明治39年8月7日帝都東京統合参謀本部
アルトエル「このドレッドノート級に対抗する戦艦についてだ」
造船将校「まず薩摩型の後期艦4隻を改装するというのはどうでしょう前後主砲に挟まれた2基の副砲を45口径30.5㎝連装砲換装してはどうだろう」
バウンスリズ造船中将「それに加えて既存の主砲を3連装砲に換装するのも手だ」
東郷「その改装にはどのくらい時間がかかりますかな」
バウンスリズ「半年は見てほしいな」
諸元
基準排水量19000トン
全長 150.2m
垂線間長147.6m
全幅 25.5m
吃水 13.99m
兵装
30.5㎝連装砲2基4門
同3連装2基6門
20.3cm連装砲2基4門
15.5㎝単装砲12基12門
75㎜単装高角砲12基12門
9㎜高射機銃連装12基24挺
3連装10基30挺
単装20基20挺
艦名河内、メリストラム、摂津、ペトラスト
東郷「で高速軽装甲艦についてはどうなるのか」
バウンスリズ「延期になるだろうな、昨今の軍事技術の進歩は速い今作ったとてすぐに旧式化するだろう」
アルトエル「でしょうね。よって計画は凍結します。次」
空軍将校「次ですが空軍の迎撃航空機についてです」
アルトエル「完成はまだかね?」
空軍将校「現在試験機が完成来年の採用を目指し試験中です」
アルトエル「速度はどの程度でる?」
空軍将校「時速100㎞程」
アルトエル「武装は?」
空軍将校「9mm機銃を2挺10kgの爆弾を2個です」
アルトエル「そうか、よろしい、偵察機は?」
空軍将校「現在時速100km航続距離450kmの機体を開発しています」
アルトエル「完成の目処は?」
空軍将校「後3年、いや2年くださいそれまでに試作機を完成させます」
アルトエル「よろしい。次」
陸軍将校「陸軍についてですが、装甲車の補充は終わっております、また新型についても装甲を2㎜厚くし空軍が飛行船に載せている25㎜砲を機銃塔に設置しております」
アルトエル「既存車両すべてを更新するわけではないのだな」
陸軍将校「はい、それと各装甲車大隊は48両編成から36両編成に変更されます。それと同時に各歩兵師団に1個大隊の装甲車隊を配備し各歩兵師団の装甲化を敢行します」
アルトエル「運用はどうする」
陸軍将校「師団本部付とし各連隊に1個中隊12両内3両は25㎜搭載の砲戦型となります」
アルトエル「なるほどだが進軍はどうするのだ、徒歩歩兵と装甲車では装甲車の方が数倍以上速いぞ」
陸軍将校「それについては以前から計画されていた全師団の自動車化。これを持って機動力を上げようかと」
アルトエル「却下、装甲車の歩兵師団配備は認めよう、だが全師団の自動車化は予算問題によって拒否とする。他は?無いようね。知っての通り我々の次の敵は未定だしかし、国際情勢はどうなるかわからん。よって今年より兵一人一人の質の底上げを行うよいな?」
「「「はい」」」
明治40年(西暦1907年2月)四季島海軍は薩摩型戦艦4隻について改装工事により30.5㎝砲10門を搭載する新型戦艦に改造されたと発表同時に残りの4隻も国際情勢の変動により改修する可能性があると宣伝した。これに驚いた世界は弩級戦艦の建造を急がせた。そしてエングランド海軍においては4隻の弩級戦艦に恐怖を覚えていた。自国はドレッドノート1隻向こうは薩摩改級4隻、なにか起きれば更に4隻の8隻改修期間は半年でできるとの話もあり。一時的にしろ海軍力で四季島に遅れを取ることとなった。エングランド海軍に次の弩級戦艦が配備されるのは急いでも1909年に4隻1910年に2隻そして装甲の薄いインヴィンシブル級巡洋戦艦3隻が1908年に完成するとの報告を受けたこれにより3年で8隻が戦列に入ることでエングランド海軍は安心したが、ここで四季島が新しく建造しないとは思えないと1部の将官の中で噂された。急ぎ調査を始めるエングランド海軍にもしかしたら2隻巡洋戦艦作られる可能性があるとの報告が入るとエングランド海軍は政府に泣きついた。
泣き付かれた政府は四季島に対して海軍力で話し合いをしたいと持ちかけた。持ちかけられた四季島政府も話し合いに応じ双方で弩級戦艦についての協議が持たれたその結果。四季島は弩級戦艦を6隻保有する、保有する6隻のうち4隻は薩摩型である、2隻は新規建造とする。
