中津の四季島皇帝生活   作:阿鬼羅

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半島の戦い

明治27年8月16日漢城に羅先からの敗残兵2000が到着同日南方からの転戦部隊10000と本国からの増援8000が到着防衛線の構築を開始した

 

そして19日四季島軍は開戦前の計画通りシェナ半島を38度線以北を制圧その後半島を制圧するべく羅先より南進3時間で平壌を落とし開城に迫っていた対する斉軍はシェナ王朝軍5000を義勇兵扱いで強制動員開城、高浪浦に合わせて直轄軍7000を配備漢城の入り口たる議政府にシェナ義勇軍4000が展開これに対して四季島軍は満洲から転用した第6軍の中から第27歩兵師団第28歩兵師団第29歩兵師団第6装甲車旅団を先遣隊として投入したのだった

 

最初に動いたのは第29師団であった師団長のディーン中将は開城正面を第86歩兵連隊に攻撃させ側面に第87歩兵連隊を回り込ませ開城を3時間で陥落させたそのまま臨津江を渡河しようとするが第29師団にシェナ義勇軍の白将軍率いる部隊が後退してくる斉軍を回収しつつ攻撃初日は臨津江を渡れなかった。

同時に春川方面に第27師団が攻撃を開始するが劉保登隊5000は防衛線を春川前面に張るとそこまでに徹底した遅滞戦闘を敢行しつつ落とし穴や信管の古い砲弾で地雷を設置侵攻する第27師団は犠牲こそ少ないものの進撃はゆっくりとしたものになり春川第1防衛戦にたどり着いたのは8月22日の事であった。

その頃鉄原を落とした第28師団はそのまま議政府にむけ進撃第82連隊と師団砲兵第2大隊及び第18機甲連隊を東豆川方面から議政府を第83連隊と師団砲兵第3大隊及び第17機甲連隊を抱川方面から議政府を目指した

 

当時議政府守備隊4000の内東豆川方面に1500抱川方面に1500議政府1000が展開していただが大挙して迫る四季島軍には無力であった。その中でも東豆川の部隊はその日の夕方まで戦線を維持出来ていたが抱川失陥の報に後退を決意議政府まて後退した、その後退のきっかけとなった抱川方面であるが装甲車を見た瞬間守備隊はパニックに陥りすぐさま遁走、漢城にいる斉軍シェナ半島方面軍司令官張伯円は増援の兵8000と大邱方面に展開していた李庚申の25000を北上させ残りの兵員40000で大邱方面に展開する四季島第1軍を食い止めるように展開させた、その後本国に援軍を要請、斉王朝首脳部は北洋水師の護衛の元兵員8000を仁川に輸送第2陣を準備している間に四季島海軍第1艦隊が黄海に進出している事を確認これを撃破すべく索敵を開始した

 

8月22日四季島軍第30歩兵師団が第28師団に合流そのまま東豆川方面に展開第28師団は祝石嶺に展開している李蒙順率いる2000名を撃滅、後退すらままならず、議政府を守る斉軍司令官周伯乱にはその報告が届いていなかった、これに対して張伯円は四季島軍の数を議政府方面に1個師団臨津江方面にも1個師団の計2個師団が進行してきたものとし増援は無いものと断定、反撃を命じた周伯乱の隊5000と敗残兵を再編した李承翼隊2000を東豆川方面に進出祝石嶺に展開する李蒙順隊に来援軍としてきた陳風鉄隊5000を追加して抱川方面に進出させる作戦であったがこの時既に李蒙順隊は敗北していただがその事を知らぬ陳隊は23日2時頃に祝石嶺で第28師団に奇襲され陳風鉄は戦死部隊も3000強を失う大被害となった、この時周伯乱隊は東豆川を奪還していたのだがこの報告受け議政府に後退そして報告を漢城て聞いた張伯円は檄を飛ばす

 

張伯円「なんとしても議政府を死守しろ、議政府を抜かれれば漢城は目と鼻の先だぞ、なんとしても死守させろ」

 

参謀「将軍李承翼将軍から援軍を求める書簡が」

 

伯円「何?」

 

書簡の内容は祝石嶺から議政府に向かう回廊を守備するための兵の補充要請であった、これに対して伯円は手持ちの兵1000と蒙順隊や風鉄隊の生き残りを集めさせた臨時部隊3000を劉湯円に指揮権を与え議政府に向かわせたが24日11時に議政府に四季島軍2個師団が猛攻を敢行今日までの戦いで砲類を多数損耗していた斉軍は議政府を持たせることができず日暮れ頃に議政府を失陥周伯乱も後退時戦死していた、そしてそれは臨津江戦線の側面ががら空きとなったため白将軍率いるシェナ義勇軍と開城守備隊残党は急ぎ漢城方面に撤退した

 

26日に張伯円は議政府方面は白石川に防衛線を張りそこに李承翼隊と自分の直轄隊に周伯乱等の隊の残党を掻き集めた12000を配置そして開城方面は奉日川に防衛線を張りそこに劉湯円隊3000と来援軍3000白将軍のシェナ義勇軍2000を合わせた8000で防備を固めた、そして南からは続々と部隊が集まってくるためそれを予備部隊として迎え撃つ構えを取った。

 

しかし四季島軍は29日になっても動かなかったその頃斉軍は2つの輸送船団を用意し兵員の輸送を急がせたがこの片方の船団が四季島海軍第1艦隊より攻撃され全滅させられた、ここに至り張伯円は自分が嵌められたことに気づいたのだ、シェナ半島に蓋をし海路でくる援軍を洋上で撃滅し北洋水師の撃滅を狙っていると判断この事を伝えたがそれが北洋水師の根拠地に届いた頃には北洋水師は第1艦隊を補足していた

