プリヤに元白熊少女を放り込んでみた   作:『ユタカ』

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1話目投稿から一年で40話って…
すごいスローペースに感じる…。


それはさておき
今回の話は捏造設定がたっぷりあります。
ご注意ください。




幕間2 トケ

 

 

 

 

 

これは

とてもつまらないお話。

 

 

 

 

 

天保十四年

寒いのが当たり前の北方の地、蝦夷

その一つのとある小さな集落

一般的な猟師の家で

わたし(オレ)は生産された。

 

個体名、トケ

それがわたし(オレ)につけられた個体識別名

 

この家にはわたし(オレ)の他に猟犬は二体いる。

その猟犬はわたし(オレ)を生産した父と母と呼ばれる存在だった。

わたし(オレ)を含めて猟犬はその三体。

そしてこの家に住んでいる人間はたった一人。

主である成人した男性…猟師。

それぞれの名は…記録していない。

教えられていない。

そんな情報は不要だから

呼ばれた時のためにわたし(オレ)の名さえ

記録しておけば役割にさしつかえなかったから

 

 

 

生産されたわたし(オレ)に与えられた最初の役割は

見て学ぶこと、だった。

父と母が狩りをしている所を見る。

獲物を探して

見つけ次第、二体で追いつめ

喉笛を一撃で咬みきる。

ただそれだけ。

猟犬という『道具』に与えられた役割

出来て当たり前の仕事

獲物を仕留めたからといって褒められたりはしない。

だって『道具』としての役割を全うしているだけなのだから

 

獲物を仕留めたら主から餌をもらえる。

主から言わせれば、わたし(オレ)達を動かすための燃料みたいなもの…らしい。

そして逆に言えば

獲物を見つけられなかった日や、逃げられてしまった時には

餌は与えられず、代わりに蹴りがとんできてお仕置きされる。

『道具』としての役割を果たせなかったのだから当然だよね。

 

 

「猟犬なんてものは弓矢や仕掛けた罠と同じだ。

猟をしていく上での、ただの『道具』にすぎないんだよ」

 

 

それが主の持論。

険しい顔して近づいてくる人達に何度も言うものだから耳によく残っていた。

…あの人達はいったいなんだったんだろう?

なんだかカワイソウ…?だとかそんなことを言ってたけど…。

ただの『道具』に対して変わったことを言ってて、理解できなかった。

 

そんな父と母の機械的な狩猟と

失敗した日にはお仕置き…大抵は蹴り飛ばされて

餌を抜かれる。

その様子を見て、狩りの仕方と

わたし(オレ)の立ち位置、在り方を学ぶ。

それが生産されて間もないわたし(オレ)に求められた役割であった。

 

それが、ただそれだけがわたし(オレ)たちと主の関係性だった。

 

 

 

……

………

 

 

わたし(オレ)が生産されて一年が経った。

身体はすっかり成長しきり子犬を脱した。

見て学ぶことも終わり、狩りに本格的に使われるようになった。

 

後、変わったことといえば……。

そうそう。父と母が処分されたことくらいかな。

 

父は狩りを連日で失敗して

主から毎日のようにお仕置きを受けていた。

そんな時、なにを思ったのか父は主の脚に思いっきり咬みついた。

そしてその日

狩りを早めに切り上げて家に戻ると

主は包丁を取り出し、父を滅多刺し。

父は息絶えた。

その日の夜は解体した父の肉が餌としてわたし(オレ)と母の前に出された。

 

母は父が処分された日を境におかしくなった。

狩りに出て、獲物を見つける。

そこまでは問題ない。でも

母は獲物に咬みつき仕留めた後

動かなくなった獲物に対して只管に咬み砕く。

なにかに怯えるかのように。

主が罵声を浴びせ母を蹴り、咬みつくのを止める。

傷が無駄に増えると価値が下がってしまう…らしい。

詳しくは知らないけどね。

それで主の蹴りでその場は咬みつくのは止まるんだけど

また別日に狩りに出ると再び只管に獲物を咬み砕く。

止めても止めても何度でも繰り返す。

主はそれを受けて使い物にならないと判断。

母は処分された。父と同じように

 

父と母が処分されたけど、わたし(オレ)は特になにも思わなかった。

父と母もそうだったけどわたし(オレ)たち三体の間に絆なんてない。

餌を食べる時も別々で、録に接触したこともなければ視線を交えたことすら思い出にない。

強いて言えば狩りの時に協力することくらい。

でもそれも自分自身のため。

よってわたし(オレ)が二体に抱く感情がないのはなにもおかしなことじゃない。

父と母が処分されて一番印象に残ったのは

というか学んだのは…

 

