膝の上のタイシン   作:感満

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2話

「腹が減った」

 

 現在時刻15:00過ぎ。大学の講義も終わり、バイトに向かう時間をどうしようかと思った俺。

 いつもならゲームセンターに行って時間を潰すか、早めにトレセン学園に行ってスマホをいじるかしているが、今日は我慢できそうになかった。

 一旦家に帰ろうかとも思ったが、それも面倒になり周囲の店を探す。

 ちらりと横目に見えるのはもやしとかニンニクとかがたっぷり入ってそうなラーメン屋だが、さすがにそこまで腹は減っていない。それに、これから年頃の女の子に会うのにさすがにそんな匂いはさせていけない。

 葦毛のウマ娘が見えた気がするが、それを無視して他の店を探す。

 大学生の男が空腹なのだから、そこら辺のカフェで済ますには足りない。

 

「おぉ、秋やないか。どないしたんこんなところで」

 

 後ろから声を掛けられたので振り向くと、そこにはよく知った顔がいた。

 

「タマモじゃないか。どうしたんだ?こんな時間に。授業は?」

「うちらはもう出るレース少ないから毎日練習って訳でもないねん。それに毎度毎度呼び出されてはやっぱり出走者決まった言われたらもうやる気も落ちるわ。んで、オグリが居なくなっとったってオグリんとこのトレーナーが言うから探しとったんや。レース近いから減量始めなあかんねんあいつ」

 

 もうダメかもしれない。そう思いながらも先ほどのラーメン屋の方に向き指をさす。タマモもそれを追って視線を送ると行列の先、両隣の大柄な男性よりかなり大きめに盛られたもやしとアブラとニンニクの山が見えた。

 表情を変えないままスマホを取り出してどこかへとかけるタマモ。

 

「もしもし、見つけたでオグリ……あかんかった。手遅れや。帰ってから走らせるしかあらへんやろ……。んなこと知るかい!別にあんたのおかんでもオグリのおかんでもないねんで!」

 

 少し荒く電話を切ったタマモ。

 オグリにいつも振り回されているのだろう。トレーナーへの連絡を入れ終わったタマモはため息を吐く。

 食事中のオグリを見なかったことにして二人で逆方向へ歩いていく。

 

「まったく……秋はこれからトレセンに行くんか?目的もある意味終わったし一緒に帰ろか?」

「いいのか?それで……。いや、少し腹減ってるからどこかで食ってから行こうと思ったんだけど、一緒に行くなら買って行くか」

「そうなると、いくつか買って行かへんと怒るやつおるで」

「なんでさ、俺の飯なんだから関係ないだろ。スぺちゃんなんかは確かに何か言ってきそうだけど」

 

 まったくもって、理不尽なものである。

 

 そう言いながら周りを見回すが、あまりこれといったものが見つからない。

 昔にここにあったというホワイトたい焼きの店はやっておらず跡地になっており、地元に昔からある団子屋は定休日。

屋は定休日。

 唐揚げだけ買って行くのもトレセンの門をくぐるのには合わないだろうし、あとはタピオカ屋くらいしかなかった。時々ケバブの販売者が来ているところに今日は姿が見えない。

 

 

「うちらウマ娘は鼻のいい奴も多いからな。あの部屋で食べとったら匂い残るやん?自分の言うても年頃のお腹空かせたウマ娘には通じんて。食い意地張ってなくても練習前にうまそうな匂いさせてたら敵わんわ」

「そうなると、あれはダメか」

 

 そう言いながら秋は目の前の店を指さした。

 外は油多めに焼いてカリっと、中はふわっとが特徴のたこ焼き屋である。

 タマモの話し方で何となく粉ものを連想していた秋はそれを選択肢から外そうとした。

 それを見たタマモは、なぜか一瞬顔を歪めた後に目を光らせた。

 

「なんや秋、あんなもん食いたいんか?そないなまがいもん食うくらいならうちが本当のたこ焼き食わせたるわ」

 

 謎の闘志を燃やせたタマモを見て、俺は買い食いを早々に諦めて早々にトレセン学園に向かった。

 

 

 

 

 

