「承服できない」
イリヤの提案
シロエを戦場に連れていかない。
それに真っ先に反対したのはシロエだった。
「話…聞いてた?お姉ちゃん」
シロエは提案を行ったイリヤへと
「言ってたはず。今回のカードは魔力を大量に吸収していて今までのカードの比じゃないくらい危険だと」
今までの話の流れを再度、言い聞かせる。
「だからこそ最初の一撃で最大火力を叩きつける」
「聞いてた…けど…」
「なのになんで戦力を減らすの?
意味がわからない」
「だ…だって…、だって…!!」
そんなことはイリヤとて理解している。
しかし
クロエ戦とバゼット戦
遊園地の帰りの母親との会話を除けば
戦う度にどんどん様子がおかしくなっていく妹
ここでさらに戦わせたらいったいどうなってしまうのか
想像するのも恐ろしく
イリヤは不安で不安で堪らないのであった。
さらに
「その……わたしも、賛成」
「…!」
「だって……最近のシロ、おかしいから……」
イリヤの提案に賛成する美遊
美遊もまた
クロエとの戦いからシロエの様子が次第におかしくなっていっていることに
イリヤと同じく気づいていたため
イリヤの気持ちが理解できてしまったのだ。
驚きから目を見開くシロエ
美遊はそんなシロエの顔を直視できない。
「わたしは…おかしくなんてなってないし、そもそもそんなことは理由には」
シロエは努めて冷静に反論しようとするが
「いえ、理由にはなるんじゃないかしら?」
「リンさん…」
凛が二人の意見に乗っかる。
「聞いた限りだとシロ、あなた…。
クロ戦とバゼット戦、二戦とも我を忘れて暴走しかけたそうじゃない?」
シロエの暴走
クロエの時はクロエの言葉に
バゼットの時には『バーサーカー』の狂化により
周りの制止も聞かずに戦い続けた件である。
「…」
「二回も暴走したのなら次もそうならない保証はどこにもないわよね?
そんな不安定なものを戦力として加算するわけにはいかない」
「……なにが言いたいの?」
「足手まといは引っ込んでてって言ってるのよ」
「リンさん!?」
凛の冷たい言い様に
慌てるイリヤ
「なによ?連れていかないってことはそういうことでしょ?」
「わたしはそんなつもりで言ったんじゃ…」
今までの戦いから
少なくとも妹が足手まといだと感じたことは
イリヤには一度もない。
むしろ助けられてばかりである。
イリヤが凛に訂正しようとした。
その時
「リンさん」
シロエが凛の名前を呼び
皆の視線がシロエへと集中する。
その声はどこまでも平坦である。
「それはつまり…わたしとの契約をなかったことにする。
っていう認識でいいの?」
「契約…?」
心当たりのないイリヤ達は訝しむが
凛はすぐに理解する。
『バーサーカー』のカードを貸与している間は
力を貸すという契約である。
確かに
シロエの力を借りない以上
その契約に意味はなくなる。
「…ええ、そうね。その認識でいいわ」
凛はシロエとの契約を
なかったことにした。
そして
「そう。じゃあ…」
「ええ。『バーサーカー』は」
凛は契約の元である『バーサーカー』を
シロエから回収しようとする。
しかし
「これで…わたしとあなたたちは、晴れて敵同士ってことね」
─────え。
敵?
誰が?
………シロが?
絶句するイリヤと美遊
凛もまた予想外の展開に
カードを回収しようと伸ばした手を止める。
「…………どういう意味よ?」
「まず第一に
暴走したと言うけれど
わたしは味方側に一切の被害を出していない」
それは…その通りである。
クロエ戦では味方であるイリヤと美遊に怪我はなく
バゼット戦に至っては
シロエを止めようと手足に取りついたにも関わらず
振りほどくのみで同じく怪我を一切しなかった。
「わたしが敵を殺そうとしたのは、あくまでわたし自身の意思。
敵味方の区別くらいはついていた」
「でもあんたはイリヤ達の制止を…」
「敵を殺そうとすることになんの問題があるの?
