怪文書かもしれないので念のため。
ー*―
カタカタカタ。
シャロ 「ひいっ」
ボロ屋の壁が、かすかに震えたのは、夏も終わりかけのある夜のことだった。
シャロ 「こ、怖くない怖くない…」
ブルブル震えながら、シャロは、隣の家ー幼馴染の千夜の家、甘味処「甘兎庵」の扉を叩いた。
千夜 「あら、シャロちゃん、どうしたの?」
シャロ 「ち、千夜、アンタ、それ...」
千夜 「?」
シャロが指さす先。
千夜の持つお盆の上で、コップがカタカタ、小刻みに震えていた。
ー*―
ココア 「ボルタ―ガイスト?」
千夜 「そうみたい...」
なるほど、席を離れた瞬間、椅子がカタカタ揺れ始める。
チノ 「うわっ...」
コーヒーがパチャパチャと波立って、危うくこぼれそうになる。
チノ 「こうなると、お仕事は難しそうですね…」
隣の家にお化けが出るのとは話が違う。物理的に影響が出るのでは、おもしろいなどと言ってもいられない
千夜 「そうなのよね…」
その時。
隣のテーブルが、わずかに浮き上がった。
リゼ 「お、おいおい…」
ラビットハウスのドアが、照明が、カタカタ揺れ始めた。客が居なくて良かったと言うほかない。
シャロ 「こ、これ、まずいわよね…」
千夜 「...お店戻れないわよね…どうしましょう...」
ポルターガイストは、悪化すれば家具が縦横無尽に室内を飛び回ったりするようになると言われている。とてもじゃないが、喫茶店がある家にいるのはおすすめできない。
リゼ 「…そうだ、千夜、私の家に来るか!?」
千夜 「…え、リゼちゃん、いいの?」
リゼ 「もちろん。困った時はおたがいさまだ!」
―*―
リゼ 「…ポルターガイスト、か…」
(そんなこと、あるのか…?)
確かにその目で見た。でも、不気味だし、不可解なことで。
リゼ (誰かが、いたずらしているのかもしれない。)
部下 「お嬢、お客様はお休みなさったようですぜ。」
リゼ父 「よし。
見回りだ。行くぞ!」
リゼ 「ああ!」
深夜。
真っ暗な中、広いリゼ家の廊下を、2人一組で、懐中電灯をつけて見回る。もし誰かがいたずらを仕掛けているのなら、忍び込んでいるに違いないからだ。
ガタッ。
リゼ 「親父」
リゼ父 「ああ」
物音。
リゼ 「動くな!」
銃口を突き付けた。
ミシッと、物音が止まり、気配が静止する。
リゼ 「誰、だ...」
甲冑だった。
リゼ 「この甲冑、かなり重いはずじゃ…」
リゼの父が、黙って懐中電灯でジロジロと甲冑を観察し、首を横に振るー中に誰もいないし、外から動かすための仕掛けー例えば糸とかーも一切見当たらなかった。
リゼ 「…千夜には、黙っておくか。」
―*―
ココア 「千夜ちゃん、大丈夫かな…」
青山 「ポルターガイストのお話、でしょうか…?」
ココア 「あ、青山さんも知ってたんだ!」
チノ 「青山さんなら、どうすればいいのか、知っていそうです。」
リゼ 「いや、でも、ポルターガイストなんて、まさか...」
青山 「いえ。
もしかして、お力になれるかもしれません。」
ココア 「ホント!?」
青山 「はい。そう言う不思議なお話を、お仕事で聞いたことがあるんです」
リゼ 「お仕事?」
青山 「はい。
前に、心臓病の少女と移植に関する映画で、脚本の仕事をお手伝いさせていただいたことがありまして。」
チノ 「わ、私、見ましたよ!」
ココア 「私も!感動しちゃった!」
リゼ 「涙なしには見られなかったな…」
青山 「ありがとうございます。
その縁で、主演女優の方と、対談の機会があったんです。」
リゼ 「それって、あの、桜島麻衣さんか?」
ココア 「CMでよく見る!?」
青山 「はい。
それで、その時、話がふと弾んで...
…本当は、言わないように頼まれたのですが~
…いえ、千夜さんのためです。」
キュッキュッ。
チノ 「思春期...症候群?」
リゼ 「っていうと、あれだよな?少し前に、都市伝説で流行った。」
青山 「はい。
10代の少年少女に、オカルトみたいな不思議な現象が起こる現象、のことですね。」
ココア 「でも、それってほんとにあるのかな?」
チノ 「いいえ...
