それは小学校に入学した辺りであった。
強烈な熱病を患い、病院に入院したまでは覚えていた。だがそれからの記憶が曖昧である。その時ふと思い出した。いや違う、思い出したせいで熱病は引き起こされたのだ。
熱病は大容量の記憶、今まで生きてきた人生の何倍もの記憶が流れ込んできた際の反応であった。…脳に途轍もない負担を掛けただろう。
だがそのお陰かどうやら自分は前世の記憶を思い出したらしい。自身の妄想であるーーーという可能性の方が高いが、そうだと信じているからそうなのだ。
そして何事もなく退院し、暇を持て余して親のPCでネットサーフィンをしていたら、なんだが世界がおかしいことに気付いた。いや俺もおかしいけど。
おかしいというか、突如降って湧いた記憶に自身の自我が大きく変質したことが自覚できた。人格を構成するものは連続した記憶である。人格は流動的なものであり、大量の記憶を流し込まれた自分はそれに漏れず人格が変わった。というより自我の境界がハッキリしたというか、頭が冴えたような感覚。物心が着くとはまさにこの感覚であろう。副作用か分からないが、急に虫が苦手になった。
話が戻るが、この世界はおかしい。2回目の人生も日本で産まれたことは幸運であるが、自分が知る日本と決定的に違う点があった。言っておくが、きちんと国号は日本国である。
…なんかこの世界、普通に吸血鬼とかがいるらしい。親のPCでネットサーフィンをしていたら判明したこの事実に、俺は頭を捻った。しかもかなりの割合で。
いつから存在するのかは分からないが、かなりの割合で存在するとか。具体的に言うと人口比20%らしい。彼等は…いや、彼女等は女性しかいないらしく、そのせいで我が祖国は男女比が酷いことになっている。男性は残りの80%の半数、つまりは40%である。あれ程までに偏った人口ピラミッドを、男が戦争で死にまくる戦時中のグラフ以外で初めて見た。
彼女等には特別な呼称は存在しない。だが行政からは性別で分けられている。男、女、第三種の三つで分かれている性別欄を見た時、自分の目を疑った。それから第三種の事例を自分から見て吸血鬼だとか勝手に呼んでいる。
彼女等には独自の本能があるらしく、それは生まれながらにして持つ独自の文化のようなもので、普通の人間とは相容れないものもあるらしい。と言ってもそれを明文化したものは殆ど見つける事が出来なかった。僅かながら記述されていたものによるとそれは異性関連に限定されるらしく、概ね社会性には影響が無く問題は無いらしいが。
彼女等との子供は5割の確率で彼女等が生まれるらしく、残りの5割は普通の男女の半々らしい。これは不味くないか?どう考えても男がどんどん減っていく。…まぁ、そこを何とかするのは政治家の役割だろう。
そして軽く調べた限りスポーツ選手とかに彼女等の割合が多い事に気付いた。そこで身体の差異について調べたところ、彼女等の膂力は男を軽く凌駕するらしい。これにより前述した独自の文化と合わさって、男性に対する暴力事件が頻発してるとか。しかも、膂力の差から男性が骨折等の重軽傷を負うケースが多いらしい。警察のホームページでデカデカと警告されているからすぐに分かった。普通に恐ろしい。震えて夜しか眠れません。
日本人離れした容姿をした人間がやけに多いな、と思って外国人関連の検索をしていたが、こんなことが分かるとは。
因みに外見で彼女等であると判断するのは確実ではない。彼女等から生まれた普通の人間もその容姿を引き継ぐからだ。だから俺はなにも考えないことにした。つまりは力が強く文化がちょっと違う人間というだけだろう。言葉が通じない訳でもない。しかも基本的な文化は共通している。友人付き合いであれば、不幸な事故も起こらないだろう。
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だからクラスの男子に"犬っころ"というからかい混じりの声を遠巻きに掛けられたことも、最初は自分の事を揶揄しているのだということに気づかなかった。
彼女自身は犬が好きであったせいか、それを最初は好意的に受け止めていたが、それが馬鹿にする声色であることに途中から気付き、すぐさま激昂。揶揄していた男子を漏れなく病院送りにした。そして停学。
暫くして彼女が学校に戻った時には、病院送りにした事実のみが大きく広まっており、誰も彼女の傍に近づくこともなくなった。そして遠巻きにこそこそと自分を見て何かを言う同級生に怒りを覚えつつも、親から厳命された"手を出すな"という命令により鬱憤が溜まり続けていた。
そんな彼女にたった一人、のこのこと近付く人間がいた。それは小学校に入学した直後に病気で病院にいた為に、事情をあまり知らなかった人間であった。既にグループが形成されていたクラスでは馴染みにくく、そもそも話も合わないので一人であったが故に、興味本位でクラスで孤立していた少女に話し掛けたのだ。
最初は鋭い犬歯を見せて威嚇していた少女であったが、なにそれ八重歯?と聞いてきた少年に毒気を抜かれた。その後も近づいて来る周囲の人間とは違った雰囲気を持つ彼と友人になるのには時間はかからなかった。
ある時、病院送りにした男子の一人が銀と少年の二人を指して恋仲であると揶揄したことがある。銀は気恥ずかしくなり咄嗟に否定したが、少年が堂々と肯定したのを受けて、顔を赤くしながらもはにかんだ笑みで肯定した。それからと言うものの、銀は人目も憚らずに少年にべったりと張り付くようになった。それは彼女が淡い恋心を自覚したが故であった。
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ケモ耳と尻尾の生えた可愛い女の子がクラスで孤立してたら誰だって近付く。俺だってそうだもん。容姿からしてどう見えても彼女等であったが、そんなことは今は気にしない。
正直なところ、クラスの連中と精神年齢が違い過ぎるのが原因であった。偏差値が10も違えば会話が出来ないとはよく言ったものだ。…彼等とのマトモな会話は期待できそうになかった。
そこでなんだか孤立してる女の子を遊び相手にしようと画策した。彼女はどうやら口数が少ないらしく、そうであればあまり会話が出来なくても問題がないだろう。近付くと可愛らしい八重歯を披露してくれた。思ったよりも友好的である。どうして孤立しているのか、これが分からない。
彼女が同級生を病院送りにして停学になったとか聞いているが、その被害者だとされる同級生は教室でピンピンしていた。あの様子を見るに、大したことではなさそうである。
そしてある日、その件の同級生は此方を見てこう言った。"お前その犬っころの事が好きなのか?"と。
犬っころとはなんぞや?と思ったが、隣で尻尾の毛を逆立て、鋭い眼光(…と言っても可愛いものだが)でその同級生を睨みつけている少女を見るに、どうやらそれは彼女の蔑称らしい。
…目の前にいるのは典型的なクソガキである。子供特有の何でもかんでも恋仲にしたがる法則も加わっており、少し呆れてしまった。
"犬っころ、というものが何を指すのかは分からないが、私は狼谷のことは(友人として)好きだぞ"
クソガキは一瞬呆気に取られたような表情をしていたが、すぐに調子を取り戻すと、周りを走って我々を揶揄し始めた。有る事無い事を言われるのは普通に腹が立つ。まあこの場合は堂々としていればいい。幸いにも俺の交友関係は狭く、このクソガキによる悪影響は無かった。泣けてくる。
それからというものの、彼女は気を許してくれたのか一気に距離が縮まった気がする。彼女の銀色の髪の毛を撫で付けてやると千切れんばかりに尻尾を振るその姿に、なんだが友人から大きなペットになったような錯覚を受けた。
こういうの増えろ!