 トレセン学園についてからタマモは自分の部屋からタコ焼き器を、食堂から頼みこんでタコと紅しょうがを持ってきた。ついでにクリークとタイシンも持ってきた。

 

「何してんの?シュウ」

「いや、たまたま会って腹減ったからたこ焼きでも食おうかって言ったらこんなことに」

「あぁ、なるほどね。タマモさんにそんな話したらどうなるかわかんなかったの?」

「さすがにいきなり作り始めようと言うとは思わなかった」

 

 タイシンと話している間にも、タマモはタコ焼き器の準備をクリークは食材の準備を始めている。

 どんどんと山積みにされていく小麦粉、卵、タコ諸々。

 

「いや、いいんだけどどんだけ作るの?それ」

 

 見るからに4人で食べきれない量を準備しているクリークに声をかける。

 

「ついでなんで今日の夜食はこれにしちゃえって調理師さんがいっぱいくれたんですよ。いつもうちのタイシンちゃんが作ってもらってるようですからこれくらいはさせてください」

 

 確かに半ば無理やり夕飯を食べさせたりはしているが。

 タイシンを見ながらクリークが返事をする。

 

「いえいえ、オタクのタイシンちゃんにはこちらもいつもお世話になっております」

「ちょっと二人とも何言ってんのさ」

 

 タイシンへの呼び方を真似ながら軽くクリークに頭を下げると、タイシンが間に割り込んでくる。

 秋とクリークがアイコンタクトをしながら軽く笑っているのが見え、揶揄われているのが分かったタイシンは拗ねて席へと向かって行ってしまった。

 しかし、いつものことなのでそんなことで抑えることはしない。クリークも慣れているようだ。

 

「タイシンって部屋でもあんなんなんです?」

「静かに何かしてることが多いわねぇ……。雑誌読んだりケータイ電話を触ったり。この間なんて――」

「ちょっと!クリークさん部屋のことは言わないでもらっていいかな!」

「あらあら」

 

 クリークと話を続けたのだが、向こうへ向かって行ったタイシンが踵を返してスタスタと歩み寄ってきてクリークを攫ってしまった。解せぬ。

 仕方がないので順調に準備が進んでいるタコ焼き器とタマモの側へ行く。

 

「秋はご飯の準備しといてくれへんか?」

「いいけど、お好み焼きとか焼きそばにご飯は聞くけどタコ焼きにご飯は聞かないよ?」

「そんなん似非関西人の東京かぶれが東京の番組で言うとるだけや!お好み焼きでご飯食べてタコ焼きで食べへん理由はありえん!全員とは言わんがそんなん家庭と地域によって違うわ!」

 

 その地域の人がいなければ結局余るのでは。

 そう思ったが、タマモは譲ることはないだろうと反論せずに炊飯器へと向かう。

 そうなると味噌汁を作る必要もあるわけで、今日は主食と主食があるのでシンプルにワカメのみ。好みでたこ焼きに使うあげ玉を入れてもらおう。

 

「そんじゃ、とりあえず試し焼きいくでー」

 

 油引きをタコ焼き機に押し付けていく。少し底が浸るくらいだが、跳ねるような量ではない。

 タマモが時々家電量販店で見るより少し大玉の器に出汁と小麦粉を混ぜた元を入れる。

 少し収まっていた空腹の波が戻ってきて、小さくお腹が鳴った。

 それを鋭敏な耳で聴きとったタイシンが小さく笑う。

 

「何?そんなにお腹空いてたの?」

「昼にゼミが押し込まれて食べれなかったから朝から何も食べてないんだよ」

「やめなよ。ここのバイトない時に次の朝食抜くの」

 

 軽食がある日は余ったものを持って帰っている(たづなさん許可済み)ので、大体朝食はそれにしているが、そうでもなければちょうどいいものでもない限りは朝食を抜いている。一人暮らしの大学生なんてこんなもんで構わないと思ってるし、最悪なぜかトレセンに大量に渡されているプロテインでも飲んでいれば腹は膨れるので問題はないと思っている。

 

「けど、太ったらなぜかみんな一緒に走らせたりマシン室放り込むじゃん」

「そりゃぶくぶく太った姿なんて見たくないし」

 

 タイシンが脇腹をつねってくる。

 

