【募】こんな小説を書けこの野郎【リクエスト】   作:hasegawa&friends

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AN-BREAD ZERO ―アンブレッド・ゼロ― Ⅶ

 

 

 

『これが最後の出撃だな、Smile(アンパン)

 

 いつもとは違う、しみじみと感じ入るような、静かな声。

 管制塔のオペレーターが、いまヴァレー基地第一滑走路にて待機するアンパンマン機に、通信を送る。

 

『今日でケリが着く。……着けなくては、ならない。

 必ず生還しろ。それ以外は許可しない。』

 

 黒ずんだ灰色の空と、滑走路を点々と照らすライトの灯りが、操縦席のキャノピーごしに見える。

 様々なスイッチや計器に囲まれた、一人っきりの空間の中、無線からの指示に耳を澄ませる。静かに前を見つめながら、時を待つ。

 少しずつ大きくなっていくエンジン音。それとリンクするように、アンパンマンの胸の鼓動が高まっていく。

 

『準備完了だ。離陸に入れ。

 ガルム1,発進せよ――――』

 

 アフターバーナーを点火。ジェット噴射の轟音が辺りに響き渡る。

 アンパンマン号・Raptorの後部から凄まじい炎が吹き出し、機体を前に押し出していく。

 その時速は、瞬く間に三桁を突破。長い長い滑走路を一瞬で駆け抜ける。

 そして()()()とではなく、突き抜けるように放射線を描き、離陸。

 猛禽の王たる戦闘機(ファイター)が、雄々しく空へ舞い上がる。

 

『高度制限を解除。そのままの方位を維持せよ。

 では以降は、AWACS(空中管制機)の指示に従え』

 

『……頼んだぞガルム隊。

 俺たちの英雄(エース)、幸運を祈る』

 

 速度を上げ、どんどん小さくなっていくヴァレー基地。

 やがてその姿が完全に見えなくなった頃、万感の気持ちがこもった祈るような激励が、最後に届く。

 

 今、全ての仲間達の期待を背に、アンパンマン( 鬼神 )が飛び立って行った。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 不気味な雨雲と、霞がかった黒い山脈。

 どこまでも続くような陰鬱な景色の中、ひたすら進む。

 

『必ず戻る……生きて帰ってくるぞ! 僕は!』

 

 隣を飛ぶ僚機。ガルム2こと“ごはんパンマン”の呟き。

 それは固い決意を感じさせる声色で、彼がいま集中力を高めながら、気合を漲らせている様子が見て取れた。

 

 いつもの陽気さや、軽口は無い。

 それは至極当然。今から二機が向かうのは、まごう事なき“死地”に他ならぬのだから。

 無口なアンパンマンのみならず、ごはんパンマンまでもが黙り込んでいる。

 二人はお互いの操縦席で、静かに前を睨みながら、機体を前に進める。

 

 

 これから向かうのは、北ベカリのムント渓谷に位置する、“アヴァロンダム”という地底施設。

 ここは現在、ベカリ軍により接収されおり、“国境無き世界”を名乗るクーデター組織の本拠地と化している。

 更にはここで、“V2兵器”なる物が配備されている事が、連合軍の調査によって判明した。

 

 世界の脅威となる、この大量兵器の破壊。

 それが今回ガルム隊に与えられた任務であった。

 

 革命軍の兵士構成は、ベカリのみならず多国籍に及び、強力な軍備と多数の兵器を所持しているものと予想された。

 加えて、ムント渓谷へ向かうためのルートには、その道中にかの“円卓”B7Rが待ち受ける。

 現在アヴァロンへ向かっている連合軍部隊と、一刻も早く合流する為には、強固な防衛戦力が配備されているであろう、この危険極まりない空域を、まっすぐ突っ切って行く必要があった。

 

 

 過去に、戦闘機乗りの聖地と呼ばれ、熾烈な激戦が繰り広げらた場所――――“円卓”。

 ここに赴くというだけでも、若い戦闘機乗りが表情を硬くするのは、無理からぬ事だった。

 

 死ぬかもしれないという気持ちと、必ず生きて帰るという気概。そのふたつが激しくぶつかり合い、コロコロと優勢な側が変わる。

 寄せてはかえす波のように、不安な気持ちに襲われては、それをブンブン首を振りながら打ち消すという、その繰り返し。

 緊張で呼吸は荒くなり、心拍数が高まる。まだ戦ってもいないのに、視界が狭まっていくのを感じる。

 

 幾多の空戦を生き残って来たごはんパンマンをしても、この“円卓”という戦場、そして今日という日は、特別な意味を持っていた。

 

 

 それに対し、アンパンマンの方はどうなのだろう?

 実はごはんパンマンには、未だによく分かっていなかったりする。

 彼が極端に無口だというのもあるが……、その様子がいつもと違うのかどうかは、どうも判断が付かずにいた。

 

 この作戦前に、一度顔を合わせた。

 会議室で会った時、彼はこちらの顔を見た途端に、()()()()()()()()()()

 それも……どこか昨日までとは違う、とても自然な表情で。

 柔らかくて朗らかな、まるで緊張しているこちらを気遣っているかのような、優しい笑みをしていたと思う。

 

 ちなみにだが、今日もいつも通り、パン作りはおこなっていたらしい。

 流石にいつもの時間ではないが、しっかり自分の顔となるパンを焼いた後に、作戦会議室へ来たらしい。朝食にでもしろとばかりに、基地の皆へパンも配っていたし、ごはんパンマンも受け取った。

 

 恐らくは、決戦となる戦い。全ての決着がつくであろう重要な日。

 そこに至っても、彼はいつも通り。なにも変わった様子は無かったのだ。

 

 いや……、前述したように、どこか不自然なまでの()()()はあった。

 確かに、にこやかではあるけれど……、どこか作り物のように感じていた笑顔。それが今日に限っては、まごう事なき本物に思えたのだ。

 

 皆の緊張を、解きほぐそうとしたのかもしれない。

 大丈夫だ、心配するなと、周りに示すための物だったのかもしれない。

 無口ではあれど、心優しい彼ならば、そうする事に何の不自然も無いから。

 

 しかし、ごはんパンマンは、どこか違和感を感じた。

 今日のアンパンマンさんは、どこか違う――――この作戦の事とは別に、何かあったのではないだろうかと。

 

 その理由に、心当たりはある。

 けれど、決してそれを口に出すことは、出来なかった。

 

 あの送り主不明の……だがハッキリと誰からの物かが分かった、無線信号。

 MIAとなったあの人が、生きていたという事実への衝撃。

 そして今回のクーデターに、あの人がどう関わっているのかが、分からなかったからこそ、それを口にする事は出来なかった。

 

 あれを受け取った時も、そして基地に帰ってからも、彼は無言だった。

 思えば、あれから一言も言葉を発することなく、今日この時を向かえたんじゃないかと思う。

 

 いったい彼が何を想っているのか、この後どうするつもりのか。……それは分からない。

 もし仮に、あの人がこのクーデターに関わっていて、敵として相対する事になったならば……その時彼はどうするのだろうという想いが、頭を離れない。

 

 だが彼に問いただす事は、出来ない。

 あたかも、今日の彼の平然とした様子は、それを話すことを拒否しているかのようにも、思えたから。

 取り付く島が無く、踏み込ませない、という雰囲気があったのだ。

 

 そもそも、ただいつもより自然な表情で、穏やかな笑みを見せてくれている、というだけの話なのだ。

 ふさぎ込んでいたり、調子が変だというのならばともかく……、そんな事で「今日の貴方はおかしい」などと、どうしてそんな失礼な指摘が出来よう。

 こちとらルーキーもいいトコで、いつも彼の世話になっている身。頼りない下っ端なのだ。

 

 ゆえに、ごはんパンマンは、ただただ彼を信頼するのみ。

 この戦いに勝ち、きっと世界に平和をもたらしてくれる、みんなを守ってくれると。

 そう信じるのみだった。

 

 

 

 ――――不安? 緊張してるの?

 

『ッ!?!?!?』

 

 唐突な、彼からの無線。

 それに驚いたごはんパンマンは、思わずビクンと3㎝ほどシートから跳ねた。

 ベルトをしているから、すぐ元の姿勢に戻れたけれど。

 

『い……いえいえ! これは武者震いってヤツっスよ!

 すいません、黙り込んじゃって! なんか暗い空気にしちゃってました?』

 

 ――――ううん、平気。

 

 ワチャワチャしながらも、慌てて応答。

 彼はさも自然といった風に、リラックスした声で返事をくれた。

 

 ――――不安になったり、くじけそうな時は、“良い事”だけを思い出すといいよ。

 ――――楽しかった思い出や、自分が好きな物の事を、たくさん考えるんだ。

 

 そう、ごく自然な声の無線が届いた。

 それは、何気ない雑談。気負いのない言葉。優しい心遣いだった。

 けれど……彼はそんな事をする人だったか? ただただ無言で、皆を背中で守るというような、そういう人物ではなかったか?

 すごく有難いし、嬉しいし、今もらったこの言葉は人生の道しるべとして、これからずーっと覚えておこうとは思うのだが……。

 それとは別のところで、やはりどこか違和感を感じた。

 

『す、Smile(アンパン)さんは……いつもそうしてるんスか?

 これが強さの秘密、ってヤツです?』

 

 思わず、といったように問う。

 別に深く考えて言った物ではなく、ただ「会話しなくては」という想いに急かされて出たような言葉。

 

 けれど、応答は来なかった。

 ただ、フフッという小さな笑い声が、かすかに聞こえただけ。

 

 これが気のせいでもなんでも、彼の“笑い声”なんて物を初めて聴いたので、ごはんパンマンは更に驚愕。

 先ほどもあったが、まだ敵と戦ってもいないのに、物凄い混乱の渦に叩き込まれた。

 まぁ暫くしたら元に戻ったし、「Smileさんと会話できたぞ! また一歩前進だ!」という喜びにより、ヘブン状態になってしまったけれど。

 

 

 

『これより、B7Rの空域を通過する。

 ガルム隊、心構えをしておけ』

 

 調子に乗って舞い上がり、応答も来ないのに一人で喋り倒していたごはんパンマンは、ふいに入って来たAWACSからの警告によって、その口を閉じた。

 

『知っての通り、ここは最悪の場所だが、ムント渓谷への最速ルートだ。

 そのままの進路で突っ切れ』

 

『了解っス!』

 

 気合を入れ直し、改めてしっかりと操縦桿を握る。

 眼下には、丸く円を描くように凹んだ大地。まさに“円卓”と言わんばかりの光景が広がっている。

 まぁこれは、かのアーサー王伝説にあるような、大そうな良い物で無いが。

 いつかあの人が称していた“魔女の釜”という言葉が、ふと頭に浮かんだ。

 

 来るか? 始まるのか?

