夜
場所は美々の自室
「すぅ……すぅ……」
美々が自室のベッドにて
静かな寝息を立てて眠っている。
しかし
「う………ん………」
汗をかき、うなされ始める。
夢に出るのは
学校の屋上にて自身がクロエに追いつめられキスをされる一幕
さらに
水着を買いにショッピングモールへと訪れた際
非常階段にてイリヤとクロエの濃厚なキスをしているところを目撃した一幕
そしてその二人のやり取りを見ても口を出さなかった美遊とシロエ
それらの一幕が夢に出てきてしまった美々は
「はっ…!!!」
ベッドから飛び起きる。
夜22時のことであった。
「はぁ…はぁ…。
また、この夢…。なんでこんなに何度も見るんだろう…。
あんな…イリヤちゃんとクロちゃん、美遊ちゃんとシロちゃんが…」
息を整えながらも
何度も見てしまう夢について
訝しみながら思い返す美々
その結果
「うぅっ!!乱れてるよー!!みんな乱れすぎだよー!!!」
布団を頭から被りジタバタとする美々
そうして一通りジタバタした後
「寝つけない…。このままじゃわたしダメになる…!!」
ベッドから立ち上がり胸を押さえる美々
その姿はなにかを抑え込むのが途轍もなくしんどいといった様子である。
「どこかに…どこかにこの邪な気持ちを吐き出さないと!!」
そうして目に止まるのは自身の机の上にある一冊のノート
「やっぱり、小説を書かなきゃ!!」
…
……
………
次の日
場所は衛宮邸
イリヤ、シロエ、美遊、クロエと
美々、雀花、那奈亀
計七人で夏休みの宿題を行っている。
しかし
「はあ…。んんっ…」
溜め息を吐き、伸びをするイリヤ
「なーんかいまいち進まない…」
「なによ。集まって宿題をやろうって言い出したのあなたじゃない」
「そうだけどー…」
「イリヤ。頑張って」
いまいち進まない宿題に机に突っ伏すイリヤに
激励をする美遊
「この時期から計画的に宿題をこなせておけば最終日に苦労しないで済むから」
「………」
「シロも頑張ってるから…ね?」
無言かつ無表情に
宿題を始めてから一切止まることのないシロエの手
問題を目にした次の瞬間には答えを導き出している。
そういった印象を受ける。
現に美遊と同等かそれ以上にシロエの宿題は進んでいた。
「うー…」
「でもなんとなくわかるよねー。この時期にやる宿題ってどうにも気分が乗らないっていうか」
「だよねー!!」
「ダメ人間の発想ね。妹を見習いなさいよ」
「……うぅ」
那奈亀に同意された後、クロエに一刀両断され
イリヤの気持ちの上下が激しい。
そんな時だった。
「イリヤ。美遊の言う通りだ」
雀花が珍しく真剣な顔でイリヤを諌める。
「ほえ?」
「早めに計画的に手をつけておけば苦労しないで済む。早めの行動は大事なんだ」
「ど、どうしたの雀花?」
「らしくない台詞じゃん?」
「ふっ…」
そうして雀花が思い出すは
『もうちょっと早くから手をつけておけば、こんなことには…』
漫画のベタ塗りを行う自身と
『ひりつかない締め切りなんぞ締め切りじゃねーッ!!!』
締め切りが目の前となり
テンションがおかしくなっている雀花の姉…栗原火雀の姿であった。
それを思い出した雀花は
「いろいろ…学ぶことがあってさ…」
「な、なにがあったんだろう…」
「暑さでおかしくなった…?」
シロエを除く全員が雀花の黄昏る姿を眺める。
シロエは会話が耳に入っていないのか、ただ只管に宿題をこなす。
「そうは言ってもさー。やっぱりやる気なんか出ないよ。そもそもタッツんに至っては不参加だし」
この場にいない龍子に対し愚痴る那奈亀
龍子がこの場にいない理由は
「タツコは祭りの準備とか言ってたよね」
「祭り…って?」
「ほら、来週末にある夏祭り!」
「?」
イリヤの言葉に首を傾げる美遊
「わたしも家に帰ったらまた祭りのためにおねぇの手伝いだなー…」
「スズカの言ってる祭りはなにか別のものの気がするんだけど」
「??」
「あっ!そうだ!!今度の祭りみんなで一緒に行こうよ!!」
「おー、いいね」
「賛成!」
「悪くない提案ね」
「うん。行ってみたい。イリヤとシロと一緒に」
「シロもそれでいいよね?」
姉に話しかけられることで
シロエの手がようやく止まり、顔を上げる。
「…?なにが?」
「え、いやだから夏祭りの…って本当に聞いてなかったの?」
「いくらなんでも集中しすぎじゃない?」
「…?宿題をするために集まってるのだから、宿題をするのは当たり前」
「それは…そうだけど」
「と、とにかくね…」
イリヤが妹に
夏祭りにみんなで一緒に行こうという話をしていると説明
「……いいんじゃない」
「うん!じゃあ来週末、一緒に」
「話、それだけ?」
