One Man Army/ワンマンアーミー   作:夕叢白

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Episode 7

その日の朝は彼女、シャーロットにとって驚きの連続だった。一つ目は普段は大人しい性格の飼い猫が、朝食時に毛を逆立てながら唸った事である。彼女は直ぐ様キャットフードを調べたが、特に異常は見当たらなかった。二つ目の驚きは家の外で起きた。樅の木々連なる深緑の自然に溢れた地区に建つシャーロット家、その上空に野鳥の群れが出現したのである。地域性を考慮すれば、野生動物の大移動自体は珍しい光景ではない。彼女が驚いたのは、大半の野鳥が都市部のホワイトロックへ向かい飛んでいったからだった。人馴れしていない筈の野鳥が人口密集地帯に赴く理由─────シャーロットには、鳥達が自分達の生命を脅かす何かから逃れようとしているように思えてならなかった。

 

「可哀想...。」

 

年季の入った小さな豪邸、白亜色の外観は白薔薇で埋め尽くされている庭と相性が良く、庭園の中央でアフタヌーンティーを楽しむ男女はまるでメルヘンの世界の住人のように場と調和していた。ガーデンテーブルの上には紅茶のティーカップやポット、三段のハイティースタンドが綺麗に並べられている。スタンドの下段から長方形のサンドイッチ、中段は仄かな甘味漂うスコーン、最後の上段にペストリー。上品な午後の一時、緩やかに流れる至福の時間に不穏な気配を感じた黒髪の男は目の前で呟かれた発言の意味を問う。

 

「どうかしたのかい?シャーロット。」

 

「あ、ごめんなさい。実は先程、鳥の群れをお見かけしまして...。」

 

「おや...偶然だね、私も見たよ。その鳥達がどうかしたのかな?」

 

「はい。あの子達、何かから必死に逃げているみたいだったんです。」

 

シャーロットはティーカップの中へ視線を落とす。白菫色の髪がはらりと垂れ下がり、同時に紅茶の表面には彼女の沈んだ相貌が反射していた。シャーロットとは対照的に男は腕を組みながら何かを考え込む仕草を見せる。

 

「全ての事象には必ず理由がなくてはならない。哲学の概念の一種、確か充足理由律...だったかな。」

 

「えっと...?」

 

「つまり、鳥達の異変は何か大きな変化の前触れなのかもしれないねぇ。」

 

「前触れ...。」

 

男はゆっくりとした動作で席を立ち、リボン結びにされた真っ黒なネクタイを片手で整える。これは彼が度々行うティータイム終了の合図だった。男はシャーロットに向かって微笑むと、名残惜しそうに口を開く。

 

「すまない、シャーロット。時間だ、もう行くよ。今回も充実したティータイムだった。やはり君と共に過ごすと、世俗を忘れられる。」

 

「ふふ、光栄です。でも、仕事を疎かにしたらめっですよ。私もレイノルズさんとの時間は大切ですから、一文無しにでもなられたらとても困ります。」

 

「ハハ、言うようになったね。」

 

 

 

庭園を後にした男、レイノルズはシャーロット家の敷地外へ出ると、一度空を見上げる。厚い雲が太陽の光を覆い隠しており、今後も天候は悪化すると思われる。彼自身、シャーロットの発言を気に留めている訳ではない。寧ろ内心はその逆であった。喩えば耳の近くで小さな蝿が飛んでいるとしよう、誰しもが耳障りだと苛立ちを覚えるはず。彼の内心は正しくそれだった。

 

「全く、人間は飽きもせずよくやる。」

 

 

 

 

 

 

 

ピース・アーチ州立公園、アメリカとカナダが共同管理する国際公園。普段は憩いの場として親しまれており、広大な芝生の中心には両国の平和をモチーフとした白亜のモニュメントが建造されている。近年では音楽ライブやアートの展示会など、様々なイベントが開催され、海外旅行者の写真スポットとして有名である。だが、今現在その上空で巻き起こっている出来事はモニュメントに込められた平和への願いとは相反する由々しき事態だった。

 

それが発生したのは、カナダのコモックス空軍基地より第十九航空団所属、第四百七長距離哨戒飛行隊のCP-140 オーロラが飛び立ってから一時間が経とうとしていた頃。アメリカ合衆国とカナダの国境付近に位置するピース・アーチ州立公園上空を横切ろうとしていた飛行隊が一機の所属不明輸送機を目視で確認、IFFによる応答がない事から情報は直ぐ様政府に共有され、飛行隊にはカナダ首相より警告に従わない場合、即刻撃墜せよとの厳命が下った。近代の哨戒機の大半に銃座は存在しない。だが、オーロラは例外中の例外。このオーロラの前面には二つの砲門が備えられている。冷戦時代の名残が、そのまま引き継がれていたのだ。

 

