モスラ×ゴジラ エルフの村を火の海にしたので 作:よよよーよ・だーだだ
2、メインタイトル ~『モスラ対ゴジラ』より~
視界一面に広がるのは、眩い
もう日が暮れて時間が経った夜更けだというのに、収まる気配のないオレンジ色の大火災のおかげで、眼下に広がる森の夜景は、まるで昼間のように明るかった。
すべてが焼かれる火焔地獄、その震央に聳え立っているのは黒い影。背丈は100メートルにも及ぶ巨体で、体色は塗り潰されたかのように黒い。尻から伸びた尾はその倍もあろうかというほどに長大で、背中には茨にも似たギザギザの背鰭が三列、まるで王冠のように堂々と生えている。
世界を蹂躙する黒い影、その名はゴジラ。
周囲を睥睨したゴジラが雄々しい唸り声を轟かせると、ゴジラの背鰭に眩い稲光のエネルギーが迸った。背中のエネルギーはやがて口元へと集束、青白い線条光となって放たれる。
ゴジラの周囲四方を一閃する、超高温超高圧の
凶悪無慈悲な青白き破壊光、放射熱線の洗礼。その一瞥を受けた箇所は化学反応により次々と爆発、大炎上。木々や家屋は一瞬にして燃え、世界は猛烈な劫火の海へと染め上げられてゆく。
今回のゴジラの標的は、エルフの村であった。平和に暮らしていたエルフの村を容赦なく、そして根こそぎ焼き払ってゆくゴジラ。
見張り台も木々もすべて薙ぎ倒され、井戸と小川は焦熱で干上がり、田畑も焼かれて、家屋はひとつ残らず全焼させられた。何もかもすべてが焼き尽くされてしまった。後に残るは、草木も生えぬ地獄の焦土ばかりだ。
恐るべきゴジラの猛威に、村に住まっていたエルフたちは為す術もない。彼らに出来ることと言えば、ただ自分たちの神を信じ、祈りを捧げながら事態の趨勢を見守ることだけだった。
これは、巨大な暴力に弄ばれた、小さな村のお話である。事の発端は、三人の少女が出会ったところまで遡る。
村で暮らすエルフの少女、インファント族のマユナは、いつもどおり探検キャンプへ出掛けた。
村の外での探検キャンプはマユナの趣味、特に『旧時代』の遺跡はマユナにとって格好の遊び場だ。
たとえば、触れば砕けてしまうほど脆いのに、尖らせれば指を切ってしまうほど鋭く、磨けば清水のように透き通らせることも出来るガラス細工。
たとえば、恐ろしいほど緻密な計算で並べられたのであろう、地面に敷かれたタイルや石畳の行列。
たとえば、どうやって作ったのか想像もつかない、精密な歯車や回路の組み合わせで出来た機械部品。
野晒し吹き曝しにされてから気が遠くなるほど時間が経っているはずなのに、未だその原型を留めている巨大建造物の数々。
――こんなに面白いものが山ほど埋もれているんだもの! 辞められるわけないじゃん!!
生来から好奇心旺盛な性格であったマユナは、いつの頃からか旧時代遺跡の探検キャンプに夢中になった。旧時代の遺産、遠い昔に滅んだ文明の名残たちはマユナの冒険心をくすぐり続け、赴くたびに新しい発見をもたらしてはマユナを喜ばせた。
そんなマユナに、大人たちは眉を顰めた。
“仮にも次代の姫巫女候補でありながら毎日毎日ふらふら出歩いてばかり、そろそろ子供じゃないのだから探検なんて辞めなさい!”
