【募】こんな小説を書けこの野郎【リクエスト】 作:hasegawa&friends
おっぱい万歳!(挨拶)
ヴァレー空軍基地の片隅には、小さな一軒家のような建物がある。
朝になり、小鳥たちが元気に鳴き始める時間帯になると、その煙突がモクモクと煙を出し、辺りにパンの焼ける良い匂いを漂わせる。
つい数か月前までは、この基地にそんな軍事施設らしからぬ建物は無かった。
日も昇らぬような時間帯に動き回るのは、パイロットたちの為に夜通し航空機を弄り回している、勤勉な整備兵くらいのものだったハズ。
もちろんこれは、“彼”がやって来てからの事だ。
四角形にそのまま屋根を付けたような、いわば在りし日のパン工場を小さくしたような感じの家……。そこで今パンを焼くのは、アンパンマンその人(?)である。
彼をこの基地に連れて来た、その日の内に、ばいきんまんはその自慢の科学力、あとなんやかんやを色々と駆使して、この家を建ててやった。
傭兵達が住む宿舎とは違う、パンを作る用の設備が備えられた、彼専用の建物だ。
アンパンマンは、毎日決まった時間に起き出し、この“一人用パン工場”とも言うべき場所で、自分の顔用のパンを作っている。
今日も小麦粉をこねたり伸ばしたり、具の餡子を詰めたり、釜で焼いたり。
その手つきは、非常に手慣れた物。もう何十年もやっている事だから。
熟練の職人にも負けない位のスピードで、手際よく作業を進めていった。
――――……。
けれど、いつもこの行程……“味見”の時だけは、少し憂鬱だった。
良いのは手際
美味しいとか不味いとか、そういう物は無く、なんの感情も湧かないような味。
これはただ、餡子が小麦粉の生地に包まれていて、食べればお腹が膨れる……というだけの物でしか無かった。
記憶の中にある、ジャムおじさんが作った物とは、もう比べるべくも無い出来だ。
たとえ同じ材料を使おうとも、ジャムおじさんの手順をマネようとも、一緒の物は作れなかった。
そして、未だアンパンマンには、その理由が解らずにいる。
何が足りないのか、一体どこがいけないのかが、どうしても理解出来なかった。
今日もいつものように、大小ふたつのアンパンを焼いた。
ひとつは自身の顔に使う用で、もうひとつは味見の為に焼いたミニサイズのアンパン。
アンパンマンは、それをおもむろに一口サイズにちぎり、無言のまま口に放り込んで咀嚼。
大して物を思うことなく、ただ分り切った結果を確認するだけの、純然たる作業。
この数十年の間、毎日ひとりっきりで繰り返した、いつもの代り映えしない光景……のハズだった。
――――……?
けれど、一体どうした事だろう? 自身が作ったパンを食べた途端、彼の表情が少しだけ変わった。
いつも気だるげに半分だけ開いている瞼が、とつぜんカッと見開かれたのだ。思わずポカンと口を開いたまま。
――――違う。いつもと味が違う。
ふわっと、優しい口当たりを感じた。次に口の中が喜んでいるかのような、程よい甘さを。
しばしポカンとした後、確かめる為に今一度パンをちぎり、口に放り込む。
でも結論は一緒。これは明らかに、今まで作って来た物よりも、出来が良いことが分かる。
大げさな言い方だけど、彼にとっては、今までで一番おいしく出来たパンだった。
しかし、その理由に心当たりは無い。
材料も、行程も、釜の温度も、焼き時間も、全てこの数十年やって来た物と同じ。なんら変わる事のない手順で作ったはずのパンなのだ。
――――なんで変わった? なんで美味しくなった? どこが違ったんだろう?
一瞬、パン作りのコツを掴んだのかとも思ったが、突然そんな都合の良い事が起こるワケもない。何かやり方を変えた覚えも無いんだから。
思い当たる事も無い。むしろどちらかと言えば、今日は少し散漫な心のままで、作業をしてしまったように思う。
いつもパンを作る時は、ただただ無心で作業に集中しているのだが、今日は少しだけ雑念が入っていた気がする。
生地を捏ねる工程の時、ふと
彼がこれを味見したら、いったい何て言うかな? どう思うかな?
そんな思考が、ふいに頭をよぎった記憶がある。
まぁそうは言っても、すぐにそんな雑念は振り切り、作業に集中したのだけれど。
まるで固まってしまったかのように、じっと手元のパンを見つめる。
もう半分ほどになってしまった小さなパンを、真剣な目で観察してみる。
焼き加減とか、ふくらみ具合とか、中身のアンの配合とか、様々な要素を鑑みる。
けれど……どれだけ考えようとも、理由は分からない。
ただただアンパンマンは、作業場で立ち尽くすのみだった――――
「……」
そんな彼の姿を、窓の外から見つめる者があった。
空軍の服を着込んだばいきんまんが、何気なしにポケットに手を突っ込みながら、じっと彼の様子を見守っている。
「……ふぅ」
どこか力のない瞳、憂いを含む表情のまま、ひとつため息。
そして窓から目を逸らし、パン工場の壁にそっと背中を預けた。
「気付いてないんだな、お前。
自分自身の変化に」
胸ポケットからタバコとジッポを取り出し、手慣れた様子で火を着ける。
ため息の代わりに、今度は白い煙を「ふーっ」と吐き出しながら、登って行くそれを追いかけるようにして、空を見上げる。
思えば、最初の頃は、無茶苦茶をやった物だった。
わざと彼を怒らせるような事を言い、
その無表情なツラをなんとか動かしてやろうと、躍起になっていた。
本当にからっぽの心であれば、何を言われても怒る事すらしないハズ。だがアンパンマンはそうじゃない。まだかろうじて心が残っている事が分かった。
ならばとばかりに酒の力を借りたり、喧嘩や勝負を吹っかけてみたり、基地の連中との交流を促してみたり。
とにかく、それがどんな感情であれ、“からっぽ”よりはマシだ。
たとえ嫌われようが、煙たがられようが、“何にも無い”よりはよっぽど上等。
そんな想いを以って、これまで色々やってきた物だと思う。
まぁ半分以上は、自分の楽しみの為だったし、あまり深い事を考えず、好き勝手にしていたような気もするが……、まぁそれはそれだ。
別にセラピストじゃないのだし、保護者のように義務があるワケでも無い。あくまで俺さまは俺さまらしく行動し、腐れ縁の“友人”として付き合うのが一番だと、ばいきんまんは思う。
成果なんて知らないし、ぶっちゃけ彼がどうなろうとも、知った事ではない。
ただ自分は
ふたりで一緒にやっていく事だけが、唯一の望みなのだから。
それ以外、何もありはしない。
「だが……どうしたもんかな?