 

8月31日黄海洋上北洋水師旗艦定遠艦橋

 

丁汝晶「敵は見えたか」

 

参謀「はい本艦隊前方に展開しております」

 

丁汝晶「数は?」

 

参謀「戦艦4隻巡洋艦12小型艦24」

 

丁汝晶「なんだと」

 

参謀「閣下後退しましょうこちらは戦艦3に巡洋艦7水雷艇9、勝つ見込みはほぼ無いかと」

 

丁汝晶「やるしかあるまい全艦横一文字前進」

 

参謀「了解」

 

 

四季島第1艦隊旗艦戦艦メイビス艦橋

 

観測員「敵艦隊横陣を組み前進」

 

伊藤「そうか、戦艦隊巡洋艦隊は単縦敵の頭を押さえる、駆逐隊は各水雷戦隊の指揮下すきを狙い突撃せよ」

 

参謀長「どの程度の距離で撃ち始めますか?」

 

伊藤「8000でいいだろう、第1目標は敵の定遠型戦闘艦*1

 

参謀長「了解」

 

砲術長「照準合わせ」

 

観測員「距離11000」

 

黄海海戦戦闘図

四季島艦隊        斉艦隊

 

 

 ↗           ←

↑            ←

↑            ←

↑            ←

↑            ←

 

 

艦隊は上記の図のように四季島艦隊が単縦陣を組みながら斉軍を包囲しようと動いた

 

距離10000で斉艦隊の15㎝砲が砲撃を始めるがその発射速度の遅さと練度の低さでこれと言った被害を与えれなかった8000を切ると四季島艦隊の砲撃が始まった、メイビス以下戦艦4隻巡洋艦12隻の猛射にたちまち斉艦隊から見た右翼の巡洋艦1隻と水雷艇4隻が直ぐに撃沈された、また左翼も撃沈された艦は水雷艇3隻のみであったが巡洋艦の榴弾により艦上で火災が多発戦闘能力を喪失しつつあった

 

 

定遠艦橋

 

丁汝晶「くそ一方的だぞ、撃ち返せ」

 

参謀「閣下右翼が食い破られております、また左翼も少しずつ破られかけております」

 

丁汝晶「そんな事はわかっている、なんとしても敵艦隊に痛打を与えるのだ」

 

ドカーーーーン

 

丁汝晶「なんだ」

 

艦長「あぁ、何という事だ」

 

艦橋要員「鎮遠が、あの鎮遠が沈むのか」

 

参謀「鎮遠撃沈されました」

 

丁汝晶「何という事だ、臣遠はどうなっておる」

 

艦橋要員「艦構造物上で火災多数発生の模様」

 

参謀「閣下、後退をこのままでは旅順や威海衛の維持が出来ませんぞ」

 

しかしそこで丁汝晶は軍事上ありえない指示を出した

 

丁汝晶「致し方ない、全艦反転180度離脱する」

 

参謀「閣下敵に腹を見せることになります、ここは敵の左翼に突撃しながら反時計回りに反転を」

 

丁汝晶「すまん参謀、取り乱した、全艦敵左翼に突撃しつつ反時計回りに旋回し後退する」

 

参謀「了解」

 

 

メイビス艦橋

 

観測員「敵艦隊本艦隊後方に向け突撃」

 

参謀長「奴ら死ぬ気か、閣下」

 

伊藤「生きるための突撃か、後方部隊に伝えろ、道を開けてやれと」

 

参謀長「よろしいのですか?」

 

伊藤「定遠型戦闘艦2隻と巡洋艦多数を失った北洋艦隊に脅威は無い、この後旅順と威海衛の包囲さえすれば北洋艦隊は無力化できる」

 

 

8月31日北洋水師敗北稼働艦艇5隻のみ黄海制海権喪失この報告を受けた斉王朝はパニックに陥った、勝てるだろうと思っていた北洋水師が破れシェナ半島に援軍を送れなくなりシェナ半島方面軍約100000は敵中に孤立しつつあった

 

この事を知った張伯円は援軍としてどうにか海路できた李天鶴隊4000に春川に展開する劉保登隊4000の退路を維持する事を命じた、伯円としては無傷に近い劉保登隊を議政府奪還の切り札としたかった

 

9月2日四季島軍の猛砲撃が白石川防衛線を襲ったが斉軍はなんとか持ちこたえ翌3日第17機甲連隊を先頭に第30師団が白石川防衛線に攻撃李承翼は倉洞を防衛線として後退するが疲労困憊になっていた李承翼隊は第28師団が攻勢に加わると敗北李承翼は後退中に戦死、これに対して伯円は李天鶴隊を彌阿里峠に防衛に回した

 

彌阿里峠に到着した李天鶴は撤退してきた李承翼隊の残党を配下に入れ兵員13000で峠を守った、同日李庚申隊が漢城南5㎞に到着したが兵員25000のうち5000程を飛行船による空爆で失っていた、この隊の到着により漢城近隣には兵員39000か展開する事となった

 

 

その頃大田に展開する周鎮翼率いる半島南部防衛隊40000は敵四季島陸軍第1軍の動きを警戒していた、とはいえ鎮翼は攻勢に出る予定はなかった、第1軍総勢約100000とやり合うには戦力が不足していたのであった、そのことを考え鎮翼は大白頭山、小白頭山に防衛陣を構え敵の攻撃に柔軟に対応する構えを取った、対する第1軍司令官ロイ・アーチボルド大将はこの第6軍と鎮翼の動きに呼応する事なく大邱に司令部を置き攻める気は無かった

*1
四季島軍においての艦種別定義10000トン以下の排水量で12inchクラスの砲を搭載する艦艇の総称


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