大人たちからはそうやって咎められることも多かったけれど、姫巫女としての習いである歌や舞踊には夢中にはなれず、他にハマれることもないのだからしょうがない。
それに、師匠であるアヤミハ叔母様だって「小さな村に閉じ籠ってばかりいてはいけない、次代の巫女たるもの、外の世界のことも学ばなければならんぞ」と言っていたじゃないか。
だからこれは単なる遊びではなくて、姫巫女になるための立派な訓練、修行の一環なのだ。修行なのだから外をふらふら出歩くのもしょうがないのである。しょうがない、しょうがない。
そんな屁理屈を捏ねながら、マユナはキャンプをしようと村を出た。
鬱蒼と繁る枝葉を透かして射し込む緑の陽光、見渡すかぎりに広がるのは廃墟の街。
密集して並び立つビル群の化石たちは、経年劣化で半ば崩れかけながらも、全体を覆う苔と蔓植物によって大まかな建物の輪郭を留めている。
そんな、静寂が支配する死んだ街に、マユナの楽しげな鼻歌がふふんふんと響く。
廃墟の街をマユナは、あっちへ行き、こっちへ寄り、という塩梅で気ままに探索して回った。別に目的のものがあるわけではない、気紛れに探す行為自体が楽しいのだ。この街を歩き回ること、廃墟のウィンドウショッピングとも言うべき行動。これ自体が、マユナにとっての趣味でありこの上ない道楽なのであった。
数時間ほど彷徨ったろうか。マユナは、キャンプを設営した広場へと戻った。
広場の隅で崩れ落ちている石碑――それは遠い昔に絶滅してしまった鳥の一種を象っており、マユナには読めなかったが旧時代の文字で『ふくろう像』と書いてあった――に腰掛け、御弁当の包みを開ける。
沢山歩いたのでお腹もペコペコ、作り置きしておいたお弁当の草団子を、マユナはむしゃむしゃと頬張った。青草の苦味と、味付けに混ぜ込んだ蜜による甘味の絶妙なバランス。手製の草団子に舌鼓を打ち、草の葉で編んだウォーターバッグの水で飲み下す。
「……ねえ、マユナ」
声を掛けられ振り向くと、相棒の少女:レオナがいた。マユナの冒険の付き添いにして頼もしいボディガードであり、幼馴染にして大親友である。
ねえねえマユナ、とレオナは言った。
「それ、ちょうだい。わたしもお腹空いたよ」
「ああ、ごめんごめん」
マユナはお弁当の草団子を、レオナにも分けて寄越した。マユナとレオナ、幼馴染にして大親友の二人はお弁当も分けて食べるのだが、あまりにお腹が空いていたマユナはつい忘れてしまったのだった。
草団子をもきゅもきゅと食べながら、レオナは訊ねた。
「今日の『戦利品』、そろそろ検分してみようよ」
「うん、そうだね!」
レオナに促されて、マユナは本日の『戦利品』を並べて勘定してみることにした。まずは、とマユナは第一の品物を巾着から取り出す。
マユナが取り出したのは掌に収まるほどの、小さな石ころだった。
「……なにこれ?」
小首を傾げているレオナに、マユナは胸を張って堂々と答える。
「これすっごく握り心地が良いんだよ! 握り込んでマッサージしたら気持ちいいかなーって! ……どうかな?」
……握り込む、って喧嘩の寸鉄じゃあるまいし。それにマッサージは『される側』が気持ち良くなるもので、『する側』が気持ち良くなるものじゃないんだよ。
内心でそうツッコミを入れてしまったレオナだが、無邪気に喜んでいるマユナの顔を見てしまうと、ついに何も言えなかった。
「……で、次は?」
レオナが促すと、マユナはますます得意になって、巾着の中からまた違う石ころを取り出した。
「じゃじゃーん、綺麗な石! ほら、レオナの瞳の色とおんなじ!」
そう言いながらマユナがその半透明な石を陽にかざしてみると、内部を太陽光が乱反射しながら通り抜け、鮮緑色の光がきらきらと輝いていた。
「……ということは、マユナの瞳とも同じ色だね」
「そう、だから気に入ってるの!」
この綺麗な緑色の石、おそらく旧時代ではとても高価な宝石だったのだろうと思われた。旧時代の人間には、自身の富や権力を誇示する目的で宝石を身に着けたり飾り立てる風習があった、とマユナたちはアヤミハ叔母様から聞いたことがある。
実際とても綺麗だ、とマユナは思う。特に緑色のものはマユナ自身の瞳の色でもあるので、マユナはとても好きだった。これでアクセサリーを作ったらマユナはもちろん、レオナにだって似合うだろう。
「……まあ、今じゃ無用の長物だけどね」
「うっさいなあ。せっかく拾ってきたのに」
