膝の上のタイシン   作:感満

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4話

「秋!おはよー!」

 

 日が昇り切り、むしろ隠れ始めてるこの時間にも元気な声がかけられる。

 ウイニングチケットは目の前にいる俺に対して、トラックの端にいる相手に呼びかけるような声量で声をかけてきた。

 

「こんばんはチケット。今日は練習?」

「トレーナーとのミーティングがあったからタイシンとハヤヒデも来るよ!」

 

 3人ともということは出るレースでも決めてたのかな?けど大体お前ら重賞同じレース出るじゃん。

 チケットしか来てないってことは、先に走ってきたのだろう。返事をした後にそのまま更衣室に走りこむチケット。

 

「バクシーン!どうも白川さんこんにちは!今日はお世話になります!」

「バクシンオーもこんばんは。委員の会議でもあったの?」

「いえ!今日はトレーナーとの打ち合わせです!では、準備をしてきますので失礼します!」

 

 続いてきたのはバクシンオー。彼女もミーティングだったらしく夜間練習をするために準備を始める。バクシンバクシーン!と言いながら更衣室に向かって行った。チケットとバクシンオーで凄く賑やかになった

 

「秋ちゃん、こんばんは!」

 

 続いてきたのはマヤノトップガンだ。

 彼女はあまり夜に練習に来ない。別に練習をしていないというわけではなく、単純に昼しっかりと時間を取れているのだ。俺と話すときも大体練習に来るんじゃなくてテイオー迎えに来た時とかの方が多い。大体迎えに来るときに限って軽食が甘いものだったりお菓子類の時なんだがウマ娘連絡網でもあるのだろうか。それにしても、今日は重賞優勝者が多く練習に来るな。

 

「こんばんはマヤノ。今日はトレーナーさんとは練習しなかったの?」

「今日はトレーナーちゃんとお話ししてたの。だから練習は遅くなっちゃって……。」

 

 マヤノもトレーナーとミーティング?今日は全体的に何かあったのかな。着いた時は皆練習してたから特になんもないと思ったんだけど。

 

「全体で何かあったの?」

「違うよ。トレーナーちゃんとだけだけど、他の皆も担当のトレーナーさんと話してると思う。オープンレースの数を増やして、トゥインクルシリーズの皆と引退した皆が一緒に走れる機会を増やすんだって」

 

 なるほど。だからそのレースに出る予定を組んだウマ娘は呼ばれたのか。

 チケット達はいいんだが、マヤノはトゥインクルシリーズのレースも本腰入ったところだし問題ないのだろうか?調整目的で行って勝てる相手でもないだろう。有マの後の春までの期間に入れるのだろうか。

 

「そうなんだ。頑張ってね」

「マヤが出るレースはタイシンちゃんも出るのに頑張っちゃっていいの?勝っちゃうよマヤ」

「勝っちゃうかは別として、頑張ることは大事だよ。タイシンだって頑張ってないマヤノに勝って嬉しいって奴じゃないからね」

 

 近づいてきて上目遣いで聞いてくるマヤノの頭を撫でながら前後に揺らして少し離す。

 意地悪い笑いをしているのを見て取れたので軽く頭にチョップをかます。

 

「いったーい!」

「そんなに痛くないだろう」

「タイシンちゃんに言いつけてやるんだから!タイシンちゃ~ん!」

 

 マヤノが部屋を飛び出して行ってしまった。練習はいいのだろうか。

 そう思っているとすぐまたドアが開いた。マヤノが本当にタイシンを連れてきたようで腕を引っ張られたタイシンが目を細めながら少し小走りになってついてきていた。

 

「ひどいんだよ、秋ちゃんがマヤのこと殴ったの!」

「……シュウ、何してんのさ」

 

 ダルそうな目のままこちらに問いかけるタイシン。巻き込むなというオーラがひしひしと伝わってくる。

 

「まぁ、これには水たまりより浅い訳があってだな」

「そう言うのいいから、どうにかしてよこの状況」

 

 マヤノがちょこちょこ首を振って俺とタイシンを見てくる。

 何とも言えない雰囲気の中かくかくしかじかと説明をしていく。ワクワクした表情のマヤノと反比例するかのようにタイシンの表情が歪んでいく。

 

「別にマヤとどうしようといいけど巻き込まないでよ」

「む~~……、タイシンちゃんは秋ちゃんがマヤ応援してていいの?」

「シュウがマヤを応援しようと勝つのはアタシだし」

 

