きく崩れ、水平を保つ事すらも難しくなる。
どれだけ必死に操縦桿を握っても、機体はもう言うことを聞いてくれない。
「くっそぉ~! 死んでたまるかぁ~! 俺さまは墜ちないぞーっ!!
こんなかすり傷がなんだっ! 俺さまの作った機体が、やられるもんかぁ~!!」
死が迫る。あらゆる方向から。いくつもいくつも。
それを一体どうやっているのか、どんな理屈なのかは分からないが、ばいきんまんは躱し続ける。
時に、敵ミサイルを回避すべく、急降下で地面に墜落しかけながら。
時に、9Gを超える重力に、目の前がブラックアウトしながら、
それでも、何度も、何度も。懸命に避け続ける。
おぉ良いぞー、頑張れ頑張れー。ブラボー。あっはっは。
そんな「ヒュー♪」という口笛まじりの歓声。
シュネー隊の、とても楽し気な声が、今も無線機から聞こえている――――
◆ ◆ ◆
その時、シュネー隊の5番機は、同じく笑っていたのだ。
電子戦機である、EA-6B。それに乗っている敵パイロットは、仲間達が楽しそうに遊ぶ声、そして敵ガルム隊の一機が哀れに嬲られている光景に、心底愉快な心地だった。
アイツらは良いな、俺も加わりたかったと、そんな残念な気持ちすら抱き、少し離れた上空を、一人のほほんと飛んでいた。
けれど……。
「――――ひぃッ!?!?!?」
そう声を出した時には、既に手遅れだった。
突然、今の今までニタニタ笑っていた彼の眼前に、戦闘機が現れたのだ。
愉快な光景を眺めていた、その視界をバッと遮るように、すぐ目の前にアンパンマン号・Raptorが現れる。……いや“舞い降りた”というべきか。
天誅を下す神のように。罪人に斧を振り下ろす処刑人のように。
「がッ……」
Raptorの胴体部から、凄まじい勢いで
シャワーを浴びせるような、数えきれない程の弾丸が、EA-6Bのコックピットを破砕。
真正面から。瞬く間に。そこに乗る敵パイロットごと。
たったの1秒で、そこにあったハズのEA-6Bを爆散させ、まさに鉄屑とミートパテに変えた。
楽な死に方なんて、させない――――そう言わんばかりのやり方で。
「うわー! 助けて~! おかーちゃん!
……っとぉ。どうやら終わったみたいだな、
すると、さっきまで「ほんげー!」とか言っていたばいきんまんが、突然〈キリッ!〉とした顔に戻る。
電子戦機が墜とされた事により、自分達にかけられていた“呪い”は解除。レーダーがいつも通り、元気に敵機体のマークを示し始めた。
それを確認した途端、バイキンUFO・Eagleがギューーンと急加速。アフター・バーナーを全開。
さっきまでの醜態は何だったのか? という力強い飛行で、シュネー隊の包囲網を離脱。取り囲まれていた危機的状況から、速攻で離脱してみせた。
もうまんま「うっそぴょーん♪」って感じで。
お、おい……! ちょ……!? おまっ……!?
そんなシュネー隊のが聞こえる。
いったい何が起こった!? と驚いているのが分かる。
「――――グッド・キルッ!! よくやったぞぉ
流石はお前っ! 流石は俺さまの作った
ガッハッハと笑いながら、サムズアップ。
未だ遥か遠くにいるが、アンパンマンにはその姿が、しっかり見る事が出来た。
全然平気だと、無事を装うかのような気軽さ。
だが彼の機体は、今もフラフラと左右に揺れており、もう真っすぐ飛ぶ事すら、ままならないのが分かる。満身創痍だ。
信じ、託し、一身に危険を引き受けてくれた。耐え抜いてくれた。
強い強い、計り知れないほどの信頼があればこそ、成し得る事。
こんなのきっと、他の誰も出来ない。ばいきんまんだからこそ、やれた事だった。
アンパンマンが乗る戦闘機、その元となった機体【F-22ラプター】
これはまごう事なき、現代最強の戦闘機だ。
かの機体に敵うものは、この世に存在しない。
だが、何故ばいきんまんは、それをアンパンマンのために作ったのだろう?
