【募】こんな小説を書けこの野郎【リクエスト】   作:hasegawa&friends

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AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅵ

 

 

 

 近頃、コムギィコ共和国では、“ある噂”が立っている。

 正確には、ヴァレー基地周辺の地域、であるのだけれど……。

 

「うえーん! 痛いよう、痛いよう! いっぱい擦りむいちゃったよぉ!」

 

 その日、アルパカ彦(ひこ)くん(6才)は、家の近くの森へと入っていた。

 虫籠と網を持ち、お気に入りのベースボールキャップを被って、朝早くからカブト虫を捕まえようと、ひとりで頑張っていた。

 おっきなのを捕まえて、友達に自慢しよう。虫相撲のチャンピオンになるんだ。

 そんな希望に胸を膨らませながら、前日にハチミツを仕掛けておいたクヌギの木がある場所で、たくさんの甲虫を捕まえていた。

 

 けれど、ふいに飛んで来た一匹の虫が、アルパカ彦くんの顔にぶつかった事で、思わず木から手を離してしまった。その途端、地面にドスンと落ちたのだ。

 あまり高さが無かったから、それは良かったけれど、地面は平らではなく傾斜があり、しかも石や木の枝なんかが沢山あった。

 

 地面にぶつけたお尻は痛いし、ゴロゴロと斜面を転がったので、身体中に擦り傷を作ってしまう。

 しかも、最近買って貰ったばかりのお気に入りだったシャツが、ドロンコになってしまい、すごく悲しい気持ちになった。

 

「ついてないよう! なんでこんな目に合うんだよう! この森クソッタレだよう!

 なんてファッキンで、ファッキンで、ファッキンな人生だよう!

 今すぐ死にたいよう!」

 

 アルパカ彦くんは、ひとりっきりの森の中、大声で泣く。

 えーんえーんという声が、そこら中に響き渡り、森の動物たちがビックリしちゃうくらいに。

 

 

 しかし、その時アルパカ彦くんの目の前に、空から降り立つ影がひとつ。

 音も無くこの場に飛んで来て、すぐに泣いている彼へと寄り添った。

 

「あれっ……? お兄さんは誰? どこからやって来たの?」

 

 その人は、空軍の緑色の軍服、そして飛行機乗りのシンボルである白いスカーフ姿だった。

 キョトンとした顔のアルパカ彦くんを、柔らかな優しい顔で見つめてから、すぐに腰のポーチから道具を取り出した。

 水で傷口の汚れを洗い、消毒をしてから絆創膏を貼る。テキパキと手早く、けど凄く優しい手つきで、すぐに手当てを終えた。

 

「えっ、これもらって良いの? うわぁ……とってもおいしそうだ!」

 

 その後、おもむろに自分の顔のパンをちぎり、少年に手渡す。

 それはたっぷり餡子が乗った、見ただけでグゥ~っとお腹が鳴ってしまいそうな程、美味しそうなアンパンだ。

 

 アルパカ彦くんはすぐにパクっと噛り付き、うれしそうにもぐもぐ。

 さっきまで泣いていた事なんて、もう忘れてしまったかのように、夢中でアンパンを食べる。

 

 なんだろう? まだ子供であるアルパカ彦くんには、上手くは言えないけれど……。

 それはとても“優しい味”というか、食べれば心が満たされていくような、ほっとする味。

 これを食べる人のことを思い、「おいしくなあれ、おいしくなあれ」と願いながら作ったかのような、作り手の心が籠ったアンパンだった。

 

 やがて、パンを食べてお腹がいっぱいになったアルパカ彦くんは、元気にお礼を言ってから、自分の家に帰って行った。

 そして、今日あった事と、あのお兄さんにしてもらった事を、お母さんや友達たちに話した。

 

 あとは、あの時もらったアンパンが、素晴らしく美味しくて、食べれば幸せな気持ちになる事。

 あのお兄さんが、すごく優しくてカッコ良くて、まるでヒーローのようだった事。

 その全てを、とても興奮気味に、語ったのだった。

 

 

 ちなみに、これと同じような事が、最近この地域でよく起こっている。

 誰かが泣いていたり、困っていたりすると、すぐに空からヒーローが飛んで来て、最後に美味しいアンパンをくれるのだという噂を、住民たちはよく耳にするようになった。

 

 あの人は空軍の服を着ていたから、きっとヴァレー基地の傭兵さんであろう事は、すぐに分かった。

 加えて、近頃ニュースや新聞などで、よくその人物のことが触れられていたので、皆その正体はすぐに分かった。

 

 あの傭兵さんだ――――

 いつもベカリから僕らを守ってくれてる、あのエースさんだ。

 

 どこかファニーな戦闘機で、僕らの為に戦ってくれるだけでなく、困っている人がいればすぐに駆けつけ、助けてくれるのだ。

 誰よりも強く、立派な人柄。そして柔らかな笑顔。

 

 今コムギィコ共和国では、そんな話題で持ち切りだ。

 僕らのヒーロー、真の英雄だとして、人々はアンパンマンの名を口にした。

 

 

 

 

 

 

 

AN-BREAD ZERO ―THE BAKERY WAR―

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハーイ! 調子はどう、ごはんパンマン?」

 

「あっ、お疲れっス塩パンマン先輩!

 パトロール帰りっスか?」

 

 もう夕飯時を向かえようかという、茜色に染まるヴァレー基地の格納庫。

 愛機のFー15と向かい合い、額の汗を拭いながらレンチを握っていた青年に、塩パンマンが微笑みかけた。

 

 彼女*1からポイッと投げ渡された缶コーヒーを、振り向き様に「おっとっと」とキャッチ。

 軽く礼を言った後、ありがたく口を付ける。

 

「そそ、軽く3時間ばかり飛んで来たわ。

 私この前、墜とされちゃったし……、新しい機体のローンも馬鹿にならないのよ。

 貧乏暇なしって感じ」

 

「そうですよね……、戦闘機って何千万ドルもしますし。

 いくら、ある程度は国に負担してもらえるとはいえ、乗り換えはお金かかりますよね」

 

「ま、命があっただけマシってものよ。私もメソパンもね。

 とつぜん現れた所属不明機に墜とされちゃったのは、正直ムカつくけど……。

 でもあんな状況から、生き残れたんだもの。文句なんて言ったらバチが当たるわ」

 

 お金はまた稼げばいい、命あっての物種よ。

 そう彼女(?)に言われると、なにやらこの缶コーヒーが、物凄く貴重なものに思えて来るから不思議だ。今度ランチでもご馳走させて頂こうと、ごはんパンマンは密かに心に決める。

 

「アンタの方はどう? いま“彼”と飛んでるんでしょう?

 人事の上とはいえ、いきなり大出世じゃない!

 それにアンタにとっては、憧れの人と組めたワケだし」

 

「あはは、そっスね! まぁなんとかやれてますよ♪

 Smileさんの足を引っ張ってやしないか~って、戦々恐々ですけど」

 

 あの日、塩パンマンとメソポタミアパンマンは撃墜され、なんとかベイルアウトには成功したものの、暫く入院をする羽目となってしまった。

 そして彼の相棒であったGerm(ばいきん)も、あの混沌とした戦場の中でMIA*2と判断され、姿を消してしまった。

 

 ゆえに、ごはんパンマンと彼がチームになったのは、必然とも言える人事。

 まだ年若い戦闘機乗りにとっては、願っても無い機会であり、これが決まった当初は、思わず飛び上がりたい位に喜んだものだった。

 まぁそのチャンスのキッカケが、ばいきんまんのMIAという、まごう事なき不幸な出来事であったのには、彼をしても閉口せざるを得なかったが。

 

 しかし、生来ポジティブな性格のごはんパンマンだからこそ、こんな悲しい状況下であっても「がんばろう」と、すぐに気持ちを切り替える事が出来たのだ。

 そういう意味では、この人事は正解だったと言える。

 新しいガルム2となったのが、ごはんパンマンであったからこそ、相棒を失ってしまった彼を支える事が出来たのかもしれない。

 

 まぁ……彼とチームを組んで、少しばかり経つのだが、未だに一(・)言(・)も(・)会(・)話(・)が(・)無(・)い(・)という問題に目を瞑れば、ではあるけれど。

 お喋り好きなごはんパンマンが、いくら無線で話しかけようとも、彼が返答をくれた試しは無い。これまで一度たりとも無かった。

 