 そんな疑問は、抱くだけ無駄だ。

 なぜなら、戦場という場所において「起きて欲しくない事」や「嫌な予感」というのは、もう悉く実現してしまう物なのだから。

 

 当然来るし、始まるに決まっている。

 ここは他ならぬB7R、戦闘機乗り達の聖地なのだから。

 

『――――警告! レーダに反応あり!

 高速で接近してくる、敵性航空部隊を確認!!』

 

 やれやれ、そんじゃあ行きますかね。

 先ほどのテンションを若干引きずりながら、ごはんパンマンが手に力を込める。

 右手に操縦桿、左手にスロットルレバー。その存在をしっかり確かめた後、眼前の空を睨む。

 

 

『空路を変更している暇は無い!

 ガルム隊、“円卓”の敵勢力を排除せよ! 突破するぞッ!!』

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『ゴルト1より各機へ、状況を開始する――――』

 

 緑の迷彩色の戦闘機が8機。

 隊長のGault(ゴルト)1を先頭に、くの字の編隊で飛んでいく。

 

『前方に目標を確認。ガルムだ。

 彼らが好きな“殺し合い”で、正義を決めよう――――』

 

 その言葉と共に、8機のベールクト*1が上下に広がるように散開。

 巨大な壁を形成し、正面からガルム隊へ迫っていく。

 

『足止めされている場合じゃないぞ!

 速やかに敵機を排除し、この空域を抜けるんだ!』

 

 AWACSからの激に、コクリと頷きだけを返す。

 視線も、意識も、決して眼前から離さず、アンパンマンは集中力を高めていく。

 

『8対2! これを多いと見るか、少ないと見るか……。

 いつもの事を思えば、微妙な所っスね!』

 

 突貫。ガルム隊が臆せず真正面から突っ込んでいく。

 途中、敵部隊から放たれた機関砲を、最小限の動きで軌道をずらし、回避。

 

 そしてアンパンマンは、その中の一機を目標に定め、ヘッドオン。*2

 距離が700を切ろうとした瞬間、迷う事無く操縦桿のボタンを押し込む。

 Raptorの主翼から空対空ミサイル発射、命中――――

 その撃墜を確認する事も無く、即座に斜め90度に旋回。するどく機体を翻す。

 

 一発かよ! しょっぱなから撃墜かよ!?

 そうごはんパンマンは「すげぇ!」と叫びそうになったが、未だ7機に取り囲まれているというエゲツナイ状況なので、なんとか自重してみせた。

 

『“円卓の鬼神”か……。

 願わくば、別の形で会いたかったな』

 

 恐らく隊長機、ゴルト1の物であろう小さな呟きが、こちらに届いた。

 憂いを含む、寂しそうな声。だがそれは、強者の余裕を感じさせる響きを伴っていた。

 

『敵は、かなりの腕前のようだな。

 これが話に聞く“ゴルトの巣”か……見事な包囲戦術だ』

 

 AWACSが、ギリリと歯ぎしりをする。

 戦争が終結しても、未だこれほどのパイロットがベカリにいる。

 そして、彼らはまだ戦い続けているのだ。……“国境無き世界”という名の、クーデター組織を結成して。

 

『くそっ! 円卓になんて、もう意味はないってのに……!』

 

 Raptorの比類なき旋回性能を見せつける、あたかもその場でクルッと身を翻したかのような、小さく円を描く旋回。

 その後、即座に敵を捕捉。同時にAAMを発射――――Splash(撃墜)

 空戦の開始から僅か15秒足らずで、早くも2機がB7Rの大地に向け、黒煙を上げて墜ちていった。

 

 そのアンパンマンの姿に憧れはすれど、ごはんパンマンは憤りを感じざるを得ない。

 こんな事をしている場合じゃない。自分達はすぐムント渓谷へ向かい、V2とかいう大量破壊兵器を粉砕せねばならないのだ。

 懸命に敵機を振り切り、攻撃を躱しながらも、ごはんパンマンは焦りに身を焦がす。

 

『何してんだよッ! いったい何のつもりだアンタらッ!

 戦争は、もうとっくに終わってるんだよッ!!』

 

 叫ぶ。

 ここがB7Rで、己がいま空戦の最中だという事すらも忘れ、怒声を放つ。

 こいつらが分からない。なぜ自分達が戦っているのか分からない。

 なぜこの者達は、せっかく訪れた平和を壊そうとするのか、まったく理解できない。

 そんな若者の憤りが届いたのかは、定かでは無いが……。

 

『今、戦場を知らぬ政治家どもが、テーブルについている。

 自ら血を流すことも、戦う事もしない、下らん連中が――――』

 

『ッ!?』

 

 ゴルト1の声。

 交戦中であるハズの敵が、ごはんパンマンに対して、返答したのだ。

 

『せ……、戦後の話し合いだ! 大事なことじゃないか!

 平和な世界を作るために、どうすればいいのかって、皆で話し合ってるんだよ!』

 

『違う、()()()()()()()()

 犬のように浅ましく、見るに堪えんほど醜い。

 だから、全て終らせる――――』

 

『ッ?!』

 

 息を呑む。

 敵であるハズのヤツの言葉が、狂った戯言でしかないハズのそれが、否定できない。

 ドスンと音をたてて、胸に突き刺さる。

 

 

『王を育てた責任――――それが“理由”だ』

 

 

 

 その一言を最後に、応答が途切れる。

 ごはんパンマンの胸に、得も知れぬ感情が湧き、操縦桿を握る手がワナワナと震える。

 なんだ……コイツらは。いったい何なんだ!?

 その疑問で、頭が埋めつくされる。

 

 ヤツラが命を懸ける理由……決死の覚悟。

 まったく理解は出来ないまでも、確かにそれを言葉の中に感じ取り、青年は何も言うことが出来なくなってしまう。

 まだ年若く、薄っぺらな自分とは違う本物の兵士(・・・・・)の姿が、そこにあるように思えたから。

 怒りが湧く。「クソッ! Fuck!」と悪態をつき、シートを殴りつける。

 そんな事しか出来ない自分が、とても情けなく思えた。

 

 けれど……。

 

『敵機撃墜! いいぞガルム1!!』

 

 そのAWACSの声を聞いた途端、ハッと意識を戻した。

 目を向ければ、今も多数を相手に獅子奮迅の戦いを見せる、憧れの人の姿。

 

 Raptorが空にループを描き、そこから猛禽を思わせる鋭い動きで、上から襲い掛かる。

 何も分からぬまま、成す術なく地に落ちていく敵機。それとは対照的に、太陽の光に照らされながら優雅に空を舞い続ける、アンパンマン。

 

 その美しい光景に、少年はまた目を奪われた。

 息をする事も忘れ、彼の動きに見入ったのだ。

 

『墜とされたか……。穴は自分が埋めます』

 

 ゴルトの隊員が、猛然とRaptorに迫っていく。

 敵を落としたばかり、次の行動に移ろうとするその隙を狙い、上空から機体を翻して急降下。貫くような勢いで突進。

 

『よしっ! ヤツのケツを取っ……!?』

 

 やった! 後ろに着いたぞ!

 そう思い、歓喜が胸に込み上げようとした、その瞬間……、Raptorが()()()()()()

 知っていたとばかりに、あたかも後ろに目があるかの如く、まるでこの空域の全てを把握しているかのように。

 かの機体は弾丸のように螺旋状に回転。進行方向と高度を保ったまま、ごく自然に飛行速度を落とす。

 その結果、たった今その後ろに付いたばかりだったゴルト機は、減速を間に合わせる事が出来ず、追い越してしまう。

 前後であったゴルト機とRaptorの位置が、あっさりと手品のように入れ替わったのだ。

 

『ひっ……!!??』

 

 墜とせる、という喜びを抱いたのもつかの間。

 即座にやってきた絶望と、死ぬという直感に、短く悲鳴を上げる。

 そして、それがそのまま、彼の遺言となった。

 後ろを取り返されたのに気が付き、思わず喉から声が出るのと同時に、Raptorから放たれた機銃が、彼のベールクトをバラバラにしたから。

 

『ほう、これが噂の“鬼神”か……。

 なかなか魅力的なヤツじゃないか』

 

 上手い! すげぇ! と呆けていたごはんパンマンの耳に、先ほども聞いたゴルト1の声が届く。

 余裕あり気に「くっくっく」と笑っているのを感じた途端、ムカッと怒りが再燃。

 何が魅力的だ! お前らなんかが言うな! そう叫ぶ代わりに、アンパンマンの方へ向き直った。

 

『スプラッシュ! いけますよSmile(アンパン)さん!!』

 

 キラキラした瞳で、彼を見つめる。

 今も果敢に、カッコ良く戦う彼を、目に焼き付ける。

 

『また墜とされた!? ……隊長、パターンの修正を! いったいどう飛べば!?』

 

『ゴルト2、そのままで構わん。いつものようにや……』

 

 ゴルト隊員が指示を仰ぎ、隊長機が応答しようとした。

 だがそれは、Raptorの放つAAMにより途切れる。

 たった今、助けを求めていたゴルト機は、もう既に炎に包まれ、爆散していた。

 

『……簡単には、手を読ませてくれんか。

 おもしろい……!』

 

『隊長,指示を下さいッ!

 もうこちらは3機しかいない! ヤツを包囲など出来ません! 指示をッ!!』

 

 ごはんパンマンの脳裏に、いま冷や汗をかいているゴルト1の姿がアリアリと浮かぶ。

 隊長だからって、余裕ぶった態度をかましてても、その内心ではハッキリ感じているハズだ。“恐怖”を!

