「あらー…。あらまぁ」
先までシロエとクロエの衝突により
圧倒的な威圧感が支配していた戦場に
間の抜けた声が響く。
「イリヤちゃんとシロちゃんたらいつの間にもう一人増えちゃったのかしら。
それにみんなずいぶんカワイイカッコね」
声の主は言うまでもなくイリヤ達の母親であるアイリである。
先の空気など知ったことではないと言わんばかりに
アイリは極めてマイペースに言葉を紡いでいた。
イリヤは見られてしまったと顔を羞恥で赤く染め涙目になり
そして
ギリ…!
クロエは突然の母親の登場に歯ぎしりし
アイリへと距離を詰め
「!!」
「ん?」
双剣を叩きつけようとしたが
すんでの所でイリヤが感づきルビーで受け止める。
突然の出来事だったからか
はたまた愛すべき愛娘からの攻撃だったからか
アイリの目は見開かれる。
奇襲に失敗したクロエは一旦距離を取る。
「なっ…なに考えてるの!?
ママだよ!?
わたしの…わたしたちの!!」
イリヤは憤り攻撃したクロエへと糾弾する。
しかし
「逢いたかったわママ。十年前…。
わたしを『なかったこと』にした素敵なママ!」
クロエはイリヤの言葉には応えず
その後ろにいるアイリを睨み付け糾弾する。
「十年前?(どういう──)」
クロエの発した言葉の意味がわからず訝しむイリヤであったが
考えている暇もなく
「!!」
クロエは双剣をアイリに向かって投擲。
「危なっ…!!」
イリヤはアイリを押し出すことでその双剣を回避。
双剣は後ろの車へと突き刺さる。
しかしクロエは更に投影魔術を使用し
黒弓と矢を投影。
黒弓に矢をつがえる。
「!!逃げてイリヤ!!
それは防げな…」
美遊がイリヤへと警告するも
「ルビー!!
物理保護…」
イリヤはそれを防ぐべく
物理保護の障壁を展開しようとする。
矢が放たれる。
通常の物理保護の障壁では美遊の言う通り防ぐことはできない。
しかし
(あの時シロがやったように
止めるんじゃなくて矢を逸らすイメージ…!)
エーデルフェルト邸にてシロエがクロエの一撃を防いだ時のことを思い出すイリヤ
そして
「
イリヤの前方に角錐型の障壁が形成される。
クロエの放った矢はその障壁にぶつかると、障壁に沿って軌道は逸れ木々に大穴を空けながら空へと消えていった。
「………!!」
「今のは…!?」
「物理保護の前方展開…。そんな方法が…!」
イリヤの咄嗟の機転に驚く一同
「どうして…。
どうしてママを攻撃するの!?
攻撃してどうなるっていうの!?
こんなのめちゃくちゃだよ……。
自分が何してるかわかってるの!?」
クロエの一連の攻撃に更に憤ったイリヤはクロエへとその憤りをぶつける。
「───んない」
クロエは俯きながらポツリと呟く。
そして
「わかんないよ…。
上げた顔は本当にどうしていいかわからないといった迷いでいっぱいの表情をしたクロエがいた。
「……!?(なに…?急に不安定になった…?)」
クロエのコロコロ変わる表情にイリヤが困惑する。
そこに
「!?ダメ!!避けて!!!」
「え…?」
唐突なイリヤの叫びにクロエはその意味を考えることも頭を切り替えることすら出来ずに
クロエの左側面より凄まじい衝撃がクロエを襲った。
ゴキッ!!ミシミシ…!!
クロエの内側から嫌な音を響かせながら
木々をへし折りながらクロエの身体は吹き飛ばされ
大岩へと衝突しようやく止まる。
「ガッ…ハッ…!!!」
「クロ!!」
クロエが震えながら血反吐を吐き
それに対し美遊がクロエに声をかける。
そしてクロエを吹き飛ばしたのは
「……………」
当然シロエである。
シロエの両腕はイリヤがクロエとやり取りしている間に変化させたのか
白熊の腕へと変貌していた。
しかしその表情は
「…………………………っ」
今にも泣き出しそうなまでの沈痛な表情
まるで今の攻撃に対してとてつもない自責の念に押しつぶされそうで
そしてそれと同時に激しい自己嫌悪に苛まれている。
イリヤと美遊とアイリの三人にはシロエがそのように見えた。
しかしその表情をしたのは一瞬であり
「……………………………………………アハッ」
クロエがその顔を上げた時には
「アハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!!
当たった!ヨウヤクアタッタ!!」
すぐに狂気で覆い隠されていた。
「殺すと宣言した相手を無視して別の目標に切り替えるなんてね。
わたし寂しくて泣いちゃいそうよ?
ネェ、クロオネエチャン」
「シロォ…!!」
親の仇でも見るかのように
クロエは起き上がりながらシロエを憎々しげに睨み付ける。
シロエの狂気に対抗するべく殺意をその身に漲らせているかのようであった。
そして双剣を投影し
「…殺すッ!!!」
シロエへと斬りかかる。
そんなクロエをシロエは両腕を広げ迎え撃つ。
なんで?