 一応、面と向かって会っている時には、喋らないまでも薄(・)く(・)微(・)笑(・)ん(・)で(・)く(・)れ(・)る(・)。

 自身が作っている美味しいアンパンを、毎朝のようにくれたりもして、それが最近の楽しみになっている、ごはんパンマンなのである。

 

 まだ組んで間もないけれど、連携もしっかり取れていると思うし、空戦ではたくさん助けて貰っている。めちゃめちゃ頼りになる。(自分は僚機なので、本当はこっちが助けなきゃいけないんだけれど、それはともかくとして)

 

 あの苛烈な戦いぶりによって、周りからは“鬼神”なんて呼ばれ方をしているそうだが……、でも別に怖いとは思わない。優しい人だというのは、少し接してみれば、すぐに分かる事だ。

 有り体にいって、彼には「とても良くして貰っている」という印象がある。

 別に嫌われてるワケじゃ無い、というのは、ちゃんと理解しているのだ。

 

 Smile(アンパン)さんは極端に無口なだけ。きっと恥ずかしがり屋なんだ――――

 ポジティブなごはんパンマンは、そう捉える事にしていた。

 

「まぁホント言うと……飯に行ったりダベッたり出来る間柄になれたらな~って、思うんスけどね。

 まだまだ、後ろに付いて飛ぶだけで、精一杯って感じッス」

 

「うーん……、まぁ仕方ないトコあるんじゃない?

 平気そうにはしてても、彼は相(・)棒(・)を(・)失(・)っ(・)た(・)ば(・)か(・)り(・)。

 きっと思う所はあるでしょうし」

 

「ですです。僕なんかが気を使ったり、無遠慮に踏み込むのも、なんか違う気がしますし。

 今はただ、Smileさんの僚機として、しっかり飛ぶことのみっスよ」

 

「そうね。今はまだ、ズケズケ行くべきじゃ無いわ。時間をかけなさいな。

 それに男同士の会話なんて、どーせロクなもんじゃ無いでしょ?

 酒とか、女とか、風俗とか、しょーもない話ばかりだもの。

 せっかく“鬼神”の僚機になれたんだし、勉強させてもらえばいいわ♪」

 

 苦笑しながら、ポンと肩を叩かれる。

 けれどごはんパンマンは、まだどこか憂いを含んだ表情。

 

「はい……、Smileさんから見たら、僕はペーペーもいいトコだ。

 形だけは相棒(バディ)でも、“対等”じゃない。

 ガルム2になれたからって、調子こいてらんないっスよ。

 僕なんて、きっと彼の庇(・)護(・)対(・)象(・)で(・)し(・)か(・)な(・)い(・)。そんな気がしてるんです」

 

「……いやアンタ、そんなコトは……」

 

「いいんスよ先輩。分かってるんス。

 とてもじゃないけど、僕じゃ相談に乗ったり、支えたりとかは、出来ないから。

 いつかSmileさんと、そんな風になりたいけど……まだまだ先は遠いみたいだ。

 だから僕、早く強くなります――――

 頼りがいのあるヤツになってみせますよ! ぜったい!」

 

 

 

 先日、ベカリ北東部の海岸“アンファング”において、ベカリ残党部隊の掃討作戦が実行された。

 この日は、ベカリ暫定政府による降伏文書の調印式があり、戦(・)争(・)が(・)終(・)わ(・)る(・)日(・)であった。

 

 数か月にも及んだ、ベカリ戦争が終わる。

 世界中の人々が待ち望んだ瞬間が、ついに訪れたのだ。

 

 しかし、それに納得しないベカリ残党部隊は、陸海空すべての戦力をアンファングに集結。調印式の阻止を目論んだ。

 決して負けを受け入れず、終戦を拒む彼らは、強固に抵抗を続けた。

 

 連合軍は、現在の政局を踏まえ、その鎮圧のために傭兵部隊を派遣。

 極秘の単独任務として、アンパンマンらガルム隊に、ベカリ残党部隊の掃討を命じた。

 

 “鬼神”と称される彼の活躍もあり、作戦は無事に成功。残党部隊は壊滅する。

 調印式はつつがなく執り行われ、その様子はTVやラジオにより、世界に向けて放送された。

 ベカリ戦争の終結が、高らかに宣言されたのである。

 

 これは、七つの核が地上を焼いてから……ばいきんまんが彼の下を去ってから、半月がたった日の事だった。

 

 

 あれから多少人数の変動はあったものの、ヴァレー基地の傭兵達は、未だこの外国人部隊に所属し、空を飛び続けている。

 停戦条約が結ばれたとはいえ、未だ国境線の緊張状態は、予断を許さない状況。

 そして、ベカリ残党軍が見せた、あの大規模な終結の意図についての調査は、未だ続けられていた。

 この平和を確固たる物にする為、そして国防の要として、まだコムギィコの傭兵たちには、やるべき事が沢山ある。

 

 新生ガルム隊として、彼の僚機として配属されてから、もうごはんパンマンは、いくつものミッションを共にこなしている。

 先の終戦の日の作戦に加え、それが終わってからも、いま現在に至るまで。

 たとえ国境線の監視任務や、訓練のような物であっても、彼と共に飛べる喜びを噛みしめながら、懸命に操縦桿を握った。

 

 少しでも早く、彼の背中を守れるよう、頼りになる相棒になれるよう、ごはんパンマンは日々努力を積み重ねている。

 いつの日か、真の意味で彼の隣に並ぶこと。それが目標だ。

 

 

 しかし、ポジティブなごはんパンマンをしても、ときおり胸が締め付けられるような気持ちになる事があった。

 

 格納庫で一人、ただじっと愛機を見つめている、彼の姿を見た時……。

 何をするでもなく、静かに夜空を見上げている、彼の姿を見た時……。

 あの微かではあるけれど、柔らかな笑顔が、どこか寂しそうな笑みに思えた時……。

 

 ごはんパンマンは、得も知れぬ憐憫のような感情を抱くのだ。

 あんなにも凄く、誰よりも強い彼を「かわいそう」だなどと、自分などが言って良いはずがないのに。

 

 

 Germ(ばいきん)……いや相棒が居なくなってから、Smileさんは少し変わったと感じている。

 以前よりも精力的にパン作りに打ち込むようになり、それを基地の皆だったり、近隣の街の人々に配ったりしているようだった。

 

 近頃は、彼に関する噂も、よく聞くようになった。

 困った時にはピューっと飛んで来て、僕らを助けてくれるヒーローだとして、この国に住む者達の間で、有名になっているという。

 同じ傭兵として、彼の隣を預かる者として、とても誇らしい気持ちだ。

 

 何より、相も変わらずの無口ではあれど……自分達に笑(・)顔(・)を(・)見(・)せ(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)な(・)っ(・)た(・)。

 これは、以前なら有り得なかった事だ。この基地にいる誰もが、彼の笑った所など、これまで一度も見たことが無かったんだから。

 

 陽気でお気楽な自分が、彼と共にいる影響なのだろうと、ヴァレー基地の者達は解釈した。

 よくやった、とっつき安くなったよと、そう仲間達に感謝された事もある。

 しかし……それは決して自分の力などでは無い事を、ごはんパンマンだけは、知っていた。

 

 もし何か理由があるとしたら、それはあのGerm(ばいきん)さんに他ならない。

 彼が心を開き、お互いに分かり合い、誰よりも信頼していたのは、相棒であったあの人だ。

 ほかの誰でも無い。彼を変えることが出来るのは、きっとGerm(ばいきん)さんだけだ――――

 ごはんパンマンは、そう強く確信している。

 

 どうすれば、Germ(ばいきん)さんのように飛べるのか。どうやったら、あの人のようになれるのか……。

 思えば近頃は、そんな事ばかり考えている。

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 穏やかに日々は過ぎていった。

 あの戦争が終結し、早数か月の時が経とうとしていた。

 

 ――――。

 

 パタン、と小さな音を立てて、背後の扉が閉まる。

 夜の11時。今日の予定をすべて終えたアンパンマンが、兵舎にある自らの部屋に帰って来た。

 

 ――――。

 

 ベッドまで歩き、何気ない仕草で手荷物を置く。

 その後、窓の方へ向かい、カーテンを開け放つ。

 照明のスイッチが押されていない、暗い部屋。そこに柔らかな月明りが差し込んだ。

 

 ――――。

 

 暫しの間、窓の外を見つめる。

 遠くに見える山々、沢山の民家の灯り、そして頭上に輝く星々。冬の星座。

 その光景を、何をするでもなく眺める。

 映画を観る観客のように、世界になんら関与しない傍観者のように。

 さして、物を思うこともないまま。

 

