【募】こんな小説を書けこの野郎【リクエスト】   作:hasegawa&friends

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 おっぱい万歳!(挨拶)





AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅴ

 

 

 

 ヴァレー空軍基地の片隅には、小さな一軒家のような建物がある。

 朝になり、小鳥たちが元気に鳴き始める時間帯になると、その煙突がモクモクと煙を出し、辺りにパンの焼ける良い匂いを漂わせる。

 

 つい数か月前までは、この基地にそんな軍事施設らしからぬ建物は無かった。

 日も昇らぬような時間帯に動き回るのは、パイロットたちの為に夜通し航空機を弄り回している、勤勉な整備兵くらいのものだったハズ。

 

 もちろんこれは、“彼”がやって来てからの事だ。

 四角形にそのまま屋根を付けたような、いわば在りし日のパン工場を小さくしたような感じの家……。そこで今パンを焼くのは、アンパンマンその人(?)である。

 

 彼をこの基地に連れて来た、その日の内に、ばいきんまんはその自慢の科学力、あとなんやかんやを色々と駆使して、この家を建ててやった。

 傭兵達が住む宿舎とは違う、パンを作る用の設備が備えられた、彼専用の建物だ。

 

 アンパンマンは、毎日決まった時間に起き出し、この“一人用パン工場”とも言うべき場所で、自分の顔用のパンを作っている。

 今日も小麦粉をこねたり伸ばしたり、具の餡子を詰めたり、釜で焼いたり。

 その手つきは、非常に手慣れた物。もう何十年もやっている事だから。

 熟練の職人にも負けない位のスピードで、手際よく作業を進めていった。

 

 ――――……。

 

 けれど、いつもこの行程……“味見”の時だけは、少し憂鬱だった。

 良いのは手際()()。彼の作るパンは、有り体にいえば「記憶に残らない味」だったから。

 

 美味しいとか不味いとか、そういう物は無く、なんの感情も湧かないような味。

 これはただ、餡子が小麦粉の生地に包まれていて、食べればお腹が膨れる……というだけの物でしか無かった。

 記憶の中にある、ジャムおじさんが作った物とは、もう比べるべくも無い出来だ。

 たとえ同じ材料を使おうとも、ジャムおじさんの手順をマネようとも、一緒の物は作れなかった。

 

 そして、未だアンパンマンには、その理由が解らずにいる。

 何が足りないのか、一体どこがいけないのかが、どうしても理解出来なかった。

 

 

 今日もいつものように、大小ふたつのアンパンを焼いた。

 ひとつは自身の顔に使う用で、もうひとつは味見の為に焼いたミニサイズのアンパン。

 アンパンマンは、それをおもむろに一口サイズにちぎり、無言のまま口に放り込んで咀嚼。

 大して物を思うことなく、ただ分り切った結果を確認するだけの、純然たる作業。

 この数十年の間、毎日ひとりっきりで繰り返した、いつもの代り映えしない光景……のハズだった。

 

 ――――……?

 

 けれど、一体どうした事だろう? 自身が作ったパンを食べた途端、彼の表情が少しだけ変わった。

 いつも気だるげに半分だけ開いている瞼が、とつぜんカッと見開かれたのだ。思わずポカンと口を開いたまま。

 

 ――――違う。いつもと味が違う。

 

 ふわっと、優しい口当たりを感じた。次に口の中が喜んでいるかのような、程よい甘さを。

 ()()()()。いつもよりほんの少しだけれど、味が良い。

 

 しばしポカンとした後、確かめる為に今一度パンをちぎり、口に放り込む。

 でも結論は一緒。これは明らかに、今まで作って来た物よりも、出来が良いことが分かる。

 大げさな言い方だけど、彼にとっては、今までで一番おいしく出来たパンだった。

 

 しかし、その理由に心当たりは無い。

 材料も、行程も、釜の温度も、焼き時間も、全てこの数十年やって来た物と同じ。なんら変わる事のない手順で作ったはずのパンなのだ。

 

 ――――なんで変わった? なんで美味しくなった? どこが違ったんだろう?

 

 一瞬、パン作りのコツを掴んだのかとも思ったが、突然そんな都合の良い事が起こるワケもない。何かやり方を変えた覚えも無いんだから。

 思い当たる事も無い。むしろどちらかと言えば、今日は少し散漫な心のままで、作業をしてしまったように思う。

 いつもパンを作る時は、ただただ無心で作業に集中しているのだが、今日は少しだけ雑念が入っていた気がする。

 生地を捏ねる工程の時、ふと()()()()()()()()が頭に浮かんだのだ。

 

 彼がこれを味見したら、いったい何て言うかな? どう思うかな?

 そんな思考が、ふいに頭をよぎった記憶がある。

 まぁそうは言っても、すぐにそんな雑念は振り切り、作業に集中したのだけれど。

 

 まるで固まってしまったかのように、じっと手元のパンを見つめる。

 もう半分ほどになってしまった小さなパンを、真剣な目で観察してみる。

 焼き加減とか、ふくらみ具合とか、中身のアンの配合とか、様々な要素を鑑みる。

 

 けれど……どれだけ考えようとも、理由は分からない。

 ただただアンパンマンは、作業場で立ち尽くすのみだった――――

 

 

 

「……」

 

 そんな彼の姿を、窓の外から見つめる者があった。

 空軍の服を着込んだばいきんまんが、何気なしにポケットに手を突っ込みながら、じっと彼の様子を見守っている。

 

「……ふぅ」

 

 どこか力のない瞳、憂いを含む表情のまま、ひとつため息。

 そして窓から目を逸らし、パン工場の壁にそっと背中を預けた。

 

「気付いてないんだな、お前。

 自分自身の変化に」

 

 胸ポケットからタバコとジッポを取り出し、手慣れた様子で火を着ける。

 ため息の代わりに、今度は白い煙を「ふーっ」と吐き出しながら、登って行くそれを追いかけるようにして、空を見上げる。

 

 思えば、最初の頃は、無茶苦茶をやった物だった。

 わざと彼を怒らせるような事を言い、()()()()()()()()ようなマネもした。

 その無表情なツラをなんとか動かしてやろうと、躍起になっていた。

 

 本当にからっぽの心であれば、何を言われても怒る事すらしないハズ。だがアンパンマンはそうじゃない。まだかろうじて心が残っている事が分かった。

 ならばとばかりに酒の力を借りたり、喧嘩や勝負を吹っかけてみたり、基地の連中との交流を促してみたり。

 

 とにかく、それがどんな感情であれ、“からっぽ”よりはマシだ。

 たとえ嫌われようが、煙たがられようが、“何にも無い”よりはよっぽど上等。

 そんな想いを以って、これまで色々やってきた物だと思う。

 

 まぁ半分以上は、自分の楽しみの為だったし、あまり深い事を考えず、好き勝手にしていたような気もするが……、まぁそれはそれだ。

 別にセラピストじゃないのだし、保護者のように義務があるワケでも無い。あくまで俺さまは俺さまらしく行動し、腐れ縁の“友人”として付き合うのが一番だと、ばいきんまんは思う。

 

 成果なんて知らないし、ぶっちゃけ彼がどうなろうとも、知った事ではない。

 ただ自分は()()()()()()()()()()

 ふたりで一緒にやっていく事だけが、唯一の望みなのだから。

 それ以外、何もありはしない。

 

「だが……どうしたもんかな?

