もしもの『私』が   作:Fry-Hopper

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03 Icy Bambina

 

「なによ。ぬりかべみたいな顔しちゃって」

 

翌朝になり彼女は結局お風呂に入ることになる。装備品を既存の部品と混合して艦娘化すれば短期間で新たに作り直せるかもしれないと妖精たちは言っていた。

 

そしてカーテンのように張られた布越しに服を脱ぎ棄て、彼女はバスローブで体をぐるぐる巻きにしながら出てくる。だが肩部には浅く血がにじんでいた。

 

「いたっ」

 

半信半疑でタオルを巻いたまま湯船に全身をつけ込み、そっと両足を上下に動かす。見えない傷が開いたか肩以上に全身がチリチリと熱く痛む。傍らにしゃがみ込む猫は心配そうに彼女を眺めている。

 

あの子は深海棲艦ならばと言っていたが、あの子がそう思ったのであればそうなのであろう。なんとも奇妙うな感覚だった。猫と話をしている間に傷はふさがり始め、髪が見てわかるほどハイペースで伸びている。

 

彼女が呼びつけられた際に媒介となった物によるためか。ややあって、彼女の髪は正確なツインテールにと戻った。

 

「わかってるわよ」

 

だが、猫の表情は暗い。カラダが痛み、修復するという事が問題なのだ。やはり自分達こそが最前線にいると実感させられる。パトリにより力を借りられる『もしもの私たち』は、全て自分より後ろの歴史にのみ存在しているようだ。

 

「その時はその時。あんた責任とんなさいよ」

 

彼女は一切透けの許さないタオルに身を包まれながら立ち上がり、簡易脱衣所に向かうと手際よく用意されていた服に身を包んだ。彼女が猫と共に浴室施設から出ると出合い頭に少女が抱き着いて来た。

 

そんな趣味はないと、彼女は引き離そうとするが様子が違うようだ。少女は腰元に縋りつくように抱き着き、瞳に涙を浮かせている。彼女の服装が仲間を思い出させたようだ。

 

昨日今日で割り切れるほど浅い仲では無かったという事だろうか。いや、少女の艦娘柄かもしれないが。今は泣きたいだけ泣かせるしかない。涙の止め方は自分自身が見つけるしかないのだから。

 

 ――何よあんた、泣いてるの?

 

 ――泣いてなんかないわよ

 

妖精が持ち寄った二刀のカタナは、元の大剣を二つに折った素材で出来たものだ。不慣れな二刀をぎこちなく腰に差し、副次的に作られた艦娘用の赤いスケート靴のようなブーツを履く。

 

少女につられるように彼女のホホには自然と乾いた涙が伝い始める。装備の艦娘化によるためか、より色濃く『正当な持ち主』からの想いが伝わって来る。

 

いつか私は、私たちは闘い合い、その結末は覚えていない。いつか隊長と話をした際に、アイツはいつだって不器用にはぐらかしていた。きっと識っているのだろう。だが。だからきっと。

 

それが彼女には悔しかった。

 

帯刀した剣が哭いている。私は私であり、それらは全てやはり私だ。『時空見守り隊』の言うようにただ力を借りているわけではない。だからこそ。

 

「何よ、小粒が目に入っただけなんだから」

 

少女をあやすように肩に乗りホホを舐めていた猫が、心配そうに彼女を見上げる。しかし彼女はいつものように凛とした態度で次の事に臨んだ。

 

幸いにもあの子が目を覚ますまでにはまだ猶予があるようだ。もっとも、妖精の調整によるところが大きいのだろうが。

 

彼女は新しい装備の確認のため海に足を乗せた。時空間跳躍能力が大幅に下がり、代わりに艦娘と同じように海上を航行できるようになったという。

 

かかとに気をやるという奇妙な感覚に合わせながら超電磁推進機構のような海水ジェット噴射器に力を込める。そして彼女はぶっ飛んだ。

 

