トレーナーさんがタキオンさんに呼び出されたそうですよ?   作:八咫ノ烏

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かなり緩いSSになりますがどうかよろしくお願いいたします。
今日の話題はないそうですよ。


第一週目

 アグネスタキオン。

 無敗でホープフル、皐月賞、日本ダービーを勝ち、その脚の速さから超光速のプリンスなどという二つ名で呼ばれ、世間ではトレーナーである俺を実験対象に使う、実力はあるが頭のネジが何本か抜け落ちている冷酷なマッドサイエンティストとして知られている。

 だが実際にはそんなことはなく、俺が同意できないことはちゃんと止めてくれるときもあるし、命に関わることはされてないからそれなりに良心はあるのだ。せいぜい体が1680万色に発光したり髪の毛がチリッチリになって少し目立つだけでなんてことはない。

 

 少し前━━とは言ってももう一年前になるが━に第一回URAファイナルズ決勝を制覇したのを最後に引退し、中央を卒業した彼女から何の間違いか急にお茶のお誘いが来た。曰く、色々と忙しい時期が過ぎたから話さないか。曰く、君も私と話したいことがあるだろうから時間を作ってあげようじゃないか。

 他にも色々とうんたらかんたら言っていたが、要約すると暇だから少し付き合えということだろう。四年間彼女の面倒を見てきた俺にはわかる。それ以外になんの理由もない。これで過度な期待を抱くようじゃアイツのトレーナーなどやっていられない。

 

 俺もタキオンが引退してからはマスコミからの取材に四苦八苦したり処理しなきゃいけない書類に悪戦苦闘したり、タキオンの実験道具やらデータやらの処理の責任を負わされたりとなかなかに忙しかったが、ここ最近は落ち着いてきて、担当ウマ娘がいないこともあり暇を持て余している。それに、彼女の言う通り話したいことがないわけでもない。

 そういうこともあって俺は彼女の誘いを受けたわけだが。

 

「カウンター席で待っていてくれたまえトレーナー君、はいいけどもう時間過ぎてるよなぁ」

 

 喫茶店のカウンター席でそうボヤく。一応時間よりも早めに来たというのもあるが、にしても遅い。色々と心配になってくるが、ウマ娘だし変なことをされているなんてことはないだろう。というより、アイツにそんなことをできる人間がいたら俺は尊敬の念を覚えるかもしれない。ネットでは勇者現るなどとネタにされること間違いなしだ。しかしだ。

 

「とはいえ心配だよなぁ」

 

 頭の中はあれでも見た目は最強レベルの可愛さを持つウマ娘だし、現役から退いた今でも色んな意味で人気は高い。さっきいったような愚かな勇者が現れてしまってもおかしくはない。電話でもかけようかな。そう思った矢先耳元で声がした。

 

「一体何を心配しているんだい?」

「ん? いやなに、君が痴漢とかに襲われてないか不安になってたところだ。その心配も杞憂に終わったわけだが」

 

 そう言ってちらりと後ろを振り返る。そこにいたのはタキオンだった。

 

「ふぅン、いくら見た目が良かろうが力で勝るウマ娘に痴漢をする輩がいるとは考えにくいけどねぇ。それに相手はライスシャワー君のような臆病な娘ではなく、マッドサイエンティストと呼ばれているこの私だ。君のような物好きじゃない限りはそんなことはできないだろう」

 

 そう言って隣に座ったタキオン。若干俺はそういうことをしそうだと言われたような気がしたが、恐らく勘違いだろう。というかそうであってくれ。

 パッと見だから気のせいかはわからないが、現役時代に比べて少々体が細くなっているように見える。

 

「ずいぶん細くなったみたいだがちゃんと食ってるのか? まさか前みたいに栄養さえ取れれば問題ないとか言って、野菜適当にミキサーにかけて飲んでるわけじゃないだろうな」

 

 そう聞きながらタキオンの全身を眺める。うん。やっぱり細くなってる。体は資本だから別れる前にちゃんとした食事を取れと何回も念を押したはずだが…。

 タキオンは俺の問いに何を言っているんだい君は、とでも言いたげな目線で俺を見る。

 

「そんなわけないだろう? 君の言いつけ通りちゃんと食べているさ。そもそも、あれは君の弁当の味に慣れてしまったせいで舌が受け付けなくなってしまったんだよ。不味くてとても飲めたものじゃないね」

「じゃあなんで体が細くなって…あぁ、わかったわ。走らなくなって食べる量が減っただけか」

 

 そうだろ、と言ってメニュー表をタキオンに渡した。それを受け取ったタキオン。片手でそれを持って眺めながら言った。

 

「その通りさ。レースから身を引いてからそこまでエネルギーを必要とすることをしていないからね。アグネス本家で走らされるわけでもないし」

 

 さて、と店員を呼んでカフェオレを頼むタキオン。俺はそれに思わずあれっと声を出してしまった。

 