無理やり引っ張って来て、空を飛ばせたのは良いものの……」
さっきとは別のポケットから携帯灰皿を取り出し、グリグリと火を消す。
その仕草も、どこか気だるげで、力のないように見える。
「もうこの世界に、お前の飛ぶ空は無いのかもしれない。
たとえ心が蘇っても、こんな腐った世界じゃ――――」
ベカリの敗走が始まった。
力の象徴とも言えるB7Rが陥落した事で、急速に瓦解していった。
連合国は終戦に向けて、まるで四肢を一本づつ切り落とすかの如く、徹底的にベカリ公国を叩くことを決議。
かの国の軍需産業を根絶やしにすべく、つい先日実行された“工業都市ホフヌング”への地上攻撃作戦へは、ここヴァレー基地の傭兵達も、参加を命じられていた。
「ガルム2より全機へ、聞こえるか?」
クロウ隊を加えた5機で編隊を組み、数時間ほどのフライトの後、ばいきんまんの目が前方に広がる光景を捉えた。
「炎上中のホフヌングを確認。
……もう爆撃は始まってるみたいだ」
無線機から、クロウ達のメンバーが息を呑む声が聞こえた。
未だ作戦空域より数十キロは先だが、もう既に
言うまでもなく、これは夕焼けではない。連合軍により空爆による物だった。
『諸君らの任務は、連合軍爆撃機の援護となる。
地上および空の脅威を、全て排除せよ』
いつもとは違う、
これは命令、成すべきを成せと、言外に告げているかのようだった。
それを聞いた後、ばいきんまん達は機体の速度を上げて、作戦空域に飛んだ。
五機の
最初に頭に浮かんだのは、「なんだコリャ」という言葉。
ばいきんまんには、いま自分が目にしている光景を、上手く理解することが出来なかった。
『司令部より、全爆撃機へ。
精度よりも破壊率を重視せよ。消し炭に変えてやれ』
味方の……いや連合司令部からの無線が届いた。
こちらに向けた物では無く、
今回ばいきんまん達が担当するのは、主に飛行場や倉庫などがある軍施設のエリア。
だがすぐ横には、非戦闘員である市民たちが暮らす“工業都市ホフヌング”があり、今その上空を友軍の爆撃機が飛んでいるのが見えた。
爆弾を腹に抱え、何十機もの数で、この都市を火の海へと変えているのだ。
『景気よくいこうぜ! 全部ばらまいちまえ!』
『全て焼き払え! 地獄を作り出せ! ベカリ野郎は皆殺しだ!』
工場や施設だけじゃない。ビルや道路のみならず、明らかな民家が密集する地帯にまで、爆弾が降り注いでいく。
当然、街は逃げ惑う人々の群れで溢れる。だがその頭上からも、連合軍機が爆弾を投下していく。
一片の慈悲すらなく、むしろ人が沢山いる場所をこそ狙って。
「おい、精密爆撃はどうした? ヤツら何のつもりなのだ?」
『こんなの……ただ爆弾バラ撒いてるだけですよ! 無差別爆撃じゃないですかっ!』
ばいきんまんは冷や汗を流し、ごはんパンマンが叫ぶ。
攻撃目標ではなく、何の意義もないハズの建物までが、次々に破壊されていった。
街のいたる所から炎が上がり、それはやがてひとつの大きな焚火になり、街が炎と黒煙に包まれていく。
担当エリアである軍施設の破壊を行いながらも、ばいきんまん達の目は、街の方に釘付けだった。
すぐ下からは
「なんだぁ!? この爆音は! 何があったぁ?!」
『こちらクロウ3、むこうの様子が変です!
火災地区が一気に増えた! 油でも注いだみたいに!』
動揺しながらも必死に操縦桿を握っている内に、遥か前方の街に異変が起こった。
先ほどまでとは比べ物にならない炎が、突然都市の一部から上がり、それが瞬く間に燃え広がった。
そして、それは一度きりではなく、二度三度と続いていく。
「トマホークだッ!!*1 ヤツら、
正気の沙汰ではない。
軍艦だろうが施設だろうが一発で破壊できるような兵器を、連合軍は都市部に放ったのだ。
戦いとは何の関係の無い、市民たちに対して。
この空域を飛ぶ誰もが、言葉を失った。
怒りや悲しみではなく、ただただ「何故?」という言葉だけが、頭の中を駆け巡った。
人の憎悪や、悪意や、残虐性。
あのトマホークミサイルは、それを物語っているかのよう。
これほど、これほどまで――――
ばいきんまんは耐え難い吐き気を憶えながら、ただそれを見つめるばかり。
大きく見開いた瞳に、ゴウゴウと街を焼く、赤い炎が映る。
『ホフヌングが落ちる……。
何が最強の空軍だッ! そんな物がどこにあるッ!』
『敗れ続けた代償が、これか……。
この光景が、我々への罰だと言うのか……』
ベカリ側の通信が届く。混乱と絶望を感じる声。
街を守れず、心をへし折られ、人々を守れなかった兵士達の慟哭。
彼らは無力さに打ちひしがれながら、今も赤色に染まった自分達の町を、見つめているのだろう。
『構わん! 街を炎で覆え! 撤退しながら火を放つんだ!』
『ベカリの地を、好きにさせてなるものか!