 無理やり引っ張って来て、空を飛ばせたのは良いものの……」

 

 さっきとは別のポケットから携帯灰皿を取り出し、グリグリと火を消す。

 その仕草も、どこか気だるげで、力のないように見える。

 

 

「もうこの世界に、お前の飛ぶ空は無いのかもしれない。

 たとえ心が蘇っても、こんな腐った世界じゃ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AN-BREAD ZERO ―THE BAKERY WAR―

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベカリの敗走が始まった。

 力の象徴とも言えるB7Rが陥落した事で、急速に瓦解していった。

 

 連合国は終戦に向けて、まるで四肢を一本づつ切り落とすかの如く、徹底的にベカリ公国を叩くことを決議。

 かの国の軍需産業を根絶やしにすべく、つい先日実行された“工業都市ホフヌング”への地上攻撃作戦へは、ここヴァレー基地の傭兵達も、参加を命じられていた。

 

 

 

「ガルム2より全機へ、聞こえるか?」

 

 クロウ隊を加えた5機で編隊を組み、数時間ほどのフライトの後、ばいきんまんの目が前方に広がる光景を捉えた。

 

「炎上中のホフヌングを確認。

 ……もう爆撃は始まってるみたいだ」

 

 無線機から、クロウ達のメンバーが息を呑む声が聞こえた。

 未だ作戦空域より数十キロは先だが、もう既に()()()()()()()()()()様子が確認出来た。

 言うまでもなく、これは夕焼けではない。連合軍により空爆による物だった。

 

『諸君らの任務は、連合軍爆撃機の援護となる。

 地上および空の脅威を、全て排除せよ』

 

 いつもとは違う、空中管制機(AWACS)の感情を押し殺すような、冷淡な声。

 これは命令、成すべきを成せと、言外に告げているかのようだった。

 

 それを聞いた後、ばいきんまん達は機体の速度を上げて、作戦空域に飛んだ。

 五機の戦闘機(ファイター)が音速を超えて辿り着いた頃には、既に眼下の街は炎に包まれており、サイレンと絶え間ない爆発音が響き渡っていた。

 

 最初に頭に浮かんだのは、「なんだコリャ」という言葉。

 ばいきんまんには、いま自分が目にしている光景を、上手く理解することが出来なかった。

 

『司令部より、全爆撃機へ。

 精度よりも破壊率を重視せよ。消し炭に変えてやれ』

 

 味方の……いや連合司令部からの無線が届いた。

 こちらに向けた物では無く、()()()()()()()()()()()()()()()に対する指示であるようだった。

 

 今回ばいきんまん達が担当するのは、主に飛行場や倉庫などがある軍施設のエリア。

 だがすぐ横には、非戦闘員である市民たちが暮らす“工業都市ホフヌング”があり、今その上空を友軍の爆撃機が飛んでいるのが見えた。

 爆弾を腹に抱え、何十機もの数で、この都市を火の海へと変えているのだ。

 

『景気よくいこうぜ! 全部ばらまいちまえ!』

 

『全て焼き払え! 地獄を作り出せ! ベカリ野郎は皆殺しだ!』

 

 工場や施設だけじゃない。ビルや道路のみならず、明らかな民家が密集する地帯にまで、爆弾が降り注いでいく。

 当然、街は逃げ惑う人々の群れで溢れる。だがその頭上からも、連合軍機が爆弾を投下していく。

 一片の慈悲すらなく、むしろ人が沢山いる場所をこそ狙って。

 

「おい、精密爆撃はどうした? ヤツら何のつもりなのだ?」

 

『こんなの……ただ爆弾バラ撒いてるだけですよ! 無差別爆撃じゃないですかっ!』

 

 ばいきんまんは冷や汗を流し、ごはんパンマンが叫ぶ。

 攻撃目標ではなく、何の意義もないハズの建物までが、次々に破壊されていった。

 街のいたる所から炎が上がり、それはやがてひとつの大きな焚火になり、街が炎と黒煙に包まれていく。

 

 担当エリアである軍施設の破壊を行いながらも、ばいきんまん達の目は、街の方に釘付けだった。

 すぐ下からはSAM(地対空ミサイル)や砲撃が、絶え間なく飛んで来ており、とてもあっちに気を払っている余裕など無いのに。でも見ずにはいられなかった。

 

「なんだぁ!? この爆音は! 何があったぁ?!」

 

『こちらクロウ3、むこうの様子が変です!

 火災地区が一気に増えた! 油でも注いだみたいに!』

 

 動揺しながらも必死に操縦桿を握っている内に、遥か前方の街に異変が起こった。

 先ほどまでとは比べ物にならない炎が、突然都市の一部から上がり、それが瞬く間に燃え広がった。

 そして、それは一度きりではなく、二度三度と続いていく。

 

 

「トマホークだッ!!*1 ヤツら、()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 正気の沙汰ではない。

 軍艦だろうが施設だろうが一発で破壊できるような兵器を、連合軍は都市部に放ったのだ。

 戦いとは何の関係の無い、市民たちに対して。

 

 この空域を飛ぶ誰もが、言葉を失った。

 怒りや悲しみではなく、ただただ「何故?」という言葉だけが、頭の中を駆け巡った。

 

 人の憎悪や、悪意や、残虐性。

 あのトマホークミサイルは、それを物語っているかのよう。

 これほど、これほどまで――――

 ばいきんまんは耐え難い吐き気を憶えながら、ただそれを見つめるばかり。

 大きく見開いた瞳に、ゴウゴウと街を焼く、赤い炎が映る。

 

『ホフヌングが落ちる……。

 何が最強の空軍だッ! そんな物がどこにあるッ!』

 

『敗れ続けた代償が、これか……。

 この光景が、我々への罰だと言うのか……』

 

 ベカリ側の通信が届く。混乱と絶望を感じる声。

 街を守れず、心をへし折られ、人々を守れなかった兵士達の慟哭。

 彼らは無力さに打ちひしがれながら、今も赤色に染まった自分達の町を、見つめているのだろう。

 

『構わん! 街を炎で覆え! 撤退しながら火を放つんだ!』

 

『ベカリの地を、好きにさせてなるものか!

