とある葦毛のウマ娘   作:乾燥海藻類

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第16話 大空に唄う

「お疲れ様」

「おう、あんがとさん」

 

ウイニングライブを終えて控え室に戻ってきたタマモクロスにタオルとドリンクを渡す。

はしゃぎ疲れた妹たちはソファの上で寝息を立てている。

 

「どうだった? マイルの帝王は」

「うん。さすがってところやな。春天よりキツかったかもな。でもなんか……なんか掴めそうやったんや」

 

タマモクロスは曖昧気味に小さく頷いた。

 

「確かに最後の走りは、無駄がないというか、洗練されていたように見えたな」

「トレーナーから見てもそうか。後で見直してみるわ」

 

掴めそうななにか(・・・)というものが、雲のようにはっきりしないものではあったが、自分がさらに成長するための、必要不可欠なものだという確信があった。

 

「ああ、それと。あいつ、見に来とったで」

「あいつ?」

「あいつやあいつ。カサマツから来たっちゅう……」

「ああ、カサマツの若き怪物か」

 

彼女の名前は、ダービーの一件で世間に広く知れ渡った。それを仕掛けたのはひとりの若い記者だったが、皇帝シンボリルドルフも一枚噛んでいることが分かって余計に問題が大きくなった。

 

(クラシック登録を忘れるとは……)

 

普通ならあり得ないことだが、中央の事情に疎い地方の出身ならあり得るのかもしれない。

 

「確か3連勝……いや、4連勝だったな」

 

重賞レースを立て続けに4連勝。実力は地方レベルを遥かに超えている。

 

「予想以上に順調だな。ぶつかるとすれば――」

『天皇賞(秋)』

 

ふたりの声が重なり、笑い合う。

 

「これまでのレースから見て、彼女の得意距離はマイル~中距離だ。キミとの対決を避けるなら、マイルチャンピオンシップという線もある。地方出身ならダートも走れるだろうから、チャンピオンズカップも視野に入るな」

「いや、あいつは来るわ。そういう目をしとった。なんちゅうか、あいつは特別なんや」

 

気にかけたのは自分と同じ葦毛だからか。あるいはもっと違う、運命的な何かを感じたのか。

高松には知る由もなかった。

 

 

 

 

 

GⅠ3連戦は肉体的にも精神的にも疲労が大きいと感じたのか、その後のトレーニングは抑え気味に行った。

 

「最近は大レースが続いたからな。ここらで一息いれるのも悪くない」

「そういやもうすぐ夏休みやけど、予定はあるん? 合宿は無理なんやろ?」

 

チームではない高松とタマモクロスは、合宿の抽選権すらない。だが高松はある計画を頭に描いていた。

 

「合宿は行くさ。個人で行く分には何の問題もない。せっかくだ。キミの妹たちも誘って行こう」

「そりゃあいつらも喜ぶやろうけど、こっちの方は大丈夫なん?」

 

タマモクロスが親指と人差し指で円を作る。

 

「キミには随分と稼がせてもらったからな。むしろ使わせてくれ。それくらいしないと申し訳ない」

「さよか。ならお言葉に甘えとくわ」

 

タマモクロスは簡単に了承した。彼女の妹たちとも相談し、合宿は夏休み初日に出発することになった。

場所は着いてからのお楽しみということで、妹たちは心を躍らせていた。

 

その日、つまりは出発の日、高松はタマモクロスを乗せてトレセン学園を出発した。関西で妹たちを拾い、進路はさらに西へ。

高速道路は子供たちにとって退屈だったが、海が見えた時点で機嫌が上向き、海上の吊り橋に入った瞬間に最高潮へ達した。

 

「四国へ行くんか」

「ああ、俺の故郷だ。海もあるし山もある」

「うみっ!? 泳げるっ!?」

「もちろん。ちゃんと水着は持ってきたね?」

「持ってきた!!」

 

後部座席で妹たちが興奮気味に応える。

 

「けど泳ぐのは明日。今日は神社にお参りだ」

「神社? まさか八十八カ所巡るんか?」

 

タマモクロスは訝しんだ。

 

「まさか。さすがにそんな時間はないし、子供たちも退屈だろう。聞いたことないか? 一生に一度はお参りしたい、伊勢神宮と金刀比羅宮(ことひらぐう)

 

