前回の後書きで盛大なネタバレをしてしまいましたが、秋シニア三冠編スタートです。
お時間ある方はお付き合いください。
オグリキャップ。カサマツから来た若き怪物。
一目見た瞬間から、何か引っ掛かりのようなものを感じていた。
それがいま確信に変わる。
――コイツとは、長い付き合いになる
それはもちろん慣れ合いではなく、レースという非情の世界で鎬を削り合うということだ。
中央に来てから、実に5連勝。その全てが重賞レース。
これはハッキリと言って異常である。地方から中央に来るウマ娘は偶にいるが、そのほとんどが涙を流す結果となる。
カサマツでは12戦10勝と聞いたが、むしろ誰に負けたのかが気になってくるレベルだ。
(中央のデビュー戦でGⅢを選択する六平トレーナーにも驚いたが、それに応えるウマ娘も尋常な胆力じゃないな)
さらに目を奪うのは終盤の走り。こんな独特のフォームで走るウマ娘は中央にも中々いない。
「見れば見るほど、特異なフォームだな」
倒れそうになるほどの前傾姿勢。膝の柔らかさがこの豪脚を生み出しているのだろう。
「ウチもこのフォームを真似れば速なるんちゃう?」
モニターを見ていたタマモクロスが高松に視線を向ける。良いものは取り入れると考えるのは普通のことだ。別に走り方に特許があるわけでもあるまい。だが高松の反応は冷ややかだった。
「デメリットの方が大きいな。今のキミの
「そりゃあ、
春シニア三冠を獲得した折の記者会見で、秋シニア三冠も取ると豪語した手前、無様をさらすことは許されない。
オグリキャップ陣営はすでに天皇賞(秋)への出走を表明しており、早くも世間では葦毛対決に盛り上がっていた。
「あのメガネもあっち贔屓にしとるみたいやし」
「あの人は、挑戦者の味方だからな。宝塚の時はこっちを盛り上げてくれたじゃないか」
「そういうのを節操なし言うんや」
「彼は誰かのファンじゃなく、ウマ娘のファンらしいから。それに記者として特定の誰かを応援することを避けているようなふしもある」
「もうあのメガネの話はええわ。それよりこっちや」
タマモクロスは再びモニターへと目を向ける。話を振ったのはそっちだろうと、高松はため息をつきながら手元の資料を探った。
「直前でコケる可能性もあるぞ。毎日王冠はそう容易く勝てるレースじゃない」
次にオグリキャップが出走する毎日王冠では、タマモクロスも対戦経験のあるロングリブフリーやダイナムヒロイン、海外遠征から帰ってきたシリウスシンボリなどが出走を表明している。
オグリキャップよりもレース経験豊富なベテランたちだ。これまでのレース映像を見るかぎり、オグリキャップのレース運びは熟達とはほど遠い。
(典型的な末脚ドーンだからな。それで勝てるというのが、末恐ろしいところでもあるが……)
その鋭さは、高松から見てもシニア級の末脚自慢たちと遜色がない。
(なんか、宝塚記念と似てるな)
あの時も
「ま、そこはお手並み拝見といこうやないの」
タマモクロスはニンマリと笑みを零し、モニターの電源を切った。
◇
結果から言えば、毎日王冠を制したのはオグリキャップだった。これまで通り、差しに構えてからの末脚で大外を捲っての勝利。
(こんな勝ち方されちゃぐうの音も出ないな)
中盤辺りでいささかの駆け引きはあったようだが、それをはねのけての勝利だ。オグリキャップにしてみれば、外が空いてるからそっちに行こう、くらいの感覚だったのかもしれない。
(それはさすがに穿ち過ぎか。内を絞められたら外に行くしかないし。本来なら
それを一蹴しての勝利だ。これは明らかに異質な強さだ。
(そんで天下を獲る、だものな)
秋の天皇賞前に行われた記者会見で、オグリキャップはそう意気込んだ。隣に
そのタマモクロスは、宝塚記念後の記者会見でも言ったように、秋シニア三冠を獲ると宣言した。
メディアは大喜びだ。
各紙が葦毛頂上決戦と一面を飾った。
新聞を畳み、高松はタマモクロスに目を向ける。
あと一時間もすれば、葦毛頂上決戦が始まる。
「なあ、トレーナー。このレース――」
『先行で
ふたりの声が重なる。タマモクロスは目を丸くし、高松はニッと笑った。
「考えることは同じのようだな」
「ははっ、せやな」
認めたくはないが、オグリキャップの末脚はタマモクロスと同等の域にまで達している。いつも通り後方で構えていては、差し切れない公算が高い。
「逃げるのはトップシュンベツかロードロイヤルか、あるいはその両方。その後ろに付く」
「スリップストリームでスタミナを温存し、オグリキャップよりも先にスパートする、やな」
オグリキャップとタマモクロス、末脚の最高速は同じだとしても、最高速を維持する時間はタマモクロスに分がある。
タマモクロスに合わせてスパートしても、オグリキャップの末脚は最後まで持たない。
「レース経験の差が違う。オグリキャップはこのレースで、それを思い知るだろう」
単純な出走回数だけなら、オグリキャップの方がタマモクロスよりも多い。だが地方と中央のレベル差は厳然としてある。あくまでオグリキャップが異常であり異質なのだ。
(六平トレーナーが中央で連戦させたのは自信をつけさせるため。だから細かい作戦指示などはしなかったのだろう。まさか全勝するとは思わなかったが)
特にスーパーGⅡとも呼ばれる毎日王冠を圧勝したのは、高松も予想外だった。シンボリルドルフがダービー出走署名運動に協力したのも分かる気がした。
◇
タマモクロスが先行ポジションでレースを進めるのは、あの事件以来初めてのことだった。デビュー当初は先行でレースを進めることが多かったが、転倒事故によりバ群恐怖症になり、後方一気という追い込み脚質に頼らざるをえなくなった。
その症状を克服した後でも、そのまま差しや追い込みでレースを進めることが多くなった。だが決して先行策ができなくなったわけではない。
観客席からは少なくないどよめきが生まれたが、デビューからタマモクロスを応援していたファンからは歓声が生まれた。
(速度を落としよったか。なるほどな、そういう戦略か……)
先頭で逃げるロードロイヤルの背中を睨みつけながら、タマモクロスは心中でつぶやいた。
前半をハイペースで飛ばし、中盤にミドルペースに落とす。それは逃げとしては王道的な戦略だった。
(そんなんより後ろや。随分と睨まれたもんやで)
振り返るまでもなく感じる、背中を刺すような怪物の視線。気の弱い者なら、その気迫に満ちたプレッシャーから脚が速くなりそうなものだが、タマモクロスは
そして最終コーナー手前、ロードロイヤルをかわして最後の直線に入る。
(
余力は十分にある。自分の末脚についてこれるウマ娘は、ただひとり。徐々に詰まってくる差は、だがゴールまで決して埋まらないだろう。
残り200メートル。タマモクロスは確信を持って脚を震わせた。
(風の音も、脚音も、歓声も、
扉が開く。その内より迸るのは純白の雷光。それすなわち――白い稲妻。
先鋭化した意識が世界を加速させる。
その光は、後方から迫るオグリキャップを置き去りにした。
(負ける気がせぇへんッ!)
そして彼女は、必勝の笑みを浮かべてターフを駆け抜けた。