「ごめんごめん。続けて?」
その後も『戦利品の品評会』は続いた。錆びついた缶バッチ、高熱に曝されて表面が融けてしまった銀のブレスレット、石ころ、融けてくしゃくしゃに潰れた金細工、擦り減ったために丸まってしまったガラス片、折れたクギ、石ころ、底の抜けた空き瓶、割れたビー玉、おはじき、金ボタン、瓶の王冠、石ころ、石ころ、石ころ、石ころ、石ころ、石ころ、石ころ、石ころ……
「イコナに見られたら怒られるね、コレ」
姉イコナの名前を出されたマユナは、むう、と不機嫌に口を尖らせた。イコナとマユナは血の繋がった双子の姉妹、顔貌はよく似ていると言われるが、性格はまるで似ていない。
「イコナのことは言わないで。イコナには、あたしのセンスがわからないんだから」
「……まあ、イコナだけじゃないけどね」
「ううっ」
レオナの言葉に痛いところを突かれ、マユナは思わず唸ったが、具体的な反論は浮かばずそのまま飲み込んだ。
村の大人たち、その大半はマユナの冒険にも反対だし、当然マユナの『戦利品』にも価値を見出してくれない。マユナの冒険には肯定的なアヤミハ叔母様でさえ、マユナが拾ってくる『戦利品』の数々には戸惑うばかりであった。
そもそも村の大人たちが、マユナの旧時代遺跡探検を咎めるのは年齢のことだけではない、危険だからだ。建物の廃墟は形こそ留めていても崩落の虞があるし、そして何より旧時代の遺跡には『怪獣』たちが棲んでいる。
『怪獣』。人ならざる怪しい獣。
旧時代の人間たちが愚行の末に創り出してしまった存在、とインファント族の村では言い伝えられていた。
怪獣とは何か。ある者は「そも怪獣とは、人の手で倒せないからこそ怪獣なのだ」といい、ある者は「その力を恐れられ、その命を憎まれ、呪われてこその怪獣なのだ」と述べたという。人知を超えた力を振るい、ヒトの存在を脅かす強大な存在、それが怪獣だ。
旧時代の遺跡というのはそんな怪獣どもの巣窟で、インファント族の領地からも外れていて“守護神”の加護も届きにくい。
そんな危険地帯だというのにマユナときたら遊び半分で気軽にほいほい出かけてゆくし、挙句の果てにその目当てとして拾ってくるのがこんな石ころばかりなのだから、村の大人たちが閉口するのも無理はなかった。
“こんなガラクタのために危険を冒すなんて!”
大人たちにそうやって叱られながら、マユナはいつも考えを巡らせていた……旧時代の人たちはこんなに面白いものを溢れ返るほど作り出せたのに、どうして怪獣たちにあっさり滅ぼされてしまったのだろう、なんて。
その答えは村の伝承で言い伝えられていた。
怪獣たち、その頂点たる王:ゴジラ。
地震、雷、火事、竜巻、この世のどんな災厄よりも恐ろしい、破壊の権能を統べる者。その息吹は雷霆、憤怒は嵐。歩みは地鳴りで、雄叫びは千里にも轟くキングオブモンスター。遠い昔に栄えた人間の世界――『旧時代』は、そんなゴジラの怒りを買って滅ぼされてしまったのだという。
だからあまり旧時代の遺跡に行っちゃいけないよ。大人たちは口を酸っぱくしてマユナに小言をいう。またゴジラを怒らせたりしたらとんでもないことになるからね、と。
だけどマユナはあまり納得していなかった。
だってそうじゃん。こんなに面白いものを溢れ返るほど作れる知恵があったのだから、旧時代の人たちだって、ゴジラを怒らせたら勝ち目がないことぐらいすぐに理解できたはずだ。あるいはゴジラを怒らせない方法、ひいてはゴジラと仲良く共存する方法だって考えついていたかもしれない。
なのにそのまま素直に滅ぼされてしまうなんておかしいじゃないか。どうして滅ぼされてしまったのだろう。その謎は、マユナの留め処ない好奇心と冒険心の対象となった。
そんな風に思うのは、マユナがゴジラの実物を観たことがなかったからかもしれない。実際、旧時代の遺跡はたしかに怪獣たちの棲み処ではあるが、マユナの知る限りではゴジラがやってきたことはない。
それどころか、マユナはゴジラのゴの字も見たことがなかった。今年で14歳になるマユナ、生まれてこのかた村では色んなことが起こったけれど、ゴジラが村を襲ったことなんて一度もない。大人たちに訊ねてみてもゴジラを見たことがある人はほとんどおらず、いたとしても遠目に見かけたくらいのことで、ゴジラの猛威を体感した人は一人もいないという。
“ゴジラゴジラっていうけれど、実際どんな奴なのか、実物を知ってる人はいるの?”