ココアさん、世の中には、不思議なことってほんとうにあるんですよ。」
―*―
シャロ 「...ってことで、私の幼馴染を、助けてほしいんです!」
画面の向こうの高級マンションの部屋に、シャロはボロ屋から、頭を下げた。
麻衣 「そうね…
詳しく、教えてくれないかしら?」
優しく、脚本協力者の後輩というだけ間柄でしかないシャロに、大人気女優は語りかけた。
ー*―
翌日、七里ガ浜高校の科学室で話を聞いた双葉理央は、ビーカーについだコーヒーを桜島麻衣と梓川咲太に渡しながら、シャロから麻衣が受けた相談を聞いていた。
人物相関図ーと言っても、ココアと千夜、リゼとシャロ、チマメが同じクラス、ココアとチノとリゼが同じ職場...といった程度の解像度でしかないーを見て、はあとため息をつき。
理央 「なるほど、だいたい予想はつきました。
ブラウン運動って、聞いたことありますか?」
咲太 「どっかで聞いたような…」
麻衣 「水の中に入れた粒子が、水分子によって不規則に動かされる現象...じゃなかったかしら?」
咲太が「麻衣さん、良く知ってましたね」などと言って「高校物理の範囲」とつねられている。
理央 「桜島先輩の言う通りです。そして、宇治松さんの思春期症候群は、たぶん、ブラウン運動だと思います。」
麻衣 「…それって、どういうこと?」
理央 「ブラウン運動は、『自由』で『結合してない』水分子が周りの粒子に不規則に衝突することで起きるんです。」
咲太 「結合してないから、寂しくて、まわりを突っつきまわしてる...ってことか。」
理央 「咲太の言った通りだと思う。
全然知らない私から見ても、仕事では一人、幼馴染は違う学校...」
麻衣 「話を聞いた感じ、シャロちゃんは、リゼさんに憧れているようだったわ。」
理央 「それに、はっきり、『ココアはチノちゃんを妹のようにかわいがっている』って書いてありますからね…」
咲太 「幼馴染を先輩に、クラスの親友をライバル店に奪われた...と無意識に思ってしまったなら、それで思春期症候群が起きたのかもしれない…」
理央「私もそう思う。
だけど、実際に、これだけ彼女はみんなに心配されてる。
友達がちゃんとそばにいるって実感できたら、快復するんじゃない?」
ーでもそれは、簡単なことではない。
一度無意識で思ってしまったら、それを覆して思春期症候群を止めるのは、一筋縄ではいかないことを、さんざん味わってきたのだから。
―*―
ラビットハウス。
バータイムに働いていた青山ブルーマウンテンは、担当編集に駆け込んでくるなりノートパソコンを突き付けられた。
青山 「凛ちゃん、原稿は出したような~?」
凛 「いえ、今回はそうじゃなくて...
先生、桜島さんから、ミーティングのお誘いです。」
言われた瞬間、さすがの青山も、少し、緊張を纏わせるー要件は明らかだ。
タカヒロ 「青山くん。
お客さんももういないし、今日はもう上がりなさい。席を使っていいから。」
青山 「はい、お借りします!」
すぐに、オンラインミーティングは始まった。おっとりしているように見えてもちゃんとキャリアウーマンだ。
麻衣 「こんばんは、桜島麻衣です。」
青山 「こんばんは、青山ブルーマウンテンです。
何かわかりましたか~?」
麻衣 「はい。
絶対、というわけではないんですが…」
それから麻衣は、「千夜が、思春期症候群を起こしていると思う事」「思春期症候群は、素粒子などのふるまいのような現象を起こしてしまうことで、悩みを解決すれば解消されてきたこと」「千夜の思春期症候群は『寂しさ』から来た『ブラウン運動』だと思われること」を、今までの例をいくつか挙げて告げた。
麻衣 「このことは、秘密でお願いできますか?」
ーもちろん、「麻衣の経験を秘密にしてくれ」と言う意味ではない。お互いに信用しているからこそこれだけ深い話ができるのだから。
青山 「その通りですね…
知っていたら...」
この思春期症候群は、「結合していない」という無意識から起きているのなら、友達の存在を、はっきりしっかり結び付いていることを心の底から実感できればいい、けれど。
青山 「優しさを、素直に受け取れないですから…」
麻衣 「はい…
…ところで、頭の上のもふもふ、うさぎ...ですか?」
ー*―
ココア 「チノちゃん」
チノ 「なんですか、仕事してくださいココアさん」
ココア 「千夜ちゃんを元気づけてあげられないかな?」
リゼ 「…そうしたほうがいいだろうな。
元気そうに振舞ってるけど、全然ポルターガイストは収まってないし、結局甘兎にも学校にも出られてないんだから…」
ココア 「パーティー、してあげようよ!せっかくなんだからさ!」
リゼ 「おっ、それいいな!」
チノ 「どこでするんです?甘兎でするわけには...いかないからこうなっているんですよね?