 ヤツらに何も残すな! 全て燃やしてしまえッ!』

 

 やがて、それは狂気に変わった。

 ベカリ軍は、()()()()()()()()()()()()

 守るべき自国の街に、攻撃をし始めたのだ。

 ジープや軍用車で撤退をしながらも、そこらじゅうにガソリンを撒き、爆薬を仕掛けた。逃げ惑う民間人達のことなど、まったく意に介すこと無く。

 

 まるで、自らの憎悪や憤りを、炎で表現するかのように。

 連合軍ではなく、()()()()()()()

 時に、助けを求めてジープにしがみつく人々を、アサルトで撃ち殺しながら、彼らは破壊の限りを尽くした。

 

 炎で、たくさん死んだ。

 建物に潰され、瓦礫に埋もれ、たくさん死んだ。

 空爆に、ミサイルに吹き飛ばされ、たくさん死んだ。

 川は死体で埋まった。炎から逃れようと、川に飛び込んだ者達も、たくさん死んだ。

 

『ま、街が……人々が……』

 

 すぐ隣、ほんの何キロか先で広がっている()()に、ごはんパンマンが声を漏らした。

 哀れに震え、おぼつかない口調。その無線から、彼の今の精神状態がアリアリと分かった。

 

 だが、そんな事では死ぬ。

 今も自分達は、空戦の真っ最中。街を防衛すべく飛び交っているベカリの戦闘機と、戦わなければならない。死力を尽くして飛ばなければならない。

 

「受け入れろ小僧(キッズ)――――これが“戦争”だ」

 

『ッ!?!?』

 

 さも当然かのように言い、ばいきんまんが鼻を鳴らす。

 冷淡な声、色の無い感情、動かない表情。

 それはまるで、自分自身に言い聞かせているような、吐き捨て方だった。

 

 しかし、いま混乱の渦中にいる若い戦闘機乗りには、それを察する事は出来ず。

 彼は泣き叫ぶように、ばいきんまんに喰って掛かる。

 

『なに言ってんスか……! これのどこが戦争だッ!!

 放火や無差別爆撃が、俺たちのする事なんですか!!」

 

「戦争は無慈悲だ。

 生きた力と、生きた力のぶつかり合いなんだよ。

 そういう事も、まぁあるだろうさ」

 

『あっ、争いにもルールはあるでしょうに!

 守るべき人の道が! 国際戦時法だってあるっ!』

 

「綺麗事を並べても、これが現実なのだ。

 言ったろぉRiajyu(ごはん)? ()()()()()()()()()()

 

『でも……! でもこんなのが許されるハズがっ!

 そうでしょGerm(ばいきん)さん!? 貴方だってホントは!!』

 

「よぉルーキー? 親切な俺さまが、二度目の忠告だ。

 黙って飛べよクロウ3――――ゴミ溜めに墜ちたくなきゃな」

 

 シット! シット!!

 ごはんパンマンの叫びを最後に、会話が途切れる。

 いま彼が目を潤ませ、歯を食いしばりながら操縦桿を握っている姿が、アリアリと脳裏に浮かんだ。

 

 自分達の任務は、地上軍施設の破壊、および敵航空戦力の排除。

 いま狂ったように街を爆撃している連中が、安心してその仕事を行えるよう、露払いをするのが任務である。

 相手側も同じ戦闘機(ファイター)である以上、気を抜けばこちらがやられてしまう。

 たとえそれが、どのような状況下であれ、錯乱などもってのほかだ。

 

 歯ぎしりをしながら飛んだ。無線から聞こえてくる悲鳴や、機嫌良さそうに空爆をする連中の声を無視して。

 いま目の前にある標的、そして向かってくる敵戦闘機にだけ集中する。

 そうでもしないと、気が狂いそうになる。

 

『こちら第三爆撃中隊だ! いま攻撃を受けている!』

 

『護衛機はどうした!? 何をやってる! ヤツらをなんとかしてくれ!!』

 

 暫くすると、友軍の声が入った。

 もはや勝負は決し、戦いは掃討戦に移りつつあったが、それでも懸命に街を守ろうと、抵抗を続ける勇敢な敵戦闘機の姿があったのだ。

 

『うわぁ! 来たぁー! 助けてくれぇぇええッ!!」

 

『クソッ! 誰だ俺をやりやがったのはッ!! ファック! ファック!!』

 

『おい援護は!? 早くヤツらを墜とせ! なんとかしろよ!』

 

『ガルム隊! 至急援護を頼む! ガルム隊ッ!』 

 

『メイデイ! メイデイ! メイデイ!』*2

 

 今の今まで、ヒャッハーと声を上げながら空爆を楽しんでいた連中は、突然人が変わったように焦り出し、ばいきんまん達を呼び始めた。

 誰もが必死に声を荒げ、英雄と謳われるガルム隊の名を呼ぶ。

 この空域においての絶対強者であったハズの彼らは、いざ自分の番となれば恥も外聞も無く、助けを求め出す。

 いやだ、死にたくない、助けてヒーローと。

 

「……お前っ、Smile(アンパン)……!」

 

 そんなツマラナイ者達の為に、いまアンパンマンが斜め45度の旋回から急下降し、救援に向かう。

 突如として現れた“鬼神”は、ヤツらを追い回していた敵戦闘機を、瞬く間に排除。絶体絶命から救ってみせた。

 

 何を言うでもなく、淡々と飛び、成すべきを成す。

 ここに来ても、たとえどんな惨状が眼下に広がっていようとも、彼はいつも通りだった。

 

 命じられるまま、敵を殲滅する。

 自らの意思ではなく、ただ言われたままに飛び、人を殺す。

 正義の為にあるハズの、比類なき力を、()()()()()()()()

 

 

 その光景に、ばいきんまんは吐き気を催した――――

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「空は、この世界で最後の“自由”。……そう思ってた」

 

 暫し思考に浸っていた意識を、この場に戻す。

 もう何本目かになったタバコを、頭上に広がる空を見つめながら、また携帯灰皿に押し付ける。ろくに吸わないままで。

 

「俺さま達は、空こそが居場所。

 どんな悩みがあっても、どんな状況であっても、空では自由になれる。

 飛んでさえいれば、俺さま達は()()()()()()()()、そう思ってたんだよ」

 

 空が心を洗う。風を切る感覚が、生を実感させる。

 自分達のような者にとって“飛ぶ事”とは、まさに生きる事に他ならない。

 存在証明であり、その為にこそ生きている。

 過去、そして現在に至るまで、空こそが自分達の居場所だった。唯一自由になれる場所で、掛け替えのない大切な物だった。

 

「けど……もうここに、()()()()()()()()

 お前が飛ぶべき空は、どこにも無いのだ……」

 

 罪悪感だった。

 あの時、言われるままに友軍の救援に向かった彼の機影を見て、真っ先に抱いたのは、罪の意識。

 

 お前に、こんな事をさせてしまった。

 こんなくだらない場所に、お前を連れて来てしまった。

 

 後悔した。このヴァレー基地にアンパンマンを呼んだ事を。

 あのまま、そっとしておいてやれば、彼はこんな事をせずに済んだのに。戦闘機などに乗らなければ、その力をクダラナイ事に使われたりしなかったのに。

 あの頃の、ジャムおじさん達が生きていた頃の記憶で、全てを終わらせていれば、お前はずっと綺麗なままで居られたのに。

 

 これは、俺さまのせいだ。

 お前の矜持を、その胸のマークを、汚してしまった――――

 

 正義のヒーローではなく、ただ悪魔のように敵味方から畏怖されるだけの存在。

 意思も持たず、その力をクダラナイ者達に利用されるだけの怪物。

 すでに血と硝煙の匂いが染みついた、悲しい化け物に、俺さまが落とした。

 あんなに輝いていた魂の片割れを、俺さまが汚してしまったんだ。

 

「きっとお前は……なんとも思って無いんだろう。

 明日も、明後日も、言われるままに飛ぶ。命じられたままに殺す。

 たとえそれが、どんな戦いでも……」

 

 けれど、ふと思う。もし()()()()()()()()()()がこれを見たら、何と言うのだろう?