ゴジラのことを持ち出されるたびにマユナがそう言い返すと、大人たちは途端に口をつぐんでしまうのだった。
ゴジラはともかく、そんなわけでマユナには度々『キャンプ禁止令』が下されてきたのだが、その禁止令の抜け穴を見つけては掻い潜ってキャンプに出掛けてしまうので、近頃は大人たちも根負けして、レオナというボディガード兼お目付け役をつけた上であればほぼ黙認されているのが実情だった。
レオナとマユナは互いに気心も知れているし、常識人のレオナならマユナの無鉄砲もきっと諫めてくれるはず、と大人たちは期待しているらしい。
……まぁそれが実際に功を奏しているかどうかはさておいて。
「ま、いいもんね。次こそは凄いお宝ゲットして、皆をぎゃふんと言わせてやるんだ」
「……はあ」
やれやれと溜息を交えながら、レオナが言った。
「……そろそろ帰ろうか」
「そうだね」
品評会もそこそこに、拡げた戦利品を巾着へ詰め込んでキャンプを撤収。マユナたちが村へ帰る支度を整えた頃合いのことである。
空気が破裂する音が響いた。
マユナとレオナは一斉に振り返った。それは『銃声』だったが、つまりは旧時代の産物でありマユナもレオナも初めて耳にする音だったので、二人には何の音なのかはわからない。
ただ、猛烈に嫌な予感があった。
「いくよっ、レオナっ!」
真っ先に立ち上がったのはマユナであった。巾着を腰のベルトに下げ、各種の護身具を背負い、銃声の聞こえた廃墟の街中へ、一目散に駆けてゆく。
「待って、マユナ!」 レオナも慌てて後を追う。
異世界転生、その初っ端にこれはないだろ。
『ボク』はそう思った。
いや、ボクの場合は生まれ変わったわけじゃなくて、元の状態で異世界に飛ばされたわけだから異世界“転移”なんだろうか。前世でトラックに撥ねられたボクは、神様の力でゴジラシリーズの世界へ異世界転移した。
……たしかにゴジラシリーズは好きだ。映画は初代ゴジラからアニゴジまで通算35作(あの悪名高きエメリッヒ版『GODZILLA』も含めてね)、全部観ているくらいにはゴジラファンである。
しかしゴジラは飽くまで映画だから楽しいんであって、実際にその世界に行くのはマジでノーセンキューであろう。いったい誰が好き好んで、ゴジラが上陸してくるのが毎年の恒例行事になってるようなイカれた世界に転生したがるというのだ。いたとしたらそいつは頭がおかしい。
しかもよりにもよって『アニゴジ世界に転移』ってのは、いくらなんでもないんじゃあないの、神様。
アニゴジ、正式な名前は『GODZILLA』三部作。公開は2017年から2018年、半年ごとに一作ずつで計三作の三部作。CGアニメで制作されたことから『アニゴジ』の通称で知られている。
アニゴジの世界といえば『もしゴジラシリーズの世界観に異世界転生するならどこがいい?』と聞かれたときに、そのワースト1位に輝く壮絶な地獄としてファンのあいだでは有名である。
どれくらい地獄かというと、
・怪獣が大量出現する『怪獣黙示録』の時代から始まり、ゴジラ出現から20年足らずで地球人は敗北。70億人近かったはずの人口はわずか2億人程度にまで激減、最終的には宇宙船に乗って脱出するが、選ばれた1万5000人だけで後は見殺しにされる。
・生き残った1万5000人も苛酷な宇宙船生活に適応できず数を減らし、移民先の惑星に到達できた頃には4000人程度しか生き残れない。
・その移民先の惑星への移民は出来ず、地球へ引き返す羽目になる。その間ウラシマ効果で二万年が経過しており、戻った地球はゴジラ細胞由来の森に覆われた『怪獣惑星』に成り果てていた。
