「軽く調べてみたんだけど」
場所は露天風呂から変わり凛達に割り当てられた客間
和室の部屋の中心にはクロエが布団の中にて横たわっており
ルビーは羽をグルグルと扇風機の如く動かし、サファイアは団扇を扇ぎ
それぞれクロエへと風を送っており
そんなクロエを囲むように
イリヤ、シロエ、美遊、凛、ルヴィアの五人が座っているが
イリヤとシロエは顔を赤くし俯いている。
皆、浴衣を身に纏っている。
「どうやらこの温泉には魔力の伝達率が高いっていう性質があるみたいね」
「一般人には、体内の魔力が微妙に刺激されてピリピリするという効能ですけれど……」
「……………お姉ちゃん。さっきのもその……姉妹では普通のこと…?」
「……………ううん。さすがにその…普通とは言えない…かも」
「……そこの二人ー。話聞いてるー?」
イリヤとシロエのみ
姉妹での初めてのキスで頭がいっぱいになっており
話についていけてない。
「…………とりあえずさっきのはなかったことにして忘れよう……。
きっとそれが一番だよ、シロ」
「う、うん……。…………………でも」
シロエが姉から舌を入れられた時のことを思い返し
もじもじしながら話す。
「でも…?」
「わたし、その………お姉ちゃんかミユが相手だったら、そこまで嫌じゃないというか……。
お姉ちゃんとミユがよければわたしは」
「!?!?
シロォーーーッッ!?
シロまでそんなこと考えちゃダメェーッッ!!?」
(まで…?)
美遊がイリヤの
シロまでの
までという言葉に訝しむが
それが自分のことだということまでは気づかない。
「話を聞きなさい!!!」
「は、はいっ!?」
「…はい」
「つまり!
普通の人にとって、ここのお湯は有害じゃないんだけど」
「クロは別、ということですわね」
凛とルヴィアの二人がかりで話を軌道修正する。
クロエにとってここの温泉はまずい、と
「な、なんで?…って、そっか」
「クロはわたしたちとは在り方が違う。
存在するだけで魔力を消費している」
「そう。ここのお湯に触れているとクロはいつも以上に魔力を消費することになるわ」
「だ、大丈夫…なんだよね?」
「もちろんよ。現象的にはいつもと同じことが起こっているだけだもの」
「魔力供給をしたのなら、すぐに体調も元に戻るでしょう。
心配はいりませんわ」
尚、使い魔であり魔力が生命線のシロエにとっても
ここのお湯はよくないのだが
クロエとは違い、絶えずシトナイからパスを通じて魔力供給を受けているため
クロエのように枯渇することはないのである。
…無論、シロエが以前考えたように魔力供給を止められるとその限りではないが
そして
「…」
そのことについて説明する気は
シロエには当然ない。
「そっかぁ」
シロエの神妙な思いとは裏腹に
イリヤが安堵した声を上げる。
「これからの対処法は?」
美遊が凛に尋ねた時
クロエの目がゆっくりと開かれ、意識が覚醒する。
「ん?そんなの簡単でしょ。ここのお湯に濡れなきゃいいだけ」
「えー!?じゃあもうわたし、温泉に入れないってこと!?」
クロエが勢いよく上半身を起こす。
イリヤ達が少し驚く。
「自分の身体を危険に晒してまで入ることはないでしょ?」
「まあ……そうだけど……」
クロエが落ち込む。
楽しみにしていた分、メインである温泉に入れないとわかり
落ち込みも激しいのである。
「あーあ…。楽しみにしてたのになぁ」
「まったく…あんなことするから天罰が当たったんだよ」
あんなこと…男湯に突撃したことである。
しかし
「ふぅ…」
イリヤの文句に対しても言い返さないクロエ
本気で落ち込んでいるのである。
「…はぁ、しょうがないなぁ。
旅行の雰囲気が悪くなったら楽しくないし
一肌脱ぎますか!姉として!」
「なに言ってんの…?」
「…お姉ちゃん?」
徐に立ち上がったイリヤに
困惑するクロエとシロエ
「ここは温泉以外にも楽しいこといっぱいあると思うよ!案内してあげる!!
今日は妹のわがままをいっぱい聞いてあげようじゃないの!姉として!!」
「…なにそれ?」
「……姉ポイント稼ぎ?」
「いやだから、そんなポイント制度知らないってば」
姉の座を意識したイリヤが
いろいろなおかしな行動を取っていたことを思い出したシロエの呟きに
クロエが突っ込む。
「もちろん!シロとミユも一緒にね!
ミユもこういうところに来るの初めてなんでしょ?
一緒にたくさん楽しもう!!」
「う、うん」
「…わたしは、お姉ちゃん達と何度か来たことあると思うけど」
「細かいことはいいの!
言ったでしょ?妹のわがままをいっぱい聞いてあげるって!