「それでも少し太ってるね。走る?」

「やだよ。ウマ娘と走るなんて死ぬしかないじゃん」

 

 みんな走らせてくるもんな。なぜか水着も用意されてて水泳までやらされるし。

 しかもシフトない日に連行されるから途中で抜け出せないし。

 いつも来てないのにこういう時はくるやつが必ずいて、無茶ぶりしてきたりするんだよ。

 

「ゲーセンで適当にダンスゲームしてれば痩せるから大丈夫だって」

「いつも始めてすぐへばるじゃん」

「ウマ娘の体力と一緒にしないでくれ。普通は5ゲームやれば汗はかくし、体力もなくなる。だからすぐそばにでかい扇風機置いてあるだろ?」

「あれ、そういう目的だったんだ……」

 

 そりゃ、中長距離走るウマ娘がダンスゲームくらいで疲れないだろうさ。

 前も理事長代理がチームの子と一緒にやって介抱されてたし、普通の人とウマ娘の体力の差を考えて欲しい。理事長代理のエピソードを話すと、何とも煮え切らない表情をしていた。

 

「いや、それは違うんやないか。代理だけやろそんなん」

「ごめんタマモ、俺もやっぱそう思う。けど、体力差があるのはホントじゃん?」

 

 タイシンとあれやこれやと話していると、一回目が焼けたのか皿を持ってタマモがやってきた。

 鰹節と青のり、ソースを塗ったド定番の味付けだ。

 

「マヨネーズはうちはあんま好かんから自由にかけてや」

「ありがとう。タイシンも一つ二つは食べるでしょ?」

 

 

 たこ焼きをタイシンとの間に置いて、一個に二つ並べて刺さってた爪楊枝を一つ別のたこ焼きに刺す。

 多分タイシンは一皿食べられないだろうしこれくらいでちょうどいいだろう。

 

 

「じゃあ一個だけもらう。今日は走るから前にそんな食べれないし」

「そのセリフ、オグリに言ってほしいなぁ……」

「けどタマちゃん、オグリさんが似たようなこと言ったら大騒ぎして、オグリさんのトレーナーさんと病院担ぎ込もうとしたじゃない」

 

 第2陣のたこ焼きも焼けたのか、二つ皿を持ってきたクリーク。タマモの前とクリークの前にもたこ焼きが置かれ、皆が席に座る。二人の皿は俺の皿よりいくつかたこ焼きが少なかった。やはり俺の方はタイシンが食べるようにいくつか多めに乗せたのだろう。

 

「気持ちの問題や。実際そうなったら怖くてかなわんわ。まぁ、習慣的に量減らして行ってほしいもんやけどな。最近やとレースもオープンが多くてドリームシリーズに乗り込むにはもうちょっと先やから食事量が運動量に勝ってしもうてん」

 

 シニアを終わらせたら大体のウマ娘は引退する。年齢無差別の上位リーグではGⅠレースを勝利した猛者たちがひしめき合う魔境だ。重賞をいくつか取っていても、肝心なGⅠで勝利できていなければこのグレードでは生き残ることは厳しいだろう。

 オグリもそのような場に行くために準備を始めているのだろうが、トゥインクルシリーズを引退してひと段落ついている段階だし羽目を外しているんだろう。

 

「それでもオグリのこと気にしてあげてるんだね」

「一応付き合い長いから気にもなるわ。目を離すとすぐ腹膨らませるんや……」

「タマのたこ焼きの匂いがする」

 

 ドアが開き、件のウマ娘が入ってきた。

 先ほどの食事のせいかお腹がポッコリ膨らんでいる。

 

「こないな話ししてるときにそんな腹で飯たかりにくるなや!」

「何を怒っているんだタマ。ところで、タコ焼きはまだあるのか?」

「残しといたるからせめてそのポッコリとしたのへこまして来ぃや!」

 

 耳をぺたんと落としたオグリがお腹をへこませるために運動着を取りに自室へ戻った。そして、終わった後またあの膨らんだお腹が復活するのだろう。ご飯が大量に余る心配はなくなった。