・登場人物の一人いわく、「水も空気も毒性、おまけに野生動物は極度に凶暴化、ここが宇宙よりマシなのは気圧と重力ぐらい」「こんな星を取り戻すために命懸けでゴジラと戦うなんて、バカの極みだ」
・こんな有様なのに主人公のサカキ=ハルオがゴジラに挑んでゆこうとするので、次々と仲間が死んでゆく。圧倒的なまでのゴジラの強さに捻じ伏せられるのは当然のこととして、壮絶な仲間割れをやらかしたり、カルト宗教に目覚めて生贄に捧げられたりで、人間がゴミのように死んでゆく。最終的に生き残るのは十人ちょっとだけ。
……と、まあこんな感じである。これが地獄でなくて何なのさ。
見慣れた都市が破壊されればされるほど喜び、近場の観光名所が破壊されれば聖地巡りに来訪するという人格破綻者の集まりである歴戦のゴジラオタクたちですら、この有様にはドン引きだったという。
前置きが長くなったが、前世でトラックに撥ねられながら神様に見出されたボクは、この『怪獣惑星となった地球』に転生したのである。
なぜわかったか。アニゴジ一作目『怪獣惑星』には『苔の化石で覆われたビル群』が出てくるのだが、転移早々にそれそっくりのビルが目の前に現れた、というのがひとつ。
そしてもうひとつは、ゴジラ細胞の森の中を怪獣に追いかけ回されているからである。
ボクを追いかけてくるのは、蜘蛛に似た怪獣だった。黄色と黒の派手なストライプに、毒々しい鮮やかな紫の眼。カチカチと金属音を鳴らす毒牙に、削岩機のドリルを思わせる巨大な鉤爪。
……ほら蜘蛛って意外と素早く動くじゃん? 体長は数メートルもあろうかという蜘蛛のオバケが、あのスピードで迫ってくるのである。殺す気か。
転移前に神様から授かった『転生特典』のおかげで重たい気密服が必要ないのはありがたいが、だからといって死に物狂いの追いかけっこが楽になるわけではない。それにボクはただでさえ頭脳派、要するにかなり運動音痴で、長距離走も短距離走もまったく自信がない。
護身用に持たされたピストルを撃ってみたものの蜘蛛怪獣の分厚い外殻には通用しないようだし、となればあとは逃げるしかない。ビルの廃墟に逃げ込み、階段を駆け昇って上階を目指す。
細い通路に狭い階段、これで振り切れるかと思いきや
……やっべ。
ボクは自身が判断ミスを犯したことに気づいた。建物の上へ行く、これでは
しかし他の階段から下階へ向かおうにも、怪獣は目と鼻の先にまで迫っていて方向転換する余裕もない。かといってこのまま逃げても『詰み』だ。それがわかっていても、ボクは上階へ逃げるしかなかった。
階段を昇りに昇り、そして到達したのは最上階、屋上。
……まあ、建物を上に昇ってたら最終的に屋上へ行き着くのは当然なのだけれど、問題はそこから先に逃げ場がないってことで。
ボクが屋上に出たすぐ背後から、蜘蛛怪獣も這い上がってきた。
……こうなったら、蜘蛛怪獣の隙を突いて下の階へ逃げ帰るしかない。そう考えたボクだったが、すぐにその目論見は崩れ去ることとなった。
蜘蛛怪獣は、ボクに“唾”を吐きかけた。
「ぎゃっ!?」
突然のことで回避が遅れ、ボクは粘々の塊を真正面から浴びて、勢い余ってその場に尻餅をついてしまった。
そしてすぐさま立とうとしたが、それが敵わないことに気づく。まるで全身がチューインガムになったみたいだ、手足にいくら力を籠めてみても身体が地面にへばりついたまま、立ち上がることが出来ない。
ボクはすぐに思い至った。
(……しまった、糸かッ!?)
