大阪杯。阪神レース場で開催される、芝2000のレース。春のシニア三冠の入り口となるレースである。
高松は控え室のドアをノックし、了解を得て扉を開けた。
「うん。似合ってるじゃないか」
タマモクロスの新しい勝負服姿を見て、高松は相好を崩した。
胸に白い稲妻のマークがついた青いタンクトップに、長い脚を強調するような白いパンツ。青基調のジャケットの両袖には「疾風」と「迅雷」の文字が描かれている
「まあ、悪うないわ。服で
そう言いつつも尻尾はぶんぶんと勢いよく揺れていた。
「ふっ、それで作戦だが、やはり後ろに構えた方が良さそうだな」
「せやな。ウチもそう思うわ」
今回のレースは先行を得意とするウマ娘が多い。前方のポジション争いは熾烈なものになるだろう。そこでスタミナを削られるのは避けたい。
「要するにいつも通りってことや。前で削り合ってくれるなら好都合や」
「だが今回は面子が面子だ。最後方で悠長にしているわけにはいかないぞ。仕掛けどころを間違うなよ」
「分かっとるて。
前走、阪神大賞典もここ阪神レース場で行われた。長距離に不安はなかったが、実際に走らせてみて確信した。やはりタマモクロスの本領は長距離にある。
ここ阪神は彼女のファンも多く、妹たちも気軽に招待できる。それが彼女の一助となっていた。
「ああ。ゴール前であの子たちと一緒に見ているからな」
「おう、んじゃ行ってくるわ」
タマモクロスは自信満々でターフに向かって歩き出した。
ゲート前に集う16人のウマ娘。皆がそれぞれの方法で集中している。1番人気のタマモクロスはやはり注目されていた。いや、警戒されているというべきか。
同期たちと言葉を交わし、先輩たちから声をかけられる。
ファンファーレが鳴り響き、各自ゲートに収まっていく。スタート直前の独特の静寂がレース場を包み、春シニア三冠の始まりを告げる音が響いた。
『――スタートしました。飛び出したのは4番ウラカマイヒメ。公言通り逃げの一手。それを追って行ったのは2番人気のダブルティアラ、マックスクイーン。1番人気のタマモクロスはいつもの位置。最後方からレースを進めます』
メインスタンド前の坂を駆け抜けて、第1コーナーへ突入する。タマモクロスの狙い通り、先行のポジション争いは熾烈なものとなっていた。
第2コーナーを回って向こう正面へ。ポジション争いも決着し、隊列は落ち着いた。
先頭を行くのはウラカマイヒメ。その2バ身後ろに、究極の美女とも称されるマックスクイーン。むろん美しいだけではない。桜花賞とオークスを制した実力派のウマ娘。
さらに少し下がって先行集団。その中で、比較的良いポジションを獲得したのは、昨年のダービーウマ娘、メリービューティー。
その彼女は――
(悪くない展開。いやこれは良い、良いですよぉ。ナイスな展開じゃないか! いけますよ、これわぁ!)
その後ろには差しに構えるウマ娘たち。ロングリブフリー、ダイナムヒロイン、そしてゴールドシチーはここにいた。100年に一人の美少女ウマ娘。
(前にビューティー、後ろにタマモ、この展開は予想通り。ペースもそこまで速くない。やっぱり最後は末脚勝負になる)
冷静に状況を分析し、好位から仕掛ける算段を立てる。
そして最後方にはタマモクロス。
(やっぱGⅠに出てくるやつらはレベルが違うわ。末脚自慢のやつらがぎょうさんいてるからな。いつまでも
『向こう正面、タマモクロスがじわりじわりと上がってきています。現在後方から3番手』
(タマモが上がってきた。アタシもうかうかしてられないわ)
同じ位置からヨーイドンとなれば、いくら末脚に自信のあるゴールドシチーでも分が悪い。タマモクロスよりも前でスパートする。脚は余らせない。これが勝つための最低条件。
(ムムム、この独特の
『タマモクロスが外から来る。ゴールドシチーも動き出した。その前にメリービューティーがいる。世代の人気3人が固まってる。第3コーナーから第4コーナーの中間点。先頭はウラカマイヒメ。その内にマックスクイーン。その外からゴールドシチー。タマモクロスは1番外に出て直線コースに入る』
(阪神内回りの直線はそない長ない。けどこの差ならイケる。あとは駆け抜けるだけや!)
『さあ最後の直線だ。ウラカマイヒメ粘れるか。マックスクイーンが猛追。外からゴールドシチーとタマモクロス。内をすくってメリービューティー。ダイナムヒロインも突っ込んで来た』
最後の直線。レース最大の見せ場であり、熱気が最高潮に達するところ。すべてのウマ娘たちが己の脚に活を入れ、阪神の坂へ挑む。
『マックスクイーンがウラカマイヒメをかわす。現在先頭。しかし外からタマモクロス。タマモクロスが一気に来た。並ばない! 並ばない! 見てくれこの脚! これがタマモクロスだ! これが白い稲妻だ! タマモクロスが1着でゴールイン! 2着は混戦だ! マックスクイーン、ゴールドシチー、ダイナムヒロインがもつれるように入ります!』
「勝った勝った! タマ姉ぇまた勝ったよ!」
「あんまり騒がないの。タマ姉ぇが負けるわけないじゃない」
下の妹が無邪気に騒ぎ立て、それを上の妹が諫めている。しかし尻尾をぶんぶん振りながら諫めても説得力がなかった。
(ダブルティアラ相手でも問題なく勝てたか。本当に強くなった。しかしあのアナウンサー、地元だからといってタマモを贔屓しすぎじゃないか? あとで怒られないといいけどな)
アナウンサーはすべてのウマ娘に平等でなければならない。だが熱が入りすぎて主観を口にしてしまうアナウンサーもいる。
そんなどうでもいいことを考えながら、高松は妹たちを連れてライブ会場へと向かった。