「え。う、うん…」
「そう…」
シロエは再び宿題をやり始める。
(なんだか……いつも以上に……)
妹の素っ気ない態度に
イリヤが心中で悲しむ。
そんな中で会話はさらに進む。
「それなら、浴衣も着てみたいわね!」
「浴衣って温泉で着たやつ…?」
「いや、あれも浴衣とはいうんだけど」
「祭りに着ていくのは別のやつでねー」
美遊の疑問に皆が答えていく一方で
自身のノートへと目を向ける美々
しかしシロエとは違いペンが止まっている。
ノートには
主人公 ごく平凡な女の子
かわいい系
クール系
やんちゃ系
元気系→無表情系
主人公を取り合う関係
温泉
浴衣
と書かれており、明らかに宿題をしている様子ではない。
と、そこに
「ミミはどう?一緒にお祭り…」
イリヤが妹の返事を振り払うかのように
美々へと尋ねる。
しかし
「………」
美々はどんよりとノートを見つめており
イリヤの問いが耳に入っていない。
「あ…」
イリヤ達の視線に気がついたのか
美々がノートから視線を上げる。
「ミ、ミミ?どうしたの?元気ないけど…」
「う、ううん。大丈夫。少し寝不足なだけで」
「寝不足って…」
「なにか悩みでもあるの?」
悩み。
その単語に
「「…」」
美遊と宿題をやっていたシロエが
僅かに反応する。
「そんな大したことじゃないんだけど…ただ、ちょっと…」
「ちょっと?」
「キャラが思うように動いてくれなくて、行動に説得力を持たせられなくて、そもそも動機が不明瞭で…」
「え…。な、なんの話?」
「国語の課題?」
「自由研究とか?」
美々の意味不明の言葉に
当然、理解できないイリヤ達
しかし
美々の言葉に雀花だけが僅かに目を細める。
「そんなに難しい課題ならみんなで考えようよ。どんなの?」
イリヤが美々へと近づき
ノートを覗き込もうとする。
すると当然
「だ、大丈夫!自分でなんとかするから!!」
ノートを見せたくない美々は
机に突っ伏し自身の身体でノートを隠す。
「でも、せっかくみんなで集まってるんだから」
「ほ、本当に大丈夫だから!!」
「そんなこと言わずに」
その様子を静かに見ている美遊と
宿題をやる手は止めていないが耳を傾けているシロエ
「……イリヤ。自分でなんとかするって言ってるんだったら無理に聞かない方が…」
「え?けど、友達が困ってるんだったら助けてあげるべきでしょ?」
「それは……場合によると思う。友達だからこそ迷惑を掛けたくないっていうのもあると思うから…」
「…」
美遊の目を逸らしながらの言葉に
言葉が詰まるイリヤ
また
「…」
聞き耳を立てているシロエの宿題の手が止まる。
しかし
「それはどうかしら?」
クロエがその言葉に噛みつく。
「クロ…?」
「迷惑かどうかなんて判断するのはその本人でしょ?
話もせずに迷惑だって決めつけるのはおかしいと思うわ」
「でも話してしまったらその時点で迷惑が掛かる場合だって」
「だから、それも話してみないとわからないでしょ?」
「それだと事後承諾という形になる。友達相手にそんなことはできない」
美々がアワアワしている中
クロエがヒートアップし立ち上がる。
完全に美々の話から自分達の関係の話へと移行してしまっている。
「違うわ!友達だからこそ」
「ちょ、ちょっと落ち着いて二人共!」
「…」
「シロも止めてよ!!」
「…」
イリヤが止めようと美遊とクロエの間に立つが
美遊は俯き、シロエは微動だにしない。
「なによ!イリヤもミユと同じ意見なの!?」
「え」
「どうなのよ?」
「わ、わたしは隠したいことがあるなら無理に聞き出すのもどうかと思うけど………友達と姉妹なんだから出来れば話してもらいたいというか………」
イリヤもまた
美遊とシロエのことだと気づき
しどろもどろになりながら自分の意見を言う。
「なによその煮え切らない返事!そんなだからあなたは」
「やめて。イリヤは関係ない。
今話しているのはわたしとクロ。イリヤを責めるのはおかしい」
「ミユはそうやってすぐにイリヤを庇うのね!それがあなたたちの友情ってやつかしら?」
「それは…」
「…」
「シロ!自分は関係ないって顔してるんじゃないわよ!!あんたはどうなのよ?」
未だに黙ってペンを持ったままの無表情の妹にも噛みつくクロエ
「わたしの意見なんて聞かなくてもわかりきってるでしょ」
「わからないわよ!!言わなきゃなにも…!!」
「…誰かに頼ることが悪いとは言わない」
「なら」
「けれど、一人でなんとか出来るのならそれに越したことはない。
一人でやった方がいいに決まってる」
「ッ!!この間も言ったでしょ!?
なんでもかんでも一人で出来るわけがないって!!