 あの頃のキラキラしていたアイツは、今の悲しい自分の姿を見て、いったい何を思うのだろうと。

 

 最近は、僅かながら感情を表すようになった。

 まだ笑うことは少ないが……でも怒ったり拗ねたりと、自ら意思表示をするようになってきた。これは大きな進歩のハズだ。

 でも、もしアイツが感情を取り戻したとしても……今の世界情勢はコレだ。人間の悪意と憎悪が渦巻く、とても醜い世界を見せつけられる。

 

 ならば、感情などあってどうするというのか? あのまま仏頂面でいた方が、アイツは幸せだったんじゃないのか?

 あの強く綺麗だった目で、こんなクソ溜めみたいな世界を見ずに済む。心を痛めずに済むのではないか?

 

 近頃のばいきんまんは、そんな事ばかり考えている。

 胸の痛みや、後悔の念と共に。

 

「くだらないよ、この世界は。

 お前が救うべき物じゃない。お前が戦う場所じゃないのだ。

 あの頃とは、違うんだよ」

 

 何度そう思っただろう? 何度思い知っただろう?

 そして自分は、これから何度繰り返すのだろう?

 過去の幸せだった記憶や、大切だった人達、そして眩しかったコイツの姿を追い求めて、またため息を吐くのだろうか。

 

 それを思った時、少し人生という物が憂鬱になった。

 有り体に言って、すごくウンザリした気持ち。

 もういいやと、全てを投げたしてしまいたいような気分でいた。

 

 ふとまた窓を覗いてみれば、そこにはパンを焼く彼の姿。

 今日のパンが成功した理由を探し求め、もう一度作ってみるつもりなのだろう。今はこねた生地を、棒を使って平たく伸ばしている所だった。

 こちらの様子など、微塵も気付くことなく、一生懸命に撃ち込んでいるのが見て取れた。

 コイツは昔から真面目なヤツだったと、思わずばいきんまんはクスッと笑う。なにやら微笑ましさを感じた。

 

「もし、世界がこんな風じゃなけりゃ……その努力も実ったろうに。

 お前というヒーローが、飛ぶに値する世界。命を懸けて助けるに足る世界。

 たとえば、俺さま達二人が戦っていた頃の……」

 

 

 

 

 そうだ――――と閃きを感じた。

 

 突然、まるで雲が晴れるように、視界が一気に広がる感覚。

 得も知れぬ暴風が、心にわだかまっていた全てを、吹き飛ばしていくのを感じる――――

 

 

 

 

「ああ……なんで気が付かなかったのだ?

 俺さまともあろう者が、こんな簡単な事に……」

 

 耄碌してた。

 ただ諦め、傍観し、この魂を腐らせていたのだと、気が付く。

 そんなの、許せるワケがない。何よりも宿命のライバルであるコイツに、申し訳が立たない。

 ばいきんまんは顔を上げ、強く空をにらむ。

 

「お前に戦場を用意するのが、俺さまの役目だった。

 イタズラしたり、何かを襲ったりして、正義の味方が活躍する場を作る。

 やり方や理由なんて、なんでも良い。なんでも良かったのだ」

 

「だが今回……、俺さまはそれを、人任せにした。

 自分で種を撒くんじゃなく、誰かが始めた戦いの中に、アイツを放り込んだ。

 それだけだった――――だからいけなかった」

 

 時の流れというのは恐ろしいと、改めて実感する。自分を見失っていた。

 変わってしまったのは彼では無く、むしろ自分の方だったのだ。

 これまで、暇つぶしのような人生を送ってきた。このままで良いなんて思い、ずっと怠惰でいた。

 

 あってはならない事だった。

 悪として生まれた自分が、この魂を腐らせるなどと――――

 

「間違ってた、この基地に連れて来たのは。

 アイツは守られる存在なんかじゃない……“正義の味方”なのに」

 

 楽しくやれたら良い、一緒にいられたら良い、という想いからだった。

 でもそれこそが間違い。ヒーローである彼の存在を否定し、侮辱する行為に他ならない。

 手を貸し、彼を導くなどと、いったい何様のつもりだったのだろう。

 しっかり目を開いた今、その間違いがハッキリと分かる。

 

「アンパンマン……、俺さまは決めたぞ。

 こんなドブ水のぬるま湯は、もうたくさんだ」

 

 歩き出す。まっすぐ前に向かって。

 ばいきんまんはパン工場に背を向け、ドシドシと足音を立てながら、この場を去って行く。

 燃えるような決意の炎を、その瞳に宿して。

 

 埃が被った思い出など、いらない。

 振り返るだけの日々は、もう終わりにしよう。

 

「きっと、お前は責めるだろう。

 バカと、無責任と、俺さまを罵るだろう。

 ……だがアンパンマンよ、決して忘れてくれるな?」

 

 最後に一度だけ振り返る。

 遠く、窓の奥にいる彼の姿を、目に焼き付ける。

 

 

「お前と共に生きたことが、俺さまの誇りだ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ベカリ軍は敗走を繰り返しながらも、未だ抵抗を続けている。

 バルトライヒ山脈を、北ベカリへの最終防衛線と位置付け、連合軍の侵攻を懸命に喰い止めていた。

 

 今回ガルム隊とクロウ隊が送り込まれたのは、ベカリの工業都市“スーデントール”。

 情報によると、その周辺には未だ頑強な抵抗を続ける、ベカリの残存部隊が留まっているという。

 

 今作戦の目的は、連合軍の地上部隊を援護する事。敵航空戦力の排除が、彼らの担当だ。

 スーデントールは兵器産業で栄える都市であるため、たとえ残存部隊といえども、強固な抵抗が予想された。

 

『ねぇRiajyu(ごはん)、今の彼女は何人目の子? その人が初めてなの?』

 

『いえいえ、ハイスクールの時にもいましたよ?