ヤツらに何も残すな! 全て燃やしてしまえッ!』
やがて、それは狂気に変わった。
ベカリ軍は、
守るべき自国の街に、攻撃をし始めたのだ。
ジープや軍用車で撤退をしながらも、そこらじゅうにガソリンを撒き、爆薬を仕掛けた。逃げ惑う民間人達のことなど、まったく意に介すこと無く。
まるで、自らの憎悪や憤りを、炎で表現するかのように。
連合軍ではなく、
時に、助けを求めてジープにしがみつく人々を、アサルトで撃ち殺しながら、彼らは破壊の限りを尽くした。
炎で、たくさん死んだ。
建物に潰され、瓦礫に埋もれ、たくさん死んだ。
空爆に、ミサイルに吹き飛ばされ、たくさん死んだ。
川は死体で埋まった。炎から逃れようと、川に飛び込んだ者達も、たくさん死んだ。
『ま、街が……人々が……』
すぐ隣、ほんの何キロか先で広がっている
哀れに震え、おぼつかない口調。その無線から、彼の今の精神状態がアリアリと分かった。
だが、そんな事では死ぬ。
今も自分達は、空戦の真っ最中。街を防衛すべく飛び交っているベカリの戦闘機と、戦わなければならない。死力を尽くして飛ばなければならない。
「受け入れろ
『ッ!?!?』
さも当然かのように言い、ばいきんまんが鼻を鳴らす。
冷淡な声、色の無い感情、動かない表情。
それはまるで、自分自身に言い聞かせているような、吐き捨て方だった。
しかし、いま混乱の渦中にいる若い戦闘機乗りには、それを察する事は出来ず。
彼は泣き叫ぶように、ばいきんまんに喰って掛かる。
『なに言ってんスか……! これのどこが戦争だッ!!
放火や無差別爆撃が、俺たちのする事なんですか!!」
「戦争は無慈悲だ。
生きた力と、生きた力のぶつかり合いなんだよ。
そういう事も、まぁあるだろうさ」
『あっ、争いにもルールはあるでしょうに!
守るべき人の道が! 国際戦時法だってあるっ!』
「綺麗事を並べても、これが現実なのだ。
言ったろぉ
『でも……! でもこんなのが許されるハズがっ!
そうでしょ
「よぉルーキー? 親切な俺さまが、二度目の忠告だ。
黙って飛べよクロウ3――――ゴミ溜めに墜ちたくなきゃな」
シット! シット!!
ごはんパンマンの叫びを最後に、会話が途切れる。
いま彼が目を潤ませ、歯を食いしばりながら操縦桿を握っている姿が、アリアリと脳裏に浮かんだ。
自分達の任務は、地上軍施設の破壊、および敵航空戦力の排除。
いま狂ったように街を爆撃している連中が、安心してその仕事を行えるよう、露払いをするのが任務である。
相手側も同じ
たとえそれが、どのような状況下であれ、錯乱などもってのほかだ。
歯ぎしりをしながら飛んだ。無線から聞こえてくる悲鳴や、機嫌良さそうに空爆をする連中の声を無視して。
いま目の前にある標的、そして向かってくる敵戦闘機にだけ集中する。
そうでもしないと、気が狂いそうになる。
『こちら第三爆撃中隊だ! いま攻撃を受けている!』
『護衛機はどうした!? 何をやってる! ヤツらをなんとかしてくれ!!』
暫くすると、友軍の声が入った。
もはや勝負は決し、戦いは掃討戦に移りつつあったが、それでも懸命に街を守ろうと、抵抗を続ける勇敢な敵戦闘機の姿があったのだ。
『うわぁ! 来たぁー! 助けてくれぇぇええッ!!」
『クソッ! 誰だ俺をやりやがったのはッ!! ファック! ファック!!』
『おい援護は!? 早くヤツらを墜とせ! なんとかしろよ!』
『ガルム隊! 至急援護を頼む! ガルム隊ッ!』
『メイデイ! メイデイ! メイデイ!』*2
今の今まで、ヒャッハーと声を上げながら空爆を楽しんでいた連中は、突然人が変わったように焦り出し、ばいきんまん達を呼び始めた。
誰もが必死に声を荒げ、英雄と謳われるガルム隊の名を呼ぶ。
この空域においての絶対強者であったハズの彼らは、いざ自分の番となれば恥も外聞も無く、助けを求め出す。
いやだ、死にたくない、助けてヒーローと。
「……お前っ、
そんなツマラナイ者達の為に、いまアンパンマンが斜め45度の旋回から急下降し、救援に向かう。
突如として現れた“鬼神”は、ヤツらを追い回していた敵戦闘機を、瞬く間に排除。絶体絶命から救ってみせた。
何を言うでもなく、淡々と飛び、成すべきを成す。
ここに来ても、たとえどんな惨状が眼下に広がっていようとも、彼はいつも通りだった。
命じられるまま、敵を殲滅する。
自らの意思ではなく、ただ言われたままに飛び、人を殺す。
正義の為にあるハズの、比類なき力を、
その光景に、ばいきんまんは吐き気を催した――――
◆ ◆ ◆
「空は、この世界で最後の“自由”。……そう思ってた」
暫し思考に浸っていた意識を、この場に戻す。
もう何本目かになったタバコを、頭上に広がる空を見つめながら、また携帯灰皿に押し付ける。ろくに吸わないままで。
「俺さま達は、空こそが居場所。
どんな悩みがあっても、どんな状況であっても、空では自由になれる。
飛んでさえいれば、俺さま達は
空が心を洗う。風を切る感覚が、生を実感させる。
自分達のような者にとって“飛ぶ事”とは、まさに生きる事に他ならない。
存在証明であり、その為にこそ生きている。
過去、そして現在に至るまで、空こそが自分達の居場所だった。唯一自由になれる場所で、掛け替えのない大切な物だった。
「けど……もうここに、
お前が飛ぶべき空は、どこにも無いのだ……」
罪悪感だった。
あの時、言われるままに友軍の救援に向かった彼の機影を見て、真っ先に抱いたのは、罪の意識。
お前に、こんな事をさせてしまった。
こんなくだらない場所に、お前を連れて来てしまった。
後悔した。このヴァレー基地にアンパンマンを呼んだ事を。
あのまま、そっとしておいてやれば、彼はこんな事をせずに済んだのに。戦闘機などに乗らなければ、その力をクダラナイ事に使われたりしなかったのに。
あの頃の、ジャムおじさん達が生きていた頃の記憶で、全てを終わらせていれば、お前はずっと綺麗なままで居られたのに。
これは、俺さまのせいだ。
お前の矜持を、その胸のマークを、汚してしまった――――
正義のヒーローではなく、ただ悪魔のように敵味方から畏怖されるだけの存在。
意思も持たず、その力をクダラナイ者達に利用されるだけの怪物。
すでに血と硝煙の匂いが染みついた、悲しい化け物に、俺さまが落とした。
あんなに輝いていた魂の片割れを、俺さまが汚してしまったんだ。
「きっとお前は……なんとも思って無いんだろう。
明日も、明後日も、言われるままに飛ぶ。命じられたままに殺す。
たとえそれが、どんな戦いでも……」
けれど、ふと思う。もし
あの頃のキラキラしていたアイツは、今の悲しい自分の姿を見て、いったい何を思うのだろうと。
最近は、僅かながら感情を表すようになった。
まだ笑うことは少ないが……でも怒ったり拗ねたりと、自ら意思表示をするようになってきた。これは大きな進歩のハズだ。
でも、もしアイツが感情を取り戻したとしても……今の世界情勢はコレだ。人間の悪意と憎悪が渦巻く、とても醜い世界を見せつけられる。
ならば、感情などあってどうするというのか? あのまま仏頂面でいた方が、アイツは幸せだったんじゃないのか?