 ――――ふぅ。

 

 やがて、小さくため息を漏らした後、アンパンマンは部屋の方へ向き直る。

 目に映るのは、簡素な机の上に乱雑に置かれている、表彰状やメダル。

 あと適当に床に積み上げられた、綺麗に包装されたまま開けた様子のない、贈り物の箱の数々。

 

 ベッドの上には、先ほど彼が置いた、大きな花束と紙袋がある。

 これは、今日コムギィコにある小学校を訪れた時に、子供達から贈られた物だった。

 彼への感謝が書かれた寄せ書きや、折り紙で一生懸命作ってくれたお手製の勲章、皆で撮影した集合写真などの、プレゼントが入っている。

 

 この部屋には、ほとんど私物が無く、家具も必要最低限の物だけ。

 だから目に映るのは、そんな誰かからのプレゼントや、これまでの功績を称える品々ばかり。

 

『ボク大きくなったら、アンパンマンみたいなヒーローになる!』

 

 今日、キラキラした瞳で興奮気味に告げられた、子供たちの言葉。

 それがふと、思い返される。

 

『おいしいパンをありがとう! まもってくれてありがとう!』

 

『アンパンマンはすごい! かっこいいよ!』

 

『どうやったら、アンパンマンみたいになれる? つよくなれるの?』

 

 感謝と憧憬。そんなたくさんの笑顔に囲まれた。

 あたたかい光景が、そこにあった。まるで昔に戻ったのように。

 

 けれど……それを思い返すアンパンマンの顔は、“無”だ。

 何の感情も浮かんでいない、無表情だった。

 

 ――――っ。

 

 自分でその事に気が付き、いけないと思ったのか。

 アンパンマンは壁にかけられた鏡の前に立ち、じっと自分の顔を見つめる。

 

 ――――……っ。……っ。

 

 ニコッ、ニコッと、微笑んでみる。

 意識して表情筋を動かし、笑顔を形作る。それを何度も繰り返す。

 これは、笑(・)顔(・)の(・)練(・)習(・)。

 ここ数か月の間、毎日おこなっている事だった。

 

 人と会う時のため。

 心配をかけぬよう。

 安心してもらえるように。

 

 この努力により、彼は以前の鉄仮面ではなく、笑うことが出来るようになった。

 その場の状況や、必要に応じて、表情を動かせる。自らの感情とは関係なしに。

 優しい顔で、ニッコリ微笑むことが出来る――――たくさん練習をしたから。

 

 今では、こうして色のない表情に戻るのは、一人の時だけになった。

 英雄として祭り上げられ、とても忙しくなってしまった今では、自分の部屋にいる時のみだ。

 いつも外では薄い笑みを浮かべており、誰が見ても良い印象を抱く、優しい顔で人々に接している。

 そうする事が、出来ていた。

 

 

 

『無くしてないぞ? 絶対にあるから。

 自らの魂を探せ――――』

 

 

 

 ピクン、とアンパンマンの表情が固まる。

 ここ半年ほどは、何度もこの言葉が、ふとした時に頭に浮かんで来るのだ。

 その度に彼は、こうして硬直してしまう。

 

 朝にパン作りをしている時も、そう。

 ある日、いつものように作業をおこなっている最中に、ふとばいきんまんの事が頭をよぎり、手を止めてしまった事があった。

 

 そう言えば、ばいきんまんの作るお酒は、すごくおいしかったな――――

 飲む人のことを想い、とても丁寧に作られてた気がする――――

 

 その事に気が付いた時……、とつぜん彼の作るパンが、劇的に変化した。

 ばいきんまんがやっていたように、“誰かを想って作る”。……たったそれだけの事で、とても美味しくなったのだ。

 

 今では基地の仲間達の他、近隣の住民たちへも配るようになり、みんなとても喜んでくれている。いつも美味しそうに食べてくれる。

 いま自分の周りには、たくさんの笑顔が咲くようになった。

 みんなに美味しいと言われ、心から喜んでもらえるパンを、作れるようになっていた。

 

 なんの工夫もしてなければ、作り方を変えたワケでもない。

 ば(・)い(・)き(・)ん(・)ま(・)ん(・)の(・)真(・)似(・)を(・)し(・)た(・)という、ただそれだけの事で。

 

 

 

 ――――。

 

 アンパンマンが鏡から離れ、冷蔵庫の方へ向かう。

 氷や炭酸水を取り出し、置いてあったウイスキーのボトルと一緒に、テーブルに運んだ。

 

 ――――……。

 

 暫くした後、月明りだけが差し込むこの部屋に、なにやら不満げに表情を歪める彼の姿があった。

 

 ――――ぜんぜん違う。似ても似つかない。

 

 たった今作ってみたお酒に対して、辛辣な評価を下す。

 以前飲んだ“あのハイボール”に比べたら、一緒にするのはおこがましいくらい、美味しくないと感じた。

 

 別にお酒なんて、飲む方では無かったし、作り方だって見様見真似だ。

 上手に作れないのは、仕方ない事かもしれない。

 

 またアレを飲んでみたい――――そう思い、たまに作ってみるのだが……。

 でもいくら記憶を探ろうとも、あの時作ってもらった味を再現することは、出来なかった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

「ああ……結局ひとりかぁ。

 まだまだ道は長いっスねぇ……」

 

 深夜。酔っ払い共の馬鹿笑いが響く、場末の酒場。

 ごはんパンマンは一人カウンターに座り、ちびちびとビールを飲んでいた。

 

「思い切って、飲みに連れてって下さいよ! と言ってはみたものの……。

 まさか封も切ってない給与袋を渡され、そのまま立ち去られるとは。

 どーすんスか、このお金……。ドンペリの風呂にでも入れってゆーんスか」

 

 未だ会話のない関係に、ついに業を煮やし、アンパンマンに声をかけてはみたのだが……、なんかただ純粋に「この子はお酒が飲みたいんだね」と解釈されたっぽい。

 自身の憧れであるガルム1は、金だけポンと渡してから、ニコニコと去っていったのだった。

 

 そして、今日に限って塩パンマンもメソポタミアパンマンも、なにか予定があったらしく、付き合って貰えなかった。

 いつもは彼女持ちである彼を、黙ってても飲みに連れまわすというのに。タイミングが悪かったのだ。

 

 こんな大金を渡されては、ひとりで使い切るなど出来ようハズも無い。

 なんてったって、彼はヴァレー基地のエース。この国の英雄たる人の給与なのだ。その額は傭兵であるごはんパンマンをしても、目玉が飛び出さんばかりの物だった。

 どんだけ稼いでるんですかSmile(アンパン)さん、マジぱねぇっス、って感じ。

 

「たしか、余った金を返すのって、失礼に当たるんだっけ……?

 任侠映画とかでは、こういうのってもう『とっとけ』って感じだし。

 いくらなんでも“粋”すぎますよ、Smileさん……」

 

「まぁこれは、今度先輩たちと飲む時にでも、有難く使わせて頂きますけれども。

 二人とも、いまお金ない時期だし。きっと喜んでくれるなー。

 でも僕が求めてるのは、貴方との絆的な……ですね?」

 

 ブツブツ呟きながら、ビールと共に柿ピーを頬張る。

 お金はタンマリあるのだし、もっと良い物を頼めば良さそうなものだが、なんか得も知れぬ感情があり、いつものスタイルを貫く事にした。

 ヒーローを志しはすれど、意外と小市民なごはんパンマンなのだった。

 

「――――よぉ人(・)殺(・)し(・)! アンタ傭兵なんだろ!?」

 

 突然この場に響いた声。こちらに投げ掛けられた言葉。

 ごはんパンマンは、一瞬それを理解出来なかった。あまりにも唐突だったから。

 

「なぁ、何(・)人(・)殺(・)し(・)た(・)ん(・)だ(・)? 教えてくれよ兄ちゃん。

 敵ぶっ殺して稼いだ金で、酒かっくらってよぉ! いい身分だなぁオイ!」

 

 固まった身体を、無理やり動かす。

 振り向けば、そこに泥酔した様子の中年達が、こちらを見て馬鹿笑いをしている姿。

 

「言えよ、何人だ? 何人殺したよ?」

 

「人殺しも、こんなトコ来るんだなぁ! 普通のヤツみてぇによぉ!」

 

