レヴィア・クエスト! ~美少女パパと最強娘~   作:ちりひと

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114. クーデター

 迷宮図書館? 図書館というのは分かるが、迷宮とはどういうことだろうか。

 

 純花が首を傾げていると、その疑問を察したらしい京子が口を開く。

 

「元々この都市が遺跡だったってのは知ってはる? 図書館はその中心部で、大部分がそのまま使われとるんよ。で、その遺跡が迷路みたいに入り組んどるから“迷宮図書館”って風に呼ばれとる訳や」

「成程」

 

 遺跡をそのまま図書館に。何でそんな真似をしたのかは分からないが、とりあえず迷宮の意味は分かった。

 

 そして迷宮図書館とやらはこの都市……いや、西大陸最大の図書館で、古今東西ありとあらゆる書物が収集され、貯蔵されているのだとか。つまりは国会図書館的な場所なのだろうか。

 

 そこを開放し、学びを求める者が入れるようにするというのがクーデターを行った者の要求。正直、何が悪いのか分からない。いや、学園の一部を乗っ取ったというのは物騒だが、要求自体はまっとうに思える。むしろ学生なのに図書館に入れない理由が分からない。

 

「そのくらいしてあげたら? そんなに抵抗する事でもないような」 

「とんでもない! 図書館の中は希少な書物ばかり! 破られたり盗まれたりでもしたら目も当てられません!」

「左用。そもそも知恵なき者にとっては猫に小判、豚に真珠というもの。理解できるはずがない」

「然り然り」

 

 だが、金の賢者、鉄の賢者、命の賢者と名乗った老人たちが強く否定してくる。

 

 日本人である純花にとって図書館とはフリースペース。誰でも入れるという認識が強いが、こちらの者にとってはそうではないらしい。確かに言っている事は納得できる。日本という豊かな場所だからこそ盗む者はいないが、場所が違えばそうではないのだろう。

 

 ただ、それだけではない気がする。彼らの発言からはどうも他者を見下しているような感じがあった。魔法都市のトップ、賢者としての自負がそうさせるのだろうか? まあ他者を見下す者なんて星爛学園でもありふれていたが。隣にいる京子含めて。

 

「単純に危険という事もあります。迷宮は地下に広がっているのですが、未だに把握できていない程広い。安全が確保できていない場所では魔物も出ますし、道を外れれば死は免れない」

「加えて蔵書の内容も問題なのだ。遺物関連の書物は素晴らしく有用だが、有用なだけに悪用されては目も当てられん。倫理なき者に公開するわけにはいかぬのだよ」

 

 アスター及び剣の賢者が補足する。確かに古代帝国関連は物騒な物が多い。ルゾルダやらキメラやら、普通の者では対処不可能な兵器が満載だ。下手に開示すべきでないというのも理解できる。

 

「故に奴らの要求を呑むわけにはいかない。一刻も早く鎮圧する必要がある。だからこそ勇者殿にご助力を願いないかと思い、お招きしたのです」

「勇者様方は複数のレアスキルをお持ちとか。北の魔王を倒すために女神様より与えられた力。どうか我々と共にその力を振るっていただけないでしょうか」

「無論、我々も兵を出します。この都市には魔法師団という精鋭部隊がおりましてな。共に戦えば奴らなどひとひねりでしょう」

 

 賢者たちの要請。彼らの言葉に少しだけ嫌な雰囲気を感じる純花。何というか……緊急事態にしては余裕が見えるのだ。焦っている様子が見えない。

 

「どうする? 木原さん。賢者の方々には世話になっとるし、うちとしては協力してあげよ思うとるんやけど……」

 

 京子の問いに、純花は考え始める。

 

 違和感は置いておくとして、迷宮図書館を管理している彼らである。ここは協力して恩を売るべきだろう。加えて安全の確保という意味でもこの事態は好ましくないのだから。

 

 故に純花は「分かった。協力する」と答えた。その答えに「おお! ありがたい!」「流石は勇者様」などなど賢者たちが口々に称えてくる。

 

「まあ、本が取られちゃったら私も困るしね。タイミング的に赤の爪牙が関わってそうだし、早く対処した方がよさそう」

「赤の爪牙?」

 

 ぼそりと口に出すと、京子が再び問いかけてきた。

 

 純花は説明する。この旅の中、何度もはちあった赤の爪牙という存在を。社会を混乱させ、人間の戦力低下を狙っている集団の事を。

 

「むう、そんな存在が……」

「学生らも騙されているのやもしれんな。知を求める者が、何と愚かな……」

 