クロだけじゃなくてもちろんシロだって、それに入ってるんだから!!」
無論それだけではく
あわよくばシロエの笑顔が戻れば
という別の狙いもあったりする。
「ねぇ、リンさん。パンフレットある?」
「あるわよ。そこの棚の上」
「ありがとう!」
イリヤはパンフレットを手に取ると
美遊、シロエ、クロエを連れて
凛達の客間を後にした。
…
……
………
カン、カン、コン
場所は変わり卓球場
ピンポン球を打つ軽い音が響く。
「えいっ!」
イリヤが力いっぱいスマッシュを放つ。
しかし
「ふん…!」
クロエは余裕を持って球を見極め
スマッシュをそっくりそのまま返す。
「あっ…!?」
クロエのスマッシュは台の角に当たり
そのまま外へと出る。
「ふふっ。イリヤ弱すぎない?」
シロエが得点板をめくり試合は終了する。
11対0
まさに一方的である。
イリヤの得点を担当している美遊が得点板をめくる機会がないまま試合は終わった。
「もっと本気でやってくれる?」
「くうっ…!」
悔しげに涙目となり歯軋りするイリヤ
「まあ、あれはやりすぎだけど」
クロエが指差す方向を見ると
「「はあああぁぁぁぁッ!!!」」
アイリとリズが対戦していた。
しかし
二人共にこれ以上ないくらいに本気であり
その素早さから残像が若干見え始めている。
「本気…すぎ…!」
「こういうのは…本気でやった方が…楽しいのよ!!」
ピンポン球を返しながら文句の言うリズに対し
それを返しながらアイリがこのまま本気でやるように命じる。
そして、そのアイリの言葉の通り
本気ではあるが同時にどこか楽しそうに見えていた。
「やあああぁぁぁぁぁッ!!!」
「たあああぁぁぁぁぁッ!!!」
…それでもクロエの言うとおり、やり過ぎな気はするが
「次はミユ」
アイリ達大人組から戻り一方の小学生組
クロエと美遊が続けて対戦しようとしている。
しかし
「あー、そうだ。ただの勝負じゃつまらないから賞品を決めましょう?」
先のイリヤとの勝負がつまらなかったのか
賭けを持ちかけるクロエ
「わたしが敗けたらミユにあげるわ。
イリヤとシロの…」
「イリヤとシロの…?」
大好きな二人…イリヤとシロエの名前に反応する美遊
「な、なんだろう…?」
「…」
首を傾げるイリヤと無表情のシロエ
そんな二人を放置し
クロエは美遊へと近づき
「………!」
なにかを呟く。
「な…!?」
美遊は目を見開いた後
真剣な面持ちとなる。
そして
美遊の頭部が光り
蝶の髪飾りが出現
衣装替えなしの転身である。
「…本気で出来そうね。そうこなくっちゃ!」
「イリヤとシロのアレは…渡さない!」
アレとはいったい。
それはそれとして
美遊の視線がイリヤとシロエの唇に釘付けとなっている。
その後
アイリとリズの対戦に負けず劣らずの対戦が
繰り広げられることとなった。
こっちはこっちで本気すぎる気はする。
…
……
………
数分後
「ぐうぅ…ま、敗けた…」
涙目となり歯軋りしているクロエの姿がそこにはあった。
「勝った、勝ったよ!イリヤ、シロ!!」
「う、うん…?」
美遊の珍しくすごい喜びように困惑するイリヤ
いったいなにを賭けていたのか、と
「…おめでとう。ミユ」
「うん!ありがとうシロ!」
11対9
かなりの接戦で美遊に軍配が上がった。
長期戦でもあったためアイリ達は既に卓球場を後にしている。
それはさておき
「最後、シロ!」
先の敗けた鬱憤を晴らすべくクロエはそのままシロエへと挑む。
クロエの声と共にシロエが台の反対側へと移動する。
しかし
「…」
その顔は無表情であり、覇気を感じない。
その様子を見たクロエは溜め息を吐く。
「手を抜くのはなしよ。ちゃんと本気でやること」
お兄ちゃんのお陰で誕生会の時から多少はマシになってきてるのは確かだけど………。
以前のおちゃらけてた頃と比べたら……
尚、先の露天風呂の一件の際に
羞恥で無表情が崩れかけてはいたが
それはまた別の話である。
「本気……」
「そ、ママだってさっき言ってたじゃない。
本気でやった方が楽しいって」
「…」
「強化魔術も使っていいから」
クロエのその指示に
シロエは徐に台から離れ、美遊へと近づく。
「ミユ、サファイア貸してくれる?」
「……いや、本気とは言ったけど転身までする?」
強化魔術だけでも自身の身体能力に十分対抗できるにも関わらず
ダンスの時と同じくサファイアの力を一部借りて
衣装替えなしの転身までしようとする妹に口元を引きつかせるクロエ
「…そのことだけど、シロ」
「?」
「一つ、提案なのですが」
訝しむシロエに美遊とサファイアが
「マスター登録、してみませんか?」
予想外の提案をする。
シロエの眉がほんの僅かにピクリと動き
イリヤ達はポカンとする。
「え…、マスター登録?
でもサファイアのマスターってミユじゃ…」
「実は複数人できる…とかかしら。
どうなの、ルビー?」
「いえ…マスター登録の枠は一人のはずですけど…」
イリヤとクロエの疑問にルビーが答えるが
当のルビーも困惑している。
「厳密に言えば、美遊様と完全に同じというわけではありません。
後付けで用意したシロ様専用の枠です」
(シロ専用の…?)
「というかそれならルヴィアさんとした方が」
「ルヴィア様と再びマスター登録をすることは絶対にありえません」
イリヤの提案を
バッサリと切って捨てるサファイア
「それにこれができるのはおそらくシロ様だけです」
「…さっきもちょろっと言ってたけどシロしかできないって、どういうこと?」
「………わたしがサファイアの力を借りて衣装替えなしの転身をする時」
サファイア達の言いたいことに察しがついたのか
黙っていたシロエがその口を開ける。
「サファイアに全部を任せているわけじゃないの。
わたし自身も魔術とか…いろいろと行使して、サファイアと二人で力を合わせて転身を行ってる」
「…なんか今、途中で面倒くさくなってはしょった感じがしたんだけど」
「だからこそ髪型もわたしの戦闘時の髪型になって
離れて30秒までっていうカレイドステッキの制約もある程度までは無視できる」
説明途中のクロエの指摘をスルーするシロエ
完全に説明しようとすると、どうしても自身の正体に触れなくてはならないため断じて面倒くさいわけではない。
それはさておき
以前クロエが指摘した通り
カレイドステッキには弱点がある。
ステッキが手から離れて30秒経つか
もしくはマスターと50m以上離れると転身解除。
という弱点が
しかしシロエはダンスを踊りきっている。
どう考えても30秒以上あるダンスを
ステッキ…この場合は転身している美遊から手を離してから30秒以上
シロエは美遊の手を離した後も、自身で転身をなんとか維持することにより
30秒以上のダンスを踊りきったのだ。
「あぁー、なるほど。
つまり、サファイアちゃんの負担が…シロさんに割くべきリソースはイリヤさんや美遊さんのそれと比べて遥かに少なく済むってことですね。
半分か、もしくはそれ以上に。
それなら確かにもう一人増えてもいけそうですね。
シロさん限定ですけど」
「?ええと…わたしはともかく、リンさんやルヴィアさんにもできないってこと…?」
「断言します。無理です」
同じく魔術を扱う凛やルヴィアであれば可能ではないのか
というイリヤの疑問は
ルビーが無理であると断言する。
「イリヤさんは実感がないかもしれませんが
これでも
転身にいたっては特にそれは顕著です。
それこそ魔術師達が聞いたらありえないと卒倒するくらいには
そんなわたしたちに合わせられるシロさんが異常なんですよ」
「…」
「本当、どこでそんな知識と技術を身につけたのやら…」
当然それを言う気は一切ないシロエは無表情のまま黙っている。
「えーと…つまりシロがすごいってことだね!」
「イリヤ……あんた実は理解してないでしょ」
「り、理解してるよ!?………多分」
「それでどうしますかシロ様?
