ごちうさ短編集 おつりをお忘れですか?   作:十二の子

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 どこぞでごちうさ×ガルパンのクロスオーバーを見てインスパイアされました、しかしガルパンもハイフリも知らない、それはおろか戦車も知らない。

 怪文書その2です。




2 ご注文は高速艇ですか?

―*―

 

水雷艇道(ぎょらいていみち)

 

小型高速艇(砲艇・魚雷艇等、40メートル以下ー100トン以下ー3インチ砲以下ー魚雷4以下-ミサイルなし)を駆り、運河・河川・沿岸で行う競技。ペイント弾を使い、チーム全艇が撃沈相当か乗員全滅相当と判定されたら負け。

 

フェアプレイの精神が重んじられる、海沿いの街のたしなみ。

 

ー*―

 

 それは、ある夏の夕方、ラビットハウスでのこと。

 

ココア 「そう言えば、今日学校で聞いたんだけど、今度リゼちゃんの高校と課外授業で試合するんだって!」

 

チノ 「まさか、水雷艇道、ですか?

 

   ココアさんも選手できるんです?」 

 

チノが、何かを察したような表情をする。

 

リゼ 「そうか、ココアたちの学校か…

 

   ココアたちが相手でも、容赦しないぞ!」

 

ココア 「そうだね!

 

    正々堂々、勝負だよ、リゼちゃん!」

 

チノ (...課外授業だからチーム戦だと思うんですがわかってるんでしょうか…)

 

 歴戦のライバルみたいな会話を交わす二人を見て、チノはため息をつきながらいらっしゃいませを告げた。

 

―*―

 

 それからしばらくして、シャロの家。

 

千夜 「そう言えば、ついに決着、つけられるのよね。」

 

 差し入れを持ってきた千夜は、感慨深そうにつぶやいた。

 

シャロ 「決着...?」

 

千夜 「ほら。

 

   小っちゃい頃、ふたりで、親水公園に水雷艇道の試合を見に行ったじゃない?」

 

ー「いつか、ちやちゃんとたたかったりするのかしら?」ー

 

ー「こーこーせーのおねーちゃんたち、たのしそーよ!わたしもいつかこーそくてーにのってみたい!」ー

 

ー「ちやがのってるの、そーぞーできないわ」ー

 

ー「のることになったら、しゃろちゃんだけにはまけないんだから!」ー

 

シャロ 「あー…

 

   …えっ、今度の課外授業って、千夜たちの高校となの!?」

 

千夜 「そう♪

 

   3校合同で、うち2校が私と、シャロちゃんの高校なの♪」

 

 

シャロ 「…こっちにはリゼ先輩だっているんだから。

 

    千夜には、負けないわよ!」

 

千夜 「私こそ!

 

   絶対、勝って見せるんだから!」

 

ー*―

 

 そして、課外授業の日がやってきたー課外授業とはいえ、20メートルを超える高速艇(ボート)が10隻近く沿岸や運河にひしめくから、学外も関わるそれなりに大きな行事である。

 

青山 「実況はわたくし青山ブルーマウンテンが、そして解説は香風タカヒロさんに」

 

 青空の下、良く凪いだ港のテントで、小説家の青山ブルーマウンテンがマイクを握り、元軍人のチノの父と共にカメラの前に座っている。それぞれの縁で学校に頼まれてやってきたようだ。

 

真手 「先生、大丈夫でしょうか…」

 

ティッピー 「まあ、なんとかなるじゃろう。」

 

 人と目を合わせたりするのが苦手な青山がカメラに映るのは大丈夫なのかと気をもむ担当編集の頭の上で、アンゴラウサギが鷹揚に構えていた。

 

 木組みの街の港の、出場校ごとに衝立で隠された中では、並んだ数隻の魚雷艇のうち小さいほうの1隻ー乙型魚雷艇の船橋で。

 

ココア 「千夜ちゃん、やるからには絶対、勝つよ!」

 

千夜「もちろんよ!」

 

 「ココア、千夜、始まるぞー」と声をかけられ、ココアは慌てて、発進のボタンに手を伸ばした。

 

―*―

 

リゼ 「ついてこいっ!突進だぁーっ!」

 

 3隻の80フィート型PTボートが、海を爆走する。チームリーダーとしてお嬢様高校の旗を掲げ先頭を奔るのはもちろん、リゼとシャロが率いる、37ミリ機関砲と40ミリ機関砲を搭載した重武装艇。

 

リゼ 「投下ぁっ!」

 

 2本の雷跡が伸び、その先にいた乙型魚雷艇は、一発撃沈判定をもらってはかなわんと旋回、雷跡と雷跡の間へ入る。

 

 ダダダ!