「ちょっっっっつとぉおおおお!!」

 

斜め前方の上空に飛び出すと、半回転しながら大きく海上に尻もちをつく。海上はコンクリートのように硬化していて、尾骨まで強打した。

 

少女はいきなり噴かすと危ないと、艦娘用の靴だけを履き猫を肩に乗せて海上に遅れて付いて来た。彼女は先に言いなさいと指をビッと突きつけ怒り狂う。

 

少女の説明では、これは波打つ動く歩道を自走式のローラースケートで走るようなものだという。運用には高度なセンスが必要になるとも。彼女はなぜ先に言わないのかと座ったまま詰問するが、少女は言っても気かなそうだったとモゴモゴ答えた。

 

少女の肩に乗る猫も確かにそう思われても仕方ない。一理あるといった様子で大きく頷いている。彼女は大きくフンと鼻息を噴きソッポを向くが、自分から少女に手を伸ばした。

 

幸いにも艦娘式の服装は、パトリにより作られたスーツに準じる性能があるようで、また、下着がまるで透けないほどの厚手のストッキングであったことも相まって痛みはすぐに引いた。

 

彼女は少女の手を取り立ち上がると、特に嫌味を言うでもなく二人で沖合の荒波ロデオスケートを始めた。これは彼女たちストライカー全般にも言えることだが、趣味の一環として競技のレベルでスケートを行っていたため基礎適正は高かった。

 

しかし潮目の違いや暗礁などでの、波の隆起を読み切ることはやはり難しく何度か転倒する場面も多くあった。この辺りは深海棲艦や艦娘の得意分野なのだろう。

 

こればかりはセンスでどうこう出来る範囲を超えていて長期間にわたる鍛錬が必要となりそうだ。彼女は仕方なく不安定な状況に陥れば空へと上がる事にした。

 

間隔をあけて数回程度であればまだ空間を台にしての跳躍ができるようだ。これだけでもまだそれの出来ない深海棲艦に比べアドバンテージはある。

 

彼女は疲れることを忘れ、ある程度型を整えると抜刀して少女に向けた。やはりアレよりも数段速度が遅いようだが流石は艦娘というところか。

 

戦闘中のほとんどが地に接地しているとはいえ小賢しいほどに速い。細身のカタナが少女を追いかけるが、完全非武装の少女は立て板に水とばかりにカタナをかわしている。

 

正確に言えば、波の動きと彼女の胴体の動きに合わせ、少女は木の葉のように紙一重で突き出される風を避けているだけだ。こうなれば当てようと思うほど当たらない。

 

「アンタ、実は強いのね」

 

いや、自分が弱すぎるだけかとも、一瞬考えがよぎるが彼女はその考えを振り払った。この少女は性格が優しすぎるだけで最前線に長く居続けたのであれば自然と強くなるのも道理かと。

 

あの子のように全域にボカスカ魚雷を撒きでもしなければ、鍛えられた軍人部隊でも艦娘を相手取るのは難しいだろう。彼女は確かに艦娘たちはこの世界に必要な物だったと識った。だがそれが少し及ばなかった世界なのだ。

 

彼女は猫を脇で受け取ると、腰を低く落とし少女に照準を合わせる。少女も表情を硬め不敵に笑う。彼女は抜刀された一刀を素早く構え、海水ジェットを勢いよく噴き出させた。

 

波を滑り台のように使い中空にはじけ飛ぶと、少女に向け返したヤイバで横腹を狙う。だが、少女はそれに合わせ切り、閃光一つ抜ける距離でいなす。

 

彼女は猫を抱えたまま空中に足を付け、少女の近空でカラダを弾丸のように旋回させながら撥ね戻って来た。回転するヤイバの情け容赦のない一撃が少女のアゴに直撃し海上を滑るように弾き飛ばされると盛り上がった波に頭をぶつけた。

 

「酷いのです・・」

 