もちろん、強制は致しませんが…」
「…サファイアとミユはいいの?」
「わたしはむしろしてくれるのであれば助かる面もあるので
美遊様も…」
「うん。わたしも、シロと一緒ならうれしい」
「そう…。ありがとう二人とも」
クロエがイリヤを突っ込んでいる間に
話をまとめるシロエと美遊とサファイア
しかし
(けど、助かる面…?)
シロエはサファイアの言った助かる面について
無表情の裏で思考する。
そして
「…………そっか。
確かにサファイアからしてみればその方が楽かもしれない」
「……ええ」
「うん?どういうこと?」
「それは…シロがサファイアの力を借りて転身する時、毎回ゲスト認証してたみたいで…」
ゲスト認証
マスターではない者がカレイドステッキを使うべく行う契約のことである。
しかしそれは一時的なものであり
使用が終了した後、また使用するには認証が必要である。
即ち
「最近サファイアから…何度も力、借りちゃってたから
その度にゲスト認証をするのが手間に感じたんじゃないかな…って」
「あー…。そういえばさっきも露天風呂で…」
「気兼ねなく空も飛べて……便利だったからつい」
「うん。わかる、わかるよ」
「便利さに屈しちゃったかー…。
だから少し無理矢理でも、もう一つ枠を増やしたってことね」
美遊とシロエの説明と
シロエの心中の吐露に
激しく同意するイリヤと
納得するクロエ
しかし
「んー…。でも毎回、ゲスト認証?っていうのをするのってそんなに面倒くさいものなの?」
「………お姉ちゃんが想像しやすくするために身近なもので、無理矢理に例えるなら…」
「う、うん…?」
「携帯でメールを送る時に
登録したものを引っ張ってくるんじゃなくて
毎回毎回アドレスを手動で打ち込んでいるようなもの」
「あ、うん。すっごい面倒くさい」
「…シロ。意味合いは合ってるかもしれないけど、その例えはどうなの」
「じゃあマスター登録ってメルアドの交換のようなものなんだね」
「イリヤ、それは少し…ううん、全然違う気が…」
「案の定イリヤさんが変な解釈をし始めましたねー」
イリヤの素朴な疑問に対して
シロエが身近なもので例を上げることでわかりやすくしようとしたが
却ってイリヤはおかしな方向へと解釈を進める。
それはさておき
「………」
サファイアにはもう一つ理由があった。
美遊にすら伝えていない理由が
シロエの最近の様子である。
表情が固く
口数が少なく
明らかになにかを抱えこんでいるにも関わらず誰にも頼らず相談すらしない。
つまりは
(………本当に、似てますね。美遊様と)
だからこそ
一人にさせたくなかった。
なにかしらの繋がりを欲した。
それが美遊も知らない
最大の理由であった。
「あ!それなら、あとでわたしとも」
「ルビーはダメ」
「……泣きますよ?」
「泣けばいいよ」
「……………(´;ω;`)ブワッ」
シロエの情けなしの絶対零度の言葉に
悲壮感漂うルビー
それを見たイリヤが
「シ、シロ…。ルビーになにされたか知らないけど、さすがにそろそろ」
「…」
(はぁ…。本当になにをしたのよルビー)
海での記憶を消されたイリヤが溜め息を吐く。
とはいえ
ルビーのいつもの悪ふざけが度が過ぎたのだろう
という予想はなんとなくついてはいたが
「…サファイア、マスター登録」
「はい」
「する前に一つだけいい?」
「…はい?なんでしょうか?」
シロエはサファイアに近づき
落ち込むルビーに気を取られているイリヤや美遊達には
聞こえないように囁く。
すると
「───シロ、様……それは」
「え、なに?どうかしたの?」
「大したことじゃないよ。お姉ちゃん」
「…」
「お願い…ね。サファイア」
「……………は、い」
「?」
その後
サファイアは注射器を取り出し
シロエの血液を採取
そして
「では、柄を握ってください」
「うん」
シロエはサファイアの柄を握った。
次の瞬間
「コンパクトフルオープン」
「「「!?」」」
光を放つサファイアに
驚くイリヤ達
シロエも聞かされていなかったのか
無表情のまま目を見開く。
しかし
「…境界回廊最大展開」
咄嗟の反応か
転身の起動に対応しサファイアに合わせるシロエ
合わせてしまう。
その結果
シロエの身体は光に包まれ
服装が浴衣から変化していく。
そして
光が収まるとそこには
美遊からもらった髪留めが✕の字に変化
長い銀髪をポニーテールにし蝶の髪飾りでまとめ
両肩から背中、さらに腹部を露出し
簡単に中が見えてしまいそうなほどの短いスカート
紫に近い青を基調としたレオタードのような衣装
その上から白いマントを身につけた
魔法少女姿のシロエの姿がそこにはあった。
「魔法少女プリズマシロエ爆誕です」
「…」
「うわぁ…」
「うん。シロ似合ってる」
「ぷふっ!?」
「むっはーッ!!!いいですねー!!