 ざまぁ見ろ! いい気味だ! そう「ウケケケ!」と笑い声をあげたくなる。

 流石に下品だし、自分はあの人とは違うので、自重したけれど。

 

『いいぞ! やっちゃえSmile(アンパン)さん! ぶっ倒しちゃえーっ!』

 

『敵航空機、残り2!

 ガルム1,あと一息だッ!!』

 

 ごはんパンマンとAWACSの声援が、重なって響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――みんな一緒だ。

 

 数を揃え、大勢で取り囲み、優位を作ってから戦う。

 カッコつけて、下卑た笑みを浮かべながら、ぼくの前に立つ。

 

 

 いつもそうだ……、君たちは。

 誇りや、道理や、信念を謳いながら、平然と非道な行いをする。

 都合の良い大義名分(いいわけ)を口にしながら、嬉々として自らの悪性を解き放つ。

 いつまでも飽きる事なく、し続ける。

 

 そして、自分が負けそうになった途端、喚き散らす。

 情けなく、恥も外聞も無く、バカみたいに泣くんだ。

 

 

 そうじゃなかったぞ――――ぼくの友達は。

 いつも心のままに行動し、自分の力のみで、意地を張り通していたぞ。

 

 誰かの唱える理想や、力ある者の命令……。

 そんな物に自分を預けずに、己の全てをかけて打ち込み、意思を貫いた。

 なんど負けたって、決して自分を曲げずに、誇り高く生きていた。

 

 たった一人、一個の存在として、ぼくと向き合っていたぞ。

 

 

 なにが……「別の形で会いたかった」だ。

 ぼくは願い下げだ。

 

 徒党を組み、自分達を上に置き、勝てる確信があったからこそ、来た。

 自分が死ぬつもりは毛頭なく、ただ一方的な殺しを楽しみたくて、ここに来たんだろう?

 

 

 ――――邪魔だ。消えろ()()()()

 

 

 君達なんてきらいだ。

 構ってる暇なんて無い――――ぼくは急いでる。

 

 

 

 

 ……

 …………

 ……………………

 

 

 

『こ……国境無……せか……が……、全……の境界を、無……』

 

 ノイズまみれの音声が、途切れる。

 いま彼の眼下には、バラバラに砕けながら落下していく、ゴルト隊1番機の姿がある。

 

 それをロクに見もせずに、さっさと機体を翻し、空路を元の方位に戻す。

 そのまま一言も発する事無く、この場を飛び去って行く。

 

 

 ――――Kiss my ass( くそくらえだ ).

 

『えっ』

 

 ごはんパンマンは思わず声が出た。

 ふいに放たれた言葉だったので、よく聞き取ることが出来なかったのだ。

 

 ――――なんでもないよ、行こうか。

 

『あ、はい! 先を急ぎましょうSmile(アンパン)さん!』

 

 慌てて方向転換し、急いで追う。

 アンパンマン号・Raptorは、アフターバーナーを使わずとも音速を超えて飛ぶことが出来る凄い機体なので、ついていくのは大変なのだ。ボサッとしていられない。

 

 それにしても……ごはんパンマンの脳裏には、先ほど見たアンパンマンの戦いぶりが、今も焼き付いていた。

 確かに、先日も敵戦闘機乗り( エース )と戦っている所を見たし、それはとても凄かったのだが……。

 でも今日の彼の戦いぶりは、()()()()()()――――

 

 “情け容赦ない”、という言葉がこれほどピッタリ来る戦い方も、他に無いんじゃないかと思えるほどに、苛烈な飛び方だった。

 まるで、彼の身の内に巣食う怒りが、そのまま表れたかのような、激しさ。

 反面、その動きは機械のように正確で、どこか冷たさを感じるほど淡々と敵を墜としていったように思う。

 

『……円卓の、鬼神……』

 

 ボソッと、無線に乗らないほど小さな声で、呟く。

 今まで、それは純粋に強さを評する言葉だと捉え、誇らしく感じていた。

 しかし……自分が今日感じたは、()()()()()

 今日のアンパンマンの姿は、比喩などでなく、まさに鬼神そのもの。

 

 この人が墜とされる所、誰かに負ける所など、少しも想像できなかった。

 彼の圧倒的な力が、健気にも立ち向かってくる敵兵たちをどんどん蹴散らしていく。その様を少年のような心で見守っていた。

 

『勉強させて貰いますよ。

 今日のことは、絶対に忘れない』

 

 怖い? 恐れる?

 否。この子はそんなデリケートには出来てない。

 ただただ、カッコいい物に憧れるお年頃。自分もこうなりたいな~と夢を描くのみだ。

 

 

『見届けますよ、Smile(アンパン)さんの軌跡を! 必ずッ!!』

 

 

 この背中を憶えておこう。

 そしていつか、僕も追いつくんだ――――

 

 そんなワクワク感と、滾る想いを胸に、彼を追いかけて行った。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 今は、一刻の時すらも惜しむ状況。

 予め手配されたタンカープレーンにより、空中補給を受けていたアンパンマンのもとへ、連合軍が入手した“アヴァロンダム”に関する情報が、転送されてきた。

 これによると、ムント渓谷のダム周辺には、あらゆる者の侵入を拒む、現在強力な対空防衛網が配備されているとの事だった。

 

 そこで、ディフェンスとして敵対空砲火を上空で引き付ける、連合軍航空隊……。

 そしてフォワードとして、目標地点まで渓谷を低空侵入する攻撃部隊の、2グループに別れての作戦が発案された。

 

 アンパンマンらガルム隊が担当するのは、後者の攻撃部隊。

 敵基地“アヴァロンダム”に接近しうる唯一のルートであるダムを通り、V2発射制御施設を破壊する任務を請け負う事となった。

 

 いわく、かのV2ミサイルなる兵器には、核弾頭の搭載が推測されるという。

 この1発による被害は、先の7つの戦術核による物を、大きく上回るだろうとの事。

 

 連合軍総動員で行われる今作戦に、失敗は許されない。

 必ずV2発射を食い止めるという気概を以って、アンパンマンを始めとする各国のエース達は、決戦の地アヴァロンダムへ向かうのだった。

 

 

 

 

『こちらガルム2,作戦空域に到達。ムント渓谷に入りました!』

 

 アンパンマンとごはんパンマンの両機は、巨大なダムの壁を飛び越え、すぐさま高度を落として地面すれすれを飛行。

 眼下に流れる川を道しるべとしながら、機体を走らせていく。

 

『ガルム隊、上空からの侵入は無理だ。展開している敵部隊に狙い撃ちされる。

 このまま水面を低空で飛び、敵要塞へ接近せよ』

 

『了解っス!

 なんかやたらとクネクネした空路ですが……でもなんとかしてみます!

 僕とSmile(アンパン)さんならやれますよ!』

 

 この川は、ちょうど戦闘機一機ほどの幅で、すぐ両脇を小高い山脈に挟まれていて、とても狭い場所。

 しかもこの道は、蛇のように曲がりくねっており、まるでFー1サーキットを走らされているような気分だ。

 ひとつ違いがあるとしたら、Fー1であれば例えコースアウトした所で、少しばかりタイムが遅くなるというだけ。

 だが今彼らが飛ぶ場所は、コースから外れてしまえば、山に激突する。

 少しでも操縦を誤り、主翼が岩壁に接触すれば、それだけで戦闘機は損傷し、即墜落となるだろう。

 

 とても狭く、見通しの効かない曲がりくねった道。しかも地表には航空機を迎撃すべく、多くの地対空砲が配備されており、それを避けようと上空にあがれば、待ち構えている敵航空機部隊に狙い撃ちされてしまう、という状況。

 これでは上下左右にまったく余裕が無く、狭い筒の中を飛ばされているのと大差ない。

 針の穴を通すような、繊細な操縦技術を要求されるのみならず、すぐ両脇を囲んでいる山々や、地上および空の敵部隊が、緊張感を煽る。

 

 これはまさに、死のレーシングともいうべき空路。

 ガルム隊をはじめとする攻撃部隊の面々は、誰もがヘルメットの奥に汗を流しながら、懸命に操縦桿を握る。

 

『くそっ、しっかり飛びやがれってんだ! このポンコツがぁ!』

 

『お前ら、ビビるんじゃねぇぞ! こんな渓谷がなんだってんだ!

 ガルムにばっか、良いトコ持ってかれてたまるか!』

 

 背後に続く友軍たちの声が、絶え間なく聞こえてくる。

 誰もがその声色に緊迫感を滲ませ、死の渓谷とも言うべき空路を必死に飛ぶ。

 

『ちきしょう! 壁が迫って……!?!?』

 

 轟く爆発音。

 それと共に、たった今耳にしていた音声が途切れる。ノイズしか聞こえなくなる。

 

『DHCのサプリメントパンマン(亜鉛)がやられた!

 くそったれ! 攻撃部隊、残り8機だぜ!』

 

 なんつーもんをパンに入れとんねん――――

 そうツッコミたいRiajyu(ごはん)であったが、自分も大概な自覚があったので、黙って操縦に集中する。

 

『同じく、DHCサプリメントパンマン(鉄分)も、壁に呑まれやがった!

 Damn it(ちきしょう)! 残り7機だ!』

 

 だから入れんなと――――

 そもそもサプリメントって、一日一粒が目安とちゃうんか。そんな摂ったらアカンがな。

 加えて、どういう風に、パンの味に作用するんだろう? 美味しいんだろうかサプリメント?

 この一瞬で、ごはんパンマンの頭に様々な疑問が浮かんだ。

 

『うっ! 左翼をぶつけちまった!

 すまねぇみんな! 麦茶パンマン、戦線を離脱する! 俺に構わず行けぇ!』

 

 どうやってパンにしたん? 麦茶を凍らせて包んだの? それ大丈夫なん?

 気になる! めっちゃ麦茶パン気になる! ……でも今は、操縦の方に集中せねばならない。そうせねば墜ちてしまう!

 

『踏ん張るんだ! カントリーマアムパンマン!

 ガルム隊がV2をやるまで、耐えるんだ!』

 

『そうね、アルフォートパンマン!