あなた、それでも魔術師?」
敵は殺すもの。
そう妹が断言し
ショックを受けるイリヤ
そしてその一方で
魔術師としての価値観を出され
凛は言葉を詰まらせる。
「二つ目に
契約を交わしたリンさんはわたしが戦っていた時、戦場にはいなかった。
つまり、あなたの指示はなにもない状態だった。
それなら尚のこと、殺すと判断したことに対して文句を言われる筋合いはない」
もしも凛が戦場にいて
情報や交渉のために生け捕りにしろ。
そういう指示があったのなら
それを念頭に置いた上で戦い、戦闘の内容もまた変わっていた。
シロエはそう主張している。
「敵味方の区別をつけてる以上、わたしはあなたの危惧する暴走状態にはなかったといえる。
いえ、仮に百歩譲って暴走状態であったとしても
あなたになんの実害ももたらしていない。
それに、そもそも
クロ戦では戦ってすらいないあなたに
バゼット戦でも
ルヴィアさんとの怪我の度合いを比べて
クロ戦と同じくほとんどなにもしていないであろうあなたに
それを指摘される云われはない」
「…ッ」
クロエ戦では戦場にすらいず
バゼット戦でも
ルヴィアが矢面に立ち、隙を見て呪術を撃ち込んだが
結果だけ見るのなら
全くと言っていいほど意味のない行為である。
シロエはそれを使用せずにバゼットを打倒してしまったのだから
凛は悔しげに顔を歪めるが
シロエにそれを言われても仕方ないと
なにも言い返すことができない。
「けれどあなたは契約を解除した。
わたしはこれをあなたの都合による一方的な契約の破棄であると主張する。
よって」
シロエが凛を見る。
しかしその目はどこまでも冷たい。
イリヤは遊園地の帰りに見せた
妹が母親に向けたあの眼差しを想起した。
「わたしは『バーサーカー』の返却を拒否し
所有することを宣告する」
シロエのその宣告に
凛とシロエの間に
ピリピリした空気が漂う。
そして凛は理解する。
シロは本気だと
本気でわたしたちと敵対する気だと
「…本当に、甘いわね」
「…なんですって?」
「わたしがあなたと契約していた内容。
正確には
『カードを渡している間はわたしの指示には絶対服従』
っていう内容だった」
「…」
「契約をそのままにしておけば
わたしに対しての命令権をあなたは持っていた。
けれど契約を破棄したことで
わたしはあなたの命令に従う義理もなくなった。
八枚目の戦いだって参加するかなんて独断で決めることができる」
「場所がわかっていたとしても
わたしたちの協力がなければ鏡面界には」
「ああ、これ?」
シロエが右手を宙にかざすと
ブォン
と床に見覚えのある魔法陣が浮かび上がる。
言うまでもなく
鏡面界へジャンプするための陣である。
「「「!?」」」
「あれだけ何回も見てれば
この程度の術式、再現できる」
(再現できるって、こんな容易く…!!)
シロエが右手を振るうと
魔法陣は跡形もなく消える。
そして
シロエは大きく溜め息を吐く。
「…そんなにわたしのことが信用できなかったのかしら?
それはそうよね。だって───」
もしも契約を盾にして
シロエに待機を命じておけば
こうはならなかったかもしれない。
しかし、シロエは
凛がこのことに気づかなかったとは思えなかった。
「わたしのこと…一連の事件の黒幕かもしれないって
そう思ったのでしょう?」
その言葉に
一同が驚愕する。
「暴走云々っていうのも口実にすぎない。
危険だと判断したわたしからカードを取り上げて、関わらせないように遠ざけるのが本命だったんでしょ?」
「………カードに施されている術式は
未だに協会でも解析することはできていない。
そして、シロ。あんたの使っている魔術もまた…わたしたちには解析できない」
加えて
カードが現れた冬木市
その冬木市に住んでいる正体不明の存在
疑うなという方が無理な話であった。
「だからこそ、甘い。
最低でもわたしを拘束するか
もっといけば味方のふりをして背中から刺すくらいのことはしてくると思っていたのに」
「!やっぱりあの視線はあんたの…!」
「…ええ、そうよ。
わたしを危険だと、あなたが感じ始めた温泉旅行の時から
わたしはずっとあなたのことを警戒していた」
夏祭りの際
まるで観察されているかのような
あの視線の主はシロエであったと
そして
温泉旅行の時によぎった疑念が筒抜けだったと
それを理解した凛の表情がどんどん険しくなっていく。
「……契約を交わした間柄でそんなことしないわよ」
「けれど、あなたの取った手段もまた
『常に余裕を持って優雅たれ』
には程遠いわよね。
ねぇ、
シロエの辛辣な言葉に
凛の目は大きく見開かれる。
イリヤ達は聞き覚えのない言葉にただ困惑する。
「あんた…なんで、ウチの家訓を」
「そうね…。トキオミから教えてもらった、っていうのはどう?」
「馬鹿にしてるの!?そんなことあるわけ」
「じゃあ、こういうのは?