 その間に俺たちはタコ焼きを食べ終わり、クリークとタイシンは運動着に着替えて走る準備をする。

 タマモはたこ焼きの種をかき回してダマにならないようにしていた。

 もうそろそろ、通常の練習を終えて帰るウマ娘と夜間練習をするためのウマ娘が出入りするだろう。

 いつも俺が作るときは夜食限定にしているが、タマモはそんなつもりはないようで、紙皿を用意してすぐに出せるようにしている。

 ここにいては邪魔になるだろうと、荷物をまとめて端に置いて外に出る。

 そこにはいくつかのチームと、ウマ娘が練習をしていた。

 何人かはこちらに気づいて手を振ってきたので振り返す。

 ミニハードルで腿上げをする娘。並走をして張り合っている娘。ターフの上で将棋盤を置き指しているゴールドシップ。

 活気あふれる光景が広がっていた。

 ちょうど第4コーナーでウオッカとダイワスカーレットに入ってきた。あの距離で競り合っているということは、今日はウォッカが差し切るだろう。

 

「よう、白川。今日は早いな」

「沖野トレーナー。お疲れ様です」

 

 こちらを見つけた沖野トレーナーが歩み寄ってきた。

 

「どうだ?うちのウマ娘達は怪我してないか?」

「いや、医者でもないし超能力者でもないから見た瞬間わかるもんじゃないですって。知ってるでしょう?」

「けど、お前さんのこと知ってるとそうとしか思えないこともあるからなぁ」

 

 沖野トレーナーには何回か進言したことがある。最近はマックイーンだったか。

 たまたま練習してるのを見たら足首と膝に負荷がかかっていたようなので聞いてみると、沖野トレーナーに渡されたらしいいつもより重い蹄鉄を渡された。ゴールドシップを跳び箱代わりにして飛び越えたり踏んづけたりしていたらしい。

 飛び越えるのはともかく、ウマを飛び越えようとして踏んづければ足首の負担がかかるだろう。

 それに慣れない状態で続ければしっかりと見てなければフォームがずれてどちらかに重心が偏ることもあるだろう。気になったので見せてもらったが、右膝に負荷が強くかかっていたようなので膝のあげ方を何回か変えてもらう。着地に少し足を前にしてかかと寄りに居りてもらって足首の付け根と膝の角度を鈍角にして負担を散らした。

 沖野トレーナーがいるときに練習するように言って別れたが、その日の夜主治医に見てもらったら怪我になる前兆が見られたと報告を受けた。ついでに感謝のしるしとして高そうなティーセットを渡された。似合わないのでタイシンに渡してあって今度お茶菓子を用意して一緒に飲もうということになっている。

 

「沖野さんのとこが特別なんですよ。サイレンススズカもトウカイテイオーも蓄積された爆弾抱えて走ってたんだから見てて怖かったですよ」

「普通は走ってるの見てもわからないからな?」

「足怪我して引きずってる人がいたらわかるでしょ?サッカー詳しい人は試合中怪我してそうな人もわかるし、それがちょっと得意なだけですよ」

「得意なだけって言ってもそれができる人がいないから貴重なんだけどなぁ」

 

 けれど別に万能なわけでなく、怪我を治せるわけでもない。

 サイレンススズカは結局蓄積されていたものは少しずつ改善できたが、レースの負荷に耐え切れず怪我をしてしまった。

 沖野トレーナーもそれをわかってるはずだけど、極端に沖野トレーナーのウマ娘って疲労溜まってたり、怪我しそうだったりするんだよなぁ。その分速く走れるようになってるのか1着とることが多いんだけど。

 

「あ、スペシャルウィークのあれは太り気味です。もうすぐ太りすぎですよ」

「それは俺もわかる。さすがに多めに走らせて減らしてるが、先週オグリキャップと一緒に遠くの食べ放題に行ったらしくすごい腹で帰ってきたんだ。そこで皿を山のように積むまでは気が付かれなかったらしくてな」

「まぁ、皆がレースを見るわけじゃないから仕方がないんだが……来週レースなんだよ」

「今日部屋にたこ焼き機をタマモが用意してまして、夜食代わりに皆に振舞うんですがもう準備ができています」

「嘘だろ……」

 

 確実に未来が見えたのか項垂れる沖野トレーナーを見ながらスぺの来週のレースの結果に思いをはせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

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