あの強く綺麗だった目で、こんなクソ溜めみたいな世界を見ずに済む。心を痛めずに済むのではないか?
近頃のばいきんまんは、そんな事ばかり考えている。
胸の痛みや、後悔の念と共に。
「くだらないよ、この世界は。
お前が救うべき物じゃない。お前が戦う場所じゃないのだ。
あの頃とは、違うんだよ」
何度そう思っただろう? 何度思い知っただろう?
そして自分は、これから何度繰り返すのだろう?
過去の幸せだった記憶や、大切だった人達、そして眩しかったコイツの姿を追い求めて、またため息を吐くのだろうか。
それを思った時、少し人生という物が憂鬱になった。
有り体に言って、すごくウンザリした気持ち。
もういいやと、全てを投げたしてしまいたいような気分でいた。
ふとまた窓を覗いてみれば、そこにはパンを焼く彼の姿。
今日のパンが成功した理由を探し求め、もう一度作ってみるつもりなのだろう。今はこねた生地を、棒を使って平たく伸ばしている所だった。
こちらの様子など、微塵も気付くことなく、一生懸命に撃ち込んでいるのが見て取れた。
コイツは昔から真面目なヤツだったと、思わずばいきんまんはクスッと笑う。なにやら微笑ましさを感じた。
「もし、世界がこんな風じゃなけりゃ……その努力も実ったろうに。
お前というヒーローが、飛ぶに値する世界。命を懸けて助けるに足る世界。
たとえば、俺さま達二人が戦っていた頃の……」
そうだ――――と閃きを感じた。
突然、まるで雲が晴れるように、視界が一気に広がる感覚。
得も知れぬ暴風が、心にわだかまっていた全てを、吹き飛ばしていくのを感じる――――
「ああ……なんで気が付かなかったのだ?
俺さまともあろう者が、こんな簡単な事に……」
耄碌してた。
ただ諦め、傍観し、この魂を腐らせていたのだと、気が付く。
そんなの、許せるワケがない。何よりも宿命のライバルであるコイツに、申し訳が立たない。
ばいきんまんは顔を上げ、強く空をにらむ。
「お前に戦場を用意するのが、俺さまの役目だった。
イタズラしたり、何かを襲ったりして、正義の味方が活躍する場を作る。
やり方や理由なんて、なんでも良い。なんでも良かったのだ」
「だが今回……、俺さまはそれを、人任せにした。
自分で種を撒くんじゃなく、誰かが始めた戦いの中に、アイツを放り込んだ。
それだけだった――――だからいけなかった」
時の流れというのは恐ろしいと、改めて実感する。自分を見失っていた。
変わってしまったのは彼では無く、むしろ自分の方だったのだ。
これまで、暇つぶしのような人生を送ってきた。このままで良いなんて思い、ずっと怠惰でいた。
あってはならない事だった。
悪として生まれた自分が、この魂を腐らせるなどと――――
「間違ってた、この基地に連れて来たのは。
アイツは守られる存在なんかじゃない……“正義の味方”なのに」
楽しくやれたら良い、一緒にいられたら良い、という想いからだった。
でもそれこそが間違い。ヒーローである彼の存在を否定し、侮辱する行為に他ならない。
手を貸し、彼を導くなどと、いったい何様のつもりだったのだろう。
しっかり目を開いた今、その間違いがハッキリと分かる。
「アンパンマン……、俺さまは決めたぞ。
こんなドブ水のぬるま湯は、もうたくさんだ」
歩き出す。まっすぐ前に向かって。
ばいきんまんはパン工場に背を向け、ドシドシと足音を立てながら、この場を去って行く。
燃えるような決意の炎を、その瞳に宿して。
埃が被った思い出など、いらない。
振り返るだけの日々は、もう終わりにしよう。
「きっと、お前は責めるだろう。
バカと、無責任と、俺さまを罵るだろう。
……だがアンパンマンよ、決して忘れてくれるな?」
最後に一度だけ振り返る。
遠く、窓の奥にいる彼の姿を、目に焼き付ける。
「お前と共に生きたことが、俺さまの誇りだ――――」
◆ ◆ ◆
ベカリ軍は敗走を繰り返しながらも、未だ抵抗を続けている。
バルトライヒ山脈を、北ベカリへの最終防衛線と位置付け、連合軍の侵攻を懸命に喰い止めていた。
今回ガルム隊とクロウ隊が送り込まれたのは、ベカリの工業都市“スーデントール”。
情報によると、その周辺には未だ頑強な抵抗を続ける、ベカリの残存部隊が留まっているという。
今作戦の目的は、連合軍の地上部隊を援護する事。敵航空戦力の排除が、彼らの担当だ。
スーデントールは兵器産業で栄える都市であるため、たとえ残存部隊といえども、強固な抵抗が予想された。
『ねぇ
『いえいえ、ハイスクールの時にもいましたよ?
