プリヤに元白熊少女を放り込んでみた   作:『ユタカ』

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番外編4 Let's dance!(後編)

 

 

光陰矢の如し

毎日毎日ダンスの練習をしていくイリヤ達

体育の時間は必ずダンスへと充てられ

放課後もクラス全員で練習を行う。

体育以外の授業ではクラス全員が疲れで寝てしまうということもあった。(藤村先生が怒りで肩を震わせていた)

 

そうして一週間はあっという間に過ぎ去り

運動会の前日

その放課後の最後のダンスの練習

 

 

「キング・クリムゾン!!」

 

「…シロちゃん。突然なに言ってるの?

疲れて頭おかしくなっちゃった?」

 

「あ!でも前編と後編で別れてるからそこまでキンクリ感はないかも!!」

 

「駄目だこいつ…。早くなんとかしないと…」

 

 

意味不明なことを言うシロエであるが

疲れのピークで頭がおかしくなったと判断した藤村先生

いつもよりもテンションが高く、三割増しでうるさく思える。

 

 

「はーい!これで最後の通し練習終わりねー!!

みんな撤収!!」

 

「「「はーい」」」

 

「シロちゃんも戻ってこーい?」

 

「…はっ!?わ、わたしはなにを」

 

 

藤村先生が締めの宣言をすると

元気な返事と共に

各自雑談をしながら片付けを始める子供達

シロエも藤村先生の呼びかけにより正気に戻る。

とはいえ、ハイテンションのままではあるが

 

 

「よーし!!完璧ーっ!!!」

 

 

いつも通りに元気に拳を振り上げる龍子

しかし

 

 

「ん?ミユキチはなんだか浮かない顔だなぁ」

 

「だって…わたしもシロもまだまだ…」

 

「うっ…。それは…そうだけど…」

 

 

美遊の言葉にシロエのハイテンションが僅かに落ちる。

 

 

「まあぎこちないのは確かだけどさ。

随分マシになったと思うぜ」

 

「そうだよミユ。一週間前と比べたらすごい上手になってるよ」

 

「うん…、そうかな…」

 

「シロも…その…ちゃんと最後まで練習に出てくれたし、上手になってるよ」

 

 

シロエが最後まで練習に真剣に取り組んでいたことは

イリヤにもわかっており

初日の美遊との会話もあり

怒りこそ消えているものの

練習に入る前のことを引きずり

なんとなく妹と顔を合わせにくいイリヤ

学校はもちろん、家でもあまり話せなくなっていた。

結局そのままズルズルと運動会前日まで来てしまった。

しかし

 

 

「ほんと!?やったー!!ありがと、お姉ちゃん!!」

 

「えっ、あっ…う、うん?」

 

 

そんなことは知らないとばかりに

いつも通りに…否、いつも以上にうるさい妹に

圧されるイリヤ

 

 

「ま、後は本番で頑張るしかないよねー」

 

「そうだね。今日はゆっくり休んで疲れを取らなくなっちゃ!明日動けなかったらなんにもならないし」

 

「よーし、それじゃあ帰るかー」

 

 

 

……

………

 

 

夕方

体操着から制服へと着替え終わると

校門へと向かうイリヤ達

 

 

「いよいよ明日だなー。楽しみだぜー」

 

「にしてもシロは今日も図書室か。本当に本が好きなやつだなー」

 

「あー…うん。なんか面白いシリーズの本があって読むのが止められないんだって」

 

 

この一週間

シロエは毎日イリヤ達と一緒には帰っていない。

ずっと図書室へと寄ってから帰っている。

 

 

「タイガーのこと忘れるなよ。とにかく勝たなくちゃ」

 

「うむ。ダンスだけではなくそれ以外の競技でも手はぬけんな」

 

「そうだね」

 

 

そんな会話をしていると

美遊が突如立ち止まる。

 

 

「?どうしたの?ミユ」

 

「あ…、ちょっと先生に渡すプリントがあったの思い出した。先に帰ってて」

 

 

美遊のその言葉に

 

 

「おう。そうか」

 

「じゃあまた明日な!」

 

 

雀花達四人は帰っていく。

 

 

「イリヤも…また明日」

 

「う、うん。バイバイ…?」

 

 

 

……

………

 

 

日が更に沈み

もう少ししたら星も見え始める時間

5年1組の教室内に音楽が鳴る。

無論、運動会のダンスの曲である。

それに合わせて響く足音

しかし

 

 

「───きゃ!?」

 

 

足音の主…体操着を着た美遊が

足をもつれさせ尻餅をついてしまう。

 

 

「はあ…はあ…」

 

 

美遊は練習の疲れから汗だくになっていた。

明らかな練習のしすぎである。

付き添っているサファイアがラジカセのスイッチを押し、曲を止める。

 

 

「美遊様。やはり根を詰めすぎではないでしょうか」

 

「…そんなことない」

 

「しかし大分疲労が溜まっているように思えます。

明日に向けて休息を取るべきでは…」

 

「ダメ、迷惑は掛けられないもの。

もう少し…」

 

 

立ち上がる美遊だが

膝に手をついてしまう。

明らかに疲れている。

 

 

「美遊様…。もしよろしければ」

 

 

サファイアが提案をしようとした。

その時

 

タッタッタッタッ

 

廊下から足音が近づき

 

ガラッ

 

教室の戸が開かれる。

そこにいたのは

 

 

「あーっ!やっぱ練習してた!ダメだよミユ!!」

 

 

イリヤであった。

 

 

「イリヤ…?どうして…」

 

「わかるよ。友達だもん!」

 

 

買ってきた水を美遊へと差し出しながら

イリヤは笑みを浮かべた。

 

 

……

………

 

 

「んっんっ……はぁ」

 

 

イリヤが持ってきた水を飲み一息を吐く美遊

二人は壁を背にし座っていた。

 

 

「その…怒ってる…?」

 

「ん?別に怒ってないよ。こうするのがミユだよねって…。

だから戻ってきたんだし…」

 

 

その言葉の通りイリヤに怒りはなかった。

しかし

 

 

「あっ!でもこれ以上は無茶しちゃダメだよ?

そしたら怒るよー!怒ったセラくらい怒るよー!!」

 

 

角を表現しているのか両手の人差し指を立て

頭につけ眉を吊り上げるイリヤ

そんなイリヤの様子に美遊は僅かに微笑み

 

 

「なんだかわからないけど、怖そうだね」

 

「イリヤ様の言う通りです。これ以上の無茶はいけません」

 

「仕方がありませんねー。では代わりにわたしが踊りましょう。

これを見て元気になったり、MPを減らしたりしてください!」

 

「あはは…」

 

「いろいろ意味がわかりません姉さん…」

 

 

引き笑いをするイリヤと項垂れるサファイアを尻目に

美遊は手にしていた水を床に置く。

 

 

「でも…わたしはまだまだ足手まといになってる…」

 

「そんなことはないと思うけど…そうだ!」

 

 

イリヤはいいことを思いついたとばかりに

提案をする。

 

 

「イメージトレーニングをしようよ!」

 

「イメージトレーニング?」

 

「うん!お兄ちゃんが言ってたの。

本気でやるイメージトレーニングには本当に効果があるんだって」

 

 

そう言うとイリヤは立ち上がり

 

 

「曲!流すね!」

 

 

ダンスの曲を流し始める。

 

そうしてイリヤは美遊の隣に再び腰掛け目を閉じる。

 

 

「まだ考えてる?ダンスの意味」

 

「うん…。それがわからないから上手にできなくて不安なのかな」

 

「そんなに難しく考えることないと思うけどなー。

一緒に練習してて楽しくなかった?」

 

「ううん!楽しかった!それは本当…」

 

「じゃあ…それをそのまま形にすればいいんじゃないかな。

それをそのまま身体に伝えて…動かすの」

 

「そしたらね…観てるみんなにもミユの楽しいって気持ちが伝わって…みんなも楽しくなっちゃう。

それがダンスの意味じゃないかな」

 

「わたしの中の…気持ち…」

 

「うん、想像してミユ。

本番のこと、一人じゃないんだよ。

みんなで踊るの。ミユの周りにはみんながいるの。

タツコもミミもスズカもナナキも…。

……………シロも。

それにもちろんわたしも」

 