蜘蛛の一種で、ユカタヤマシログモという品種がいる。英語圏での名前はスピッティング・スパイダー、つまり“唾吐きグモ”。この蜘蛛はその名のとおり、ネバネバの唾を吐いて獲物を絡めとり、動けなくして捕まえるという習性を持っている。
……ぬかった、ボクとしたことが。なぜ気づかなかったのだろう。ここが怪獣映画の世界なら、『蜘蛛怪獣が糸を吐く』なんて想定して当然じゃないか。
蜘蛛怪獣の方へと視線をやると、蜘蛛怪獣は獲物を追い詰めた満足感からだろうか、シューシューカチカチと牙を打ち鳴らしながら歓喜の唸り声を挙げ、こちらの方へにじり寄ってきていた。動きがゆっくりなのは、獲物に逃げられる心配がないことを理解しているからだろう。
「ぐっ、このっ、ちくしょおっ……!」
ネバネバから逃れようとボクは身体を捩ったが、もがけばもがくほど身体がくっついてしまい、ますます動けなくなってしまう。ピストルを撃とうにも、ボクの両腕はネバネバで地面へ縫い付けられてしまっており、腰にあるピストルを手に取ることが出来ない。
……絶体絶命だ。このまま怪獣に喰われて終わるのか、ボクは。せっかく異世界転生で生き延びたってのに。
そう思ったときだった。
蜘蛛怪獣の背後から『槍を携えた黒い影』が飛び込んできた。
黒い影は蜘蛛怪獣へと躍りかかり、頭上へと跨った。
体に何者かが取り付いたことに気づいた蜘蛛怪獣は、黒い影を叩き落そうとカギ爪の前肢を振り回しながらバタバタと暴れ回った。だが、体の上は完全な死角で、なかなか振り落とせないようだ。
蜘蛛怪獣がのたうち回る中、黒い影は次の段取りにかかった。
「おぉんッどりゃアアッッッッ!!」
手にした槍を高らかに掲げ、力強い雄叫びとともにその鋭い切っ先を蜘蛛怪獣の脳天へと叩き込む。
ぐしゃっ。ピストルの弾丸さえ受け付けなかったはずの殻が砕け、中から飛び散る水色の体液。
脳天を打ち砕かれた蜘蛛怪獣は悲鳴を上げながら、頭上の敵を振り落とそうとますます激しく暴れた。削岩機のようなカギ爪が屋上の地面へ滅法に打ち付けられ、工事現場さながらの轟音と共に、粉砕されたコンクリートの破片が飛び散る。
「おッッッらァァァッッッ!!」
しかし黒い影は振り落とされなかった。唸り声をあげながら槍を握る手へより一層の力を籠め、深々と傷口を穿ってゆく。脳天を抉られ、蜘蛛怪獣が一際強烈な悲鳴を上げる。響き渡る蜘蛛怪獣の絶叫。
……それが断末魔の叫びだったのだろう。蜘蛛怪獣は巨体を身悶えさせ、ヒクヒクと痙攣してからその場に引っ繰り返って動かなくなった。
蜘蛛怪獣を仕留めた黒い影は「……ふう」と一息つくと、地へ降り立った。
黒い影の正体は、小柄なエルフの少女だった。
まるでファンタジー、異世界転生物のアニメに登場していそうなエルフの少女だ。絹糸のようなさらさらの頭髪、エメラルドの宝石のような緑色の瞳、尖った両耳。体つきは細身で小柄だが筋肉質で引き締まっており、少女の全身がほどよく鍛え抜かれているのは、素人で運動音痴のボクにもわかる。
一方で、フィクションで見慣れたエルフとは違うところもあった。
頭に『触角』がある。
アニメオタクのスラングで頭のアホ毛のことを“触角”と形容することもあるが、目の前の少女のそれは本物の昆虫の触角だった。昆虫、それも蛾の触角だ。櫛歯状に細い毛が並んだフサフサの触角が、額から左右一対ふよふよと揺れている。
単なるエルフの少女というよりも昆虫エルフ少女と呼ぶべきところだろうか。
昆虫エルフ少女も、ボクの方に気が付いたようだった。槍を地面に突き立てた少女は、腰から小振りのマチェットを抜いてこちらへと迫ってくる。
すわ、危害を加えられるのか。咄嗟に身構えてしまったが、そんな警戒は不要だった。少女は手にしたマチェットでネバネバを裁ち切り、さらに手を差し伸べて、ボクのことを起こしてくれた。
……助けてくれた、と見てよいのだろうか。状況を解釈しかねているボクに、少女は声をかけた。
「~~、~~~~~~? ~~、~~~~?」
……日本語でおk。何言ってんだかわからん。
少女の口から出てくる言葉は独特のリズムと音程を持っており、ボクの耳にはなんだか一節の歌のようにも聞こえる。しかしそれが意味するものは何なのか、ボクには理解できなかった。
「……!」
いくら話しかけても返事が出来ないボクの様子から、少女の方も自身の言葉が通じていないことに気づいたようだった。
ちょっとこっちに来て、とばかりにボクを招き寄せると、少女はふさふさの触角を、ボクの額へと押し当てた。少女の宝石のようなキラキラの瞳が、ボクの眼前へと迫る。
(……ってか近い、顔の距離が近いって!)