あなたのかつての妹だったサク───」
次の瞬間
凛はメイド服のポケットから
宝石を一つ素早く取り出し、止める間もなく勢いよくシロエへと投げる。
しかし
パシッ
シロエはなんでもないように
飛んできた宝石を掴み取り
「な───!?」
凛へとそのまま宝石を投げ返す。
悪寒がした凛は新たな宝石を取り出し、障壁を展開し始める。
結果
ボカン!!
凛の目の前で
シロエが投げ返した宝石が
小規模の爆発を起こす。
「リンさん!?」
「ぐっ…!(宝石魔術を…乗っ取った!?)」
障壁がギリギリで間に合い
凛に怪我はなかった。
しかし
魔術を乗っ取られたという事実に
魔術師としてのプライドが大きく傷つけられる。
「シロ…あんた、何者?」
「わたしがそれを答えると思っているの?」
「…」
凛は眉間に皺を寄せながら
シロエを睨みつける。
その時
「違います!!!」
美遊が
凛とシロエの間に割って入る。
「リンさん、シロはカードとはなんの関係もありません!!」
「…どうしてそんなことがわかるのかしら?」
「ッ!!それ、は…」
「言っておくけど…友達だからっていうのは、なしよ」
美遊は知っている。
カードの製作者が誰なのか。
そして
シロエがこの世界の住人じゃなかったとしても
少なくともシロエはこの世界で育ったため
カードの製作者とはなんの関係もないだろう、と
出会った当初こそ美遊も疑ったものの
イリヤからシロエの今までを聞き
そう結論づけることができていた。
しかし
「………ッ」
それを説明するには
どうしても自身の抱えている事情を話さなければならない。
美遊にはそれがどうしてもできない。
「……無理しなくていい。ミユ」
無理なんかじゃない。
シロエの言葉に
美遊は唇を噛みしめ俯く。
「………なん、で」
イリヤが呆然とした表情で話しかける。
わたしには、理解できなかった。
シロとリンさんが話していた内容も
リンさんがなんで怒りだしたのかも
けれど、そんなわたしにも
一つだけ理解できたことがある。
それは
「そんなに…『バーサーカー』が大事なの?
わたしたちと敵対してでも…『バーサーカー』のカードが欲しいの?」
シロが
わたしたちよりも
『バーサーカー』を選んだということ
姉からのすがるような問いに
シロエは
「………ええ。その通りよ」
どこまでも冷たい声で
返事をした。
「っ。『バーサーカー』を使ったら
また、あんな風になっちゃうんだよ?
いくら強くなるからってそんなの…」
当然のことだが
イリヤとしては
バゼット戦のように正気を失ってしまうような
そんな危険なカードを妹に使ってほしくなかった。
自分達よりも『バーサーカー』の方が大事だと言われ
イリヤは一瞬、息が詰まるが
妹に『バーサーカー』の危険性をなんとか訴える。
しかし
「わたしが『バーサーカー』を手離すことは絶対にない」
妹から迷わず断言され
今度こそイリヤは言葉を失う。
「………今のリンの攻撃はなかったことにしてあげる」
「…え?」
「わたしから仕掛ける気はない。
けれど、あなたたちが仕掛けてきたら…わかるわね?」
イリヤにもわかった。
つまりは
容赦なく…殺す、と
クロと戦う前だったら
あの笑顔が絶えなかったシロだったら
そんなことをするはずがないって
断言できた。
けれど
あんなにずっと一緒だったのに
大切なわたしの妹なのに
今のシロのことがわたしにはわからない。
断言することが、できない。
「やだ…。わ、わたしは…シロと戦いたく…!!」
「………わたしと戦いたくないならリンに手を貸さなければいい。
リンに手を貸す理由なんてお姉ちゃんにはないはずよ」
「それは…だけど…!!」
「そこまで」
イリヤが悲痛な声を上げた時
今まで黙っていたルヴィアが椅子から立ち上がる。
そして
凛の下へと静かに歩み寄り
ドゴンッ!