金刀比羅宮。地元では親しみを込めてこんぴらさんとも呼ばれている観光地である。山の中腹にある神社であり、軽い気持ちで行くと後悔することになる。それでも参拝者は全国から訪れる。

 

「お~、賑わっとるな」

 

スタート地点となる表参道には土産店や軽食店が軒を連ねている。そこで名物の讃岐うどんを軽く啜って、一行は石段を登り始めた。

 

「あっ、見て見て。おっきなプロペラがある!」

 

妹たちが左側の広場にある巨大なプロペラを見上げて感嘆の声を漏らしている。

 

「ここの主祭神は海上守護の神さまだからな。造船会社が奉納したんだ」

「ほー海上守護か。ウチらにはあんまり関係なさそうやな」

「他にも金運や良縁、商売繁盛に健康運などがあるな」

「いや、欲張りセットか!」

 

タマモクロスがビシィとツッコミを入れる。

さらに登っていくと、立派な造りの社が見えてきた。

 

「おっ、本宮が見えてきたで」

「あれは旭社だ。本宮じゃない」

「ほな参らんでええの?」

「本宮の後に参拝するのが正しい順序だ」

 

そう言って、高松は回廊に沿って北へと進んでいく。その先に手水舎が見えてきた。

 

「ここで手と口を濯いで邪念を払い落とす」

「いや、邪念て」

 

妹たちに正しい作法を教えながら、身を清める。

その先にある最後の石段を登り、ようやく御本宮に辿り着いた。

 

「結構な石段登ってきたな。何段くらいあったん?」

「785段だ」

 

本来なら表参道から本宮までは786段の石段があるが、786(なやむ)と語呂が悪いので、後から1段下げる石段を作り、785段にしたといわれている。

 

「さて、これからが本番なわけだが、タマモはお参りの作法は知っているか?」

「バカにせんといてや。鈴ならしてお賽銭いれて、二礼二拍手一礼やろ」

「正解だ。みんなお願いは決めたな。じゃあ、参ろうか」

 

それぞれが、自分の心の中で神さまに願いを伝える。

 

(タマモが怪我なく走れますように)

(秋シニア三冠、絶対取る!)

(タマ姉ぇが勝てますように)

(タマ姉ぇが日本一のウマ娘になれますように!)

 

「次はおみくじを引くか」

 

本宮からさらに登ったところに奥社があるが、子供の足では辛いだろう。それにパワースポットとはいえ、子供には退屈な場所であることは否めない。

高松は奥社とは反対の、左側に向かって歩き出した。

 

「中吉だ」

「中吉や」

「中吉!」

「中吉!」

 

おみくじは4人そろって中吉だった。

 

「これはこれで凄い確率だな。いやそうでもないのか」

 

おみくじの確率がどうなっているのかは知らないが、吉、中吉あたりが1番多いような気がする。そう考えれば、さほど珍しいわけでもないのかもしれない。

とりあえず近くの樹の枝におみくじを結び、病気や災いから守ってくれる幸福の黄色いお守りを買った。帰りに忘れず旭社に参拝し、表参道で舟々せんべいと石松まんじゅうとうどんソフトクリームを食べて、高松一行は金刀比羅宮をあとにした。

 

その後、高松は東に向けて車を走らせた。車中では三姉妹がこんぴらさんで買った加美代飴をハンマーで割って分け合っていた。

しばらく車を走らせると、綺麗な砂浜が見えてきた。海を挟んだ向こう側にはドルフィンセンターが見える。

高松は砂浜近くのホテルの駐車場に車を停めた。

 

チェックインをすませ、その日は温泉に入ってぐっすりと眠った。

こうして妹連れの夏合宿が始まった。とはいえ、疲労を抜く目的もあるので、あくまで軽めの夏合宿である。

 

トレーニングをして、温泉に入る。

トレーニングをして、イルカと戯れる。

トレーニングをして、アスレチック公園で遊ぶ。

トレーニングをして、お城見学に行く。

トレーニングをして、動物園へ行く。

トレーニングをして、水族館へ行く。

トレーニングをして、遊園地へ行く。

 

「意外と……ちゅうたらアレやけど、なんでもあるもんやな」

 

客室の窓際に設置されたソファに腰かけて、夜の砂浜を眺めながらタマモクロスはぼそりとつぶやいた。妹たちは遊び疲れたのか、すでに夢の中だ。

 

「住むには良いところだよ。天災はほぼないし、水不足くらいかな」

「水不足て、このご時世に?」

 