『道具』が主に逆らってはいけない。

どんな形であれ、裏切ってはいけない。

それをすると処分される。

 

…っていうことくらいかな。

 

 

 

……

………

 

 

わたし(オレ)だけで狩りに出るようになってから半年が経った。

一体のみで獲物を追いつめることに慣れず、獲物を逃がしてしまうこと多々ある。

よって

 

 

「この役立たずがぁッ!!」

 

 

そんな言葉と共に毎日のようにお仕置きをされる。

実際『道具』としての役割を全うしていないのだから仕方ない。

これは当然のこと。

強いて良かったことを上げるとするなら

半年間、お仕置きを受け続けて

感覚が麻痺して、痛みをあまり感じなくなったことかな。

 

 

 

……

………

 

 

さらに半年が経過

わたし(オレ)が生産されて二年の月日が経った。

さすがに一体での狩りに慣れてきて

獲物を逃がしてしまう回数も少なくなってきた。

喉笛を一撃で咬みきることも忘れない。

二回以上咬むと主が不機嫌になり蹴りがとんでくる。

蹴り自体はいいけど、『道具』として命じられたことを果たせずに主が不機嫌になるのはよくない。

よって喉笛を一撃で咬みきることは欠かせない習慣となっていた。

 

そんな日常を送っていた時だった。

主が引っ越しすることとなったのは

 

なんでも周りの人達との諍いが激しさを増したみたい。

主は最近ようやく使い物になってきたわたし(オレ)を手離したくないから、と引っ越しを決めた。

新しい引っ越し先は

 

ヲタルナイ場所のクッタルシ…ってところの集落みたい。

 

 

 

……

………

 

 

なんとか引っ越しは終わって

主とわたし(オレ)は引っ越し先であるヲタルナイ集落にたどり着いた。

主は荷ほどきと引っ越しの疲れを取るのに二日使い

三日目で狩猟刀と弓矢、わたし(オレ)を持ち物に

狩りへと向かっていった。

のだけど…

 

 

「くそっ!なんで、こんなことに…!!」

 

 

主が悪態を吐き、出血している左腕を庇いながら走る。

その隣にてわたし(オレ)もまた走る。

そして後ろには

 

 

「グオオォォォッ!!!」

 

 

黒色の毛並みを持つ

巨大な熊が主を追っていた。

 

事の次第は単純である。

狩りの途中、子熊を発見した主

これを仕留めるべく主は珍しくわたし(オレ)ではなく弓矢を使った。

万が一にも逃がしたくないと思ったからだと思う。

放たれた矢は子熊の脚に命中。

動けなくなった子熊に止めを刺すべく狩猟刀を片手に子熊へと主が接近したところで

子熊が弱々しく鳴き声を上げた。

すると近くの茂みから親熊が出現。

親熊は怒り狂いながら主へと襲いかかり

主は左腕を鉤爪で負傷。

そして逃走し、今現在の状況に至る。

 

わたし(オレ)がこうなった経緯を思い出していると

 

 

「おいトケ。お前俺が逃げるまで足止めしてこい」

 

 

主から命令が下る。

わたし(オレ)はその命令を受諾。

反転し、機械的に熊へと襲いかかった。

 

 

……

………

 

 

数分後

歩く。

わたし(オレ)は血が流れてくる身体で

ふらつきそうになるのを耐えて歩く。

地面に点々と血の跡を残しながら

臭いを頼りに主の下へと。

そうしてようやく主を視界に捉える。

主はわたし(オレ)を見て驚いた顔をしていた。

…多分無事だったとは思ってなかったのだろう。

それはともかく

後もう少しだと

わたし(オレ)はボロボロの身体に渇を入れ

主へと近づいていく。

ゆっくり、ゆっくりと

そして

わたし(オレ)は主の下へとたどり着

 

 

ドスッ!!

 

 

背中に

なにかが突き刺さる感覚。

主がわたし(オレ)の背中に

狩猟刀を振り下ろしたからだ。

主の顔を見ると

憤怒の表情が浮かんでいた。

それを視認するとわたし(オレ)は地面へと倒れこむ。

主はわたし(オレ)の背中から乱暴に狩猟刀を引き抜くと倒れたわたし(オレ)を何度も踏みつける。

 

 

「この怪我を見ろ!!」

 

 

主が左腕の怪我をわたし(オレ)に見せつける。

 

 

「お前にとって『大切』で『大好き』なご主人様が!