「あっ…」

 

「想像して…。隣にいるわたしと………シロ…のこと。

一緒にいるわたしたちのこと。

それはとっても楽しいことで……だから……不安なんて……ないの」

 

「……イリヤ?」

 

 

美遊がイリヤの顔を覗き込むと

安らかな寝息を立てているイリヤの姿

イリヤは目を閉じて話しているうちに眠ってしまっていた。

その様子を見た美遊は

 

クス…

 

と顔を綻ばせる。

 

 

「あらー、寝ちゃいましたかー。

イリヤさんも練習で疲れてたんでしょうねー」

 

「それで美遊様。イメージトレーニングの効果はありそうでしょうか?」

 

「うん。わたしの中にあるものをそのまま身体に伝える。

観念的で精神的だけど多分、大丈夫。

なんとなくわかった気がする」

 

 

その言葉の通り

美遊は自身のダンスに足りなかったものに気づくことができた。

しかし

 

 

「でも問題は…それを本当に身体に反映させることができるがどうか…」

 

 

美遊は疲れきった太股やふくらはぎを揉みながら不安そうに話す。

 

 

(なにか…いい方法があれば…)

 

「ところで美遊様。先程言いかけたことなのですが」

 

「なに…?」

 

「疲労や筋肉痛が気になるようでしたら一度わたしをお使いいただければ、と」

 

「そうね。そういう手も…」

 

 

美遊はハッとなにかに気づいた顔をすると

 

 

「あっ」

 

 

宙に浮いていたサファイアを鷲掴みにする。

 

 

「あの……ミユ、様…?」

 

 

 

……

………

 

 

「イリヤ。起きて、イリヤ」

 

「……ん。ううん…」

 

 

肩を揺り動かされ

閉じていた目を開けるイリヤ

そこにいたのは体操着から制服へと着替え終え

今度こそ帰り支度を整えた美遊の姿

 

 

「ミユ…?あっ!?」

 

 

美遊の顔を見て

今の状況を思い出すイリヤ

 

 

「ご、ごめんミユ!寝ちゃってて…」

 

「ううん。わたしの方こそごめん。練習に付き合わせちゃって」

 

 

互いに謝るイリヤと美遊

しかし

 

 

「それと、ありがとう。なんとなく…わかったと思う」

 

 

そういう美遊の顔からは不安な様子は消えていた。

その様子にイリヤは安堵する。

そして立ち上がり

 

 

「え、と。帰る準備は…」

 

「うん。できてる…けど」

 

「じゃあ帰」

 

「待って。イリヤ」

 

 

帰り支度の済んだ美遊と一緒に帰ろうとするイリヤであったが

それを押し止める美遊

 

 

「?どうしたのミユ?」

 

「…シロ」

 

 

妹の名前を出され

イリヤの表情が固まる。

この後の展開がなんとなく予想できたからである。

そしてその予想通り

 

 

「図書室まで迎えに行こう?イリヤ」

 

 

妹のいる図書室まで迎えに行くことを提案する美遊

 

 

「あ、あー…。で、でも、うーん」

 

「イリヤ…。まだシロのこと、怒ってる…?」

 

 

この一週間

シロエの方は全くそういったことはなかったが

イリヤはシロエと気まずそうにしており、あまり話そうとしていなかったことから

美遊はおずおずとまたしても不安そうな様子で尋ねる。

 

 

「い、いや怒ってはないよ!

シロもミユと同じくらい真剣に練習してくれてたし!!

………ただ」

 

「ただ…?」

 

「あんな態度取っちゃったからどう接していいかわからなくて…」

 

「…」

 

「それで…つい後回しにしてたら…」

 

 

シロエ自身は全く気にしていないように見られるが

かといって、そのままなにもなかったように妹と接するのもイリヤは憚られるのであった。

 

 

「怒っては、ないんだよね…?」

 

「う、うん…」

 

「じゃあ…とにかく話そう?」

 

「で、でもなにを話せばいいか…」

 

 

未だに妹と話すことを躊躇うイリヤ

そんなイリヤに美遊は

 

 

「イリヤ。ダンスと同じ」

 

「え?」

 

「イリヤ自身の中にある気持ちをシロに伝えればいいと思う」

 

「わたしの中の…気持ち」

 

「うん。それをダンスじゃなくて言葉にして…ね」

 

 

イリヤから美遊に諭した内容を

そのまま返されたイリヤは

 

 

「……………うん」

 

 

長い葛藤の末頷くのであった。

 

 

 

……

………

 

 

 

そうしてイリヤと美遊は図書室へと到着した。

しかし

 

 

「…?閉まってる…?」

 

 

美遊が図書室の戸を開けようとするも

施錠されており開く気配はない。

つまりは

 

 

「誰もいない…?」

 

 

そうとしか考えられなかった。

その証拠に戸についているガラスから中を覗いても

照明が点いておらず中は真っ暗であり

人の気配は皆無である。

 

 

「………きっともう帰ったんじゃないかな」

 

「…」

 

 

外は夕日が沈みつつあり

星がちらほらと見え始めていた。

 

 

「………わたしたちも帰ろう?ミユ」

 

「……うん」

 

 

妹が図書室に居らず

安堵と残念さが入り交じり

複雑な気持ちになるイリヤであった。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

校内のとある場所

ラジカセから音楽が流れ

その隣には携帯が録画機能が作動し、立てかけられている。

そして

 

 

「ハァッ……ハァッ……」

 

 

銀髪青目の少女が

一人ぼっちで

踊っていた。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

下駄箱

イリヤは下駄箱より自身の靴を取り出し履き始める。

しかし

 

 

「ミユ?どうしたの?」

 

「…」

 

 

美遊は動こうとせず

一点を凝視している。

 

 

「イリヤ、あれ」

 

「ん?」

 

 

美遊が凝視していたものはシロエの下駄箱

下駄箱には

 

 

「シロの靴が…残ってる?」

 

 

妹の靴が下駄箱に残っていた。

それが意味することは簡単で

 

 

「シロはまだ校内に残ってる」

 

「…」

 

「やっぱりもう少し探そう?イリヤ」

 

 

外はもう少ししたら完全に日が暮れる。

しかし…否、だからかもしれない。

 

 

「…うん。そうだね」

 

 

ここで帰ったら二度とシロのお姉ちゃんだと名乗れなくなる。

そんな予感がイリヤにはあった。

イリヤは履きかけた靴を脱ぎ、下駄箱へと戻した。

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「…」

 

 

ラジカセから流れていた音は止まり

体操着姿の銀髪青目の少女…シロエが

床へと座り込み、手元の携帯の画面へと視線を向けている。

先の録画した自身のダンスの様子を見ているのである。

しかし

 

 

「………ダメ。やっぱりわからない」

 

 

そう言うとシロエは携帯の画面を消し、項垂れる。

 

 

「せめて…昔から知ってる曲なら…」

 

 

知ってる曲

そう言うシロエには脳裏には一つの曲が思い浮かぶ。

とはいえ

 

 

「でもそれじゃ意味ないよね…」

 

 

仮にその曲で上手く踊れたとしても

明日、運動会で踊る曲とは曲調も雰囲気も

なにもかもが違いすぎる。

 

 

「…………はぁ」

 

 

しかし

 

 

「さすがに疲れてきたし

息抜きも兼ねて…振り付けは適当にして試しに一回だけ」

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

「い、いない…」

 

 

理科室も家庭科室も

音楽室も美術室も体育館も保健室も

ありとあらゆる場所を

イリヤと美遊は回ったが

そのどの場所にもシロエは見つからなかった。

 

 

「もう見てない場所なんてないんじゃ…」

 

 

シロエの上履きがない以上

屋内にいることは間違いないはずである。

しかし屋内で見てない場所などイリヤにはもう思いつかない。

 

 

「イリヤ」

 

「ん?」

 

「…屋上がまだ」

 

「あ…」

 

 

屋内

その言葉に捕らわれてしまい

屋上のことをイリヤはすっかり失念していた。

美遊の言葉により思い出したイリヤは

美遊とともに屋上へと向かい

そして

 

 

「あとは…ここだけだよね?」

 

「うん…」

 

 