それにあんたはわかったって」
「了承したのは無駄に謝るのはやめるっていうこと。
それ以外は了承していない。
そもそもクロだってあの時、誰にもなにも話さずにどうするか全部一人で決めた。
自分は話さなかったくせに他人にそれを強要するのはおかしい。虫が良すぎる」
「そ…それは…!!」
「シロ!!!言いすぎだよ!!!」
シロエがクロエと敵対していた時のことを持ち出す。
結局最後まで自分からは話さず、アイリが話すまでその口を割らなかったと
クロエが顔を歪めたのを見たイリヤがシロエへと嗜める。
「妙にヒートアップしてるな」
「前々から思ってたけど、あの四人ってなんかおかしいよね。わたしらの知らないなにかがあるというか」
「さてはあれか?」
「?」
「イリヤ兄を取り合って揉めているとか」
何故そうなる。
四人の言い争いを見ながら雀花と那奈亀が議論する。
「あー。女の性だねー」
「みんな男だったら、こういうこともないのかねー」
雀花のその一言が
「…!!!!」
美々の脳内に閃光を走らせた。
(そっか…。女の子同士で上手く書けないのなら…。
いっそのこと……男の子同士なら……)
美々の脳内にて
イリヤ、シロエ、美遊、クロエの四人が性転換され
どろどろの関係が繰り広げられる。
そして
美々は力強くノートのページを捲り
「これならきっと…!!!」
とんでもない速度でノートへと自分の妄想を叩きつける。
その様子を見た雀花と那奈亀は
「よくわからないけど…解決したみたいだな」
「おーい。美々なら大丈夫っぽいぞー」
「さっさとやることやって遊ぼうぜ」
雀花達の言葉に
イリヤ達は言い争いをやめ
美々へと目を向ける。
一心不乱にノートへと書きなぐる美々を
「…ミミ。急にどうしたの?」
「…なんだか近寄りがたい雰囲気ね」
「ミミからなにか…黒いオーラを感じる」
「なにかあったの…?」
困惑するイリヤ達
「わたしらもわかんね」
「…」
困惑する一同の中
雀花だけが美々の様子に予想を立てることができていた。
…
……
………
「ただいまー」
雀花が自宅であるマンションの一室へと帰ると
そこには
「おーかーえーりー…」
とんでもないオーラを身体から立ち上らせる火雀の姿がそこにはあった。
「お…おねぇ。なんかあった…?」
その姉の迫力に雀花は恐る恐る尋ねる。
すると
「雀花。今から12ページ漫画書け」
火雀は無茶振りをする。
「はあ!?無理に決まってるだろ!!
っていうか今朝は仕上げだけとか言ってたじゃん!?」
「…落とした」
「は」
「落としたんだよ!!アキラのやつが!!
合同で出す予定だった原稿12ページ分!!
だからお前が書けーッ!!!」
「できるわけねーだろ!!常識でモノ言えボケェェ!!!」
「常識の範疇でなんか生きてねーんだよ!!
とにかく原稿用意しろ!!
漫画でも小説でも何でもいいから!!」
「んな都合よく漫画や小説のストックが…」
姉からのとんでもない無茶振りに
雀花言い返そうとした。
その時
「…あ。あるかも」
ーーーーーーーーーー
ピピピピピピ…
美々の自宅の電話が鳴り
美々が受話器を手に取る。
相手は雀花であった。
内容は
「今から勉強会の続き?
え?ノート全部持って行けばいいの?
うん。いいけど…」
美々は文字通りノートを全てバッグへと入れ
雀花のマンションへと向かう。
ーーーーーーーーーー
「ん"ーーーッ!!」
「なになに…『禁断のクインテット』
ホモでバイな男4人との逆ハーレムものか…!
いいねぇ。紙面からグツグツと煮えたぎった妄想力がにじみ出てるよ!」
「ん"ーーーーーッ!?」
布団で簀巻きにされ口をガムテープで止められ涙目となっている美々
そんな美々の書いた小説を読みながらこれは使えると舌なめずりをする火雀
「頼む美々!この小説をわたしたちに寄稿してくれ!!」
「んんーーーッ!!」
首を全力で横に振るった後
他人に自身の書いた小説を読まれた恥ずかしさで顔を俯かせる。
そんな美々の頬に優しく触れる火雀
「これだけの妄想…溜め込んでいたのは辛かっただろう」
「わかるよ…。溢れだしてくる想いを隠さなきゃいけない辛さ。
でもさ、わたしらはその気持ちを理解できる」
「そうさ。わたしらは同志だ」
火雀と雀花の優しい(?)言葉に
美々がその顔を上げる。
おい、その先は地獄だぞ。
「美々。悪いようにはしない。
あんたのその気持ちと書き上げたその小説
わたしらに預けてくれないか?」
そんな雀花の巧みな言葉に
美々は
コクリ…
と頷いてしまった。
…
……
………
「あ……い……いらっ…いらっしゃい……ませ」
数日後
コミケの会場の一角にて
穂群原学園の男子の制服を身に纏い
顔を赤面させながら客引きをする美々の姿がそこにはあった。
「そうそういい感じ!恥ずかしいのは最初だけだからさ!」
「周りはみんな仲間だから恥ずかしがる必要はないって!」
そんな鬼畜姉妹に後押しされた所為か
はたまたやけくそか
「い、いらっしゃいませ!いらっしゃいませー!!」
美々の声が次第に大きくなる。
「いいねぇいいねぇ!!」
「才能あるぜ美々!!」
その日
美々の中で
なにかのタガが外れた。
…
……
………
「初めは百合だったんだ」
さらに数日後
衛宮邸イリヤの自室にて
イリヤ、シロエ、クロエの三人を前に
深刻そうな顔で切り出す雀花
とはいえ
「……………」
「……えーと」
「……なんの話?」
その一言だけでは意味不明であり
三人は困惑する。
アポなし突然の訪問だったからか
イリヤとクロエは薄手のシャツとスカートという楽な格好であり
シロエは出かける直前だったのか学校の制服を身に纏っている。
「ノートにさ
お前らを元にしたキャラでゆりんゆりんなSS書いてたみたいなんだよ。
主にクラスメイトや姉妹モノとか」
「はい?」
「でも、なんかしっぽり…もといしっくりいかなかったんだろうな。
そこでキャラを性転換させてみたら光の速さでソウルジェムが腐って堕天。
以降は坂道を転げ落ちるように腐界にハマって既に泥中。首までって感じ。
ああ、でも今はまだ一般向けの比較的ソフトなやつだからそこは安心してほしいんだけど」
「「「???」」」
「ってBLの何が一般向けだっつの!!