「がっ…!?」
力一杯、腹部を殴り付ける。
「なにすんのよ!?」
「子供相手になにをやってるんですの?貴女」
「!」
その言葉に凛はハッとなり
周りを見渡す。
妹と戦いたくないと涙目となり顔を歪めているイリヤ
罪悪感から顔を俯かせる美遊
目を閉じ微動だにしないクロエ
そして
この場にいる者、全てが敵だと
油断なく警戒しているシロエ
そんな子供達の様子に
さすがに思うところがあった凛はなにも言えなくなる。
「シロを受け入れた時、貴女言いましたわよね?
なにかあっても責任は私が取る、と
だというのに…なんですの、この体たらくは」
「…」
「裏切るような真似をするなと
正直、失望しましたわよ。少し頭を冷やしなさい」
ライダー戦の夜と
バゼット戦の翌日に
凛がルヴィアに言った言葉を持ち出され
凛はいつものようにルヴィアに噛みつくことができない。
そんな凛を放置し、ルヴィアはシロエへと視線を向ける。
「シロも、少し落ち着きなさい。
「……リンの契約の破棄。
そして『バーサーカー』の所有。
敵にしかなりえないと思うけれど?」
ルヴィアがシロエを落ち着かせようとするも
シロエは警戒を解かない。
「…なにを契約したか、その詳細を
確かにそこの野蛮人が愚かにも勝手に自滅し契約を解除した。
そこに間違いはありません」
凛とシロエが契約した際
ルヴィアはその場にはいなかったため
契約の内容は知らないものの
先のやり取りから
契約の解除そのものには問題がなかったと
ルヴィアは捉えていた。
そしてそれが、凛による一方的な契約の破棄であるという主張も
「しかし、貴女にはまだ別の契約が残っているはず」
別の契約…?
無表情の裏でシロエが頭を回転させるも
その契約は出てこない。
「貴女は
「…!」
「その契約についてはまだ生きているはずですわ。
…まさか従者が主に牙を剥く、なんてこと貴女はしないでしょう?」
『主』と『従者』
使い魔であるシロエには耳が痛い言葉である。
「…その契約はあくまで雇用契約の一種。
その契約でわたしから『バーサーカー』を取り上げることはできない」
「ええ。こうなってしまった以上、一先ず『バーサーカー』は貴女が所持してもらって構いません」
ですが
とルヴィアは続ける。
「先程の遠坂凛が持ち出した暴走の懸念。
一理あると
「…戦いには来るな、と?」
「そうではありません。
シロの反論もまた事実なのですから。
よって…模擬戦をしてもらいます」
模擬戦
その言葉にクロエが
ピクリと反応を示す。
「模擬戦をして特に問題がなければ連れていきます。
しかし、問題ありと判断した場合には待機してもらいます。
それでいいですわね?」
「……………はい」
ルヴィアの仲裁により
妹が戦いに参加するかは、まだ定かではないものの
恐れていた最悪の展開にならずに済みそうだと
イリヤは安堵し溜め息を吐く。
しかし
「では、相手は」
「わたし」
ルヴィアがシロエの模擬戦の相手を思案しているその時
ここまで関与していなかったクロエが
その目を開き
静かに椅子から立ち上がる。
「わたしがやるわ」
「ク、クロ…?」
いつもと雰囲気の違うクロエに
先の展開から嫌な予感がするイリヤ
そして、その予感は的中する。
「イリヤやミユがいない時に…邪魔が入らない時を見計らっていたけれど
もう、我慢できない」
イリヤは思い出す。
クロエがシロエに用事があると言っていたことを
「ウジウジと悩んで
イリヤに、ミユに、お兄ちゃん達に、スズカ達にすら気を遣ってもらって」
立ち上がったクロエは
一歩ずつシロエへと近づく。
「それなのに
態度を一切変えずに
なにも話さず
ママ達を無視して
挙げ句こんな騒ぎを起こして」
そんなクロエの顔は
かつて敵対していた時と同等か
それ以上の険しさである。
「イリヤとミユにも正直思うところはあるけれど」
クロエがシロエの目の前にたどり着く。
シロエはクロエの目を見れないのか
俯いている。
「イラつくのよ。あなた───シロ」
クロエは赤の外套を身に纏うと同時
イリヤ達が止める間もなく
右手の黒剣を振り上げる。
しかし
ブォン!!