それに今は甘兎庵だって大変なのに、私たちに貸してもらえるかどうか…」
カラ~ン
おばあちゃん 「いいよ!甘兎を使いな!」
チノ 「えっ、大丈夫なんですか?」
おばあちゃん 「あたしだって千夜には早く戻ってきてほしいさ。
それに...
…あのジジイが、夢の中で、頭下げてきたのさ。」
チノ 「おじいちゃんが...?」
ティッピー 「な、なんのことかのう...」
ー「千夜のためだからなんておどしはせん
チノの、ともだちでもあるんじゃ。
どうか孫たちに、好きにさせてやろうじゃないか。」ー
ココア 「ありがとう、千夜ちゃんのおばあちゃん!
チノちゃん、リゼちゃん、やるよ!」
チノ 「はい!マヤさんとメグさんにも手伝ってもらいましょう!」
リゼ 「シャロを呼んでくる!待ってろよ千夜!」
―*―
リゼの家の一室で、千夜は震えるカップを押さえながら、ぼやいた。
千夜 「寂しいものね…」
カタカタという音は絶えず、家具はほとんどなく、ガラス窓は段ボールでふさがれ、シャンデリアのカバーも取り外されているー物を飛ばして割ってしまわないようにという配慮だとわかってはいても、わびしい雰囲気まではどうしようもない。
今だけは、迎えを待つお姫様になっても、許されるのでは?
そんなこともうすぼんやりと思っていたころ、ドタドタと、廊下を走る音が響いてきた。
バタン!
千夜 「シャロちゃん!?」
シャロ 「千夜、ついてきて。」
千夜 「え、ど、どこに?」
シャロ 「甘兎に帰るわよ!」
千夜 「でも、お店に迷惑が...」
シャロ 「いいから来なさい、千夜!」
シャロは、千夜の手を引き、走り出した。
通り過ぎる街並み。植木鉢や葉っぱが、カタカタサラサラと不平を告げる。
千夜 「はぁ、はぁ…」
甘兎庵の扉も、不安と緊張を反映してか、ガタガタと、外れそうなほど揺れていて。
瞳を揺らしながら、彼女はそっと、自分のお店の扉を開いた。
ー「「「「「「いらっしゃいませ!
千夜/千夜ちゃん/千夜先輩、誕生日おめでとう!!!!!!」」」」」」ー
ピシ?
静寂。
ストンと、千夜は座り込んだ。
一筋のしずくがこぼれて。
ココア 「ち、千夜ちゃん大丈夫!?」
ーひとりじゃ、なかった。
千夜 「ううん、ちがう、ちがうの。
私、うれしくって
ありがとう、ココアちゃん、シャロちゃん、チノちゃん、リゼちゃん、マヤちゃん、メグちゃん!」
―*―
咲太 「おかえりなさい、麻衣さん」
麻衣 「ただいま咲太。
そうそう、撮影、木組みの街だったの。」
咲太 「…宇治松さんの様子は?」
麻衣 「もう、大丈夫みたい。元気にしてたわ。
お土産いただいてきたから、のどかも呼んで、みんなで食べましょう。」
咲太 「『白亜の宝玉と擬態する毒玉(特別版)』?
ひとつ、いいですか?
…うっ」
楓 「ちょっと、お兄ちゃん大丈夫!?」
ー*―
千夜 「いらっしゃいませ~」
?? 「はじめまして、宇治松千夜さんですか?」
千夜 「ええ…
チノちゃんに声、似てる...?」
?? 「知り合いに教えてもらってきました。
牧之原、翔子って言います」
千夜 「翔子ちゃん、はじめまして。
ご注文は、どうする?
特別に、サービスしちゃう♪」
翔子 「じゃあ…
...そこのうさぎを、お願いします♪」
甘味処甘兎庵、今日も元気に、営業中です。
※チノの言う「世の中の不思議なこと」とは、もちろん頭の上のアンゴラウサギのことです。
※声優かぶりネタをどうしても入れたかったので最後にねじ込みました。後悔はしていない。