自分で言っててウケるわデュハハハハハ!!」
「お願いもう少しアクセル緩めて!!
穏やかじゃない単語だらけでちっともわからないよ!?」
「……まるで違う星の言語」
「地球人ですらない!?」
アクセル全開の雀花に
イリヤ達三人は完全に置いてけぼりとなる。
「いったいなんなの?誰の話よ!」
クロエが代表して雀花へと尋ねる。
「美々だよ」
「…」
「ミミ?」
「ミミがどうしたって?」
「腐女子になった」
「「婦女子?」」
「いや腐ってる方の腐女子」
「「腐ってる方!?」」
「まぁ、わたしも腐ってるんだけどな」
「「!!?」」
「…人は死ぬと夏なら死後1日から2日、冬でも数日で腐り始める。 腐敗は胃や腸から始まって体内で発生したガスによって死体が膨張、やがてグズグズに溶解した肉と皮を破ってガスとともに体液が噴出」
「シロォッ!?ご飯が食べられなくなるからやめて!?」
「それにミミもスズカも死んでないし」
妹の説明からその様子を想像してしまったイリヤが耳を塞ぎ
クロエが冷静に突っ込みをいれる。
「あーもー口で説明しててもラチがあかねー!!
現物を見せてやるからウチに来い!!」
「えー…。着替えるのめんどくさーい」
「その格好のままでいいから!」
「よくないよ!!」
説明が伝わらない雀花が
イリヤ達三人を自宅へと連れていこうとするが
「…わたしこの後、藤村先生から呼び出されてるから行かない」
「律儀な子ねぇ。夏休みなのに毎回制服着て」
「うーん…、わたしもなんとなく今回はシロを連れていかない方がいい気がするからその方がいいかも」
雀花がなにを言っているかわからないが
単語の節々から嫌な予感しかしないため
イリヤも今回ばかりは連れていかないことを決める。
「えー!?シロも行こうぜ!身代わ…人数は多い方が美々のためにもなるし!!」
「ん?身代わり?」
「…というかミミのこともスズカのことも別に興味ない」
「うわぁ…すっごいド直球」
「シ、シロ!?断るにしても言葉を選んで」
「最近のシロ酷くね!?そんなんじゃ友達なくす」
「超ジャンボ肉まん、一万円」
「無理に誘うのも違うと思うしイリヤとクロの着替えが終わり次第三人で行くぞー!!」
「手のひら返しが早い!?」
冷静に考えて、超ジャンボ肉まんの件も十分に友達をなくす。
という意味合いを込めたシロエの呟きにより
雀花はあっさりと手のひらを返すのであった。
…
……
………
ミーン、ミーン…
蝉の鳴き声が鳴り響く。
日差しがアスファルトから照り返し
気温を更に上昇させる。
そんな夏真っ盛りの炎天下の中
制服姿のシロエが無表情で歩く。
五年間歩き慣れた通学路を歩き、たどり着く学校。
シロエは校門を通り抜け、今日の呼び出し先である剣道場へと向かう。
(タイガは…まだみたい)
剣道場の中に入るが藤村先生がいないことを確認したシロエは
バッグから体操服を取り出すと
制服から体操服へと着替える。
そして正座し瞼を閉じ精神を集中させる。
数分後
勢いよく開かれる剣道場の扉
「イヤッホーウ!
あなたの心の中に不法滞在する青春の幻影
5年1組担任の藤村先生がやってきた!
山を越え谷を越え道場へとやってきた!」
藤村先生がテンションフルスロットルで剣道場へと飛び込む。
シロエはゆっくりと瞼を開ける。
「…藤村先生。うるさいです」
「そういうシロちゃんは相変わらず無愛想ねー」
「余計なお世話です。
…それよりも頼んでたものは」
「ん?あー…あれね!」
「…」
「忘れてないから、そんな目で見ない!
ちゃんと持ってきたけど…本当にこれ使うの?」
ーーーーーーーーーー
日づけは巻き戻り
バゼット戦後、その数日後
「いったいなにがあったの?シロちゃん」
授業が全て終了し放課後
藤村先生がシロエを教室に残らせ
二人っきりになったところで問い詰める。
(はぁ…)
シロエは内心溜め息を吐く。
何故残らせたのか薄々勘づいてはいたが
家族に友達、クラスメイトと
散々聞かれたことだからである。
そしてシロエは
「別に…いつも通りですけど」
決まりきった言葉を返す。
飽き飽きしたやり取りであった。
「……話す気はないの?」
「ありません。
藤村先生の問いにシロエは間髪置かず無表情で断じる。
藤村先生、と
いつものあの変わった呼び方ではないことに
藤村先生は少し考え込んだ後
「シロちゃん、少し付き合いなさい」
…
……
………
で
「…藤村先生」
「なーにシロちゃん?」
「なぜわたしは剣道場で竹刀を持たされているのですか?」
藤村先生の誘いに
シロエはいつもの意志薄弱の状態でついていき
たどり着いた先は剣道場
あれよあれよという間に体操服に着替えさせられ
竹刀を渡されていた。
「なんでって剣道場でやることと言ったら一つでしょ?」
シロエの質問に答えながら自身も竹刀を用意する。
完全に試合をする気である。
そしてそんなことは無論シロエにもわかっている。
しかし
「…その結論に至った経緯の説明を求めているのですが」
「だってシロちゃん話す気ないんでしょ?」
「はい」
「説得するのもめんど…難しそうだから
試合をして私が勝ったら話してもらうっていう漫画でよくありがちな展開に持ち込もうかなと思った次第でありまして」
ぶっちゃけすぎです。藤村先生
「…わたしがその勝負に乗るメリットがありません」
「シロちゃんが勝ったら大人しく引き下がってあげるわよ?」
「……そもそも藤村先生、剣道得意でしょう」
「んー?じゃあシロちゃんが一本でも取れたらシロちゃんの勝ちってことにするわ。
シロちゃんが諦めたらわたしの勝ちってことで」
「………」
「ほら、あれよ!文句があるなら剣で語れ!!
