モスラ×ゴジラ エルフの村を火の海にしたので 作:よよよーよ・だーだだ
翌朝。
「おはよう、ヤエコさん!」
ボク:ジングウジ=ヤエコは、マユナの元気な声で起こされた。
朝から元気だなあ。他方こちとら自堕落大学生。夜更かし上等、朝は正直かなり弱いのだ。
「あと五分……」
ボクは二度寝を決め込もうと毛布に
「もう、起きてよヤエコさん!」
ばさあっ、と毛布を力強く引っぺがされ、ボクは剥き身にされてしまった。季節は春なのか、剥き身で眠るにはまだ少々肌寒い。
……仕方ない、起きるしかないか。目元を擦りながらぼんやりしている寝起きのボクに、マユナは元気よく告げた。
「ヤエコさん、歓迎会の準備はイコナがやってくれるから、まずは挨拶回り! そのあと、あたしが村のことを案内してあげるね!」
「……うん、わかった」
まずその前に朝食ということになり、自前の服に着替えたボクはマユナ行きつけという村の食堂を訪れた。
そういえばこちらの世界に来てからというもの、ろくに食事を摂っていない。食べ物と言えば、先日の廃墟からの帰り道にマユナから草団子を分けてもらったくらい、めっちゃ腹ペコだ。これを機に痩せろって? そうは言ってもお腹は空くんだからしょうがないじゃん。
「おはよう、ポンデおじさん!」
食堂の入り口をくぐり、マユナが店内へ声をかけると、奥から食堂の主人とおぼしき、初老の昆虫エルフ男が現れた。食堂の主人ことポンデはニコニコ笑いながらマユナに話しかけた。
「やあマユナちゃん。お友達を連れてきたのかい?」
「うん! ここのご飯を食べさせてあげようと思って!」
「そうかい、じゃあ腕を振るわなくちゃあねえ」
「いつもの、おねがいね!」
「あいよ」
馴染みの客たちにも愛想よく挨拶しながら席に着くマユナと、そんなマユナに手を引かれて隣の席へと着いたボク。
マユナが「いつもの」と注文した料理は、奇妙な色をした御団子を中心にした野菜の定食だった。
「ここのオススメは御団子、すごく美味しいんだよ! ぜひ食べてってほしいな」
マユナおすすめの団子。色はちょっと独特だったけれど、降られたスパイスの香ばしい香りが鼻腔を擽り、なんだかとても美味しそうに思えた。
何よりお腹が空いて死にそうだ。『空腹は最高の調味料』なんてことわざは世界各地にあるというし、たとえ多少変な味だったとしても構うものか。
いただきます、と手を合わせボクは団子を口にした。
くしゃっ、という食感があった。
咀嚼した途端、背筋へぞくぞくと悪寒が走り、生理的な嫌悪感で食欲は一気に消し飛んだ。ボクの知っている団子に似つかわしくない、妙にぱさついた食感と独特の風味。なに、この、何……?
「……ねえ、マユナ」
「なあに、ヤエコさん?」
呑み込んだら絶対ヤバい。本能的に察知したボクは口の中の物を飲み込まないように注意しつつ、隣の席で同じ団子を美味しそうに頬張っているマユナへさりげなく訊ねた。
「これ、何が入ってるの……?」
ボクの質問に対し、マユナは満面の笑みで元気よく答えた。
「ゴキブリ! 美味しいでしょう?」
「ゴッ……!?」
絞め殺された鳥のような声が出そうになった。
……マダガスカルや南米、中央アジアなど外国では昆虫食の文化がある、と聞いたことがある。巷で聞いたところによれば昆虫食はとても栄養価が高く、単なる肉食よりも優秀なタンパク源として注目されているのだという。ボクの生まれた日本にだってハチの幼虫やイナゴを食べる風習があったというし、昆虫食だって立派な食文化だ、それ自体は否定しない。
だけどゴキブリは無理。いくら食用でもいくら衛生的に問題なくてもいくら原型留めてなくてもいくら味が良いものだとしても、ゴキブリだけは絶対無理。無理無理無理無理、カタツ
「……どうしたの、ヤエコさん?」
口に含んだゴキブリ団子を反射的に戻しそうになったボクは、マユナがこちらを見ているのに気づき、ぐっと堪えた。そんなボクをマユナは恐る恐る、上目遣い気味に見つめている。
「顔色が悪いけど、体の具合でも悪いの? それとも口に合わなかった?」
心配気味にそう気遣うマユナの表情を見たボクは、「な、なんでもないよ!」と力尽くでゴキブリ団子を飲み込んだ。即座に水を含み、一気に飲み下す。
……ま、まあ、これも経験だ。これからこの村でお世話になるのだから、これくらい我慢しなくては。それにゴキブリ団子だって、飲み込んでしまえばなんか美味しかったような気もしてくる。ほら、スパイスの利いた風味や味付けはそんなに悪くないし慣れてしまえば案外美味しい、美味しいんだってば。
心中でそう自分に言い聞かせながら、ボクは二個目のゴキブリ団子を口に押し込んだ。
くしゃっ、くしゃっ、くしゃっ……。
「……どうかな?」
「あ……ああ、うん、えっと、その、ちょっと個性的な味でびっくりしたけど、とっても美味しいよ。好きな人は、まあ、好きなんじゃあないかな?……」