タマモクロスはいまいち理解できずに首を傾げた。

 

「まあこれは、地元の人間じゃないと理解し難いだろうな。慣れれば毎年の恒例行事にすぎないんだが」

「水不足が恒例行事ってのもイヤやな」

「最近はかなり頻度が低くなったんだがな。ま、人間にとっては住みやすくても、ウマ娘にとっては違うかもしれん。高知まで行けばトレセン学園があるから、ウマ娘用の施設や用品なんかはそっちの方が揃っている」

 

地方と中央の大きな差というのは、やはり設備の充実さにある。ウマ娘の才能や才覚については何とも言えないが、設備という目に見えてわかる差は現実としてある。それが成長に差をつけているのもまた事実なのだ。

その辺の事情は脇に置いて、タマモクロスは何とはなしに、訊いた。

 

「ここはトレーナーの地元なんやろ?」

「ああ」

「実家には帰らへんの?」

「……ああ。言ってなかったか。実家はもうない。両親が鬼籍に入った時に、土地ごと売り払った」

 

高松はこともなげに言い放つ。話を振ったタマモクロスの方が、渇きを覚えてつばを飲み込んだ。

 

「ダービーの日だった」

 

当時を思い出すように、高松は無意識に天井を見上げた。

 

「初めて担当した()がダービーに出る日だった。本命ではなかったが、レースの展開次第では優勝を狙えるかもしれない。そんな感じの仕上がりだった。そんな時、親父から電話があった。母が倒れたと。悩んだが、俺はウマ娘を優先した」

 

タマモクロスは合いの手も入れずに聞き入っている。

 

「結果はまあ、入着すらできなかったが。ともかく俺は泣きじゃくるその()を宥めて、慰めて、寮まで送っていった。その後、実家に戻ったが間に合わなかった」

 

語られた記憶は、自分の記憶と重なり、タマモクロスは胸にチクリとした痛みを覚えた。

 

「そして親父は、男とは脆いものだな。しばらくして母の跡を追うように亡くなった。遺産整理の折に、家も処分したというだけの話だ」

「……そっか」

 

何と言ってよいか分からず、タマモクロスはただ静かに頷くだけだった。あの時、高松が有無を言わさぬ姿勢で自分を母の元に連れて行ったのは、そういう背景があったのだと、タマモクロスは今さらながらに納得した。

 

「俺は地元(ここ)が嫌いだった。今でこそ多少発展しているが、俺が子供の頃は何もない町だった。だから早く町を出たかったし、家を処分することに何のためらいもなかった」

「……でも合宿にここを選んだっちゅうことは、今は違うってことやろ?」

「そうだな。今はそれほど、嫌いじゃない」

 

テーブルのお茶で喉を潤し、高松はようやく一息ついた。

 

「すまん。とりとめのない話だったな」

「いや、話してくれてありがとな。もう遅いし、寝よか」

 

身体が(こわ)ばっていることを悟らせまいと、タマモクロスは布団に身体を潜り込ませた。

高松は苦笑しながら、電灯のスイッチをオフにした。

 

「おやすみ」

 

その夜、タマモクロスは久しぶりに母の夢を見た。

 

 

 

 

 

薄闇の中で、高松はタマモクロスと出会った頃を思い出していた。

目を引くのは脚の長さくらいで、それ以外はてんでダメ。一言で言えば、弱弱しい印象だった。それとは対照的に瞳だけは異彩を放っていた。

それでも、思いだけで勝てるほどレースは甘くない。鍛えて鍛えて、重賞のひとつふたつ勝てれば御の字かな、くらいに思っていた。

だがそれは、良い意味で裏切られた。

 

今では誰もが認めるGⅠ(スター)ウマ娘。春のシニア三冠を制し、世代最強とも噂されている。

秋シーズンも、きっとこの()が主役になる。

この()は大空へと羽ばたいていく。

そんな輝かしい未来を夢見て、高松は瞳を閉じた。

 

 

 




というわけで完結です。
秋三冠は春とほぼ同じ流れなのでもういいかなと。

天皇賞(秋)は領域(ゾーン)を解放して勝利。
ジャパンカップは向こう側の力(ウマソウル)に触れて勝利。
記念は明鏡止水の心(クリアマインド)に覚醒して勝利。

こんな感じで秋三冠を制覇して年度代表ウマ娘になります。
最後までおつき合いいただきありがとうございました。
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