シロエは半歩退き
それを回避する。
寸止めではない。
完全に振り切っている。
「クロ!?」
「その性根叩き直してあげる。
模擬戦だと思ってると…死ぬわよ」
「クロやめて!!」
イリヤと美遊の呼びかけを完全に無視し
クロエは右手の黒剣をシロエへと突きつける。
「ルヴィアさん!止めて下さい!!」
明らかに模擬戦ではない。
殺しにかかろうとしている様子のクロエに
美遊が先と同じように
ルヴィアに仲裁を頼もうとするが
「…」
ルヴィアは黙っている。
焦るイリヤと美遊
そんな時
「………言いたいことは、それだけ?」
絶対零度の声が響く。
「奇遇ね。クロ」
その時、イリヤは
妹の中でなにかが
ひび割れる音を
聞いた気がした。
「わたしも、あなたのことがずっとずっと」
シロエがその俯いていた顔を上げる。
その瞳に浮かぶは
「目障りで目障りで仕方なかったわよ」
『嫌悪』であった。
「ウジウジとしててイラつく?
なんでそんなことを判断できるのかしら?
わたしのことをなに一つとして知らないあなたごときが」
それは
バゼットへと向けたのと同等の
否、下手をすればそれ以上の『嫌悪』の眼差し
「わたしのことをなにも知らないあなたが
わたしのなにを見たところで
なにも理解なんてできるはずもない」
その眼差しと
約一ヶ月前、エーデルフェルト邸の大浴場にて
シロエがクロエに言い放った
わたしのことなんてなに一つ知らない
という言葉
それらがクロエへと突き刺さる。
「そう。あなたがお姉ちゃんに救われた、あの瞬間からずっと
わたしはあなたのことが目障りで仕方なかった」
切っ掛けは確かに先のクロエの言動かもしれない。
しかし
妹から吐き出されているそれは
今この時に生まれたものでは断じてない。
「礼を言うわ、クロ。
これで取り繕う必要もなくなったわよ」
それを理解してしまったクロエは
妹の反応が予想外だったのか
呆然としてしまう。
しかし
「………ふ…二人ともやめよ?ね?」
ビクビクとしたイリヤの声が響く。
このままでは
クロ戦の二の舞になる。
そう判断したからだ。
そしてそんなイリヤの声で
クロエは我に返る。
「…場所を変えるわよ。
再建したばかりで壊されたら堪ったもんじゃない。
表に出なさい」
「ふん…」
「ふ、二人とも!!お願いだから」
「お姉ちゃん」
必死に止めようとするイリヤを
押し止めるシロエ
「心配しなくても、お姉ちゃんの危惧しているようなことにはならない」
…
……
………
数十分後
エーデルフェルト邸
その庭にて
イリヤ達はシロエの言葉の意味を
理解することになっていた。
「ウソ…でしょ…?」
あのクロが───
「はぁ…はぁ…!!」
激しい息遣い
その息遣いの主は
赤の外套を身に纏ったクロエである。
「わかってたことだけど、話にならないわね」
それをつまらなそうに
あるいは
落胆したかのような目で見ているシロエ
白の民族衣装を身に纏い
その手には大剣が握られている。
クロエは妹の言葉に
キッと睨みつけると
「…ふっ!!」
距離を潰しながら
両手に双剣を投影
シロエへと斬りかかる。
シロエはそれを大剣で受け止め防いでいく。
約一ヶ月前
剣での戦いであれば
クロエの方に分があった。
しかし
バギンッ!
