今回の交流会には連帯食戟の勝敗を決める審査員が必要になっている。そしてその手配をしなければならない。もう誰にお願いをするかは決めていて、その連絡も事前に電話やメールで連絡はしている。
だが、さすがにメールだけでは失礼なのでそれぞれの料理店へと足を運ぶことにした。
約束の場所への足を運ぶ間も次にグループの面々を集める時に後輩たちには料理を作ってもらう予定になっているが、その料理を食べてしっかりとしたアドバイスができるだろうかとずっと考えている。
肩書だけで言えば『第一席』というものはすごいかもしれないが、所詮はただ運が良かっただけのこと。これからの後輩の料理人への道にも大きく影響を与えかねないことを考えると、なるべくじっかりと指導してやりたい。とそこまで考えた段階でオレは教師にでもなったのかと一瞬思ってしまった。
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そして目的の場所ことイタリア料理店「リストランテ エフ」である。今日は『CLOSED』という看板が立てかけられているのを感じて申し訳なく感じる。
オレは深呼吸をしてから料理店の中へと入って行く。
「失礼します」
中へ入ると普段はお客さんが座る席にこのお店のシェフこと水原冬美さんがいた。
「あ、来たね」
「今日はお時間を取らせてしまってすいません」
「別にいいよ。特に久遠の頼みなら」
「そう言って頂けると本当に助かります。そして今日は事前に連絡した通り、交流会の審査員のお願いに参りました」
普段のオレを知っている奴がいたらこんな言葉遣いをしていることに驚くかもしれない。だが、オレもこの人を含めてOBの方々の中にはかなりお世話になった人もいる。
そしてその一人が水原冬美さんだ。彼女が居なければオレは料理の道へと進むことはなかったのだから。
「そのことなら電話した時も言ったけど、引き受けるつもり」
そう電話の段階で水原さんは承諾の返事をしてくれた。それでも今回、足を運ぶことにしたのは攻めても誠意。電話だけで全てを済ませるのはさすがに失礼に当たるから。
「ありがとうございます」
「別に礼は不要。久遠は少し律儀過ぎ」
「ですが、律儀にもなりますよ。水原さんを含めてOBの方々には今でも色々とお世話になっているので」
「それは私の責任だからやっているだけ。久遠を料理の世界へと足を向けさせたのは私だからさ。少しでも久遠が料理に専念できるようにするのは当たり前」
「いえ、水原さんのお陰で今のオレがいる。第一席になったので派遣されることも増えて、それなりに貰える金銭も多くなってきました。これも水原さんがあの時誘ってくれたからこそです」
「はぁ…もうちょっとキミはさ、年上に甘えても良い。私は久遠よりも年上なんだからもっと頼っても欲しいし」
「その言葉だけで有難いですよ。家族のことをいつも気にかけてくださるだけで大丈夫です」
水原さんたちのお陰でオレは何事も心配なく、遠月学園に通うことができる。そしてこの学園を卒業出来れば、料理人として成功したと言えるとのこと。なので卒業してどこかの料理店に入ってまとまった収入さえ入れば支えて生きていける。
その手段を与えてくれた人たちには本当に感謝だ。
すると水原さんは立ちあがってオレの近くまで来た。
「どうされたんですか?」
「いや、会わないうちにまた背が伸びたなぁと思ってさ」
「そうですかね…」
「伸びたよ。私が会った時なんて本当に小さかったのに…」
「それはもう本当に昔の話ですからね」
今でも水原さんたちと出会った日のことを覚えている。あそこから今の自分が始まったのだから。
「2つだけお願しても良い?」
「オレに出来る範囲のことあれば」
「1つ目は必ず1週間に1度は連絡して」
「連絡ですか?」
「うん。ちゃんと連絡して」
「それなりに連絡はしている方だと思いますけど」
「全然連絡していない。じゃあ最後に連絡してきたのいつ?」
「1週間ぐらい前ですよ」
「それは審査員の連絡。それよりも前は?」
「え、えっと……半年ぐらい前です」
「ちゃんと連絡して。今より連絡して来なくなったら連れ戻すよ」
「すいません」
「分かればいい」
「それで2つ目は?」
「2つ目は卒業したら私のところに来て」
「…まさか、そんなことを言われるとは思ってもいませんでした」
「久遠の料理人としてのセンスは私や四宮より上だと思う。それに加えて遠月学園に入れたことで技術を含めて、敵なしと言っても良いぐらいまで上昇してる。そんな久遠のことをスカウトしないOBはいない」
「それほどまでに評価してもらえているのは素直に嬉しいですが、卒業後のことはまだ決めかねていまして」
「そっか。まぁ…すぐに決めろって言うつもりもない。久遠が選んだ道ならどんなものでも応援するけど、考えておいて」
「はい」
それから水原先輩と少し話して別れた後に次のOBの方のところへと足を向ける。
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次にやってきたのは日本料理店「霧のや」。ここにも審査員をお願いする相手が女将として働いている。水原先輩程ではないにしてもここにいる方にもお世話になっているのだ。
オレは呼吸を落ち着かせてから入口から入って行く。
久し振りに来て改めて感じたが、本当にこのお店は高級感がすごい。さっきの水原先輩のお店もすごいが、遠月OBのお店はやはり別格。
そして入口でしばらく待っていると…このお店の女将が来てくれた。
「お久し振りですね、乾さん」
「ひさしぶり~~」
するといつものように乾さんは僕へと勢いよく抱き着いて来るので、必死に倒れないように耐える。
「…お久し振りですね」
「さみしかったよ~」
「それはすいません」
それからしばらくは抱きしめられた状態が続いたが、さすがにこのままだと話が始められないので離れてもらった。場所も移動して普段はお客さんのための和室まで案内された。
「まずは乾さんにも色々とお世話になりました。本当にありがとうございます」
「そんな風に改まってお礼を言われるようなことはしていませんよ。私はただ自分の見込んだ子のお願いを聞いているだけです。弟子の頼みを聞けないようでは師匠として失格ですからね」
いつから乾さんがオレの師匠になったんだと思ったが、さすがにそれを口に出すのは失礼だ。
「それでもありがとうございます。それに今回の審査員の件に関しても快く承諾頂けたことも含めて、本当にありがとうございます」
「も~~それだと他人行儀すぎませんか~?」
「いや、オレとしては乾さんも尊敬しているので」
「尊敬してくれているのは嬉しいけど、もっとフランクな感じで良いのに…」
「そうもいきませんよ。乾さん程の料理人にフランクに接するなんて」
「え~出会った頃はあんなに「お姉ちゃん~」って呼んでくれてたのに~」
「それは忘れてください。あの時のオレはまだ乾さんたちのすごさが分かっていなかっただけです」
今、思い出しても本当に恥ずかしい。
「え~~私はあの時の久遠くんもいいけどな~」
それから乾さんと世間話だったり、過去のことだったりと色んなことを話した。
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