 なんか、あなたが理解出来ない~とか言われて、別れちゃいましたけど……』

 

『そりゃあ、パンにライスを挟むヤツなど、理解の外だろうさ。

 もし俺が親だったら、お前を然るべき施設に連れて行く。

 ヘイドクター、うちの息子が()()()()()()()()()、とな』

 

 クロウ隊のメンバーが和気あいあいと話す声が、無線機から聞こえている。

 現在ヴァレー基地の5機は、作戦空域へ向かっているところ。戦場が近いとはいえ、未だメンバー達は談笑ムードだった。

 

『僕はごはんパンマンなので、いつもやっているんですが……。

 パンとライスって、口の中で()()()()()()()()。ハブとマングースみたく。

 決して手を取り合う事無く、お互い一歩も譲らずに、存在感を主張し合うんです』

 

『……』

 

『……』

 

『うん! 有り体にいって、()()()()()()()()

 あまりオススメしませんね! HAHAHA☆』

 

『Oh……ファッキン・クレイジー・ボーイ。

 なに笑ってんのよアンタ。普通なら病気除隊よ?』

 

『コイツが曲がりなりにも戦闘機乗り( エース )っていうんだから、世も末だ。

 お前の彼女は、ナイチンゲールか? 間違いなく、何かしらの精神疾患を……』

 

 塩パンマン、メソポタミアパンマンの嘆息が響く。対してごはんパンマンは元気に笑い続けている。小さい事は気にしない、とてもポジティブな子であるようだ。

 頼もしいような、残念なような……。みんな複雑な気持ちになった。

 

「けどさぁ? 『マヨかけたら何でも美味い』って言うじゃないか~。

 俺さま的には、何かやりようがありそうなんだがな~」

 

『ほらっ! Germ(ばいきん)さんもこう言ってるじゃないですかっ!

 僕は変じゃないです! 胸はって生きていくっスよ!』

 

『えっ……本気で言ってるのガルム2? どんなフロンティアスピリッツよ?』

 

『せっかくの頭脳を、そんな事に使わずとも……。

 普通にお惣菜を挟もうぞ』

 

「しかし、冷蔵庫に何もない~って事があるだろぉ?

 そーいう時にも、なんとかしてみせるが、腕ってモノなのだ。

 チャーハンも天津飯も、同じ発想で生まれたハズ。ようは工夫だぞ」

 

 米をリゾットにするとか、何かしらの味付けを……。そうばいきんまんがウンウン悩む。

 最近は何か思い悩んでいるのか、少し元気がない感じがしていたが、今のばいきんまんは朗らかに、仲間達と会話しているようだった。

 

 アンパンマンは無言のまま、会話に加わっていないものの、無線を通してその様子を、じっと窺っていた。

 ばいきんまんが元気でいる事は、彼にとっても喜ばしい事。大切な友達であるのだから。

 しかし、いったい何があったのだろう? つい先日まで難しい顔をしていたのに、突然吹っ切れたように機嫌が良くなったのが、少し気になった。

 

 思えば昨日は、ばいきんまんの顔を見ていない。

 いつもなら、鬱陶しいくらいにドアを叩き、無理やり部屋に押し入って、酒を飲み始めるというのに。昨日は話すことも無ければ、部屋に来ることも無かった。

 今日もあまりこちらには声をかけず、妙にクロウ隊とばかり話しているような気がする。別に空元気とは思わないが、その会話さえも、どこかいつもとは様子も違うのだ。

 

 なにより、無線越しだというのに、こっちから目を逸らしてるような雰囲気を、アンパンマンは感じ取っていた。

 白々しく口笛を吹き、何かを隠すような、誤魔化しているかような……。

 ばいきんまんは頭脳派だが、反面とても単純なので、嘘をつくのは上手く無い。

 

 ――――とりあえず、帰投したら一発ぶん殴って話を聞こう。吐かせよう。

 武闘派というか、意外と脳筋な所もあるアンパンマンは、そう心に決めるのだった。

 

「チーズとか入れたら、橋渡し役になるかもしれないぞぉ?

 米とパン、どっちにも相性良いし……っと、そろそろ到着だな!

 さぁ切り替えてくぞお前ら――――チーク・タイムだ」

 

『了解! また今度、相談させて下さいGerm(ばいきん)さん!』

 

『そんじゃ行きましょうか。今日もしっかり稼がせてもらうわ。

 ()()らしくなんて、性に合わないの」

 

『クロウ隊、作戦空域に到達。エンゲージ( 交戦開始 )

 ベカリの若造どもに、年季の違いを見せる。こちとら古代文明だ』

 

 灰色の曇り空を、5機の戦闘機が切り裂くように飛んでいく。

 すでに敵部隊は目の前。数はこちらより遥かに多いが、誰もそれに文句は言わない。

 ガルム&クロウ隊は、皆一様に自身に満ちた顔で、戦場に飛び込んでいく。

 自分達は傭兵、戦いの空こそが居場所だと、その矜持を胸に。

 

 だが……。

 

『あれ? 爆撃機ばかりじゃないっスか?

 あんまし戦闘機(ファイター)が居ないような……』

 

『街の防衛部隊……にしては妙ね。

 コレ、どこかへお出かけ( 空爆 )する時の編成よ?』

 

 空の敵を迎撃するのではなく、重い爆弾を抱えて空爆に行くための機体。対空戦用ではなく、対地攻撃用の航空機が多く目に付くのだ。

 ごはんパンマンと塩パンマンは、頭に疑問符を浮かべつつも、とにかく接敵を試みる。

 相手が何であれ、墜とす他ないと。

 

 しかし、突然AWACS(空中管制機)から入った通信を聞いた時、二人の頭はシェイクされてしまう。

 

 

『作戦本部より緊急入電だ!

 ()()()()()()ベカリ爆撃部隊が、コムギィコへ向けて飛び立った!! 恐らくソイツ等だ!!』

 

 

 いま聞いた言葉が、上手く理解できない。

 クロウ隊の3名は目をまん丸にし、息を呑んで固まった。

 

『ガルムクロウ両隊は、直ちに迎撃せよ! 爆撃機を撃墜するんだ!!』

 

『くっ……クロウ1、了解だ!! クソッ!!』

 

『クロウ2了解……! 迎撃に移行するわ!』

 

『なんてこった! 絶対に阻止しなきゃ!! 了解ですっ!!』

 

 慌てて辺りを見回し、敵爆撃機の数と、位置を確認する。

 先ほども見た通り、こちらより遥かに多い! とてもじゃないが手が回らない!

 

「ハッハッハ……! そっかそっか、そーゆう趣向かぁ。

 いやはや、やるもんだなアイツら」

 

 ふと、ばいきんまんからの声が聞こえた。

 小さく笑う、なにやら楽し気な声が。

 

「いっその事、ぜんぶ吹き飛ばしてしまえば、こんな戦争終わるなぁ。

 ……なぁRiajyu(ごはん)、お前が夢見た“平和”が来るぞぉ?

 争いのない、皆が平等の世界ってヤツだ!」

 

『ちょ……!? こんな時に何言ってんスか!