シロエの一閃を前に
クロエの双剣が砕け
後方へとクロエは押し飛ばされる。
「こ、の…!!」
クロエは再び双剣を投影
更にその双剣を魔術で強化
刃渡りを大きくし、形態を変化させ
再度、斬りかかる。
(シロの剣術が…以前と、明らかに変わってる!!)
約一ヶ月前
クロエが敵対していた頃
シロエの剣を何度か受けたことのあるクロエだが
あの頃のシロエの剣術には隙があり
正直そこまで脅威ではなかった。
ましてや
今振るっているものはシロエの身の丈程の長さがある大剣
力は増すが速度は落ち、隙も余計に発生するはず
それにも関わらず
今、目の前で振るわれている妹の剣は
むしろ以前よりもキレも振るう速度も上がり
その上、隙もまるで見当たらない。
大剣を自分の手足のように動かし
そしてなにより、その身体に剣術が馴染んでいるように感じた。
(手本としているのは
おそらく『セイバー』の剣術!!
『セイバー』なら打ち勝ったことがある!!
なのに……!!!)
バギィンッ!!
強化した双剣にも関わらず
シロエの鋭く重い一撃を前に
砕かれる。
「ちっ…!!」
クロエは舌打ちしながら
距離を取る。
(『セイバー』よりも剣術に厚みがある…!?
それに時折、差し込まれる…暴力的というか野性的な、この自由奔放な一撃は…。
『セイバー』の剣術になにかを混ぜこんでる!!)
シロエは藤村先生との
連日による立ち合いを行い
今まで出会い目にした様々な剣術を試し
その末、一番しっくりときたのは
『セイバー』…騎士王の剣術であった。
イリヤ達が戦った『セイバー』は
理性を失った影響もあり
その剣術もまた単純と化し
弱体化していた。
しかし
シロエは知っている。
理性を失っていない本物の『セイバー』を
その本物の強さを
本物の『セイバー』を手本としているため
クロエが知っている『セイバー』よりもその強さが上回っているのである。
加えて
シロエはその『セイバー』の剣術が破綻しない程度に
所々、藤村先生の…自由奔放な剣術を加えて
動きを読みにくくしている。
そして補足ではあるが
藤村先生の剣術は、両儀式とほぼ互角であり
つまりは英霊と比べても遜色ないレベルである。
即ち
『セイバー』の剣術と藤村先生の剣術の混合
これが藤村先生との立ち合いの末、シロエが身につけた剣術である。
本当なら『バーサーカー』を手本にしたいところだけど
狂化の所為で『バーサーカー』に武術はない。
だから正直、少し癪ではあるけれど
『セイバー』を手本にする。
…一番しっくりときたのは確かだし
手本を決める時
シロエの中でそういった葛藤があり
藤村先生の剣術を加えたのは
細やかな抵抗でもあったりした。
(カードはおろか…あの腕すら使わずに…)
バーサーカー戦、クロエ戦、バゼット戦と
シロエと共に戦い抜いてきた美遊
そんな美遊には
テクニックよりもパワーを生かした戦闘の方が
シロエは得意としているとわかっていた。
だからこそ
白熊の腕や『バーサーカー』を使った時の方が
シロエの戦闘力は跳ね上がるのだと
しかし今は
威力が高い大剣を使っているとはいえ
純粋な剣術のみでクロエを完全に圧倒している。
手も足も出ないクロエを見て
美遊は絶句していた。
そしてそれは美遊だけでなく
イリヤとルヴィア、対峙しているクロエもまた同様であった。
「まさか…ここまで…。
遠坂凛。先程の貴女らしくない行動は…。
貴女はこれを知って…」
「………バゼット戦後。
バゼットは本当に死亡する一歩手前だった。
それに対して、あの子の怪我はその全てが軽傷。
つまり…あの子は、ほとんど一方的にバゼットを打倒してのけたの。
ほぼ万全の状態だったあのバゼットを…ね」
凛の説明に
バゼットのその戦闘力を身体に叩き込まれたルヴィアが
冷や汗をかきながら目を見開く。
バゼット戦後の両者の様子を
そしてそこから推測される戦闘の内容を
ルヴィアは知らなかったのだ。
「だから……意見が食い違っても
あの子が退かずにその気を起こしてしまったのなら
わたしたちが束になったとしても……勝てない」
「!!」
味方側の総戦力が
たった一人の存在に負ける。
つまりは
どんなに反対がいようとも
シロエ自身が退こうとしなければ
どうすることもできなくなってしまう。
パワーバランスの崩壊である。
だからこそ凛は
多少強引であっても
シロエからカードを取り上げなければ、と
そういった思考に走ってしまったのだ。
ルヴィアが戦慄していると
「どういう…つもりよ?」
「なにが?」
「なんでさっきから…反撃してこないのよ?」
距離を取ったクロエが妹へと尋ねる。
クロエからシロエへと斬りかかる。
そしてそれを
クロエの武器を破壊しながらシロエが押し返す。
先からそれの繰り返しであった。
その上
「わたしのことが目障りだったんでしょ!?
