冬優子ちゃんは告らせたい!   作:オルトロス

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第2話

 283プロダクションは在籍者こそ少ないが、自然と会話が生まれる賑やかさがある。

 

「おはよーございまーす」

「おはよう。ん、愛依、前髪ちょっと切ったか?」

「おっ、わかる〜? この間共演した子に紹介された店に行ったんだけど、ちょ〜良くてさ。雰囲気も接客も良いし、リピ確定って感じ」

「確かに良く仕上がってるな。どこの店だ?」

 

 その空気の一端を担うのがプロデューサーだ。

 対人関係で重要なのは何気ない雑談から――。

 朝コミュニケーションとでも言うべきそれは、彼が意識的に行なっているものだった。

 

「あれ? あさひ、そのスマホケース……」

「あ! これ、昨日番組で作ったんすよ!」

「凄い良くできてるな。今度俺に作り方教えてくれよ」

 

 プロデューサーは積極的にアイドルとコミュニケーションを図る。

 日常会話が関係を深める上で大きな役割を持っているのを知っているし、なによりアイドルたちとの会話は楽しい。

 

 

 そんなプロデューサーをつまらなそうに見る者が居た。黛冬優子である。

 冬優子はサイドの髪を後ろにまとめ――――俗にポニーテールを作ると、プロデューサーが「行ってらっしゃい」と一声掛ける暇も無く、さっさと事務所を出ていった。愛依があさひを引っ張り、慌てて背中を追いかける。

 

 後に残されたのは文字通りポカンと口を開けたプロデューサーだけだった。

 

 

 ◯

 

 

 さて、283プロは間もなく昼休憩を迎える。職種柄、決まった時間に休憩を取ることはできないが、たまにある内勤メインの日は一般企業と同じく正午に休憩が取れた。

 

 マシンガンの様な音を立ててタイピングしていたプロデューサーはデスクから手を離すと、ぽつりと呟いた。

 

「そういえば俺、冬優子になにかしちゃいましたかね」

 

 実を言うと彼の頭は朝からそれで一杯だった。だが、それを向かいに座る事務員、七草はづきに悟られぬよう、わざわざ『そういえば』という前置きから入った。

 

「えーっと……どういうことでしょうか」はづきが聞いた。

「いや、朝の冬優子の態度見ました? 俺が話しかけても『へぇ』とか『ふぅん』とかばっかりで」

「うーん。私にはいつもと変わらないように見えましたけど」

 

 いつもどんな風に見えてるんですか、と言いたいのをプロデューサーは堪えた。彼は冬優子と良好な関係を築けている自信があった。しかし、それが今日のことで少し揺らいでいた。

 

「さっきも一人でレッスン行っちゃうし。いつもなら何かと理由をつけて送らせるのに。どうも機嫌が悪いみたいなんですよね。朝一で挨拶した時はむしろ機嫌良かったのに、愛依たちが来た頃にはもう……」プロデューサーは言った。

「なにか変わった様子はなかったんですか?」

「特には…………あ、いや。そういえば変わったピアスをつけてましたね。見たことないやつだから新しく買ったやつかな」

「ピアス……ですか。それで、プロデューサーさんは何か言いました?」

「特になにも。下手に褒めて『どんだけふゆのこと見てるのよ』とか引かれたくないですし」

 

 正確には『冬優子のことが好き』だと思われたくないが為であるが、そんな本音を吐露する訳にはいかない。

 はづきはプロデューサーの言葉を聞いて笑みを浮かべた。

 

「あ~、なるほど~」

「なるほどって、なにか分かったんですか?」

「いえ、私はなにも~」

「はぁ……あ、もう十二時ですね。俺お茶淹れます」

 

 プロデューサーは席を立った。

 含み笑いを続けるはづきから、これ以上聞いても無駄だと悟った。休憩時間の多くを仮眠に使う彼女に、これ以上相談するのを躊躇ったのもある。

 

「でも、プロデューサーさんって愛依ちゃんやあさひちゃんのことは良く褒めますよね」はづきは言った。

「それは、勿論プロデューサーですから」

「それなら冬優子ちゃんも同じじゃないですか?」

「や、まあ、そうなんですけど……」

 

