医師の尽力もあって、タマモクロスの母はとりあえずの危機は脱した。とりあえず、である。最悪には至らなかったというだけで、病状が快復したわけではない。
今も彼女はベッドの上で眠り続けている。
5分後に目覚めるかもしれないし、このままずっと目覚めないかもしれない。
そういう状態だった。
タマモクロスは学園に相談し、短期の休学手続きを行った。
高松は週末にタマモクロスの元を訪れ、状態を確認した後に一週間分のトレーニングメニューを渡した。
身体を動かしていた方が余計な事を考えずに済むという配慮も含まれていた。
"競走"ウマ娘という種族は走らなければ退化する。タマモクロスはまだ競走ウマ娘だった。
夏休みに入った。
病状に変化はない。それとは逆に、タマモクロスの身体は引き締まってきたように見えた。身体を動かしていないと不安なのかもしれない。
以前のような明るさはなかった。
夏休みが終わった。
病状に変化はない。タマモクロスは少しやつれているように見えた。瞳の輝きが鈍い。あまり眠れていないのかもしれない。
高松は自分が無力であることを痛感した。
さらに2ヵ月ほどが経った。
タマモクロスの母は昏睡から覚めることなく息を引き取った。
奇跡は、おきなかった。
秋風の吹く10月下旬の訃報だった。
墓前にはメロンが供えられていた。
その前で立ち尽くすタマモクロスを、高松はただ黙って見つめていた。
高松が彼女と会話したのは、たったの一度だけだった。入院していることも知らなかった。
タマモクロスは喪服ではなく、勝負服を着ていた。セーラー服を元にデザインされたような、濃紺を基調とした服。
それを着て墓前に立つことが、彼女なりの決意だったのだろう。
いま彼女を支えているのは妹たちの存在だった。自分が哀しみに倒れてしまえば、妹たちは不安に押し潰される。
死者は蘇らない。生きている者たちだけで、前へ進むしかない。自分が妹たちの
姉としての矜持が、折れそうになる心を支えていた。
母への報告が終わったのか、タマモクロスはゆっくりとこちらに歩いてきた。目が赤い。それを隠す様子もない。
「レースの手配、頼んます。条件は何でもええけど、場所は阪神で」
「わかった」
吹っ切れたようにそれだけを告げて、タマモクロスは振り返りもせずに歩き出した。
いま自分がすべきことは、母の遺骨に縋って泣き叫ぶことではない。哀しみも切なさも、すべて
深い傷を負う覚悟で前へ進まなければならない。戦うとはそういうことだ。誇りある生き方をしたいのならば。
あがいてもがいて、泥にまみれて傷を負って、それでも前へ進む。
タマモクロスは覚悟を決めたのだ。
高松が選んだレースは11月2周目の条件戦だった。芝2200mと、この日のメインレースであるエリザベス女王杯と同じ条件である。
タマモクロスは16人中16番人気だった。
皐月賞を直前で出走取消、約8ヵ月ぶりのレース。やはり葦毛のウマ娘は走らないのかという風潮が広がっていた。
作戦について、高松は何も言わなかった。好きにやれということだろう。
光を感じて、地下バ道を抜けたのだと知る。ずいぶんと観客が多い。もちろんこのレースが目的ではないだろうが。
ゴール前の関係者ゾーンに目を向ける。高松がいた。妹たちと一緒に。
それだけを確認して、タマモクロスはパドックを終え、ゲートへ向かった。
ゲートが開く。完全に開ききったのを確認して、タマモクロスは一歩踏み出した。急ぐ必要はない。焦る必要も。
定位置となった最後方でメインスタンド前を駆け抜けていく。不安そうにこちらを見ている妹たちが目に入った。高松が心配ないと説明しているようだった。
レースは速いペースで進んでいるようだ。第1コーナーから先頭のウマ娘が見える。かかってはいないように見えた。
第2コーナーを抜け、向こう正面に入る。
15人のウマ娘たちの背中が見える。何故こんなものを恐れていたのだろうと疑問を持った。
本能的に闇を恐れるようなもの、それが過剰に反応しているものだと説明された。
競走ウマ娘としては死んだも同然だった。
なら今の自分は、生き返ったのだろうか。命を貰ったのだろうか。
第3コーナーに入る。そろそろ仕掛けどころを考えなければならない。
最後の直線は356.5メートルとやや短い。ゴール前に急坂があるが、それは大した問題ではない。そんなものは、中山で十分経験している。
第4コーナーを抜けて直線に入る。勝利へのルートはもう視えていた。外に出る必要はない。
風の音を聞いた。
風の声を聞いた。
それは母の声だった。
最後の直線、高松の位置からでは前方のウマ娘たちが壁になって後方の様子が見えなかった。出てくるなら外だろうと気を配っている。だが内を差してくるのではないかという期待もあった。
まだタマモクロスの姿は見えないが、アナウンサーが興奮気味にタマモクロスの名前を叫んでいることに気がついた。
『前の4人が接戦だ。後続勢はまだやってこないか。おっと真ん中からゼッケン10番、えー、タマモクロスだ。タマモクロスが真ん中から突っ込んで来た。巧みな脚捌きで前をかわす。稲妻のようなステップだ! 前との差が詰まる! タマモクロスが飛んできた! 前との差は5、6バ身あるが、凄い脚! タマモクロス! 3番手! 2番手! 前にとどくか! とどくか! とどいた! とどいた! 差し切り勝ち! タマモクロス15人をごぼう抜き! 優勝はタマモクロス!』
雲間から差し込む陽光に照らされて、約1年ぶりの勝利を手にしたタマモクロスは天を見上げていた。迷いが晴れたような笑顔を見せて。
(不甲斐ない娘でごめんな。ウチはもう大丈夫や。大丈夫やから、安心して見といてや)
その日、タマモクロスが叩き出したタイムは同日に開催されたエリザベス女王杯の優勝タイムよりも速かった。