なんか、あなたが理解出来ない~とか言われて、別れちゃいましたけど……』
『そりゃあ、パンにライスを挟むヤツなど、理解の外だろうさ。
もし俺が親だったら、お前を然るべき施設に連れて行く。
ヘイドクター、うちの息子が
クロウ隊のメンバーが和気あいあいと話す声が、無線機から聞こえている。
現在ヴァレー基地の5機は、作戦空域へ向かっているところ。戦場が近いとはいえ、未だメンバー達は談笑ムードだった。
『僕はごはんパンマンなので、いつもやっているんですが……。
パンとライスって、口の中で
決して手を取り合う事無く、お互い一歩も譲らずに、存在感を主張し合うんです』
『……』
『……』
『うん! 有り体にいって、
あまりオススメしませんね! HAHAHA☆』
『Oh……ファッキン・クレイジー・ボーイ。
なに笑ってんのよアンタ。普通なら病気除隊よ?』
『コイツが曲がりなりにも
お前の彼女は、ナイチンゲールか? 間違いなく、何かしらの精神疾患を……』
塩パンマン、メソポタミアパンマンの嘆息が響く。対してごはんパンマンは元気に笑い続けている。小さい事は気にしない、とてもポジティブな子であるようだ。
頼もしいような、残念なような……。みんな複雑な気持ちになった。
「けどさぁ? 『マヨかけたら何でも美味い』って言うじゃないか~。
俺さま的には、何かやりようがありそうなんだがな~」
『ほらっ!
僕は変じゃないです! 胸はって生きていくっスよ!』
『えっ……本気で言ってるのガルム2? どんなフロンティアスピリッツよ?』
『せっかくの頭脳を、そんな事に使わずとも……。
普通にお惣菜を挟もうぞ』
「しかし、冷蔵庫に何もない~って事があるだろぉ?
そーいう時にも、なんとかしてみせるが、腕ってモノなのだ。
チャーハンも天津飯も、同じ発想で生まれたハズ。ようは工夫だぞ」
米をリゾットにするとか、何かしらの味付けを……。そうばいきんまんがウンウン悩む。
最近は何か思い悩んでいるのか、少し元気がない感じがしていたが、今のばいきんまんは朗らかに、仲間達と会話しているようだった。
アンパンマンは無言のまま、会話に加わっていないものの、無線を通してその様子を、じっと窺っていた。
ばいきんまんが元気でいる事は、彼にとっても喜ばしい事。大切な友達であるのだから。
しかし、いったい何があったのだろう? つい先日まで難しい顔をしていたのに、突然吹っ切れたように機嫌が良くなったのが、少し気になった。
思えば昨日は、ばいきんまんの顔を見ていない。
いつもなら、鬱陶しいくらいにドアを叩き、無理やり部屋に押し入って、酒を飲み始めるというのに。昨日は話すことも無ければ、部屋に来ることも無かった。
今日もあまりこちらには声をかけず、妙にクロウ隊とばかり話しているような気がする。別に空元気とは思わないが、その会話さえも、どこかいつもとは様子も違うのだ。
なにより、無線越しだというのに、こっちから目を逸らしてるような雰囲気を、アンパンマンは感じ取っていた。
白々しく口笛を吹き、何かを隠すような、誤魔化しているかような……。
ばいきんまんは頭脳派だが、反面とても単純なので、嘘をつくのは上手く無い。
――――とりあえず、帰投したら一発ぶん殴って話を聞こう。吐かせよう。
武闘派というか、意外と脳筋な所もあるアンパンマンは、そう心に決めるのだった。
「チーズとか入れたら、橋渡し役になるかもしれないぞぉ?
米とパン、どっちにも相性良いし……っと、そろそろ到着だな!
さぁ切り替えてくぞお前ら――――チーク・タイムだ」
『了解! また今度、相談させて下さい
『そんじゃ行きましょうか。今日もしっかり稼がせてもらうわ。
『クロウ隊、作戦空域に到達。
ベカリの若造どもに、年季の違いを見せる。こちとら古代文明だ』
灰色の曇り空を、5機の戦闘機が切り裂くように飛んでいく。
すでに敵部隊は目の前。数はこちらより遥かに多いが、誰もそれに文句は言わない。
ガルム&クロウ隊は、皆一様に自身に満ちた顔で、戦場に飛び込んでいく。
自分達は傭兵、戦いの空こそが居場所だと、その矜持を胸に。
だが……。
『あれ? 爆撃機ばかりじゃないっスか?
あんまし
『街の防衛部隊……にしては妙ね。
コレ、どこかへ
空の敵を迎撃するのではなく、重い爆弾を抱えて空爆に行くための機体。対空戦用ではなく、対地攻撃用の航空機が多く目に付くのだ。
ごはんパンマンと塩パンマンは、頭に疑問符を浮かべつつも、とにかく接敵を試みる。
相手が何であれ、墜とす他ないと。
しかし、突然
『作戦本部より緊急入電だ!
いま聞いた言葉が、上手く理解できない。
クロウ隊の3名は目をまん丸にし、息を呑んで固まった。
『ガルムクロウ両隊は、直ちに迎撃せよ! 爆撃機を撃墜するんだ!!』
『くっ……クロウ1、了解だ!! クソッ!!』
『クロウ2了解……! 迎撃に移行するわ!』
『なんてこった! 絶対に阻止しなきゃ!! 了解ですっ!!』
慌てて辺りを見回し、敵爆撃機の数と、位置を確認する。
先ほども見た通り、こちらより遥かに多い! とてもじゃないが手が回らない!
「ハッハッハ……! そっかそっか、そーゆう趣向かぁ。
いやはや、やるもんだなアイツら」
ふと、ばいきんまんからの声が聞こえた。
小さく笑う、なにやら楽し気な声が。
「いっその事、ぜんぶ吹き飛ばしてしまえば、こんな戦争終わるなぁ。
……なぁ
争いのない、皆が平等の世界ってヤツだ!」
『ちょ……!? こんな時に何言ってんスか!