普段のシロさんからは想像しづらい露出たっぷりエロ要素満載の魔法少女姿!!!
録画も転身前に回すことができましたし、これは永久保存物」
「ルビー」
「あ、はい」
シロエの魔法少女姿に
イリヤが妹の露出を指摘するべきか(バーサーカー
美遊は細部は違うものの自身とお揃いの姿に嬉しくなり
クロエは突然のシロエの魔法少女化に思わず吹き出し
ルビーはテンションが爆上がりになるがシロエの無感情の声にこれ以上好感度を下げるわけにはいかないと珍しく大人しくなる。
「…サファイア、やるなら事前に言ってほしい。
なんで、突然転身をしたの?」
「申し訳ありません。確かに説明が不足していました。
マスター登録をした際、初回の転身もセットで行う決まりとなっているので」
「………いつもの衣装じゃなくて魔法少女なのは?
わたしが設定に触れる前に先に設定が施されてたけど」
「わたしがシロ様にも似合うと判断したため、事前に用意させていただきました。
マスター登録をしていただいた御礼です」
「………………」
ルビーとは違い
悪意の欠片もなく善意100%の行動で
事務的に説明するサファイア
謝罪しながらもどこか満足げである。
尚、シロエの青い瞳と僅かに青みがかった長い銀髪が
サファイアを使用した魔法少女姿と色合いが見事にマッチし
確かに似合ってはいた。
幸いというべきか
今、卓球場にはイリヤ達四人とルビー、サファイアの二本しかいない。
「…誰か入ってくるかもわからないから衣装替えなしの状態に移行する」
「はい。了解しました」
「えー、もう戻っちゃうんですかー?もったいな」
「<●> <●>」
「な、なんでもありませんから
そのゴミを見るような目でこっちを見るのはやめて下さい……」
そうして衣装替えなしの転身へと移行するシロエとサファイア
服装が魔法少女から浴衣へと戻る。
しかし
「………」
いつもの戦闘時の髪型ではなく
先の✕の字の髪留めと蝶の髪飾りにポニーテールの髪型である。
一瞬、考え込むシロエだが
善意100%のサファイアと嬉しそうな美遊
その二人を前に
………戦闘の時以外ならこっちでも別にいっか。
という結論に達する。
無論、戦闘時はサファイアの力を借りずいつもの白い民族衣装でいくつもりではあるが
美遊の戦闘の邪魔になるからである。
「…クロ、準備できた」
「ぷふっ、くくくくくっ…」
「……………クロ。いつまで笑ってるの」
未だに無表情の妹による唐突な転身に
腹部を押さえながら笑っているクロエ
そんな姉にシロエの纏う雰囲気がだんだんと不機嫌になる。
「ご、ごめんごめん。じゃあ…ぷぷっ…やろっか」
「………」イラ
クロエはこの時、笑いを堪えきれなかったことを
すぐに後悔することとなる。
…
……
………
「ねえ…ちょっと」
試合が始まり数分後
4対0
負けているクロエがシロエのサーブ前に話しかけようとするも
コンッ!
とそれより速く
シロエのサーブが勢いよくクロエのコートへと入る。
「くっ!?」
クロエはスマッシュを選択
速すぎるとは思うかもしれないが
よってクロエは狙いを定めた後
渾身の力を込めてスマッシュを放つ。
カッ!!
クロエのスマッシュがピンポン球へと炸裂
狙い通り
シロエのいない左サイドへと勢いよく向か
グイン
ったが途中でピンポン球の軌道が不自然な程に折れ曲がり
右サイドにいるシロエへと引き寄せられるように
その進路を変える。
そしてシロエは
シャッ
スマッシュを放つでもなく
ピンポン球をラケットで滑らせるようにし
クロエのコートの手前に返す。
クロエは一縷の望みをかけ
自陣の手前へと遅く返ってきたピンポン球の落下地点へと向かう。
クロエの高い身体能力により余裕を持って間に合う。
が
シュルルル…
ピンポン球はバウンドせず
バックスピンをし、そのまま転がっていった。
「5対0」
「ちょっと待てぇぇぇーッ!!!」
「?なに、クロ?」
「なに?じゃない!!
あんたはどこの手○部長よ!?」
「○塚ゾーンに零式ドロップ…うん、完全に手○部長だね」
某テニス漫画の部長の技を
よりにもよって卓球で再現している妹に
叫ぶように突っ込むクロエ
「っていうかさっき笑ったこと絶対、根に持ってるでしょあんた!?」
「怒ってない」
「うそ!!明らかに鬱憤を晴らしながら試合してる!!
始まってからこっちに反撃させずに全く同じ展開で点を取り続けてるのがその証拠よ!!!」
「……そもそもルール上は問題ないはず」
「ぐうっ!?」
「うーん、でも零式ドロップはバウンド前に返しちゃえばいいんじゃないの?球速も遅いことだしクロなら間に合うんじゃ…」
「イリヤ、それは反則」
「え?」
「卓球は必ず一回バウンドさせてから打ち返さないといけない」
「で、でもそれなら零式ドロップだって反則なんじゃ…」
「それは問題ない。卓球にはゼロバウンドっていうのがあって全くバウンドしないように球を打っても、それは有効になる」
普通は台の横から打ち
ネットの横若しくは下を通り
返球することによりバウンドせずに転がる
超がつくほどのスーパープレイ
それがゼロバウンドである。
断っておくが
シロエのようになんでもない体勢から飛んでくるものでは断じてない。
「え、でもそれじゃあ零式ドロップを打たれたら…」
「打たれた時点で得点は取られる」
「えぇ…」
なにそのクソゲー。
と美遊の解説に顔を引きつらせるイリヤ
「とにかく!!
こんなの卓球じゃない!
テニヌならぬテーブルテニヌよ!!」
「でも」
「でもじゃない!!!