 

 横に旋回しT字位置を取ったリゼ艇から奔る2本の火線。

 

 あっという間に、ココアの高校の乙型魚雷艇が、紫の塗料で染められた。

 

無線(審判)「乙型3号、撃沈判定!」

 

シャロ 「リゼ先輩、3隻目ですよ!」

 

リゼ 「あと2隻だ!みんな気を引き締めていくぞ!」

 

 叫んだ、その瞬間だった。

 

 後ろから忍び寄った2本の雷跡が、リゼ艇の後ろ両側の1隻ずつと交錯した。

 

 水しぶきが上がり、後ろ半分が一気にオレンジの塗料で染まる。

 

無線(審判) 「PT2号、PT3号、撃沈判定!」

 

シャロ 「ウソでしょっ!」

 

リゼ 「あれは、ココアと千夜!?

 

   シャロ、再装填される前に勝ちに行くぞ!」

 

シャロ 「…」

 

リゼ 「…どうした?シャロ」

 

シャロ 「いえ、なんでもないです。

 

    行きましょうリゼ先輩!」

 

―*―

 

青山 「猛追するリゼ艇から、逃げるココア艇!

 

   両者、距離を保ち、時に撃ち合いながらも無傷で波を切り続けています!

 

   タカヒロさん、この状況、どう見ますか?」

 

タカヒロ 「うん。

 

     リゼくんのPTボートは、火力も雷装も、ココアくんの乙型より優れているはずだ。それに本来は、乙型魚雷艇はそんなに速くない。

 

     きっと、リゼくんたちに負けないように、いろいろ工夫したんだろうね。」

 

青山 「お互いの努力の上で、付かず離れずの関係が保たれているんですね。素敵です♪

 

   おっと、そうこうしてるうちに、運河で動きがあったようですよ?」

 

―*―

 

無線(委員長) 「助けてくれっ!」

 

ココア 「委員長!?」

 

無線(審判) 「フェアマイルD型、航行不能、索敵不能、戦闘不能判定!」

 

千夜 「委員長さんたちのフネよね!?どうしたのかしら…」

 

ココア 「とにかく、急ごう!

 

    運河の方だったよね!」

 

リゼ 「あれ?なんかココアたち、様子おかしいな…」

 

シャロ 「運河の方に...

 

    …行ってみましょう!」

 

リゼ  「ああ!」

 

ー*―

 

 川の際、岸壁で、水色の巨大な模様をくっきり付けられた魚雷艇が、エンジンを止め、波に揺られていた。

 

ココア 「委員長、何があったの!?」

 

委員長 「それが...

 

    …突然、出会い頭に、撃たれたんだ。

 

    戦車に。」

 

千夜 「せ、戦車...?」

 

 接舷して船橋の窓を開けて喋りあっていた彼女らは、ふと、首を傾げたー

 

ーヘンな、匂いがする。

 

千夜 「リゼちゃんっぽい硝煙の匂い?

 

   ってことは、リゼちゃんたちの残り1隻かしら…?」

 

ココア 「くんくん...

 

    …でも、混じって、コーヒーの...」

 

 そこで、2人が顔を見合わせー

 

ココア・千夜 「「チノちゃん!?」」

 

 ー叫ぶと同時に、ココア艇の真横に、背丈ほどもある水色の水柱が立ち上がった。

 

ー*―

 

チノ 「あーもう、なにやってんですか…」

 

マヤ 「当たると思ったのになー」

 

メグ 「外しちゃったねー」

 

のんきな会話とは裏腹に、砲弾が次々と水面へ放り込まれ、水色の塗料で染め上げていく。

 

青山 「タカヒロさん、突然現れたあれは、戦車...でしょうか?」

 

タカヒロ 「ふむ。

 

     チノたちの砲艇は、プローイェクト1124型河川装甲艇だね。

 

     一撃判定の魚雷こそ搭載してはいないけれど、圧倒的な火力の76mm戦車砲塔と、8連装のカチューシャロケットを搭載した強力な高速艇だ。」

 