 プロデューサーはたじろいだ。

 

 ――――別に冬優子を贔屓してるとか変に意識してるとかじゃない。あれは……そう、あれだ。冬優子はユニットの中でも一番年長者だし、自身に対する他者の視線に目敏いから気を遣ったのだ。うん。そういうことにしよう。

 

 脳内でそんな理論武装を展開したが、口には出さない。何故ならこの事務員、いつも眠たげに目を擦っているが、時折プロデューサーである自身よりも鋭い洞察を見せるからだ。急ごしらえの詭弁で戦える相手ではない。

 

 事務所の会話はプッツリ途切れた。

 そうなるとプロデューサーの思考は初めの場所へと戻る。

 『どうして冬優子の機嫌が悪かったのか』だ。

 一度した相談を同じ相手にもう一度するなんて「僕は冬優子のこと意識してます!」と拡声器で叫ぶようなもので、当然できない。

 彼の悩みは、はづきが「今日は仕事も穏やかですし、久しぶりに自主練習を見に行ってあげたらどうですか?」と大義名分を授けるまで続いた。

 

 

 〇

 

 

 プロデューサーがレッスン室に着いたのは昼時をだいぶ過ぎてからだった。

 なにを隠そうこのプロデューサーはびびっていた。

 事務員のはづきに背中を押されて出てきたものの、一人になると怖気付き、あーでもないこーでもないと自問自答しているうちに時が過ぎた。

 

「よっ、お疲れ」

 

 プロデューサーはレッスン室に入ると、普段よりも軽い調子で挨拶した。返事はない。

 あさひと愛依は居なかった。冬優子はジャージのまま壁に背を預けて座っている。かすかに紅潮した体を見るに、ついさきほどまで踊っていたのだろう。

 

 ユニットでのレッスンを見られなかったのは残念、と私情が仕事に影響を及ぼしたことを後悔しつつ、彼は近くのコンビニで買った袋を冬優子へ向けた。

 

「これ差し入れ。あさひと愛依はどうした?」

「……ふゆに聞くまでもないでしょ」

 

 それでもプロデューサーなの、と冬優子から睨みが飛ぶ。

 二人はそれぞれ別の仕事。当然、彼もそのことは知っていたし、差し入れには自主練を続けているであろう冬優子の分しかない。それでもわざわざ聞いたのはあくまで会話のとっかかりを得る為だった。失敗したが。

 

 ――――前に冬優子が推してるアニメの設定をディスったときよりも怒ってないか?

 

 プロデューサーが戦々恐々としている間も冬優子は、彼のことなど一瞥もくれずに自らのスマホを操作していた。

 差し入れの中身すら確認しようとしない彼女の態度に、彼の笑顔はひきつった。

 

「またエゴサしてるのか? 程々にしとけっていつも言って……――」

 

 プロデューサーの言葉が続くことはなかった。

 冬優子のスマホを覗き込んだ体勢のままピクリとも動かない。

 

 冬優子のスマホにはこんな一文が載っていた。

 『これのお陰で無事に彼氏ができました』

 『彼氏』とはプロデューサーにとって三大センシティブワードのうちの一つ。彼の脳内アラートがけたたましく警報を鳴らす。

 彼の腕が脊髄反射的に冬優子のスマホへ伸びるのを誰が責められようか。

 冬優子が慌てて止めるが、彼の方が素早かった。

 

 冬優子が見ていたのはとあるネット記事『カリスマギャルのモテテク』の『彼氏ができるかも?魅惑のパッションピアス』の特集だった。

 

 プロデューサーはハッと冬優子を見た。冬優子はサッと顔を逸らす。

 汗が伝う冬優子の首筋、その上には記事で紹介されているのと同じ黄色いピアスが付けられていた。

 

 スキャンダラスな話じゃなさそうだ。しかし「彼氏ができるかも?魅惑のパッションピアス」を冬優子が付けているのは別の意味で問題がある。

 

 すなわち、このピアスを使って射止めたい異性が居るのかどうか――である

 

 動揺のあまり『その対象が自分である』とか露ほどにも考えずにプロデューサーは詰め寄った。

 

