とある葦毛のウマ娘   作:乾燥海藻類

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第15話 宝塚記念

宝塚記念。年の前半を締めくくるグランプリレース。春シニア三冠の最終戦。

 

「やはり最も注意すべきなのは、アキツテイオーだな」

 

マイルの帝王という二つ名を持つマイラー。大阪杯で対決するかとも思ったが、彼女が選んだのは大阪杯の翌週に開催されたGⅡ阪神ステークスだった。そして前走の安田記念でも優勝している。

 

「前年の宝塚記念でも2着に入っている。要注意だ」

 

世間が注目しているのはそこだ。2200mという距離は、アキツテイオー(マイラー)にとっては少し長く、タマモクロス(ステイヤー)にとっては少し短い。とはいえ、タマモクロスは中距離が苦手というわけではない。むしろ過去のレースでは中距離で何度も優勝している。それが、マイルの帝王相手に通じるのか。結局はそこに集約される。

 

最近は当然のように1番人気を取っていたが、今回はアキツテイオーに譲って、タマモクロスは2番人気だった。

アキツテイオーはただのマイラーではない。天皇賞(秋)も勝っているし、前年の宝塚記念を走ったという経験がある。

対してタマモクロスは、厳しい言い方をすれば勢いだけで来たというウマ娘だ。勢いだけで天皇賞(春)が勝てるか? という擁護もあるが、レース運びはまだ未熟で、末脚頼みのウマ娘と言う者もいる。

総合的な評価を下せば、安定感のあるマイルの帝王に分があると決着したのだろう。

ファンというものは、レース前にそういった口論をするものだ。

 

「人気が順位通りになるとは限らん。ウチが欲しいのは1番人気やのうて1着や」

「そうだな。阪神の走り方について、今さら言うことはない。勝ってこい、タマモ」

「言われんでもな」

 

ゴツンと拳をぶつけ合い。タマモクロスはゲート前に向かった。

 

 

 

 

『さあ、各ウマ娘ゲートインが完了です』

 

スタート前の静寂。何度経験しても緊張の瞬間である。

 

『スタートしました。綺麗なスタート、まず飛び出したのはミスレディ。内の方は固まっています。アキツテイオーも中を突いて上がってきています。内を突いて出てきたのはメジロフルマー。メジロフルマーが先頭です』

 

先頭(ハナ)に立ったのはメジロフルマー。目黒記念、日経賞を優勝し、調子を上げてきている。目黒記念ではメリービューティーを抑えての優勝だ。

全員がほぼ一団となってメインスタンド前を駆け抜けていく。

 

『アキツテイオーが早々に位置を押し上げています、現在2番手。タマモクロスは後方から3番手でレースを進めます』

 

第1コーナーから第2コーナーのスパイラルカーブでアキツテイオーが仕掛ける。逃げるメジロフルマーの後ろまで駆け上がった。

 

(メジロフルマーを風除けにしてスタミナを温存するハラか)

 

タマモクロスが場を乱し、ドサマギで主導権を得るのだとすれば、アキツテイオーは周囲に意気を伝播させ、相手のレース勘を狂わせるといったところだろうか。

 

(気を抜いたら呑まれる。さすがは帝王や)

 

後から眺めているだけでも、その威圧をヒシヒシと感じる。前を走るメジロフルマーはたまったものではないだろう。タマモクロスは慎重に仕掛けどころを探っていた。

 

(勝負は下駄を履くまでわからへん。帝王には帝王ゆえの慢心がある。そこを、突く!)

 

『向こう正面の半分を過ぎました。先頭はメジロフルマー。それをマークするようにピッタリと2番手にアキツテイオー。タマモクロスが早くも上がってきた。第3コーナーへ入ります』

 

タマモクロスがアキツテイオーの背中を捉えた。その瞬間、アキツテイオーが動き出す。第3コーナーから第4コーナーの中間点。メジロフルマーをかわして先頭に立つ。

 

(ちぃ、息つく暇もあらへん。追うしかない!)

 

『さあ第4コーナーを抜けます。外からメジロデュレン、ロングリブフリーも来た。塊となって最後の直線に突入します。先頭はアキツテイオー。タマモクロスは現在5番手』

 

(捉えたでマイルの帝王! 勝負はここからや!)

 

『先頭はアキツテイオー。内からはメジロフルマー頑張っている。タマモクロスが来た。タマモクロスが来た。しかし阪神はここから坂がある。上りきれるかタマモクロス! 粘りを見せるかアキツテイオー!』

 

最後の直線、前には唯ひとり。まだ100mある。だが――

 

(脚が――重いッ! なんでや……なんでこんな……)

 

前走、天皇賞(春)では3200m走ってもまだ余裕があった。そのレースより1000mも短いというのに、もう限界が来た。

 

(坂か? バ場か? 疲労が完全には抜けてへんかった? それとも、ウチが帝王の威にあてられとったっちゅうんかいッ!?)

 

残り50メートル。1バ身が遠い。

 

 

 

――過剰な(りき)みは肉体に不和を生じさせる

 

 

 

そこで、タマモクロスは高松の言葉を思い出した。身体からほんのわずか、力を抜く。肘の角度、膝の角度、それが1度違えば、それはもう最適なフォームではない。

カチリ、と。何かがハマる音がした。

 

反動を膝で吸収し、蹴り出す。意識するのは膝と蹴り足。疲れ切った身体が思い出したのは、徹底して叩き込まれた基本の動き。一番楽に走れる、一番無駄のない動き。

筋肉と関節と神経が理想の連動性を生み出し、タマモクロスの身体は稲妻となった。

 

『アキツテイオー粘れるか! タマモクロスが出てきた! タマモクロスだ! タマモクロスが抜けた! タマモクロスが先頭に立った! タマモクロスが先頭でゴールイン。優勝はタマモクロス! 怒涛の7連勝!! タマモクロスが春のシニア三冠を制覇しました!!』

 

 

 

勝利を確信した自分を抜き去った一陣の風。その葦毛の髪に、白い稲妻が帯電しているのを幻視した。

完璧なレース運びをしたはずだった。その上を行かれた。アキツテイオーは時代の風がうねりを上げて昇華するのを感じて瞳を閉じた。

 

 

 

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