「骨折、か。真嶋先生から聞いてはいたが……」
「……あぁ。すまない。指揮役を引き受ける、などと言いながら、途中で離脱してしまった」
「これはもう仕方ないだろ。学校側の不備らしいし、お前に一切の過失はない」
「……そうか」
試験終了後、敷地内の病院にて。
あいも変わらず無表情ではあるが、どこか申し訳なさげな雰囲気を漂わせる綾小路。
重役に推薦した手前、自分が彼女にこのような思いをさせている一因になってしまっていると考えると、俺まで少しナイーブな気分になってしまう。
「全治約六週間、後遺症が残ることもない。仮に何か試験で不都合が生じる場合は、学校側がなんらかの救済措置を取ってくれるらしい。……だから、そんな顔をするな」
「……せめて、何か俺にできることがあったら言ってくれ。可能な限り、力になる」
「……それなら、一つ頼みがあるんだが」
「なんでも言ってくれ」
「私の世話をしてくれないか?」
は、と声に出すことすらできず、その場で固まってしまう。
さぞ間抜けな顔を晒してしまっているのだろうが、それを気にかけることができないほど、俺は動転していた。
「あぁ、勿論下のことを頼むつもりはないぞ。スーパーへの買い出しや、昼食等、片手では何かと不便な時に付き合ってくれたらありがたいんだが」
「あ、あぁ。それなら勿論オッケーだ」
「……いいのか? 私が言った手前だが、お前には佐藤が居るだろう」
「それとこれとは話が別、だ。ほら、平田も彼女いるけど偶に別の女の子と出かけてるだろ?」
そうか、と。
いつも通りの無表情────無表情?
「……マジか」
物凄く失礼なことなのだろうが、思わずそう声を溢してしまう。
今まで何があっても、テスト勉強の最中でも、打ち上げでレストランに行っている時でも、無人島試験で男子と女子の競り合いを眺めている最中でも。
変わらず無表情を貫いていた綾小路の口元が、僅かに緩んでいたのだ。
「……ん? どうしたんだ、私の口元を見つめて」
「ッ、いや、なんでもない。不躾だったな、悪い」
「いや、別に不快にはなっていないから構わないが……」
無表情に戻り、訝しむような声色でそう質問する綾小路。
想定外の出来事が連続したこともあってか未だ満足に思考することはできていないが、その中でもなんとか言葉を絞り出して謝罪をする。
「……ふっ」
「…………」
マジか、いやマジか。
綾小路が笑った。嘲笑や失笑の類ではなく、恐らく心から出たであろう、自然なソレを、彼女が浮かべていた。
「…………」
普段無表情の美少女が不意に浮かべる笑顔。
そんな破壊力の高いモノを喰らって女性経験の少ない俺が正気を保てるはずもなく、次に声を発することができたのは、綾小路が声をかけてくれた30秒後であった。
☆☆☆☆
「おはよ、三谷君と……綾小路さん?」
「よっす篠原」
「……」
翌朝。
綾小路と共に教室に入った三谷を出迎えたのは、少し戸惑ったような篠原の挨拶だった。
「三谷君、なんで綾小路さんと登校してるの?」
「ああ、この前の試験で綾小路が骨折しちまったからな。流石に一人で歩かせるのは怖いから、こうやって付き添ってるってわけだ」
「……それなら、明日から私が変わろっか? ホラ、綾小路さんもおんなじ女子の方が色々と気遣わなくてもいいしさ」
そんな篠原の提案に対し、綾小路は首を横に振ることで否定の意を示す。
「私が三谷に頼むのは、主に力仕事だ。同性である篠原より、男性である三谷の方が適任だろう」
「買い物の荷物持ちぐらいなら私もできるけど?」
「体格、体育祭の際に測った身体能力を考慮しても、明らかに三谷の方が身体能力に勝る。それに、何も力仕事とは買い物だけに限らないだろう」
「それじゃあ俺が手伝ってやろうかー?」
「……せめて、視線が明らかに下卑たものでなければ一考の余地がーーーいや、ないな。すまないが、私は三谷に頼んでいるんだ」
「ッ……」
再度の篠原の提案、山内からの声かけを一蹴した綾小路は、未だ食い下がる篠原に対して無表情のまま淡々と言葉を告げる。
「何故篠原がそこまで食い下がるんだ? 少なくとも、この一連の事象でお前に不都合は何もないだろう」
「……佐藤さんは、どうなるのよ」
「何も、私と三谷が付き合うというわけでない。それともなんだ。お前は三谷となんの関係もない、赤の他人の分際で交友関係にまで口を出すつもりなのか?」
「……赤の他人なんかじゃッ」
「赤の他人だろう。それも友人の想いを勝手に量り、それを他人に押し付ける最も厄介なタイプの、な」
普段なら険悪な雰囲気を察知して止めに入るであろう平田と櫛田は、生憎現在二人とも所用で教室にはいない。
堀北はコミュニケーション能力に長けているわけではないため修羅場に介入することができず、軽井沢も綾小路が持つ独特の雰囲気に気圧されて口を出すことができずにいる。
そうなれば、そんな彼女たちの間に立てるのはただ一人。
「……綾小路」
「なんだ?」
「俺にとって、篠原は友人だ。決して赤の他人なんかじゃない」
「………………そうか」
「篠原」
「……何」
「すまん、確かに佐藤への配慮が欠けていた。……だが、下心を一切持たず、尚且つ力仕事を満足にこなす事が出来る知り合いは俺には居ない。骨折が治るまでの間だ、お前にこういうのはおかしいかもしれないが…‥許してほしい」
「…………」
篠原は無言のまま小さく頷くと、そのまま顔を上げることなく自席へと戻る。
しくじったか、とも思った三谷だったが、特別コミュニケーションに長けるわけではない自分にとってこれ以上の策を思いつくことは不可能だったろう、と。
思考を切り替え、綾小路の席まで彼女の鞄を運んだ後、彼も自分の席に着く。
篠原と綾小路が創り出した修羅場は、1-Dの雰囲気を確実に重いものへと変化させていた。
後に教室に戻った平田と櫛田はそんな雰囲気に首を傾げたものの、直接原因を尋ねるなどといった真似ができるはずもなく。
結果として、普段喧騒に包まれている1-Dの教室は、茶柱が入室するまでの間異様な静寂に包まれていた。
次回は2023年中に投稿します。タブンネ