どうしてこうなっちゃうの?
今イリヤの目の前には
自身の大切な妹であるシロエと
自分自身であるはずのクロエが
戦って…否、殺し合っていた。
「アハハハハハハハハハッ!!
どうしたの!ふらついてるよ!!
ソロソロゲンカイナンジャナイノ!?」
「言ってなさい!!
今すぐに殺してやる!!!」
互いに互いを口汚く罵り、毒づき、貶し合う。
二人の
それでもひたすらに互いを殺し合う。
地獄絵図がそこにはあった。
(本当は二人共殺したくなんて…
傷つけたくなんてないはずなのに…)
傍から見れば同じ顔であるが故に骨肉の争いにも見え
イリヤから見たらまるで自身と妹が殺し合っているかのように見えた。
(あんなに…。
あんなに仲良く…楽しそうにドッジボールしてたのに…。
なんで………)
今の光景を見たらそんなことがあったなど誰も思わないだろう。
そして殺し合ってる二人にもそんなことは欠片も考えてはいまい。
それほどに二人は醜く殺し合う。
(わたしの所為?
わたしがあの時考え無しにあんなことを言っちゃったから?
だから今こんな…)
イリヤの目に涙が溜まる。
「二人共!!お願いだから止まって!!!」
イリヤが必死に叫ぶ。
しかし二人の殺し合いは止まらない。
イリヤの言葉など歯牙にもかけない。
こうなったら…
「イリヤ!?ダメ!!」
イリヤが割り込もうとした時
美遊がイリヤの腕を掴みそれを止める。
「ミユ離して!!」
「ダメ!!今割り込んだらイリヤが…!!」
先に割り込んだ時よりも互いに殺意が膨れ上がり
それに割り込んだらそれこそ怪我じゃ済まない。
美遊はそう感じていた。
「だってこんな…、こんなの…!!」
無論美遊とてこれを放っておくつもりなど毛頭ない。
しかし先みたいに斬撃で二人を別とうにも
二人は高速に動きかつ肉薄しすぎて二人共に傷つけてしまう可能性が高い。
どうする…!?
イリヤを抑えながらも美遊が必死に思考を加速させていた。
その時
「いいわ」
「「あっ…」」
イリヤ達の後ろにいたアイリがイリヤ達の一歩前へと出る。
そして
「おいで。
両腕を広げ二人へ笑顔で呼びかける。
「ママだめ!あぶな…」
アイリの後方にてイリヤが悲鳴を上げるが
「……ッ!!」
そのアイリの言葉に
まだアイリへの殺意が残っていたクロエが
シロエを置き去りにしアイリへと駆け出す。
「ダカラムシシナイデヨォッ!!
クロオネエチャァンッ!!!」
一拍遅れてシロエが狂気に染まった目で
クロエの後を追う。
「どうしてイリヤちゃんが二人に増えているのかわからないけど
イリヤちゃんは哀しんでて、シロちゃんは怖がっていることはわかるわ」
クロエがアイリを斬り殺すべく双剣を構え
「二人共抱きしめてあげる」
その後ろでシロエがクロエを叩き潰すべく右腕を巨大化させる。
「……でも」
アイリの左手の手のひらから糸状の魔力が放射され
「その前に」
クロエとシロエそれぞれの頭上に
その魔力の糸で紡がれた巨大な拳骨が二個生成され
「躾は必要よね♪」
アイリの笑顔と共に拳骨が落とされる。
ゴチチンッ!!
衝撃で軽く土煙が舞う。
「…………」
「は!?」
美遊とイリヤの二人が唖然とした表情でアイリを見る。
「二人共ケンカはめっ!よ。
(シロに関しては振り回していたのは
どちらにしても危ないけど)
「マ…ッ、ママママいい今のなに…!?」
涙がすっかり引っ込んだイリヤがアイリへと吃りながら話しかけた時
土煙が晴れる。
そこには大きなタンコブを頭に作り、目をグルグル回してうつ伏せに倒れているクロエと
そして
「………アハ」
巨大化した右腕で拳骨を受け止め
口元を狂気で歪めているシロエがいた。
「!?」
「シ、シロ…!」
途端に気を引き締め直す美遊とイリヤ。
「アハハハハハハ…。
この程度で…ワタシガタオレルトデモ」
「あらあらシロちゃん」
しかしシロエの言葉を遮り
笑顔でアイリはシロエに話しかける。
しかしその笑顔は凄まじく底冷えするような笑顔であり
「ママからの
そんなシロちゃんには」
アイリの手のひらから再び糸が紡がれる。
しかし今度は両手から、である。
そして再び作成される拳骨。
しかし
「スペシャルなおしおきが必要みたいね♪」
拳骨が一個。
一個が二個。
二個が四個。
四個が八個。
八個が十六個。
十六個が三十二個…。
まだまだ増えていく………。
「……………」
現在シロエは最初の拳骨を受け止めている。
逆に言えばその拳骨に押さえ付けられている。
即ち身動きが取れない。
次の瞬間に襲いかかるであろう自分へのおしおきという名の惨劇にシロエは青ざめる。
そして頭に上っていた血が下がりようやく理解する。
自分が何に逆らってしまったのか。
「………あ、あのー…。マ、マ……?」
「なあに?シロちゃん?」
「頭も冷えましたので…。
出来ればその、話し合いなどいかがかなー…なんて」
「んー…」
先の狂った笑いとは違い
テヘッと引き笑いしながら
アイリへと穏便に話し合いをもちかけるシロエであったが…
「ダーメ」
アイリに一刀両断される。
それに対しシロエは目を閉じて少し考えこんだ後
何かを諦めたかのように溜め息をひとつ吐く。
そして
「というか怒ってる…よね。やっぱり…」
恐る恐るといった具合に話しかける。
「…」
「当然よね。
わたしはクロを…あなたの大切な娘である
(…シロ?)
