とある葦毛のウマ娘   作:乾燥海藻類

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第07話 バ群恐怖症

タマモクロスがまともなトレーニングに取り組めるようになるまで二週間を要した。12月のGⅠレースは見送る予定であったが、タマモクロスの強い希望で、一番日程に余裕が持てるホープフルステークスに出走を決めた。

 

開催までの約一ヵ月間、高松は念入りにタマモクロスの身体をケアし、追い込んでいく。怪我の後遺症もなく、万全の状態でレースに送り出すことが出来た。

少なくとも高松は自信を持ってそう思っていた。

 

そして来たる12月28日。中山レース場には大勢の観客が詰め寄せていた。ジュニアクラスを締めくくるレースでもあり、来年のクラシック戦線を占うレースでもある。

 

(さすがに粒ぞろいだな)

 

パドックに登場するウマ娘たちを眺め、高松は手早くデータをまとめていく。

 

(調子が良さそうなのは、ゴールドシチー、メリービューティー辺りか。マーティリアは少し入れ込み過ぎだな)

 

パドックが終わり、それぞれがゲート前に向かう。その途中で、高松はタマモクロスに短く指示を出す。

 

「作戦は予定通り先行でいこう。警戒するのはゴールドシチー、メリービューティー。あとはレースの状況次第で臨機応変にな」

「了解。シチーは最近調子上げとるしな。油断ならん相手や。ほな、行ってくるで」

 

タマモクロスの調子は良い。だがそれはあくまで肉体面に限ったことだ。いくら高松でも、本人すら自覚していない精神面の異常を見抜くことなどできなかった。

 

ファンファーレが鳴り響く。

唾を呑み込む音すら聞こえそうな静寂の中、ゲートが開く。

14人のウマ娘たちが一斉に飛び出した。

 

中山レース場2000mのコースのスタート位置は、第4コーナーを回った後、直線に入ったところにある。

つまり最初にホームストレッチを駆け抜けていくわけで、坂越えが2回あるということだ。

最初の坂は十分な助走距離があり、スタミナもある。だからといってここで必要以上にスタミナを消費すれば、二度目の坂で地獄を見ることになる。

 

タマモクロスは2番手で坂に突入した。好位に付けていると言っていいだろう。だが坂を駆け上がり、第1コーナーに突入しても、タマモクロスは張り合うように外から先頭を行くウマ娘をかわそうとしているように見えた。

 

(バカな。ここは無理をする場面ではない。後ろについてスリップストリームを活用する状況だ)

 

タマモクロスがそれを分かっていないとは思えない。高松がもう少しよく観察すれば、タマモクロスの耳が(しき)りに動いていることに気づいただろう。まるで何かに怯えているような動きに。

 

向こう正面でタマモクロスは先頭に立った。

タマモクロスが逃げていることに観客はようやく気づく。興奮半分、動揺半分といったところだ。

いけるのか? 大丈夫か? 大丈夫だ! いけるいける!

観客の声が高松の耳にもとどいてくる。

 

(持つのか? 持たせられるのか?)

 

不安だけが募っていく。タマモクロスがかかっていることは容易に知れた。ここから先がどうなるのか、高松には予想もつかなかった。

 

結局、タマモクロスが先頭を維持できたのは第3コーナーを抜けたところまでだった。

1人、2人と追い抜かれていき、3人目のゴールドシチーは愕然とした表情でタマモクロスをかわした。

タマモクロスは虚ろな顔で、14番目にゴールラインを通過した。

 

 

 

 

 

帰りの車中、ふたりは無言だった。

トレセン学園についた後も、タマモクロスは茫然としていたままだった。高松はそんな彼女を背負い、寮まで送って行った。

寮の玄関で待ち構えていたようなフジキセキにタマモクロスを渡し、冬休みいっぱいは休養すると伝えた。

その後、高松は自室に戻り、今日の出来事を反芻した。

 

(発走直前まで変わったところはなかった。おかしくなったのはレース直後)

 

逃げなんて一度も練習したことはないし、こちらの指示に逆らってぶっつけ本番でやるような性格でもない。

つまり逃げざるを得ないような状況だったと考えるのが妥当だろう。

 

決定的だったのは、最終コーナーから直線にかけて抜かれた時、タマモクロスはほとんど目を瞑っていた。

生まれたての小鹿のように震えながら。

台風が至近距離で通過していくのを耐えるように。

 

(バ群恐怖症……か?)

 

練習では全く兆候は見られなかった。

観客の声、戦場(ターフ)の風、ウマ娘の気勢、そういったものがないまぜになって、レースという非日常を作り出す。

故に本番まで、本人も気づけなかったのだろう。

 

前例がないわけではない。稀代の逃げウマ娘と呼ばれた彼女も、後にバ群恐怖症だと告白した。

そのウマ娘はすべてのレースで大逃げを打ち、2番手に影すら踏ませなかった。それが衝撃的であり、だれもバ群恐怖症などとは思わなかった。

 

(タマモに大逃げは無理だ。かといって溜め逃げというのも現実的ではない)

 

バ群を引き連れて逃げる溜め逃げは、常に後方からのプレッシャーを受ける。それをコントロールしつつレースを支配し、最後の直線でもうひと伸びする、いわゆる逃げて差す戦法であるが、後方からのプレッシャーを受け続けるという時点で、タマモクロスは必要以上の体力を消耗するだろう。

 

(ならば追い込みしかないわけだが……)

 

前がダメなら後ろを取るというのは、自然な流れではあるが、追い込みには大きなデメリットがある。それはレース展開に大きく左右されるということだ。

つまり、安定して勝てる作戦ではない。

 

(だがやるしかない)

 

状況を打開する方法は、これしか残されていないのだから。

 

 

 

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