目の前で襲われたんだぞ!!」

 

 

何度も何度も踏みつけられる。

その度にわたし(オレ)の身体から出血が溢れ出す。

 

 

「それなのにお前はなにをしていた!?

ただ見てただけ?ふざけるな!!

指示がなかろうと、身を挺して盾になるのがお前ら『道具』の役目だろうが!!!」

 

 

ああ…。そっか。

失敗したなぁ。

猟犬は…『道具』は主に対して

『大好き』という感情を抱いて、何をおいても『大切』にしなければいけないんだ。

 

 

身体が急激に冷え込んでいく中で

わたし(オレ)は主を恨むのでもなく

結局のところ最後まで

わたし(オレ)は『道具』として欠陥品だったな。

と、まるで他人事のように思ったまま

わたし(オレ)は意識を手離した。

 

 

 

その時

意識を手離す直前に

少女の怒号がわたし(オレ)の耳に響いた気がした。

 

 

 

……

………

 

 

……?

身体が暖かい。

さっきまであんなに寒かったのに…。

その違和感にわたし(オレ)は目を開ける。

すると

見知らぬ家屋の中にいた。

柔らかい布団の上で毛布がかけられ

身体には包帯が多重に巻かれていた。

???

今まで味わったことのない待遇に

困惑していると

部屋の扉が開かれ

 

 

「あっ、起きたのね。よかった」

 

 

長い銀髪に

琥珀色の瞳。

白を基調としたピンクの刺繍が施された民族衣装を身に纏った少女が

部屋の中に入ってきた。

そしてあの後のことを話してくれた。

 

あの時

主と同じく狩りに出ていた目の前の少女は

わたし(オレ)が残した血の跡に気づいた。

血の跡を辿ってみると処分されそうになっているわたし(オレ)の姿。

少女は怒り、主へと食って掛かった。

主はそんなことよりも自身の腕の治療のために集落へ連れていけと主張。

言い争いになった二人。

すると、一緒に狩りへと来ていた少女の父である集落の村長が言い争う声に気づき姿を現した。

そして状況を把握した村長は

主とわたし(オレ)を連れて少女と共に集落へと戻り

主には最低限の治療を施し、集落から追い出したらしい。

主は村長に恨み言を吐き出しながら去っていった。

欠陥品であったわたし(オレ)には一切の関心を寄せなかったらしい。

そして主が追い出された日から三日後

わたし(オレ)が目覚めた、と

 

 

「あなたトケっていうのよね?」

 

 

自身の個体名を呼ばれ

習慣で反応する。

 

 

「今まで大変だったね…。

でも大丈夫。もうあの人はいない。

これからはここがあなたの家だから。

これから……わたしとあなたは家族よ」

 

 

その日から

わたし(オレ)の主は目の前の少女…シトナイとなった。

 

 

 

……

………

 

 

半年後

ようやく包帯が取れたわたし(オレ)

主…ややこしいから今後マスターと呼称するけど

マスターと村長とで狩りへと来ていた。

半分リハビリみたいなものらしい。

それでいつものように

獲物である鹿の喉笛を一撃で咬みきったのだけど

 

 

「すごい!すごいよ、トケ!!」

 

 

マスターは興奮した様子でわたし(オレ)を褒める。

村長も驚いた表情をしていた。

なんでもこれほど鮮やかに獲物を仕留める猟犬は見たことがないらしい。

いつも通りにやっただけなんだけど…。

 

というかそれを言うならマスターの方がすごいでしょうに

 

マスターの狩猟刀、弓矢の腕前は集落の中でも飛び抜けていた。

大人顔負け、所謂天才と呼ばれるものであった。

この集落では自然を敬い、共に生きることを信条としている。

そんな集落で産まれ育った天才児

自然に愛された子供だとか、神童だと持て囃されている。

…ただの矢なのにマスターが放つと大岩を平気で貫通させたり

狩猟刀を振るうと獲物どころかそれなりの太さの木が一瞬で伐採されたりするのに

それらを天才の一言で済ませていいのだろうか…?