たどり着いた屋上前の扉

ここにいなかったらいよいよどうしたらいいか…。

そんな不安を振り払い、イリヤは扉を開ける。

そこには

 

 

(え─────)

 

 

そこには妖精がいた。

 

 

満天の星空の下

長い銀髪の少女が

歌を口ずさみながら

その小さな身体を動かす。

透き通るような美しい歌声とそれに合わせた動きの少ない静かなダンス

身に纏っているのはイリヤ達が見慣れた体操着にも関わらず

それはどこまでも幻想的な様相を醸し出していた。

その妖精が自身の妹であると気づくまで

イリヤは数秒かかった。

 

 

「─────」

 

 

それは美遊も同様であり

二人は完全に見とれてしまっている。

加えて

 

 

「Die Luft ist kühl und es dunkelt,

Und ruhig fließt der Rhein;

Der Gipfel des Berges funkelt

Im Abendsonnenschein.」

 

 

妖精…妹が口ずさむ歌の歌詞は

日本語でもなければ英語でもない。

イリヤの知らない言語である。

それが却って幻想的な様相を更に高めている。

しかし

 

 

(綺麗───けど、なんでだろう。

シロ………なんだか)

 

 

シロエは集中しているのか

目を閉じているためこちらに気づく様子はない。

そして

 

 

「Und das hat mit ihrem Singen

Die Lore-Ley gethan.」

 

 

歌が終わる。

イリヤ達は歌が終わるまで声をかけることができなかった。

最後まで見て、聞いていたかったのかもしれない。

 

 

「ふぅ…」

 

 

シロエは一息吐くと

その目を開ける。

すると当然

 

 

「「「あ」」」

 

 

イリヤと美遊の二人と目が合い

三人の声がかぶる。

 

 

「い、いつからそこに…?」

 

「え、えーと…いつからと言われても…」

 

「…最初の方…だと思う」

 

「うぐっ…」

 

 

美遊のその言葉に言葉を詰まらせるシロエ

見られたくないものを見られてしまったが故にシロエは言葉を詰まらせたのだが

その様子を妹が恥ずかしがっていると思ったイリヤは慌てて

 

 

「よ、良かったよ!なんていうか、こう…すっごい幻想的な感じで!!

なんていう歌なの?」

 

「…ローレライっていう歌だけど」

 

「ドイツ語はわからないけど…でも本当に、綺麗な歌声だった」

 

「そうそう!ってドイツ語?」

 

 

美遊から今の妹が歌っていた言語が

ドイツ語だと聞かされ訝しむイリヤ

 

 

「ミユ、今のドイツ語なの?」

 

「う、うん。なんて言ってたかまではわからないけど多分間違いないと思う」

 

 

イリヤがドイツ語という単語に反応したため

今度は美遊が訝しむ。

 

 

「あの…イリヤ。それが…?」

 

「あ、うん。ドイツって言ったらわたしの…わたしたちのママの故郷だから、それで」

 

「じゃあイリヤもドイツ語を…?」

 

「あー、いや。わたし、育ちは完全に日本だからドイツ語はちょっと…。

シロはさっきの歌、ママに教えてもらったの?」

 

「…」

 

 

シロエは一瞬悩んだ後

 

 

「…ううん。もっとずっと…昔から知ってた歌」

 

「そ、そう…」

 

 

昔から知ってた…?

孤児院で覚えたっていうこと?

でもシロとお兄ちゃんがいた孤児院って日本…もっと言うとこの街だし…。

本から学んだのかな…。

ママの故郷の歌を偶然に?

 

イリヤの中で様々な疑問が浮かんできたものの

妹の思いもしなかった姿を目撃し

その綺麗すぎる歌声とダンスから

今までのことをすっかり忘れてしまっていたが

話しているうちにだんだんと思い出してしまい

イリヤは気まずくなりその疑問を口にできなくなる。

 

 

「でもシロ。練習の時よりもすごく綺麗に踊れてた」

 

 

体育や放課後の練習の時よりも

明らかに上手くなっており

ぎこちなさやビクビクしていた様子もまるで見受けられなかったため

気まずそうなイリヤに変わり美遊が尋ねるも

 

 

「それは……………昔から知ってた曲だったし

それに息抜きのつもりでやったからプレッシャーとかなくて、それで…」

 

 

シロエは沈黙した後

美遊の問いに答える。

と、そこに

 

 

「で、でも…さっきの歌…」

 

「?」

 

 

気まずくなっていたイリヤが話しかける。

イリヤにはどうしても聞きたいことがあったからだ。

妹の…ローレライというさっきの歌について

というよりも

シロエの歌について

 

 

 

 

 

「シロ………なんだか、寂しそうに見えたんだけど…」

 

 

 

 

 

先のシロエの歌とダンス

普段のふざけている態度からは想像できないほどに

幻想的で綺麗な歌声とダンス

しかし

その姿は今にも消えてしまいそうなくらい儚く

そしてなにより寂しそうに

イリヤには見えた。

 

 

「寂しそう…?」

 

「う、うん。なんていうか…上手く言えないんだけど

この場にいない誰かに…遠くて手が届かない誰かに向かって歌っているような…

そんな感じがして」

 

「───……」

 

 

姉の感想を聞いたシロエは

無言になりなにかを思案する。

妹のその様子にイリヤはますます不安になる。

 

 

「………お姉ちゃん」

 

 

そしてシロエは神妙な顔のまま

 

 

「熱でもあるの?」

 

 

ふざけ始める。

 

 

「…は?」

 

「昨日氷水の張ったお風呂にでも入った?」

 

「いやそれシロが言い出した話じゃ」

 

「それともお腹でも痛いの?

まったく、床に落ちた物を三秒ルールなんて言って食べるから」

 

「言ってないし食べてないよ!?

なんなのよ!さっきから」

 

「だっておかしいでしょ。

普段のわたしを見て寂しいなんて言葉が出てくる?」

 

「うっ…」

 

 

普段のシロ…。

引っ込み思案のせいか初対面の子に対しては積極的に話したりはしないけど

時間が経てば

いつもとても楽しそうに笑っていて

隙あればすぐにふざけ始めて、毎回毎回わたしを振り回す。

……確かに寂しいとはほとんど真逆と言っていいかも。

 

 

「そもそも手の届かない誰かって誰のこと?

そんな遠距離の友達なんてわたしにはいないよ?」

 

「う、うーん…」

 

 

そしてそれもその通りだった。

ただでさえシロには友達が少ないのに

遠い場所になんているはずはない。

 

 

「それともママとキリツグのこと?

お姉ちゃんみたいにマザコンじゃないんだから」

 

「だ・れ・が!マザコンよ!?」

 

「この間もママが帰ってきた時に一緒にお風呂に」

 

「あれは!ママが勝手に入ってきて」

 

「その後はママに抱きつきながら寝て」

 

「抱きついてない!寝てない!!」

 

「さらにはおねしょを」

 

「してない!!!って、いったい何年前の話をして…」

 

「イリヤが…おねしょ?」

 

「はっ!?ち、違うよミユ!?

今も昔もわたしそんなことしてないからね!?」

 

「え、お姉ちゃん忘れちゃったの?昔もそうやってセラに隠そうとして叱られ」

 

「わああぁぁーーーッ!!!」

 

 

イリヤは顔を真っ赤にしながら叫び

自らの昔の失態を暴露する妹の発言をかき消す。

 

 

「あっ、それとも難しい言葉を使いたかったとか?

そういうお年頃?」

 

「ぬぐぐぐ…」

 

「シ、シロ…その辺に…」

 

「ダメだよー、お姉ちゃん。

ミユみたいに頭よくないんだから

さっきのだって難しいことを言おうとして、自分でもわけがわからなくなっちゃったんじゃないの?

お姉ちゃんにはまだまだ子供っぽい簡単な言葉が」

 

「うがぁーーーッ!!!

黙って聞いてれば!!人が折角心配してあげてるっていうのに、この妹はーーーッ!!!」

 

 

さっきのはやっぱり気のせい!!

このシロがそんなこと思うはずがない!!!

 

さっきの綺麗な歌と踊りも実は別人だったのではないか?