大剣でなくなった分遠心力のサポートがなくなり当身で止めようと思っていたが、感覚がズレてちょっと足が出たようだ。彼女は悪気はないのよと拗ねるように顔をそむけた。

 

そして、いつの間にかあいつはいなくなったようで、猫は下ろせと彼女の脇に挟まれ悶えている。

 

 

 

 

 

 

「下がってなさい」

 

再度妖精たちは時間の調整を行い二人が湯を浴び戻ると、超々ド級深海棲艦、駆逐棲姫の修理が間もなく完了すると、妖精たちが慌ただしく動き始めた。

 

彼女は有事に備えて刀一つを構え、妖精たちは退避を始めた。今後の事もあるため、彼女としては出来れば戦闘は避けたかったが、果たして。

 

砂浜に暖かい潮風が抜け、数刻の静寂の後、少女と同じくらいに背丈である駆逐棲姫が目を開いた。だが、機能不全なのかすぐに行動に移ることはなさそうだ。

 

その少女は瞳を左右に動かしている。そこから感情が読み取れそうではなかった。突然魚雷攻撃でも始めるだろうか。しかし、状況がわからないといった表情で、見下ろすように傍にいる二人の顔を寝ころんだまま見上げている。

 

「ちょっと!」

 

相手に反応が全くなく、どうしていいかわからないと固まる二人に割って入り猫が飛び出した。駆逐棲姫は白く細い両手を伸ばし、絞殺されるかと剣を握る彼女をよそに、その猫をそっと抱き上げる。

 

なるほど、考えてみれば猫は人類ではない。今はあいつが入っている気配もない。その少女が敵対する理由はそもそもないのだ。しかし、その少女はまるで穢れを知らぬ子供のように猫をあやしている。

 

近くにいる艦娘を気にもせずにだ。

 

何処か様子がおかしい。猫が少女の手からすり抜けると、その少女は少し瞳の色が寂しさを見せる。彼女はメッと、カタナを下ろし両手で猫を抱き上げた。

 

肩透かしなほど先日の殺気がまるで感じられない。それはまるで別人のようだった。まさかと思うが、あの鉄兜を取り外したからだろうかと、二人で相談を始める。

 

その色白の少女はその場において最も少女らしい雰囲気を持っていた。電は低くしゃがみ込み視線の高さを近づけると、そっと手を伸ばし少女の上半身を起き上がらせた。

 

やはり、カラダはそうできているのだろう。少女は立ち上がると自然に数センチ、地面から足が浮いている。どちらかといえば妖精たちのように。

 

ほのかに青白く光るその少女の足下は、ホバリングしているかのように小石がゆっくりコロコロと離れていく。その人知を超えた機能は、どちらかといえばパトリが作り出すもののようにも思えた。

 

その少女は起き上がるとうつむき、ボーッとしている。1分でも10分でも。恐らくこのまま何時間でも。彼女はカタナを鞘に納めた。

 

電があの兜を取って戻って来ると、少女は興味を示したようだ。目だけはその帽子を追っている。彼女はそれを受け取ると、傷ついた野良猫にエサでもやるかのように、ソーッと帽子を持ち近寄ると砂浜に置いて距離を開く。

 

少女は地面に着地するとその帽子に手を伸ばした。彼女は事態が急変するかと猫を電に預けカラダにわずかに力を込め見守る。

 

だが――

 

 

 

 

 

 

何も起きなかった。

 

一瞬フリかとも思ったが、彼女は少女から完全に警戒を解いた。

 

彼女は砂浜に膝をつき話しかける。

 

 

「・・・あなた、どこから来たの?」

 

【挿絵表示】

 

 

少女は小さく首を振る。言葉は分るらしい。何個か質問を投げかけるが、打ち所が良かったのか少女は名前すら思い出せないようだ。

 

