彼という人間にとって『料理』は自分の得意なこと。それ以上でもそれ以下でもない。彼が遠月学園に入学したのも将来の仕事として自分が一番安定な暮らしを送れるのは料理人だと思ったから。遠月学園に入学を許された多くの生徒は少なくとも料理が好きであり、研鑽をしている。
だが、三年生の中に一人だけ『料理』に興味はなく、仕事感覚で全てを行う人間がいる。その人物は学内でもかなりの有名人である。まあ、そういうタイプの料理人は居ないので有名になっても不思議はない。
だが一方で彼を尊敬している者も多くいたりする。それは彼が高等部一年の二学期には十傑の中でも最高峰の『第一席』に位置していたからだろう。食材に対する感謝とも縁遠い料理人でありながら彼は今の遠月学園において最強なのだ。
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「今回の集まりはこれで終わりだ」
この中で一番発言力のある者がそう言うと全員の中にあった緊張感が一瞬で解かれた。それぞれが席を立ち、出口へと向かっている。この重々しい雰囲気の場所を抜け出したかったのだろう。
オレもここに長居する必要はないから帰るか。重い腰を上げて資料を纏めて出口へと向かおうとすると…目の前に白髪の男子生徒と赤髪の女子生徒が立ちはだかった。
「何か用か?」
「はい、せ、せんぱい……やっぱり無理だよ。こんな事言っても」
「覚悟決めろよ。司」
何かためらうような事をオレに言おうとしているのか。白髪の少年は心配性なのか右往左往している。正直、言う事がないのならオレは帰路に付きたい。
「用がないのならオレは帰らせてもらう」
オレは二人の隣を通り出口へと向かった。
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「あちゃ~司、言う時に言わねぇと…確かにあの人の威圧感は半端なかったけどさ」
「ああ、改めて目の前で見ると……言えないよ」
あたし達も十席に在籍しているからよく天沢先輩とは顔を合わせる。まあ先輩はあたしらのことなんて記憶に無さそうな感じだったけどな。
あたしと司にとって一つ上の先輩である『天沢久遠』は憧れの存在だ。一つしか学年は違わなくても彼との実力差は明らかだった。多分、あたしらがどんだけ頑張ったとしても天沢先輩の領域には入れない。先輩はそれほどまでにすごいのだ。学内には天沢先輩を批判するような人間もいるがそう言う奴は先輩の料理を食べて見たらいい。もうそんな事を言えなくなる。
それにこの学校は実力だけが全て。実力がない者は生き残れず、最後に残るのは一流の料理人と言っても差し支えのない人物のみ。性格や態度は少し問題があるかもしれないが…料理の腕は少なくともこの遠月学園に隣に立てるような人物は存在しない。
「次の機会には絶対に言わないとだな」
「あ、でも……大丈夫かな………こんなこと言っても…断られるんじゃないかな……弟子にしてくださいなんて」
そんな風な話を繰り広げる、第三席の司瑛士と第四席の小林竜胆であった。