もしもの『私』が   作:Fry-Hopper

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05 Work or Duties

 

「なによ」

 

彼女はツインテールを下ろし湯船に赤く長い髪を広げる。肩まで浸かり、口元まで浸かり、カニのように泡を作る。お題目は艦娘ではなくストライカーの増産だ。それも外部勢力の。

 

ゼロ3の誰かを迎えるのならばまだしもいつぞやの誰かとは心外であった。しかし、やはりそういう事なのだろうか。だが一人でも出せれば装備の関係上、少なくとも遭遇時の駆逐棲姫ほどには役に立つだろう。

 

例によって猫は話の核心をはぐらかす。隊長としてもいずれ訪れる“条理”に対しての対抗策を見つけられはしないのだ。彼は再び選択を迫られることになるのかもしれない。

 

それでも今この瞬間は。

 

「03は私のチームよ。プロキオン・プディングっていうの」

「プリンです?」

 

「プ・ディ・ン・グ!」

「怖いのです」

 

彼女は半身をザバッと湯から出すとイーッと口を開きながら電の鼻を指でツンツンと押すと、猫をワキに抱えそのまま湯から出ていった。少女型ドロイドは目線だけで一人と一匹を追いかける。

 

いつもらしく振舞っていようと彼女は空元気を見せた。

 

「こっちは重い・・」

 

電も後を追い湯から半身を出すと、少女の腹部に手を回し込み引っこ抜くように水中から持ち上げる。だが一向に動かなかった。引いてダメならと電は先に湯船から上がり、少女を手招きする。

 

瞬間、湯が爆発したかのように飛び散り、少女は水上に姿を現した。少女を纏っていたタオルは爆風で飛び去り、頭からずぶ濡れにされた電はため息混じりに少女の手を引いた。

 

脱衣場に顔を突っ込み、二人が先にいなくなっているのを確認すると、電は少女を連れ込みカラダを拭き妖精が修復した懐かしい衣類にカラダを通した。

 

ここアルフォンシーノ列島の南端にて本隊の支作戦を側面からサポートする任を命ぜられていたが、こうなればもはや本隊も。仲間たちは許してくれるだろうか。一人征き遅れた不幸を。

 

だが、例えばここが剣と魔法の世界であれば。少数精鋭、勇者と呼ばれる精鋭分隊が敵の根拠地を要撃。敵の首謀者を暗殺すれば世界に平和が訪れるのだろう。

 

彼女らの話を聞く限りでは深海棲艦はモルガナ討伐により簡単に処理できるようになるという。装備を見ていると、それはどこか魔法のような科学力にすら思える。まだ手がないわけではない。

 

真実に近づく勇者隊がその魔王を発見しこれを撃滅。

 

いつかまた。仲間に会うその時は笑って抱き合えるように。きっとやり切ろうと小さなコブシに力が込められる。また一からの振り出しだと。まずは鎮守府再建。再び。あの隊長と。

 

地球の癌といわれる。

 

――モルガナを討ち取るその日まで。

 

 

 

 

「電です。どうか、よろしくお願いいたします」

「いまいないわよ」

 

電が、威風堂々といかにも中の人が居そうな彼女の太ももの上に鎮座している猫に向け凛々しく頭を下げると、壮大な肩透かしを食らい少女のホバー風にスカートを羽ばたかせながら赤面する。

 

どうもタイミングが合わないらしい。電は手をパタパタ動かしながらはわわと気が抜けヘタリ込んだ。建造ドックは妖精飛び交い意気揚々と怒鳴り合っている。

 

彼女と、駆逐棲姫の所有物の解析が進み一段階上の工程がアンロックされたようだ。電にも二度目になる大規模改修が行えるという。入手元が明かせないため全軍で共有できないことは残念であった。

 

彼女は猫を少女の兜頭の上に乗せると、電を連れて夜の砂浜に連れ出した。二人の後ろにホバー少女が続き三人が月夜の海をトクトクと行軍する。

 

襲撃により機能を失った真っ暗な灯台の下に辿りつき、施設を背に星を眺める。

 

「来ないわね」

「え?」

 

「あいつじゃないわよ」

 

彼女は鞘に入るカタナを地に刺すと座り込み、少女の頭を飛び降りてきた猫を優しく抱きとめると膝の上に乗せた。どうもそこが猫の定位置らしい。

 

単に暖かい場所を移動しているだけのようにも見えるが、電は少し猫の動きにムッとした。暗に柔らかさと暖かさと安定性に欠けていると言われているようだ。

 

彼女は気にも留めず猫の頭を撫でながら話を続ける。猫は寝始めたのか仄かに発熱してほどよく暖かい。彼女は猫を膝に乗せたままそっと手を放す。

 