ファンタジーに出てくるエルフと言えば美形と相場が決まっている。昆虫エルフ少女も、たしかに触角の生えた異形ではあるものの、顔自体はとても整った綺麗な顔だ。くりくりとした目つき、シミのない肌、ふっくらとした血色のよい頬。まさに美少女、と言っても過言ではないかもしれない。
そんな昆虫エルフ美少女による、まさにキスでもしようかと言わんばかりの急接近。文字通り額が触れ合うほどの、息遣いさえも聞こえてくる密接した距離感。
ボクが内心どぎまぎしている中、昆虫エルフ少女はボクの顔を真正面から凝視しながら、ブツブツと呪文のようなものを唱え始めた。
詠唱を終え、ボクから額を離した昆虫エルフ少女が再び口を開く。
「……~~、~~~~~~~~?」
ボクはまたしても驚いた。耳に入ってくる音声はそのままなのに、意味が頭の中へと流れ込んでくる。
先ほどの触角で触れる仕草と呪文は、いわばチューニングのようなものだったのだろうか。どういう理屈なのかはわからないが、言葉がわかるようにボクの脳を調整してくれたらしい。
うん、わかる。ボクがそう頷くと、少女は「良かった!」とニッコリ笑った。
「大丈夫? 怪我してない?」
「……うん、大丈夫。助けてくれてありがとう」
ボクが頭を下げると、少女は「どういたしまして!」と元気よく応えた。
「相手がクモンガで良かったよー、カマンガやハネンガだったら手に負えないところだった」
「カマンガ、ハネンガ?」
クモンガといえば、東宝特撮に同名の怪獣がいる。おそらく先ほどまで執拗に追跡してきたあの蜘蛛の怪獣が、この世界におけるクモンガなのだろう。しかしその一方で、カマンガとハネンガという名前については聞き覚えがなかった。東宝特撮怪獣だったら大体名前は把握しているつもりなのだけれど。
怪訝に首を捻るボクに、少女は説明してくれた。
「蜘蛛から生まれたからクモンガ。鎌がある奴がカマンガで、翅が生えてて空を飛ぶのがハネンガ。これは知り合いが見たらしいんだけど、鎌も翅も持ってるゼンブンガってのもいるんだって」
というか、ボクの記憶が正しければ、アニゴジ三部作にカマンガだのハネンガだのなんて怪獣は出てこなかったはずである。ここはアニゴジ三部作の世界だと思ったのだが、ボクの見込み違いだったのだろうか。
お互いの言葉が通じるようになったところで、ボクはエルフ少女に気になったことを訊ねた。
「あなた、どこから昇って来たの?」
ここへ昇ってくる階段であれば、クモンガが踏み砕いて破壊していたはずだった。昆虫エルフ少女は一体どこから現れたのだろう。
ボクの問いかけに、少女はどんぐり眼をぱちぱちしばたかせながら答えた。
「普通に登ってきたけど?」
「登ってきた?」
「うん、あそこから」
そう指差した先は屋上の
「……まさか、建物の外壁を登ってきたの?」
「うん、そうだよ?」
それがなにか? 昆虫エルフ少女の口振りはそう言わんばかりだ。
……呆れた身体能力である。ボクは階段で上がってきたが地上からこの屋上まで8階分、高さで言えば20メートル以上はあるはず。その高さの建物を外壁から、しかも素手で昇ってくるとか。スパイダーマンかよ。
ボクが唖然としているのを気にも留めず、昆虫エルフ少女は「あっ、そうだ」と掌を打った。
「自己紹介しなきゃね。あたしの名前は……」
少女の自己紹介は途中で打ち切られた。シューシューと聞こえる獰猛な唸り声に、ボクらは振り返る。
クモンガがまだ生きていたのだ。
昆虫エルフ少女から喰らった槍の一撃で、脳天をカチ割られたクモンガは、その顔面から青い体液を吹き溢していた。普通なら致命傷だろうが、クモンガはまだまだ元気一杯の様子だ。
怒り狂ったクモンガは、金属質のゴッツいトゲトゲ満載の凶悪なカギ爪を振りかざしながら、ボクたちへと襲い掛かってきた。
「下がって!」
昆虫エルフ少女はボクを背中で庇い、即座に、地面へ突き立てていた槍へと手を伸ばした。