 Smile(アンパン)達なら、きっとやってくれるに違いないわ!』

 

 クッキーを入れるな! 小麦粉in小麦粉すな!!

 そのままで美味しいのに、なんでパンに入れるの?!

 今ごはんパンマンの機体が、あやうつ岩壁に主翼をぶつけそうになった。

 もう友軍が気になって仕方ない。

 

『死ぬなぁぁぁーー! 永谷園の麻婆春雨(はるさめ)パンマァーーン!!

 攻撃部隊、残機5です!』

 

『もやし炒めパンマンが墜ちたぞ! 機体がポッキリ真ん中から折れた!?

 もやしみてぇな強度だなオイ!!』

 

『ブラックサンダーパンマンも死んだッ!!??

 強そうな名前でも、一個30円だもんな! 残機3になりました!!』

 

 次々に岩壁に激突し、散っていく仲間達。ボコーン、ドガーンみたいな音がたくさん鳴った。

 無線から届く墜落報告や、悲痛な断末魔の声を聞きながらも、ガルム隊の二人は必死で渓谷を飛ぶ。仲間達の想いを背負って。

 

 しかし……何故だろう? あまり死んでいった連中に()()()()()()()()

 そら墜ちるわ、弱そうだもんとか思ってしまう自分は、酷いヤツなんだろうか? ごはんパンマンはうんうん悩む。

 

『くそぉ! もうガルム隊の他は、俺こと青じそドレッシングパンマンしか残ってねぇ!

 だが心配すんなってガルム隊♪ しっかり背中は守るぜ!』

 

 駄目そうやなぁアンタ――――速攻墜ちそうやなぁ。

 そんなごはんパンマンの予想は、しっかり5秒後に現実の物となった。

 背後でドゴーンみたいな音が響いた後、聞こえてくるのはノイズのみとなる。

 

『ふっ、待たせたなガルム隊! 援護に来たぞ!

 このエバラ焼肉のたれ、黄金の味パンマンが来たからには、大船に乗ったつもりでいろ!

 肉は入ってねぇけどな!』

 

『さとうきびパンマン参上! 骨ガムパンマンもいるぞ!

 お前にばかり良いカッコはさせないぜ! 助太刀する!』

 

『へへっ♪ ケーキの箱についた生クリームパンマンの事も、お忘れなく!

 さぁ行こうみんな! 最後の戦いへ!』

 

『――――帰って下さいよアンタら!! 二人で行きますからッ!!』

 

 たった今、別部隊から駆けつけて来てくれた人たちを、一喝して追い返す。

 彼らは「しょぼーん」みたいな顔をして、すごすごと元の空域へ引き返して行った。

 

『Fuck! 連合軍はロクなヤツがいないよ!

 というか、よく戦争勝てましたねコレで?!?!』

 

 本当に、アンパンマンがヴァレー基地に来てくれて良かった――――そうでなきゃ絶対に負けてたと思う。

 ごはんパンマンは、しみじみと円卓の鬼神に感謝した。いつもありがとうSmile(アンパン)さん。

 

『やった! ガルム隊が渓谷を抜けたぞ! やりやがったアイツら!』

 

『よしっ! 敵の本拠地はすぐそこだ! 行けぇーガルム隊!』

 

 ヒューヒュー、やんややんやと歓声をおくる仲間達。まぁガルム隊の二人は「やかましいわ」みたいな気持ちだが。

 そして、そうこうしている内に、アンパンマン達は渓谷の迷路を無事に突破。

 狭かった視界が、一気に広くなり、眼前に巨大な軍事施設があるのを確認した。

 あれが敵クーデター組織の本拠地、アヴァロンダムだ――――

 

『全機、上空で敵を引き付けろ!

 V2のことは、ガルム隊に任せる!』

 

『行ってこいSmile(アンパン)! Riajyu(ごはん)

 なぁに、墜ちた連中のことは心配すんな。

 全員ベイルアウトしてたし、()()()()()()()()

 

 生きとんのかいアイツら――――死んだらよかったのに。

 そんな不謹慎なことを思いながらも、ガルム隊が巨大な防壁を飛び越え、ついに軍事要塞アヴァロンダムへと侵入を果たした。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『核なんて……あんな光景は二度と見たくないっス。

 絶対に阻止しましょうSmileさん!

 V2だか何だか知らないけど、ぶっ壊してやる!!』

 

 いくつもの対空砲、倉庫、管制塔が並ぶ、軍事要塞アヴァロンダム。

 その上空を飛び、凄まじい砲火を受けながらも、基地を攻撃していくガルム隊の二人。

 

 辺りにはサイレンが鳴り響き、それに爆音と射撃音のパーカッションが彩りを加える。

 戦場が奏でる耳障りな音楽の中で、ひたすら攻撃目標を目指して飛び続ける。

 

ばいきんミサイル( V2 )、リフトオフ準備完了。

 発射カウントダウン、開始します』

 

『――――ばいきんミサイル?!?!』

 

 ずっこけそうになった。

 もしシートベルトしてなかったら、吉本新喜劇みたくなっていただろう。

 ごはんパンマンは、思わず叫んでしまうが……何故かそれに対する応答が、敵オペレータから届いた。

 

『諸君らはV2などと呼称しているようだが、正しくはB2。

 正確に発音したまえ、“ヴィ”ではなく“ビィー”だ。これだからコムギィコ人は……。

 もっと詳しく言うと、あれば“ばいばいきーん”のB2である。間違えないでもらおう』

 

『――――そんなんどーでも良いんスよ!!

 なんすかその変な名前!? 核ミサイルなんでしょ?!?!』

 

 そんなんで殺される人々の気持ち、アンタ一回でも考えた事あんのか!! 人類が浮かばれんわ!!(妖精だけど)

 そうは思うのだが、今は文句を言ってる場合じゃない。一刻も早く“ばいきんミサイル”? の発射を阻止せねばならないのだ。

 ごはんパンマンは歯ぎしりをしながら、辺りにあるAAガン(地対空砲)などを破壊していく。この怒りをぶつけるように。

 

『ガルム隊、発射制御のある施設は、そこのダムの中だ!

 隔壁が閉まる前に侵入し、制御装置を破壊しろ!』

 

 AWACSからの指示。

 いつも頼りになる、聞き慣れた渋いオジサマの声で、なんとか平常心を取り戻す。

 

『調査によれば、ダムの底に3箇所の発射制御装置がある!

 それを全て破壊するんだ! 急げ!』

 

『B2ミサイル発射まで、残り4分――――』

 

 AWACSの声と、敵オペレータの警告が重なる。

 ごはんパンマンは急いで辺りを見回し、施設があるというダムの入口を探すが……。その時。

 

 

『聞け、連合の犬どもよ。

 破壊という名の新たな創造は、正道な力を以って我々が行使する――――』

 

 

 突然、無線に届いた、聞き慣れない声。

 あたかも演説をしているような、高らかな男の言葉が、この場の全ての者達に向けて放たれる。

 

 

『領土、人民、権力……今その全てを開放する。

 “国境無き世界”が創造する、新しき国家。その姿を見るがいい――――』

 

『最早、国籍や国家も意味を成さない。

 その線引きは、いま我々が消し去る――――』

 

『“国境無き世界”が、人類の歴史に、新たな物語を書き連ねる――――』

 

『世界は、変わる――――』

 

 

 なんだ……これは!? なぜこんな無線が!?

 ごはんパンマンの思考は、極度の混乱に陥る。

 

 低く、静かな、人の心に染みわたるような声。

 世界中に向けて勧告……いや自分達の勝利を宣言するかような言葉。

 己の理想に陶酔し、新しく作り出す世界へと思いを馳せ、歓喜に浸る男――――

 

 なんなんだ、“国境無き世界”っていうのは……。

 なんなんだ、こいつらは……!

 あの円卓で戦ったエース達もそう、ガンシップに乗っていた連中もそう、いま演説をしている男もそう。

 こいつらは皆、()()()()()

 冷静に、知的に振舞いながら、静かに狂っている……!

 

 絶望という病に侵され、人であろうとする事を止めた者達。

 希望を信じ、その為に戦うのではなく……狂気と破壊によって世界を変革しようとする者達。

 

 そんな奴等の事、まだ若い彼に理解出来ようハズもない。

 人を愛し、誰よりもまっすぐ生きてきた青年には、このような狂人達の思考、分かるワケがなかった。

 

 

 ――――よく喋るね、()()()()()()

 

 

 ピクリと、身体が跳ねる。

 茫然と、得も知れぬ恐怖に震えていたごはんパンマンの意識が、たった今聞こえた声によって、ハッと戻された。

 

 ――――自信が持てないから、饒舌になる。

 ――――自分でも間違いが分かってるから、たくさん言葉を重ね、押し通そうとする。

 

 ふと見れば、いま自身の遥か前方に、スゥイーっと小さな建物の方へ飛んでいく、アンパンマン機の姿があった。

 それをごはんパンマンは、ただ茫然と見守る。

 

 ――――うん、この辺かな? きっとそうだ。

 

 やがてアンパンマン機が、目的の建物のすぐ前まで到達。

 狙いを定めるように、まっすぐ建物の方に機体を向けた。

 

 

 ――――えい!

 

『うわぁぁぁーッッ!! ぎゃああああああああああああッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 ウィザード1の()()()

 そして容赦なく建物をハチの巣にする、RaptorのM61A2(バルカン)の轟音が響いた。

 ドガガガガ! バッキャー! みたいな感じの。

 

 死んだ――――業務用チョコレートパンマンこと、ウィザード1は死んだ。

 今アンパンマンが、機嫌良さげに演説かましてたバカを、空気も読まず木っ端みじんにした! 完膚なきまでに!

 

 

 

『……あの、えっとぉ……、Smileさん?』

 

 ――――?

 

 暫しの時……というかたっぷり20秒ほどが経過し、ようやく放心状態から立ち直ったごはんパンマンが、彼に声を掛けた。

 

『なんで、その建物を?