 ふざけないで下さいよ! 核なんて使わせてたまるかっ!!』

 

 各々がミサイルを放つ。次々に敵機をロックし、矢次に攻撃する。

 一刻も早く、なんとしても墜とすという気迫を込めて。

 ばいきんまんが皮肉屋なのは知っているが、今はそんなのに構っていられなかった。

 

「やれやれ、ジョークも通じないか。

 人生は楽しんでいかなきゃ。笑顔を忘れたら終わりだろうに。

 よぉSmile(アンパン)――――お前はどう思う?」

 

 ここへきて、初めて声をかけられた。

 ばいきんまんが今、ニヤニヤと口元を歪めている姿が、容易に想像できる声色。

 相手の不快感を煽る、いやらしい笑い方。

 

「お前が戦わないと、たくさん死ぬ。この世界を、怨嗟の声が埋め尽くすよ。

 でもお前にとっちゃ、()()()()()()()()()()()

 静かにパンを焼いていられれば、それでハッピーか?」

 

 ほいっとボタンを押し込み、ミサイルを発射。敵機撃墜。すぐさま次へ向けて旋回。

 それをのほほんと繰り返しつつ、アンパンマンに語り掛ける。

 今度は、さもつまらなさそうな、とても低い声で。

 

「どんな敵にも負けず、恐れず、決して志を曲げなかった。

 そんなお前も……、今じゃ立派な“連合の犬”だ。

 ただ言われるがままに飛び、殺すだけ。

 挙句の果てに、周りからは化け物扱いされる、ときた」

 

「なぁ、愛と勇気はどこへやった? その胸のマーク、泣いてやしないか?

 俺さまには、とても惨めに見える……。ニッコリはしてても、悲しそうに見える。

 ソイツが哀れだよ、アンパンマン――――」

 

 前に、わざとこちらを煽るような態度を、された事があった。

 酒を飲み、殴り合いに発展するのも厭わず、無理やりこちらを激高させようとしていた。

 そして、もっと前には「この腑抜けが! もうお前なんて知るか!」と罵られ、見限られた事もある。それから何十年も別れ、ずっと会えなくなった。

 

 けれど、これは違う。今のばいきんまんの言葉は、ずっと秘めていた感情の吐露だ。

 吐き出せば、自分自身にも痛みを伴う、悲痛な独白に近い物だった。

 

 その言葉を最後に、通信が途切れた。

 一方的だった会話は唐突に途切れ、操縦席にエンジンの音だけが響く。

 

 ――――……。

 

 言葉が、出なかった。

 からっぽの心では、彼に応える事は出来なかった。

 いつもの軽口ではなく、真に彼の心が籠っていたからこそ、アンパンマンには言うべき言葉を見つけられなかった。

 

 ただ、黙って聞いていただけ――――友達の言葉に応えられない。

 その事実が、無くしてしまったハズの心を、締め付ける。

 

『管制機、こちらクロウ3!

 敵の数が多い! 核搭載機の識別は出来ないんスか!?』

 

『駄目だクロウ3、時間がない!

 ここで全機、撃墜する他ない!』

 

『おい! ノアの箱舟は準備出来てるんだろうな!?

 まぁメソポタミア文明は、紀元前5000年とかで、旧約聖書よりも前だが!』

 

『バカ! うだうだ言ってないで、早く墜としなさい!

 塩みたく、しょっぱい飛び方でもいいから! とにかく撃ちまくるの!』

 

 仲間達の、悲鳴のような声。

 ばいきんまんが言った通り、そこには全く余裕が無く、混乱さえしている。

 

『警告! 直ちに進路を変更し、基地へ引き返すべし!

 さもなくば撃墜するぞ!』

 

『構うな。作戦の妨げになるものは、全て排除だ』

 

『もはや友軍に非ず。躊躇はしない。任務を遂行するだけだ』

 

 そして、敵の通信らしき物も入って来る。

 理由は分からないが、ハッキリと()()()()()()()()()()事が分かった。

 敵の司令部と、この空域にいる爆撃隊は、仲違いしているのだ。ベカリは一枚岩ではなく、この核攻撃は誰かの独断なのか?

 仲間達は更に混乱。現状は分からない事だらけで、状況は切迫。

 焦燥感だけが際限なく積もっていく。

 

 そんな者達を他所に、この場でたった二機だけが、いつも通りの様子で、次々に敵を撃墜していた。

 ガルム隊だ。彼らだけが何物にも縛られず、自由に空を飛ぶ。

 空の申し子たる者が、たとえどんな状況だろうと、お構い無しに戦場を席巻する。

 

 天上から見下ろし、そこから全てを把握して動かしているかのような、効率の良い動き。

 悪魔のような正確さで放たれたミサイルが、淡々とリズムを刻むように、連続して爆音を響かせる。

 時折そのメロディに、緩急を付けるように、M61A2(バルカン)のパーカッションが鳴った。

 

 クロウ隊やAWACSが慌てふためいている中、見る見るうちに敵機が数を減らしていき、やがて片手で数えるほどになる。

 それを確認した時、ようやく彼らは混乱から立ち直り、喜びと共に希望を見い出す。

 

『いけますよ! この空域内でやれる!

 僕は右端のヤツを墜とします!』

 

『じゃあ俺は左端だ。

 あとは一人一機やれば終わる。クロウ隊、ラストダンスだ!』

 

『焦ってトチらないでよ? ここでズッコケたら、今世紀最大のジョークになる。

 ……もしくは最後かも』

 

 各機、一斉にアフターバーナーを全開。音の壁を破り、マッハ2を超える速度で、敵に突進していく。

 

『えぇーーい!』

 

『オラァッ!!』

 

『それッ!!!!』

 

 ほぼ同時に放たれたミサイルが、それぞれの敵に真後ろから命中。機体を粉々にし、見事に爆散させた。

 

『ひゃっほーい! やった! やったぞー!

 今の見てくれましたかSmile(アンパン)さん!?』

 

『私たち傭兵に、やれない仕事は無いわ!

 どんどんお仕事もって来て頂戴! お金たくさん稼いで、塩釜で鯛を焼くわ!』

 

『見たか、ベカリの若造ども!

 いやー、流石は偉大なるメソポタミア文明。

 土器で作った飛行機でも、意外とやれるものだな!』

 

『えっ』

 

『えっ』

 

『えっ』

 

 なにやらクロウ隊の通信から、よからぬ言葉が聞こえたが、AWACSは気にしない事にした。

 戦闘機乗りというのは、みんな頭がおかしい連中なのだ。いちいち気にしてても仕方ない。ちゃんと飛んでくれるなら、それでいいじゃないかと。

 

『とにかく、全機撃墜を確認!

 ガルム隊クロウ隊、よくやった。作戦完了だ』

 

『あの……、ぜんぶ墜としはしましたが、これで良いんスかね?