青山 「1隻で圧勝できてしまうかもしれない、ということですね…」

 

タカヒロ 「逆に、ココアくんたちのチームやリゼくんたちのチームにとってみれば、チノたちの中学のチームがアレ1隻しか投入できなかったのが救いかもしれないね。

 

     それにチノたちは、フェアマイル魚雷艇のピンチを助けに来るココアくんたちの乙型魚雷艇をよく狙って一発で倒すために待ち伏せていたはずだ。

 

     1124型はそんなに速くないから…」

 

青山 「貴重なチャンスを逃したから、仕切り直し...でしょうか?」

 

ー*―

 

リゼ父 「タカヒロ、さすがの解説だな…」

 

    (チノたちは、波に揺られて狙いが付けられない沿岸ではなく、穏やかでなおかつスピード勝負になりにくい運河で勝負するために、自分のフィールドへ相手を誘い込んだ。

 

     リゼ、お前ももう、勝負にのってしまった。

 

     どうする?リゼ。)

 

ー*―

 

リゼ 「んっ!?

 

   反転、主舵一杯だ!逃げろ!」

 

後輩1 「無理ですリゼ先輩!川幅が!旋回しないと!」

 

リゼ 「…じゃあバックで!急がないと!」

 

 さながら徐行運転のようにそろりそろりと進むリゼとシャロのPTボート。PTとフェアマイルはもともと幅6メートルを越え、4メートルちょいの乙型や1124型に比べて運河では身動きが取れないのだ。その状態で、いったんスピードが0になり、それから少しずつ、後進をかけると、それなりに時間がかかってしまう。

 

船首の向こうの運河の交差点を見てあわあわと震えるリゼを見て、らしくなさすぎるとシャロが声を掛けようとする。

 

シャロ 「リゼ先輩、なんか、来るんで、す、か…」

 

 舳先が見え。

 

 校旗が見え。

 

 圧倒的な強者オーラを持つ砲身が、こちらを向いていた。

 

リゼ 「はっ...

 

   …逃げられない!?

 

   シャロ、撃つぞ!」

 

シャロ 「はっ、はい!

 

    後ろお願い!」

 

後輩2 「シャロさん!後部砲塔、船橋が邪魔で撃てませんわ!」

 

 してやられたと、リゼ艇の面々は唇をかみながら。

 

 船橋前の37mm機関砲と、船橋上の20mm4連装機銃がうなり、ペイント弾を吐き出していくーが、1124型装甲艇には、わずかずつ紫の染みが付くだけだ。

 

リゼ 「装甲...!」

 

 鈍足な1124型河川装甲艇は、その分、対戦車装甲を備えている。しかもたかが中学と言うことか、競技用なのに競技用軽装甲化を施しておらず、そしてペイント弾の相手装甲判定機能は無情なまでにおりこうさんだった。

 

シャロ 「ま、まずいわよ…魚雷はまだだし、あわわ...」

 

今この瞬間も少しずつ後退速度は上がっているが、しかし、後ろに見える曲がり角で旋回して死角に入るまではまだしばらくかかりそうだ。とても、狙いを定めようと上下に動いている76mm戦車砲身より速いわけがない。

 

リゼ (あきらめるわけには...

 

   …信じて、まぐれに賭けるしかないのか!)

 

   「全員しゃがめっ!」

 

 塗料が付かなければ、乗員戦闘不能判定には絶対にならない。撃たれることを前提にするなら、何もかも捨てて塗料が付かないようにし、退場判定者を出さないことで戦闘力の維持を図ったほうがいい。

 

 ーでも、そもそも低防御なのに、Tー34中戦車の戦車砲から至近距離で撃たれて、耐えられる魚雷艇なんてー

 

 ドドン!!

 

 砲声に、思わず耳をふさいで。

 

 そしてリゼとシャロは、聞こえずとも、その雄姿をはっきりと認めた。

 

ユラ 「来たよ~!」

 

 マズルフラッシュを覆い隠すように、裏路地のような細い運河から、高速砲艇「カロ艇」が突如どこか物悲しい船影を飛び出させ。

 

ユラ 「シャロちゃん、受け取って!」

 

 船首20mm機関砲砲手席に座っていたユラが、何かを投げたその直後。

 

 水色の爆発により一瞬に染め上げられ、カロ砲艇はズブンと着水、水しぶきを盛大に上げた。

 

無線(審判) 「カロ艇、撃沈判定!