現在でこそお姉ちゃん呼びで定着しているものの
昔は少しあった妹の『イリヤ』呼びに
イリヤは嫌な予感がした。
「そう。
どんな理由があったとしても許されない。
恩を仇で返すとは正にこのことね…」
「…」
「だから……………。
それを理由にわたしを捨てようとしたとしてもわたしに文句を言う資格なんて…ない」
「シ…!?」
妹からとんでもない言葉が飛び出し
イリヤが慌てて声をかけようとしたが
「いえ。法律とか世間体とかを考えるならわたしから」
「シロ」
アイリが静かに声をかける。
その顔は珍しく真顔であった。
「それ以上言ったら本気で怒るわよ?」
「…っ」
シロエがその迫力に口をつぐむ。
その様子にアイリは笑顔を戻すと
「確かに私は怒ってはいるわ。
でもね…それはイリヤちゃんとシロちゃんがケンカしていたから。
つまりイリヤちゃんにも同じくらい怒ってるの」
「…」
「捨てるなんて絶対にしない。勿論出ていかせもしない。
恩なんて感じなくていい。
そして血の繋がりなんて関係ない。
イリヤちゃんだけが特別というわけじゃない。
シロちゃんも私の大切な…娘よ」
「…ママ」
シロエのアイリへの呼び方が
『アイリ』から『ママ』に戻ったことで
話がなんとか元の鞘に収まったことを感じたイリヤは心の底から安堵した。
そして
「それはそうとちょうどおしおきの準備が出来たわよ♪」
「!?
今の話の流れでやるの!?」
「当然よ。ケンカしていたことに対して怒っているんだから。
むしろやらないと思ってたの?」
「うぐっ…。いやだってほら、場の空気とかそういうのあるじゃ」
そんなシロエの訴えをぶったぎり
「それじゃあはりきっていくわよー。
おっしおきターイム♪」
「ちょっママ!?その言い方は洒落にならな…。
ぐっ…、あっ、うっ…あああああああぁぁぁぁぁぁぁッッ!?!?」
某白黒クマの学園長の如く千本ノックならぬ千本拳骨(実際には千個もないがイリヤ達にはそう見えた)が実行された。
流星群の如く拳骨がシロエへと降り注ぎ
最初は耐えていたものの
次第に膝をつき
そして…
悲鳴と轟音が消え
先とは比べ物にならないほどの土煙が晴れた。
そこには
頭には大量のタンコブをこれでもかと載せ
目をグルグルと回し
地面へとめり込み
うつ伏せに倒れているシロエの姿がそこにはあった。
完全に死んでいる…!
尚、普通に気絶したためかシロエの両腕は元に戻っている。
「あ、あわ、あわわわわわわわわわわ…」
良い話で終わりそうだったところに
半ば不意打ち気味に妹の処刑…もといおしおきシーンを目撃したためか
イリヤは完全に腰が引けている。
そんなイリヤを余所に
アイリは宣言通り気絶した二人を自分の胸へと優しく抱き寄せる。
しかし
「…そうそう。こういう時はやっぱり一蓮托生。
連帯責任よねー♪」
ビクゥッ!!!
イリヤにもその矛先が向き
イリヤの身体が大きくビクリと跳ねる。
そしてそうこうしている間にも
イリヤの頭上にも拳骨が生成されていく。
「ママママ、ママ!?いや、あの」
「やだわねぇそんなに怯えなくても大丈夫よ。
シロちゃんみたいな抵抗をしなかったら一発だけで済ましてあげるから」
「一発でも絵面的に痛いで済まない気がするんだけど!?
それになんでわたしまで!?」
「一人だけ仲間外れだと可哀想じゃない」
「そんな気遣いいらないから!?
お願い待っ…」
イリヤが必死にアイリを止めようと試みるも
「てーーーーっ!!?」
イリヤの脳天にも巨大な拳骨が落とされた。
頭にタンコブを作り倒れるイリヤ
また
ビクンッ
痛覚共有でクロエにもタンコブの上に二個目のタンコブを作ることとなってしまったが
そして後に残ったのは
空気のぶち壊しについていけずに
ポカンとなってしまった美遊と
気絶している同じ顔の三人の愛娘を
まとめて抱きしめているアイリの姿であった。