禁止!!零式ドロップ禁止!!!
面白くない!!!」
「………わかった」
クロエの心からの叫びに
シロエは無表情のまま静かに頷く。
が
「○塚ファントム」
「それも使われたらどうしようもないやつでしょうが!?」
その後
テニヌに振り回されたクロエは
11対0
とシロエに完敗するのであった。
…
……
………
イリヤ達が卓球を堪能している間に時間は過ぎ
日は傾き、夕方となる。
イリヤ達は夕方の街へと繰り出す。
イリヤは宣言通りパンフレットを手に皆を牽引する。
温泉街なだけあってあちこちに温泉や足湯があり
温泉卵を
イリヤとクロエは笑顔でシロエは無表情でそれぞれ食べ
美遊は温泉卵という概念に触れるのが初めてなのか
温泉に浸かっている卵を物珍しそうに眺め
おみやげ屋では
イリヤは楽しそうに売り物を見て回り
クロエは笠を頭に木刀を手にし侍のような風貌となり
美遊とシロエは万華鏡を二人で一緒に眺め
射的では
クロエが身を大きく乗りだし、コルク銃の先端から景品まで僅か10㎝くらいにまで縮めながら狙いを定め
イリヤはクロエのその行動に台から落ちてしまうのではないかと考え引っ張り支え
美遊はその様子を眺め
シロエはその景品…茶色のマスコット人形を凝視している。
そして
コルクが発射され
マスコット人形に見事命中
マスコット人形は倒れ、イリヤ達はマスコット人形を手にする。
「へっへーん!」
「すっごーい、クロ!」
「…どうしたの?シロ」
「…ううん。なんでもないよミユ」
「?」
(………なんでだろう。
どの記憶にもこんな人形なんて見たことないはずなのに
すごく投げ捨てたい衝動に駆られるのは)
シロエがその手に持つ茶色のマスコット人形…聖杯くんを凝視しながら首を傾げる。
と、その時
「…イリヤ、シロ。あれはなに?」
美遊が人形を凝視しているシロエから目を離し
和風の街並みの中、多少浮いている洋風の建物について尋ねる。
建物の屋根には『秘宝館』と書かれている。
「…?ごめんミユ、わからない」
「なにかすごいお宝があるんじゃないかな?
行ってみよっか!」
そうしてイリヤ達四人は
その建物の中へと入る。
入ってしまう。
数十秒後
イリヤ達は顔を赤らめながら
建物の外へと出ていた。
シロエはイリヤに両手で目隠しされているが
一歩遅く、既にいろいろと見てしまい顔を赤らめている。
「子供が入っちゃいけないところだった…」
「うん…。見たことない、理解もできない世界の片鱗が…」
「………ねぇお姉ちゃん。あの振動するピンク色の小型機械って何に使」
「シロ、それ以上はダメ。……わたしも知らないけど」
「わ、私はだいたい知ってるけどねー…。
あれはねー、シロが自分の部屋で一人」
「クロッッ!!!」
自身もわかってないが詳しく説明させてはいけないという直感に従いクロエの説明を遮るイリヤ
そう。所謂、R-18指定の物を売っている店であったのだ。
「そ、そろそろご飯の時間だよね?」
「う、うん…。部屋に戻らないと」
「そ、そうね、楽しみだわ。
どんな料理が出ると思う?ミユ」
「…………………キノ」
美遊、アウト。
…
……
………
「はあー、おいしかったー」
夜、旅館の料理に舌鼓を打ったイリヤ達は
部屋へと戻ってきていた。
イリヤ、美遊、シロエは座椅子に座っており
「お腹いっぱいだよー」
「…うん」
「…山菜がおいしかった」
「うん!取れたてって感じがしておいしかったねー」
クロエは縁側にてぼーっと空を眺めている。
「?なに見てるの?クロ」
「…別に?お兄ちゃん達は?」
「お兄ちゃんは腹ごなしにひとっ走りしてくるって
ママ達は…その…」
「…お風呂に行ってる」
言いにくそうにしているイリヤに代わり
シロエが無感情に答える。
「そう」
「えっと…その…なんていうか……残念だね、温せ」
「別に気を使わなくていいわよ。…ただ」
クロエは満月を眺めながら言葉を紡ぐ。
「わたしは違うんだなー…って思うだけ。
しょうがないけどね」
どこか自虐的に
寂しそうに話すクロエ
そんなクロエに美遊が近づき、縁側へと出ながら話しかける。
「それは多かれ少なかれみんな一緒だと思う」
「?」
クロエが美遊へと振り返る。
「例えば、わたしはイリヤとシロみたいに飛べない。今でも」
「…ふふっ。わたしも飛べないけど?」
「はは…。でもわたしはミユとシロみたいにすっごく勉強ができるようにはなれないし、セラみたいに上手に料理もできないよ」
イリヤもまた苦笑いを浮かべながらクロエへと近づき縁側へと出る。
「でも…それでいいんじゃないかな。
みんな違うからお互いに助け合えるんだよ。
手を伸ばそうと思えるんだよ」
縁側にて佇む三人の少女
イリヤはクロエへと手を伸ばす。
「だから…行こうよ」
「…どこに?」
「このまま寝るだけじゃつまんないでしょ?