出来ればあの意思疎通が出来ない鉄の鯨ような奴が沢山来てくれると嬉しいところだが、この一帯は完全に台風の目にされている。

 

電に襲撃に備えてここで交代に仮眠を取ろうかと話した所、指向性の高い探照灯で鎮守府に向けモールス光線を送る。流石艦娘と言ったところだろう。

 

すぐさま気付いた妖精が小さな光源で返信して来た。見張り員はこちらで立てると。ある程度の態勢が整ったため夜間にはあえて複数の光源をチラつかせるようにするとも。

 

余りにも敵が来ないため、もしやこの少女は完全な断線状態にあるのかもしれない。ともあれ二人は少女の地上への着陸を確認すると半壊した灯台下の宿舎で仮眠を取り始めた。

 

空が丸見えの青空ベッドではゆっくりと世界が回り、太陽光線が降り注ぐまで彼女らが起きることは無かった。

 

少女は夜通し置物のように、ただあり続けたようだ。少々胸が痛むが少女をそのままに彼女は彼方沖を眺める。照り返しに目を細めるが見える範囲には何も変化がないようだ。

 

完全な待ちぼうけを食らい、二人は木々を散策しながらゆっくりと工廠へと向かう。道中期待した果物のようなものすら見つからなかった。こうなると資材どころか食糧が危ない。

 

「どこよそれ」

 

彼女は何気ない世間話のように電と会話を始めたがどうにも話がかみ合わず後頭部を掻く。つまり地名が、だ。大トロだのサーモンだのカレーだの。

 

ここはアルフォンシーノの一角らしいが、誰が付けたか知らないがおふざけも大概だ。だが冗談を言っているようにも見えない。

 

やはり地名すら違いのある極めて遠いチャンネルであると実感させられる。こうなると元の世界で役に立たないムダ世界地図を覚えさせられる羽目になりそうだ。

 

作戦室と書かれた木製看板を前に青空教室で三人は世界地図を広げる。地図を覗き込み兜少女がおしくらまんじゅうとでも思っているのかゴツゴツ頭をぶつけて来るが気にせず話が続けられた。

 

協議の結果。

 

敵の動線もありモルガナはポート・モーズビー海域に潜伏しているのではと推定される。だがこの位置からでは事実上太平洋を縦断するほどに距離がある。敵もさることながら奮戦中の友軍との遭遇も容易に予測された。

 

彼女にしても無補給でそれほどの渡洋攻撃は困難を極める。せめて補給基地として遠洋漁船の一隻でも欲しいところだ。だが現時点で用意できるものは最良でも高速艇甲を模した船の長距離装備が良いところだという。

 

航続距離に致命的な難を抱えるが、だからといって木組みの帆船で抜けられるほど今のこの海は優しくない。

 

「いっそゴムボートで渡ってみる?」

 

彼女はどこまで本気か、片手を上に向けヒラヒラと動かしながら涼しい顔で言う。交代制で資材を積載した大型ゴムボートを曳航するというものだ。だが確かにステルス性は高いかもしれないと電は事の推移を見守る。

 

だが、冗談よと最後に彼女は付け加えた。機動力皆無の装備では海のど真ん中で孤立させられる可能性があるという。幾重の死闘を繰り広げたモルガナはそれほどまでに危険という事だろう。

 

彼女は話にひと段落着けると、ぬいぐるみを手に遊び始める。

 

「ボクはクマくまー」

 

片手にクマを模したぬいぐるみを掴み、彼女は少女に当り障りのない道徳の授業を始める。電は僅かに瞳に涙を作り逃げるように青空教室から離れて行った。

 

「ほら、あなた。授業中はお帽子取りなさいよ」

 

彼女が少女に手を伸ばし、兜を取り外すと薄紫色のサイドテールが風にフワフワと広がった。その髪質は人の物に近い。人形のようにしていてくれれば可愛いものだが、これがあのリーサルウェポンとは笑えない冗談だ。

 

あの少女は問いた。あの月夜の下で。

 

“お前は深海棲艦か”と。

 

彼女はその時を思い返しながら少女のサイドテールを指で梳き風に流させる。もし空間認知能力を持つものが“彼女ら”なのであれば、本来のストライカーになる者たちがモルガナの手に落ちていたという事だ。

 

人知を超えたモルガナの能力はあらゆる並行世界のモルガナと意識を共有する。つまりその情報量はストライカーの持つソレを軽く凌駕する。多くの到達未熟なストライカーがいる世界ではモルガナに討たれた“私たち”は数知れない。

 

唯一の救いは、永遠なる場所。エテルノを根拠地としたストライカーズの部隊は時空管理局の保護もあるがモルガナに対して優勢を維持しているという事だ。

 