「狂ってやがるぜ、好き好んで人を殺すなんざ。

 俺たちには理解できねぇもんでよぉ、教えてくれや坊主。どんな気分なんだ?」

 

 ニヤニヤと笑いながら、距離を詰めて来る。

 椅子に座っているごはんパンマンを、三人の男が取り囲む。酒くさい息を撒き散らして。

 これまでも、稀にこういう事はあった。

 普通に暮らし、世界情勢や戦場のことなど知りもしない人々が、兵士である彼を好き勝手に罵るのだ。

 人殺し。お前は俺たちとは違う。この野蛮人めと。

 

 中には、この戦争によって被害を受けた者が、その悲しみと憎悪をぶつけて来る事もあった。

 傭兵とはいえ、この国のために戦ったはずの、彼らに対してだ。

 戦争という物を憎み、ぜんぶ一緒くたにして、さも自分は平和主義者だとばかりに。

 その胸にある勘違いの“正義”を、高らかに掲げて。

 

「ッ!!」

 

 視界が真っ赤に染まる。

 思考が怒りで埋めつくされ、言葉すら出なくなる。

 だがごはんパンマンは、ただ膝元で拳を握りしめるのみ。

 

 この者達に、言い返すことは出来る。理不尽に抵抗することは簡単だ。

 ただ怒鳴り散らし、この酔っ払い共を叩きのめせば良い。戦闘機のパイロットというのは、選ばれた兵士だ。その肉体の屈強さは、他とは比べ物にならない。

 

 しかし、思う――――それをしてい(・)っ(・)た(・)い(・)何(・)に(・)な(・)る(・)?

 この酔っ払い共……何も知らないような者達に対して、自分達の信念を叩きつける事に、何の意味があろう?

 

 分かりはしないし、理解されようとも思わない。相手は哀れなほどに、程度の低い連中なのだ。

 彼らを殴れば、ただ自分の気が済む、というだけ。

 ただ怒りを発散する為に、この力を使っても良いのか? 平和の為にと鍛えてきたハズの力を、こんなにも下らない事のために使うのか?

 それを、兵士である自分は、許せるのか。

 この誇りを、自ら汚してしまうような事、出来ようハズもない。

 

 

 

 やがて、物言わぬごはんパンマンに業を煮やしたか、それとも無視をされたと感じたのか。

 男達は無理やり彼を立たせ、表の路地裏へと連れ出した。

 

 三人で取り囲み、無抵抗の彼を殴る。

 笑いながら、罵りながら、機嫌良さそうに嬲る。

 それは、丈夫な彼がピクリとも動けなくなるまで、延々と続いた。

 

「おい、こいつヴァレー基地の傭兵だろ? 飛行機乗りだぜ」

 

「なら腕をへし折ってやろうぜ。

 二度と飛行機なんて乗れなくしてやる」

 

「そりゃいい! もう人殺しも出来なくなる!

 世界が平和になるってもんだ!」

 

「おうよ、こいつは今まで、散々殺してきたんだ。

 罪を贖(あがな)わせてやる」

 

 一人が馬乗りになり、うつ伏せに組み伏せた彼の腕を、まっすぐに伸ばさせる。

 そして、その肘のあたりを目掛け、もう一人が足を振り下ろそうとした、その時……。

 

「――――ぐっべ!?!?」

 

 吹き飛ぶ。

 片足を上げたまま、顔面を殴打された男の身体が、路地裏の壁に激突した。

 とても大きく、重い衝撃音が、路地裏に響く。

 

「お……おい何だアンタら!? 一体どういうつもりだ!!」

 

「関係ねぇだろ! すっこんでろッ! ぶちのめされてぇか!!」

 

 オロオロと戸惑いながらも、威勢の良い怒声を放つ。

 いま、突然この場に現れた、二人の人物へ向けて。

 ごはんパンマンは、何十分も殴打され続けて朦朧とする意識の中、懸命に頭を持ち上げて、その姿を見た。

 

「いや、無関係じゃねぇのさ。

 そいつは身内でよ、イジメてもらっちゃー困るんだわ。

 なぁ……Smile(アンパン)よ」

 

 おでんパンマンと、アンパンマン――――

 いま二人が、その瞳に怒りを宿しながら、男達の方へゆっくり歩いていった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「なんでも、金だけ渡したって言うじゃねーか。

 何してんだ馬鹿、付き合ってやれよって、無理やりコイツを引っ張って来てみりゃー、この有様だ」

 

 やがて、お(・)い(・)た(・)の仕置きを受けた男達が、情けない声を上げながら逃げ去って行った後……。

 おでんパンマンが、ごはんパンマンに軽く手当てを施しながら、やれやれとため息をついた。

 

「災難だったなぁRiajyu(ごはん)。見た所、手は出さなかったんだろ?

 そうでなきゃ、連中が無事でいた事に、説明が付かねぇ。

 あんな酔っ払い共、お前さんなら片手で捻れるってのに……」

 

 まったく、真面目というか、堅物というか……。

 そう呟き、その場から立ち上がる。

 

「兵士の力は、民を守るためにある、ってか?

 分からん事もねぇし、ご立派な考えだとは思うが、次からはもっと上手くやれ。

 それで飛べなくなっちゃ、本末転倒だ」

 

 よぉ、帰るわSmile(アンパン)。あとはお前さんがやんな。

 そうポンと彼の肩を叩き、おでんパンマンが背を向けて去って行く。

 荒くれだが、面倒見がよく、人情に厚い戦闘機乗り――――

 ごはんパンマンは悔し気に目を伏せながらも、そんな彼に感謝する。

 

 

 そして、この薄暗い路地裏は、二人だけになる。

 未だ壁に背を預けて座り込む、腫れ上がった顔のごはんパンマンと、無言でそれを見つめているアンパンマン。

 暫しの間、静寂の時間が流れる。どこかの店から洩れているカラオケの音や、遠くから聞こえる犬の鳴き声だけが、静かに響いていた。

 

「手間をかけさせちゃって、すいません……。

 次からは、こんな事ないようにします」

 

 彼からの視線に耐えかねたのか、ごはんパンマンがグッと歯を食いしばり、俯く。

 

「情けないっス。自分の未熟さを思い知りました。

 戦闘機乗りって言ったって……こんな事すら自分で収めることも出来ない。

 ヒヨッコって言われても、仕方ないっス」

 

「カッコ悪いとこ、見られちゃいましたね。お恥ずかしい限りっス。

 やっぱSmile(アンパン)さんみたいには、いかないや……。

 まだまだ理想には遠いっスね」

 

 そんな事は無いと、言いたかった。

 君は立派だ、カッコ悪くなんて無い――――アンパンマンには今の彼が、とても尊く見える。

 しかし、なぜぼくの口は動かない?

 なぜ石のように固まったまま、言葉を紡ぐことが出来ないのか。言ってやれないのか。

 そのもどかしさが、胸を焦がす。

 

「人(・)殺(・)し(・)と言われた時、目の前が真っ赤になりました。

 何も考えられなくなって、衝動的にアイツらを殴りそうになった。

 あの時、僕に出来るのは、それを必死で抑え込むことだけでした」

 

「言葉が出なかった。アイツらに言い返す言葉が、思い浮かばなかった……。

 だって、守るだのなんだの言ったって、所詮僕がやってる事は、“殺し”なんだから」

 

「どんな理由があれ、それを否定する事は、しちゃいけない。

 自分が奪ってきた命を、“仕方ない”なんて……。

 そう簡単に考え、軽く扱ってしまっては、いけないような気がする」

 

「理屈で言えば、帳尻は合ってるのかもしれない。

 僕も敵も、等しく命という物を賭けて、戦ったんだ。

 その結果として僕が勝ち、これまで生き残ってきたのなら……。

 それは誰に恥じる事もなく、悔やむ事でもありません」

 

「でも……忘れちゃいけない、と思う。

 命を奪ったっていう、その事だけは、ちゃんと背負わなきゃいけないと思う。

 もしそれを忘れてしまうなら……、僕は兵士じゃなく、畜生に落ちます」

 

「だから、僕(・)は(・)人(・)殺(・)し(・)だ(・)。

 そして誇りを以って空を飛ぶ、コムギィコの戦闘機乗り( エース )だ――――

 どちらかじゃなく、その両方なんだって、思うんです」

 

 立ち上がり、ニコッと微笑む。

 顔は大きく腫れ上がり、血だって滲んでいる。だがそれでも「自分は大丈夫だ」と示すように、笑ってみせた。

 