「そうか、よかった! ポンデおじさん、おかわり!」
マユナが差し出す皿に、おかわりの団子が盛られる。団子にがっつきながら、マユナはボクにも訊ねた。
「おかわり、ヤエコさんもどう?」
「ボクはいいかな……」
……ああ、ダメだ。虫を噛み砕いてる感じが生理的嫌悪を絶妙に刺激してきて、実にヤバい気分になってくる。こんなの、これから慣れてゆけるとは到底思えない。
昆虫と野菜の料理に四苦八苦していたボクと、隣で御団子をもりもりお代わりしているマユナ。そんな折、食堂に新しい人物が現れた。
「マユナ姉様!」
そう声をかけてきた少女はボクたちの方へと歩み寄ってきて、こちらと向き合うように向かいの席へと腰かけた。
「あ、スズメじゃん。おはよう、スズメ」
「おはようございます! 昨日もキャンプですか?」
「まあねえ~」
マユナからスズメと呼ばれた昆虫エルフの少女は、小柄なマユナよりもさらに一回り背が低く、幼く見えた。マユナが昆虫エルフ少女なら、一回り小柄なスズメは昆虫ロリエルフ少女だろうか。
「……そちらの方は?」
スズメがボクの方に水を向けたので、例のごとくマユナが引き合わせてくれた。
「この人はジングウジ=ヤエコさん。遺跡探検で知り合った人ね。で、ヤエコさん、こっちはあたしの友達のスズメ」
マユナの紹介を受け、スズメはすぐに「ああ、あなたがヤエコさんですか」と思い至ったようだった。
「わたくし、スズメと申します。どうぞ、お見知りおきを」
そう言って丁寧に挨拶をしてくれるスズメちゃん。この子も出来た子だなあ。
「よろしくね、スズメちゃん」と挨拶を返す。
「しかし耳が早いねスズメ。もうヤエコさんのことを知ってるなんて」
そう言うマユナに、スズメは得意気に胸を張って応える。
「ええ、マユナ姉様のことならなんでも把握しておりますからね」
「なんでも、って……それはちょっと勘弁してほしいなあ」
二人のやり取りを眺めていたボクは、ふと気になったことをマユナに聞いてみた。
「スズメちゃん、『姉様』って言ってるけど、この子も姉妹なの?」
「あー……」
ボクの質問に、マユナは目線を逸らした。
「いや、姉妹というか、なんというか……」
なんだろう、付き合いは短いが初めて見る表情だ。
これまで質問すれば何でも嬉々として説明してくれていたはずなのに、先ほどまでとは打って替わって妙に言葉を濁すマユナ。そのときスズメが「姉様!」と語気を強めた。
「マユナ姉様は、このスズメと姉妹の契りを交わしたのをお忘れですかっ」
「そんな契りなんて交わしてないよ~」
「そ、そんな、マユナ姉様、スズメとのことは遊びだったと……!?」
およよよ……と同情を引くように仰々しくすすり泣く仕草をするスズメと、そんなスズメを見ながら苦笑いを浮かべるマユナ。
「……まぁ、こういう子だよ」
……なるほど、要するにスズメはマユナの『妹分』なのか。
女友達同士の擬似的な姉妹関係、いわゆる『御姉様と妹』の関係性。御嬢様学校を題材にしたフィクションでよく見かける奴だが、単なるフィクションの産物というわけでもないらしく、女学校や宝塚歌劇団なんかでは実際に“そういう関係”になる女の子たちもいないことはないらしい。
「このスズメの命を御救い下さった、あのときのマユナ姉様の勇姿、ご活躍! 嗚呼っ! スズメのテレパスがもっと強ければ、ヤエコさんにも御見せ出来ましたのに……っ!」
「いや、恥ずかしいからいいよやんなくて。だいたい命を救ったなんてオーゲサだよ、たまたま成り行きでそうなっただけじゃん」
「そんなご謙遜を! アンギラスの槍と愛刀のマチェット二振りを振るい、群がる怪獣どもをばったばったと切り倒す! ただの“成り行き”でああはなりますまい! それにいつぞや、サルンガに襲われたときだって……」
鼻息荒げ、マユナの活躍ぶりを語り始めるスズメ。心酔、というのだろうか。マユナのことがよほど好きなんだろうなあ。
スズメというのが鳥の名前に由来するのかどうかは知らないけれど、スズメの名のとおり、これまたピーチクパーチク元気のいい子だなあ。まあ、元気がいいのは良いことだとボクは思うけれど。
「牙を剥き出し唸りを響かすサルンガを前に、マユナ姉様は一喝! 『やいやい、エテ公めら! ここがインファントの聖域と知っての狼藉か! 躾のなってないエテ公はこの姫巫女、マユナが成敗してくれよう』!!」
「……そんなカッコいいキメ台詞、言ってないんだけどなぁ」
マユナのぼやきは、スズメの耳には入っていないようだった。スズメは武勇譚を語り続ける。
「さしてかざすは村の名槍、アンギラスの槍! 『エェーイヤアーッ!』と右に振るい、左に振るい、サルンガの毒牙、毒爪と互角に打ち交わす!……」
どこからともなく取り出した木の棒――それは講談師が講談で使う『張り扇』に似ていた――をパチンパチンと打ち鳴らしながら、スズメの名調子は続く。
