One Man Army/ワンマンアーミー   作:夕叢白

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幕間 思い浮かべるはあの時

「─────♪」

 

黒色のリムジン、その車内で軽快な鼻歌が奏でられている。演奏者は後部座席に腰を下ろす一人の少女、アデラ・ベル・ダウズウェル。彼女はつい先程、ニューヨーク市内で友人達と別れたばかりだった。後ろ暗い所しかない友人だが、アデラは彼らの事を好んでいる。同じ穴の狢という理由もあるが、何よりあの二人は彼女にとって数少ない理解者だからだ。

 

「お嬢様、今日は楽しかったですか?」

 

前方、運転席側より声が掛かる。アデラをお嬢様と呼んだ声の主は赤髪を後ろで一つ結び、ポニーテールにした若い女性。顔立ちは整っており、水色の瞳からは強い意志が感じられる。オーダーメイドであろう紺青のスーツを着込んだ彼女はアデラ専属のボディーガード、名を小桐緋音(さきりあかね)

 

「ええ、とても有意義な時間でした。」

 

「そう...ですか。あの男、お嬢様に何か失礼な発言をしませんでしたか?」

 

「アカネ、未だにハングさんは苦手ですか。」

 

「......申し訳ございません。どうも私はあの男を生理的に受け付けないようでして...。」

 

運転に集中する緋音の表情には顕著な翳りが見て取れた。眉尻を下げている事から、内心ではかなり落ち込んでいるのだろう。ルームミラーに映るそんな彼女の様子に苦笑しながら、アデラは全く気にしていないといった前置きを告げ、改めて口を開いた。

 

「相性は人それぞれです、アカネを責めるつもりはありません。それに彼とは出会いが最悪でしたからね。」

 

アデラと緋音はハングとの出会いを思い起こす。二人の脳裏に浮かぶのは、三年前の春。丁度その日はバーモント州の奥地にあるアデラの邸宅に彼女の魔術師としての師匠であり、祖母でもある魔術界では相当に名の通った大物が来訪していた。名目は愛する孫の顔を見る為らしいが、実際の所は由緒正しきダウズウェル家の現当主であるアデラ・ベル・ダウズウェルに対する視察だった。表面上は仲睦まじい家族関係を演出しているものの、祖母とアデラの間に真の情愛は存在しない。

 

『久方ぶりじゃのう、アデラ。息災であったか。』

 

『ご無沙汰しております、お祖母様。ええ、見ての通り、元気に過ごしています。』

 

『安心したわい。隣の者は...?』

 

『この者は一年前より私専属のボディーガードとして雇い入れた、アカネ・サキリです。』

 

『ご紹介に預かりました、お嬢様のボディーガードをさせて頂いているアカネ・サキリです。以後お見知り置きを。』

 

その日の祖母の鋭い眼差しを思い出したのか、ハンドルを握る緋音の手に力が入る。元来、魔術師の家はボディーガードを雇用しない。当主や大物の護衛が目的なら魔術界向けに訓練された専門の業者、守護戦士(ガーディアン)が存在しており、表社会の要人警護にのみ特化したボディーガードは不必要なのである。雇用契約が結ばれるとしても、結局の所は一時の数合わせに過ぎない。

 

『名前からして日本人かい。アデラ、この娘...補助システム共有者で間違いないんじゃな?』

 

『ええ、雇用理由はアカネの人並み外れた能力にあります。実力はガーディアンを上回るかと。』

 

『ふむ、異能力...といった所かの。』

 

『ご賢察の通りですが...ご存知だったのですか?お祖母様。』

 

『当然じゃろ。アジア圏で度々確認されておる魔術師とは別個の力を使う者達、異能力者。力を発現するのは決まってアジア人だけ、まさか勧誘に成功していたとは思わなんだが...。』

 

異能力者、アジア圏の国々で確認されている正体不明の力を行使する人間達の総称である。その情報が最初に魔術界へ伝わったのは、既に一世紀も前の事であった。利己主義の塊と化している現代魔術師にとっては重要度の低い存在であり、故に異能力に関する文献は少ない。詰まる所、魔術師は異能力者を下に見ているのだ。そんな状況をチャンスと認識した野心家や研究家が異能力者を支配下に置こうと何度も交渉に赴いているが、結果は言うまでもないだろう。

 

『アカネとやら、お主は一体どんな能力を保有しておる。』

 

『私の能力は─────加速です。』

 

緋音の紹介をした後、間を置かずに視察は始まった。邸宅に常駐している使用人の名簿確認、経理責任者との対話やダウズウェル家の方針について、と様々な視察が行われ、夕陽が沈み切った頃に全ての行程が終了。ハングとの邂逅は夕食を終えた三人が邸宅の外に出た時、祖母の殺人依頼を受けた彼らが邸宅を襲撃した夜だった。

 

「はい...。あの時、お嬢様の進言がなければ奴は確実にお祖母様の手によって命を落としていたでしょう。なのに、お嬢様に救われたというのに...あの男は......。」

 

ハンドルを握る緋音の手に力が込められ、途端に車内の空気が殺気立つ。しかし、アデラは彼女を咎めようとはしなかった。小桐緋音がハングに向ける憎悪は正当な感情であるのだから。

 

「アカネ、少なくともハングさんは私を()()として扱ってくれていますし、シズクちゃんに至っては私を姉と慕ってくれています。貴女を含めて私には理解者が三人もいる。今以上の幸福を望むのは、強欲というものですよ。」

 

「......お嬢様は、優しすぎます。」

 

 

 

 

 

 

 

─────そうでしょうか?

 

私はダウズウェル家に相応しい当主として、優秀だった()()()の代わりとして、ただ演じているに過ぎません。

 

どうして、不出来な私だけが生き残ったのでしょうか。どうして、何も持たない私を守ったのでしょうか。

 

あの人の真意が未だに理解できないのです。

 

 

 

 

 

 

 

「お嬢様...?」

 

「今日はアカネの日本料理が食べたいです。」

 

アデラの唐突な要望に一瞬目を丸くする緋音だが、直ぐに笑みを浮かべ、了承の言葉を口にする。その声色はとても温かく、少し前まで存在していた荒々しさは完全に抜け落ちていた。

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