っていうやつよ!!」
「……………はぁ」
勝負に乗らないと絶対に引き下がらない。
と、シロエはそのように感じた。
藤村先生は剣道五段という相当な腕前で
剣道界では「冬木の虎」の異名で恐れられていた。
にも関わらずこの大人げない対応にシロエは溜め息を吐きながら所定の位置につく。
「おっ!やる気になってくれた!?」
「…」
「よーし!じゃあ…はじめ!!」
藤村先生は始まりの合図を出し
竹刀を片手で持ちダラリと下げているシロエへと
駆け出しながら竹刀を上段から軽く
パァン!
「───────へ?」
藤村先生が固まる。
それもそのはず
藤村先生の竹刀が振り下ろされる刹那
シロエの胴が綺麗に入ったからである。
「はい。これで終わりですね」
「………」
「?藤村せ」
「うおおおぉぉぉぉんんん!!!」
「!?」
藤村先生は奇声を上げると
剣道場の扉を勢い開け
「やなかんじー!!!」
捨て台詞を残し、剣道場より走り去る。
まるでポ○モン(アニメ)のロケット団の如く
シロエは少しの間ポカンと固まっていたものの
我に返った後、制服へと着替え剣道場を後にした。
…
……
………
次の日
「わたしは!!帰ってきた!!!」
「帰るなら職員室に帰ってください」
「シロちゃん辛辣ぅ!?やるせねぇー!?」
再び剣道場へと呼び出されたシロエ
変わらず無表情ではあるが口調から若干の不満が漏れ出ている。
「わたしの勝ちということで終わったと思うのですが?」
「勝負が一回だけと誰が言った!!」
「大人しく引き下がるという話は」
「昨日、大人しく引き下がったでしょ!!
今日はまた別の話よ!!!」
「………」
駄目だこいつ。話が通じない。
仕方なしに竹刀を手に所定の位置へと移動するシロエ
話すより試合した方が速いと思ったからである。
そうして始まる試合
昨日と違い二人は防具を身に纏っている。
シロエが昨日あっさりと勝てたのは
藤村先生の油断が最大の要因である。
しかし昨日シロエの動きを見た藤村先生は
手加減は必要ないと理解していた。
だからこそ防具を互いに身に纏うようにした。
実際に
藤村先生とシロエは打ち合っている。
昨日よりも遥かに長く
しかし
「突き!!!」
「うぼあっ!?」
シロエの先読みからの突きが炸裂
藤村先生は昨日に引き続き、またしても負けた。
…
……
………
「まだまだぁ!!!」
「藤村先生、切りがありません」
数日後
ここまで全勝を維持しているシロエが
このままでは終わらないと
今日の勝負を仕掛けようとしている藤村先生に待ったをかける。
「わたしが!勝つまで!!勝負はやめない!!!」
「武道家としての潔さとか…ないんですか?」
負けても引き下がらずに
口八丁で勝負を挑む藤村先生に呆れながら問うシロエ
「そりゃわたしだって剣道やってる以上、負けを認めはするわよ」
「じゃあなんで引き下がらないんですか」
「わたしは武道家である以上に教師なの」
「…」
「わたしだけの問題なら引き下がるのも吝かじゃないけど
そうじゃないでしょ?
生徒の問題なら絶対に諦めない。それが教師ってものよ」
胸を張り、真っ直ぐな瞳で
シロエに答える藤村先生
しかし
「…この状況、暴力的指導だと生徒によっては感じると思いますが?」
無論シロエはそんなことは感じていないが
呼び出される生徒によってはそういうことも考えるだろうと
シロエは指摘する。
「うーん…確かにそれを言われると…」
「…」
「よし!それなら───」
…
……
………
数日後、体育館にて
「うおおぉぉりやあああぁぁぁッッ!!!」
雄叫びを上げながら全力疾走する藤村先生と
「…………ッッ」
無言かつ無表情だが同じく全力で走るシロエ
その二人の姿がそこにはあった。
そして
「ちっくしょおおおおぉぉぉぉ!!!」
「わたしの……はぁ、はぁ……勝ち……」
ゴールし息も絶え絶えになりながら自身の勝利を告げるシロエ
「長距離も、合わせて…これで14勝…」
「こいつ…闘いの中で成長してやがる…!
勉強だけではなく運動の潜在能力も半端じゃない!!