ふざけないで下さいよ! 核なんて使わせてたまるかっ!!』
各々がミサイルを放つ。次々に敵機をロックし、矢次に攻撃する。
一刻も早く、なんとしても墜とすという気迫を込めて。
ばいきんまんが皮肉屋なのは知っているが、今はそんなのに構っていられなかった。
「やれやれ、ジョークも通じないか。
人生は楽しんでいかなきゃ。笑顔を忘れたら終わりだろうに。
よぉ
ここへきて、初めて声をかけられた。
ばいきんまんが今、ニヤニヤと口元を歪めている姿が、容易に想像できる声色。
相手の不快感を煽る、いやらしい笑い方。
「お前が戦わないと、たくさん死ぬ。この世界を、怨嗟の声が埋め尽くすよ。
でもお前にとっちゃ、
静かにパンを焼いていられれば、それでハッピーか?」
ほいっとボタンを押し込み、ミサイルを発射。敵機撃墜。すぐさま次へ向けて旋回。
それをのほほんと繰り返しつつ、アンパンマンに語り掛ける。
今度は、さもつまらなさそうな、とても低い声で。
「どんな敵にも負けず、恐れず、決して志を曲げなかった。
そんなお前も……、今じゃ立派な“連合の犬”だ。
ただ言われるがままに飛び、殺すだけ。
挙句の果てに、周りからは化け物扱いされる、ときた」
「なぁ、愛と勇気はどこへやった? その胸のマーク、泣いてやしないか?
俺さまには、とても惨めに見える……。ニッコリはしてても、悲しそうに見える。
ソイツが哀れだよ、アンパンマン――――」
前に、わざとこちらを煽るような態度を、された事があった。
酒を飲み、殴り合いに発展するのも厭わず、無理やりこちらを激高させようとしていた。
そして、もっと前には「この腑抜けが! もうお前なんて知るか!」と罵られ、見限られた事もある。それから何十年も別れ、ずっと会えなくなった。
けれど、これは違う。今のばいきんまんの言葉は、ずっと秘めていた感情の吐露だ。
吐き出せば、自分自身にも痛みを伴う、悲痛な独白に近い物だった。
その言葉を最後に、通信が途切れた。
一方的だった会話は唐突に途切れ、操縦席にエンジンの音だけが響く。
――――……。
言葉が、出なかった。
からっぽの心では、彼に応える事は出来なかった。
いつもの軽口ではなく、真に彼の心が籠っていたからこそ、アンパンマンには言うべき言葉を見つけられなかった。
ただ、黙って聞いていただけ――――友達の言葉に応えられない。
その事実が、無くしてしまったハズの心を、締め付ける。
『管制機、こちらクロウ3!
敵の数が多い! 核搭載機の識別は出来ないんスか!?』
『駄目だクロウ3、時間がない!
ここで全機、撃墜する他ない!』
『おい! ノアの箱舟は準備出来てるんだろうな!?
まぁメソポタミア文明は、紀元前5000年とかで、旧約聖書よりも前だが!』
『バカ! うだうだ言ってないで、早く墜としなさい!
塩みたく、しょっぱい飛び方でもいいから! とにかく撃ちまくるの!』
仲間達の、悲鳴のような声。
ばいきんまんが言った通り、そこには全く余裕が無く、混乱さえしている。
『警告! 直ちに進路を変更し、基地へ引き返すべし!
さもなくば撃墜するぞ!』
『構うな。作戦の妨げになるものは、全て排除だ』
『もはや友軍に非ず。躊躇はしない。任務を遂行するだけだ』
そして、敵の通信らしき物も入って来る。
理由は分からないが、ハッキリと
敵の司令部と、この空域にいる爆撃隊は、仲違いしているのだ。ベカリは一枚岩ではなく、この核攻撃は誰かの独断なのか?
仲間達は更に混乱。現状は分からない事だらけで、状況は切迫。
焦燥感だけが際限なく積もっていく。
そんな者達を他所に、この場でたった二機だけが、いつも通りの様子で、次々に敵を撃墜していた。
ガルム隊だ。彼らだけが何物にも縛られず、自由に空を飛ぶ。
空の申し子たる者が、たとえどんな状況だろうと、お構い無しに戦場を席巻する。
天上から見下ろし、そこから全てを把握して動かしているかのような、効率の良い動き。
悪魔のような正確さで放たれたミサイルが、淡々とリズムを刻むように、連続して爆音を響かせる。
時折そのメロディに、緩急を付けるように、
クロウ隊やAWACSが慌てふためいている中、見る見るうちに敵機が数を減らしていき、やがて片手で数えるほどになる。
それを確認した時、ようやく彼らは混乱から立ち直り、喜びと共に希望を見い出す。
『いけますよ! この空域内でやれる!
僕は右端のヤツを墜とします!』
『じゃあ俺は左端だ。
あとは一人一機やれば終わる。クロウ隊、ラストダンスだ!』
『焦ってトチらないでよ? ここでズッコケたら、今世紀最大のジョークになる。
……もしくは最後かも』
各機、一斉にアフターバーナーを全開。音の壁を破り、マッハ2を超える速度で、敵に突進していく。
『えぇーーい!』
『オラァッ!!』
『それッ!!!!』
ほぼ同時に放たれたミサイルが、それぞれの敵に真後ろから命中。機体を粉々にし、見事に爆散させた。
『ひゃっほーい! やった! やったぞー!
今の見てくれましたか
『私たち傭兵に、やれない仕事は無いわ!
どんどんお仕事もって来て頂戴! お金たくさん稼いで、塩釜で鯛を焼くわ!』
『見たか、ベカリの若造ども!
いやー、流石は偉大なるメソポタミア文明。
土器で作った飛行機でも、意外とやれるものだな!』
『えっ』
『えっ』
『えっ』
なにやらクロウ隊の通信から、よからぬ言葉が聞こえたが、AWACSは気にしない事にした。
戦闘機乗りというのは、みんな頭がおかしい連中なのだ。いちいち気にしてても仕方ない。ちゃんと飛んでくれるなら、それでいいじゃないかと。
『とにかく、全機撃墜を確認!