とすら思えるような妹の言動に

イリヤはいつもの如く妹へと襲いかかる。

 

 

(あぁ…また…)

 

 

イリヤの予想通りの反応に

美遊が遠い目をし

 

 

「あははははは!」

 

 

シロエは笑いながら逃げ

 

カクン

 

ようとしたがシロエの膝が折れ

 

 

「ッ!?」

 

 

足をもつれさせ

 

スザァー!!

 

と、派手に転んでしまう。

 

 

「あ………ふ、ふん!

人をバカにしてるからそういうことになるんだよ!!」

 

 

イリヤは一瞬助け起こそうという考えが過るものの

先のやり取りの怒りから素直に助けることができない。

そうして妹が自力で起き上がるのを待とうとするが

 

 

「…」

 

 

シロエはいつまで経っても起き上がる気配はない。

 

 

「?どうしたの?早く立───」

 

 

イリヤが倒れている妹へと近づく。

そこでイリヤは異変に気がつく。

 

 

「ぜぇっ……!はぁっ……!」

 

 

シロエは全身から滝のような汗をかき

身体全身を震わせている。

両手を踏ん張って急いで何事もなかったかのように立ち上がろうとするものの

 

ビクン、ビクン

 

とブルマから伸びている両足が痙攣し起き上がることができず

地面へと落ちてしまう。

 

 

「────…え」

 

 

イリヤはなにが起きているか理解できず

間の抜けた声を出す。

どう見てもふざけてやっているようには見えない。

イリヤが身体を硬直させていると

 

 

「シロ!?」

 

 

美遊が慌ててシロエへと近づき

助け起こすことでシロエはどうにか上半身を起こすことに成功する。

 

 

「…あはは。やっぱりどんくさいなぁわたしってば。

足が引っかかって転んじゃった」

 

 

嘘だ。

転んじゃっただけでこんな風になるわけがない。

 

この期に及んで誤魔化そうとするシロエだったが

イリヤも美遊も一瞬で見抜く。

 

 

「…なんで図書室じゃなくて屋上にいたの?シロ」

 

「…」

 

「それになんで体操着なの?ここでいったいなにをしていたの?」

 

 

美遊がシロエに詰問する。

とはいえ、答えはわかりきっている。

シロエのこの状態に覚えがあったからだ。

しかもついさっきに。

 

…わたしはここまで酷い状態ではなかった。

それに

今週ずっと図書室に通っていたことも嘘だったとしたらシロは───

 

 

「─────」

 

 

イリヤは未だに呆然としている。

しかしイリヤもわかっている。

が、受け入れたくない。

故になにも言えないでいた。

そんなイリヤに代わり美遊がその答えを言う。

 

 

「シロ、もしかして…ダンスの練習をしてたの?

今週一週間…毎日ずっと、しかもたった一人で」

 

 

わたしには…サファイアがついてくれていた。

でも

シロは正真正銘たった一人、しかも一週間の間毎日。

 

 

「……………」

 

 

シロエの笑顔が固まり無言になる。

答えを言ってるようなものであった。

 

ギリ…

 

美遊がシロエのその様子を思い浮かべ

歯を強く食いしばる。

 

 

「───なん、で……だって、シロは……どうして……」

 

 

イリヤがかろうじて声を出す。

その声はかすれており、ふとしたことで泣き出しそうである。

その様子を見たシロエは

 

 

「…平気だよ。アレを飲んでるから」

 

「…ア、レ?」

 

「お姉ちゃん、手を出して」

 

「…?」

 

 

イリヤは妹に言われるままに

妹へと手を出す。

シロエはその手をパシッと強く取り───

 

 

「ファイトーーーッ!!!」

 

「!?」

 

「いっぱーーーつ!!!」

 

「!!?」

 

「タウリン1000㎎配合!リ◯ビタン」

 

「D!!!っていきなりなにやらせるの!?」

 

 

妹の出したドリンクを手にし、しっかりと前に出しながらイリヤが突っ込む。

尚、先の一連の流れを美遊はポカンとした様子で見ており

先の流れでシロエは立ち上がっている。

…足はまだ若干震えているが

 

 

「あれ?ユ◯ケルの方が良かった?」

 

「いや、そうじゃなくて!?

っていうか子供のうちからそんなもの飲んじゃ」

 

「もー、わがままだなぁ。お姉ちゃんは

じゃあチ◯ビタドリンク」

 

「だ・か・らぁ!

なんでわたしが駄々こねてるみたいになってるの!?

あーっもう!!茶化さないでよ!!」

 

 

こんな状況でもふざけ始める妹を前に

イリヤの涙が引っ込む。

 

 

「なんでダンスの練習なんてしてるの!?

シロはダンスが嫌いなんじゃなかったの!?」

 

 

調子を取り戻したイリヤがシロエに問いただす。

しかし

 

 

「?」

 

 

シロエは笑みを浮かべたまま首を傾げ

 

 

「わたし、別にダンスは嫌いじゃないよ?」

 

 

話の根底をひっくり返すようなことを言い出す。

 

 

「へ?」

 

「まあ、なら好きかって聞かれたら大好きっていうほどでもないけどねー」

 

「じゃ、じゃあなんで休もうとしたの!?」

 

 

人前で踊るのが恥ずかしいというのは嘘ではない。

しかし

それが理由でダンスが嫌いというわけではなく

もっと言えばそれを理由に休むつもりなどシロエには毛頭ない。

 

 

「…そもそも好きとか嫌いとか関係なくない?」

 

「え?」

 

「本当のことを言うとね…勝てると思ってるの。明日の運動会」

 

 

ダンスが好きか嫌いかではなく

突然勝ち負けの話になり困惑するイリヤと美遊であったが

 

 

「わたしさえ出なければ」

 

 

続いたシロエの言葉に二人は固まる。

 

 

「ミユはダンスの苦手意識を克服する。

それだけの潜在能力(ポテンシャル)を十分に持っている。

…その迷いのなくなった顔を見ればそれは正しかったみたいだし、ね」

 

 

自身の心中を言い当てられた美遊はビクリと震える。

 

 

「そしてお姉ちゃんとミユの運動能力を持ってすれば、明日の運動会は高確率で勝てる」

 

 

シロエの目算は正しい。

違う世界線…シロエのいない世界線においては

イリヤと美遊は雀花達と見事なダンスを踊りきり

運動会にてクラス優勝している。

 

 

「でもそこにわたしが入ると負ける可能性が高くなる」

 

 

自分さえいなければ

そう思っていたことにイリヤと美遊は哀しくなった。

そして思い出す。

シロエが逃げ出したのは絶対に負けられないという話をした直後だということを

 

 

「だから……休もうとしたの?シロは」

 

「それが目的を果たすのに一番確実な方法だったんだけどねー。

でもそもそもの前提が変わったからね」

 

「目的?前提?」

 

「わたしが出場した上でクラス優勝する」

 

 

美遊は思い出す。

自身がシロエにも出てほしいという想いを伝えた時のことを

あの瞬間

シロエの中で前提条件が追加されたのだと

 

自身が出場するという『前提』の下

クラス優勝をするという『目的』を果たす。

 

 

「それがわたしに求められたこと」

 

 

違う。そんなこと求めてない。

 

 

「わたしはわたしに求められた役割を全うする」

 

 

言葉のみを取るのであればただただ立派である。

 

 

「そこにわたしの好き嫌い…意思なんてものを考慮する必要性はない。

ただ考えるべきなのは───」

 

 

しかし

 

 

「目的を達成することだけだよ」

 

 

イリヤ達には

執念すらも通り越して

なにか良くないものに取り憑かれているような

怨念じみたものを

シロエから感じた。

まるでそうあらなければならない、と

それができなければ自分に価値などない、と

そう思っているように

 

 

『なんでそんなビクビクしながら踊ってるの?』

 

 

今ならわかる。

恥ずかしかっただけじゃない。

シロは…不安だったんだ。

ダンスが上手くないってことがバレた時のみんなからの反応が

そして

自分の所為で運動会に負けてしまうのが

負けてしまった後、みんなから責められるかもしれないと思って…

なのに

 

 

『…シロ?あー、うん。勝手だよねー。

あんな風にずる休みしようとしてさー』

 

 

違う。自分勝手なんかじゃない。

シロはいつも自分のことよりも周りを優先する。

そんなこと…カード回収の戦いでわかりきってる。

いつもいつも自分よりもわたしを優先して護ってくれていたのに

 

 

『しかもなんか図書室に寄ってくとか言ってすぐに帰らないし!』

 

 

なんで気づかなかったの?