 そっぽを向きつつ答えるタイシン。その後も何か小さく話してるようだが、俺には聞こえない。

 それを聞こえていたのかマヤノは耳をピクンと反応させるとタイシンの後ろに回った。

 

「それっ!」

 

 そして、いきなりタイシンを後ろから押してきた。

 タイシンも体勢が崩れ反応できず、俺の方にそのまま倒れてくる。

 

「アブねっ。タイシン大丈夫?」

「うん。なんともないけど……」

「じゃあね!秋ちゃん!素直じゃないタイシンちゃん!」

 

 俺たちに声をかけると、そのままマヤノは更衣室に走り去っていった。

 それに合わせてチケットが更衣室から出てきており、それと同時にハヤヒデがやって来る。

 

「あーっ!秋とタイシンが抱き合ってるー!」

「おや、これはお邪魔だったかな?」

 

 タイミングが悪いのか、マヤノがここまで計算していたのか。

 タイシンも押されたまま体制を崩したまま俺にもたれかかっている。

 それに気が付いて俺を突き放すように離れるタイシン。

 

「違うから。これは違うからっ!」

「大丈夫だよ黙ってるから!」

「そうだぞ。我々はそういうのには寛容だからな」

 

 全然黙っていないチケット。その声量だと更衣室に響き渡っているだろう。

 ハヤヒデはおそらく何かあったであろうことはわかっていて、それでも揶揄いに来ているのだろう。

 タイシンはいつもだったら軽く流すのに慌てて必死に否定してる。

 

「とりあえず、着替えてきたらどうだ?タイシン」

「あっ、うん。もうチケットのバ鹿……」

「え、なんでー?」

 

 タイシンはチケットをひと睨みすると更衣室に入っていく。その中でマヤノにも文句を言うのだろうから出てくるのは遅れそうだ。

 チケットは両手で頭を抱えてショックを受けている。それをハヤヒデが宥めているが、口元の笑いが隠しきれていない。この3人アンバランスなように見えるんだけど、ウマが合うみたいで一緒にいることが多いんだよな。

 一通り話し終わったのか、ハヤヒデも更衣室へ行った。

 残ったチケットがこちらに寄って来る。

 

「ねーねー、タイシンと何してたの?」

「タイシンとは何もやってないなぁ。マヤノがタイシンで遊んでただけだよ」

「マヤノとタイシンが遊んでたんだ!」

「あー、うん。それでいいや。チケットはそのままでいろよ」

 

 何も理解していない様子でわかったと元気よく答えてチケットはターフへとカけていった。

 このままだと出てきたやつらとめんどくさいことになりそうだから、俺もチケットを追いかけて外へ出る。この時間は昼に練習しているウマ娘達が最後の締めにレースをしていることが多く、今日も違わず行われていた。

 着いた時にはもう第四コーナーを抜け始めており、ビターグラッセとリトルココンが競り合っている。

 チームファーストの面々が理事長代理の周りに集まって二人を見守っている。

 

「白川君か。今日は出勤だったな」

「お疲れ様です樫本さん。今日はここで練習されてたんですね」

 

 よく見れば来た時に気づいたかもしれないが、遠目にしか見てなかったのでチームファーストがいることには気が付かなかった。この子達は非常に優秀なのだが重賞レース、特にGⅠとなぜか相性が悪く勝名乗りを上げることはない。URAとかGⅠと同じかそれ以上の相手とのレースでは勝つのに不思議なことに名のついたレースで勝てたことがないのだ。

 

「またあの二人は競ってるんですか?」

「そうだ。あの二人が今日も最後に走りたいと言ってきてな」

「元気ですね。ちなみに明日はチームファーストは休みなんですか?」

「そうだな。明日は休養日になっているが、それがどうした?」

 

 いえ、何でもないです。と言いながら、少し離れて近くにいたクレセントエースに声をかける。

 するとやはりあの二人は明日の樫本さんとどちらが出かけに行くかを並走で決めるといって始めているらしい。ゲームセンターで会ったときはダンスゲームをしている樫本さんを応援してる二人がいたからなぁ。あの時はたまたま同じダンスゲームをタイシンとやっていて、休憩中の俺たちが避けてる筐体でおもむろにコインを入れてるのを見たときは一瞬固まった。