しかし一手、間に合いそうにない。鋭い毒牙をカチカチと打ち鳴らし、涎を垂らしながら迫り来る怪獣クモンガ。怪獣に生きたまま貪り食われる末路を想像し、ボクは咄嗟に目を瞑った。
だが、クモンガの毒牙は、届かなかった。
ボクが瞼を開くと、クモンガはボクたちの目鼻の先で動きを停めていた。
正確にはクモンガもこちらへ迫ろうとしているのだが、八本の足をいくらバタつかせても、一向に前進することができていない。そればかりか、遂には後ろの方へと引きずられ始めた。桁違いの馬鹿力で、後方へと引っ張られているのだ。
……後ろはどうなっているのだろう。クモンガの背後に視線をやると、驚くべき光景があった。
そこには超巨大な芋虫の顔面があった。
頭頂部の高さは数メートル、逆算すれば胴の長さは40メートルほどもあろうか。茶褐色の胴体に、エメラルドにも似た緑色の瞳がきらきらと光を放っている。
巨大芋虫は、その巨体に見合うようなこれまたバカでかい顎でクモンガの胴体に喰らいつき、クモンガを取り押さえていた。
クモンガの方も必死に藻掻いていたが、体躯において遥かに上回る巨大芋虫の膂力には到底かなわないようだった。巨大芋虫に咥えられたクモンガはそのまま摘まみ上げられ、幾度も床に叩き付けられて弱ったところを、そのまま遥か彼方へ投げ飛ばされてしまった。
た、助かった……。
クモンガを始末した巨大芋虫。ボクは、その名を知っていた。
「モスラ幼虫……!?」
巨大蛾怪獣:モスラ。
カイコガがモチーフの怪獣で、チョココロネに似た芋虫の姿から、繭玉の蛹を経て、極彩色の翅をもつ成虫へと変化するのが特徴だ。モスラと言えばゴジラやラドンに並ぶ東宝三大怪獣の一角であり、そのファンタジックで可愛らしい姿から女性人気が特に高いとされ、ゴジラシリーズにおいてはゴジラを除いて最も登場回数が多い怪獣の一体である。
そのモスラが、ボクたちを助けてくれたのだった。あまりの展開にボクが呆気に取られていると、昆虫エルフ少女はモスラ幼虫に向かって声を張り上げた。
「ありがと、『レオナ』!」
『レオナ』と呼ばれた途端、モスラ幼虫はキュウと鳴いて応えた。
……まさかこのモスラ幼虫、名前があるのか。東宝特撮シリーズの撮影スタッフのあいだでは怪獣の着ぐるみに愛称をつけることもあった――たとえばキングギドラの頭それぞれに『一郎・二郎・三郎』と名づけていたエピソードは有名であろう――らしいが、この世界ではモスラにも個体名を名付けているのだろうか。
思案するボクを尻目に、昆虫エルフ少女は、モスラ幼虫の額を撫でていた。
「『遅くなってゴメン』って? いいよそんなの、間に合ったんだから」
昆虫エルフ少女にそう言われたモスラ幼虫は、心成しかバツが悪そうな小声でキュウと鳴いて応えたのだった。
少女はモスラ幼虫を存分に労ったあと、「さてと、仕切り直しといこうか」とボクの方へと振り返った。
「改めまして、あたしはマユナ、インファントのマユナ。そしてこっちは、モスラのレオナ」
エルフ少女ことマユナに呼ばれたモスラ幼虫は、キュウ、と甲高い鳴き声で返事をした。やっぱりこのモスラ幼虫はレオナという名前なのか、とボクは理解する。
自分たちが名乗ったあと、マユナはボクに水を向けた。
「良かったら、貴女のお名前も聞かせて?」
……それもそうか。彼女たちが名乗ったのだから、ボクも名乗るべきだな。
ボクは少し考えてからこう答えた。
「……ヤエコ。ジングウジ=ヤエコ、それがボクの名前」
……一人称ボクだから男だと思った? 残念、超絶スーパーウルトラ美少女:ジングウジ=ヤエコちゃんです。年齢19歳、職業は某Fラン大学の文学部。『その歳で一人称ボクの女とか地雷だろ』って? うるさいな。これがボクなんだから仕方ないじゃん。
ボクの名乗りにマユナは「ヤエコ、ヤエコさんか……」と独りで復唱したあと、こちらへにっこり笑いかけた。
「よろしくね、ヤエコさんっ!」
とにもかくにも。
インファントのマユナ、モスラのレオナ、そしてこのボク:ジングウジ=ヤエコ。
少女三人の冒険物語は、こうして始まった。