最後にもう一個クロを案内したいところができちゃった」
イリヤは笑顔でクロエに提案する。
最後になってしまうが
クロエにもっと楽しんでもらいたいがために
そしてクロエは躊躇いがちに
ぎゅ…
と、イリヤの手を掴んだ。
その様子を笑顔で見る美遊
しかし
(……………わたしだけ、違う………)
イリヤ達は気づかなかった。
クロエの言葉が完全に突き刺さり
眩しそうに縁側の三人を見つめる
室内にいるシロエのことを
それはまるで
縁側の三人と
室内のシロエとでは
助け合うことなどない、と
示唆されているようであった。
「「……………」」
そんなシロエの様子に
シロエが人間ではないと気づいている
ルビーとサファイアは
なにも言えなかった。
…
……
………
夜
暗闇の中、星が瞬き
月光が温泉街を照らす。
建物から漏れ出る文明の光により
夜にも関わらず人がちらほらと出歩いていた。
そんな中、四人の少女が飛ぶ。
イリヤと美遊とシロエは魔法少女の姿で
クロエは浴衣のままである。
最初シロエは民族衣装で行こうとしたが
美遊のなにかを期待するような眼差しに負け
先の魔法少女の姿となっている。
クロエの右を美遊が、左をシロエが
それぞれ抱えながらも二人は手を繋ぎ
イリヤはクロエを背中に乗せて、下から支えている。
これならば万が一にも落ちるようなことはないだろう。
無論、美遊は飛んでいるのではなく所々に足湯を形成し跳んでいっている。
「はあぁ…」
クロエはその絶景と飛行の新鮮さに感嘆の声を出す。
「どうクロ?気持ちいい?」
「悪くないわね。
でも、もうちょっとスリリングでもいいわよ」
「じゃあ…」
イリヤが美遊とシロエにスピードを上げるように提案しようとした。
その時
「あ!あれ見て」
「「「?」」」
クロエの視線を追う三人
そこには
「おや、凛さん達ですね」
少女達は顔を見合せ
そして
「リンさーん!」
山の中、赤い宝石を一本の糸で手からぶら下げながら歩く凛とルヴィアの下へと降り立った。
「あれ?あんた達そんな格好で…ってシロあんたそれ」
「………いろいろあってサファイアと契約した」
「はあ?マスター登録したってこと?そんなことできるわけが」
「それはですね…」
シロエの魔法少女姿に驚く凛とルヴィアに
サファイアは説明を行ったが
(カレイドステッキに………合わ、せる?
それってつまり、魔術どころか魔法の───)
(………そんな真似、下手すれば時計塔の中でも大師父くらいしか)
シロエの所業に却って絶句してしまう。
「…」
その様子を無表情で見つめるシロエ
その眼差しは二人の様子をどこか観察しているかのようであった。
しかし
「えーとそれでその、ちょっと散歩っていうか」
妹のやっていることがどれほどのことなのか
いまいち理解できていないイリヤが
特に気にせずに凛達に話しかける。
「そ、そう…」
「ルヴィアさん達は昼間に言っていた任務ですか?」
「…ええ。しかし、こんなところ夜に歩くものではありませんね。ヤブ蚊が多くて困りますわ」
二人はシロエのことは触れずに
子供達の質問に答えていく。
しかし
「なーんか、いろいろ大変ね」
「リンさん、手伝うこととかある?」
「うーん。そうねー…」
「…リンさん、ダウジングが反応してる」
「え、あ…」
先の衝撃がまた抜けきっていない凛は
シロエの指摘により
ダウジング…糸の先端についている赤い宝石が反応していることに気づく。
こんな調子ではダメだと凛は頭を軽く振り
思考を切り替える。
「………目的のポイントが近いわ。
えーと……こっちね」
凛とルヴィアがダウジングに反応した方角へと歩きだし
イリヤ達四人は顔を顔を見合せた後、二人についていくのであった。
…
……
………
木々を通り抜けながら歩き続け
十数分後
「ここっぽいわね」
一同は大きくポッカリと空いた縦穴へと出る。
縦穴は深く底が見えないがダウジングは確実にこの穴の中へと反応している。
「出来るだけポイントの地中深くに魔力的刺激を与えろ…ということでしたわよね?」
「ええ。宝石弾を適当に何発かぶちこむかだけでよさようだったから…別にあんた達には手伝ってもらうつもりはなかったんだけど…」
凛はそう言いながらもイリヤ達の方をチラチラと見ている。
明らかに手伝ってもらいたそうにしている。
「でも宝石って使い捨てでしょ?
代わりの方法があれば節約になるわよねー」
「そう!それよそれ!!
節約は大事!日本人なら常に勿体ないの精神を忘れてはいけないと思うの!!」
(…日本育ちのお姉ちゃんはともかく、わたしは日本人と呼べるか微妙な気がする)
「はっ!なんとまあ貧乏臭い。
さすが庶民されど庶民あくまで未来永劫庶民ですわね!!」
「うっさいわね!!!」
ルヴィアの煽りにいつもの如く凛が噛みつき
呆れた表情をするイリヤ達三人と
『イリヤ』が混じっている以上、日本人なのかと無表情の裏で疑問に思うシロエ
「とにかく!あんた達の旅行を邪魔する気はなかったんだけど、せっかくだし!」
凛の頼みにイリヤ達は顔を見合せ
決まりきっている答えを統一させる。
「うん、手伝う!任せて!!」
「ありがと」
そうして
クロエが浴衣から赤の外套へと姿を変え
シロエも本格的に攻撃をするならと、いつもの民族衣装を身に纏う。
…美遊が残念そうな表情をしたためシロエは少し躊躇った。
「タイミングは合わせた方がいいよね?」
「うん。多分」
「適当にやっても合うわよ。きっと」
「…凍結はさせない方がいい?」
「刺激を与えるだけなんだし、いらないんじゃない?」
イリヤと美遊はステッキを
シロエとクロエは弓矢を
それぞれ縦穴へと構え
「じゃあ適当に!せーっの!!」
赤と青の魔力弾と
同じく赤と青の魔力の矢が
縦穴へと発射される。
魔力弾と魔力の矢はすぐに見えなくなった。
「……これでオーケー?」
「さあねえ。私達は言われたことをやってるだけだから」
それを判断するのは私達ではない、と凛が答えた。
その時だった。
ゴゴゴゴゴ…
地鳴りが起き、地面が大きく揺れ
周囲のあちこちで地面が隆起する。
「な、なに!?」
イリヤが慌て、凛が焦った様子で宝石を取り出す。
「これは…!?」
「え…!?」
「…」
イリヤと凛だけでなく