と疑問に思うこともあるけどね。

そんなマスターから指示を受けて動くとわたし(オレ)の咬みつく力も前よりも上がってる気がするし…。

 

それよりも話を戻すけど…。

何故褒められるのかわたし(オレ)には理解出来ない。

『道具』として当たり前のことをこなしているのであって

褒められるようなことは何もしていない。

事実、以前の主から獲物を仕留めたからといって褒められたことなど一度もない。

にも関わらずマスターはわたし(オレ)を撫で回し、笑顔で褒め称える。

 

正直戸惑った。理解できなかった。

ただ

その日の餌が何故か美味しかったのが印象に残った。

 

 

 

……

………

 

 

その日は狩りを失敗した。

言い訳をするなら

怪我で長い間狩りに出ていなかったため、獲物の動きを読み違えた。

久しぶりにお仕置きされるなぁ…。

お仕置きが蹴りだとマスターがやったらいつもよりも痛いのかな…?

とまるで他人事のように考えながら家の中で待機していると

 

コト…

 

目の前に餌を置かれた。

?????

狩りに失敗したのになんで餌を…?

わたし(オレ)が訝しみながら食べないままでいると

マスターが怒った顔でわたし(オレ)を見る。

ああ、うん。やっぱりお仕置きされるよね…。

わたし(オレ)がようやくいつもの光景になると安堵しようとすると

 

 

「トケ!ちゃんと食べなさい!!

まだ怪我が治ったばかりなんだから

食べないと体力が戻らないわよ!」

 

 

………?

マスターの言ってる意味が理解できなかった。

できなかったけど……。

いつまで経っても、なにもしてこずに

代わりに口元へと押しつけられる餌箱。

さすがに食べさせようとしていることだけは理解できた。

…何故かは理解できなかったけど

わたし(オレ)が躊躇いながらも餌を一口食べると

マスターは

よかった、と

安堵し微笑みを浮かべる。

その日はいつお仕置きがとんでくるのかと

身構えながら餌を食べた。

 

 

 

……

………

 

 

さらに半年経ち

弘化三年の初夏

マスターの家に拾われて一年が経った。

以前の主とはまるで違う環境にわたし(オレ)は未だに慣れないでいた。

そんなある日

 

 

「お父さん、話があるの」

 

 

マスターが真剣な表情で村長に話を持ちかける。

 

 

なんでもこの村の近くの山…赤岩山の洞窟に大蛇がすんでいて

夜な夜な村に下りて、人をさらったり作物を荒らしていた。

村人達が不安な毎日をすごしていたある日

 

"十二、三歳の無垢の娘をくいたい"

 

と大蛇が村人達の夢枕に立ち、言った。

村は大騒ぎとなったが、被害が絶えなかったため

村人達はやむを得ず村の娘を毎年一回、八月十五日の日に生け贄に捧げることとなった。

 

これが今から九年前のこと

そして今年で十人目

マスターは十二歳。

つまりは

 

 

「今年はわたしを犠牲に選んでほしいの」

 

 

その後

凄まじい言い争いが

村長夫妻とマスターとの間で

丸一日かけて行われた。

普段はわたし(オレ)を引き取ったりと割りとマスターの行動に対して甘いところのある村長であったけど

この時ばかりは凄まじい剣幕であった。

マスター曰く

犠牲といってもむざむざ食べられる気はなく

逆に討ち取るつもりでいるらしい。

マスターなら確かに可能かもしれない。

とはいえ村長夫妻も娘がどんなに優れていようと親として首を縦に振るわけにはいかない。

 

 

 

言い争いの結果

今年はマスターが選ばれることとなった。

しかし条件として

わたし(オレ)を連れていくこと。

を条件に出された。

ちなみにわたし(オレ)が選ばれた理由は

わたし(オレ)の狩りの様子を見ていて、どの猟犬よりも力になれそうだと判断したためらしい。

 

マスターはその条件を

……断ろうとした。

 

村長夫妻は驚いた。

マスターは家ではわたし(オレ)のことを可愛がっていたが

一方で狩りにおいては家族というより戦友として、下手をすれば村長よりも頼りにしていたからだ。

………わたし(オレ)にはその感覚はわからないけどね。

しかし

その条件を呑めないのであれば

絶対に行かせたりはしない。

それでも行きたいなら自分達を斬っていけ。

と、覚悟したように言うと

マスターは折れてわたし(オレ)を連れていくこと了承した。

 

 

 

……

………

 

 

八月十五日、その夕方

マスターはわたし(オレ)を連れて

弓矢とマキリ…アイヌ民族が好んで使用する短刀を手に

赤岩山へと来ていた。

 