 別にそこって、敵の対空砲とか無いし、攻撃対象でも無いのに……』

 

 ――――なんとなく、だよ。

 

『いやいや、なんとなくってアンタ……。

 つか、あの気持ち悪~い人、死にましたよね? 今ハチの巣にしましたよね?

 Smileさんって、なんかあの人に()()()()()()()()()()?』

 

 ――――別に……。

 

 

 

 いわく、昔の人はこう言ったという。“馬に蹴られて死んじまえ”と。

 彼がどう思っていたのかは、知る由も無いが。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

『B2ミサイル発射まで、後3分――――』

 

 アナウンスが鳴り響く中、ガルム隊がアヴァロン上空を駆ける。

 的確に、激しく、破壊の炎を撒き散らしながら。

 

『“鬼神”だ! 鬼神が来た!! ……本当に来やがった!!』

 

『落ち着け! ここの障壁は、核攻撃にも耐え得る!

 あんな傭兵に負けるものか! アヴァロンを見くびるなよ!』

 

 巨大な一個の波が襲い来るような、凄まじい対空砲火。

 それを掻い潜り、機銃とミサイルを放つ。命中――――

 

『おい、たかが一機の戦闘機(ファイター)だろ!

 なにをビビってるんだ!? 墜とせよ!!』

 

『砲台に被弾! 破壊されました! 火災発生!!』

 

『損壊した施設は切り離せ!

 ぜったいに回路をショートさせるな! 急げッ!!』

 

 敵の慌てふためく声。

 いま上空を飛ぶ、たった一機の戦闘機によって、これほど巨大な軍事施設が、炎に包まれている。

 誰もが混乱し、右往左往。

 次々に来る被害報告と、際限なく広がっていく破壊、火災。

 それは、既に手が付けられない程に、深刻化。

 もうどこへ行けば良いのか、何をすれば良いのかが分からず、ただただ無線機に怒鳴り散らすのみ。

 

 なんとかしろ、助けてくれと――――

 

 

『オキシジェン、メインバルブ全開。

 B2発射フェーズ2,完了』

 

『ガルム隊! 施設の障壁が閉じつつある!

 急いで侵入しろ! 制御装置を破壊するんだ!!』

 

 敵味方、両オペレーターの声が響くと共に、ガルム隊の二機がダムに飛び込む。

 完全に閉じる寸前だった障壁、それを間一髪ですり抜け、作戦目標であるB2制御施設への侵入を果たした。

 

『アヴァロン……ここが最後の地だ。

 急ぎましょうSmile(アンパン)さん!』

 

『V2発射まで、残り2分――――』

 

 ダムをそのまま利用して作られた施設は、まるで洞窟のような作り。

 アンパンマン達は、壁と壁の間をすり抜けつつ、時にバルカンの雨を降らせながら飛行していく。

 

『……あれだ! あの装置だ!! ……Smileさんッ!!』

 

 ごはんパンマンの叫びと同時に、発射。

 Raptorの放つ空対空ミサイル(AAM)が、巨大な装置に向けて放たれ、命中。破壊。

 

『報告! 侵入した敵により、制御施設に損害!

 モジュールを一部切り離します!』

 

『時間を稼げ! ヤツを撃墜するのが無理なら、せめて発射までの時間を!!』

 

『装置に更なる損害!

 スタビライズ及びジャイロシステム損壊!!』

 

 ひとつ、ふたつと、次々に破壊していく。

 人の作りし洞窟の中を、猛禽は高く、そして自由に飛ぶ。

 何者にも止められず、何物にも縛られず、ただ強く、誇り高く舞う。

 

 見る者に驚愕を、対する物に恐怖を植え付けながら、猛禽の王は全てを破壊する。

 

 歪んだ思想、下らない野望、人という生き物の計り知れない“悪性”。

 その悉くを――――

 

『ラストだ! Smile(アンパン)さんッッ!!!!』

 

 

 アンパンマンがカッと目を見開き、操縦桿のボタンを押し込む。

 最後の一撃。

 まさに鳥が滑空するかのように、RaptorのAAMが飛んでいく。

 それは確認するまでもなく、これで3つ目となる制御装置を破壊。

 

 ミサイルが爆発する凄まじい音の中、猛禽の王がまるで竜のように、天に昇っていく。

 全てを蹴散らし、野望を砕き、いまダムを脱出。

 住処たる空へ帰っていくが如く、高く舞い上がって行った――――

 

 

『V……いやB2制御施設の全破壊を確認ッ!!

 よくやったぞガルム1! 作戦完了だ!!』

 

『すげぇ! 凄いよSmile(アンパン)さん!!

 発射を阻止した! 戦争はもう終わりだッ!! ヒャッハーー!!!!』 

 

 

 

 

 

 

 優雅に円を描き、Raptorが飛んでいく。

 いま眼下にある、多くの黒煙が上がっている施設を見つめ、そして仲間達の嬉しそうな声を聞きながら。

 

 ――――ふぅ。

 

 ひとつ小さなため息をつき、ニコリと柔らかく微笑む。

 険しかった表情が、柔らかい物に代わり、先ほどまでガチガチだった身体から、力が抜ける。

 

 ――――終わった。ぼくの戦いが。

 

 Raptorに乗り、エースとして戦い続けた日々。前を向こうと頑張って来たことの全て。

 今、その終わりを実感し、ゆっくりと瞳を閉じる。

 

 もう無いと思ってた、ヒーローとしての戦い。

 誰かの為、人々を救うための戦い。

 

 それをまだ、やる事が出来た。

 こんなぼくでも、救うことが出来た。

 

 みんなの役に立てた。

 終わったと思っていた人生を、無くしたと思っていた“自分の在り方”を、一度だけでも取り戻すことが出来たのだ。

 

 それを今、嬉しいと感じている。

 あれから随分かかったけれど、今ようやく、まっすぐ立てた気がする。

 

 からっぽだった心に、じんわりと熱が染みわたっていく。

 まだ弱く、小さいけれど……、失っていたハズの心に、確かに火が灯っている――――

 

 もう戦うことが無くとも、いつか人々から忘れさられてしまっても。

 きっとこれからも、生きていける。

 ずっと、この想いを忘れずに、歩いていける。

 

 

 だからもう、だいじょうぶ。

 ぼくはもう大丈夫だよ――――と。

 

 本当なら、そう報告したい()()()()()()()()……。

 

 

 

 

 

 

 

 

『いやー! これで戦争も終わりますね!

 もうやっとって感じっスよ! よかったーっ!!』

 

 AWACSからの「いったん上空で待機せよ」という指示により、何気なく空に大きな円を描くように飛んでいたアンパンマン。

 その隣に、「お疲れさまっス! ふーやれやれ!」といった感じのごはんパンマンが並んだ。

 

『あ、前にも言いましたけど、僕恋人がいるんですよ。

 先輩方に付けられた、Riajyu(リア充)のTACネームの通り』

 

『なんで、ここはひとつ、帰ったらプロポーズでもしようかと。

 ちょうどいい機会だと思いますし』

 

『実はですね? もう花束も買ってあったりして……へへっ♪

 だから今も、ホントはプロポーズの言葉を考えてて、気が気じゃなかったり。

 こんな空域にいられるかっ! 僕は自分の基地に戻るぞ! って感じですね』

 

Smile(アンパン)さんも、帰ったら今度こそ、飲みに連れてって下さいよ。

 あ、そういや僕、冷蔵庫の中にプリンが入ってたような……。

 ずっと食べよう食べようと思って、楽しみにしてたヤツなんです』

 

『レンタルしてたDVDも、今日が返却期限だったし、プリンの賞味期限も今日までです。

 あ、そうだ! 僕もうすぐ妹が産まれるんですよ! 母さんに電話しなきゃ!

 いやー、帰ったらする事たくさんですねー!

 こりゃ今から帰るのが楽しm

 

 しかし――――突然入った通信により、ごはんパンマンの言葉が途切れる。

 

「おいRiajyu(ごはん)よ? そーいやF-16C*3のベイルアウト用レバーって、どこに付いてるんだぁ?

 俺さまのイーグルとは違う場所なのか~?」

 

『あ、一緒っスよFー15と!

 僕の機体も、この左側にある黄色いレバーをグイッと……って、え?』

 

 その瞬間、ごはんパンマンの機体が爆散する――――

 唐突に、何の音もなく放たれた“レーザー兵器”により、彼が見ている前で粉々になった。

 ……まぁなんか、咄嗟にベイルアウト( 緊急脱出 )は出来てたみたいだが……。

 

「くっくっく……まさかあんーなに、死亡フラグを乱立するとはなぁ~。

 もう逆に、助けてやろうかな? って気になったぞ」

 

「どうだ、ROCKだろぉ? 反逆の精神ってヤツだ。

 ……まぁホント言うと、【元カノが今カノをブチ殺した~】みたいに思われるのが、ちょっと嫌だっただけなのだが……。

 ホント何なんだよ、いったい。アイツらもう病気だと思うぞ?」

 

 ()()が笑う声が、ハッキリ無線から聞こえる。

 いま彼の眼前に、黒い雲を切り裂くように飛ぶ“バイキンUFO・Eagle”が現れた。

 

 

 

So,You find a reason fighting yet(   戦う理由は見つかったか   )――――Buddy( 相棒 )?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AN-BREAD ZERO ―THE BAKERY WAR―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぎゃーっ! ほげぇ~!」

 

 ――――ッ! ッ!!

 

 突然ではあるが……、現在ばいきんまんの情けない悲鳴が、空に木霊している。

 

「ちょ……! なんでいきなりバルカン!? 有無を言わさずM61A2攻撃?!

 普通ここは、ちょっと話をする流れじゃないのか!? 久しぶりに会ったんだぞ!?」

 

 ――――ッ!! ~ッ!!

 

 ドゴゴゴゴ! ガガガガガ!! という音が延々と鳴る。

 ばいきんまんを一目見た途端、彼は即座にヤツへ突貫し、いきなりバルカンを乱射。

 宥めようとするばいきんまんの言葉も、意に介すことなく、阿修羅のような勢いでひたすら追いかけまわす。殺意に満ち溢れていた。

 

「やっ……やめろぉ~う! バルカンはらめぇーッ!

 ミサイル(AAM)対策はして来たが、バルカンの方はしてないのだぁー!!