イリヤちゃんの妹なだけのことはあるわねぇ」
「っていうか……」
「ん?」
「なんでわたしたち走ってるんですか…!?」
「遅っ!?今になってそれ突っ込む!?」
長距離走と短距離走
二人はその二つで勝負していた。
藤村先生から言われるがままに
最後の剣道の勝負から数日、毎日のように勝負し
今になってシロエはようやく突っ込みを入れたのである。
「だって暴力的指導だなんて言われたもんだからー。
それなら武道系じゃなくてもっと単純に足の速さで勝負しようかなって」
「そういう…はぁ…意味じゃ……」
勝負そのものをやめてほしい。
息を整えながらそう思うものの
それを言っても無駄そうだと思うシロエは
「……剣道に戻してください」
「え?いいの?暴力的指導は?」
「それはもういいですから…」
せめて剣道なら早く終わる。
という思惑の下、シロエは勝負の内容を剣道に戻そうとする。
しかし
「うーん、それなら間を取って毎回剣道とランニングを交互に勝負していくことにしよっか!」
「意味…不明…」
「えー?」
…
……
………
それからさらに数日
ほぼ毎日のようにシロエと藤村先生は勝負をしていた。
夏休みに突入してもそれは変わらずに
藤村先生は遠慮なしにシロエを呼び出す。
しかしシロエにとってもそれは全くの無駄というわけではなかった。
藤村先生との度重なる勝負により
シロエの素の身体能力が飛躍的に上昇し美遊とほぼ同等となり
海にてビーチフラッグでイリヤを負かすという珍事が勃発することとなった。
そして
「うららららあぁーッッ!!!」
「むっ……ぐっ……!!」
今日は剣道にて対決
怒濤の如く攻め立てる藤村先生
そしてそれをなんとか防ぐシロエ
時折、針の穴を通すかのような正確さでシロエの反撃が藤村先生を襲うが
パシィ!!
藤村先生はそれを払う。
今までシロエが藤村先生に対して優位に立っていたのは
動きの先読みが最たる要因である。
シロエの白熊時代の戦闘経験
相手の視線や筋肉の動きを見逃さない洞察力
それらから相手の次の動きを予測することで
剣術においては一枚も二枚も上である藤村先生に勝利することができていた。
しかし
ここまで幾度となく試合を行ったことにより
藤村先生からもシロエの動きがある程度は予測できるようになっていた。
ガツッ!!!
つばぜり合いになる二人
しかし
「だらあっ!!」
藤村先生が体格の差を生かし
シロエを後方に弾く。
そして
藤村先生は竹刀を上段に構える。
シロエは面が来ると読み受け止めるべく竹刀を上段に
「
「!?!?!?」
シロエは藤村先生の掛け声に
頭が真っ白になり、その身体を硬直させてしまう。
そして
「あたっ」
藤村先生の
シロエの頭部に直撃した。
「よ…よっしゃあああぁぁぁ!!!」
藤村先生が歓喜の声を上げる。
当然である。
剣道五段というとんでもない腕前にも関わらず
今の今までまだ小学生である教え子に負け続けていたのだから
「…藤村先生。なんですか今の掛け声は」
「適当!!一番力の入りそうな掛け声を心のままに叫んだら、なんか出てきた!!!」
「………」
理由はわからないが
あの掛け声を聞いた途端
蛇に睨まれた蛙の如く、鳥肌が立つ程の名状し難き未知なる恐怖に襲われてしまったシロエ
その顔は無表情ながら不満げな雰囲気がありありと出ている。
「わたしの勝ちよね!?じゃあ話してもら」
「話すわけないでしょう」
「は?負けは負け」
「わたしの敗北条件はわたしが勝つのを諦めたら、という話だったはずです」
「う!?でもそれはシロちゃんが剣道そこまで得意じゃないって思ったからで」
「実際に剣術では藤村先生の方が上ですからこの敗北条件は妥当です。
そもそも一回勝っただけで今までの負けを全く考慮しないのはどうかと思います。
しかも小学生女児相手に。
教師としても武道家としても問題しかない恥ずべき行為だと」
「………うがあああぁぁぁーッ!!!」
シロエからの正論というナイフで滅多刺しにされた藤村先生は
叫び声を上げ剣道場をダッシュで後にする。
おーぼーえーてーろー………。
という声がだんだん遠くなりながらもシロエの耳に残る。
シロエは藤村先生の声が聞こえなくなるまで立ちつくした後
「……………はぁ」
溜め息をつき
いつも通りそのまま帰るのではなく
負けてしまった悔しさからか
剣術の向上を図るべく竹刀をしばらく素振りした後に帰るのであった。
…
……
………
藤村先生がシロエに勝利してから
戦績は藤村先生が盛り返し
だんだんとシロエの勝利する回数は減っていっていた。
もっともそれは剣道のみの話であり
走りでの勝負においてはシロエはまだ一回も負けていないため藤村先生が総合的に勝ち越すことはなかったが
「………負けた」
そして今日も負けてしまい内心へこむシロエ
「ふふん。わたしに勝とうだなんて百年早いわよシロちゃん」
(…この間まで負け越してたくせに)
藤村先生はシロエに悔しさを持ってもらうべく余裕そうな態度を取っていたが
その態度とは裏腹に
シロエの動きの読みの正確さに内心感嘆としていた。
それこそ剣道を本格的にやってもらいたいと思う程に
その上、最近では剣術自体もどんどん成長していっているのを感じていたため尚のことである。
(天才……っていうやつなのかしらね)
しかしそれはそれとして
藤村先生には気になることがあった。
「シロちゃんさ。その剣術ってどこで身につけたの?」
「…」
「どう見ても普通の剣道の型じゃないのに妙にこなれてるし
すっごい気になるんだけど」
シロエの剣術
それは無論シトナイの剣術を模倣したものである。
そしてそれは
片手で剣を扱ったりすることもあり
王道的な剣道の型とはとてもではないが言えないものであった。
そして
「…」
それを説明する気はシロエには無論ない。
無言のシロエに藤村先生は
「でもねーシロちゃん」
「?」
「今の剣術少し見直した方がいいと思うわよ?」
藤村先生の予想だにしてなかった言葉に
シロエの動きが少し固まる。
「…それはどうしてですか?」
「なんていうかー…シロちゃんの剣術、所々にほんの僅かだけど隙があるのよ」
「隙?」
「そ、隙。
そうねー攻撃し終えた後とかが特にそれが顕著な気がするわね。
実際その隙をついて勝ってるわけだし」
勝負を始めたばかりの頃は全く気づくことはなかったが
何度も試合を重ねていくことでシロエの剣術には
攻撃後から次の動作までの間に僅かなタイムラグがあることを藤村先生は見抜いていた。
「でもその隙って剣術を生み出した人は知った上で放置しているっていう気もする。
そうね、まるで」
シトナイは無論そのことを知っている。
しかしそれを直さずに放置した。
それは当然であり
「まるで二人一組で闘うことが前提の上での剣術って感じがするわね」
シトナイの剣術は
白熊…シロウのカバーがある前提の上での剣術である。
シトナイとシロウ
一人と一頭の絶え間ないコンビネーションの連続攻撃が最大の脅威である。
つまりは
たった一人で闘うための剣術では断じてない。
「─────……」
無論、本物のシトナイであれば
猟犬トケが死んだ後もその生は続いていたため
一人で闘うための剣術も知っているだろう。
しかしシロエはそんな姿を見たことがない。
強いて言うならば
しかしその時もシトナイは本気で戦闘をしている様子ではなかったため
シトナイが一人で戦闘している姿をシロエは知らないのである。
「えーと、シロちゃんどしたの?