あれから約一ヶ月

マスターとわたし(オレ)は互いに連携による攻撃を研いた。

最初こそマスターはわたし(オレ)と一緒に戦うことに何故か躊躇っていたものの

訓練を重ねていくうちに、徐々にそういった考えは薄れていったように見えた。

それで訓練の内容だけど

マスターの指示の意図をくみ取り、敵へ切り込む。

そしてそれに合わせてマスターが弓矢や刀で追い討ちをかける。

そういった訓練だった。

訓練は厳しく、マスターもわたし(オレ)も真面目に行ったが

以前の主の下で猟を学んでいた時に比べたら、なにかが…違う気がした。

上手く表現できないけど…以前の主の時は胸の中がただただ冷たかったけど

今回のマスターと訓練時はなんていうか…暖かかった。

この違いはなんなんだろう…?

 

そんなことを思い返しているうちに

洞窟の入り口へとたどり着く。

 

 

「…慎重に行くよ。トケ」

 

 

より一層気を張りながら洞窟の中へと侵入する。

洞窟の中はひんやりしているが

所々、大蛇の口から吐き出されたのか粘液と思われるベタベタした液体があちこちに付着していた。

縄張りを主張しているかのようであった。

念のためそれらの液体を避けて洞窟の中を進み、下へ下へと下りていく。

そしてついに最深部へとたどり着く。

 

 

「これが…。

……想像以上に大きいわね」

 

 

そこは大広間になっていた。

現在でいうと直径50mはあるかもしれない円形の広間

しかしそれを広いと思うことはない。

大蛇だ。

広間の中央にてとぐろを巻き鎮座している大蛇

とぐろを巻いているため定かではないが、その大きさは全長20mはあり大人一人楽々呑み込めるであろうほどの太さをしていた。

身体を覆う鱗もまるで鉄のような頑強さがあるような印象を与える。

その威容から蛇というよりも、もはや竜のようであった。

 

 

大蛇は広間に入り口に立つマスターとわたし(オレ)に気づくと

 

 

「キシャアアァァァァァァッッ!!!」

 

 

久方ぶりの人間の餌だとばかりに歓喜の声を上げ

大口を開け、襲いかかった。

 

 

 

……

………

 

 

戦いは熾烈を極めた。

襲いかかる牙、振るわれる尾

何度もヒヤリとする場面があった。

トケに大蛇が大口を開けて襲いかかった時は

シトナイが矢を放ち大蛇の口内を射抜くことでそれを止め

シトナイが尾に捕らえられそうになった時には

トケが大蛇の尾を咬みちぎり怯ませてその間にシトナイが抜け出す。

大蛇の鱗の固さに怯みそうになる二人だったが

それでも戦意を失わずに戦い続ける。

しかし

シトナイの弓矢や刀、トケの咬みつきも

大蛇になんとかダメージを与えることはできるものの肝心の急所はかわされてしまい、決定打にはならない。

その後も息の合ったコンビネーションを見せるも

大蛇は倒れない。

ギリギリの状態で拮抗し長期戦となる。

 

シトナイ達の体力が徐々に削られるが大蛇も傷を増やしていく。

その時だった。

 

 

「きゃっ!?」

 

 

シトナイが粘液に足を滑らせ転んでしまう。

 

 

「シャアッッ!!!」

 

 

と、同時に大蛇は大口を開けながら

シトナイへと向かう。

 

 

「あ─────」

 

 

シトナイの目の前に大蛇の口内である

死の真っ赤な色が視界いっぱいに広がる。

しかしその瞬間

 

 

 

 

 

 

 

ドンッ

 

 

 

 

 

 

 

「ト、ケ」

 

 

トケがシトナイを体当たりでその場から弾き出す。

結果

 

グシャアッ!!!

 

トケの胴体に

大蛇の巨大な牙が深々と突き刺さり

トケは大蛇に軽々と咥えられてしまう。

トケを咥えた大蛇はニヤリと嗤ったように見えた。

しかし

 

 

「…グルオォッッ!!!」

 

 

トケは牙が突き刺さった状態で

口を大蛇の喉へと伸ばし

大蛇の喉笛を咬みきる。

 

 

「キシャ!?!?…シャアァァァッッ!!!!」

 

 

予期せぬ反撃に大蛇は重傷を負うものの

それに激怒し、トケに止めを刺すべく

口を閉じトケの身体を引きちぎろうとする。

骨が折れ、内臓を潰されていく感覚がトケを襲う。

しかし、その時

 

 

「トケ、を…離してッッ!!!」

 

 

そこに大蛇の身体をよじ登ったシトナイが

マキリを引き抜き、大蛇の脳天に根本まで力一杯突き刺す。

そして

 

 

「シャ……ア……」

 

 

ドズゥン…!