 当初は友軍の援護の為、敵航空戦力を排除するって話だったのに』

 

『敵は戦闘機(ファイター)じゃなく、爆撃機(ボマー)が主だったものね。

 スーデントール攻略というより、コムギィコを核から守った感じよ』

 

『まぁ終わりだと言うのなら、是非も無い。

 あとは地上部隊の連中が、上手くやるだろう。

 俺は帰って土器を焼く。お前らも塩分補給するなり、彼女とファックするなりしろ』

 

『ちょ……!? アンタ!?』

 

 なんならメソポタミア式のを教えてやろうか? 最古の性技というヤツを。

 そんな馬鹿なことを言い、ワイワイ盛り上がる仲間達。

 混乱した戦闘を潜り抜け、また和気あいあいとした楽しい時間を、彼らは取り戻したのだ。

 しかし……。

 

「これで終わり。……いや()()()か?

 ま、どっちでも良いさ」

 

 楽し気な無線が響く中、ボソリと呟いたばいきんまんの声を、確かに聞く。

 機体を反転させ、ヴァレー基地へ帰ろうとしていたアンパンマンは、先ほどまで隣にいた彼の機影が、どこにも見当たらない事に気が付いた。

 

「おっ、これが“合図”か。

 よぉSmile(アンパン)、しっかり操縦桿を握った方が良いぞ? 取り乱さずにな」

 

 

 

 

 

 

 

 そうばいきんまんが告げた、次の瞬間――――

 彼の丸い瞳を、()()()()()()()()

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 最初は、白一色。

 突然この場に、太陽が出現したかのように、視界が完全に奪われた。

 

『ッ!?』

 

『きゃっ!!』

 

『ん゛ッ!?!?』

 

 無線機から、クロウ隊の短い悲鳴。

 それが聞こえてすぐ、遥か何十キロ前方から、()()()()()()

 

『うおっ!? なんだッ??!!』

 

『キャアアアアアア!! いやぁぁぁあああああッッ!!!!!!』

 

『うぐっ!! き、機体がッ……!!』

 

 凄まじい空気の震え。

 途端、機体の制御が聞かなくなる。

 視界が激しく揺れ、カクテルのように身体がシェイクされる。

 各自、必死に操縦桿を握り、なんとか水平を保とうと藻掻く。

 だがそんな事、この状況下で出来るワケが無い。

 

 一瞬、衝撃を感じた。

 何かにぶつかったワケでは無い。とつぜん大波に襲われたように、機体が押し流されたのだ。

 

『こちらイーグルアイ(AWACS)、各機状況を報告せよ!

 どうしたんだ!! いったい何があった!?』

 

『くっ、クロウ3! ネガティブ!!

 状況不明! 分かりませんッ!!』

 

『ひかり! 光が爆発したのっ!! 地球が破裂したみたいにッ!!

 その途端、機体が……!』

 

『くそっ! 計器が全部いかれてる! どうなってるんだコレ!?』

 

 先の戦闘とは比べ物にならない程、混乱する一同。

 そして、アレが“衝撃波”だと分かったのは、しばらくして視力が回復し、ようやく辺りを見回せるようになってからだった。

 

『あ……、アレ見てよッ!!!! あの光ってッ!!!!』

 

 腕で目を庇いつつ、必死で周囲を確認してみれば、そこに現れたのは何十キロもあろうかという巨大さの、地上から立ち昇る雲。そして未だ直視できない程に世界を白く染めている光。

 

 ()()()()()()

 

『ウソだ。……だって爆撃機は、全部……』

 

『なぜ核が……?

 あそこはスーデントール。自分達の……ベカリの地だろうが!』

 

『ちょっと! 友軍はどうなったの!?!?

 地上部隊の人達は!!!!』

 

 放心し、ただ見つめる。

 あまりの状況、あまりに現実感のない光景に、理解が追いつかない。

 いや、受け入れることが出来ないのだ。

 

 いま、自分達の目の前で、()()()()()()という現実を。

 巨大な炎と光が、いま正に世界を焼いたのだという事実を。

 

 体感させられた衝撃と光が、これが夢ではない事を、容赦なく突き付ける。

 今も世界を白く染めている光が、彼らの無力さをハッキリ照らし出す。

 全ての思考を奪い去る。

 

 ――――ッ!

 

 アンパンマンは、懸命に操縦桿を握り、必死に機体の安定を保っていた。

 奇しくも、先ほど彼に言われた通りに。光が視界を奪った瞬間、硬直せずに身体を動かす事が出来た。

 

 分からない。何も理解できない。

 何が起こったのかも、いまどういう状況にあるのかも。

 なぜばいきんまんは、()()()()()()()()()? まるでこれが起こる事を、知っていたかのように。

 その疑問だけが、頭の中をグルグル回っている。何故だと心で問い続けている。

 

 そんな状態にある、最中……。

 

 

『ばいきんまん、聞こえるか?

 白馬の王子様じゃなくて悪いが、迎えに来たぜ』 

 

 

 ふいに耳に届いた、聞き覚えのある声。

 バリトンの、気安く友人に語り掛けるような言葉。

 朦朧とした意識の中でも、これが誰の物かを思い出すことが出来た。得も知れぬ不快さと共に。

 

 これは――――ウィザード1の声。

 あの日、円卓でばいきんまんに話しかけていた男だ。

 確か、「もうお互い、つまらん安売りは止めよう」と、彼に誘いをかけるような事を、言っていた記憶がある。

 それがいったい何の事なのかは、分らなかったけれど。

 

「バカタレ。よくこんな光景の中で、そんな言葉が出るもんだ。

 ウィザード……いや“業務用チョコレートパンマン”よ」

 

『でっかいレンガみたいなチョコは、伊達じゃないぜ?

 こちとら、本来は溶かしてお菓子作りとかに使うヤツを、そのままパンで包んでるんだ。

 とても人が食えるようなデカさじゃないね。

 ゆえに、肝っ玉の大きさには、定評があってな?』

 

 呆れた声のばいきんまん。そして心底楽し気に笑う、業務用チョコレートパンマン。

 その無線は届いていても、未だアンパンマンの意識は混濁し、声を出す事が出来ない。

 ただただ聴覚に意識を集中させ、目を見開くばかり。

 

『それに、喜びもするさ。今日はお前の“復活祭”みたいなもんだ。

 この()()()()()()も、お前を祝ってるみたいで、いい感じだろ?』

 

「お前も大概だなホント。……まぁ俺さまも、似たようなモンかぁ。

 さっさと案内するのだ。俺さまの機嫌を損ねない内に」

 

 おいガルム2! 何をしてるんだ!

 それは敵じゃない! 識別番号が効かないのか!?

 ……そんなAWACSの叫びと、クロウ隊の2人の悲鳴が、耳に入ったような気がする。

 だが未だ働かない思考は、それをすぐに記憶から追いやる。理解することが出来ない。

 

 Smile(アンパン)さん! 二人が墜とされた! なんかベイルアウトしてます!

 何だあの機体!? どうしてGerm(ばいきん)さんと!