 

       周囲の選手は、カロ艇の退場に協力...

 

       …いえ、続行してください!」

 

リゼ 「なっ!?」

 

 審判仕切り直しが行われない理由を、リゼはカロ砲艇越しに1124型を見て、瞬時に悟った。

 

 76mm戦車砲は、カロ砲艇が邪魔でリゼたちのPTボートを狙えない。しかし、今まさに斜めに持ち上がり始めたカチューシャロケットなら、カロ砲艇を飛び越してリゼたちの上に塗料の雨を降らせることができる!

 

リゼ 「対空戦闘用意!」

 

 当たり前だが、水雷艇道において対空戦闘などめったになされない。リゼたちのお嬢様高校が重武装嗜好だから残していただけで、普通は軽量化のために対空機銃を下ろしてしまうくらいなのだ。突然言われても、あたふたするしかなかった。

 

 ヒューーーーーーーッ!!!!!!!!

 

 性質上仕方がないがひょろひょろとした軌道で殺到するカチューシャペイントロケット弾。

 

 ガガガガガガ!

 

 あまりうまく狙えているようには見えないが、空へとほとばしる20mm・12,7mm機銃ペイント弾の6筋の火線。

 

 交差して、いくつかの水色の花が、青空に溶けていくーが、1つ、たった1つ、逸れることもなく、迎撃されることもなく、向かってくるロケットがある!

 

シャロ 「え、えっと、どうすれば…!?」

 

 そこで初めて、シャロは、吹き矢部部長から受け取って握りしめた何かを見つめた。

 

シャロ 「吹き矢!?」

 

    (これで...

 

    …できるの!?

 

    …いいえ、やるしかないわ!)

 

 リゼの方を見るー目くばせ。

 

 迷いを振り払い、吹き矢を、加える。

 

 チャンスは、一度だけ。

 

 ープッ!ー

 

 ーサッー

 

 鮮やかな水色の大輪の花を見上げながら、PTボートはバックで曲がり角に入り、どこかへ去っていった...

 

―*―

 

チノ 「ココアさん。

 

   ずっと前から、勝負は始まっていたんです。

 

   決着、付けましょう。」

 

ココア 「勝つよ。だって、おねえちゃんだから。」

 

 お互いの顔は見えないのに、心は通じていた。

 

 カチューシャロケットは再装填が間に合わないので、76mm戦車砲を撃ちかけるチマメの1124型河川装甲艇。

 

 魚雷の再装填こそ終わったが、前にしか雷撃できないので追われる立場では一撃の魚雷を放つことができず、しかし千夜の操舵によって神がかり的なまでにのらりくらりと砲撃をかわし続ける乙型魚雷艇。

 

 ーけれど、いくら小回りが利く乙型と言えども、仕掛けられなければじり貧で。

 

 唯一の銃砲である20mmは、後には撃てないし、そもそも撃っても装甲的に無意味。

 

 それでも、負けられない、だって、姉だから。

 

ココア 「千夜ちゃん!楽しいね!」

 

千夜 「ええ!とっても!」

 

 7人しかいない乙型は、異様な高揚感に包まれていた。

 

 ぐいぐい、2隻は追い追われ、街中を爽やかな風をきり進んでいく。

 

 町の人たちの声援が時折聞こえる中。

 

 ぎゅっと、乙型が曲がり角を曲がった。

 

チノ 「ここで追いつけなかったら、逃げられてしまいます!」

 

マヤ 「最大スピードだいっくぞーっ!」

 

 誰かがエンジン大丈夫かと呟いたのも気にせず、1124型は曲がり角を旋回し。

 

 ーそして、そこで、思わずチマメは呆然とした。

 

ー*―

 

千夜 「委員長!?どうして...