「タキオンって苦いの駄目じゃなかったっけ?」

 

 そう。彼女は苦いものを極端に嫌っていて、試しに一度コーヒーを出した時にものすごい剣幕で怒られたこともある。カフェオレですら拒絶された記憶があるし、本当に苦手だったんだろう。普段は砂糖をドバドバ入れまくった甘党でもドン引きするレベルのゲロ甘紅茶を飲んでいたが、いつの間に飲めるようになったのか。

 

「あぁ、それか…。カフェの喫茶店修行に付き合ってるうちにカフェオレくらいなら飲めるようになったのさ。流石にブラックは飲めないがね」

 

 慣れというのは怖いものだね、なんて言って肘をつく。俺はそれに

 

「へぇ。あの子喫茶店開くんだ…。確かに彼女のコーヒーは美味いし、彼女自身の人気も高い。きっと繁盛するだろうな」

 

 と言いながらコーヒーを啜る。

 マンハッタンカフェ。タキオンの無敗の三冠がかかった菊花賞でタキオンを打ち破って勝利し同年の有馬記念、翌年天皇賞春と長距離G1を三連勝した名ステイヤーで、タキオンと同じ年のURAファイナルズ決勝を最後に引退し、彼女の纏う不思議なオーラから漆黒の摩天楼という二つ名で知られている。

 あの決勝でのハナ差決着は後世に語り継がれるであろう接戦で、判定が決まるまで肝を冷やしたものだ。彼女のトレーナーとお互いにうちが負けたかもなぁ、なんて言いながら体を震わせていたのを今でもはっきりと覚えている。

 

 普段の彼女はコーヒーを愛飲していて、たまに俺に淹れてくれる時もあったがこのコーヒーがまぁとんでもなく美味いんだわ。自分で淹れてたコーヒーとは味の格が全然違ったね。久しぶりに飲みたくなってきた…。あとこれは噂なのだが、時たま虚空に向かって喋っていたりするそうだ。

 スカウトしたときにあの子に追いつけますかって言われたけどその子が誰かは結局分からず仕舞いだ、なんていう話をURAファイナルズ決勝後の打ち上げでされたこともある。タキオンに比べて常識人でめちゃくちゃ良い子なのは明白だが、少しミステリアスな部分もあり、そういう面でのファンも少なくないと聞く。

 

 カフェのトレーナーで思い出した。そういえばカフェのトレーナーが最近よく学園から抜け出して、どこかに手伝いをしに行っているという噂を聞いたことがある気がする。近々トレーナーを辞めるとかいう話もあったりなかったりするらしいが…。

 

「もしかしてもう開店したんじゃないのか?」

 

 俺がそう尋ねるとタキオンは少し目を丸くして

 

「何で分かったんだい?君の反応からするに行ったことはないんだろう?というよりカフェが喫茶店を開こうとしていることすら知らなかったんじゃないかい?」

 

 と言った。どうやら俺の記憶は正しかったようだ。タキオンにカフェのトレーナーの噂を話すとなるほどねぇ、と言って腕を組んだ。

 

「確かに私が彼女の喫茶店に行くと、いつも決まってカフェのトレーナーが机を拭いているんだ。なんというかこう、接客が板についていると言えばいいのかな。彼はただの手伝いだと言っているけれど、そのうち本当に店員になると私は踏んでいるね。カフェともくっつくことになるんじゃないかい?」

 

 出されたカフェオレをゆっくりと飲み下す。前まで苦いのだめだったくせに妙に様になっているな…。そんなことを考えつつコーヒーを飲む。カフェのコーヒーほどじゃないが絶品だと思う。しばらく通おうかなここ。

 しかしカフェの喫茶店か…一体いつの間に開業していたんだか。もう遅いかもしれないがお祝いの花束を持っていくべきだろうか。派手なものは邪魔だろうし処理に困るだろうから、その辺の花屋さんで何本か良さげなものを見繕って持っていくとしよう。

 

「どこで開いたのか教えてくれないか?彼女には何かと世話になったし祝いの花くらい渡しておきたい。あとついでにアイツをからかいに行こうかと思って」

「私も大概だとは思うが悪趣味だねぇ君は。それはともかく開いてもうそろそろ一年経つというのに今更かい?」

 

 タキオンの鋭い指摘にうっと言葉を詰まらせた。

 

「気づかなかったんだししょうがないだろそれは。こういうのはきちんとやっとかないと仲が拗れるって古事記にも書いてあるから」

 

 俺がそう言うとタキオンはふぅン、と言って顎に手を当てて

 

「私の記憶が正しければ古事記にそんな記述はなかったはずだがね。君が古事記を読んでいるのは少々意外だったがちゃんと読んだのかい?」

 

 と言った。タキオンの言う通りで本当は古事記にそんな記述があるわけがない。そもそもあったとしたらただの偶然だし、俺は読んだことすらない。古文は俺の苦手な分野なんだ。大体これネタだし。だが俺はそれに