そのうち食堂の客が群がってきて、「いよっ、名噺家!」「いいぞいいぞ~」なんて掛け声を飛ばし始めた。
「ありがとうございます! えー毎度のことでございますが、一席のほど、お付き合いを願いたいと存じます!……」
ますます興が乗ってきたのかスズメの語り口に脂が乗り、ついには独演会の様相を呈してきた。
落語というか講談というか、もはや一種の話芸だ。先ほどテレパスがどうのと言っていたけれど、スズメの弁舌ならそんなの別に要らない気がする。かいつまんで聞いているだけだけれど、マユナがなんだかすごい英雄、というか侠客みたいに聞こえてくるもの。これだけ聞いたら、マユナのことを三船敏郎みたいな人だと思ってしまうかもしれない。
そして客たちはスズメの話ぶりに聞き入り、とても楽しげである。
「あーあ、また始まった……」
そんなスズメを、苦笑しながら見つめるマユナ。どうやらこれはスズメちゃんの恒例行事のようなものらしい。
マユナの頬は朱に染まっているようにも見えた。というか耳に至っては、尖った先っちょまで真っ赤だ。自分のかつての武勇伝について尾鰭に胸鰭、背鰭まで付け加えた上で語られて、居た堪れなくなってきたに違いない。
まぁつまるところ。
「……照れてるの、マユナ?」
「…………。」
ボクの問いにマユナは答えない。食堂の客に囲まれて噺に夢中になっているスズメを尻目に、マユナはひっそり席を立ってボクの手を取った。
「さ、行こっ、ヤエコさん」
うん。ボクも頷き、席を立った。
食堂の一席のあと、村の役場に行って、助役たちへの挨拶回りをした。
マユナの遺跡探検で出会ったのだということを知ると、助役たちは一斉に渋い顔をした(これは後で知ったのだが、彼らはマユナの遺跡探検のことをあまり快く思っていないらしかった)。けれどそれは最初だけのことで、ボクのことは皆歓迎してくれた。
『わたしたちの村へようこそ、ジングウジ=ヤエコさん!』
……よかった、皆善い人で。イコナのような例もあるし『ひょっとして村の人たちに受け容れてもらえないのではないか』、そんな昨晩の懸念も払底された。
内心で安堵しているボクの手を取り、マユナが言う。
「村の名所、隅から隅まで全部教えてあげるね!」
かくしてそのあとマユナによる『村案内ツアー』が始まった。
一番最初に連れてこられたのは、村の外れの崖下だった。崖も崖、堂々と反り立つ岩壁の断崖絶壁、見上げたくなるほど立派な崖である。その崖を指しながらマユナが言う。
「この崖はねえ、『ゴジラ岩』っていうんだよ」
ゴジラ岩。転移前の世界でもそんなのあったな、と思い出す。秋田県だか石川県だったか、あと長崎県にもあるんだっけ?
しかしゴジラ岩といえば、ゴジラに似た旧復元の恐竜を思わせる形をした奇岩のことを大抵は指すのだけれど、マユナの言う『ゴジラ岩』は、ゴジラとは似ても似つかないただの巨大な断崖でしかなかった。
これのいったいどこがゴジラ岩なのだろう。訊ねてみれば理由は明白だった。
「この崖、とっても大きいでしょう? ほら、あそこの飛び出してる辺り、あれがゴジラの顔にそっくりなんだって」
そう言われて差された先、断崖の途中に岩が突き出た箇所があり、言われてみればゴジラの鼻先にも見えないことはなかった。
「言い伝えだと、ゴジラってあれくらいの背丈があったらしいよ」
「へぇー……」
……なるほど。ゴジラに似ているからゴジラ岩、ではなくてゴジラと同じ大きさだからゴジラ岩か。納得である。
しかしそれだとひとつ気になることがある。
「……ずいぶん小さいな」
そう、アニゴジにしては小さすぎるのである。
ボクの身長がおよそ160センチ、それより小柄なマユナが150センチだとして、ゴジラ岩のあの突き出た岩の部分の高さがその50倍から60倍だとすると、マユナのいうゴジラの身長は80メートルから100メートルといったところになる。
もちろん目測だから多少の誤差はあるかもしれないし、人間のボクからすればこれでも途方もなく大きいが、対してアニゴジに登場したゴジラ=アースは身長300メートル、こんな岩などよりもずっと大きいはずだ。身長100メートルのゴジラといえば、むしろハリウッド版シリーズやシン・ゴジラ、平成VSシリーズのゴジラに近い大きさかもしれない。
アニゴジ一作目『怪獣惑星』には身長50メートルのゴジラ=フィリウスなんてのも出てきたが、マユナのいうゴジラとはひょっとして、そういったゴジラの亜種やコピーを指しているのだろうか。ボクは訊ねてみた。
「ねえ、マユナ。ゴジラって何匹もいるの? どこかにもっと大きいのがいたりしない?」
ボクの質問に、マユナは目を丸くして答えた。
「ゴジラが何匹もいるか、って? とんでもない! 一匹しかいないよ。こんなの何匹もいたら大変だよ!」
どうやらマユナには心当たりがないようだった。