さっきのあの敵意は、どこにいったのよ!?」
先の会議中
クロエへと向けたあの『嫌悪』は
今のシロエからは完全に感じられなくなっており
ただただ無表情でつまらなそうに
クロエを押し返していた。
「はっ!それとも口だけだったのかしら!?」
「公と私は混同しない」
仕事であれば
普段、口を利かないアイリ達に対しても話しかける。
つまりは
模擬戦という仕事中に
クロエへの悪感情を持ち込んだりしない。
ということである。
シロエの言葉に
任務中にも関わらず大喧嘩しイリヤ達を巻き込んだ凛とルヴィアが
少し思うところがあったのか
いたたまれなくなる。
「それに作戦決行は今夜。
ルヴィアさんの許可もなしに
その上、その話し方から
まるでシロエ自身は
クロエがどうなろうとどうでもいい、と
クロエにはそう聞こえた。
そのクロエなど眼中にないと言わんばかりの態度に
「嘗めんなぁッッ!!!」
クロエは吠えると
再び投影を開始する。
そして、現れたのは
「あの剣は…!?」
「聖剣…!!」
シロエと戦った際にも投影した
黄金色に輝く聖剣であった。
分離した影響により真名の解放こそ出来ないものの
今、クロエが投影できる中で最強の宝具である。
クロエは聖剣を両手で構えるとシロエへと駆け出す。
「………口だけ、ね」
クロエが持ち前の速さで
あっという間にシロエとの距離を潰すと
聖剣を上段から振り下ろす。
しかし
「それは鏡に向かって言うのね」
バキィンッッ!!!
シロエが無造作に
横薙ぎに大剣を振るい
振り下ろされたクロエの聖剣を
側面からあっさりと叩き折った。
「わたしが強いんじゃない」
聖剣の破片が飛び散る中で
シロエが告げる。
「あなたが弱いのよ。クロ」
ドガッ!!