そのうち全て思い出すかもしれないが、今は一時休戦とする。二人は迷子の子猫を家で匿う事にした。肝心な時にあいつはいないが、まぁあの性格であればあいつも拒みはしないだろうと彼女は考えた。

 

電と少女は瓦礫の転がる基地跡に戻って来る。

 

電は今すぐ少女に責任を取らせたいという邪な気持ちを押し殺し、どこかぎこちなく悲しい笑顔で少女に当り障りない話しを始めた。

 

杞憂とは思うが、妖精の監視を残し彼女は猫を連れて夕飯の調達に出かける。

 

電は少女と話を続けた。だが、少女にはわかる事の方が少ないようだ。単純に、生きる。死ぬ。という事さえも理解が及ばないらしい。

 

電が少女に話しかけ続け、ここにはたくさんの建物があって、たくさんの人がいたと少し熱を込め話し続けた。気づくと、少女の冷たく細い手が、電のホホをなぞっている。

 

「これは、なみだなのです」

 

少女は物珍しそうに、電のホホに出来た水の流れを指でなぞり続ける。

 

「なみだ、なのです?」

 「なみだ、です」

「なみだです?」

 「・・・なみだ」

「なみだ?」

 

少女は興味を持ったようで質問を続ける。なみだとは何か。この水は何故出てきたのか。電はたくさんの言葉で答え続けた。少女にわかるように。

 

次第に質問が薄れ、少女は飽きたのか無表情のまま瓦礫を集め積み木のように重ね始めた。どうしたのかと電が尋ねると、少女は涙が止まるように建物を建てているという。

 

少女の思考回路では、涙は破損の一種で修復には構造物が必要と判断したようだ。だが妖精のようにはいかないらしい。

 

瓦礫を少し高く積み上げてはすぐに崩してしまう。まるで賽の河原で石を積む子供たちのように。少女は無表情のまま瓦礫を積み続けた。

 

「いなづまは嫌な子なのです!!」

 

そう言うと、少女を残し駆け出した。赤い夕陽を背に、なおも少女は延々と瓦礫を積み続けている。電は仲間たちの墓碑に抱き着くと大声で泣き続けた。もう、どうしていいかわからない。超えられない波がやって来た。

 

「まったく、アイツってばどこほっつき歩いてるのかしら」

 

手持ち桶に例のごとく魚を積載した彼女は、夜の暗闇広がる墓所で泣く少女のそばに猫と共にやってきた。アイツはまだ戻らないようだ。何かあったかと不安にもなるが、今はこちらの方が心配だ。

 

ストライカーにも一人泣き虫はいたが、こちらのソレは深刻だ。誰かがあやしてどうこうなる問題ではない。こういう時には何だかんだアイツが輪を取り持っていたのだが。突然猫は彼女の腕をすり抜けトンと砂利道に下り立つ。

 

 

 

 ―― マヅナイ 艦逐駆

 

 

 

「はいなのです!!」

 

少女は飛び上がり、いつよりも正確な敬礼を虚空に向け返した。猫は木登りのようにスルスルと直立する少女の肩にまで登り、少女が後頭部に巻貝のように固めた髪を撫で始めた。

 

「しれいかん、さん、なのです」

 

少女は直立不動でひたすらごめんなさいと泣き続け、猫はそんな少女の頭を撫で続ける。だが、延々と続く煉獄に終止符を打ったのは彼女であった。

 

「違います。これは家の隊長よ」

「司令官!」

「隊長!」

 

言い合いの最中に彼女としては一つの仮説が思い浮かんだが、面白くないのでそれは語らずに猫をむしり返した。だが、少女を泣き止ますには十分だったようだ。今は元気に不貞腐れて赤い顔をしている。

 

「いまアマネちゃんが、おいちいつくってあげまちゅからね~」

 

彼女の胸元でキツく抱きしめられた猫は、彼女の腕にろっ骨を圧迫され、助けを求めるかのように両手を月明かりに向け伸ばし震えている。

 

 




 
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