わたしは知っていた。

ウチに来たばかりのシロとミユがどこか似てたことを

それはつまり

二人の芯は似ているということ

ミユのことに気づけたのならシロのことだって…

今まで一緒にいた時間はシロの方が断然長いのに

 

 

『シロだってダンス上手くないのに…。

もうちょっと真剣にやってもらいたいよねー』

 

 

わたしはなにを言ってるの?

誰よりもクラスで一番、真剣に練習していたのは───

 

 

『待てーーーッ!!!』

 

『シロがずる休みしようとするのがいけないんでしょー!?』

 

 

ずる休みは悪いこと

それは間違いない。

誰に聞いてもそう答える。

 

でも…それだけだった。

わたしがシロを追いかけて、責めたてたのは

 

シロの気持ちなんてまるで考えてなかった。

わたしがシロを追いつめた。

わたしの所為でシロはここまで思いつめて───

 

 

「ち…ちが…、わ、わたしは…こんな」

 

「?心配しなくても明日には間に合わせるよ?」

 

「!?シ、シロ、これ以上は…」

 

「ミユよりも成長の度合いが遅いんだから

最低でも他の人の倍はやらないと」

 

「ばっ…!?」

 

「今まで居残って練習してきて、それで漸くミユと同じくらいの成長具合なんだから当然でしょ?」

 

 

美遊が止めようとするものの

シロエはなんでもないように言ってのける。

しかしその身体はどう見ても限界…いや、限界すら越えつつある。

 

確かに

ここまで練習して成長している実感がまるでなかったら

不安になるのはわかる。

勝ち負けだけを…みんなに迷惑をかけてしまうと考えてしまったら…。

わたしも同じだったからよくわかる。

そして

理屈の上では

シロのたどり着いた結論は間違ってない。

もっと練習が必要だ、と

間違っては、ない。

だけど…!

 

 

「あー…、でもミユも今日は居残って練習してたんだっけ?」

 

「え」

 

「こんな時間まで残ってるってことは…迷いがなくなってるってことはそういうことでしょ?

じゃあ今日はもっとやらないと…。今日で最後なんだし徹夜でもして」

 

「もうやめて!!!」

 

 

美遊の制止を振り切ろうとする妹の下へと

イリヤは涙を目に溜めながら飛び込み、抱きつく。

 

 

「もう……やめて。お願い、だから……」

 

 

シロが今週どんどんテンションが高くなっていったのは

文字通り疲れが溜まっていったからだ。

いくらでも気づける要素はあった。

なのに……

 

イリヤは胸の内の罪悪感に潰されそうになりながら

妹を抱きしめる。

 

 

「…間に合うかどうか心配だろうけど、そこはなんとか」

 

「そんなこと心配してない!!!

わたしは、シロのことを心配して…」

 

「…わたしのことを?」

 

 

姉の腕の中で首を傾げるシロエ

何故なら

 

 

「…正直意外かな。お姉ちゃん、わたしのこと嫌いになったんだとばっかり」

 

「嫌いになんてなってない」

 

「………見限られたんだって」

 

「見限ってなんてない!!!」

 

 

ほぼ叫びながらシロエの言葉を否定するイリヤ

 

 

「今も…これから先も…わたしはなにがあっても絶対にシロを見捨てない!!

だって…だってシロは」

 

 

涙声になりながらも必死に言葉を紡いでいき

 

 

 

 

 

「わたしの…大切な……妹なんだから………」

 

 

 

 

 

その言葉と共に

腕の中の妹を大切そうに抱きしめる。

 

今も、これから先も、なにが起きても

シロがどんな行動を取ったとしても

絶対に、見捨てない。

 

イリヤはそう誓った。

 

 

「─────」

 

 

シロエはなにも言えない。

なにを言えばいいのか、わからない。

そんな無言な妹にイリヤは

 

 

「…ねぇシロ。これ以上、練習はしなくていい」

 

「わたしは、まだ…」

 

「シロはもう十分に練習したよ。

十分すぎるくらいに。

本当に…頑張ったね。

シロに必要なのは練習じゃない。

シロ、明日は───」

 

 

シロエの反論を

イリヤは優しく遮り

 

 

「楽しんで。思いっきり」

 

 

美遊と同じアドバイスを贈る。

 

 

「楽…しむ…」

 

「うん。勝ち負けも、難しいことも、なにも考えなくていい。

シロはただ楽しむことだけを考えて」

 

「け、ど…」

 

「そうすればきっと…全部上手くいくから

信じて、わたしのことを。ミユのことを。みんなのことを。

お願い…、ね?」

 

「……………」

 

 

姉からの優しく諭すような言葉に

シロエは

 

 

「………………………うん」

 

 

しばらく葛藤した後、不安そうに頷き了承する。

しかし

 

 

「でも…この状態で楽しむのは…。

……自業自得って言われたらそれまでだけど」

 

「自業自得なんて言わないの。

…歩くのも辛い?」

 

「……………ううん。

普段使わないような所の筋肉の疲労は確かに激しいけど

他の所はそうでもないと思う」

 

「えーと…。つまり?」

 

「一晩休めば走ったりはできると思うけど

ダンスは少しきつい…かもしれない」

 

「そう…。うーん…」

 

「…そのことだけど、シロ」

 

 

シロエから怨念じみた危うい雰囲気が失われたことを

感じ取れた美遊は安堵し話しかける。

そうしてシロエへと近づき

ある提案を耳元で伝える。

その提案を聞いたシロエは目を見開いた後

しばらく考えた後

 

 

「…サファイアが協力してくれれば、多分できると思う」

 

「サファイア?」

 

「…問題はありますが、シロ様であればもしかしたら可能かもしれません」

 

 

二人と一本のやり取りを見ていたイリヤは

 

 

「?なんだかよくわからないけど、なんとかなりそうってこと?」

 

「うん」

 

「大丈夫だと思う。お姉ちゃん」

 

「そっか。じゃあ帰ろ!

ほらシロ、早く着替えて」

 

 

そうしてシロエの着替えが終わり

久しぶりに三人仲良く帰るのであった。

 

 

 

……

………

 

 

翌日

とうとう迎えた運動会の本番

 

 

「えー、とにかく!怪我だけはしないように!!」

 

 

イリヤ達は運動場に並べた

教室から持ってきた椅子に腰掛けており

子供達の前で藤村先生が話している。

普段とは違いイリヤと美遊の隣に座ることができているためシロエが若干嬉しそうである。

 

 

「それから…個人的な希望ではありますが!

今回、わたしは君達になんとしても勝ってもらいたいと思っております!!

事情は話せばながーくなるけれども」

 

「皆まで言うなタイガー!

俺達に任せとけ!!

なあ、みんなー!!」

 

「「「「「おーーーっっ!!!」」」」」

 

 

龍子の呼びかけと共に拳を振り上げる子供達

完全に一致団結している。

 

 

「な、なに!?すごい気合い…!?

と、とにかくこれなら安心ね!!」

 

 

子供達の妙な団結力と気合いに

困惑する藤村先生ではあったが悪いことではないため

特に触れないこととした。

 

 

 

……

………

 

 

「ミユ、シロ調子はどう?」

 

 

開会式前

入場口前にて待機中

イリヤが美遊とシロエに尋ねる。

 

 

「うん。ダンスはイリヤのお陰でなんとかなると思う」

 

「別にわたしは大したことはしてないような気がするけど…」

 

「身体の方は問題ないと思う。

…正直不安はまだあるけど、言われた通りそれは考えないようにする」

 

「シロ…。うん!二人共、頑張ろうね!」

 

「「うん」」

 

 

三人の会話を聞いていた雀花達も会話に交じる。

 

 

「ダンス以外の競技も頑張らなくっちゃなー。

タイガーを助けるためだ」

 

「その通りだ!よーし、いくぞ野郎共!!

サーチ&デストロイ!!