 ごはんパンマンの叫び。だがそれも、アンパンマンは認識できない。

 ただ力一杯に見開いた目で、だんだん遠ざかっていく彼の機影を、見つめるのみ。

 

 

『なんだと……!?

 警戒しろガルム1、レーダーに敵増援の反応が!! しっかりするんだ!!』

 

『増援ッ?! なんだよこんな時に……! いったい何のつもりなんだっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠ざかっていく意識。

 黒く染まり、消えていく。

 

 そんな中、たとえ無意識でも操縦桿を操り、敵と交戦が出来ていることが、自分でも不思議だった。

 

 まるで濁流にでも呑まれたかのように、世界が揺れる。

 割れそうなほど、頭が痛む。

 

 それでも、必死に追いすがろうと、手を伸ばそうとするけれど……、すぐに敵戦闘機の群れが行く手を阻む。彼を追う事が出来なくなる。

 こんなにグシャグシャの心でも、悔しさと、もどかしさだけは、耐え難いほどに感じた。

 

 ――――どこへ行くの? 君はいったい、何するつもりなの? ぼくを残して……。

 かろうじて残った思考は、それを繰り返し問い続ける。何度も何度も。

 

 果たして、その声が届いたのか、願いが通じたのかは、分からないけれど。

 

 

「アンパンマン、聞こえるか……? 俺さまなのだ」

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 それは、アンパンマン号・Raptorの無線ではなく、もっと近くから。

 今の彼は知る由もないが、これはばいきんまんが密かに仕込んでおいた、彼のポーチの中にある、小型無線機からの物だった。

 ばいきんまんお手製の、無駄な科学力と謎の理論を以って作られた、けして他の無線と混線する事の無い、アンパンマンにだけ届く通信。

 この世でたった一人、彼にだけ送る気持ち。

 

「知っての通り、俺さまは人に謝るのが、だーいっきらいなのだ!

 でも今回ばかりは、言わなくちゃいけないな。

 すまんアンパンマン……俺さまは馬鹿だ」

 

 しゃがれた、醜い、でも愛嬌のある声。

 友達の言葉に、耳を傾ける。

 

 ばいきんまんの声を聞いた途端、さっきまでの凍えるような悲しみが、一瞬で消え去ってしまった。まるであったかいお湯の中にいるみたい。

 大切に大切に、けして零してしまわぬよう、受け止める。

 

「実は、ちょーっとやる事が出来てな? 俺さまは行くよ。

 そのRaptorはお前にやる。整備の仕方は、もう知ってるだろぉ?」

 

 ――――うん、覚えてる。ぼく一人で出来るよ。

 静かに目を閉じながら、彼の声を感じる。薄く微笑みながら、心で返事をする。

 

「ホントは、お前も連れていきたいんだが……それじゃあ意味がないんだ。

 これは、俺さま一人でやんなきゃいけない。

 久しぶりに、いっちょ本気出してみるつもりだぞ」

 

 ――――そう。なんだか大変そうだね。大丈夫なの?

 

「はーっはっは! 心配するなぁ~アンパンマン!

 俺さまが凄い事は、よ~く知ってるだろぉ? はーひふーへほ~う!」

 

 口に出さずとも、しっかり通じる。感じることが出来る。

 無線や言葉なんかより、強い物。……魂でつながっているから。

 お互いの心がわかる。

 

 ――――じゃあ、いってらっしゃいGerm(ばいきん)。気を付けて。

 

「おうよっ! 行って来るぞSmile(アンパン)

 ……この呼び方も、これで最後だな? やっぱいつもの呼び方が良いよ」

 

 ――――あ、でも今度会ったら、一発殴るね?

 ――――なんか腹立つし、あの業務用チョコさんの事も、ムカつく。

 

「おい……いつからそんなバイオレンスになった? そんな性格じゃなかったろ。

 お前が暴力系ヒロインやったら、リアルに死人が出るぞ?

 丈夫な俺さまだから、なんとかなってるだけで」

 

 閉じた瞼のスクリーンに、ばいきんまんがいる。

 まるで目の前にいるみたいに、しっかりと思い描くことが出来る。

 彼のことが分かる。

 

 今ばいきんまんが、コクリと頷いた。

 それにアンパンマンも、コクリと頷き返す。

 さぁ、別れの時だ。

 

 

 ――――さようなら、ばいきんまん。この自己中。

 

「さらばだ、アンパンマン。根暗脳筋め」

 

 

 背を向けて、去って行く。ばいきんまんの姿が消えていく。

 もう決して、届かなくなる。

 安らぎが、ぬくもりが離れていく。

 

 悲しみではなく、とても優しい気持ちでいるのに……、なぜ涙が零れるんだ。

 君が好きなのに、応援したいのに……、なぜぼくは、切ないと感じるんだ。

 

 白く滲んでいく、彼の世界。

 日没の夕日のように、ゆっくりゆっくり、遠ざかる。

 そして、もうなにも見えなくなってく。

 

 

「……おっ。そうだそうだ。たまに勝手に食ってたんだが……。

 お前パン作り上手くなったな! その調子だぞ相棒(バディ)

 

 最後に、チラッとこちらを振り返り、ばいきんまんが笑う。

 

 

「無くしてないぞ? 絶対にあるから。

 お前も、自らの魂を探せ――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ――――20××年6月6日。

 当時学生だった私も、あの日観たニュース映像は、目に焼き付いている。

 ベカリの地で、七つの核が同時に放たれたのだ。

 ベカリ自らの手によって。

 

 連合軍が自国に侵入するのを、許せなかったのか。

 古い強国主義者たちの誇りが、そうさせたのか。

 

 彼らは、示したかったのかもしれない。

 これより北は“ベカリの聖地”だ。踏み入ることは許さないと。

 

 この核による死傷者は、12000人にのぼる。

 全てを巻き込み、世界中に見せつけるような、壮絶な自決。

 

 後に残ったのは、無惨な光景だけ。

 ベカリの人々は、それをどんな目で見たのだろう?

 その空を飛んでいた“彼”は、いったい何を思ったのだろうか?

 

 

 

 あの日、片羽は空中管制機のレーダーからロストし、消息を絶ったという。

 その生死は不明。現場の状況を鑑みても、望みは薄いとされた。

 

 彼は、何も語らなかった。

 ただ無言で帰還し、その後も変わらず過ごした。

 

 まるで何事も無かったかのように、コムギィコの傭兵を続け、飛び続けたのだ。

 

 この空の申し子――――“円卓の鬼神”として。

 

 

 

 

 

(つづくぞ!)

 

 

*1
巡航ミサイルの事。弾頭には450㎏爆弾などが装備され、2500㎞後方からでもピンポイントで攻撃する事が出来る兵器

*2
緊急事態により、救援を要請する場合に使う言葉。フランス語の「ヴネ・メデ」(助けに来てくれ)に由来する。雑音による取り違えを防ぐため、使用時には3度繰り返すのがきまり。






 おっぱい万歳!(締めの言葉)


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