マユナたちが知らないだけで実際は他にもゴジラがいるのか、それとも本当に一匹しかいないのかは判然としないが、少なくとも身長300メートルのゴジラがどこかに存在しているわけではなさそうだ。もしいたらそっちの方がよほどインパクトがあるだろうし、存在さえ知らない、ってことはないだろう。
「……ヤエコさん、ゴジラのこと知ってるの?」
「いや、別に? どうして?」
「なんだか知ってるみたいな口ぶりだから」
「いやね、なんとなく、もっと大きいものだと思ってたからさ。意外と小さいんだなあって」
「ふうん……」
……そういえばモスラも違うんだよな。ボクはアニゴジ本編の描写を思い返してみた。
アニゴジ本編のモスラは卵がひとつのみ、それも肉体を持たない思念体としての登場だったが、ボクが転移したこの世界には母子の両方が健在、しかも子供のモスラは双子である。しかもこちらのモスラ成虫はシルエットだけの思念体などではなく、きちんと極彩色の巨大蛾の姿をしており、手で触れて目で見ることのできる現実の存在だった。
さらに言えば、フツア族の在り様も違っている。アニゴジのフツア族は地上の怪獣たちを避けて地底生活を送っていたが、こちらのインファント族は洞窟に神殿を築きつつも、生活基盤は飽くまで森に築いた村の方にあるように思える。モスラが健在なことや、ゴジラ=アースが存在しないこととなにか関係があるのだろうか。
まったく、この世界は一体なんなのだろう。アニゴジ本編と似通っているだけのパラレルワールドなのか、あるいはアニゴジの世界観なのだとしても、ゴジラとモスラが代替わりする程度には時間が経っているのだろうか。『怪獣惑星』のように炭素年代測定を行えば正確な年数がわかるのかもしれないが、道具がないので残念ながら調べられそうにない。
そういえば転生するとき、神様は『ゴジラのいる世界』だとは言ったが、アニゴジ世界だとは言ってなかったなあ。ちゃんと聞けば良かった。
「……ヤエコさん、ヤエコさん、こっちこっち」
考え事に耽っていたボクは、マユナに呼びかけられて我に返った。声の方を見ると、マユナがゴジラ岩の土台に片足をかけながら、ボクのことを手招きしていた。マユナの傍には梯子が立てかけられており、ゴジラ岩の上へと伸びている。
「ここから登れるんだよ、ついてきて!」
そういってマユナは、ゴジラ岩を登りはじめた。「ま、待って!」と慌ててボクもあとを追う。
幼少期にジャングルジムとか昇り棒くらいは昇ったことはあるけれど、命綱無しのロッククライミングは流石に初めてだ。ひとつずつ着実に、かつ慎重に登ってゆく。
梯子を登った先は細道があった。道と言えば道とも言えるが、山道というほどの幅は無く、どちらかというと『崖っぷち』と形容した方が正しいとも思う。
そんな悪路を、マユナはひょいひょいと軽快に進んでゆき、ボクもおっかなびっくりで後を追う。マユナは慣れているのか最初は野ザルのような器用さと俊敏さで軽快に進んでいたが、ボクの進むスピードが速くないことに気づいてからは、こちらの様子を窺いつつ時折登りやすいルートを指し示してくれていた。
そんな苦心惨憺の末に、ボクたちはようやくゴジラ岩の頂上へと到着した。
……ふう。額の汗を拭って一息つくボクに、先に到着していたマユナが告げる。
「ここからだと村が全部見えるの! すごいでしょう!」
ふふーんと得意気に語ったマユナの言葉どおり、ゴジラ岩の頂上からは村の全景と、その先一面に広がる森林地帯を眺めることが出来た。深い森に囲まれたインファント族の村。その家屋と畑、小川に井戸、そしてそのあいだを忙しなく行き交いながら日々の暮らしを繰り広げている村人たちのささやかな営み。なんだか蟻のように小さく見えた。
……これがゴジラの見ている目線か。ゴジラ岩の高さはおよそ100メートル。元の世界にもこれくらいの高さの建物はザラにあったのだけれど、視界を遮る建物とかはないし、空気も澄んでいるので、どこまでも見渡せそうに思える。
ゴジラ岩からの眺めを一通り堪能したあと、マユナが言った。
「この岩には抜け穴があってね、モスラの祭壇に続いてるんだよ」
マユナが指差す先には、洞穴がぽっかり口を開けていた。モスラの祭壇、先日にモスラやアヤミハと謁見した地下神殿だろうか。
ふと思ったことをボクは指摘した。
「……だとしたら、苦労して登らなくても、神殿の方から廻れば良かったんじゃ?」
ボクの指摘にマユナは「……あ、それもそうだね」と頭を掻きながら一言。まったく、うっかりさんだなあ。
「ここは地下工房! 武器や道具を創ったりするんだよ」
そこで見せられたものに、ボクは仰天した。
「ナノメタルだ……!」
『ナノメタル』。アニゴジにも登場した自立思考金属体ナノマシン、『決戦機動増殖都市』で散々顰蹙買ったアレである。簡単に言うと『何でも作れる超スゴイナノマシン』といったところであり、アニゴジ劇中ではゴジラを模したロボット怪獣:メカゴジラの素材として登場していた。『アニゴジのメカゴジラがどんな奴だったか』って? なんというか、その、あまりゴジラファンとしてかなりアンタッチャブルな存在なのでここから先はやめとこう。