シロエは大剣を振り抜いた勢いのまま
蹴りをクロエの胸部へと叩き込む。
「ごふっ!?」
肺から空気を吐き出しながら
クロエが吹き飛ぶ。
しかし
ズザァ
両手と両足を踏ん張り
クロエは停止する。
「英霊の
投影されたものとはいえ
聖剣すらも
容易く叩き折ったシロエに
一同が絶句する中
「なんの矜持もない薄っぺらな投影」
地面に両手両足を付け
息を整えているクロエに
シロエが冷たい視線で淡々と告げる。
「それでよく喧嘩を売れたものね。
わたしに言わせれば
お姉ちゃん達の中であなたが一番弱いのに」
「なん…ですって?」
美遊はもちろんのこと
凛やルヴィア、果てはイリヤよりも弱いと言われ
クロエのこめかみに青筋が浮かぶ。
「あなたは言ったわね。
『無から剣を
矢に変換し魔力を乗せて放つ。
『アーチャー』。文字通りの力』と」
「……それがなによ?」
シロエとクロエが戦った時
確かに自身がそう言ったことを
クロエは思い出しながら聞き返す。
「『アーチャー』の真髄は
剣を創り出すことなんかじゃない」
「…!?」
妹の言葉にクロエが
イリヤ達が驚愕する。
「あなたの認識は的外れ。
入口にすら至っていない。
これなら自分の力を理解して工夫して戦っているお姉ちゃんの方が余程マシよ」
そしてそれが
決して挑発から来る虚言の類いではないと
クロエへと伝わる。
「あなたはただ吠えているだけ
そこになんの実力も伴っていない」
「…」
「自分の力すらも把握できていないあなたに
負ける気は全くしない」
押し黙ったクロエを
追いつめるようにシロエは畳み掛ける。
しかし
「それが…なに?」
クロエが押し黙ってしまった口を再び開く。
その目にはなんの迷いもない。
「知ってるわよ。
あんたがわたしよりも強いってことくらい。
でもね」
確かにここに来て
妹がさらに強くなっていることも
自身がカードを使いこなせていないことも
クロエには予想外だった。
しかし
「そんなことでわたしは止まらない」
どれだけ力の差が妹との間にあろうが
クロエにとって、そんなことは関係なかった。
クロエは黒弓を投影し
折れた聖剣を矢へと変換する。
「止まれない。
このまま、止まるわけには…いかないのよ!!!」
クロエが矢をつがえる。
それと同時に
クロエの周囲に剣が多数、出現する。
そして
ゴォッ!!
風を切り裂く音と共に
放たれる矢
それと同時に周囲の剣も
シロエへと殺到する。
しかし
「…無駄よ」
シロエはゆっくりと
「あなたのなにもかもが…わたしには届かない」
大剣を頭上へと構える。
そして
「
非常に聞き覚えのある言葉と共に
振り下ろされる大剣
そして
ザンッッ!!!
巨大な魔力の刃がシロエの大剣から飛び
クロエの矢を、剣を
全て両断してしまい
ドゴォン!!!
矢は爆発を起こす。
「今のは、わたしの…!?」
(けど威力が、イリヤよりも桁違いに…!!)
自身の必殺技を模倣されたイリヤが
その桁違いの威力に美遊が
それぞれ驚愕する。
「ぐ…………ッ!?」
クロエもまた一瞬怯むが
背後から気配を感じ
双剣を投影し
左手の白剣を振り向きながら背後に振るう。
ブンッ!
案の定というべきか
そこにはシロエがいた。
爆発を目眩ましに背後へと高速で移動していたのだ。
シロエは白剣を掻い潜りながら
大剣を下からすくい上げるように振るう。
クロエはこれを双剣を重ねて受け止める。
しかし
パキン
大剣を受け止めた瞬間
クロエは足下から首まで凍りつく。
「ッ!?」
クロエはもがくが
氷から抜け出すことができない。
そして
チャキ
眼前へと突きつけられる大剣
そんなシロエの眼は
どこまでも退屈そうである。
「…ルヴィアさん」
クロエへと大剣を突きつけながら
シロエはルヴィアへと声を掛ける。
「まだ戦えっていうなら
これを処分する許可をもらいたいのだけど?」
それは
勧告であった。
これ以上やれと言うのなら
模擬戦とは思わない、と
シロエのその言葉からは
なんの親しみもなく
どこまでも機械的であり
ルヴィアが了承すれば
なんの躊躇いもなく
クロエに大剣を突き刺すことが
用意に想像できた。
「………ここまで、ですわね」
「!!わたしは、まだ」
「クロエ」
未だに氷から抜け出せていないにも関わらず
諦める気がないクロエに
ルヴィアが静かに声を掛ける。
「これ以上やっても無駄死にで終わるだけですわ」
「ッ!!!」
ルヴィアの言葉に
クロエは顔を悔しさいっぱいに歪める。
そして
「シロ。貴女の参戦を認めます。
貴女達もそれでいいですわね?」
ルヴィアの言葉に
凛も、イリヤも、美遊も
誰一人反対することができなかった。
茶番を…茶番を入れたい…。
シロエの
斬撃(シュナイデン)のところを
月◯天衝にして台無しにしたい……。
さすがに自重しました。