明治38年7月中立国アメリア合衆国ポーツマスにて第一回講話事前協議が行われた
アメリア合衆国代表セオドア・テディ・ルーズベルト
四季島側代表アルフレッド・長浜・バハロ
ルーシ側代表セルゲイ・ユリエヴィチ・ウィッテ
バハロ「ルーズベルト大統領、お聞きするが今日は顔合わせと双方の条件の提示のみと捉えて良いのかね」
ルーズベルト「そのあたりについては決めていないが四季島側はそれがお望みかな」
バハロ「条件をしっかりと確認するのは一番重要なのでね」
ウィッテ「ルーシ側としては異論は無い」
バハロ「ならば次の協議は翌週としたいのだが、ルーシ側としてはいかがかな?」
ウィッテ「異論は無い」
ルーズベルト「ではそのようにするとしよう」
閉会した議場を後にするウィッテは部下にバハロは手強いと伝えた。部下が弱腰に見えたというとウィッテは猫をかぶってるだけだ、あれは相当の曲者だぞ、奴の発言を思い出せ今日は顔合わせと条件の提示のみ、これで四季島はまだ戦えると宣言しよった、焦ってないとな。厄介な事だと言いこれは長引くと伝えた
対するハバロはウィッテをよさそうな相手と評した、部下が馬鹿なのですか?と聞くと。馬鹿間抜けなら逆に交渉しにくいわ、ウィッテは馬鹿間抜けでは無い手強い人物だこういった人物の方が現実が見えてるから良いのだよ
双方の条件は四季島側現代で言うところの沿海州アムール州カムチャツカ地方ハバロフスク地方マガダン州樺太の割譲関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を四季島へルーシ帝国が保有する満洲利権を四季島に譲渡賠償金8億帝國メゼル(約4兆円)の支払い4年払い捕虜の全返還対するルーシ側はルーシは東清鉄道の内、旅順-長春間の南満洲支線と、付属地の炭鉱の租借権を四季島へ譲渡する。
ルーシは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を四季島へ譲渡する。
樺太の帰属権を永劫に四季島の物とする賠償金は無し。鹵獲兵器の返還
と賠償金の支払いを求める四季島と支払いを拒否するルーシ側だもめにもめた、ルーシ側が平和を乱すのかと言えば満洲撤兵を反故にし平和を乱したのはルーシ側だと四季島側は反論した
2回目3回目と議論を続けていくとハバロは戦争犯罪についてどうするかと発言した、ウィッテはそんな物は無いと言うがハバロは貴国のバルチック艦隊がドッガーバンクで起こした悲劇をお忘れか?と聞くと、それはまだ、と口ごもった。史実では解決していたが今世においてはルーシ側なは海軍増強に資金をつぎ込んだため解決が遅れていた
ウィッテ「それについては未だ決着はついていないが貴国になんの関係があるのか」
ハバロ「ありますとも、我が国はエングランドと同盟を結んでおります。同盟国の貴国と我が国戦争になんの関係の無い市民が犠牲になっていますからね、未解決なら解決の為に骨を折るのもやぶさかではない」
ルーズベルト「一応お聞きするがルーシ側としてはいかがするつもりかな」
ウィッテ「賠償金の支払いはする予定だ」
ハバロ「賠償金の支払いですか、沈めた船の代船やいくつかの調査で判明しているカムチャツカ号艦長等の役職者に対する戦争犯罪や艦隊司令官たるジノヴィー・ペトロヴィチ・ロジェストヴェンスキー提督やその為艦隊司令部要員の管理義務違反を罰せぬと貴国は言うのですかな」
ウィッテはそう言われるとしばし黙り本国に解答を求めその後解決に取り組むため時間を頂きたいと言うとハバロは3週間でよろしいかとききウィッテがそれでよいと言うとまた閉会した
ウィッテがドッガーバンク事件解決に奔走している間にハバロや四季島使節団はポーツマス近隣の孤児院訪問や孤児や貧困層の子供達を招いてのパーティーやアメリア合衆国議会の見学や財務官僚や財界関係者はアメリア合衆国の財界と会談満洲解放について協議するなどしていた随員の海軍軍人で四季島海海戦に参加したオットー・ネガリス中佐はアナポリスにて講演を行ったり講義の様子を見学するなど忙しい日々を過ごし陸軍第1軍の参謀として勤務しアーチボルド大将にアレは私の左腕、いつもは使わないがここぞという時に役に立つと言われた参謀栗宮道定大佐はウェストポイントを訪問し奉天での苦労話を学生らに聞かせるなどウィッテが解決に走り回る間にアメリア合衆国感情を親四季に傾けたり各国大使らと交流するなどイメージ戦略を理解していたハバロはエングランドのタイムズ紙やアメリア合衆国のワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズ、ロサンゼルス・タイムズ、軍事等には畑違いのウォール・ストリート・ジャーナルなどの大規模新聞社の記者だけでなく個人や小規模、地方新聞社の記者らを招き何度も会見を開いた記者会見の時間は1時間〜2時間とされていたがよく延長され最初の記者会見では14時開始21時終了するなど長い事で有名となったハバロ以外にも大使補の大沼喜次郎は大規模な記者会見は開かないが個人記者の訪問を受け入れ1コマ45分1日10コマのコマを用意し丁寧に対応した。この事もあり各新聞社は故人記者が持ち込んだ記事や毎日の様に行われる四季島側の会見で書かれた記事を新聞にするなどまさに不夜城と呼ばれるほどの激務となった。記者会見の場ではハバロは顔見知りの記者が質問をすると元気だったか、とか子供産まれてらしいが元気か?とか気さくに発言していた、これにより記者会見を開かなかったウィッテの評価は相対的に下落し開きまくり時には私的な話や気さくに話しかけるハバロなどの四季島側の評価は上がっていた