なんかすっごいフリーズしてるけど」
カード回収、クロエ戦
今までの激闘において頼ってきた剣術を否定された。
魔術の世界を全く知らない完全な一般人である藤村先生に
シトナイの存在まで言い当てられて…
「……藤村先生」
「ん?」
地雷を踏んでしまったのかと困惑する藤村先生に
シロエは静かに
「用意してもらいたいものがあります」
…
……
………
そして現在に至る。
シロエと藤村先生は防具を身に纏い
藤村先生が持ってきたものを取り出す。
取り出したものは
「これがウチにあるやつで一番長い竹刀だけど…」
竹刀であった。
今までシロエが振るっていた小学生用の竹刀ではない。
その竹刀は公式戦では使えないほどの長さであり
シロエの身長程の長さがあった。
そう。シロエが振るっている大剣くらいの長さが
「大人の人でも扱えないのに子供のシロちゃんには余計に」
「いいから貸してください」
シロエの言葉に藤村先生は渋々竹刀を手渡す。
しかし
「やっぱりシロちゃん無理があるって…」
そのアンバランス差に藤村先生が再び止めようとする。
が
シロエはその制止を聞いていない。
…あれから散々に迷った。
けれど
今のわたしが求めるのは
一人っきりであっても戦いぬけるだけの強さ
だから───
「───構えてください。藤村先生」
「…!!!」
シロエは両手で剣を構える。
そして
シロエから放たれる威圧感に
藤村先生は気を引き締める。
「…行きます」
そしてシロエは
藤村先生へと竹刀を振り下ろした。
…
……
………
(くっ…シロちゃんの動きが今までと全然違う!?)
シロエからの連擊を捌きながら
藤村先生は驚愕する。
それもそのはず
(しかもこの太刀筋と立ち回りはわたしの…!!)
藤村先生は度重なるシロエとの試合により
シロエの剣術に慣れていったが
それはシロエとて同じであった。
身体の大きさによるリーチの差は
その長い竹刀を扱い埋めることにより
再現することに成功していた。
まるで自分自身と試合しているような感覚に陥る藤村先生
(でもわたしの剣術ならどう来るかなんてわたしが一番………!?)
自身の剣術なら尚のこと予測しやすい。
そう考えた藤村先生だが
その次の瞬間には
シロエは片手で剣を持ちかえ藤村先生へと竹刀を振るう。
(また太刀筋と立ち回りが変わって…!?)
藤村先生が対応しようとした次の瞬間には
またしてもシロエの立ち回りが変わる。
どっしりと構えたパワー重視の剣術
軽やかなステップに重きを置いたスピード重視の剣術
裏などないとばかりのまさに王道と呼べる剣術
型に捕らわれない変則的な剣術
目まぐるしくシロエの剣術が次から次へと変わっていく。
「こ…の…!!」
もはや動きを読むことなど不可能に近い。
読み合いをすれば絶対に負ける。
それを覚った藤村先生は体格の有利を生かし
つばぜり合いへと持っていき
シロエの動きを無理やり止める。
「しつこいですね…。正直動きを読むどころじゃなくなってるんじゃないですか?」
「確かに驚いたけど、それくらいで諦めるわたしじゃないわよ!!」
「………そんなにわたしに元に戻ってほしいのですか?」
ギリギリ…と
つばぜり合いをしながら問いかけるシロエ
そんなシロエの問いに藤村先生は
「?別にわたしは以前のシロちゃんに戻ってほしいわけじゃないわよ?」
シロエの予想だにしてなかった答えを返す。
「…は?」
「だってシロちゃんはシロちゃんでしょ?
