それぞれの未来へ   作:響恭也

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愛すべきブロンズコレクター、ネイチャさんの長寿を祈って


ずっと一番で

 トウィンクルシリーズを駆け抜けたナイスネイチャ。彼女の戦績には燦然たる勲章があった。

 URAファイナルズ、初代チャンピオン、そして……。

 

 1年ぶりにレースに復帰したトウカイテイオー。そしてその年度、最も力を付けたウマ娘と言われるビワハヤヒデ。年末の府中はその年の締めくくりであるグランプリレースの熱気に沸き立っていた。

 有マ記念、三年連続出場はネイチャの根強い人気を示していた。

 

 

「あああああああああああああああ!!」

 ゴール版を駆け抜ける、我が愛バたるナイスネイチャも最後の一息まで振り絞っていることがわかる顔だった。

 掲示板を見てやや複雑な表情を浮かべたのはその着順か。

 

 復活のトウカイテイオー。366日ぶりのレースで勝利する。ましてその年の顔であるウマ娘たちを破っての優勝。何もかもがドラマチックで、ネイチャがよく言っている「キラキラの主人公たち」にふさわしい輝きを放っていた。

 

 トウカイテイオーのもとを共にレースを駆け抜けたライバルたちが囲んで祝福する。

 ゴール直後の悔しげな表情は鳴りを潜め、若干苦笑気味ながら勝者を称えるその笑顔は、主人公に負けないくらいきらきらしているように見えた。

 

「ふいー、今日はお疲れ様っしたー」

「ああ、よく頑張ったな」

 レースの後の恒例行事になっている言葉を交わすと、俺はネイチャの頭を撫でまわす。

 ボリュームのあるツインテールは寒風にさらされつつもいつもながらのモフモフ感だった。

 

 いつもならにへらと笑みを浮かべてこちらを見るが、今日に関してはうつむいたままこちらを見ない。

 

「ねえ、テイオーさあ、きらっきらだったよね」

「……ああ、そうだな。正直驚いた」

「アタシ、全力で走ったんだよ。それでもさ、今年も届かなくってさ」

 有マ記念、3年連続出走の戦績は……3年連続の三着。

 出場すること自体が名誉になるレースで3年連続の入着。立派なものだ。

 

「グランプリに出るってことは、それだけでもすごいことなんだぞ?」

「うん、わかってる。けどね。やっぱ、勝ちたかった。応援してくれるみんなに一番を届けたかったんだ……」

 

 ネイチャの目からはぽろぽろとこらえきれなかった激情が水滴の形で零れ落ちる。

「ごめんな……」

 半ば衝動的にネイチャを胸元に抱きしめた。

 教え子であるとか、年齢差とかそういうものが頭をよぎるけれど、そんなことはどうでもよくなるくらいに、目の前の少女は壊れそうに儚く見えて。

 ここで捕まえておかないとどこかに消えてしまいそうだったから。

 

「えーっと、トレーナー……さん?」

「あ、ああ。すまない」

「ありがとうね。おかげで少し持ち直したよ」

「あ、ああ」

「ふふ、顔、真っ赤ですよ? まさかネイチャさんごときを抱きしめてお照れになっているのかなー? うりうりー」

「ごときとか言うなよ。俺の大事な愛バだよ」

 その一言でネイチャの顔が真っ赤に染まる。

「だだだだ大事って!? いやあのその、うえええええ!?」

 

 そこで唐突にドアが開く。そこにはネイチャ応援団団長である……商店街の肉屋のおっちゃんがいた。

 

「すまん!」

 顔を真っ赤にして開いたときと同じように唐突にドアが閉じる。

 

 その時、ネイチャはまだ俺の腕の中にすっぽりと治まっていることに気づくという体たらくだった。

 

 その日のライブで……ネイチャは3回転んだ。

 

 その後もネイチャのレースの日々は続く。無事これ名バのたとえ通り、怪我無く現役生活を駆け抜けた。

 戦績はきらびやかとは言い難い。それでも着実に実績を重ねた。

 44戦10勝。その大半のレースで入着を果たした。

 そして先日のアルゼンチン共和国杯を最後に引退した。引退記念セレモニーやら関係各所のあいさつ回りを済ませて、落ち着いたのは年の瀬も迫るころ合いだった。

 

「いやー、さすがに寄る年波には勝てないねー」

 若干疲れを見せた様子でネイチャがぼやく。

「婆さんか」

 思わずツッコミを入れるが、さらっと流された。

 

「けどさー。どうしてもピークを過ぎた感はあったのですよ」

「ああ、それは仕方ないよな。最初にトレーナーになってもう7年か……早いもんだねえ」

「ふふふー、ネイチャさんもハタチだー」

「ああ、おめでとうな」

「ありがとーですよ。そして引退したからお酒も解禁ッと」

 