 俺さま死んじゃう~っ!!」

 

 ――――ッ!! ~~ッッ!!!!

 

 死ね! 今すぐここで死ね! ……そう言わんばかりのアンパンマン。

 その情け容赦ない攻撃は、どこか“彼氏に裏切られた女の子”を彷彿とさせる。

 よくも私を捨てたわねっ! ぜったい許さないわ! この浮気者っ! ……みたいな声が聞こえてきそうな感じ。

 顔なんかもう、般若みたくなっている。すごくコワイ。

 

 そして……、アンパンマン号・RaptorのM61A2(600発ほど)が全て撃ち尽くされるまで、ひたすら根性で逃げ回ったばいきんまんが、ゼーハー言いながらようやく一息つき、改めて対話を試みる。

 

「あの……俺さま勝手ばかりしてるし、確かに仕方ない部分はあるけど……。

 でもなんでお前、()()()()()()()()

 そりゃないだろ相棒……俺さまビックリだぞ」

 

 ――――フーッ! フーッ!!

 

 肩で息をし、まるで猫のように威嚇する。未だ彼の怒りは治まらぬ様子。

 ベイルアウトのしやすいミサイル攻撃ではなく、機関砲でバラバラ死体にしようとした所に、アンパンマンの憎しみの深さを感じる。

 もしここがマンションの一室で、そばに包丁とかがあったなら、躊躇なくそれ握りしめて突進してきそうな雰囲気だ。

 

 そこまで悪いことしたのかな俺さま? とばいきんまんは首を捻る。

 昔カタギな男であり、朴念仁なこの人には、理由がまったく思い当たらなかった。

 ちなみにだが、今も恐怖で震え上がっている最中だったりする。さっきオシッコ洩れそうになったし。

 

「とりあえず、落ち着くのだアンパンマン。頼むから……。

 お前ランボー2の、スタ〇ーンみたくなってるぞ?

 機関銃は乱射するわ、復讐に身を焦がすわ……。

 いつからアクションスターになった? そんなんじゃなかったろ」

 

 ――――……。

 

 なんか無線越しにも、アンパンマンの「ぶっすぅ~!」とした雰囲気が伝わってきて、またばいきんまんは冷や汗をかく。

 とにかく、いったん仕切り直さなければ。

 せっかく、あれほど待ち望んでいた戦いが始まるというのに。これでは台無しになってしまう。

 ばいきんまんは猫なで声で彼を宥め、なんとか話が出来る状況まで持って行くことに成功。

 二人は無線に耳を澄ませ、ようやくお互いの声をしっかり受け取る姿勢に入った。

 

「そんじゃ、改めていくぞ? 良いな?

 ――――あーっはっはっはー! よく来たなぁアンパンマーーン!!」

 

 ――――……。

 

 白々しい……。アンパンマンは思う

 残念だが、とても白けた雰囲気の中で、二人の最後の戦いは幕を開けた。

 

「ここまで来たことは、褒めてやろう!

 流石はお前だと言わざるを得ない! はーひふーへほ~う!」

 

 ――――…………。

 

 機嫌良さげにガハハと笑っているが、さっきまでの事を考えると、凄く寒々しいと言わざるを得ない。

 なんか思ってたヤツと違うッ! こーいうのじゃ無かったハズなのに! もっと感動的なシーンの予定だったのに!

 そうばいきんまんは、内心焦りまくった。

 しかし……。

 

『――――ガルム1、聞こえるか!

 駄目だ、核ミサイルの再起動を確認した!』

 

 突然のAWACSからの声に、彼は身を硬くする。

 

『直ちに作戦続行! 交戦を開始せよ!

 こちらの状況分析が終わるまで、持ちこたえるんだっ!』

 

 これまでにないほど、緊迫感を孕んだ声。

 先までの弛緩した雰囲気が消し飛び、彼がハッとした顔で、ばいきんまんの方を見る。

 

「よぉアンパンマン、()()()()()()()()()()()。不足はあるか?」

 

 いやらしい笑い声。

 ニタニタと口をゆがめている姿が、容易に想像できる程に。

 

「苦労したぞぉ~? 半年もかかっちゃった。

 核ミサイル作ったり、バカな奴らを扇動したり、計画を練ったり……。

 だがようやく……、場が整った。

 お前というヒーローが、力を振るうのに相応しい舞台が――――」

 

「……ん? なんで喋らないのだ? 何を驚くことがある。

 お前に活躍の場を作るのが、俺さまの役目だったろぉ?

 カバ男をイジメたり、町でイタズラをしたり、流れ者にちょっかいを出したり。

 それと同じじゃないかぁ」

 

「子供だったあの頃とは、()()()()()()()()? 俺さまもあれから成長したし!

 ま、ちょーっと人が死んだり、世界が滅んだりするだけだ。

 別に騒ぐような事じゃない。本質は同じさ」

 

 ゲゲゲゲ! ゲゲゲゲ!

 その笑い声が、だんだん大きくなる。

 即座にアンパンマンはスロットルを吹かし、バイキンEagleに向けて機体を走らせた。

 

「これまでとは違う、もう自分だけ知らんぷりは出来ないぞぉ?

 お前の大事なパン工場、そのしみったれた思い出ごと、全てを消し飛ばしてやる」

 

「北極から南極まで、西の漠土から東の海原まで。

 この丸っこい地球の隅々まで、真っ平らにしてやるさ」

 

「あのアヴァロンにいる、負け犬を拗らせた馬鹿共には、言ってないがな?

 みんな死ぬよ。()()()()()()()

 他ならぬ、俺さまが作ったミサイルなら、それが出来る」

 

「産まれる前の腹子から、今際の(きわ)の老人まで。

 商人も、農民も、兵士も、政治家も、王も、奴隷も、一人も残さないぞぉ?

 丁寧に、几帳面に、徹底的に、一切の差別無く、馬鹿みたいに、心を込めて皆殺しにする」

 

「お前、“からっぽ”とかほざいてたなぁ? 心が無いんだっけぇ?

 じゃあ、その時お前は、()()()()()()()

 楽しみにしておくよ、アンパンマン――――」

 

 Raptorがミサイルを放つ。

 側面から襲い掛かったそれは、バイキンEagleに直撃する寸前に爆散。

 まるで見えない壁でもあるかのように、防がれる。

 何が起こったのか分からないアンパンマンは、あの円卓での戦いの時と同じく、思わず動きを止めてしまう。

 

「そうそう、戦わなきゃなーアンパンマン?

 誰に言われるでも無く、自分の意思でやらなきゃ。

 そうでないと……本気になんてなれないだろぉ?」

 

「傭兵なんてやらせたのは、間違いだったなぁ~。

 こればっかりは、すまん。俺さまが馬鹿だったぞ。

 最初から、こうすれば良かった――――俺さま自身が、お前に立ちはだかるべきだった」

 

 光が迫って来る。

 まるで剣を横薙ぎにするように、黒紫の光が凄まじい速度で、Raptorに襲い掛かる。

 それが、ばいきんまんによって開発されたビームだという事を直感し、ほとんど反射で操縦桿を押し倒す。紙一重で回避。

 

「よぉヒーロー殿、ついでだ。

 もっと本気にさせてやろうかぁ?」

 

「お前に下手くそな折り紙を……いや勲章だったかぁ?

 それ作ったガキ共の町を、空爆させたのは()()()()

 あの馬鹿共に、それっぽい事ふきこんで指示したら、喜んで実行したよ♪」

 

「教えてやろうか? あのガキ共なぁ……。

 助けてアンパンマーン! って言いながら、()()()()()()()()()()

 

 ギリッと、奥歯が音を立てる。

 目の前が真っ赤になる。

 勇気の鈴ではなく、マグマのような悍ましい感情が沸き立つ。

 

 遠い過去では、ヒーローだった。

 この数十年は、世捨て人のように生きていた。

 だから、彼は知らなかったのだ。いま自分の胸にある感情が、“憎しみ”という名である事を。

 

 固まっていた腕を動かし、Raptorの神速を以って上昇。バイキンEagleの上を取る。

 そこから螺旋を描いてダイブ、AAMを発射。直撃。

 しかし、またしても無傷で煙の中から現れたEagleを見て、アンパンマンは絶句する。

 

「腑抜けてたのは、お前じゃない。俺さまの方だよ。

 己の本分を忘れ、魂を腐らせてた。

 自分が何をすべきで、何の為に生きるのかなんて……そんなの生まれた時から、知ってたハズなのに」

 

「どこで失敗した? なにを間違えた? なぜ俺さま達はこんな風に?

 何度も考えた。この数十年、そればかりを思ってた。

 でもそんなの……分かり切ってるのだ」

 

「もう大人だと言って、かしこぶり、妙な知恵を付け……。

 いつしか、()()()()()()()()()()()()()

 

「あの頃のまま、いれば良かった……。

 時代が移ろうが、周りが変わろうが、ジャムおじさんが死のうが、お前がどうであろうが。

 ……俺さまは、好き勝手に振り回せば良かったんだ。

 こんな風に、ヒーローを戦いに引きずり出せば、よかった……」

 

 上を取り返され、強襲される。

 類まれな空間把握能力と、勘としか言いようが無い感覚を以って、それを回避。

 たった0.01秒前にいた場所を、バイキンEagleのビームが走る。

 Raptorの表面が焦げる音と共に、機体が不安定になる。

 

「おっ、降って来たなぁ~。風情があって良いじゃないか。

 あの“始まり日”と同じだ、覚えてるかアンパンマン?」

 

「あれからたくさん飛んだなぁ~。

 Demon( 鬼神 )なんて呼び方を……、化け物扱いされながら、戦ってた」

 

「だが、“不死身のエース”なんてのは、戦場に長くいた奴の過信だ。

 お前のことだよ――――ヒーロー」

 

 全神経を集中し、状況の把握に努める。ヤツの居所を探る。

 スティックとレバーを握る両手は汗に濡れ、ペダルを踏む両足が震える。

 一瞬でも気を抜けば、墜とされる――――

 それだけじゃない、この世界の全てが終わる。ばいきんまんは本気だ。

 

 ぼくと戦うため……戦う舞台を用意するため。

 ただそれだけの理由で、全てを巻き込んだ。全てを賭けた。

 自分も、周りも、未来も。いまこの瞬間の為だけに。

 

 狂気……いやそうじゃない。これは、ばいきんまんの本質。

 この行動こそが、ばいきんまんという存在そのものなんだ。

 自分も言っていた。“どうでもいい”と。心がからっぽになってから、全てのことが無価値になった。

 

 ばいきんまんは、()()()()()()()()()()()()()()()()――――

 それは子供だった頃から、今にいたるまで、少しも変ってないんだ。

 

 アンパンマンは、ようやくその事に気付く。

 飄々としていて、決して己の本心を覗かせない人だから、いつも高らかに笑って平気そうな顔をしているから、気が付かなかった。

 ばいきんまんという“悪”にとって、どれだけ自分という“ヒーロー”が重要なのかを。

 どれほどの信頼を受け、どれほど大切に想われていたのかを、ここに至るまで知らなかった。

 

 いや……信じてやる事が出来なかったのだ。これほどまでに大きな、“友達”の想いを。

 どれだけばいきんまんが、“魂の片割れ”だと言ってくれた自分に対して、誠実であったことか。

 

 その事実に気が付いた時、突き刺さるような痛みが、アンパンマンの胸に走った。

 

『報告! 第一分析終了!