ルヴィアやクロエも慌てふためき
シロエもその異常に僅かに目を細める。
次の瞬間
縦穴より大量の透明色の液体が吹き出した。
「ッ!!」
「うえええええぇぇぇぇぇッ!?」
津波の如く、イリヤ達を呑み込もうと迫り来る。
その瞬間にシロエは動き出し
イリヤ達は驚愕の声を上げる。
「ちょっ!?」
クロエが焦った声を上げる。
次の瞬間
ガシッ
自身を掴む手
「!?シ──」
そして
津波が一同を呑み込んだ。
…
……
………
「いたたた…いったいなにが…」
津波に呑み込まれ、流されたイリヤ達が
周囲を見回す。
自分達は突如として涌き出したその液体に肩下まで浸かっており
先までの津波の如き勢いが嘘だったかのように水面は落ち着いている。
隆起した地面が丁度良く液体を塞き止めていた。
イリヤ達はその隆起し、塞き止められている付近にいた。
隅では透明色の液体がコンコンと涌き出ている。
そしてその液体からは湯気が立ち上ぼっているが決して熱くはなく、むしろ気持ちいいまである。
すなわち
「温泉ーーーッ!?」
イリヤの叫びが木霊した。
イリヤが叫んだ通り周囲は完全に秘境の温泉と化していた。
困惑する一同
「ミユ様、大丈夫ですか?」
「平気、だけど…」
「……あの、シロ様は…?」
「え…!?」
自身と契約したもう一人の少女の姿が見えないとサファイアは指摘し
美遊が焦った様子で周囲を見回す。
「ッ!?クロは!?」
この地にある温泉に触れるとクロエはまずいことになる。
そのことを思い出したイリヤも美遊とは別にクロエを探し辺りを見回す。
すると
「ここよー」
クロエの声がイリヤ達の耳に届く。
その方向は…上。
イリヤ達が見上げると
「クロ!」
「シロも…よかった」
クロエの両脇を抱え、浮遊しているシロエの姿がそこにはあった。
シロエは瞬時に吹き出したものが温泉だと見極め、真っ先に触れたらまずいクロエを連れ上空へと退避していたのだ。
よかったと安堵するイリヤと美遊
シロエはイリヤ達へと近づき、隆起している地点にクロエと共に降りる。
しかし
「…」
「?シロ?」
シロエの表情はどこか暗い。
その理由は
「………ごめんなさい。
咄嗟のことでクロしか連れていけなかった」
「!?あ、謝る必要なんてないよ!?
それにわたしたち、シロに感謝してるんだから!!」
「うん。あの状況で真っ先にクロを保護できたのはすごいと思う」
「…」
無言のシロエ
そこに
ポカリ
とシロエの頭を叩く音
叩いたのは
「…クロ?」
「まったく。最近あんた、謝る回数が増えてきてるわよ?」
「…」
「あの状況で咄嗟に優先順位をつけて動けたあんたはすごいんだから
素直に感謝を受け取ってもっと胸を張りなさい」
無言の妹にクロエは溜め息を吐きながら続ける。
「謝る必要なんて全くない。
それなのに無駄に謝るのはやめなさい。
こっちまで気が滅入ってくるわ。
……なんでもかんでも一人で全部完璧になんて出来るわけがないんだから」
なんでも完璧にこなす必要はない。
クロエのその言葉は
『この役立たずがぁッ!!』
猟犬トケの価値観を持つシロエには
理解が及ばない言葉であった。
しかし
「…」
クロエの言葉からは
あの男とは違う
暖かさを感じることはできた。
その暖かさにシロエは
「………わかった」
「うん。…ありがとね、シロ」
無表情ながらも頷いた妹に
クロエは今はとりあえずここまでかなと微笑みを浮かべながらお礼を言う。
その様子にイリヤと美遊も笑みを浮かべる。
「しかし…クロさんを優先する必要はなかったみたいですよ?」
「え?どういうこと?ルビー」
ここまで珍しくずっと黙っていたルビーが口を開く。
ルビーをずっと温泉に浸けていたイリヤがルビーを温泉から出しながら尋ねる。
「わたしの簡易水質分析によると、このお湯からは魔力の伝達率が高いという性質は消えているようです」
「そう…なの?っていうことは…」
つまりは
クロエが温泉に触れても問題はない。
ということである。
「でも…どうして…?」
「さっきの魔力砲の衝撃が大元の水源にまで伝わったのかしら?」
「おそらくは。そしてお湯の魔力的性質のバランスになんらかの現象を与えたのでしょう」
「…この辺り一帯の温泉全てに影響が出ていると考えられます」
美遊の疑問に凛とルヴィア、サファイアが答える。
「あの旅館の温泉も同じお湯になったってこと?
い、いいのかな…?」
「いいんじゃないでしょうかー。お湯の成分バランスに微妙な変化が生まれていまして、ぶっちゃけ今まで以上に身体に良くなった感じですよ?
滋養強壮、疲労回復、美肌効果。なんでも来いです」
「特にここにある温泉にはその影響が色濃く出ているようですね」
イリヤが旅館に迷惑を掛けてないかと不安に思ったが
ルビーとサファイアがむしろ良くなっているとその不安を断じる。
と、その時
「あはは!ほらシロ、入った入った!!」
「ちょ…クロ、待」
クロエの笑い声とシロエの慌てた声がし
ドボン!ドボン!
と温泉に飛び込む音が二つ響く。
水面が波打ちイリヤ達がその発生元へと目を向ける。
「つまり、リン達に言われた仕事はした。
ちょっとだけ周りの温泉の成分も変わって
ここに最高の秘湯が出来た。
じゃあやることはひとつよ。みんなで一番風呂…でしょ!!」
「………クロ、押さないで。危ない」
そこには全裸のクロエとシロエがいた。
クロエが笑顔で提案し
クロエに温泉へと突き落とされたシロエは口を尖らせながら水面から顔を出す。
そんなシロクロコンビを見て
イリヤ達も笑顔を浮かべながら服を脱ぎ、温泉へと浸かるのであった。
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一方その頃
山奥にて
柔らかな月明かりが差し込む竹林の中
一人の青年が走っていた。
ーーーーーーーーーー
「今回の件。ここのお湯の性質の歪みを正すのが目的だったのかしら?」
「それもあると思うけど…それだけじゃない気もするわ」
全裸になり、温泉にゆっくり浸かりながら
ルヴィアと凛が会話している。
「このスペシャルな秘湯をここに作り出すこと自体が目的…とかでも驚かないわよ、わたしは。
年寄りは温泉が好きでしょー」
「大師父が裏で糸を引いていたと?