 かつんと音を立ててチューハイの缶をぶつけ合う。そのままプルタブを開け、中身をきゅっと飲み干した。

 

 

「にしてもクリスマスにいい年した男女が二人でチューハイとか、ねえ」

 きゅっと飲み干した後でネイチャがけらけらと笑いながらいたずらっぽく笑う。

 なお、目の前にはネイチャが商店街で調達してきた料理が並ぶ。煮物はかのっ所の御手製で、実家がスナックで母から教わったという味付けは、おそろしく酒に合った。

 

「うっさいわ。誰かさんにかかりっきりだったからな。ほかに目を向けてる余裕なんかねえ」

「あははー、そうだよね。トレーナーさんのおかげで6年間も走れましたよ。幸せ極まりない競技人生でしたわ」

「ふふん。感謝の気持ちをもっとくれたまえ。はっはっは。あがめよ、称えよ」

「トレーナーさん、酔ってるねえ。初めて見たわ」

「当たり前だろ? 俺が前後不覚になってネイチャになんかあったらと思うとな」

「お、おう。トレーナーさんの愛が重いっすわー」

 

 愛、か。ネイチャは愛バだ。というか、実際問題……俺にはネイチャしか見えてなかったなあ。

 こいつのキレッキレの末脚に見とれた。

 勝てなくても、最後まで全力だった。

 ひたむきにトレーニングに打ち込む姿は神聖ですらあった。

 

「え、えーっと……トレーナーさん?」

「あ、ああすまん。ちょいとぼーっとしてた」

「い、いや、あのですね。全部口から駄々洩れです、よ?」

「はあっ!?」

「あ、あはははははー」

 照れたように笑うネイチャ。アルコールのほてりとも違う、どことなく潤んだ瞳。これまでもこういうきわどい時間はあった。けれど、競争バとしてのネイチャの未来を閉ざしてはいけないと懸命に我慢した。

 けど、今は……? ネイチャはレースから引退した。ここにいるのは「元」担当トレーナーと、「元」担当ウマ娘だ。

 

「ああ、そうか。もう我慢しなくていいんだな」

「ふぇ!?」

 がバッとネイチャを抱きしめた。

 

「ネイチャ。レースを引退してさ。やりたいことってないのか?」

「そりゃあ、ありますよ?」

「よかったら聞かせてくれない?」

「これでも乙女なんで。大好きな人のお嫁さん……とか? で、もう覚悟決まってるんで、その先の一言、くださいな」

 うん、俺が掛かってどうする。そもそも、抱きしめてから言うセリフじゃないだろ。

 

「すまん。なんかもう積年のあれやこれやが、なあ」

「わかってますよーだ。トレーナーさんがあたしを大好きだってことは、ね」

「うん。ナイスネイチャ、初めて見たときから君が大好きだ。愛してる。結婚してくれ」

「うっわ、いきなりにも程があるでしょー。なにその三段飛ばし。テイオーステップよりすごくない?」

 抱きしめたネイチャの耳はせわしなくピコピコと動き、尻尾はばっさばっさと落ち着きなく動き回っている。

「ああ、そうだな。で、返事は?」

「……わかってるでしょ?」

「ネイチャの口から聞きたい」

「はううううううう! アタシはトレーナーさんのことが大好きです! 愛してます! アタシをお嫁さんにしてください! これでいいですかねえ!」

「ああ、ありがとう!」

 

 俺は立ち上がると、ネイチャも立たせた。クリスマスカラーの勝負服。二人だけのパーティだからと着ていた。

 ネイチャがここぞという覚悟を決めていた。そういうことなんだろう。

 

 俺は膝をつき、引き出しから小さな箱を取り出した。彼女の引退が決まってから購入した指輪。

 ネイチャの左手を取り、その薬指に指輪をはめていく。

 その瞳から、いつかの有マ記念の時と同じようにぽろぽろと涙をこぼす。

「もう、返品は効きませんからね?」

「一点ものだからな。一生大事にするよ」

 こんな時にも軽口を交わす。その表情は、URAファイナルズを勝った時と同じ、晴れやかな笑顔だった。

 

「これからもトレーナーさん……あなたの一番でいさせてね?」

 急に呼び方が変わったことに年甲斐もなく動揺する。

「……いかん、幸せ過ぎる」

「それはアタシのせりふでーす。うふふ」

「これがワイフネイチャか……最高かよ」

「エアグルーヴのやる気が下がったわけがよくわかるわー……」

 ネイチャはあきれながら、ぎゅっと抱き着いてくるのだった。




ワイフネイチャが描きたいだけのお話でした(´・ω・`)
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