映画の話はさておいて、ナノメタルには侵蝕性があり、怪獣に対しては強力な毒になる。アニゴジ本編のフツアもナノメタルで対セルヴァム用の毒矢を創っていたが、こちらの世界のインファント族もナノメタルを使って武器を創っているようだ。
「『なのめたる』? なあにそれ?」
どんぐり眼をぱちくりしながら聞き返したマユナに、ボクは慌てて答えた。
「い、いや、ボクの故郷にあったものにそっくりだったから、ついね。この『毒』って、一体どうやって創っているの?」
「これは、地下から掘り出してるの。採掘場はまだ内緒だけど、そのうち案内してあげるね」
地下から掘り出している、ということはインファント族たち自身が創り出しているわけではないのだろう。きっとどこかにナノメタルの巨大な塊――つまり〈メカゴジラ〉の残骸が埋まっていて、それらを少しずつ採掘しているに違いない。アニゴジ本編でもそうだったしひょっとしてと思っていたけれど、この世界もやはりかつてメカゴジラが存在し、破壊された歴史を辿ったようだった。
同時に、この世界がポスト=アポカリプス、つまり人類の時代が終わった後の世界であることが確定した。この村のインファント族たちにこんなものを精製できる技術があるはずがない。
……しかしフツアもそうだが、インファント族ときたら、ナノメタルなんて凄いものを発見しておきながらただの毒矢の鏃にしか使ってないなんて、実際に目の当たりにしてみるとどれだけ勿体ないことかと思ってしまう。
これの使い方さえ理解していれば、かつて栄えていたであろうこの世界の人間の文明だって、きっと再興できるだろうに。
「まさに猫に小判だな……」
「『ネコニコバン』? なあにそれ?」
「いやなんでもない」
その後、ボクはマユナに案内され、工房の奥へと入れてもらった。ヒカリゴケの灯りが照らす地下工房に、金属を擦り合わせる鋭い騒音が響いている。
がなり立てる金属音に負けじと、マユナは声を張り上げた。
「カシーバおじさん!」
マユナの呼びかけを受け、刃物を研ぐ作業に従事していた男が、ひょっこりと顔を出した。体格は恰幅がよく、片目に眼帯をはめた隻眼の中年男だった。
「おう、マユナちゃん!」
作業の手を止め、中年男は片足を引きずりながらこちらへとやってきた。
「紹介するね」と、マユナは中年男をボクと引き合わせてくれた。
「この人はカシーバおじさん、村一番の武器職人ね。カシーバおじさん、この人が昨日来たお客さんのジングウジ=ヤエコさん」
どうも、とボクは頭を軽く下げた。
頭を下げた拍子にボクは、カシーバの片腕と片足が義手義足であることに気づいた。先ほどカシーバが片足を引きずっているように見えたのは片足が不自由だからだろう。
わたしが顔を上げると、カシーバは、ボクに笑いかけた。
「このお嬢さんがマユナちゃんのお客さんかい。これまたエラい別嬪さんじゃあないか。どうだね、うちの嫁に来ないかね」
「よ、嫁って……」
「なんてな、冗談だ」
咄嗟の返答に窮したボクを見ながら、カシーバはガハハと豪快に笑った。
……むう。悪意はないんだろうがデリカシーもない。良くも悪くも田舎の中年男性、といったところだろうか。嫌いというわけでもないが、ボクは苦手なタイプだなあ。
どう接したものかボクが心中で苦慮していると、「ねえ、カシーバおじさん」とマユナがカシーバに言った。
「預けてた武器、もう引き取って良いかな?」
「ああ、頼まれてたやつの整備なら終わってるぜ、そこの台に置いてあらぁ」
カシーバが顎でしゃくった先、テーブルの上には武器が並べて置いてあった。槍とマチェット、どちらも先のクモンガ戦でマユナが使用していたものだ。
マユナは「ありがと、カシーバおじさん!」と元気よく礼を告げ、それらを手に取った。
「ちょっと離れてね、ヤエコさん」
「ああ、うん」
ボクが離れたのを見たマユナは槍を手に取り「そーりゃっさ!」という掛け声と共に、軽々と槍を振るってみせる。
美事な槍捌きと舞い、目の当たりにしたボクの口からは思わず「おお」と感嘆が漏れ、マユナは「ふふーん」と得意気な表情をする。
そんなボクらを見ながら、カシーバはがっはっはと笑いかけた。
「どうだい、マユナちゃんの槍技は。この村で槍を使わせたら、マユナちゃんの右に出る者はいねえぜ」
「はー、そうなんですか」
マユナが槍の名手であるのは、最初に出会ったときにも存分に見せてくれたのでボクも知っている。クモンガの頭蓋を貫き、昏倒させたあの強烈な一撃。あれは素人目に見ても達人級の凄技だと思う。
けれど村一番と言われるほどなのか。カシーバの賛辞にボクが感心している一方、マユナはというと「いやあそれほどでも~」と頭を掻いて照れていた。