飛行隊の真下には住宅街が広がっており、一部は森林地帯となっている。既に付近の行政機関総動員で避難活動が行われているが、果たして撃墜まで間に合うか。オーロラを操縦する戦術航空士の機長は手に汗を滲ませながら、通信先の所属不明機へ向けて声を張り上げる。

 

『こちらカナダ空軍、第19航空団所属、第407長距離哨戒飛行隊である。unknown(アンノウン)、そちらの機体は我が国の領空を侵犯している。直ちにこの空域から離脱、又は我々に追従せよ。さもなくば撃墜する。』

 

『...。』

 

『最後にもう一度繰り返す。unknown(アンノウン)、我々に追従する為に応答するか、この空域から離脱しろ。』

 

『機長、レーダーに反応有り。左斜め上空から機影......IFFによる応答皆無、直進してきます!戦闘機ですッ!!』

 

『な───2機目だとッ!?』

 

直前までレーダーにそれらしき反応は一切なかった。完全なる奇襲、今この瞬間、形成が逆転した。輸送機だけであれば機動力で勝るオーロラに分があった。しかし、ステルス機能付きの戦闘機が相手ともなれば結果は目に見えている。

 

『機長、敵機からレーダー照射を受けています!このままではッ!!』

 

舐められたものだ、額に汗を浮かべながら機長はにやりと笑う。確かに哨戒機で急上昇や急降下はできない。つまり、普通なら回避は不可能に近い。そう、普通ならだ。先述した通り、オーロラは例外中の例外である。

 

『チャフはどうした?』

 

『既に放出しています。』

 

『オーケー、急旋回だッ!』

 

通常の哨戒機と一線を画すくらいには、オーロラの機動力は高い。機長は過去に何度か日本で開催されている航空ショーでオーロラによる急旋回をお披露目した事がある。その時の経験が生きている実感が、今の機長にはあった。物の見事に戦闘機は絶好の機会を逃したらしい。

 

現在のオーロラには選択肢が二つある。一、撃墜の命を完遂する。二、情報を持ち帰る為に撤退する。搭乗員の命が懸っている。ここで判断を誤れば国家に、国民に被害が及ぶだろう。機長は操縦桿を強く握り締め、現状を必死に見極める。

 

そして─────突如オーロラに搭載されている二つの砲門から同時に空対空ミサイルが放たれる。但し、それらは戦闘機に狙いを定めている訳ではなく、何と不規則な軌道を描きながら輸送機を追尾していく。危険だと判断したのか、戦闘機は輸送機を護衛する為にオーロラに対する敵対行為を中断し、輸送機の方向へ一目散に飛んでいった。

 

『き、機長...?』

 

『単なる誘導ミサイルだ。輸送機とは一定の距離を保つようにプログラムされている。正直、戦闘機が食いつくかは賭けだったが...この通り、我々の撤退は可能となった。』

 

『撤退...首相からは撃墜せよとの厳命ですが...。』

 

『輸送機だけなら問題はなかった。しかし、ステルス機能を搭載したあの謎の戦闘機が現れた時点でオーロラの負けは確定している。現状での撃墜は不可能、よって我々は直ちに撤退する。なぁに、全ての責任は俺が負うさ...。』

 

オーロラは所属不明機とは反対方向、コモックス空軍基地へ帰投する為に全速力で移動を開始する。僅かな時間ではあったが、機長はunknown(アンノウン)、輸送機の名前を突き止めていた。所属不明機の名称はC-130、主にハーキュリーズと呼ばれる戦術輸送機だった。だが、名前が判明した所で相手側の情報を丸裸にできる訳ではない。ハーキュリーズはその汎用性の高さから各国で運用されており、件のハーキュリーズの所属国を明らかにするには機体の鹵獲が必要不可欠である。

 

『─────こちらカナダ空軍、第19航空団所属、第407長距離哨戒飛行隊戦術航空士、イーサン大尉(たいい)であります。首相より厳命を受けたunknown(アンノウン)の撃墜ですが、敵戦闘機の乱入により失敗。二機はアメリカの国境を超える模様、至急上層部へ情報の伝達をお願いします。』

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ、ぁ......。」

 

体内に深く染み渡るような鈍痛と共に、アウェット・コネリー軍曹の意識は覚醒する。焦点の定まらない(まなこ)で辺りを確認すれば、そこに広がるのは赤黒く汚れた床と自身の横で襤褸雑巾のように横たわる仲間だった物。

 

「ぁ......っ、く...そが。」

 

再び闇に呑まれようとする意識を必死に繋ぎ止める。何かしら思考を継続しなければ、彼自身もいつ気を失って物言わぬ屍と化すか分からない。故にコネリーは己に起こった最低最悪の出来事を反芻する。全ては基地の指揮官、ジョン・マッカー大佐による呼び出しから始まった。警備の任から外れ、司令室に向かい、そして─────。