一人一殺!!死なばもろとも!!!」

 

「殺すな死ぬな!!!」

 

 

 

……

………

 

 

そうして始まった運動会

 

 

「やったー!ミユー!!」

 

「よっしゃー!それでこそわたしの生徒だー!!」

 

 

短距離走では予想通り美遊が一位を取り

 

 

「いっけー!シロー!!」

 

「す、すげぇ!全く減速せずにパンを咥えやがった!?」

 

「運動ではイリヤの影に埋もれがちなあのシロが!」

 

「運動はそこそこ出来てもいまいち目立たないあのシロがー!!」

 

「さっすがシロちゃん!肝心な時だけは頼りになる!!」

 

「褒めてるの!?貶してるの!?

(こんな所で猟犬だった頃の経験が役に立つとは思わなかったけど!)」

 

 

パン食い競争では珍しくシロエが一位を獲得し

 

 

「これはどこで借りるんだ?」

 

「いい!タツコ、いいからそのまま走れー!!」

 

「胸を張って一人でゴールするんだー!!」

 

「っていうかなんで借り物競争で『バカ』と書かれた紙が…」

 

 

借り物競争にて頭に?マークを浮かべながらも龍子が一人でゴールし

 

 

「頑張ってミミー!!」

 

「こらー!美々ー!!一人でエロくなってるんじゃなーい!!

先生はそんな子に育てた覚えはないぞー!!」

 

「そ、そんなこと言われてもー!?」

 

 

障害物競争にて美々が網からなかなか抜け出せず

ブルマを履いた臀部を突き出した状態で身動きが取れなくなり

美々が赤面したり

 

 

「踏ん張ってスズカ!!」

 

「ぐっ!これくらい…夏の東館に比べれば!!」

 

「東館…?」

 

「コミックマーケットの会場のことだってミユ。

( ピー )物?とか( ピー )されて( ピーーー )される系?のドージンシ?が東館で販売されるから絶対にゲットするんだってスズカがこの間」

 

「スズカ。これ終わったら校舎裏ね」

 

「ヴエッ!?」

 

 

騎馬戦ではイリヤが上に乗り、相手クラスと組み合い

その雀花は美遊とシロエと共に下で支え

(なんとか勝てたがイリヤからの呼び出しから逃れることはできなかった模様)

 

 

「合わせてナナキ!!」

 

「「右左右左右左右左右左右左右左右左…」」

 

「お前らなんでそんな速さで合わせられるんだよ!?ちょっ、待っ…うおおああぁぁーーーッ!?」

 

 

ムカデ競争ではイリヤ、美遊、シロエの三人が高速のテンポで完璧に息を合わせることに成功し

その三人に引きずられながらも那奈亀が必死に合わせ

 

 

「どおりゃああぁぁぁーーーっっ!!!」

 

「やっぱり本気度が全然違う!?」

 

「おお!人さえ食い殺しかねない勢いだぜ!!」

 

 

先生同士による短距離走対抗戦では

藤村先生がぶっちぎりで一位を取った。

 

そして

 

 

『───以上で午前中の競技は終了です』

 

 

アナウンスが流れ

午前中の競技の終了を伝え

昼休みとなる。

 

 

『午後の競技開始は一時を予定しています』

 

「「「はぁー…、はぁー…」」」

 

 

アナウンスが午後の予定を告げる中

イリヤ、美遊、シロエの三人が

膝に手をつき息を整える。

と、そこに

 

 

「イリヤさーん!シロさーん!美遊さーん!

こっちですー!!」

 

 

自身達を呼ぶ声へと振り向くとそこには

セラとリズの二人がシートを広げ、手をこちらへと振っていた。

 

 

「セラ!リズ!」

 

「お疲れ様です。ずっと見てましたよ」

 

「頑張ってたねー」

 

「さあ、ご飯にしましょう。美遊さんも!」

 

「すみません。お世話になります」

 

「いいんですよ。人が多い方が楽しいですし」

 

「うん。セラの料理は美味しいよ」

 

「お兄ちゃんは試合で見に来れないし

せっかくだもん。遠慮しないで」

 

 

イリヤ、シロエ、美遊の順番で

シートへと足を踏み入れ、座っていく。

 

 

「今さらだけどルヴィアさんとか来たりしないの?」

 

「こういった派手なイベントがある時には来そうだよね」

 

「それは──」

 

 

 

『なんとお弁当!?

任せておきなさい!現地でシェフに最高の満漢全席を用意させますわ!

オーホッホッホッホッホッホ!!』

 

 

 

「──みたいなことになりそうだから

お昼は一人でなんとかするって伝えたの」

 

「あー…うん。やりそう」

 

「う、うん、まあなんか…想像できるね」

 

 

妹と共に苦笑いを浮かべながらも

 

 

(でも…見に来てたりとかはしないのかな?)

 

 

こっそり見に来てたりしてるのではないか?

とイリヤは考えた。

 

そして

そんなイリヤの考えを肯定するかのように

イリヤ達が昼食を摂っている時

学校の駐車場より

青の高価そうな服を身に纏った金髪の女性が

双眼鏡を手に

木陰より美遊達を見ていた。

 

 

 

……

………

 

 

午後もつつがなく進行していき

そして

 

 

『次は最後の競技。クラス対抗ダンス合戦です』

 

「よーし!いよいよだぜ!!」

 

「どこのクラスもあんまり点差はついていないね。

頑張ったんだけどなぁ…」

 

「ああ、結局このダンス勝負って感じだな。

って美遊とシロは?」

 

 

この場にいない美遊とシロエに訝しむ雀花

と、その時

 

ざっ、ざっ

 

と背後から足音が聞こえ

 

 

「「「?」」」

 

 

イリヤ達は振り返る。

すると、そこには

 

 

「…」

 

「ごめんごめん。ちょっと準備してて」

 

 

✕印の髪留めと蝶を思わせるような髪飾りを頭部に身につけた美遊と

髪の両サイドの先端を髪留めで留めたシロエ

美遊は恥ずかしそうに顔を赤らめ、シロエはいつもの笑顔を浮かべながら

二人が手を繋いだ状態で近づいてきた。

 

 

「おー!二人共いつもと髪型が違うな!

ミユキチもシロキチも本気モードってわけか!

いいぞいいぞー!!」

 

 

龍子が二人を褒めながら手を伸ばす。

 

 

「触らないで」

 

「タツコ、ダメ」

 

「う」

 

 

美遊とシロエの言葉に龍子の手が止まる。

 

 

「タツコ、これはきっとあれ!

触れたら怪我するぜ的な集中を邪魔されたくないミユとシロの気持ちの表れというかー!!」

 

「そ、そっか!それだけマジっていうことだなー!!

あっはっはっは!!」

 

 

龍子にごまかしを入れながらも

イリヤは声を潜めて美遊とシロエに話しかける。

 

 

「え、とミユ、シロ。わたしその髪型すっごい見覚えがある気がするんだけど気のせいかな…?」

 

 

見覚えのある髪型

言うまでもなく戦闘時における二人の髪型である。

魔法少女や民族衣装の服、帽子を身に纏っていないものの

髪型だけが戦闘時のものとなっている。

即ち

 

 

「えと…。触ると怪我するかもというのはその通りで…」

 

「うん。つまりそういうこと」

 

 

衣装替えなしの転身である。

 

 

「とは言ってもわたしのはサファイアの能力を部分的に借りてなんとか出来てるだけなんだけどね」

 

「…うん?じゃあ手を離したら解けちゃうってこと?」

 

「んー。手を離してしばらくしたら戻っちゃうけど

ダンスの間くらいなら保たせられると思うよ」

 

 

さらに転身により

二人の筋肉の疲労は完全に無くなっていた。

そして

 

 

『次のクラスは速やかに入場口に集合してください』

 

 

次のクラス…イリヤ達のクラスである。

いよいよ自分達の番である。

 

 

「イリヤ。大丈夫、心配しないで。

やるべきことはわかってる。

これは必要だからしてるだけ」

 

 

友達と妹の突然の転身に

心配の色が出てきているイリヤに

美遊が自身の想いを伝える。

 

 

「わたしにはちゃんと楽しいって気持ちがある。

それをそのまま出そうって思ってる。

だから…踊ろう。イリヤ、シロ、一緒に」

 