「あの時は、ただ何も考えずに、反論しちゃいましたが……。

 今なら僕、Germ(ばいきん)さんの言っていた事、分かる気がするんです。

 僕みたいな、考え無しの若造に腹を立てるのも、当然ですよ」

 

 これが戦争だ――――理想で空を飛ぶな。

 そう一喝していた彼の姿が、頭に浮かぶ。

 

「口は悪いし、言い方もキツかったけど、あの人は誠(・)実(・)だ(・)っ(・)た(・)。

 ちゃんと受け止めて、でも苦しくて、なんとかしたくて……。

 きっと、そんな葛藤があったんじゃないでしょうか?」

 

「同じガルム2って言ったって……、まだまだ背中は遠いや。

 いつも考えるんです。この状況なら、Germさんはどう飛ぶかなーって。

 どうやったら、あの人みたいにやれるのかなーって、手本にさせて貰ってます。

 まぁ……お人柄に関しては、僕とぜんぜん違いますし、手本に出来ませんけれど」

 

 パンパンお尻を叩き、こちらに向き直る。空元気だとしても、しっかり前を向く。

 アンパンマンは、その姿を「眩しい」と感じた。

 とても真っすぐで、いい子だ。未熟さはあれど、もう立派な飛行機乗りだと思う。

 

 だが……それを伝える事が出来ない。口を開くことが出来ない。

 空っぽの、何もない心じゃ、こんなにも眩しい存在に対して、かける言葉など。

 あまりにも――――自分とは違いすぎて。

 

 

「僕、強くなりますよ!

 まだまだ操縦も下手だし、頼りないヤツだとは思うんスけど……。

 でもメチャメチャ頑張って、強くなってみせますから!」

 

「誰にも負けないくらい。迷わずに済むくらい。

 そんで、みんなを守れるくらい――――ア(・)ン(・)パ(・)ン(・)マ(・)ン(・)さ(・)ん(・)み(・)た(・)い(・)に(・)!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その一言が、胸に突き刺さった。

 

 ドンという衝撃と共に、巨大な砲弾が自分を木っ端みじんに粉砕するような感覚。

 目の前が真っ暗になるのを、感じた。

 

 

 違う、違う、違う。

 

 ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう、ちがう。

 

 

 虚ろな意識、自分が自分でなくなるような感覚の中で、その言葉だけが頭を駆け巡る。

 

 そうじゃない。

 ぼくは、君が思うようなモノでは無いんだ。

 違うんだよ……。

 

 

 この子の眩しさが、アンパンマンを照らす。

 何もない空虚さを、伽藍洞の心を、ツマラナイ存在を。

 今、まざまざと、はっきり照らし出す――――

 

 

 助けて。

 助けて。

 助けて。

 

 叫ぶ。アンパンマンの心が悲鳴を上げる。

 真っ暗闇の恐怖が、彼を包む。

 

 打ちのめされ、心の器が壊れる。

 どこまでも続くような、深い穴の中に、落ちていく。

 

 

 

 どうすればいい? どうすればぼくは、まっすぐ立てる?

 

 パンを焼いた。人々に尽くした。ありがとうと言われ、たくさんの笑顔に囲まれた。

 「探せ」と君が言ってくれたから、頑張ってみた。

 君と同じように、ぼくも頑張ろうと思った。

 

 でも違う……これはニ(・)セ(・)モ(・)ノ(・)のぼくだ。

 ただ外側を装ってるだけ。何も変わってはいない。

 

 ライバル、ともだち、魂の片割れ、相棒……。

 どうすれば、君の隣に立てる? 君に褒めて貰える?

 

 君(・)に(・)見(・)合(・)う(・)、ぼくになれるの?

 

 

 

 寒い……、寒いよばいきんまん。

 凍えるくらい寒くて、もう動けない。

 

 

 どうして? 何もないのに。

 

 からっぽのハズなのに、痛くてたまらないんだ――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「ベカリ軍の上級将校らによる、クーデターが発生したようだ」

 

 その日、ガルム隊を含むヴァレー基地の傭兵達は、作戦会議室に集められていた。

 

「彼らは“国境無き世界”を名乗る組織を立ち上げ、既に先日、メールンを爆撃した。

 ここは知っての通り、かのベカリ戦争で停戦条約が凍結された都市だ」

 

 この基地の指令である“カロリーメイトパンマン”による説明を受ける一同。

 関係ないが、せっかく考えられた栄養バランスが、パンに挟むことによって、崩れてやしないか? 大丈夫なのか?

 そうツッコミたい気持ちはあれど、誰も問う者はいなかった。こんな真面目な雰囲気の中では、仕方ないのかもしれない。

 

「この爆撃には、コードネーム“XBーO”と呼ばれる巨大ガンシップが使用された。

 ヤツらはこんな物まで持ち出し、今後も大規模な反乱をおこなっていくであろう事は、想像に難くないだろう。

 諸君らには、この“XBーO”の追撃作戦を……」

 

 あの戦争から、はや半年あまりが過ぎたが、ここに来てクーデターの発生。

 消えたと思っていた争いの炎が、また再燃しようとしている。

 

 またやっかいな、と呆れた顔をする者もいれば、塩パンマンのように「お仕事ねー!」と張り切る者もいる。

 どこか退屈だった日々との別れに、感慨深そうな顔をする傭兵もいれば、ごはんパンマンのように「平和が壊される」という危機感を持ち、表情を硬くする若者もいた。

 

 だがアンパンマンの心情は、窺えない。彼は静かに目を閉じ、黙って説明を聞くのみ。

 動揺も、憤りも、高揚も、何も無い。

 いつものように、言われた事をやる、やるべき事を成す、という姿勢に見えた。

 

 ただ、早く何かに打ち込んで、何も考えずにいられたら。

 何かしたい、止まっていたくない、退屈な時間がつらい。

 ……そんな彼の心境は、誰にも見て取ることは、出来なかった。

 

 だが、その時。

 

「ん? 待て……! 管制塔より緊急入電だッ!」

 

 弛緩していたこの場の空気が、一気に張り詰める。

 指令の緊迫感に満ちた声によって。

 

 

「――――所属不明機が、当基地に接近中!

 全機、直ちにスクランブルだ! 格納庫へ走れッ!!」

 

 

 

 

 唐突に、彼の苦しみは終わる。

 

 空虚な時は終わりを告げ、有無を言わさず、争いがやってきた――――

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 窓を突き破り、そのまま飛ぶ。

 一刻も早くと時を惜しみ、格納庫へ。アンパンマン号・Raptorのもとへ。

 

 サイレンが鼓膜を震わせる。

 周囲には、いくつもの爆撃音が響き、敷地内のあらゆる施設が崩れていくのが見える。

 炎と、轟音と、血――――

 瓦礫に潰され、爆発で吹き飛び、死んでいく人達。

 さっきまで元気で、今日も朗らかに挨拶をしてくれた同僚達が、変わり果てた姿で地に伏している。永遠に失われた。

 

 風を切り、マントをなびかせて飛ぶ。

 矢のように空を駆け、瞬く間に辿り着く。

 滑空したまま格納庫へ飛び込み、瞬時にキャノピーの開閉ボタンを押し、愛機へ乗り込む。

 ベルトや、酸素マスク、固定具。そんなゴチャゴチャした物が、今は煩わしいくて仕方なかった。

 

『警告! 周囲に強力なECMを確認! 総員、第一種警戒態勢!』

 

『当基地に接近する巨(・)大(・)な(・)機(・)影(・)を目視!

 急げ! 総員配置に付け!!』

 

 いくつものスイッチを入れ、エンジンを点火。

 ゆっくりと機体が動き出す振動を身体に感じながら、フットペダルとスティックを操り、格納庫の外へ出る。

 戦闘機はマッハを超える速度で空を飛ぶが、陸で動かすこの瞬間だけは、緩慢だ。

 もどかしさや、焦燥感に耐えながら、滑走路を進み、離陸の為に既定のポジションへ。

 その間も、引っ切り無しに無線は鳴り続け、被害の報告が飛び交っていた。

 

『管制塔! こちらガルム2っス! いま状況はどうなってるんスか!?』

 

『不明機……いや巨(・)大(・)な(・)ガ(・)ン(・)シ(・)ッ(・)プ(・)が、基地上空に侵入!