 

   だって、動けないし捜せないって…」

 

 幽霊を見るような目で、千夜は目を見開き。

 

委員長 「うん。

 

    だから、手漕ぎで、助けに来たよ。どこに行けばいいのか占ってもらってね!」

 

 オールを掲げる委員長の傍らで、水晶玉片手に同級生がウィンク。

 

ココア 「さすが委員長!」

 

委員長 「通せんぼしかできないし、時間稼ぎにしかならない!だから!」

 

ココア 「もちろん!委員長の頑張り、無駄にしないよ!」

 

千夜 「思いは、確かに受け取ったわ!」

 

 乙型魚雷艇が去っていったその直後、漕ぎ続けでさすがに疲れ果てた委員長たちを乗せるフェアマイルD型魚雷艇の目の前に、チマメの1124型河川装甲艇は、現れたのだった。

 

―*―

 

チノ 「もう何もできないと思って撃沈判定にせず放置してきたのがたたりましたね…」

 

 責められることではない。ペイント弾を使うので実害が出ない以上復旧の概念がない水雷艇道において、判定は覆らないから、戦闘不能なら戦闘不能のまま、行動不能なら行動不能のまま、索敵不能なら索敵不能のまま、攻撃もできずエンジンも停止させてレーダーも電源を落とさなければならないのだ。そんなの、存在しないに等しい。

 

 ーただ、あの文化祭で培ったココアのクラスの結束は、浮力と動摩擦でだいぶラクとはいえ総排水量72トンもあるフェアマイルD型を、オールによる手漕ぎで数十メートル、占いを信じて動かすことができた、それだけの話だった。

 

メグ 「どうする?倒しちゃう?」

 

チノ 「いいえ、完全にバテてますし、今のうちに下がってカチューシャの再装填をしましょう。」

 

マヤ 「あいあいさー!

 

   バックするよー!」

 

 スルスル、岸壁に擦らないようにそっと後退する1124型河川装甲艇。

 

 カツン!

 

 衝撃とともに、その船尾から、けたたましい音が鳴り響いた。

 

メグ 「な、なに!?なにかな!?」

 

 振り向いて。

 

リゼ 「チマメ、教官と勝負だ!」

 

 チマメは、硬直した。

 

―*―

 

お嬢様たち 「「「「「きゃーっ!

 

      リゼさん/先輩の、接舷攻撃ですわ!!」」」」」」

 

 中継のモニターの前では、黄色い歓声が上がっている。

 

青山 「なんと、古き海賊のように、ぶつけて直接乗り込むなんて!」

 

タカヒロ 「ルール上可能だが…1キロを超える砲雷撃戦も頻繁にある水雷艇道で、踊りこむなんて…びっくりだ…」

 

 港のカメラの前では、青山ブルーマウンテンと香風タカヒロが、思わず身を乗り出す。

 

リゼ父 「リゼ...

 

    …成長したな…」

 

 屋敷の屋上から望遠鏡で観戦していた父親は、拍手を打ち鳴らした。

 

―*―

 

 モデルガンから吐き出されるゴム弾が命中するたび、ドローンから「○○戦闘不能、退場!」と審判の声が降る。

 

 瞬く間に、甲板の中学生たちは全員ゼッケンを脱ぎ捨てることを余儀なくされた―たった一人を除き。

 

マヤ 「リゼ...」

 

リゼ 「マヤ...」

 

 「「勝負っ!!」」

 

 装甲判定など関係ないので、相手乗員の戦闘不能判定は、「相手を傷つけない銃っぽいもの」なら何でも取れるー極論、水鉄砲でも。

 

 船橋を間にして、リゼとマヤは、何度もグルグルと船橋を回りながら、時にゴム弾と水弾をかわしあった。

 

リゼ 「マヤ、強いな...!」

 

マヤ 「うれしいなっ!」

 

 でも、チノはそんな状況を良しとしなかったー

 

 ー何しろ、フェアマイルD型の向こうから、引き返してきたらしい乙型魚雷艇が近づいてくるー

 

 ーそれも、今度こそは船尾ではなく、雷撃を行える船首を向けて。

 

チノ 「メグさん、機銃をお願いします!」

 

メグ 「まかせて~!」

 

 船橋の上の12,7ミリDShk連装機銃砲塔が、ヌルヌルと旋回し、砲身を限界まで下げて、ペイント弾の雨を降らせる。

 

 まずはリゼに続いて乗り込みを仕掛けようとしていたシャロの同級生たちが、PTボートの舳先ごと水色に染められ、数秒で全員退場を命じられて。

 

 そして、弾幕は、自艇の甲板、リゼがいるあたりへ...

 

リゼ 「おいおいっ…!」

 

 あわてて船橋の壁にぴったり背中を付け、目の前を簾のように降り注ぐ銃撃を避けるーが、身動きが自由に取れないのでは、さすがにリゼと言えどもマヤに勝つのは...