「…うん!」

 

 

美遊の言葉に元気よく応えるイリヤ

しかし

 

 

(………楽しいって気持ち…)

 

 

シロエの笑顔が陰る。

そんな妹の気持ちの変化に

今度こそ気づいたイリヤは

 

 

「こーらっ!」

 

「ぶっ!?」

 

 

妹の頬を両側から挟み込み

俯きかけたその顔を上げさせる。

 

 

「お、お姉ちゃん…な、なにを」

 

「また難しいこと考えようとしたでしょ?シロ」

 

「うっ…」

 

「不安になる必要なんてどこにもないよ。

シロはただ楽しんでくれればそれでいいの」

 

「…」

 

「もしそれで負けちゃったとしても誰もシロの所為だなんて思わない。

もしも…本当にもしもそんな子がいたなら」

 

 

イリヤが笑みを浮かべ

シロエの挟み込んだ顔を至近距離で見つめる。

 

 

「わたしがとっちめてあげる」

 

「!」

 

「わたしが絶対にそんなことを言わせない。思わせない。

だから安心して…ね?」

 

「…」

 

「それは違う。イリヤ」

 

 

美遊がイリヤの宣言に待ったをかける。

 

 

「わたし()()が、だよ。イリヤ」

 

「…!うん!」

 

「お姉ちゃん…、ミユ…」

 

 

…───。

正直

上手くやれるかはわからない。

けれど

今、この瞬間だけは

『猟犬トケ』のことも、『イリヤ』のことも、…『使い魔』であることも

全部、忘れる。

忘れて…ただ。

『シロエ』という10歳のただの女の子として───

 

 

「…ありがとう、行こう」

 

「うん!」

 

「うん」

 

 

 

……

………

 

 

音楽が流れる。

『Prism Sympathy』(一期エンディングテーマ)

その曲調は子供らしく元気いっぱいであり

綺麗というよりも可愛らしさが勝っている。

いずれにしても

昨夜、シロエが歌った『ローレライ』

それとは全く違う曲である。

しかし

 

 

「…!」

 

 

イリヤも美遊も

龍子も那奈亀も雀花も美々も

そして…シロエも

子供らしく元気いっぱいに

女の子らしく可愛らしく

そしてなによりも笑顔で

ダンスを踊る。

 

 

「───♪」

 

 

美遊とシロエは転身している影響で

身動き一つ一つに

綺麗な魔力の光が飛び散り

それが二人の感情を周囲に伝播させる。

そう。『楽しい』という感情を

見守っている藤村先生、たくさんの教師や子供達。

ビデオカメラを向けているセラとリズ、保護者達。

離れた位置から見ているルヴィアとメイド姿の凛にも

その感情は強く伝わってくる。

そして

 

 

「──♪♪♪」

 

 

サビに入り

曲の盛り上がりが最高潮に達する。

その時には

イリヤもまたルビーを使用し

友達や妹と同じように衣装替えなしの転身を行い

鳥の羽を思わせるような髪飾りが頭部に身につけられている。

それに伴いイリヤの動きにも綺麗な光が飛び散る。

イリヤ、美遊、シロエ

三人の動きの一つ一つが

今までの努力を、みんなでいることの楽しさを、培ってきた友情を

これでもかと伝えてくる。

そして

 

 

「───…!」

 

 

曲が終わりを迎え

イリヤ達はピースした右手を上へと掲げた状態で動きを止める。

 

 

「「「はぁ…はぁ…」」」

 

 

ダンスが終わり

暫しの静寂の後

割れんばかりの拍手が沸き起こる。

 

イリヤ、美遊、シロエの三人は

汗をかき、息を切らしながらも

その顔は達成感に満ちている。

 

三人は右手を掲げたまま

顔を見合せると

ニッコリと笑みを浮かべる。

 

そんな三人の様子を遠くから見ていたルヴィアは

 

 

「うふふ…。しかと見届けましたわ、ミユ。

エーデルフェルトの名を持つ者に相応しい立派なダンスでした」

 

 

双眼鏡を後ろのメイド服を着た凛へと放り投げる。

凛はそれを慌ててキャッチする。

 

 

「さて…帰りますわよ下僕」

 

「誰が下僕よ!誰が!!」

 

 

凛の怒りをスルーしルヴィアはリムジンへと乗り込むのであった。

 

 

「「「いぇーい!!!」」」

 

 

場面は戻り

踊り終えたイリヤ達は

次に踊るクラスの子達の邪魔にならないように

運動場の脇へと離れていた。

 

 

「やったな!最高だった!」

 

「ミユちゃんもシロちゃんもすごかったよ!

本番に強いんだね!」

 

「おー!完璧だった!

完璧すぎてなんだかキラキラした光が見えた気がしたぜー!」

 

「そうだなー。イリヤもそんな感じだった」

 

 

イリヤ達三人から飛び散っていた魔力の光に訝しむ雀花に

イリヤは慌てて誤魔化しにかかる。

 

 

「あ、あー…。そうだねー。

気のせいだと思うけど。

それだけ上手に踊れたっていうことだよ!多分!」

 

「と、とにかくみんなに迷惑をかけなくてよかった」

 

「う、うん。……本当に、ね」

 

 

美遊とシロエからしてみれば

まさにそれに尽きるのである。

しかしそれに対し龍子が

 

 

「迷惑とか言うなよー。仲間だろ!」

 

 

元気いっぱいに当然そうに言う。

 

 

「あ…、わ、わたしトイレに」

 

「…わたしも行ってくる」

 

「あ!わたしも!」

 

 

そうして三人はその場から走り出す。

 

 

「お!俺も行っとこー、と!

ついでに一緒に行こーぜ!!」

 

 

背後からの龍子の言葉に

イリヤ達三人は顔を見合せ

コクリ、と頷き

 

 

「な、なにー!?なぜ逃げる!?待てーっ!?」

 

 

龍子の言葉を無視し走る三人

そうして校舎の角へと姿を消すが

 

 

「逃がすかーっ!!!」

 

 

龍子の叫びが聞こえてくる。

美遊は人差し指を上へと向ける。

その様子でイリヤとシロエはなにが言いたいかを把握し

三人は上空へと翔け上がる。

衣装替えなしとはいえ転身しているからこそできる芸当である。

次の瞬間、龍子が姿を現すが

 

 

「いない…?

ははぁわかったぞ。さては三人して漏れそうだったんだな!

じゃあ、仕方ないなー」

 

 

そう納得する龍子

一方で

 

 

「「「はぁー…」」」

 

 

学校の屋上にて

ギリギリ逃げることができたと安堵する三人

そして

まずは時間制限ギリギリだったのか

シロエから光が溢れ

シロエの髪型が元に戻る。

 

 

「あ、危なかったー…。ギリギリだった…」

 

 

次に美遊から光が溢れ

美遊の髪型が元に戻る。

 

 

「お疲れ様でした、美遊様」

 

「サファイアも…、普段しないことをさせたね。

ありがとう」

 

「二人とも、ありがと。わたしまで…」

 

「お気になさらず、シロ様もお疲れ様でした」

 

「うん、気にしないで。友達でしょ?わたしたち。シロ」

 

「…うん!」

 

 

続いてイリヤからも光が溢れ

イリヤの髪型も元に戻る。

 

 

「で、わたしたちもノリで衣装替えなしの転身をしちゃったわけですけどもー!

その状態でのダンスどうでしたー?」

 

「あのね!なんていうかすごく…自然だった!

自分の気持ちがそのまま身体を動かしてくれる感じになってたの!

だから二人共、こうしようって思ったんだよね?」

 

「うん。ミユの発案なんだけどね」

 

「イリヤのお陰でダンスのイメージはできた。

ただそれが上手く身体に反映できなかったから。

イメージをよりダイレクトに伝える方法を考えて…」

 

「その方法が魔力を潤滑油として使う方法だったわけです」

 

「想いを形にするのが魔法…。

それはいつもわたしたちがやってきたことでしょ?」

 

「そっか…。そうだよね!」

 

「(想いを形に…)うん!そうだね!」

 

 

イリヤとシロエは姉妹らしく

寸分違わぬ全く同じ笑顔を二人して浮かべる。

美遊もまたそんな二人に対し満足気に笑顔を浮かべる。

しかし

 

 

「でも…ちょっとずるだったかな…?」

 

「ずる…。う、うーん、そんな気がしなくも」

 

「ううん。先生を助けるためだもの!大丈夫だよ!」

 

 

 

……

………

 

 

運動会が終わり

イリヤ達の教室にて

帰りの前の学級会

 

 

「みんな!今日は優勝おめでとう!!」

 

 

その藤村先生の言葉にクラス全員が笑顔になる。

しかし

 

 

「お陰で…お陰で…

お陰で先生はお肉をゲットできましたー!!