 来るぞ! 非戦闘員は退避だ! すぐ退避し……」

 

 次の瞬間、とてつもない轟音が、連続して空気を震わせた。

 いま遥か上空を飛ぶ、まるで山のように大きな航空機から、数え切れぬほどの爆弾が投下され、次々に基地を破壊していく。

 

 その巨大な機影は、ヴァレー基地を容易く日の光から覆い隠し、まるで夜のように暗くする。

 空気どころか、大地をも揺らす凄まじいエンジン音で、悠然と上空を飛び、腹から破壊の種を撒き散らした。

 

『あれは……メールンをやった“XBーO”だ!

 クソッタレがッ! 先手を打って来やがったか……!』

 

『司令部へ! こちらガルム2!

 第二、第三滑走路に直撃弾! これじゃあ離陸できないッ!!』

 

 恐慌状態に陥るヴァレー基地の者達。

 誰もがヒステリックに声を荒げ、叫び、助けを求める。

 その間も、巨大なガンシップとその編隊による攻撃は続く。

 突然の理不尽に晒され、瞬く間に、あまりにも簡単に死んでいく者達。優しかった人達。

 

 その光景を、アンパンマンは操縦席でひとり、何も出来ずに見守るほか無かった。

 ただ握り潰さんばかりの力で、操縦桿に手を添えている事しか出来ない。

 

 ――――この光景は何だ? どうして基地が燃えている? 何故?

 

 現実感が伴わない光景の中、ただ時だけが過ぎていく。

 煩いくらいに聞こえている、けたたましいサイレンの音が、これが決して夢現(ゆめうつつ)ではない事を、ハッキリと彼に突き付ける。

 

『Smile(アンパン)、聞こえるか!? 第一滑走路へ機体を移動させろ!

 いま作業員たちが、総出で瓦礫の除去をおこなっている!』

 

『ガルム隊だけで構わん! 彼らを空に上げるんだ!

 消火も救助も後だ! 作業を急げッ!!』

 

『頼んだぞガルム隊! XBーOを墜とせッ!!

 お前たちに全てを託すッ!!』

 

 やれ。お前がやらねばならぬのだ――――

 ふと、いつか聞いた言葉が、思い起こされた。

 強く信じ、全てを託してくれた、大切な友達の言葉だ。

 

 その瞬間、アンパンマンがパッと目を開く。朧げだった視界が戻り、己の内へと埋没していた意識が、一気に開かれる。

 前を見、空を睨むことが出来る。飛べるようになる。

 

 

『――――オールグリーン! ガルム隊、発進せよ!』

 

 

 管制塔からの声。それと同時にアンパンマン号・Raptorが走り出す。

 ジェットエンジンにより瞬く間に加速し、曲線を描いて空へ。

 

 いまアンパンマンが、まっすぐ前だけを見つめ、飛び立って行った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『おいSmile(アンパン)、そいつは俺が整備した機体だ。

 見た目はファニーだし、なんか謎技術が満載の戦闘機だが……、そいつをイジくってる時が、俺の一番の幸せなんだ。

 だから……また整備させろ。無事に戻って来いよ』

 

 聞き慣れた声。いつも整備や補給を手伝ってくれている、同僚の男からの無線だった。

 染み入るようにその声を聞き、ふとコックピットの上部に視線をやると……恐らく彼が勝手に取り付けたのであろう、ある“飾り”が目に入った。

 

 これは、前にアンパンマンが小学校の子達に貰った、お手製の勲章。

 カラフルな折り紙で作られたそれは、とても愛らしく、このアンパンマン号にピッタリに思えた。

 たとえ苦しい状況にあっても、これを見ればさぞ心が熱くなり、戦う勇気が湧くことだろう。子供らの声援があれば、きっと生きて帰ることが出来る。

 そんな、あの整備兵の心遣いだったのだろう。

 

 しかし……先ほど飛び交っていた無線の中に、確かに聞いた。

 あのガンシップ部隊の爆撃により、いま基地周辺の街が、炎(・)の(・)海(・)と(・)化(・)し(・)て(・)い(・)る(・)、という情報を。

 これを作ってくれた子供達の上に、爆弾が降り注いだのだ。

 争いや思想とは、何の関係もないハズの人々が、戦争の悪意に晒され、標的となった。

 

 今は、考えない。

 操縦桿を握ることのみに集中し、全てを振り切るように飛ぶ。

 

 殺人的なGによって、身体がシートに押し付けられる。

 首を動かす事も、声を出す事も出来ないほどの圧力。

 目玉が奥にめり込み、眼球が歪むのを感じる。視界が白くかすみ、ハッキリしなくなる。

 それでも、スロットルを緩めない。

 一刻も早く、敵部隊に追いつくこと。それだけを思った。

 

『Smile(アンパン)さん……、ここ核の爆心地だ。

 生体反応は……無いみたいです』

 

 暫く飛んでいる内、二機はベカリの国境を越え、あの七つの核が放たれたという土地の上空へ差し掛かる。

 眼下には、何も無い荒野。ただ白い雪に覆われた土地だけが広がる。

 

 あの日の出来事が、フラッシュバックする。

 光、原子雲、そして別れの光景が、脳裏をよぎる。

 だが、それに浸っている場合ではない。即座に意識を切り替え、眼前の空を睨む。

 戦いに備えて、集中力を高めていく。

 

『警告! レーダーに所属不明機を捕捉!

 前方約30マイル*3、ヤツらだ!

 ガルム隊、作戦行動に移れ!』

 

『了解、やるしかないっスねSmile(アンパン)さん! かましてやりましょうっ!』

 

 二機が連れ立って飛ぶ。

 いつもの如く、無線からは何の返答も無いが、それでもごはんパンマンの胸は高鳴っていた。

 彼と並んで飛べるこの瞬間を、宝物のように感じながら、決して遅れぬようスロットルレバーを握る。

 

 また彼の戦いが見られる。共に戦うことが出来る――――

 こんな状況下であっても、その耐え難い喜びが、止めどなく溢れ出す。

 約半年ぶりとなる、実戦。訓練や国境線の警備ではなく、命の取り合いが始まろうとしている。

 自らの誇りをかけて行う空戦。戦闘機乗り( エース )の居場所たる空。

 そこに身を置ける喜びを、久方ぶりに思い出しながら、眼前の敵部隊へ突貫していった。

 

 

 

『エスパーダ1より、エスパーダ2へ。

 これより迎撃に向かう。“鬼神”を阻止するぞ』

 

『エスパーダ2、了解。

 行きましょう、貴方に続くわ』

 

 巨大な山脈が、そのまま空に浮かんでいるかのようなガンシップ“XBーO”。

 ようやくそれに追いつき、攻撃を行うべく接近を試みた時……その背後から敵戦闘機が姿を現した。

 

 敵部隊の進行方向とは真逆。

 真っすぐこちら側へ向かってくるのは、ドラケン*4とラファールMの二機だ。*5

 

 迷いなくこちらへ向かってくる姿は、親鳥を守るという不退転の意思の表れ。

 機体越しにでも感じるその闘志に、一瞬ごはんパンマンは呑まれ、身を硬くする。

 しかし、すぐにあの二機が、先ほど基地をやった機体だと気付くと、恐れを怒りで掻き消すように機体を操り、向かってくる敵機とヘッドオンをする態勢を取った。

 

『アイツらだ……! よくも僕達の仲間を! 絶対に許さないッ!!』

 

 ロクに敵を見ることもせず、ただその怒りのみで、立ち向かおうとする。

 それは実に勇敢で、若い彼らしい姿勢ではあるが……、怒りに赤く染まった瞳では、状況を見渡すことは出来ない。

 気持ちだけでは、事を成すことは出来ないのだ。

 

 ――――ガルム2,旋回して側面からだ。ぼ(・)く(・)を(・)援(・)護(・)し(・)て(・)く(・)れ(・)る(・)?

 

『……っ!?!?』

 

 唐突に聞こえた、アンパンマンの声。

 これまで決して口を開かなかった彼の、初めての指示――――

 その衝撃は、いったい如何ばかりか。

 ごはんパンマンが感じた驚きは、どれ程の物だっただろう。

 

『りょ……りりり了解ッ!

 バッチリ援護しますよ! 任せといて下さいSmile(アンパン)ッ!!』

 

 思わず、呼び捨てにしてしまった。

 僚機として、相棒として認められた! 僕を頼ってくれた!

