とある葦毛のウマ娘   作:乾燥海藻類

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第10話 絶望の底

弥生賞3着。優先出走権の獲得という最低目標は果たした。

だが、事態は何も改善されていない。

末脚頼みの結果だ。だがこれも警戒されることになった。

 

(結局バ群には入れず、不自然なくらい大外に出てしまった。勘のいいトレーナーなら気づくだろう)

 

――タマモクロスはバ群に入れないのでは?

 

そうなれば外側を抑えられる。その場合は一度後退してから外に出るという、2度の手間を挟まなければならない。

それで勝てるほど皐月賞は甘くない。

 

(そもそも中山レース場が追い込みには不利なんだ)

 

中山の直線が短いというのは周知の事実である。追い込みで皐月賞を勝ったウマ娘もいるが、最後方から一気に先頭へ行ったわけではない。最後の直線の突入時点では、中団辺りに位置していた。

なにより、いずれ後方強襲の作戦が通用しなくなるのは歴史が証明している。

 

担当医の治療方法に文句をつけるつもりはないが、どうしようもなく不安になってしまう。

段階的処置は取れないが、怪我もしていないのにレースに出さないわけにもいかない。

けっきょく高松が出来ることといえば、適度なメンタルケアを行いつつトレーニングで地力を底上げすることしかなかった。

そんな不安要素と不確定要素を抱えながら、皐月賞当日を迎えた。

 

 

 

 

 

中山レース場の控え室。出走時刻までは2時間ほどある。

タマモクロスは表面上は非常に落ち着いているように見える。恐怖症というのはそうしたものだ。それに直面しなければ、なんの不都合も発生しない。

作戦は後方からの大外一気。それしかないし、それでダメならどうしようもない。単純な作戦だった。

 

「タマモ、少し外す」

「ん」

 

ポケットのスマホが震えるのを感じて、高松は控え室を出る。相手は知らない番号だった。

 

「はい。……ええ。タマモクロスはレース前ですから。ああ、それで私の方に。……は? いえ、すいません。……はい。すぐに向かわせます。……はい。お願いします。では失礼します」

 

唐突なことに思考が上手く働かない。いや、今は考える時間が惜しい。一刻も早く動くべきだ。

そう考え、高松は控え室に戻る。

タマモクロスは瞑想しているようだった。それにも構わず、高松は端的に告げた。

 

「タマモ、いま病院から連絡があった。キミのお母さんが危篤状態だそうだ。すぐに出る。準備してくれ」

 

タマモクロスはカッと目を見開き、信じられないものを目撃したように高松を睨みつけた。

 

「もうすぐレースや」

「それは母親よりも優先すべきことか?」

「……いや、そう、やな。何を、言うとるんや、ウチは」

 

タマモクロスは予想もしなかった事態に気が動転し、正常な判断力を失っていた。高松は彼女の私物をまとめてバッグに詰めると、タマモクロスに向き直る。

 

「正面……はマズいか。裏口で待っててくれ。出走取消の手続きをして、車を回す」

 

そう言い残して控え室を出る。

そもそも高松は彼女の母親が入院していることすら知らなかった。にもかかわらず連絡が来たのは、タマモクロスが緊急連絡先に高松の番号を記入していたからだろう。

車のキーを探しながら駆ける。と、高松はこのレース場にあのウマ娘が来ていることを思い出した。

 

(多分、アレで行くのが一番早い。ダメで元々だ。ひとつ頼んでみるか)

 

高松は関係者たちが集う上階に向かった。

その一方で、タマモクロスは茫然としていた。それでも裏口へ向かうということだけは理解したのか、覚束ない足取りで歩き出す。

胸に手を当てて動悸を押ししずめる。幾度も倒れそうになりながら、ようやく目的地にたどり着く。

車が来るのとほぼ同時だった。

赤く平べったい車がタマモクロスの前に停まる。

 

「乗れ。そこに銀色の四角いボタンがあるだろう? それを押すだけだ。上に開くから気をつけろよ」

 

指示に従い、銀色のボタンを押す。開いたドアは翼を広げたようだった。

 

サイドシル(そこ)に腰かけて、(ケツ)から滑り込むように乗るんだ」

 

タマモクロスが席に収まったのを確認すると、高松は視線を前に戻した。

独特の咆哮(エキゾーストノート)を奏でながら、真紅のランボルギーニ・カウンタックは風を切って走り出した。

 

 

 

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