 こちらに気づいたビターグラッセとリトルココンが睨んできたのでそっとそこを離れた。

 どうしようかと話していた時に、たまたまあの二人のぬいぐるみがクレーンの中にあるのを見つけた。

 ちょうど取りやすい位置にあったので二人のぬいぐるみを取ってそっと樫本さんに気付かれないように渡しておいた。帰っていくのを見るときには両方とも樫本さんの腕の中に納まっていたので二人が渡したのだろう。

 ちなみに、その時に睨まれて足を踏まれながらとったでかいタイシンのぬいぐるみは俺の部屋にある。狭いからタイシンに持って帰って貰おうとしたが、捨てたら殺すと言いながら押し付けられた。ぬいぐるみのズボンめくってみようとしたら割と本気で蹴られて数日間跡が残った。解せぬ。

 それからというもの、あの二人とはちょくちょく話すようになっている。

 

「あー!負けたー!」

「今日はアタシが勝たせてもらったよ。付いてこないでよね」

「追いかけたりはしないよ。けど、誘われたら断らないからね」

 

 戻ってきながら額を押し付けるように話している二人。

 

「あ、白川じゃん。どうしたの?」

「別に特に用事はないんだけどね。たまたま外で見ようと思ってたらチームファーストがいたんだよ」

 

 ビターグラッセの問いに答えてる間、リトルココンが辺りを見回してる。

 

「ちっこいのはいないの?振られた?」

 

 タイシンのことだろう。いつも一緒にいるときしか会わないからな。

 

「振られたも何も付き合ってないが、タイシンは今着替えてるよ」

「ふ~ん。そうなんだ」

 

 答えるとリトルココンは樫本さんのところへ向かい話し始める。

 さっきビターグラッセや俺には見せない表情で走りの疲れも相まって朱に染まった頬で柔らかく微笑みながら僅かに手が上下している。恥じらいながら少しずつ樫本さんの手に近づけては放していて、触るのを戸惑っているのが見て取れる。

 一瞬押してやったらさっきのタイシン以上に狼狽えるんだろうなとは思ったが、さすがにそう悪戯する気も起きないしする必要もないだろう。リトルココンの場合はその方がうれしいのかもしれないが。

 そうしてる間にもチケットは準備運動を終えて入れ替わりで走り始めてる。

 それを抜かすようにバクシンオーが既に全力疾走を始めている。

 マヤノとタイシンは何か言い合いながら、ハヤヒデは後ろでそれを見守りながらこっちに来ていた。

 

「そういえば白川、あんた調整とかストレッチがうまいって聞いてるけどどうなんだ?」

「自称ではないとは言えるけど、やってもらうなら本職のほうがいいんじゃないかな。専門家のほうが絶対うまいよ?」

 

 正直言えば、本職の人に手ほどきは受けている。

 けれども何年も専門の知識を叩きこんだ後にそれを専門として日常的にやる人に敵いはしないだろう。

 

「いや、白川君に見てもらえるなら見てもらった方がいいだろう。お願いできるかな?」

 

 リトルココンと一緒に樫本さんが会話に入って来る。

 ちょうどタイシン達がこちらに着いたタイミングも合わさっていて、ひと集団出来上がっていた。

 

「ビターグラッセ、リトルココン。君たちはクールダウンも兼ねてみてもらうといい。頼めるかな?」

 

 ノーと言える日本人に僕はなりたい。

 しかしながらそんなこと言えるわけもなく、「はいわかりました」と答える。まぁ、そんな嫌でもないしバイト中なんでいいんだけどね。

 ビターグラッセに加えてリトルココンがこちらに来る。なんで少し移動するだけなのにタイシンを見て鼻で笑うのか。タイシンメッチャ睨んでるじゃん。今日機嫌悪くなってんだからやめてよね。

 このままだとタイシンの調子も見て、そのままチケットが乱入してきてマヤノも乗っかって、ハヤヒデも流れで見たうえでバクシンオーが走りすぎたのをケアしなければいけなくなるじゃないか。

 チームファーストは基本的に追い込むだけ追い込むけど怪我がないように細心の注意をしているからほぼアフターフォローがいらないんだけど、特段この二人は早いから負荷もかかる上にちょくちょく追加練習もしていてケアをしなければいけないというのは聞いている。

 ビターグラッセは結構力推しの硬めの筋肉をしており、柔軟性が少し悪くなっている。たいしてリトルココンは体躯がタイシンと似ている小柄な体で勝てるようにしなやかな筋肉の付き方をしていた。