 

「ちっちゃいことは気にしてたら禿げるぞタキオン」

 

 と返してから少し後悔した。タキオンの目が光っている。変なスイッチを入れてしまったような気がするぞこれは。俺の直感は間違っていなかったようで、タキオンはカフェオレで喉を潤すと

 

「君は女性は男性に比べて禿げにくいということを知っているかい?詳しい原因はわかっていないが、その差は歴然だ。殊更ウマ娘の髪は抜けにくいようでね。単なる種族差ではあるのだろうが、実際にその差がなんなのかを研究している学者もいるし論文だって何個も出ている。面白いから君も読んでみるといいよ。禿げにくい私の髪の心配をするより君自身の髪の心配をしたらどうだい?」

 

 と流暢に話し始める。研究者気質な彼女のスイッチを入れるといつもこうだ。もしここがトレセンだったらここからあれこれと実験器具を使って変な薬を作り出して俺の体が発光することになるんだろうが、安心するべきことにここは喫茶店だ。そんなものを出そうものなら俺は彼女を外に摘み出さなくちゃいけなくなる。いくらタキオンでもそんなことはしないと思いたいが…。

 

「トレーナー君? 今何か失礼なことを考えなかったかい?」

 

 どうやら勘づかれたらしい。変なところで勘がいいからなこの子。俺はそれに

 

「気のせいだろ。…で、アグネス本家じゃうまくやってるのか?ほぼ絶縁状態だって聞いたが」

 

 と返して話を逸らす。追求されると面倒くさいからな。タキオンは俺を少し睨むとため息をついて

 

「確かに放任主義で両親とあまり関わっていないのは事実だけど、絶縁はしていないよ? そもそもそんな状態だったらのこのこと実家に帰るわけないだろうに」

 

 と言った。言われてみれば確かにそれもそうだ。普通に考えたら絶縁状態だというのに家に帰ったところで突き返されるだけだろう。普通ならば。だけどタキオンだからなぁ…。

 

「君ならやりかねないだろ。私の家でもあるわけだから親がどう言おうと関係ないさとか言ってさ」

 

 そう言うとタキオンは俺を鋭く睨むと

 

「そんなこと言うわけがないだろう! 君は私を一体どういう人だと思っているんだい」

 

 と聞いてきた。俺はそれに間髪入れずこう返した。

 

「容姿はべらぼうに良いけど頭のネジが外れてるせいで残念になってるやべーやつ?」

 

 率直な印象である。おそらく…というか確実に世間一般的なイメージはこうだろう。実際だろうじゃなくてこうなんだが。

 

「よほど実験材料にされたいようだね君。そんなに薬を飲みたいのなら今から実家に来るかい? ちょうど試したいものがいくつかあるのでね」

 

 そう言って試験官を揺らすフリをする。その目は笑っておらず、今は俺を実験対象としか見ていないのがわかる。俺はそれにちょっとした懐かしさを感じて少し微笑む。会ったばかりの時を思い出すなぁ。

 

「なかなかタキオンらしいことを言うじゃないか。にしても引退してすぐ辺りに感情について研究するとかなんとか言ってたし、薬作る必要もないんじゃないか?」

 

 俺はそう聞いてコーヒーを啜ろうとした。気づかないうちに飲み切っていたらしく飲むことは叶わなかったが。タキオンは俺の言葉にん?と声を出して首を傾げる。

 

「私がどこを目指しているか引退して少ししてから君に話さなかったかい?」

 

 間の悪いことに全くもって何も覚えていない。今はもう中央に残る必要もないからここから去るよ、なんてことを言って学園を卒業してからなんの連絡も取っていないはずだが…。

 

「そうだっけ?」

 

 素直にそう返した。それを聞いたタキオンは相変わらず大事なところが抜けてるね君は、と言ってきたが、覚えていないものはしょうがない。…そういえば俺がトレーナーになるために読みまくってた参考書を渡せと言われて渡したような気がする。だけどそれも読み終えてすぐ突き返されたしなぁ。

 

「はぁ…卒業式の前に言ったじゃないか。私はプラ…おっと。そろそろお暇しないと怒られてしまう。また会おうトレーナー君!」

 

 腕時計を見るなりそう言ってカフェオレを飲み下して店から飛び出していった。急なことすぎて思わず口をポカンと開けたまましばらく固まっていた。開いた口が塞がらないというのはこういうことを言うのだろうな。そう考えつつ財布を開いた。ちゃっかり俺が奢ることになっているが、まあ数百円くらいはいいだろう。

 

「そういえばカフェの喫茶店の場所聞くの忘れてたな…。あとでアイツに聞きゃあいいか」

 

 スマホでカフェのトレーナーにメッセージを打ちつつ、二人分の伝票を持ってカウンターへ向かったのだった。




タキオンのトレーナーは常識人振ってるけど普通の人からしたら頭おかしい思考してたらいいなって思ってます。

それではまた次回。
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