 あの彼から“ぼくを助けて”だなんて……こんな口(・)説(・)き(・)文(・)句(・)みた事ねぇ!!!!(迫真)

 

 ごはんパンマンの胸に、火山の噴火のような喜びが込み上げる。高揚感で顔が真っ赤に染まる。

 あ……あわわわ! あわわわわ! ともう内心はお祭り騒ぎだ。

 出来る事なら、今すぐ「ひゃっほーい!」とベイルアウトレバーを引き、空に飛び出したい位の気持ち。

 でもそれをしたら戦えないので、ぐっと我慢して操縦桿を横に倒す。

 先ほどまでの進路を捨て、機体を90度傾けて急旋回をおこなった。

 

『こちらAWACS。残念ながら、基地および周辺都市の被害は、甚大だ。

 ここでやらなければネクストは無いぞ。また更なる被害が出ることだろう……』

 

『ガルム隊! 敵護衛機を全て墜とし、XBーOを破壊せよッ!

 このガンシップは、ヤツらの力の象徴たる物だ。

 “国境無き世界”とやらを黙らせるには、それしか無い!』

 

 ――――了解(ラジャー)。

 

 

 

 冷たく、短い……だが決意を感じる声。

 その応答と共に、ガルム隊は交戦を開始。

 アンパンマン号・Raptorの胴体から、ミサイルが放たれていった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 その戦いぶりに、我を忘れて見入る。

 もちろん、彼が強いのは知っていた。この国で最高の戦闘機乗りだという事も。

 

 けれど……、これは完全に想像の遥か上。

 自分が持っていた印象は、まったく的外れな過小評価。

 その凄まじい戦いぶりは、これまで想像していた物とは比べ物にならない程、苛烈な物だった。

 

『よぉエスパーダ隊、さっさとコムギィコの小(・)蠅(・)を落としちまえ。

 鬼神だか何だか知らないが、たった二機で何が出来る? 目障りな蠅でしかない』

 

 最初は、そんな親鳥(XBーO)からの通信が、こちらへも聞こえていた。

 その声に鼓舞されるように、エスパーダ隊の二機も、果敢に向かって来たと思う。

 

 しかし、たった一度のコンタクト――――

 真正面から交差し、すり抜け様に放ったRaptorのミサイルが、エスパーダ2を爆散させた時……、この空域にいる誰もが凍り付き、言葉を無くしたのが分かった。

 

 数の有利、楽観した空気、XBーOというガンシップの力。

 そんな有りもしなかった“優勢”は一瞬で吹き飛び、誰もが息を呑みながら刮目。この空域を飛ぶたった一機の戦闘機に釘付けになった。

 

『エスパーダ2,状況を報告しろ! エスパーダ2!!』

 

 そんな悲鳴のような声。僚機が墜とされたという事実を受け入れられず、ただひたすらに叫ぶエスパーダ1。

 それを他所に、アンパンマン号・RaptorがスプリットSによる方向転換を悠々と終え、即座に残りの片割れに迫った。

 

『……ッ! な、何なんだお前はッ! いったいどういう……』

 

 困惑しながらも、即座に反応出来たのは、一流の戦闘機乗りたる証か。

 エスパーダ1のドラケンは、すぐに回避行動を取り、かの者から放たれたミサイルを躱して見せた。

 

 親鳥を守る。ここで“鬼神”を阻止する。

 そんな、先ほどまで抱いていた決意など、とうに吹き飛んでいる。

 エスパーダ1は、ただ迫りくる攻撃を回避するだけで精一杯。剥き出しの生存本能のみが、この男を支配していた。

 

『……ひっ!?』

 

 そんな短い、言葉にならない声が、彼の最後の通信となる。

 一瞬、視界の端に捉えたRaptor。クリーム色のふざけた機影が見えたと思った、次の瞬間に、エスパーダ1の機体は粉砕。

 悪魔のような理不尽さで降り注ぐ、RaptorのM61A2(機関砲)により、一瞬でバラバラにされる。

 その残骸は火を噴いて、あたかも先ほど話に出た“小蠅”のごとく、地上へ墜ちて行った。

 

 

 一瞬だった。

 物を思ったり、考えたりする暇すらなく、敵のエース達が撃破される。

 先ほど「援護して」と言われたが、果たしてそれを自分は成したのだろうか? 何かしただろうか? ごはんパンマンは、そんな事をぼんやりと考え、放心するしかなかった。

 

『おい、やられたのか!? エスパーダ隊が2機とも!?!?

 冗談はよせよ! すぐ確認しなおせ!』

 

 敵側の通信。それはとても無意味で、どこか寒々しく聞こえた。

 たった今、自分はエスパーダ隊が簡(・)単(・)に(・)落(・)と(・)さ(・)れ(・)た(・)のを見たのだし、そんな確認作業をしている余裕が、果たしてアイツらにあるのだろうか? と思う。

 

 憎き相手とは言え、混乱している敵の様子を見て、ただただ哀れに感じる。

 さっさと逃げろ。なりふり構わず。……そんなアドバイスでも贈ってやりたい気分だ。

 

『待てガルム1,その航空機は友軍だ! サピン軍機だ!

 交戦を止めよ、いま彼らとコンタクトを取る!』

 

『こちらコムギィコ空軍、第六航空師団。

 サピン機に告ぐ、直ちに攻撃を中止せよ。こちらコムギィコ空軍だ』

 

 先ほどのエスパーダ隊、そして今XBーOを護衛している戦闘機の群れは、全て友軍の物だと判明。

 同じ連合軍として、ベカリ公国を相手に戦ってきた、サピン空軍所属の者達だった。

 それが今、躊躇なくこちらを攻撃をし、行く手を阻もうとしているという有り得ない状況。

 

『駄目か……止むを得んな。

 ガルム隊へ、サピン軍機との交戦を許可する! 必ず生き残れ!』

 

 苦虫を噛み潰すような、AWACSからの声。

 交戦を中止し、AWACSが通信を投げている間も、彼らは構う事無くこちらに攻撃をおこなっていた。

 警告への応答すらなく、取り付く島もない。

 即座にAWACSは、ガルム隊の生存と、XBーOの破壊を優先。交戦許可を出す。

 状況は不透明で、何一つ分からない。だが目の前の戦いに打ち勝つことを選んだ。

 

『了解ですっ! じゃあ遠慮なく!

 さっきの二機ならともかく、こんなヘタッピ達に負けるものか!

 鎧袖一触……でよかったっけ? とにかくそんな感じっスよ!』

 

 許可が出た途端、これまでのフラストレーションを一気に開放するように、ごはんパンマンは猛然と敵機に襲い掛かる。

 攻撃は当たったり外したりしたが、確かに彼もガルム2として奮闘し、この空戦に貢献していった。

 

 けれど、それはかの“鬼神”に比べたら、端数と言えるほどの戦果でしか無い。

 ごはんパンマンが「こなくそ!」と一機を追い回している間に、彼は次々に敵機を撃墜。

 まるで一定のリズムでドラでも叩いているかのように、この空に爆発音を響かせていた。

 

 無駄なく、効率よく、外さず、素早く――――

 そんな人と人との戦いにおいては、余裕があれば心がける程度の物でしか無い、理想。

 だがもし仮に、それが全(・)て(・)叶(・)う(・)としたら……できる腕があるとしたら。

 今まさにごはんパンマンが目にしている光景が、現実の物として実現するだろう。

 

 あれ? こんな簡単だっけ?

 ミサイルとか機関砲って、こ(・)ん(・)な(・)簡(・)単(・)に(・)当(・)た(・)る(・)モ(・)ン(・)だ(・)っ(・)け(・)?

 

 絶えることなく続くスプラッシュ(撃墜)。際限なく増えていくスコア。

 その空戦をポカンと見つめている内、ごはんパンマンの胸に疑問が湧く。

 おかしいな、こんなだっけ? 戦闘機って、こんなこと出来たっけ? 

 

 これほど正確に、早く、苛烈に、動けるものなのか!?

 これが戦闘機乗り( エース )の戦い? ……じゃ、じゃあ僕は何だ?!?!

 

 ごはんパンマンは、なんかお目目がグルグルしてきた。

 彼の操縦が、動きの理屈が、まったく理解出来ないのだ。いわゆる“ヤムチャ状態”というヤツだった。

 強ぇ! 上手ぇ! 速ぇ!