あり得そうなのが嫌ですわね」
「んー…。けど悪いことばかりじゃないわよ。
一番風呂はわたしたちだし。それに……」
凛が子供達の方へと……もっと言うのであればシロエの方へと視線を向ける。
(………あの子の異常さを改めて確認することができたし…ね)
バゼットを打倒してのける戦闘力
そして
カレイドステッキにも劣らない程の…下手をすれば魔法の領域にも踏み込むかもしれない魔術知識
味方なら頼もしい限りだけど、もしも───
「………」
「…遠坂凛?」
「…いえ、なんでもないわ」
「……………そう」
ルヴィアの呼びかけに凛は誤魔化しを入れるが
「…」
シロエはイリヤ達へと視線を向けながらも
凛の視線とそしてその意図に気づいていた。
一方で
イリヤと美遊もまた全裸となり
小学生組四人で温泉に浸かっている。
「…こう!」
「おお…」
「…すごい」
イリヤがクロエと美遊に
手で行う水鉄砲のやり方を教えているが
クロエと美遊がやると自身の顔へと掛かってしまう。
そんな二人の様子に笑みを浮かべるイリヤ
「…」
「ほら、シロもやろ!」
「………うん」
シロエが凛へと注意を向けながらも
姉の言葉に答え、三人に混じり水鉄砲で遊ぶ。
そんな子供達の様子に凛は溜め息を吐きながら問題を一先ず棚上げする。
そうして数分後
「はー…、いいわー…。ずっとここにいたーい…」
「そうですわねー…」
普段、仲の悪い二人もその気持ちよさにすっかりだらけきり
全裸の状態で湯から出て縁へと腰を掛ける。
と、その時
「ヤバいな…調子に乗って走ってたら変な所まで来ちまった。
確か旅館はこっ…!?」
浴衣姿の士郎が
竹林の中から走って出てきた。
当然
全裸である凛やイリヤ達の前に
「「……あ」」
「お、お兄ちゃん!?なんで…」
「…覗き?」
「い、いやシロ!お兄ちゃんに限ってそんな…」
凛達はもちろん
イリヤ、美遊、シロエも
顔を赤らめながら両手で胸を押さえ、足をぴったり閉じ
見えないように隠す。
しかし
「お兄ちゃん!また一緒に入ろう!!」
クロエは全く隠さない上、嬉しさで立ち上がる。
美遊がサファイアをクロエの股間に
シロエがルビーをクロエの胸に
士郎に対し半身になり片手は自身の胸を押さえながらも
それぞれ持っていくことで隠す。
「こ、これは……不幸な事、故……………ごめーん!!!」
士郎は顔を真っ赤にしながら
回れ右をし全力でダッシュする。
「お兄ちゃん!?」
「士郎さん!?」
「どこ行くの!?」
「…闇雲に走ったら迷う」
「ルヴィアちょっ」
「シェロ!いけませんわ!でもどうしても見たいというなら」
「ごめーーーん!!!!!」
後ろから妹達年少組の声と同級生の声が
自身へと呼びかけられるが
士郎に答えられる余裕はない。
振り返らずに全力で無茶苦茶に走る。
そうしているうちに再び開けた場所…温泉へと出る。
しかしそこにイリヤ達はいない。
今朝に士郎が浸かった露天風呂…旅館の男湯である。
「また…ああ、男湯か」
似たような光景に
士郎がまたしてもイリヤ達がいる秘湯へと出てしまったのかと一瞬焦ったが
男湯だと気づき安堵する。
「よかっ」
しかし
湯船には一人分の人影があった。
逞しすぎる肉体の持ち主
それは───オーギュストであった。
「あ」
オーギュストは途轍もない威圧感を放ち
ボディタオルを泡立てながら士郎へと近づき
そして
「……あーーーーーーーっっっ!!!!!」
士郎の悲鳴が響き渡ったのであった。
ーーーーーーーーーー
翌日
帰りのバスの中にて
「うう……昨日のジョギングの途中から記憶がない……。
妙に背中がヒリヒリするし…なにがあったんだ…?」
士郎が席に座り
頭を押さえながら顔をしかめる。
リズは士郎とは離れた席にてバリバリとお菓子を食べ
そのリズの隣でアイリは
「まあ…」
一番後ろの席にて
美遊、シロエ、イリヤ、クロエの順で
可愛らしく身を寄せ合うようにし
静かに寝息を立てている子供達を
微笑ましそうに眺めるのであった。
ーーーーーーーーーー
(………)
イリヤ達がバスの中にて寝息を立てている。
その頃
美遊のバッグの中でサファイアが一人思案していた。
『──する前に一つだけいい?』
『…はい?なんでしょうか?』
思い出すは
シロエと契約する直前の一幕
シロエがサファイアへと近づき囁く。
『マスター契約してもミユとわたしを決して同格に扱わないこと。
この先なにがあったとしてもミユとお姉ちゃん達を優先してわたしのことは気にしなくていい』
シロエの
射抜くようなまっすぐな瞳
はっきりと力強く断言する口振り
しかし
それはまるで
あくまで自分は一人である、と
誰の助けもいらない、と
そう言っているようであり
(─────……シロ様。わたしは…)
サファイアは思い悩むのであった。
マスター登録とゲスト認証の部分については
完全に独自設定です。
容量が足りないならこっちで補えばいいじゃないという考え方です。