 敵機から、地上へ送っている信号を確認した!

 恐らくはヤツが、“B2”発射の手綱を握っている!!』

 

「なにを今さら……。白髪はえてる割には、頭使ってないなぁAWACSのオッサン。

 名前からして、バイキン(B2)ミサイルだろぉ?

 そんなモン、俺さまが使うに決まってるじゃないかぁ」

 

 ピッという機械音と共に届いた、AWACSからの声。

 それを耳にしても、立ち直ることが出来ない。

 アンパンマンは未だ、深い絶望の中。

 さきまでの怒りなど既に消し飛び、今は耐え難い後悔の念と、得も知れぬ罪悪感が、彼を苛んでいた。

 

 視界が滲む。前が見えなくなる。

 動かなきゃいけないのに、戦わなくてはならないのに……、身体がまったく言う事をきかなかった。

 ただただ、過去にばいきんまんがしてくれた事、言ってくれた事、その膨大な思い出だけが、走馬灯のように頭を駆け巡る。

 自身がいま戦闘機に乗っている事など、忘れてしまったかのように。

 

「なぁアンパンマン、ここから境目が見えるか? そんなモンが目に見えるか?

 “国境”は、俺さま達に何をくれた?」

 

 届くのは……友達からの声だけ。

 何故かばいきんまんの、聞き慣れたしゃがれ声だけは、こんな状態であってもスウッと心に届く。聞く事が出来た。

 

 

「全てをやり直す――――その為のバイキンミサイルだ。

 俺さまが作った」

 

「まだジャムおじさんが、生きていた頃……。

 国も、国境も無く、なんにも煩わしい物が無かった、あの頃の世界……。

 俺さま達二人、ただ子供のように遊んでいれば良かった“夢の国”に、戻そう」

 

 

 静かな、声だった。

 嘘偽りなく、なんの飾りつけも無い、本心からの物。

 荒くれで、自分勝手なばいきんまんが、決して他人に見せようとしなかった――――心。

 

「ま、しいて言うなら……って感じだけどな?

 俺さまの願いなんて、そんくらいのモンだよ。

 これは、お前と戦うための理由作り。“ついで”でしかない」

 

「どっちでもいいぞアンパンマン?

 嫌なら勝てよ、構わないなら墜ちろ。

 バイキンミサイルが爆発しても、()()()()()()()()()()()()

 どちらにせよ、俺さま達はずっと一緒なんだから。大した違いは無いさ」

 

「だから……これは終わりじゃない。ラストバトルなんかじゃないさ。

 これからも続いてく、ここからまた始まるんだ。

 ……分かるな、相棒?」

 

 三度(みたび)、ばいきんまんがレーザーを発射。

 機体を旋回し、それを辛うじて躱すも、アンパンマンは次の動きに移れない。

 ただただ、“友達”から逃げ回っているだけ。

 

「ずるいか? 俺さまばっかり攻撃するのは。

 一方的に傷つけるのは」

 

「でもなヒーロー? 戦いに慈悲は無い。

 パンに水ぶっかけようが、カバ男を人質に取ろうが、全部アリなんだよ」

 

「勝者と敗者、生きる者と死ぬ者がいる。それが全てだ。

 といっても……お前いつも、アンパンチで10㎞くらいぶっ飛ばすだけだし。

 俺さまも、殺しはやらなかったけどな! ちょーっとらしくなかったかぁ?」

 

 たはは、と声がした。

 苦笑するような、自嘲するような笑い方。

 あたかも、「仕方ないなぁ~」みたいな雰囲気を醸し出している。

 

 ハッキリ言って、いまアンパンマンを墜とせた。隙だらけなのだ。

 しかし……ばいきんまんはレーザーを放つことなく、ただ彼と動きを合わせるように、して、暫しドッグファイトに興じる。

 

 なぜそんな事をするのか。そんな必要がどこに?

 手加減をするような性格じゃない事を知っている彼は、混乱の中で更に目を丸くする。

 

『すまんな、()()()()()()()()()

 タイミングが悪いから、続きは後で言う』

 

 その時、遥か数十キロ前方から、轟音――――

 山を形作るほどの煙と、凄まじい炎の赤を上げて、巨大な白い何かが、空に登っていくのが見えた。

 

『くそっ! B2ミサイルの発射を確認! 間に合わなかったかッ!!』

 

「というワケで……惜しかったなぁ相棒?

 このバイキンミサイルで、全てを“ゼロ”に戻す。

 また二人で始めようじゃないか」

 

 いつもの如く、ガッハッハと高笑い。

 世界の滅亡という、ここに至っても、彼は平然としている。

 何でもない事のように笑い、これから訪れる()()を楽しみにしている。それがハッキリと分かる。

 

 もし“悪”というものの定義が、ただ周りや他人にとって、不都合な行為である……という物だとするならば。

 このバイキンミサイルは、「自分たち二人以外はいらない」という想いは、この上なく極まった至高の“悪”だろう。

 ばいきんまんは、何を思う事なく、子供のような純粋さを以って、()()()()()()

 

 悪として生まれたから。

 こいつは魂の片割れで、なにより大切な“相棒”だから。

 それが出来るのだ。

 

 そのとてつもなく強い意思、その想いの大きさに、ただでさえ無口なアンパンマンは言葉を無くす。

 というか……何故か彼は今、アンパンであるハズの顔を()()()()()()()()()

 いったいどうしたというのだろうか?

 

『聞け! ガルム1!

 そこにいる敵機体の解析が完了した! 弱点がわかったぞ!』

 

 手も足も出ない空戦に耐え続け、ようやく届いたAWACSの声にも、反応を示さない。

 本当に彼は、いったいどうしたというのだろう? いくら無線機がけたたましい音を鳴らそうとも、熟したリンゴのように「ぽっ♡」と顔を赤く染めるばかり。*4

 

 

『おい! 聞いてるのかSmile(アンパン)!?!?

 どうやら敵機体のバイキンUFO・Eagleは、ECM防御システムによって護られt

 

「――――あー、いいのいいの! もうそれ関係ないから!

 じゃあな~AWACSのオッサン。達者でなぁ~」

 

 

 そうばいきんまんが告げた途端――――突然アンパン号・Raptorが()()()()

 まるで内側から弾け飛ぶようにして、バラバラになり、その残骸は黒煙を上げて、力なくアヴァロンの地へ落下していった。

 

「このRaptorは、俺さまが作ったんだぞ?

 なんで用心しないかな~。そのまま乗って来るかな~。

 理解出来ない程の甘さだよ、お前ら」

 

 そして、何故がベイルアウト()()()()()()()アンパンマンが、身体を縛り付けていたシートを外し、自らのマントで空を飛ぶ。

 ワケも分からぬままでバイキンUFO・Eagleのすぐ真ん前に立ち、操縦席にいるばいきんまんをじっと見つめながら、静止している。

 

「あの“7つの戦術核”の日な?

 ミッションに出掛ける前、ちょちょいっと細工をしておいたんだ。

 このスイッチを押せば、自動的にお前をベイルアウトさせ、その後でRaptorが爆発するように」

 

「気が付かなかったな?

 機体の整備や弾薬の補給は出来ても、動力部を弄ることは出来なかったか~。

 ま、無理もない。俺さまくらいの天才じゃなきゃ、仕組みは分からんもんなー!」

 

 本日何度目か分からない、ばいきんまんの高笑い。

 イタズラが成功したぞ! ざまぁみろアンパンマン! といった姿そのものだが……何故がそれに不快さは覚えなかった。

 ただただアンパンマンは、キョトンとした顔で、その姿を見守るのみ。

 今の状況が、まだ飲み込めずに。

 

「という事で……ここでさっきの話に戻るんだが。

 やっぱ一方的とか、ただ相手を消すとかは、俺さま達らしくない」

 

「あのオヤジが言ったように、新しく作ったバイキンEagleには、ECMっぽいのが付いてて、ミサイルとかを無効化できるんだ。

 いちおう弱点としては、エアインテーク(空気取り込み口)がある正面からの攻撃には、対応できない~とかもあるんだが……。

 それでも俺さまが8対2くらいで、有利なのは変わらない」

 

「だから、()()()()()()()()()

 元々これって、弱いヤツラと対等に戦うために、あえて乗ってたトコロあるしな?