 

リゼ (あっ)

 

 それは、清々し過ぎる、そしてとっても危険な思い付きで。

 

リゼ (でも。

 

   シャロ、千夜と戦いたがってた。それも、きっと、完璧にフェアな、真剣勝負を。)

 

 水雷艇道は、疾走して撃ち合う高速艇が美しくかっこいいだけではない。

 

 フェアプレイで、思いをかわしあうからこそ、なのだ。

 

リゼ (ふっ...

 

   …悪くない、かな…)

 

 両手を掲げ。

 

リゼ 「ココアァーー!

 

   千夜ぁーーーっ!!

 

   今だ、撃てーーーーっ!!!」

 

チマメ 「「「えっ!?」」」

 

シャロ 「リゼせんぱーーーいっ!」

 

リゼ 「シャロ、千夜とちゃんとフェアに戦いたかったんだろ?

 

   だから、再装填が終わる前に追い詰めようって言った時、すぐに返事しなかったんだ。」

 

シャロ 「リゼ、しぇんぱい...」

 

涙声が、少しずつ遠ざかり。

 

リゼ 「だから。

 

   撃てーーっ!!!

 

   私ごと、雷撃しろぉぉーーーーっっ!!!!!」

 

 ー叫びは、届いた。

 

マヤ 「ヤバいヤバいヤバいぃ!」

 

 乙型魚雷艇の右わきから、一筋の泡の線が伸びて、フェアマイルD型の下に消え。

 

メグ 「はわわ~!」

 

 フェアマイルD型の下をくぐり現れた雷跡は、チマメ艇の舳先に達し。

 

チノ 「そんな…っ!」

 

ザッパ―――ンッッ!!

 

 オレンジ色の水柱が、リゼごと、1124型河川装甲艇を包み込んだ。

 

ー*―

 

 真オレンジの装甲艇が、リゼやお嬢様高校で戦闘不能判定を受けたチームメイトを甲板に乗せ、邪魔にならないように去っていく。

 

 向かい合った舳先の前に、千夜とシャロは、立っていた。

 

千夜 「あの日、言ったわよね。

 

   『シャロちゃんにだけは、負けない』って。」

 

シャロ 「私だって。

 

    千夜との勝負は、リゼ先輩に託されたものでもあるんだから。

 

    最後まで、戦い抜いて、勝つわ!」

 

 そして、呼吸を合わせて。

 

千夜・シャロ「「あの日の、公園で!!」」

 

 いつか2人で水雷艇に見とれたあの親水公園で、幼馴染の、決着を。

 

―*―

 

 親水公園は、水雷艇道の大会以外でも、遊覧船なんかにも使われる公園だ。

 

 2本の運河が1キロ以上にわたって挟む数十メートル幅の細長い平坦な敷地に、木がところどころに植えてあって、ところどころ橋で両岸とつながっている。

 

 その橋をくぐり、岸壁にぶつからないように10ノットほどの低速で慎重に徐行しながら、並走する2隻は親水公園を挟み撃ち合った。

 

 シャロのPTボートの37mm機関砲と40mm機関砲、20mm4連装機銃は確かに苛烈な弾幕を降らせる。

 

 でも、千夜は左右に蛇行させて、致命的な命中を天性の勘で回避していった。なかなか紫は増えない。

 

 逆に、ココアの操る20mm機銃は、なんとしたことか着実に命中のオレンジを刻んでいく。

 

 それぞれ一歩も引かずに互いの色で染めあって。

 

 気付けば、ペイント弾幕の中で、戦闘不能判定でゼッケンを脱いでいない者は、ココア、千夜、シャロだけとなっていた。

 

 まだまだ。

 

 不利でも、巻き返せる。

 

 そう、ココアたちが思った、その時。

 

 べチャッ!

 

ココア 「…えへへ」

 

無線(審判) 「乙型1番20mm機銃戦闘不能判定!ココア選手戦闘不能判定!