 

 

 

『お、おぉ〜??大佐にお呼ばれされたシスコン軍曹じゃないですかー。いやぁ偶然偶然、これからオレも書類届けに司令室入るんですよ。どうです?ご一緒に。』

 

『いや、お前俺が何を言われるのか生で見たいだけだろ。』

 

『さっすが!理解が早いバカは好きだなぁ。なら、善は急げって事でとっとと扉を開けましょうっ。』

 

『こいつ...後でぜってぇ後悔させる。』

 

黒色のクリップフォルダを片手に持ち、意気揚々と他者を煽る黒髪の癖毛が特徴的な彼は基地内でショットやコネリーに次ぐ実力者だった。適当な態度でのらりくらりとした印象を受けるが、その内側に存在するのは獰猛な肉食獣。謂わば戦闘狂である。そんな彼でさえ、()()()には反応すらできなかった。

 

司令室に入り、お互いに敬礼をした。クリップフォルダを持った彼が指揮官のデスクに近付いた。ジョン・マッカーが悪意に満ちた気味の悪い笑みを浮かべた。それを知覚した時には、手遅れだった。何処から現れたのか見当もつかない謎の男が、仲間の頭部にコンバットナイフを突き刺していたのだ。

 

『んえ。』

 

自分が今どういう状態で何をされているのか、心底理解できない。仲間だった彼の表情は疑問を浮かべたまま凍りつき、瞳からは数秒で生気が抜け落ちる。きっと本人は殺された自覚すらないのだろう。

 

『なんだ...なにやってんだ......おい、何やってんだお前ェェェェェッ!!』

 

明らかな即死、間に合うはずがない。司令室を飛び出して助けを求めるか、大声を上げて他の人間に異常事態を知らせるべきだ。しかし、激情に駆られ冷静さを欠いたコネリーは至近距離にも拘わらず、太股に携帯していた拳銃、ベレッタM9を抜いてしまった。

 

『愚かだな。この間合いなら、俺の得物の方が速い。』

 

太股のレッグホルスターからM9を引き抜き、セーフティを外して謎の男へ向けて射撃体勢を執る。この間、僅か0.9秒の時点で謎の男はコネリーに肉薄していた。0.10秒、照準は確実に男の頭部を捉えており、トリガーを引けば勝負は決する。コネリーに油断や慢心は一切なかった。目の前の敵の息の根を止める、その躊躇いのない判断は生粋の軍人である証拠。ただコネリーにとって不幸だったのは、相手が現代兵器を物ともしないアメリカ合衆国随一の殺人代行業者であり、魔術使いだった事だろう。

 

相手の姿が蜃気楼のように掻き消え、次の瞬間にはコネリーの背後からコンバットナイフが彼の脳天を狙って振り下ろされる。生存本能による偶然か、はたまた天性の戦闘センスか。一連の流れを事前に察知したコネリーはナイフの回避に成功した。だが、その代償は大きかった。0.15秒、即死の一撃は回避した。接近戦の不利を悟ったコネリーは男から距離を取ろうと直ぐ様バックステップを試みる。その予備動作に約0.2秒、そして男がまたもや消え、コネリーの脇腹をコンバットナイフで刺すまで0.20秒。

 

『あ...ぐぁっ!!』

 

0.20秒─────一秒にも満たない時間で基地内第二位の実力者、アウェット・コネリーは負けた。出血が軍服を赤く染め上げ、絶え間ない激痛にコネリーはついに膝をつく。

 

()()()()...残念だ。』

 

コネリーには、そこから先の記憶がない。

 

 

 

 

 

 

 

「この男、リストには載っていないな。」

 

死闘を制した謎の男、アメリカ合衆国随一の殺人代行業者ハングが手元の資料を眺めながら呟く。

 

「当たり前だとも、ハング。コネリー軍曹はあそこで死んでいる薄汚いゴミのついでだ。」

 

軍服を着用した金髪の男、ジョン・マッカーが頭から血を流し倒れている死体を一瞥して呟く。

 

「......魔術を行使した俺の高速移動に食らいついてきた。この男、実力者だな?」

 

「ご名答、基地内で二番目に強い男だった。」

 

君には負けるがね、と続けてジョンは笑った。現在、彼等の計画は何もかも順調に運んでいる。有頂天になって足を掬われなければいいが、とハングは溜息を吐いた。

 

「そうか。まだ息はある...面倒だな、認識阻害をかけて放置するが、問題ないか。」

 

「その出血だ、もうじき死ぬだろう。貴様の好きにしろ。」

 

ジョンから許可を得たハングは横たわるコネリーへ向けて手をかざし、認識阻害を行使する。この基地に足を踏み入れてから七ヶ月、初めて自分の攻撃を回避してみせた彼にささやかな期待を込めて。

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