 俺さま達は対等、だから必要ない。

 いつも通り戦うぞ、アンパンマン――――」

 

 今、突然〈バコーン!〉と音を立てて、Eagleも爆発。

 だがその中から、とても見覚えのある物……いつもばいきんまんが乗っていた“普通の”バイキンUFOが姿を現す。

 戦闘機でもなんでもない、いつも戦いの時に使っていた、丸っこい機体だ。

 

 それを見た途端、アンパンマンの胸にある“勇気の鈴”が、突然割れんばかりにリンリンと鳴り始める。

 胸がドキドキ高鳴り、身体に力が溢れる。

 あのUFOを一目見た途端、まるでパブロフの犬のように、ずっと忘れていた高揚感と、戦いに挑む心が、ハッキリと蘇ったのだ。

 

「Raptorも吹っ飛んだし、無線も使えなくなったな。

 これで本当の意味で、俺さま達二人だぁー!」

 

 はーひふーへほ~と言った後、イタズラめいた顔でニッヒッヒと笑う。

 本当に……本当に久しぶりに、ばいきんまんと向かい合えた気がする。

 魂の片割れ。……いや“宿命のライバル”として。

 

「そんじゃま、久しぶりにやるかぁ~!

 来いよ相棒――――アンパンチだ。

 真っ向からヘッドオンして来いッッ!!!!!」

 

 歓喜が湧き上がる。

 燃えるような熱が、身体から吹き上がる。

 

 言葉を返すこともなく、飛び出す。

 一直線に、バイキンUFOに向かって。

 我慢できず、もう押える事が出来ずに、風を切って矢のように飛ぶ。

 気付かぬうちに、一筋の涙をポロリと零しながら。

 

 アンパンマンが右手を突き出し、相手を殴るために拳を握っている、というのを除けばだが……。

 その様はまるで、ようやく会えた愛しい恋人の胸に飛び込んでいく、少女のよう。

 

「俺さまとお前は、鏡のようなモンだ。

 向かい合い、ぶつかり合って……初めて本当の自分に気付く。

 お前を通して、俺さまは俺さまを知る……」

 

「まぁ俺さまの方がハンサムだしッ! 性格は正反対だけどなッ!!

 はーひふーへほ~う!!!!」

 

 ――――君、最後までドキンちゃんに振り向いて貰えなかったよね?

 そんな辛辣なツッコミが、拳と共に放たれる。

 

「うっ……うるさぁ~い! それを言うなぁ~っ!!

 お前だって独身の、ひきこもりパンマンじゃないかぁー!!

 いったい俺さま達、いくつだと思ってるんだ!

 怖くて数えるの止めたけど……、とっくに三桁歳だぞ!?」

 

 ――――うん、金さん銀さんだね。君はどっちをやる?

 

「どっちもやんないよ!! 俺さま達兄弟じゃないよ!!

 まぁある意味で、兄弟と呼べなくも無いが……。

 そんじょそこらの血縁には負けんしなぁ! 魂で繋がってるんだッ!!」

 

 ――――ならいい。君がいるからいい。()()()()()()()()()()

 

「やめろそーいうの!!?? なんかザワつくんだよ色々ッ!!!!

 夢の国に、()()()()が生まれたらどうする!

 “女の子の妄想を書きなぐった薄い本”の即売会とかが行われるようになったら、どう責任とるんだぁ!」

 

 バイキンUFOの大きなアームが、次々に拳を繰り出す。

 時に躱し、時にガシッと受け止めながら、縦横無尽に空を駆ける。

 嬉しそうに、楽しそうに笑みを浮かべて、戦う――――

 

「よぉ相棒! 身体は鈍ってないよーだなぁ!

 久しぶりのバトルだってゆーのに、キレッキレじゃないかぁお前!!」

 

 ――――バイキンUFOも、相変わらずだね。

 ――――力も、長いアームも、厄介でしょうがない。

 

「バカタレ! いつもへし折ったり、引きちぎったりしてたろーが!!

 その度に修理しなきゃいけなくて、俺さまのお小遣いがドンドン……。

 お前は良いよなぁ相棒! 元手0円だもんなぁ!」

 

 ――――ぼくだって、いつも顔のパン駄目にされてた。

 ――――食べるならともかく、アレはいけないと思う。

 

 なんで昔は、アンパン食べなかったの? てんどんまんや、かまめしどんの中身は食べてたのに……。

 そう目で追えない程の速度で、バイキンUFOの周りをギュンギュン飛び回りながら、キョトンとした顔で訊いてみる。

 わざわざ水とか、かびるんるんで攻撃しなくても、「ちょうだい」って言ってくれたら良かったのに。普通にあげるのにと。

 

「ライバルの顔なんか、食えるかぁぁぁあああーーッッ!!!!

 顔を見るだけでムカムカしてたのに、腹に入れるなんてありえなぁ~い!!」

 

 ――――むかつく。後でむりやり口に突っ込むから。とりあえず殴る。

 

「お前そろそろ、DVパンマンに改名しろ!

 そら結婚できんわお前! 嫁さん粉微塵になるよ!!」

 

 関係無いが、二人ともB2ミサイルのことを、すっかり忘れているように見える。

 AWACSとの通信が出来れば、「あと4分!」とか言って貰えるのだろうが……もう無線などここには無い。

 二人がワチャワチャと、楽しそうに戦う(いちゃつく)声が、辺りに響くのみだ。

 思う存分、心行くまで、ボカスカに殴り合う――――子供だったあの頃のように。

 

 

 

「うっぐっ!?!?!? く……くっそぉ、このつぶあん頭めぇ~ッ!!!!」

 

 だが、幸せだったこの時間も、二人の戦いも……、終わりが訪れる。

 いまアンパンマンの拳が、二本目のバイキンアームを粉砕。根元からちぎって見せたのだ。

 言うまでもなく、もう何も武器は残っていない。

 あの戦闘機仕様のEagleならともかく、今のバイキンUFOは通常の物。

 まさに、彼と真っ向勝負(ヘッドオン)する為に選んだ、想いがこもった機体なのだ。

 

「よぉ相棒……、俺さまの宿命のライバルよ?」

 

「戦いを忘れ、バカをやることも無くなり、人々に忘れ去られ――――

 そうして全てを失った俺さま達に残った物は、いったい何だ……?」

 

 無事な部分が無い、というほどに破損し、黒い煙があがるバイキンUFO。

 それをじっと見つめながら、アンパンマンは友の言葉に、耳を澄ませる。

 

「善、悪、助け合い、裏切り。

 痛み、ぬくもり、屈辱、喜び、勇気――――」

 

「そんな“戦い”という物のすべてを、お前と共に味わって来たという、()()()

 カビが生え、とうに朽ち果ててしまった、“矜持の残滓(ざんし)”だ」*5

 

 苦しそうに、痛そうに、言葉を紡ぐ。

 ボロボロになったばいきんまんが、それでも彼に心を届けるべく、想いを語る。

 

「俺さまは、“ただ生きる”ことは、望まない……。

 目的もなく、夢もなく、無為に生を食いつぶすだけなら、獣と同じだから」

 

「だから……本当に俺さまが望んでたのは、ただひとつ。

 しかるべき敵と、また胸が震えるような戦いをし、悪の矜持ってヤツを見せつけ……、

 その中で、自分がかつて何者だったかを思い出して、()()()()()()

 

「お前だ――――アンパンマン。お前じゃなきゃ駄目なんだ。

 戦闘機乗り(エース)達でも、国でもない、またお前と戦いたかった」

 

「なんか思ったより、ゆる~い空気になっちゃったケド……。

 とにかく、そのために今回は、全力で無茶をしてみたんだ。

 ……分かってくれるか?」

 

 コクリと、頷きを返す。

 アンパンマンも同じだったから、分かる。

 きっとばいきんまんが居なければ、ジャムおじさんが死んでしまったあの日に、自らパンを焼く事はなかっただろう。

 ばいきんまんと同じく、“死”を選んでいたと思う。

 そして、ばいきんまんと同じように、二人で紡いできた数々の戦いが、今もこの胸に矜持の炎を灯している――――勇気の鈴が鳴っているから。

 

「あの町の空爆とか、ガキ共のことに関しては、俺さまが流した()()()()だ。

 情報は世界を制する、ってな? ちょーっと偽の情報を流してやったに過ぎない。

 安心して良いぞぉ~」

 

「だが……今度のクーデターに関しては、俺さまが首謀者みたいなモンだ。

 鬱屈を溜めてたバカ共をだまくらかし、お前と戦う為だけに……。

 その責任は、しっかり取らなきゃな?」

 

「やれよアンパンマン――――いつもの優しいアンパンチじゃなく。

 俺さまを殺さなきゃ、ミサイルは止まらんぞ?

 この心臓の鼓動と、リンクさせてあるから」

 

 突然、バイキンUFOがうなりを上げて舞い上がる。

 高く、そして大きな円を描き、どんどんそのスピードを上げていく。

 

 それに対し、彼はその場で佇むのみ。

 静かに目を閉じ、精神を集中させ、リンリンと鳴る勇気の鐘の音色を、じっと聞き続ける。

 

「最後のヘッドオンだ、今から全速力でお前に突っ込む。

 止めてみろよ、相棒?」

 

 雲を引き、音速の壁を破りながら、空を疾走。

 大きな円の終点を、アンパンマンが居る位置に定め、ひたすらに速度を上げる。命を燃やすようにして。

 

 いま、リンリンという鈴の音と共に……アンパンマンの身体が()()()()()

 強く、眩しく、激しく光を放ち、真っすぐバイキンマンの方へ向き直った。

 

「 さぁやれ“ヒーロー”!! 悪はここにいるぞッ!!!!

  正義の味方ならば、俺さまを倒してみせろッッ!!!! 」

 

 アァァァン――――

 そう小さく呟くと共に、彼の目がハッキリと開く。

 

 

 

「――――Fire away, coward(  打てよ臆病者  )! C'mooooooooooon( アンパァァァァアアアアン )!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 世界を覆うほどの金色の光が、空で輝いた。

 

 

 

 

 

 

 

(つづくぞ!)

 

 

 

 

 

 

*1
Su-47という機体。マルチロール型の戦闘機。前進翼にカナード・尾翼を備えるという、特徴的な見た目をしている。愛称であるベールクトとは“イヌワシ”のこと。

*2
両機が真っ向から向き合う形

*3
ごはんパンマンが乗る機体。低価格&高性能がウリで、傑作機であるFー15イーグルの廉価版にあたる。愛称は“ファイティング・ファルコン”

*4
「私こんなに彼に愛されてたのね! きゃー☆」と解釈するのも、個人の自由である

*5
残りカスの事







 次回、最終話。


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