だがこの世界。深海棲艦を従えての攻勢作戦を完遂されては、他の並行世界でも次々と同様の手法で攻撃を仕掛けてくるだろう。アレは叡智を求める為だけに地球を何度も無慈悲な実験場にする恐ろしい相手である。

 

だからこそ、深海棲艦は無用の長物。維持運用に見合わないとアレに知らしめてやる必要がある。だからこそ、彼女は少女の流す髪を物悲しく眺める。コレはその深海棲艦の基幹戦力の一つなのだから。今はどうあれ、その時は決着をつける時が来るかもしれない。

 

「ん、いったい、わねぇ・・」

 

いつの間にか彼女の背中を上り、思いつめた表情の彼女の首筋に鋭い猫パンチで喝を入れた。彼女が機械のように首だけをグギギと回し、肩に乗る猫を睨みつける。少女はマネするようにブンブン旋回飛行中のバタバタうるさい妖精の一匹を鋭い手とうで叩き落とした。

 

「ほら見なさい!教育によくないでしょ!!」

 

立ち上がり両腰を掴みながら凄む彼女の下で、熱いコンクリートに打ち付けられた妖精は死にかけたセミのような姿で恍惚の表情を浮かべている。彼女は踏みつぶしてやろうかとも思ったが、余計喜ばせそうなだけなので引きつった表情で思いとどまった。

 

彼女はそういえばモシュモシュうるさい奴にもこんなのが一体いたなと思いだしながら、少女がつられて立ち上がり生まれた突風が、ゴミのような妖精を吹き飛ばし彼方へ飛ばす様子を力なく眺める。

 

 

 

 

天音と隊長監修のもとある泣き虫ストライカーの技術をフィードバック。未来技術であるZ兵器も電の改修に合わせて運用できそうである。光学兵器が導入できれば勢力図は一気に覆る。

 

しかし、建造作業は遅滞した。慢性的な素材不足である。強大な資材を一つ抱えてはいるがもはやその選択は行えない。そして知ってか知らずか敵はこの界隈から手を引いた。

 

すでに状況は本土防衛戦に突入しているだろうが、今駆け付けたところで出来る事は少ない。敵の親玉。モルガナを叩かなければジリ貧滅亡は免れない。もしかすれば数個落ちた国が出ているかもしれない。

 

もどかしく時間ばかりが空費され、ゆったりと数日が経過する。

 

友軍に見つかる可能性もあるが、長期遠征により資材の獲得に行こうと作戦を詰めていた矢先に事態は急変した。実艦艇による正規空母数隻を伴う友軍一個任務部隊が水平線上に突如現れた。

 

妖精による急報を受け、彼女はすぐさま立ち上がった。

 

やられたと、猫は顔を青くする。奴の狙いは同士討ちだったのだ。恐らくココの状況を意図的に曲解して軍に密告したに違いない。

 

駆逐棲姫が対話出来た時点で気付くべきだった。姫の任務遂行能力は極めて高い。全てはモルガナの手引きによるものだろう。攻撃隊が発艦する前に主兵装を叩くべきだろうか。それよりもすでに主砲攻撃圏内かもしれない。

 

張り詰めた空気に当てられ瞬時に周囲の様子を伺う。もしかするとこの子が“その気”を取り戻すかもしれないと。彼女は素早く帯刀し演習後の仮眠を取っている電を起こしにかかった。

 

彼女は手のひらより小さい双眼鏡を構えて、森林の隙間から水平線上を見渡す。明らかに接近を続ける一個任務部隊に対して彼女は不敵に笑っていた。ずいぶんと自分らが評価されているようだと。

 

もっとも姫クラスと共に造反したと思われているのであれば、相手方は必死の覚悟で向かってきているのだろうが。恐らく説得は不可能だろう。

 

だが、人間の軍であればまだ相手に出来るかもしないが、この少女が意図的にこの状態に置かれていたのだとしたら、再びモルガナの指揮下に置かれた少女により二人が出払った隙にこのささやかな基地は壊滅するだろう。

 

それは繰り返し訪れる。この子の処遇の問題だ。

 

そして愚かにも向かってくる人間軍は片手間で対処できる戦力では決してない。中身は全てオブリと呼ばれる人間もどきかもしれない。そうなればここで殲滅させる必要も出て来る。

 

一人旅は気楽なものだ。

 

だが、仲間を連れてのソレも悪くない。

 

彼女は隊長と相談する事もなく、フウとため息一つ付くと首を振り赤いツインテールをフワフワと広げる。どうせ同じ結論に行きつくのだから。ウマが合うのも困りものだ。猫は無言で彼女を仰ぎ見る。

 

「いい?ちゃんと面倒見てなさいよ」

 

少女の監視と猫を電に任せると、彼女は海上に降り立ち狼煙のような潮を後方に引かせて、向かい来る空母機動部隊へと爆進する。

 

 

 

 

 

 

 

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