元に戻ってほしいとかどっちがいいとかじゃない。
今こうして、わたしの目の前にいるのがシロちゃん。
たとえどんな風になったとしてもそれは変わらない。
それでいいじゃない」
無理に戻らなくても別に構わない。
そう言われたのは初めてであったため
シロエの思考が固まる。
しかし
「…なら、なんで勝負を仕掛けてくるんですか?」
「んー?だってシロちゃんなんだか張りつめてたみたいだったからさ。
しかもそれがどんどん酷くなっていってるし。
まるでこれからもうすぐ大一番があるみたいに」
大一番。
言うまでもなく八枚目のことである。
そして
(最近のアイリ達やリンさんの行動と視線のきな臭さから警戒を強めていたのは事実だけど…)
「受験の時にも言えることだけど、そういう時ってたまにはパーッとなにも考えずに身体を動かすことも大事なのよねー」
「………たまにというには頻度が高すぎると思うのですけど、ね!!!」
つばぜり合いからシロエが竹刀を弾き
互いに距離を取る。
そして
二人は同時に距離を詰め───
パァン
竹刀が防具へと当たる。
勝ったのは
「これは……」
「……無効、かしらね」
藤村先生の面がシロエの頭部に
シロエの胴が藤村先生の腹部に
それぞれ命中していた。
そしてそれは完全に同時であった。
「ちぇーっ。勝ったと思ったんだけどなぁー」
「…」
本来無効であれば
もう一本行うのだが
今日はもうやる気はないのか
あっさりと引き下がる藤村先生
しかし
「明日!明日、また同じ時間に勝負よ!シロちゃん!!」
「………まったく。ホントに、あなたって人は…」
「あれ?呆れられてる?わたし」
「違いますよ。はぁ…」
シロエは溜め息を吐いた後
顔を上げ
「明日も、よろしくお願いします。
それは
シロエが藤村先生を認めた瞬間であった。
「シロちゃん…」
そんなシロエの言葉に藤村先生は
「師匠じゃなくて先生でしょ!!」
「…そこは師しょー呼びを受け入れるところだと思います」
…
……
………
藤村先生と別れたシロエは
夕方の街を歩く。
すると
「…お姉ちゃんとクロ?」
前方に姉であるイリヤとクロエの二人の姿を発見する。
(でも、なんだか…?)
シロエはイリヤとクロエへと近づく。
「お姉ちゃん、クロ」
「あ、シロ…」
「…?」
「…どうかした?」
「げんなりしてるように見えるけど…?」
「あはは……ちょっと…ね」
乾いた笑い声を出すクロエ
イリヤの笑顔も引きつっているように見える。
二人は雀花の自宅にて
BLへと完全に目覚め
腐り堕ち、放送禁止用語を並べ立て
バーサーカーの如くまるで話が通じずに
変わり果ててしまった美々の姿を目の当たりにしてしまったのである。
尚、双子の兄弟もののBL本が美々の鞄から多数発見され
イリヤは妹を連れてこなくてよかったと心の底から安堵した。
「とりあえず…ね。シロ」
「?」
「今後はスズカ達だけじゃなくて
ミミの言うことも聞かないようにしてね」
「う、うん…」
何故ミミまで…?
とシロエは訝しんだものの
姉達の疲れきった様子から
深くは追求しないこととしたシロエであった。
ーーーーーーーーーー
場所は変わり
ドイツのとある山岳地帯にある廃れた城
「いったい…どういうことですか。これ…」
セラが廃れた城…アインツベルン城の一室にて
大量の本や書類が山積みとなっている机を前に
椅子へと腰掛け頭を抱えている。
セラは
シロエのことを徹底的に調べなおすべく
イリヤ達から遠く離れ、既に廃れたアインツベルン本家へと
足を運んでいたのだ。
そうして一週間にも渡り調べつくした結果は
「何故…なにも出てこないんですか!?」
なにもなかった。
シロエが造られた記録はもちろん
その記録が消去された形跡も
隠蔽された痕跡も
ホムンクルス製造の技術が外に持ち出された様子も
本当に
なにひとつ出てこなかった。
あらゆる角度、視点からシロエの経歴を探ってみるものの
出てくるのは10年と少し前に孤児院の玄関前にて捨てられ、そしてそのまま育てられたという記録のみ
無論、その孤児院も徹底的に洗ってみたものの
完全な一般人。非合法の…魔術の研究などやっているはずもない。
ならば孤児院に捨てられる前の
製造した場所と人物をなんとしても突き止めようとしたが
全く出てこなかったのである。
「……………」
シロさんの身体はイリヤさんと全く同じ身体
つまりアインツベルンの技術で造られたホムンクルス
そしてその中でもイリヤさんは
長いアインツベルンの歴史の中でも最高傑作とされた存在
アインツベルン本家ですら再現することは不可能に近い。
そして
『聞こえなかったのかしら?黙りなさい、セラ』
あの時、感じたあの圧力は
まぎれもなく奥様のそれと同質のもの。
アインツベルンの教育を受けないと絶対に身につかないもの…。
そうでなくとも
アインツベルン本家で製造し
その知識を直接植えつけられたのは確実。
それなのに───
バゼット戦の翌日
エーデルフェルト邸にて
シロエから放たれた圧力から
アインツベルン本家のそれを感じ取ったセラは
それを理由にアイリに直談判したのだ。
改めて徹底的に調べなおさせてほしい、と
(不可能に近いイリヤさんの製造を完全再現しようとするには最低でも当時の製造情報は絶対に必須。
にも関わらずその情報はもちろんのことアインツベルンのホムンクルス製造技術も外に漏れ出た形跡は一切ない。
外部の魔術師には不可能。
かといってアインツベルン本家でもそんなものを造ったりすれば確実になんらかの記録は残るはず
しかしその記録が消去された様子も隠蔽された痕跡すらもない。
つまりアインツベルン本家も本当に造っていない…!?)
造った人間がわからないのではない。
正真正銘
これでは、まるで
「まるで、なんの脈絡もなく唐突にそこに現れたかのような────」