四季島は戦争に巻き込まえる可能性が上がれば薩摩型4隻を改修する。
そして新しく建造する際には(予定されている2隻を除き)建造する事を伝える。
その代わりにエングランドは四季島が戦争に巻き込まれないように外交的軍事的努力をする。
そして巡洋戦艦に四季島海軍軍人を見学させる(年2回まで)。
また戦艦を輸出する際は単艦あたり18000トンを超えないようにする。
超える場合は建造国は相手国(エングランド若しくは四季島)に通告する。また何らかの圧力が加わり取引に支障が出ないように両国は努力する
とした四季島から見れば損しか無いような協定ではあるが、これにより他国による戦艦建造妨害の対処をエングランドに押し付けることができるようになった。またエングランドとしても弩級戦艦は6隻を超えないためまた建造には一年半はかかると考えたため1909年頃6隻になると想定したこれにより四季島海軍に弩級戦艦の数で負けることはなくなった、外交関係者の負担は大きくなるがその代わりに軍事費をいたずらに増やさずに済んだのだった。
弩級戦艦を保有し今回の四季島エングランド海軍協定()1910年内まで有効を結べた両国以外の列強諸国は急ぎ弩級戦艦の建造を始めていた。そして親四季島国たるトルコにおいては四季島に18000トン級弩級戦艦の建造を依頼していた。
この依頼を受けた四季島政府は予算と期間についてトルコ政府に確認を取った。
外務官僚「予算、期間はこの程度となります」
財務官僚「無理だ、建造費を考えれば完全な赤字となる」
造船将校「海軍としても無理ですな。時間が足りません」
外務官僚「ですがトルコは友邦国、頭ごなしに拒否するわけにも」
造船将校「中古、いや未完成の戦艦のような物が実はありまして」
財務官僚「あの艦ですか」
造船将校「うむ、あれなら中古扱いで安く出せるだろうし期間は厳しいですが」
外務官僚「期間についてはこちらでも譲歩を引き出せるように努力します」
造船将校「頼みます」
結果としてトルコは四季島製の弩級戦艦メフメト1世を購入
諸元
基準排水量18000トン
全長 148.2m
垂線間長147.6m
全幅 24.5m
吃水 13.99m
兵装
30.5㎝連装砲4基8門
20.3cm連装砲2基4門
15.5㎝単装砲12基12門
75㎜単装高角砲6基6門
25㎜両用機関砲単装8基8門
9㎜高射機銃連装12基24挺
単装40基40挺
性能としてみれば3連装砲を連装砲に戻し高角砲と機銃を取り外した代わりに新型の25㎜砲を搭載、装甲を一部薄くする事で大本の薩摩より1000程軽くする事になった(甲板89㎜から70㎜)引き渡しは伊土戦争直前の1910年1月に行われイタロスとの伊土戦争においてはイタロス海軍のイスタンブール砲撃を防ぎトリポリ攻撃に成功その結果史実とは違いトリポリタニア、フェザーンは失ったもののキレナイカの維持とドデカネス諸島のイタロス軍の駐留阻止を行った。これにより第一次バルカン戦争が勃発結果としては失う領土はクレタ島以外は史実通りであったが購入という形でトルコ側に相当量支払う羽目となった。これによりトルコは四季島に対して新型戦艦の建造を依頼これによりメフメト3世級戦艦の建造を決定同時期に建造していた35.6㎝3連装砲4基12門を搭載する扶桑級戦艦と35.6㎝3連装砲3基9門を搭載する金剛型巡洋戦艦の設計を元に35.6㎝連装砲2基同3連装砲2基を搭載した25000トン級戦艦として完成メフメト3世、メフメト4世と命名され1912年12月に引き渡し一次大戦を戦い抜いた。これによりトルコ海軍は弩級戦艦1隻超弩級巡洋戦艦2隻を保有する周辺国で随一の海軍国家となった
1912年四季島海軍初の航空機搭載母船鳳凰丸が完成搭載する機体は新型の44年式艦上迎撃機10機であった。同年空軍飛行船部隊縮小、同軍爆撃機部隊拡張によるものでこの爆撃機は600kgの爆弾を搭載し時速150kmの速度を出し飛行できた。そして世界情勢推移するなか、1914年サラエボにて
青年「死ね!」
ドン
一発の凶弾が歴史の針を進めていた
次回開戦世界大戦