自身の乗るEagleも、確かに素晴らしい戦闘機だ。並ぶ物のない武勇を持つ、全ての戦闘機乗りの憧れではある。
だが……第五世代機と呼ばれるRaptorと、第四世代機であるEagleでは、その差は歴然。もう比べるのも烏滸がましい程、スペックに差があるのだ。
なぜ“最強”の象徴たるRaptorを、アンパンマンに“譲った”のか?
そんなに凄い物ならば、なぜ自分で乗る事をせず、彼に託したのか?
考えるまでもない。それがばいきんまんの、
アイツこそが空の王――――アイツこそ最強。
そう彼自身が、思っているからに他ならない。
Raptorは、アンパンマンの為にある。アイツにこそ相応しい。
どれだけ俺さまが知恵を絞ろうと、たとえ何をしようとも、倒す事が出来なかった、たった一人のヤツ。
そんなお前にこそ、この機体に乗って欲しい。
そして、誰にも負けないで欲しい――――誰よりも強くあって欲しい。
このアンパンマン号・Raptorは、空の王者。
ばいきんまんの願いによって作られた、最高の機体なのだ。
この信頼を、抱えきれないほど大きな友情を……、
クタクタの身体、疲労が滲む顔で、それでもこちらに笑いかけているばいきんまんの想いを、正義の象徴たる存在であった彼が、受け取らぬワケが無い。
深く深く、心に染みわたるように、感じている。
大事な友達の気持ちを。魂の片割れから受ける、この上ない信頼を。
「さて! 後は
なぁ~に、俺さま達なら楽勝さ。ヤツらはもう丸裸なのだ」
「
さぁ攻守逆転だ。よろしく膺懲すべし」*10
なぜ君は、ぼくといてくれるの? なぜ支えてくれるの?
その答えは、まだ分からない。でも今は、まず
たった今、強い信頼を称えた瞳で、ぼくの親友が言ってくれた事を、成そう。
「“鬼神”の名は伊達じゃない、ってトコを見せてやろうぜ。
――――さぁ行けッ! 飛べッ! アンパンマンッッ!!!!
ヤツらにロニー・ジェイムス・ディオ*11ばりのシャウトをさせてやれッ!!」
――――Roger that.(了解だよ)
猛禽の王が、雲を引いて空を駆けて行く。
音速の壁を破りながら、一直線に。
ただの獲物でしかない、哀れな
◆ ◆ ◆
君が、なにかを思い悩んでいるのは分かる。
バカなぼくには理解出来ないような、深い葛藤を抱えているのが、分かる。
でも、君は思う通りに飛べばいい。
自分勝手に、好きなように振舞えばいい。君らしくいればいい。
君は努力家で、ぜんぜん融通が利かない性格。とても真っすぐな人。
だから、それはもう……、おもいっきりやる事だろう。
まわり全てを巻き込み、力づくで、高らかにガハハと笑いながら。
きっといつものように、無茶苦茶をするだろう。
でもいい。それでもいい……。
全力で、身を投げ出すようにして、君の思うようにやってみなよ?