 

「おっ、結構気持ちいいもんだな。少し痛いくらいがいいからちょうどいいや」

 

 前屈をしているビターグラッセの足首をつかんで膝を伸ばしながらビターグラッセの体へつま先を押していく。その時に片手は足首をつかんで固定させ、固定出来たら今度は膝裏を伸ばしてからリトルココンに合図をしてビターグラッセの体を押してもらう

 

「……クッ、キツイな」

 

 足首に負担が強く、さらにそこが固いのでアキレス腱も少し痛めている。膝もちょっと注意が必要かもしれない。

 樫本さんの調整がうまいから何とかなってるけど、自主トレだけだったり他のトレーナーだったら怪我していたかもしれない。

 ある程度伸ばしたらもう片方も同じように行う。バランスはいいようで両方とも同じくらいの疲労がたまっていた。

 ビターグラッセの場合はそれだけで治まらないのが辛い。彼女は肩甲骨から肩にかけても調整が必要だった。上半身を酷使するタイプなのだろう。

 他のウマ娘で言うとゴールドシップ。あいつは足のほかに手を大きく振るストライドで一歩の幅を広げるので上半身への負担が他のウマ娘より多い。しかしあいつの場合はその負荷自体悪い方向へ向かっていないので怪我の心配はなさそうだった。

 逆にビターグラッセは腕を押し出して肘を引っ張るようにしながら体を使うので肩への負担が強い。背中側から肩を抑えながら腕を後ろに引っ張って伸ばす。ウマ娘にはあまりやらないのだが、事務作業が多いトレーナー相手にちょくちょくやっている作業だったりする。

 それが終わるとリトルココンの番だ。この子は前のマックイーンみたいに寝かせて少しずつ体の向きを変えて調子を確かめる。

 リトルココンになってからタイシンがチラチラと見てくるし、リトルココンもタイシンを見て煽るのでタオルをリトルココンの顔に投げた。

 それを払って文句を言うリトルココンの足をちょっと強めに伸ばして黙らせてから少しずつ調整をしていった。

 

「へぇ、うまいじゃん。他のウマ娘によくやってるの?」

「トレーナーから依頼が来たときはね。普通は怪我しそうな子を教えて本職の人に見てもらってるよ」

 

 ずっと黙々とやるわけではない。知らない仲でもないし、別に仲が悪くもないので自然と会話が起きる。

 

「何?怪我しそうな子って。そんなのがいたら保健室行きじゃないの?」

「なんか俺の目がいいらしくってさ、怪我しそうな子とか負荷が強くかかっちゃって痛めてる子がわかるんだよ。俺は昔からだからすごいって言われても自分で分かんないんだけど、それもあってここでバイトしてるんだ」

「ふーん、凄いんだ。トレーナーになったらもっと役に立つじゃん」

「トレーナーにはならないよ、あんな忙しい生活俺は無理だね。樫本さんとかは今リトルココンとかビターグラッセといて楽しそうだけどそれでも最大6年くらいで入れ替わるからね、次の子とも同じ関係を築くことができるかは保証がないでしょ?それなら普通の会社員でいいかなってさ」

 

 リトルココンは自分のことを話すタイプではないらしく、俺のことを聞いてくる。

 別に隠すことでもないので話していくが、その間にある程度完了したので少し立ってもらった。

 

「どう、どこか痛かったりしない?ビターグラッセも」

 

 ビターグラッセはすでに体を回したり、少しその場で腿上げをしたりしていた。

 

「ああ、さっきまでと全然違うな。足の裏全体が地面についているようだし、肩も上に持ち上げられているように軽いよ」

「アタシも自然に立ててるというか、いつも普通には立っているんだけど空中にある椅子に座ってるような感じかな」

 

 二人とも満足していただけたようで何よりだ。俺は二人一気にやったから疲れたよ。

 ケアをされる側は軽くなるだろうけど、俺の疲労はたまるだけなんだ……。タイシン達BNW達は後日にしてもらえないかな。特にタイシンはいつでもいいだろ。大体ゲーセンでもここでも会ってるんだし。

 

「あ、アタシのことは今後リコって呼んでいいよ。ウマ娘の名前長いだろ?その代わりあんたのことシュウって呼ぶから」

「こっちもグラッセとかでいいぞ。今後ちょくちょくよろしくな!」

 

 あぁ、タイシンが凄い表情でこっち睨んできた。

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