ひゃほーーー!!!」

 

「「「……………へ」」」

 

 

続いた藤村先生の言葉に

子供達の笑顔が困惑した表情へと変わる。

 

 

「いやー、学校の備品をまとめ買いしてさ

そのオマケシールをこっそり集めて懸賞に応募したら」

 

「懸…賞…?」

 

「なんと高級和牛が当たっちゃってさー」

 

「和牛?」

 

 

藤村先生の話に

雀花が顔を引きつらせ、美々が首を傾げる。

 

 

「でもさそれがさ他の先生達にバレちゃってさ

しょうがないからさー、運動会で優勝したクラスの先生がゲットするっていうことにしようっていう流れになっちゃって」

 

(じゃあ…あれは…)

 

 

イリヤが一週間ちょっと前の

藤村先生と太った男性教師の会話を思い出す。

 

 

『あなたの当てた肉はわたしのものになる』

 

(こういうことで)

 

 

聞き取れなかった部分の内容も推測して当てはめる。

 

 

『いやぁ楽しみですな。あなたのお肉、好きにできる時が。美味しそうですなぁ』

 

(全部…そのまま…肉!つまり…)

 

 

そう。

 

 

『え?今の話って…

焼き肉かなにかを賭けてるだけなんじゃないの?』

 

 

即ち

 

 

(マ、マ…マジでシロの言う通りだったぁーー!?)

 

 

まさかの妹の言ったことが正しく

心の中で絶叫を上げるイリヤ

それもそのはず

 

 

(こ、これじゃあわたしたちが汚れてるみたいじゃない!?)

 

 

自分達の思考がアレな方向に向かっていってしまったことに

イリヤ達は自身の頭の中がピンク色…もとい、汚れてしまっていると思ってしまう。

シロエの考えを聞いても受け入れなかったことがさらに拍車をかけている。

 

 

「…はぁ」

 

 

美遊が溜め息を吐く。

それもそのはず

転身を使ってまで勝ちに行ったにも関わらず

肝心の藤村先生が私欲にまみれていたからである。

そして

 

 

「うぅ…うおおおぉぉぉっ!!!

よーし!みんなー!!今日はタイガーん家で肉パーティーだ!!!

我々にはその権利がある!!!」

 

「「「おおーーーっ!!!」」」

 

 

子供達が拳を振り上げる。

当然である。

そうでもしなければやってられないからである。

ここまで子供達は文字通り全身全霊で練習に励んでいたのだから

 

 

「え、あれ…。うそうそうそ、なんでそうなるのー!?

わたしの肉ー!!!」

 

 

藤村先生が悲鳴を上げる。

その様子に

イリヤは後ろの席の美遊と顔を見合せ

苦笑いを浮かべると

続いてシロエの方へと視線を向け

 

 

「─────え?」

 

 

たが

そこにいたのは

いつも浮かべている笑顔など微塵もない

感情なんてものはないと錯覚させるような

無表情の妹であった。

しかし

 

 

「──??」

 

 

イリヤが瞬きした次の瞬間には

シロエはいつもの見慣れた笑顔を浮かべており

藤村先生の嘆きを笑っているようであった。

 

 

「……ん?んん?」

 

「?イリヤ、どうかした?」

 

 

困惑しているイリヤに

美遊が声をかける。

 

 

「う、ううん。なんでもないよ」

 

「?」

 

 

見間違い…?

わたし、まだ疲れてるのかな。

戦ってる最中でもないのに

シロがあんな表情をするはずがないもんね。

いつもあんなに元気いっぱいのシロが

出会ったばかりの頃のような、あんな表情を───

 

 

 

ーーーーーーーーーー

 

 

どうして上手くいったの?

 

 

シロエは内心、困惑していた。

 

ダンスとは

体力や筋力、そういった身体能力が重要な競技。

でも、それだけじゃない。

ダンスはそれと同時に芸術性を追求するもの。

自身の中にあるものを形にし、他者にもわかるように伝える。

その形は千差万別、多種多様に渡り

それは絵であったり、音楽であったり、…ダンスであったりもする。

それが芸術というもの。

だからこそ

 

 

中身が空っぽであるわたしとは相性が最悪に近い。

 

 

中身がなにもないのであれば伝わるものなどなにもありはしない。

わたしが美術が苦手としている理由もそこにあった。

普段からハリボテの笑顔を浮かべているわたしに伝えられるものなど、なにもなかった。

技術や知識は持っているから創ろうとすることはできる。

しかし

なにを創るにしても中身が伴わない。

 

ダンスが好きか嫌いか。

お姉ちゃんの疑問に対して

好きでも嫌いでもない、と答えたけど

それは少し違う。

 

そんな感情はない。

 

それが本当の答え…だと思う。

 

 

『なんでそんなビクビクしながら踊ってるの?』

 

 

わたしの所為で負ける可能性が高くて不安だったから

もちろんそれもあったけど、実はもう一つ理由があった。

わたしは………怖れたんだと思う。

わたしのダンスからなにも伝わってこないと

中身が空っぽだと

普段浮かべてる笑顔が作り物だと

それがバレてしまうのを怖れた。

だからこそ、普段の美術の授業では

伝わりにくい絵を描いているという面も少なからずあった。

ダンスの授業も出来る限り目立たないようにした。

 

だから

今回、運動会の目玉競技がダンスに決まった時

少なからず絶望した。

しかも、絶対に勝たなくてはならない。

そういう話になって

いろいろ計算してみた結果、わたしが出ないのが一番勝率が高いという結論に至った。

でもミユから

わたしにも出てほしいと

わたしが出た上で勝つようにと言われて

難易度はさらに跳ね上がった。

ダンスにおいて重要なものはわかってる。

わたしは…最初から全部わかってた。

けれど、わたしの中身を伝えるように意識すれば

今までの嘘がバレる可能性がある。

わたしの虚ろな中身が伝わらないように踊り、なおかつ勝利する。

正直、無理難題だった。

でも、やるしかない。

それがわたしに求められたことなら

だから…練習量を増やした。

傍から見れば狂気的な練習量をこなすことで

僅かでも

熱意でもなんでもいいから伝わるように、と

練習してることがバレないように嘘までついて、お姉ちゃんをわざと怒らせて

その嘘で

お姉ちゃんに嫌われることも覚悟の上で

だって

無責任だって勝手すぎるって怒られて嫌われる方が

全部嘘だったとバレて泣かれて嫌われるよりも

何倍もマシだったから

でも、結局その練習もお姉ちゃん達にバレて禁止されてしまって

詰んだと

もうどうしようもないと思った。

半ばやけになってお姉ちゃんの助言に従った。

なにも考えずに踊った。

10歳のただの女の子として

だからこそ思う。

 

 

なんで上手くいったの?

 

 

運動会が始まってからは言われた通りなにも考えないようにしていた。

流れに身を任せた。

でも

前日では頭の中でどうシミュレートしてみても上手くいくことはなかった。

何度やっても負ける。

そう結論が出ていた。

しかし

勝ってしまった。

お姉ちゃんの言う通りにしたら本当に全部上手くいった。

 

 

いったい、どうして…?

わたしの中にある『イリヤ』としての感情が漏れ出した?

それとも───

 

 

シロエは内心の困惑を押し殺し

いつものように笑う。

 

シロエがその答えを得るのは

イリヤが妹の無表情が見間違いではなかったと知るのは

もう少し先の話である。

 

 

 




どうして……どうしてこうなった………(明るさと文字数に対して)

シロエがカルデアに召喚されたらアルターエゴでもバーサーカーでもなくプリテンダーになりそうな気がしてきました。
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