どうにかしてドッガーバンク事件纏めたウィッテが四季島側の行動を聞き苦い顔をするしかなかった、ドッガーバンク解決に奔走し記者会見を怠ったのはウィッテ自身であったためである、他のルーシ側使節はイメージ戦略の理解が乏しく記者会見も型にはまった内容をただ発表するだけとなっていた
この事もあり新聞には四季島を擁護しルーシを平和を乱す権化と貶していた
そして迎えた第5回講和条約会議にて四季島代表のハバロは我が四季島は早期講話を考え条件の緩和いたします
そうハバロは発言すると新たなる講和条約案を提出した
内容は
沿海州ハバロフスク地方樺太の割譲関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を四季島へルーシ帝国が保有する満洲利権を四季島に譲渡賠償金7億帝國メゼル(現代換算3兆5000億円)の支払い5年払いカムチャッカ半島周辺における規定量の漁業権の付与捕虜の全返還
領土要求を減らし賠償金の額を下げ支払期限を伸ばすなど相当の緩和を行った。対するウィッテは関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を四季島へ譲渡する。
樺太の帰属権を永劫に四季島の物とする賠償金は無し。鹵獲兵器の返還と以前の変わらぬ条件を主張し会議はまた膠着した
そしてウィッテが条件を緩和しない事はハバロの想定通りであった、ハバロはウィッテやルーシ帝国上層部を平和を乱す者と批判した曰く「我が四季島は平和を取り戻しすため早期講話を考え条件の緩和を行った、要求する領土も減らし賠償金の額も減らした、それどころか支払期限を延ばすなど受け入れやすいように変更したのだ。しかしルーシ帝国代表団は条件に目を通しすぐに受け入れられぬと突っぱねた、彼等には平和を生み出し維持しようとする意思と平和に対する義務を持とうという思いはないのか!」と強い論調で世論に訴えかけた
その翌日の朝刊には
ルーシ帝国には妥協という言葉は無いのか
それを見たウィッテは朝刊を机に叩きつけた
ウィッテ「なんと言うことだ、世論は敵に回ったのか、四季島めなんとうまい世論誘導か、これでは対処仕様がないではないか」
随員「それはどう言う」
ウィッテ「わからんのか、講話条件を貴様はどう見る」
随員「到底受け入れられぬものです」
ウィッテ「そうだな最初の案も今回の案もだ、しかしそれは我々から見た場合だ」
随員「周辺からは違うと?」
ウィッテ「忌々しいことにな、周辺から見れば四季島は条件を緩和したそれによって平和の維持に貢献したと」
随員「そんなバカな」
ウィッテ「今回突っぱねだだろう、それによって四季島は平和を維持しようとしていてルーシ帝国は平和を乱す悪になっている。これは非常に不味いどうにか条件を緩和しなければ、本国に至急連絡をしろこれ以上劣勢になるわけにはいかん」
ウィッテの動きは速かったしかし一歩遅かったウィッテが手を打った同時期にニコライ二世の下に血縁関係のあるドイツ第二帝国皇帝ヴィルヘルム二世からの親書が届いていた。内容は「抑えてはいるが国内にて四季島と組んでルーシ打倒を訴える連中が増えてきている、講話を急ぎまとめたほうがよい。開戦派は条件緩和した四季島が平和を維持しようとしている主張しつつルーシ帝国を平和を乱す悪だと断言している、平和を取り戻すために開戦やむなしとも言っている急ぎ講話を纏められたい」
この文書をみたニコライ二世は恐怖した、ただでさえ東で多数の陸軍を失い中央や西部から兵を引き抜き防備を固めているというのに下手をすれば西部にも敵が現れるかもしれない。ニコライ二世はウィッテに条件緩和と即刻の講話締結を命じる文書を書くと急ぎ送った
ウィッテの下にその命令書が届いたのは9月の暮れ9月27日の事であった
ウィッテは名誉の為とし賠償金という名称を使わない方法で賠償金を払うこととした
9月30日四季ル講話条約通称ポーツマス条約が締結内容は
沿海州ハバロフスク地方樺太の割譲関東州(旅順・大連を含む遼東半島南端部)の租借権を四季島へルーシ帝国が保有する満洲利権を四季島に譲渡捕虜厚遇金5億帝國メゼル(現代換算2兆5000億円)の支払い5年払いカムチャッカ半島周辺における規定量の漁業権の付与捕虜の全返還であった