「あたしよりも師匠と武器が良いんだよ。カシーバおじさんとジャクマおばさんの2人に教えてもらったからね。それにこの槍だって、元々はカシーバおじさんから譲ってもらった奴だし」
槍の由来に話が及び、カシーバは「おうよ!」と威勢よく応えた。
「こいつぁ、この村を開墾したときに倒したアンギラスの角から作ったんだ。クモンガ、カマキラス、メガニューラ! 以来20年、こいつで貫けねえ獲物はいなかったぜ」
矢尻が動物の骨なのは何となく推察していたが、怪獣アンギラスの角だったのか。アンギラスと言えば古いゴジラ映画にもよく出ていたのを思い出す。アンギラス、全身に角や棘を満載した凶暴な鎧竜の怪獣だ。インファント族の人たちはその棘か角の一本を外して、槍の矛先にしたのだろう。
まさに“アンギラスの槍”だ。
カシーバは言った。
「武器と師匠が良いとしても、青は藍より出でて藍より青しだ。マユナちゃんはおれたちの若ぇ頃よりもずっと筋が良い。イコナちゃんも凄いが、槍に関してはマユナちゃんが最強だとおれぁ思うぜ」
おだてられてマユナはますます頭を掻いた。
「いやいやあ、あたしなんてまだまだだよお。それに弓矢ならイコナの方が上だしねえ」
口ではかくも控えめに言ってみせるマユナだったが、顔はデレデレと弛みっぱなしである。
スズメの語りに照れたり、カシーバに褒められれば謙遜しつつも素直に喜んでいる。まったくわかりやすい子だなあ。
武術の鍛錬をする演武場、村の見張り台、聖なる湖……あちこち連れ回されて日が傾き始めた頃、最終的に連れてこられたのはマユナの家だった。
「ここがあたしの家!」
土と木材を組み合わせて造られたそれは、歴史の教科書に出てくる弥生時代の竪穴住居に似ており、そしてボクが思っていたよりも遥かに小さくてこじんまりとしている。
家の中も見せてもらった。
据えてある飾り棚には、マユナの“コレクション”が所狭しと並べられていた。なんでも先日ボクと出会ったのは、このコレクションを集めるための探検の途中だったらしい。
「まあ、皆からは『ガラクタ』なんて言われちゃってるんだけどね。そんなもののために探検なんか止しなさい、なんていつも言われちゃうんだ」
……正直、大人たちの言うこともわからないでもない。並んでいるのは変な形の石ころとか鉄屑とか、控えめに言ってもゴミにしか見えない。幼気な少女が怪獣たちと命懸けで戦う理由がこんなもののためだと言われたら、ボクでも止めると思う。
……まあ、言わないけどね。マユナにはマユナの価値観があるのだろう。趣味、好きなものが理解されない辛さはボクもわかるし。
「マユナはオタクなんだね」
「おたく? なあにそれ?」
マユナに聞き返され、ボクは答える。
「ボクの故郷で『好きなものに対して凄いこだわりがある人』って意味の言葉だよ」
「ふーん……」
ボクの答えに「おたく、おたくかあ……ふふふ」と表情を綻ばせるマユナ。
実のところオタクという言葉は必ずしも善い意味ばかりではないのだけれど、マユナは嬉しそうだし、ここは黙っておくことにした。
そういえば話は変わるのだけれど。
外観の大きさから察していたけれど、やはりこの家は一人用のようだ。揃えてある家具や食器類も見たところ一人分、もしくはそれに加えて来客用の分しかない。
「独り暮らししているの?」
ボクの問いに、マユナは「うん」と元気よく頷く。
「ちょっと前まではイコナと一緒だったんだけど、『そろそろ自立した方が良い、これも修行の一環だ』って叔母様にね」
その言葉で、ボクは転移する前の現代日本での暮らしを思い出していた。
かつてのボクは実家暮らしだった。といっても両親は仕事で留守にしがちなので、実質独り暮らしのようなものではあったのだけれど、自立しているかというとそうとも言い切れない部分はある。
そんなボクよりもずっと年下で幼く見えるのに、マユナはもう家を出て独り暮らしをしているらしい。
「マユナは偉いなあ」
「いやいや、そんなことないよ。皆助けてくれるしね」
……しかし、こうなるといよいよマユナの家族関係が謎だな。14歳で独り暮らしはインファント族の風習なのだとしても、これまで両親の話がまったく出てきていない。
いっそ訊いてみるか。
「……前から気になっていたんだけど」
「なあに?」
「マユナの御両親ってどうしてるの?」
「あたしの両親?」
嫌だったら言わなくてもいいからね。そう前置きした上で、ボクは訊ねる。
「アヤミハさんが育ての親だ、って前言ってたじゃない? 御両親はどうしたのかなあ、って」
「あ、んー……」
ボクの質問に、マユナは少し考えてから言った。
「昔この村に怪獣が来たことがあって、そのとき死んじゃったんだよね」
「え……」
そんな衝撃の事実を、こうも呆気なく。
というかいきなり特大級の地雷炸裂である。一体どんな顔すればいいのさ。
そんなボクの戸惑いをマユナは察したようで「あ、ごめんね!」と言った。