ガルム隊クロウ隊、よくやった。作戦完了だ』
『あの……、ぜんぶ墜としはしましたが、これで良いんスかね?
当初は友軍の援護の為、敵航空戦力を排除するって話だったのに』
『敵は
スーデントール攻略というより、コムギィコを核から守った感じよ』
『まぁ終わりだと言うのなら、是非も無い。
あとは地上部隊の連中が、上手くやるだろう。
俺は帰って土器を焼く。お前らも塩分補給するなり、彼女とファックするなりしろ』
『ちょ……!? アンタ!?』
なんならメソポタミア式のを教えてやろうか? 最古の性技というヤツを。
そんな馬鹿なことを言い、ワイワイ盛り上がる仲間達。
混乱した戦闘を潜り抜け、また和気あいあいとした楽しい時間を、彼らは取り戻したのだ。
しかし……。
「これで終わり。……いや
ま、どっちでも良いさ」
楽し気な無線が響く中、ボソリと呟いたばいきんまんの声を、確かに聞く。
機体を反転させ、ヴァレー基地へ帰ろうとしていたアンパンマンは、先ほどまで隣にいた彼の機影が、どこにも見当たらない事に気が付いた。
「おっ、これが“合図”か。
よぉ
そうばいきんまんが告げた、次の瞬間――――
彼の丸い瞳を、
◆ ◆ ◆
最初は、白一色。
突然この場に、太陽が出現したかのように、視界が完全に奪われた。
『ッ!?』
『きゃっ!!』
『ん゛ッ!?!?』
無線機から、クロウ隊の短い悲鳴。
それが聞こえてすぐ、遥か何十キロ前方から、
『うおっ!? なんだッ??!!』
『キャアアアアアア!! いやぁぁぁあああああッッ!!!!!!』
『うぐっ!! き、機体がッ……!!』
凄まじい空気の震え。
途端、機体の制御が聞かなくなる。
視界が激しく揺れ、カクテルのように身体がシェイクされる。
各自、必死に操縦桿を握り、なんとか水平を保とうと藻掻く。
だがそんな事、この状況下で出来るワケが無い。
一瞬、衝撃を感じた。
何かにぶつかったワケでは無い。とつぜん大波に襲われたように、機体が押し流されたのだ。
『こちら
どうしたんだ!! いったい何があった!?』
『くっ、クロウ3! ネガティブ!!
状況不明! 分かりませんッ!!』
『ひかり! 光が爆発したのっ!! 地球が破裂したみたいにッ!!
その途端、機体が……!』
『くそっ! 計器が全部いかれてる! どうなってるんだコレ!?』
先の戦闘とは比べ物にならない程、混乱する一同。
そして、アレが“衝撃波”だと分かったのは、しばらくして視力が回復し、ようやく辺りを見回せるようになってからだった。
『あ……、アレ見てよッ!!!! あの光ってッ!!!!』
腕で目を庇いつつ、必死で周囲を確認してみれば、そこに現れたのは何十キロもあろうかという巨大さの、地上から立ち昇る雲。そして未だ直視できない程に世界を白く染めている光。
『ウソだ。……だって爆撃機は、全部……』
『なぜ核が……?
あそこはスーデントール。自分達の……ベカリの地だろうが!』
『ちょっと! 友軍はどうなったの!?!?
地上部隊の人達は!!!!』
放心し、ただ見つめる。
あまりの状況、あまりに現実感のない光景に、理解が追いつかない。
いや、受け入れることが出来ないのだ。
いま、自分達の目の前で、
巨大な炎と光が、いま正に世界を焼いたのだという事実を。
体感させられた衝撃と光が、これが夢ではない事を、容赦なく突き付ける。
今も世界を白く染めている光が、彼らの無力さをハッキリ照らし出す。
全ての思考を奪い去る。
――――ッ!
アンパンマンは、懸命に操縦桿を握り、必死に機体の安定を保っていた。
奇しくも、先ほど彼に言われた通りに。光が視界を奪った瞬間、硬直せずに身体を動かす事が出来た。
分からない。何も理解できない。
何が起こったのかも、いまどういう状況にあるのかも。
なぜばいきんまんは、
その疑問だけが、頭の中をグルグル回っている。何故だと心で問い続けている。
そんな状態にある、最中……。
『ばいきんまん、聞こえるか?
白馬の王子様じゃなくて悪いが、迎えに来たぜ』
ふいに耳に届いた、聞き覚えのある声。
バリトンの、気安く友人に語り掛けるような言葉。
朦朧とした意識の中でも、これが誰の物かを思い出すことが出来た。得も知れぬ不快さと共に。
これは――――ウィザード1の声。
あの日、円卓でばいきんまんに話しかけていた男だ。
確か、「もうお互い、つまらん安売りは止めよう」と、彼に誘いをかけるような事を、言っていた記憶がある。
それがいったい何の事なのかは、分らなかったけれど。
「バカタレ。よくこんな光景の中で、そんな言葉が出るもんだ。
ウィザード……いや“業務用チョコレートパンマン”よ」
『でっかいレンガみたいなチョコは、伊達じゃないぜ?
こちとら、本来は溶かしてお菓子作りとかに使うヤツを、そのままパンで包んでるんだ。
とても人が食えるようなデカさじゃないね。
ゆえに、肝っ玉の大きさには、定評があってな?』
呆れた声のばいきんまん。そして心底楽し気に笑う、業務用チョコレートパンマン。
その無線は届いていても、未だアンパンマンの意識は混濁し、声を出す事が出来ない。
ただただ聴覚に意識を集中させ、目を見開くばかり。
『それに、喜びもするさ。今日はお前の“復活祭”みたいなもんだ。
この
「お前も大概だなホント。……まぁ俺さまも、似たようなモンかぁ。
さっさと案内するのだ。俺さまの機嫌を損ねない内に」
おいガルム2! 何をしてるんだ!
それは敵じゃない! 識別番号が効かないのか!?