 そういうのは分かるのだけれど、……でもそれはなぜ凄いのかというのは、まったくと言って良いほど分からない。

 まるで大道芸や手品を見ているような感覚。「すごいな~、不思議だな~」ってなモンであった。

 

 

 

『気化爆弾、投下! 命中だ!』

 

 やがて、もう呆けながら操縦桿をグイグイ動かしていた~というRiajyu(ごはん)の意識を、気合の入ったAWACSからの通信が呼び戻す。

 十機以上もいた護衛機を瞬く間に墜とし、ついにXBーOを捉えたアンパンマン号・Raptorが、攻撃を開始したのだ。

 下から降る雨のような対空砲火。それを潜って真上を取ったRaptorが、腹に格納していた気化爆弾を投下。

 XBーOの背で大爆発を起こし、その巨大な炎が機体全体を覆った。

 

『すごい……凄いですSmile(アンパン)さん。

 もう僕、それしか言えない感じになってますが……とにかくパねぇっス“鬼神”!』

 

 思わずヒャッハー! と声を上げた。

 威勢の良い爆発音が響き、その衝撃によって空気が揺れるのを、機体ごしにも感じた。

 ごはんパンマンのテンションは、もう天元突破だ。

 なんか先ほどから何もしていない気がするけれど……そんなのも気にせずに声援を送る。

 Smileさん頑張れ! やっちまえアンパンマンと、嬉しそうに歓声をおくる。

 もう僚機ではなく、TVを観てる少年そのものの姿だ。

 

『Bブロック閉鎖! 総員、消火作業を急げ!

 ダメージコントロールはどうなってる!?』

 

『ガルム1,ヤツの頭(・)を叩け!

 XBーOの操縦席を狙い、操舵を奪うんだ!』

 

 敵ガンシップと、AWACS。双方の頭脳の通信が飛び交う。

 だが、同じ頭脳であっても、その優劣は歴然。

 攻める側と、守る側。成し遂げようとしている者と、地へ墜ちようとしている者。

 

『ハハ……! どんなデカブツも、ガルム1に睨まれたら終わりさ!

 やっちゃって下さいSmileさん! 僕しっかり見てます!!』

 

 カッコいい! なんてカッコいいんだ“ヒーロー”は!

 僕の憧れた人は、こんなにも凄い! こんなにも強い! 誰にも負けないっ!

 ごはんパンマンは目を輝かせる。操縦桿から手を放し、もう拍手してしまっている。

 だって、いま自分の思い描いていた理想が……“憧れ”がそこにあるんだから。

 こんな風になりたい――――いつか僕も。

 そう強く決意する事、この光景を目に焼き付けるのに、少年は忙しいんだから。

 

 そして、美しい軌道を描いて機体を翻し、またすぐさまXBーOの上を取ったアンパンマンが、再び気化爆弾を投下。命中――――

 

『よし! これでXBーOは丸裸だ!

 いけガルム1! トドメを刺してしまえッ!!』

 

『ヒャッハー! Smileさぁぁーーん!

 いっけぇぇぇえええーー!!』

 

 想いを託すような、AWACSの激。

 目をキラキラさせている少年の、楽しそうな声援。

 

 それが耳に届くのと同時に、アンパンマンがスイッチを押し込む。

 Raptorの翼から放たれた最後のミサイルが、真っすぐXBーOに向けて、放たれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦う理由は無い――――

 

 もうここに、君は居ないから。

 ぼくは未だ、からっぽのままだから。

 

 

 でも……今だけは戦う。

 この戦いだけは、ぜったいに勝とう。

 

 これが最後でも良い。

 ここで終わっても構わないって……思ってた。

 でも、あのガンシップだけは絶対に墜とそうって、そう決めていたんだ。

 

 

 一人で飛ぶのは不安だ。目の前は真っ暗で、何も見えない。

 一体どう飛べば良いのか、ぼくはどうやって飛んでいたのか、ぜんぜん分からなくなってる。

 

 君(・)が(・)隣(・)に(・)居(・)な(・)い(・)と(・)、ぼくはこんなにも無力で、何も出来ないんだね?

 今日はそれを、嫌ってほど思い知ったなぁ……。

 

 

 だからもう、墜(・)ち(・)て(・)し(・)ま(・)っ(・)て(・)も(・)良(・)い(・)。

 ただただ、強く戦うこと、果敢に飛ぶこと。

 今日はそれだけを思い、戦っていた。

 

 上手くいったのなんか、たまたまだよ。

 生き残ったのなんて……、本当に偶然でしか無かった。

 

 

 ぼくは今日、懸命にでは無く、死(・)ぬ(・)つ(・)も(・)り(・)で(・)戦(・)っ(・)て(・)い(・)た(・)か(・)ら(・)。

 あの子達のために、死ねるのなら……、それで良いと思ったんだ。

 

 

 

 全部あげる――――

 ごはんパンマンに。これを作ってくれた子供達に。

 

 こんなつまらないぼくでも、君達の役に立てるのなら、ぼくの全部をあげたい。

 

 

 その瞳が、眩しかった。

 憧憬のこもる、キラキラした目が、辛かった。

 ぼくはそうじゃないんだって、叫びたくなった――――

 

 でも、例えぼくは空っぽでも……、君達が描くその“夢”だけは、間違いにしたくない。

 憧れや、こうなりたいという願い。それを無価値な物にするワケにはいかない。

 

 

 綺麗だ。尊い物だ。

 君達の想いは、決して間違いなんかじゃ無い。

 何かを目指し、その為にがんばる――――それはとても素敵なことのハズだ。

 

 

 だから、証明するよ。

 ごはんパンマンに、子供達に、ちゃんと見せてあげる。

 

 君達の前では、ぼくは強くあらなければいけない。

 君達がぼくを信じるのなら、それを本当にしなきゃいけない。

 たとえ、からっぽの心でも、まっすぐ立たなくてはいけない。

 

 

 何のために生まれて、何をして生きるのか――――魂の在処。

 ぼくは確かに、それを知っていたハズ。

 君がいたからこそ、見つける事が出来たんだ。

 

 

 

 “ヒーロー”は、逃げたりなんかしない。

 

 みんなのために戦い、立ち向かうのが、ヒーローだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『XBーOに命中弾! やったぞ! ガルム1がやった!!』

 

 ごはんパンマンの嬉しそうな声が響く。

 それと共に、多くの歓喜の声が、無線から聞こえてきた。

 

 いまアンパンマンの眼下には、操舵を完全に失い、黒煙を上げてゆっくりと落下していく、巨大なガンシップの姿。

 メールンを破壊し、仲間と市民の命を奪ったXBーOは、アンパンマンの手によって撃墜されたのだった。

 

『我々の死は、志の死ではない。……あと……任……たぞ。……ばい……ま』

 

 最後に、恐らくガンシップからの物であろう、途切れ途切れの声が入った。

 だが、いま喜びの中にいる者達は、それを気にする事は無い。

 ただただ、ガルム隊の無事と、アンパンマンの力を称える声が飛び交っていた。

 

 誰もが、この後に起こる出来事……すぐ目の前に迫る脅威に、気付くこと無く。

 

 

 

『ん、なんだろコレ……? 無線で信号が送られて来てます』

 

 ふいに、ごはんパンマンの不思議そうな声が、彼の耳に入る。

 

『解読してみますね、ちょっとお待ちを!

 えっとぉー、なになに~?』

 

 そして、読み上げる。

 棒読みで、そのままを口にしたごはんパンマンだったが……、その後すぐ、驚愕に息を呑む。

 

 

『“Yo buddy.( ヨォ相棒 ) You still alive( マダ生キテルカァ )?”

 ……って! コレって!?!?!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が止まる。

 ガルム両機の間にある空気が、凍り付くのが分かった。

 

 しかし、少しばかりの沈黙の後、時が動き出した時……。

 

 いま薄く目を開ける彼が感じたのは、からっぽのハズの心に、小さく火が灯っていく感覚。

 そして、無くしたと思っていた“勇気の鈴”が、再びリンリン音を立てはじめた事――――

 

 

 

 

 

(つづくぞ!)

 

 

 

 

*1:
その言葉遣いから、一応は女性だと思っているのだが、でもこの人の名前には“マン”が付いているので、真偽は不明。というか基地の皆も、なんか怖くて問いただせずにいる

*2:
戦闘中行方不明。

*3:
1マイル = 1.6 キロメートルほど

*4:
J35Jは、スウェーデン製の全天候要撃機。世界初となる、ダブルデルタ形式の翼平面形を実用化した機体。ちなみにドラケンとは、スウェーデン語で“竜”を指す言葉。

*5:
フランス製の多用途戦闘機。ラファールとは“疾風”という意味のフランス語

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