「別にそういうつもりじゃないの、あたしも小さかったから全然覚えてないし」
「いや、ボクこそごめんね、やっぱり嫌だったよね?」
頭を下げるボクにマユナは「ううん、いつかちゃんと話さないといけないことだしね」と続けた。
「何年も前、あたしが小さい頃、村に蜻蛉の怪獣が群れで攻めてきたことがあったの」
蜻蛉の怪獣。メガニューラかメガギラスだろうか。頭を
「それは空を覆い尽くすような物凄い大軍勢で『モスラだけじゃ対処しきれないから』って村の戦士も皆駆り出されたの。そこであたしのお父さんとお母さんも戦って……ね」
……こんなのどかで楽しいだけにも見えるインファント族の村にも、そんな傷ましい過去があったのか。
言われてみれば、先ほどの武器職人カシーバの姿を思い出す。義手の片腕、引きずっている片足。あるいは彼の怪我も、そのときの戦いで喪ったものなのだろうか。
内心で切ない気持ちになっているボクに、マユナは言った。
「あ、でも『可哀想』だなんて思わなくていいからね。村の皆が代わりに十二分に可愛がってくれたし、親のいない子もいる子も、皆で面倒看るのがあたしたちの村の仕来りだから」
……ふーむ、なるほどね。
今の話でひとつ合点がいったことがある。たとえば村人たちのマユナに対する態度である。
『おはよう、マユナちゃん!』『今日も元気だね、マユナちゃん』
ポンデ、カシーバ、その他の村人たちも皆そうやって挨拶してくれた。たしかに御転婆なきらいはなくもないマユナだけれど、会う人会う人皆から慕われているのはボクにもよくわかる。
無論マユナの人柄もあるんだろうが、それにしたって好感度が高すぎるような気がする村人たち、その裏にはそういう家庭の事情もあったのか。皆で面倒看る、つまりそうやって育ったマユナは村の皆の子供みたいなものなのだ。穿った見方をすれば、村の助役たちがマユナの遺跡探検に良い顔をしなかったのも、『マユナのことが心配だから』だろう。
ボクがそんな考えに至ったときである。
窓の外から“光る蝶々”が降りてきた。
数は3頭。色とりどりの翅に宝石を嵌め込んだような目、そしてほんのり纏った淡い輝き。その蝶々たちに、ボクは見覚えがあった。
「フェアリー……!?」
フェアリーモスラ、モスラの映画でよく出てくる、モスラの家来みたいな怪獣だ。
怪獣と言っても大きさは小さな小鳥くらい、映画ではモスラや小美人たちの使い魔として活躍する場面が印象的だった。しかしまさか、この世界にもフェアリーモスラがいたとは。
「フェアリーのことを知ってるの?」
『フェアリー』というボクの呟きにマユナが反応したので、慌ててボクは答えた。
「え、あ、いや、フェアリーっていうのはボクの故郷の言葉で『小さくて綺麗な生き物』のことを言うんだよ。この子もフェアリーっていうの?」
ボクの誤魔化しがてらの質問に、マユナは特に疑問を挟むこともなく正直に教えてくれた。
「うん、フェアリーモスラって言ってね、モスラの代わりに働いてくれる働き者なの。可愛いでしょう?」
……フェアリーモスラまでいるなんて、ここはいよいよアニゴジ三部作の世界観とは違うらしい。フェアリーモスラが出てくるのはごく限られた映画だけ、アニゴジ三部作にももちろん出てこなかった。
そんなことを考えているボクの眼前で、フェアリーたちはひらひらと舞い上がり、風の中で踊りながらやがてマユナの指先へと降り立った。
指先のフェアリーを見つめながら、「ふふっ」と嬉しげに顔をほころばせるマユナ。
楽しげなマユナの姿を見ながら、ふとボクは思ったことを口にした。
「……マユナはこの村のことが大好きなんだね」
そんなボクの言葉に、「もちろん!」とマユナも元気よく答えた。
「この村は、あたしの一番の宝物! あたしの自慢なんだ!」
……そうやって笑うマユナの笑顔こそが、何物にも代えがたい宝物だと思うよ。
まあちょっと、いやかなりスカしたクサい台詞だから言わないけどね。
「どうしたの、ヤエコさん」
「どうした、って何が?」
「いや、なんか随分楽しそうだなあ、って」
そう言われてボクは、自分がニヤケていたことに気づいた。まあ仕方ないよね、なんだか微笑ましいんだもの。
マユナは「あ、そうだ」と言った。
「このあと一緒に水浴び行こうよ。昨日は入れなかったし」
「水浴びできるの!?」
マジで!? やったね! ボクは歓喜を抑えきれなかった。
昨晩は濡れタオルで体を清めさせてもらったけれど、昨日は散々走り回ったり、モスラやアヤミハさんとの面会で冷や汗もかいたり、やっぱりお風呂には入っておきたかった。温かいお風呂じゃない水浴びだとしても、汗を流せるというなら是非とも流しておきたい。べたべたするし、汗の臭いも気になる。
そんなボクの手を、マユナが取った。
「さ、行こ、ヤエコさん!」
そしてボクとマユナは歩き出す。
いざゆかん、水浴びへ!!!!