 

       射撃を停止し、ゼッケンを脱いでください!」

 

 露天の手動砲であって自動砲塔でも何でもない以上、操縦と射撃の両立は、もうできない(シャロのPTボートの場合、船橋の上の20mm4連装機銃「サンダーボルト」が動力砲架であるためそれを使って砲撃できるーもちろん火力は大幅に低下している)。

 

 間に陸地である親水公園があるから、魚雷攻撃もしようがない。

 

 ー千夜、絶体絶命の、詰みだったー

 

―*―

 

無線(審判) 「千夜選手、降参しますか?」

 

千夜 「…いいえ。

 

   最後まで、戦うわ!」

 

無線(審判) 「しかし…

 

       …わかりました。」

 

シャロ 「千夜...」

 

 一方的に弾幕を浴びせるのは忍びないけれど、いちおう、千夜艇は絶妙な操舵のおかげであまり命中してはいないから、弾幕の雨を後500メートル=2分弱すり抜けて街中に入り、雷撃するという手はあるのだ。

 

 でも、約2000発を避けきるなんて、そんな勝機は、もはや勝機でもなんでもない。

 

 それでも、シャロは止めない。

 

 充分に準備して、対等な場所で、同じ地平、高みに立ち。

 

 紫色の彩りが、徐々に、どんどん、スキマを埋めるように増えていく。

 

千夜 「シャロちゃん...」

 

シャロ 「千夜...

 

    …ありがと。」

 

千夜 「ううん、こちらこそ。

 

   ありがとう、シャロちゃん♪」

 

シャロ 「え?」

 

 ーザッパ――――ン!!!ー

 

―*―

 

 夜。

 

 甘味処甘兎庵にて。

 

チノ・リゼ・マヤ・メグ 「「「「おめでとう!」」」」

 

シャロ 「おめでとう、千夜、ココア。」

 

ココア 「千夜ちゃん、勝てたね!

 

    ってあれ、千夜ちゃん!?」

 

 千夜が、へなへなと背もたれにもたれかかる。

 

千夜 「勝てたんだ...って、思ったら、気が抜けちゃって...」

 

ココア 「へへ...実は私も、力、入んないや...」

 

千夜おばあちゃん 「ほれ、今日はみんなよく頑張ったね。受け取りな。」

 

 置かれたお茶と饅頭に、各々手を伸ばし。

 

 話は自然と、最後の一撃についてへと移っていった。

 

シャロ 「にしても千夜。

 

    アンタよく、あの親水公園の下、あんなところに暗渠があるって知ってたわね。」

 

リゼ 「てっきり、あれで負けかと思ったぞ。」

 

ココア 「うんうん。

 

    見てたけど、なんでこっそり魚雷落としたのかなって思ったら、岸壁の奥にすーっと消えてくんだもん!驚きだよ千夜ちゃん!」

 

チノ 「すごかったです…」

 

マヤ 「もしかして魔法!?」

 

メグ 「千夜さん、魔女だったの?」

 

千夜 「ありがとう♪

 

   でも、ずっと前から、知ってたの♪」

 

シャロ 「…勝負の、ため?」

 

千夜 「いいえ。

 

   もし甘兎庵をもっとお客さんが来てくれるように移転するのなら、どこがいいのかなって、街の作りを調べたことがあったから。」

 

 そして、千夜は、微笑んだ。

 

千夜 「でもやっぱり。

 

   みんなが笑顔で来てくれるこの場所が、一番ね~♪」




ココ千夜高校チーム

 フェアマイルD型(フラッグシップ、委員長)1
35m×6,5m(72トン)、57mm砲2、魚雷4,30ノット?小回り悪い。

 乙型魚雷艇4
18m×4,3m(24トン)、20mm砲1、魚雷2,30ノット?

リゼシャロ高校チーム
 
 PTボート4
24m×6,3m(51トン)、37mm砲1,(リゼシャロのフラッグシップのみ)40mm砲1、20mm4連装機銃1,魚雷4(フラッグシップのみ2)、40ノット?海用でシンプルに強いけど維持費高い

 カロ装甲艇1
18m×4,3m(18トン)、20mm砲2、37ノット?河川運河用

チマメ中学チーム

 プロイェークト1124型河川装甲艇1
25m×4m(50トン)、76mm戦車砲塔1,カチューシャ8連装ロケット1,20ノット?強い、とろい。

※簡易版カタログスペックであることに注意。

結果:乙型魚雷艇1生存判定、フェアマイルD型魚雷艇1戦闘不能生存判定。よってココ千夜高校チームの勝利。MVP賞:宇治松千夜選手。

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