 

喉笛と脳、二つの急所を深く傷つけられた大蛇は力尽き

重たい音を立てて崩れ落ちた。

 

 

 

大蛇が倒れた衝撃で、牙からわたし(オレ)の身体は外れ

血を撒き散らしながら地面へと放り出される。

そうして地面へと横に倒れ伏し

大きな血溜まりを作りながら思った。

これはもう、ダメかな。と

もはや痛みどころか感覚すらないことを確認して

わたし(オレ)はそう結論付ける。

前の主の時よりも傷が深い上、背中だけでなく内臓が密集している腹部にも牙が突き刺さった。

それに多分だけど毒まで注入されたと思う。

とてもじゃないが集落まで持たない。

 

何故マスターを庇ったのか?

そう問われたとしたら

マスターへの忠義のため、とか

拾ってくれた恩返しのため、とか

そういった理由

()()()()()()()()()

ただ

 

 

わたし(オレ)にとって()()()()()なご主人様が

目の前で襲われた。

身を挺して盾になるのがわたし(オレ)の…『道具』の役目だから

 

 

だから庇った。

わたし(オレ)はそういう存在だから

そう在らなければならないから

それ以上でもそれ以下でもない。

機械的にそれを実行した。

ただそれだけ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ね。つまらないお話だったでしょ。

 

 

 

後でわかったことだけど

以前の主は

猟犬を引き取り、躾を行うと

必ずといっていいほど反抗され

その怒りっぽい性格からすぐに猟犬を処分してしまった。

その度に新しい猟犬をどこかから持ってきて

その所為で当然のことだけど手間とお金が無駄にかかってしまって

どうにかしなければと思案した結果

 

生産されたその瞬間から自身は『道具』であるという考えを猟犬に植えつけてしまえば躾も上手くいくのではないか?

 

という結論に至った。

そして

手持ちの猟犬とは性別の違う猟犬をもう一体用意して

躾を施し、強引に交尾させて

わたし(オレ)が生産された。

だから

父も母もわたし(オレ)のことなんて愛していなかった。

興味もなく、見てさえいなかった。

主に命じられて嫌々生産したから

そんなことよりも自身のことで手一杯だったから

 

つまりなにが言いたいかっていうとね。

わたし(オレ)は最初から『道具』として生産されて

『道具』として育てられて

『道具』として猟を行ってきて

そして今、『道具』として終わりを迎える。

 

これは

人に仇なす大蛇を討ち倒す英雄譚でもなければ

一匹の忠犬が主のために命を散らした悲劇ですらない。

ただ………。

ただひとつの『道具』が

その用途の通りに使用されて

終わる。

そんなどこにでもあるような

ありふれた退屈な

つまらない『道具』のお話。

 

だから───

 

 

「トケッ!!しっかりしてトケ!!!」

 

 

目の前の少女が…マスターがなんでわたし(オレ)の個体名を何度も口にしているのかわからない。

どうみても手遅れ。

なにをどうしたってこの『道具』はもう直らない。

にも関わらずマスターはわたし(オレ)の傷口に手を当て

血を押し止めようとする。

勿論そんなことしたって無駄で

マスターの指の隙間から血は止めどなく溢れてくる。

そんなことは…マスターだってわかってるでしょうに

 

 

「トケ………トケェ……………」

 

 

理解できない。

マスターがなんで目からポロポロと涙を流しながら

わたし(オレ)にすがりついているのか。

綺麗な白の装束が赤く染まっていく。

たかが『道具』がひとつダメになっただけなのだから

また新しいのを用意すればいい話なのに。

 

 

………………。

でも………なんでだろう。

理由はわからない。

けれど

マスターが泣いている姿を見ていると

やだな……、って

何故かそう思った。

だから───。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ペロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたし(オレ)は最後の力を振り絞って

マスターの頬を舐めて…涙を拭った。

 

 

「─────え」

 

 

マスターが驚いた表情をする。

それは…当然である。

わたし(オレ)がマスターの指示なく

自分の意思で動いたのは

これが最初で、そして最後だから。

 

わたし(オレ)に…『道具』に心なんてないはずなのに…。

結局わたし(オレ)