遠い遠い昔。
この話は、まだこの星の霊長の座に『人間』という生き物が君臨していた頃から始まっている。
この星:地球は、昔から“競い合い”が絶えない星だった。
競い合うこと、それ自体は自然の摂理だ。捕食者と被捕食者による食物連鎖のサイクル、テリトリーや
人間という生き物もこの星に生まれた以上、その例に洩れることはない。同族同士で競い合い、互いを高め合いながら、総体としては自分たちの領域をこの世界へ拡大してゆく。そうでなければその群れは停滞し、抜け目なく狙う他のライバルたちに蹴落とされてしまう。果てしなき競い合いと共生による調和、それが人間、ひいてはこの星に生きる生き物たちの宿命なのだった。
けれど、人間たちが繰り広げてきたソレは、少しばかり度を越していた。それこそ自然全体、ひいては人間自身さえも蝕み、損ねてしまうほどに。
人間の世界、いわゆる『文明』が発展してゆくにつれて、人間の競争がもたらす影響は規模を際限なく拡大して、やがて自然の仕組みで補填できる範疇に収まらなくなっていった。
……あるいはそれも計算の内、大きな星の意志の一部だったのかもしれない。『競い合いを是とするシステムが、長い時間をかけて果てしなく発展し続けていったらどうなるのか?』、そういう天然の実験場としてこの星は設計されたのかも知れない。
けれど人間たちはそんなことにも思い及ばぬまま、ただ我武者羅に欲望の赴くままに繁栄を求め続けた。
インファント族の伝承で『悪魔の火』と伝えられる“ソレ”は、そのような流れの中から生まれたものだ。
宗教対立、社会的不公正、経済格差、社会の分断、環境破壊、倫理が追い付かない科学とイデオロギーの暴走、そして戦争。
人間同士が繰り広げていた激烈な競争はいつからか『闘争』へと変質し、ライバルより強く、ライバルより大きくと上位を目指し続けた末に、人間たちはとうとう自分たちの手に負えぬ次元にまで手を伸ばしてしまった。
……世にも恐ろしい『悪魔の火』。その爆発と猛火は環礁一つを深々と抉り飛ばし、立ちのぼるキノコ雲は天を突いて、轟く衝撃は海の奥底まで震え上がらせたという。
『悪魔の火』の炸裂を機に、この星は新しいステージへと昇った。
『悪魔の火』という特異点:シンギュラポイントへの到達は自然界のバランスを大きく崩し、狂い始めた自然界は人知を超えた新種の生物カテゴリーを創り出し、『ヤツラ』を次々と世に送り出し始めた。
人間たちもまた『ヤツラ』に抵抗した。この星の霊長の座へと必死にしがみつき続けた人間と、それを引きずり降ろそうと抜け目なく虎視眈々と迫り続ける『ヤツラ』。
ヤツラの名は『怪獣』。この星の霊長となり得るのはヒトか怪獣、どちらか一方のみ。
人間と怪獣が頂点を賭けて争い合う闘争の時代、『怪獣黙示録』の幕開けである。
その闘争の只中で、『彼』は産声を挙げた。
彼を目覚めさせたのは、やはり『悪魔の火』の炸裂である。
……忘れもしないあの閃光、あの爆熱、あの骨の髄まで染み渡る衝撃。そして焼かれる者たちの悲鳴と断末魔。
“偉大なる啓示”を受けた『彼』は、すぐさま行動を開始した。こうしてはいられない、やらなければならない、やらなくては、今すぐに。まるで何かに取り憑かれたかのように、せっつかれるように、彼は世界中を駆け巡る『大巡礼』を開始した。
突如猛威を振るい始めた彼に、人間たちは為す術もなかった。
目につくものは、すべて焼き尽くし。
前を阻むものは、すべて踏み躙り。
挑みかかるものは、すべて正面から捻り潰す。
まるで飽くなき力を求め続けた人間たちへしっぺ返しを果たすかのように彼は、他の追随も許さぬほどに強大な力で、容赦なく徹底的に、人間たちの世界を“掃除”してゆく。
人間たちはそんな彼のことを『キングオブモンスター』と呼び、ついには彼によって霊長の座から蹴落とされたのだった。
地獄の手前、煉獄をも思わせる灼熱の地底世界。その最底辺の深奥に据えられた玉座こそが、今の彼の住まいである。
今の霊長である怪獣たち、その
怪獣黙示録の頃、彼の前には数々の競争相手がいた。
暴龍、空の大怪獣、山の巨神、
彼が無数の好敵手どもをことごとく討ち倒したその最果て、最後に立ちはだかったのがかの『女王』だ。
女王は手強かった、これまで戦ったどの敵よりも。
生まれついての荒ぶる暴君である彼ですら女王については懐柔したいと考え、可能な限りの妥協案を掲示してやったつもりだった。彼による飴と鞭。あるいは他の奴らなら、繰り出される『鞭』の苛烈さに耐えきれず、次いで差し出された『飴』の激烈な甘美さに、泣いて喜んで縋りついたことだろう。
だけど女王は、決して屈しなかった。
キングとクイーンの融和、それが叶わなかったのはやはり『人間』が原因だった。かの女王はどういうわけか人間の味方をした。唄って踊って祈りを捧げてもらう、たったそれだけで女王は死力を尽くして戦った、たかが人間なんかのために。
……理解不能だ。なんであんな奴らの味方をするのだ。あんな奴ら生きるに値しない、おまえが一生懸命庇い立てしたところで何の得もしない、それどころか傷つけられる一方じゃないか。
そう言って、彼は手を変え品を変えて幾度も説得を試みたのだけれど、かの女王は頑なに信念を曲げず、ついぞ彼には靡かなかった。
そういう気骨のある女王だから、少しは信頼していたのに。
……女王、やっぱりおまえは間違っていた。
馬鹿め。やっぱりおれの言ったとおりになっただけじゃないか。
元より土台無理な話だったのだ、『人間を更生させる』だなんて。奴らはやっぱりあのとき根絶やしにしておくべきだった。彼は一抹の後悔と、激烈な憤怒を胸に抱いた。
今度こそ焼き尽くしてくれよう。
彼は玉座を発った。
今度こそ女王にわからせてやる、如何に自分が間違っているかということ、そして人間どもが如何に愚かしいかということを。それでも分からないというのなら已むを得まい、そのときは人間もろとも息の根を止めてやるまでだ。
そんな覚悟と共に、彼は地上世界に築かれた女王の領域――『インファント族の村』を目指し進撃を開始した。
キングオブモンスター、その名は〈ゴジラ〉。
ゴジラ、ゴジラがやってくる。