 賢者たちは腕を組み、悩んだり憤ったりとする。どうやら気づいていなかったらしい。確かに、これまでも赤の爪牙が為政者に補足されている事はなかった。間抜けなイメージもあるが、少なくとも隠ぺい技術は優れているのだろう。

 

「だとしたら大変やな。図書館が解放されてもうたら書物は間違いなく魔王のとこへ行く。現状でも北三国は苦労してはるみたいやけど、下手したらもっと大変なことになるかも……」

 

 京子の懸念。確かにその通りだ。それに、帰還に関する書物まで盗まれてしまう可能性がある。ゆえに図書館だけは絶対に守らねばと純花は思った。

 

「そういえば図書館は大丈夫なの? 学園の一部が占拠されちゃったって聞いたけど」

 

 その問いを口にすると、アスターは余裕そうに言う。

 

「大丈夫です。図書館はこの都市……いえ、この世界全体でも大変重要なものですから。魔法師団の半数を派遣し、守らせております」

「そっか。よかった」

「仮に占拠されたとしても大丈夫でしょう。地上の建物にはそれほど貴重な物はありませんし、重要な書物は地下の迷宮の奥深くにあります。そしてそこには司書の案内なしにはたどり着けない」

「司書?」

 

 純花は首をかしげた。確か、昨日も聞いた単語だった。

 

「迷宮図書館の目録と地図を全て把握している者の事です。迷宮は広い。彼らの案内なしには本一つ探すにも苦労するでしょう。そしてその資格はごく一部の者にしか与えられていないのですよ」

「へぇ」

 

 遺跡を利用した迷宮図書館。何故わざわざそんな真似をするのかと思ったが、セキュリティ的な意味だったようだ。求める書物の場所、そしてそこまでの道筋。二つを秘匿知識とすることで、不正な侵入者が簡単にものを持ち出せないよう工夫しているらしい。

 

「迷宮と司書。その両方を確保しなければ奴らは目的を達せられない。だが、彼らがこのまま何もしない訳がない。その前に勇者様たちに――」

 

 

 

「ハァーッハッハ! 甘い! 甘いぞアスター!!」

 

 

 

 バァン! という音と共に響いてきた声。純花はビクリとしながらも声の方向を見ると、開いた窓のフチに腕を組んだ男が立っていた。逆立つオレンジ色の髪、額にハチマキ、強い意志を感じさせる瞳、学ラン風の学生服。

 

「なっ! ヴォ、ヴォルフ!」

「馬鹿な!」

「ここは十階だぞ!」

 

 焦った姿を見せる賢者たち。彼らに対し、ヴォルフという男はビシッ! と指を突き付けた。

 

「人々の学びを邪魔する、おごり高ぶった賢者たちめ! 貴様らのような奴らに学園は任せておけん! このヴォルフ・レッドエースが成敗してくれる!」

「レッド?」

 

 レッド。つまり赤。もしや赤の爪牙の……。

 

 ……いや、無いだろう。特殊部隊とか言っていたし、そんな阿呆な真似をするはずがない。わざわざ来て名乗るなんて目立つような真似もだ。そもそもレッド=赤という意味とは限らないのだから。

 

「ゆ、勇者様! アレがこの騒ぎの首謀者です!」

「ッ!」

 

 アスターが叫んだ瞬間、美久が懐からナイフのようなものを放つ。同時に隣にいた京子も符を取り出し、発動させた。レヴィアを拘束した魔道具のようだった。

 

「フッ。とおっ!」

「なっ!?」

 

 しかしその攻撃は当たる事はなかった。ヴォルフは自ら窓から飛び降りたのだ。

 

 もしや自殺したのかと思い窓の方へ行く賢者たちだが、次の瞬間、轟音と共にものすごい風が吹き荒れた。同時に現れたのは――翼をもつ巨大な人型の飛行物体。

 

「馬鹿な! 飛行型ルゾルダだと!? 何故貴様が!」

『フッ! 我らが同士、フレッドが与えてくれたのだ! 貴様らを倒す為にな!』

 

 ありえないといった雰囲気で賢者が叫ぶと、巨体から声が鳴り響いた。どうやらアレに乗っているらしい。

 

 彼の答えに「馬鹿な!」「フレッド君が裏切ったというのか!」などと驚く賢者たち。どうやらこちらにとって都合の悪い人物が向こうについたようだ。

 