大丈夫だ。背中は守るから。
ぼくがその苦しみを、ぜんぶ消し去ってあげるから――――
◆ ◆ ◆
『なんというパイロットだ……。たった数コンタクトで』
それが、敵から聞こえた最後の無線だった。
恐らくは、シュネー隊を率いていた隊長の物なのだろう。
驚愕の色に染まっていた。
自機以外、全ての部下達を墜とされ、この場にたった一人となった絶望。
いま目にしている物が、とても信じられないという感情。
そんな全てが滲んでいるかのような、茫然とした声。
まさに「これは悪夢だ」というように。
他にも色々聞いた。
アンパンマンが戦っている時、ばいきんまんはのほほ~んと、無線から聞こえてくる声に耳を傾けていたのだ。
この空は、我々の物だ! 我々で取り返す! だの。
ヤツを墜とし、我が隊の名声を上げる! だのと。
……まぁ結局、それは全部、叶うことが無かったワケなのだけれど。
『コイツ……速い! まったく飛び方が読めん!』
『なんて機動だ! 当たらん! また避けやがった!』
『焦るな! 落ち着いて飛べ! いつも通りにやれば勝てる!』
最初は4対1という、余裕が感じられた。
だが交戦が始まった途端、そんな焦燥感ただよう声が、無線に交じり出した。
そしてすぐ、もう2分としない内に、残ったのは隊長機だけとなり……、そいつも少しだけ粘りはしたものの、やがて黒煙を上げながらB7Rの地に墜ちて行った。
総括をするならば――――
まぁ敵部隊の隊長って、なんでもベカリ空軍最高のエースだったらしいのだけれど……、そのスバラシイ雄姿を見ることは、叶わなかったように思う。あの“鬼神”を前にしては。
……
…………
……………………
『YEAH!
『周囲に敵反応なし!
ガルム隊、作戦完了だ! よくやったぞ!!』
ごはんパンマンと、空中管制機からの、嬉しそうな声。
そして無事に生き残った友軍たちの、「よっしゃー!」みたいな大歓声が、無線に届く。
まぁ中には、「円卓が産んだ鬼か……」という、なにやら恐れおののくような声も交じっていたけれど。
「よ……
フラフラ飛びながら、隣に並ぶ。
まるで先ほどの酷使に、バイキンEagleが「もうやってられません!」とストライキを起こしているかのような、プスンプスンという音が聞こえてきそうな程に頼りない飛び方をしながら、頑張った相棒へ声を掛けた。
というか「まだ生きてるか?」はお前の方だろう? というツッコミが飛んで来そうな様子ではあるけれど、その顔だけは陽気に、ビシッとサムズアップを決めた。
――――ばっ……ばいきんまん! えっと……。
「お? どうしたぁ相棒? なんかモジモジしてからに。
お前は今日の撃墜王だろぉ? シャキッとしろよ~」
いつもの彼らしくない、言いよどんでいるような態度、どこか必死な雰囲気。
それを声に感じ取り、またばいきんまんが「はーひふーへほ~」と陽気におどける。
しかし……。
――――あっ、あのっ……“ありがとう”。
もちろん、嫌なのは知ってる。長い付き合いだもの。
彼は意地っ張りで、とてもへそ曲がりだから。きっとまた照れ隠しに怒鳴られ、ツーンと顔を背けるに決まっていた。
でも、それでも……言わずにはいられなかった。
この胸に溢れる、感謝の気持ちを、押えられなかった。
ぼくを信じてくれて、一生懸命戦ってくれて、ありがとうと――――
「……はぁ~っ?! ありがとうだぁ~~っ!?!?
なーにをふざけたこと言ってるんだぁ! まったくお前はーっ!!」
そして、すぐに彼からの応答が入る。
ガーッ! と怒鳴り散らしながらも、どこか嬉しそうな、はにかむような笑みで。
「それは――――俺さまのセリフだ」
……ほら、さっさと帰るぞ
そう照れ隠しにスロットルを吹かし、ギューンと一人でかっ飛んでいった。
(つづくぞ!)
◆スペシャルサンクス◆(オリジナルヒーロー協力)
甲乙さま♪(ごはんパンマン、塩パンマン、メソポタミアパンマン)
PS
あけましておめでとう御座います。三万八千文字!(挨拶)
そんなこんなで、当作品はゆっくり更新にはなりますが、頑張って書いていきますので!
本年もよろしく☆
hasegawa