やっぱり変わらず最後まで

欠陥品なんだなぁ…。

 

そんなことを思いながら

わたし(オレ)は…猟犬トケは終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────…ごめんね………トケ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

次に目を開けると

そこは真っ暗な世界だった。

ただただ暗闇の

文字通りなにもない世界

そんな中でわたし(オレ)は宙に浮いているように存在していた。

 

…?わたし(オレ)は確か…終わったはず

 

わたし(オレ)が訝しんでいると

 

 

「起きたのね…。トケ」

 

 

声がした。

わたし(オレ)が声がした方へと振り向くとそこには

 

 

「意識は…ちゃんとあるみたいね」

 

 

マスター…とよく似た少女がいた。

長い銀髪、民族衣装

完全に酷似している。

しかし目の色だけが違う。

マスターは琥珀色だったけど

目の前の少女は…赤色だった。

そこからマスターとは別人だと一瞬考えたけど

纏う雰囲気、そして匂い。

別人、とは少し違う気が…?

 

 

「…混乱してるみたいね。実はね──」

 

 

……

………

 

 

少女が言うには

ここは英霊の座と呼ばれる場所で

生前偉業を為した英雄や神霊がたどり着く場所。

それでマスター…シトナイは

あの大蛇を討伐した偉業が認められて

ここに登録されたらしい。

でもマスターは

フレイヤとロウヒ神霊二柱と共に

イリヤスフィールという名の少女を核に融合して

それで目の前の少女になった。

霊基として最も表に出てるのはシトナイ…マスターらしいから

雰囲気や匂いがそこまで違わなかった、と

もっとも意識としては依り代であるイリヤスフィール…イリヤが一番近いようではあるが

シトナイとしての意識も無論あるから、そこは気にしなくていいとのこと。

うん…。それはいいんだけど

 

 

なんでわたし(オレ)、白熊になってるんだろ…?

 

 

マスターが説明している間に気づいた。

いつもよりも自身の目線が高いことに

そしてマスターが用意した鏡を見てみると

そこには白熊がいた。

 

さすがに驚いた。

今までにないほどに

驚くわたし(オレ)にマスターはそれについても説明した。

なんでもわたし(オレ)は今マスターの宝具として、使い魔という状態でここに存在しているらしい。

シトナイの宝具として登録してある『猟犬トケ』の精神に

パスを強固なものにするためにマスターの依り代である『イリヤ』の一部を混ぜ込んだ後

いざ肉体を形成という段階で

女神の使い魔ならば猛々しき巨躯が相応しく、

属性も魔獣や幻獣では不似合いであろう。

とロウヒが言い出してそれをフレイヤが受け入れた。

マスターは賛成も反対もせず、どっちつかずだったらしい。

結果、三分の二の賛成を持って白熊となった…らしい。

生前、その熊に一回殺されかけたから若干複雑だけど

逆にいうとその経験があるから、自分の中で熊が力の象徴の一つとなっているのも確かにあった。

よって割りと簡単に受け入れることができた。

フレイヤとロウヒ…この二柱も今ではマスターか。

マスター達の加護や魔術で最大限まで強化されて、見た目は白熊だけど精霊といっていい存在らしいけどね。

 

まあ精霊ではあるけどそれと同時に

『猟犬トケ』が無論主軸となっていて

『イリヤ』の一部を混ぜ込んだからなのか『イリヤ』としての側面も持っている。

かつそれでいて

シトナイ、フレイヤ、ロウヒの使い魔であるが故に、女神三柱の分体ともいえる…らしい。

…自分でまとめておいてなんだけど、すっごいややこしい。

 

 

 

と、マスターがここまでたくさん説明してくれたけど

要するに

マスターの宝具…つまりは『道具』としてわたし(オレ)はここにいる、と

生前となんら変わらないってことだね。

わたし(オレ)がそう自分の中で落とし込んでいると

 

 

「…()()()

 

「…?」

 

「わたしが…『イリヤ』が生前唯一助けになりたいって、救いたいって思えた大切な弟の名前。あなたにあげる」

 

 

?純粋な『猟犬トケ』じゃないから…なのかな?

とにかくマスターから新しい名前をもらった。

 

シロウ…。どんな人なんだろ…?