「ふ、冬優子?」

「なに? どうかし――――」

「おお、お前、だ、だ、誰か気になる人でもいるのか?」

「ひゃぁっ!? ちょっ、あんた! な、なにを!」

「しし、正直に言ってくれ。お、怒ったりしないから」

 

 彼の思考は混沌へと落ちていく。

 

 

 〇

 

 

 恋愛とは惚れた方の敗けである――――。

 

 

 結論から言うと、冬優子が携帯を覗かせたのはわざとだった。

 全ては冬優子の計算通り。

 

 ――――病的にふゆを見ているプロデューサーなら、朝一で目敏くピアスに気づくはず。どこで買ったのかとか聞いてくるに違いない。その質問をスマホを操作しながら無視していれば、デリカシーゼロのアイツはふゆのスマホを覗いてくるはず。

 

 朝一で彼に気付かれなかったのは気にくわないが、それでも結果的に上手くいった。

 

「お前、誰か気になる人でもいるのか?」

 

 プロデューサーのこの言葉を聞いた時、冬優子は小さくガッツポーズをした。あえて、携帯画面を見るのを阻止しようとしたことで『後ろめたさ』を演出することができた。

 魚は餌にかかったので、後は適当に「居たら悪い?」とでも言ってプロデューサーを焦らせば良い。アイドルの異性交遊は暗黙で禁止されているが、明確に禁止されているわけではないし、『好きな人』という内心の話ならば猶更自由なはずだ。

 

 「なんでそんなにふゆの好きな人が気になるの?」

 

 ある程度泳がせてからこんなファイナルベントを叩きこめば試合終了。プロデューサーだから、と言い訳するには苦しいはず。

 

 しかし実際に冬優子の口から出たのはこんな情けない声だった。

 

「ひゃぁっ!? ちょっ、あんた! な、なにを!」

 

 原因は勿論プロデューサーだ。動揺の所為か彼の距離感はおかしく、今や二人の距離はお互いの吐息すら当たる距離だった。いつ肌が触れ合ってもおかしくない。後ろには壁があり、冬優子が逃げることはできない。

 現在の彼女の内心はこんな感じである。

 

 ――――ちょっ、近い近い近い近い! なんでこんなに近いのよ! あ、そういえば自主練終わってから、ふゆシャワー浴びてないじゃないっ!

 

 瞳も思考もぐるぐる回っていた。

 

「正直に言ってくれ。怒ったりしないから」プロデューサーは真剣な顔で言った。

 

 冬優子はともすれば、ピアスを買った理由を素直に言ってしまいそうだった。しかし、寸前で本来の目的を思い出す。

 状況は冬優子が有利。まだ、遅くはないはずだ。冬優子は一刻も早くシャワーを浴びたがる乙女心を自制して答えた。

 

「ふゆに好きな人がいても、あんたに関係ないでしょ。安心しなさい。アイドルしている内は特定の誰かと付き合うつもりはないし」

 

 冬優子はピシリとプロデューサーの身体が固まるのを見た。

 

「……いい加減、離れなさいよ」

「あ、そうだな。すまん」

 

 プロデューサーはふらりと後退した。そして力なく立ち尽くす。

 

 ――――こいつ、どんだけふゆのこと好きなのよ。

 

 呆れ半分嬉しさ半分で彼を見つめる。

『なんでそんなに落ち込んでいるのか』

 今これを聞けば完全試合達成だが――――

 

「このピアス、いつものスタイリストに貰ったの。あの人、彼氏ができたからこのピアスはもう要らないって」

「え……?」

「馬鹿みたいな話よね。ま、少しは効果があるみたいだけど」

 

 冬優子はプロデューサーの落ち込みようを見て、これ以上追い詰める気にならなかった。彼女は基本的に甘いのである。

 

 プロデューサーの顔に生気が戻った。冬優子はそれを確認すると、ピアスを揺らしてシャワー室へ向かった。

 

「冬優子」

「なに?」

「そのピアス。あー、えっと……似合ってる」

「トーゼンでしょ…………バカ」

 

 投げかけられた言葉に、冬優子は背を見せたまま返答した。

 冬優子の頬が緩む。その顔を彼に見せてやるほど甘くはなかった。





本日の勝敗――トドメを刺せなかった冬優子の敗北。
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