「フレッド……確か、エイベル教授の助手にそんな名前の人がおったはず。だとすると、教授も……!」

『ハーッハッハッハ! そうだ! 既にエイベル教授はこちらの手にある! 司書の資格を持つ彼がな! そしてルゾルダの力があれば迷宮図書館……いや、学園のすべてが我らの手に落ちるだろう! しかし! 我々の目的はあくまで学びの自由! 魔法都市の改革! 貴様らが心を改めるのならば――』

 

 気分良さそうに喋るヴォルフだが、そこで純花が飛び出す。窓からジャンプし、ルゾルダに向かい蹴りを放った。ものすごい轟音が鳴り、ルゾルダは煙を吹きながら墜落していく。

 

『馬鹿なっ!? うおおおおっ!!』

 

 そんな声を響かせながら。

 

「あっ、やば」

 

 地面がない。そのことに気づいた純花は少しだけ焦る。蹴った後の事を考えてなかった。

 

 自由落下し始める純花だが、何かに捕まれて静止。見れば、半透明の腕のようなものが自らを掴んでおり、部屋の中へと引き戻されてゆく。その腕の発生源は京子の前の空間にある五芒星。

 

「き、木原さん。無茶しすぎや。後先考えな」

「う、うん。ありがと」

 

 引きつった顔の京子へ礼を言う純花。

 

 これが京子のレアスキルだろうか? 確か六、七個は持っているという話だったので、言語理解を除いても五個はある。昨日の金縛り的な力といい、色々と便利そうだ。少しだけ羨ましく感じる。

 

 そして一連の出来事を見ていた賢者たち。誰もが信じられないという顔をしていた。あの巨兵を一撃で沈めたのだ。当然の反応と言えよう。

 

「お、おお……。す、素晴らしい! まさか一瞬で解決してしまわれるとは!」

 

 いち早く正気に戻ったアスターが褒め称えてくる。すると他の面々も「流石は勇者様ですな!」「神に選ばれただけの事はある!」などと口々に賞賛し始めた。因みに残る美久であるが、彼女は何故かものすごく顔を引きつらせている。自らのお腹をナデナデし、「ば、爆散しなくてよかった……!」などと呟きながら。

 

「首謀者がいなくなった以上、騒ぎの終結も時間の問題でしょう。勇者様、あとは我々にお任せを」

「関わった者は全員退学じゃな。知性のかけらもない行いどころか、最近は妙なものを学びたがる者もいる。魔法学園の学徒としてふさわしくない」

「いやいや、流石に全員はアレだろう。学園の歳入が減りすぎるし、そちらも考慮してだな」

 

 一通り賞賛し終えた後、早々と今後の事を話し合い始める賢者たち。先ほどと同じく特権階級的なモノが感じられるが、純花にとってはどうでもいい。帰還手段が手に入るのであれば。

 

 

 

『さて、それはどうでしょう』

 

 

 

 が、再び知らない声が聞こえた。部屋にある大型のディスプレイ。そこに学ラン姿の男子生徒が映し出されたのだ。

 

 金髪に眼鏡と、クールそうな見た目。どこか見覚えがある男だった。確か、昨日ルゾルダの件でエイベルを説教していた人物だ。恰好はヴォルフとやらと同じ学ラン姿をしているが……クーデターらの制服なのだろうか?

 

「フレッド君。君かね。ルゾルダのテストパイロットの一人」

「愚かな。このような騒ぎに乗ってしまうなど」

「残念ながら首謀者のヴォルフはもうおらんよ。投降したまえ」

 

 賢者たちのあざけるような、嘆くような声。しかしフレッドとやらはくすりと笑うだけだ。

 

『確かに驚きましたが、あの程度で連合長は死にませんよ。そして連合長がいなくなろうが、俺たちの意思は(つい)えません。学びの自由が得られるまでは』

「何ッ!」

『さあ、皆! 要求は却下されてしまった! いまこそ開戦の時! 共に学びの自由を勝ち取ろう!』

 

 彼がそう言うと、外から地響きがし、爆発音が轟いた。その方向を確認すべく窓へと押し寄せた賢者たちが見たものは――

 

「ああっ! 図書館が!」

 

 彼らの一人が悲鳴のような声をあげた。

 

 遠くに見える煙を上げた建物。あれが迷宮図書館らしい。恐らくはクーデターを起こした者たちと、魔法師団とやらが戦っているのだろう。

 

「ゆ、勇者様! どうかご助力を! このままでは図書館が占拠されてしまう!」

『もう遅い。ルゾルダの前では魔法師団など相手にならない。俺たちは地下へと行かせていただきましょう。では』

「ま、待て!」

 

 プツン、と映像が切れる。

 

 あまりにも電撃的に行われた行動。その結果に、茫然とする賢者たちであった。

 

 


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