『道具』としての役割を果たすのに不要な情報だけど

暇な時でも『イリヤ』としての記憶を漁ってみようかな…。

 

 

「だから……………」

 

 

わたし(オレ)がそんなことを考えていると

マスターが言い淀む。

先を続けるのを躊躇っているかのように見えた。

しかし

マスターは決意のこもった強い瞳でわたし(オレ)を見ると

 

 

「だから……あなたはわたしの命令だけを聞きなさい。

今この瞬間からあなたはわたしだけのもの。

『猟犬トケ』であったことは全て捨てて

『シロウ』としてわたしが出した命令を遂行することのみを考えなさい。

あなたがするべき行動は全部わたしが決める」

 

 

マスターの目から

涙が溢れ、頬を伝う。

 

 

「いいわね。…シロウ」

 

 

……正直

『猟犬トケ』だった頃となにが違うのか。

わたし(オレ)にはわからない。

けれど

マスターの涙を流しながらの言葉に

わたし(オレ)は頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「今度は…『猟犬トケ』の記憶、か」

 

 

衛宮邸

シロエが自室のベッドにて

上半身を起こす。

イリヤ達から無言で別れたシロエは

自室のベッドにダイブし

そのまま眠りについたのだ。

そして先まで夢を見ていた。

とても懐かしい夢を…。

 

 

あの後

『わたし』と一緒にたくさんの世界をまわった。

召喚者は大抵世界そのもの

世界崩壊の一歩手前の状態で世界の最後の抵抗として召喚されてきた。

…神霊である以上、人間が召喚できるケースなんて滅多にないから当然だけどね。

とにかくたくさんの世界はまわった。

様々な世界を…特異点をまわって、まわって…。

そして異聞帯(ロストベルト)と呼ばれる世界もまわった。

 

今までまわってきた世界の中でも飛び抜けて危険な世界だった異聞帯(ロストベルト)

にも関わらず出された命令は待機だった。

何故?と、疑問には思ったけど『わたし』の命令は絶対。

『わたし』の中でずっと事の次第を眺めていた。

経験を共有しながら、ね。

とはいえスカディ…『わたし』のお義母さんに捕らえられそうになった時に出て行こうとしたら、『わたし』に全力で押し込まれたんだよね。

そして牢獄で捕まってる時に『わたし』の中で説教された。

その後も只管に待機。

スルトが現れた時もわたしではなくバーサーカーの影をわざわざ召喚した。

…バーサーカーに対してこの時なにかモヤモヤした気分になった。

あれはなんだったんだろ…?

結局『わたし』の中で待機したままで異聞帯(ロストベルト)での戦いは終わりを迎えた。

『わたし』と一緒の経験を蓄積させながら

 

異聞帯(ロストベルト)での戦いを終えた後も再び様々な特異点をまわる。

もっとも、異聞帯(ロストベルト)の時のように待機を命じられなかった。

待機を命じられたのは異聞帯(ロストベルト)の時のみ。

正直理由はわからない。でもそれを考えるのはわたしの役目じゃない。

…時々『わたし』から意見を求められたり、返事をすることを命じられたりしたこともあったけど

それが何故なのかわからないままに実行した。

結局最終的な判断は『わたし』がするのにね。

そういったこともあったけど

わたしはただ機械的に『わたし』の命令に従って

たくさんの敵と戦って

戦って、戦って…。たくさん殺してきた。

なのに

 

 

「また…殺せなかった……」

 

 

クロの時と今回のバゼット。

殺そうと決めて殺せなかった。

今までは殺せて当然だったのに

二回も…

その原因は

 

 

「お姉ちゃん……」

 

 

クロの時は原因はわからなかった……ううん。

本当はわかってた。

でも目を逸らしてた。

 

わたしはお姉ちゃんやミユのことを…。

 

怖かった。

だってそれを認めてしまったら、わたしは

 

 

「わたしは……いったいいつの間にこんなに弱くなってしまったの…?」

 

 

無様だった。そして情けなかった。

あれだけたくさんの世界をまわって

多くの敵を機械的に殺してきて。

それなのに

そんなわたしが…なんで…。

情けないことこの上なかった。

 

 

「わたしは、少し…この世界に染まりすぎたの…?」

 

 

家族も、友達も

愛情も、友情も、感情も、想いも

全部全部全部!!

『道具』には不要なものなのに…!!

ましてや

自身の主とお姉ちゃん達

どちらも同じくらい大切で選べないなんていうことは

絶対にあってはならないことだというのに…!!

 

わたしは─!『わたし』は──!!わたし(オレ)は───!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「わたしは─────誰?」

 

 

 

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