……そんなAWACSの叫びと、クロウ隊の2人の悲鳴が、耳に入ったような気がする。
だが未だ働かない思考は、それをすぐに記憶から追いやる。理解することが出来ない。
何だあの機体!? どうして
ごはんパンマンの叫び。だがそれも、アンパンマンは認識できない。
ただ力一杯に見開いた目で、だんだん遠ざかっていく彼の機影を、見つめるのみ。
『なんだと……!?
警戒しろガルム1、レーダーに敵増援の反応が!! しっかりするんだ!!』
『増援ッ?! なんだよこんな時に……! いったい何のつもりなんだっ!!』
遠ざかっていく意識。
黒く染まり、消えていく。
そんな中、たとえ無意識でも操縦桿を操り、敵と交戦が出来ていることが、自分でも不思議だった。
まるで濁流にでも呑まれたかのように、世界が揺れる。
割れそうなほど、頭が痛む。
それでも、必死に追いすがろうと、手を伸ばそうとするけれど……、すぐに敵戦闘機の群れが行く手を阻む。彼を追う事が出来なくなる。
こんなにグシャグシャの心でも、悔しさと、もどかしさだけは、耐え難いほどに感じた。
――――どこへ行くの? 君はいったい、何するつもりなの? ぼくを残して……。
かろうじて残った思考は、それを繰り返し問い続ける。何度も何度も。
果たして、その声が届いたのか、願いが通じたのかは、分からないけれど。
「アンパンマン、聞こえるか……? 俺さまなのだ」
◆ ◆ ◆
それは、アンパンマン号・Raptorの無線ではなく、もっと近くから。
今の彼は知る由もないが、これはばいきんまんが密かに仕込んでおいた、彼のポーチの中にある、小型無線機からの物だった。
ばいきんまんお手製の、無駄な科学力と謎の理論を以って作られた、けして他の無線と混線する事の無い、アンパンマンにだけ届く通信。
この世でたった一人、彼にだけ送る気持ち。
「知っての通り、俺さまは人に謝るのが、だーいっきらいなのだ!
でも今回ばかりは、言わなくちゃいけないな。
すまんアンパンマン……俺さまは馬鹿だ」
しゃがれた、醜い、でも愛嬌のある声。
友達の言葉に、耳を傾ける。
ばいきんまんの声を聞いた途端、さっきまでの凍えるような悲しみが、一瞬で消え去ってしまった。まるであったかいお湯の中にいるみたい。
大切に大切に、けして零してしまわぬよう、受け止める。
「実は、ちょーっとやる事が出来てな? 俺さまは行くよ。
そのRaptorはお前にやる。整備の仕方は、もう知ってるだろぉ?」
――――うん、覚えてる。ぼく一人で出来るよ。
静かに目を閉じながら、彼の声を感じる。薄く微笑みながら、心で返事をする。
「ホントは、お前も連れていきたいんだが……それじゃあ意味がないんだ。
これは、俺さま一人でやんなきゃいけない。
久しぶりに、いっちょ本気出してみるつもりだぞ」
――――そう。なんだか大変そうだね。大丈夫なの?
「はーっはっは! 心配するなぁ~アンパンマン!
俺さまが凄い事は、よ~く知ってるだろぉ? はーひふーへほ~う!」
口に出さずとも、しっかり通じる。感じることが出来る。
無線や言葉なんかより、強い物。……魂でつながっているから。
お互いの心がわかる。
――――じゃあ、いってらっしゃい
「おうよっ! 行って来るぞ
……この呼び方も、これで最後だな? やっぱいつもの呼び方が良いよ」
――――あ、でも今度会ったら、一発殴るね?
――――なんか腹立つし、あの業務用チョコさんの事も、ムカつく。
「おい……いつからそんなバイオレンスになった? そんな性格じゃなかったろ。
お前が暴力系ヒロインやったら、リアルに死人が出るぞ?
丈夫な俺さまだから、なんとかなってるだけで」
閉じた瞼のスクリーンに、ばいきんまんがいる。
まるで目の前にいるみたいに、しっかりと思い描くことが出来る。
彼のことが分かる。
今ばいきんまんが、コクリと頷いた。
それにアンパンマンも、コクリと頷き返す。
さぁ、別れの時だ。
――――さようなら、ばいきんまん。この自己中。
「さらばだ、アンパンマン。根暗脳筋め」
背を向けて、去って行く。ばいきんまんの姿が消えていく。
もう決して、届かなくなる。
安らぎが、ぬくもりが離れていく。
悲しみではなく、とても優しい気持ちでいるのに……、なぜ涙が零れるんだ。
君が好きなのに、応援したいのに……、なぜぼくは、切ないと感じるんだ。
白く滲んでいく、彼の世界。
日没の夕日のように、ゆっくりゆっくり、遠ざかる。
そして、もうなにも見えなくなってく。
「……おっ。そうだそうだ。たまに勝手に食ってたんだが……。
お前パン作り上手くなったな! その調子だぞ
最後に、チラッとこちらを振り返り、ばいきんまんが笑う。
「無くしてないぞ? 絶対にあるから。
お前も、自らの魂を探せ――――」
◆ ◆ ◆
――――20××年6月6日。
当時学生だった私も、あの日観たニュース映像は、目に焼き付いている。
ベカリの地で、七つの核が同時に放たれたのだ。
ベカリ自らの手によって。
連合軍が自国に侵入するのを、許せなかったのか。
古い強国主義者たちの誇りが、そうさせたのか。
彼らは、示したかったのかもしれない。
これより北は“ベカリの聖地”だ。踏み入ることは許さないと。
この核による死傷者は、12000人にのぼる。
全てを巻き込み、世界中に見せつけるような、壮絶な自決。
後に残ったのは、無惨な光景だけ。
ベカリの人々は、それをどんな目で見たのだろう?
その空を飛んでいた“彼”は、いったい何を思ったのだろうか?
あの日、片羽は空中管制機のレーダーからロストし、消息を絶ったという。
その生死は不明。現場の状況を鑑みても、望みは薄いとされた。
彼は、何も語らなかった。
ただ無言で帰還し、その後も変わらず過ごした。
まるで何事も無かったかのように、コムギィコの傭兵を続け、飛び続けたのだ。
この空の申し子――――“円卓の鬼神”として。
(つづくぞ!)
おっぱい万歳!(締めの言葉)