「ほらッ、どうだ見たか! やっぱり俺より役立たずの佐藤が退学するべきだって皆思ってたんだよ!」
山内が騒ぐことをすぐに止められる人間は、今この場に存在しない。
自身が退学するどころか、賞賛票投票で3位に入ったことに呆然とする平田。山内に一度手を伸ばした後、苦虫を噛み潰したような表情でその手を引っ込めた須藤。目の前の光景から目を逸らすことは許されない、とばかりに決意を宿した目で前を向き続ける堀北。演技かどうかは定かでないが、悲しげな表情を見せる櫛田。
そして、何より。
「…………」
生気が抜け落ちたような顔で、俯く三谷。
その目には涙すら浮かんでおらず、如何に彼の精神が不安定な状態なのかを物語っている。
「……まぁ、順当か。予想通りでなにより」
張り出された厚紙を確認すると、批判票2位として佐藤の後につけていたのは山内。その後、池、篠原、須藤等、あまりの枠で選ばれたのであろう人間が続いていた。
「ッ、何したのよ山内! アンタじゃなくて佐藤さんが退学するなんて、そんなこと……ッ!」
現実を認識し、激昂した篠原が、山内の胸ぐらを掴む。
掴まれた山内は未だ余裕の表情を崩さない。それが気に食わなかったのか暴力行為に走ろうとする篠原を、松下がなんとか食い止める。
「篠原さん、それ以上はダメ」
「なんで松下さんはそんな冷静に居られるのよ!?」
「……私だって、佐藤さんが退学するのは悲しいよ。友達だもん。でも、それとこれとは話が別」
これ以上友達が居なくなったら、多分私も耐えられなくなるーーーと。監視カメラを指差しながら述べる松下。振り上げられた篠原の拳は、何も捉えることなく、ゆっくりとおろされた。
「以上だ。何か質問はあるか?………ないようだな。諸々の手続きがある為、本日の一限目は自習となる。何をしても構わないが、教室の外で騒ぐことはないように」
そう言い残し、茶柱は教室を後にする。
プライベートポイントによる救済のことを口にしなかったのは茶柱の僅かばかりの気遣いか、それとも極限の状態に陥った三谷がクラスを顧みず行動に出ないようにする為の策略か。
まぁどちらにせよ、三谷がポイント関連で頼れそうなコネは既に全て潰れている上、今の三谷にそこまでの思考、行動をする余裕はないだろうが。
「…………皆、一限目の時間は、各々自由に使ってちょうだい。特に話し合いをするようなことはしないわ。もし外に出たい人がいるのなら好きに出てもらっても構わないし、早退して気持ちに整理をつけたい人がいるのなら、早退してもらっても構わない」
ーーー今の私に、それを止める権利はないもの。
最後にそう小さな声で綴り、堀北は教壇から離れて席に戻る。
クラス屈指の精神力を有するまでに成長した堀北が動揺しているのだから、なるほど、確かに彼女の判断は正しいものであろう。今から会議を行ったところで碌なことにならないのは確実、下手をすれば暴力沙汰にまで発展しかねない。
「三谷」
「…………すまん、今は1人にさせてくれ」
「自棄にはなるなよ。そんなことは誰も望まん」
ここで自棄になって、自傷行為に及ぶーーー死なない程度の大怪我を負ってくれる程度なら構わないが、今の三谷を見るに死に至る程の自傷行為に及んでもおかしくはない。
釘は刺したが、さて、どこまで効力を発揮してくれるものか。
「……控えめに言って、地獄絵図だな」
一之瀬であろうと坂柳であろうと、恐らくこの状況を鎮めることは不可能なのではないか。
強いて龍園ならば山内辺りを殴って鎮めるのだろうが、それですらどこまで効力を発揮するのか疑わしい。
そんな中、私ができることが何かあるはずもなくーー元より何をする気もなかったがーー顔を俯かせ、一限目の終了時刻を待った。
☆☆☆☆
「……リザイン。完敗です」
ピン、と、指でキングの駒を弾く。そうか、と一言興味なさげに呟いた彼女ーーー綾小路清隆さんは、そのままの勢いで席を立つ。
「忠告ですが。今の彼……三谷くんに会いに行くつもりなのだとしたら、避けた方が良いと思いますよ」
「……何故だ?」
「憔悴し切っている時に他者からかけられる慰めの言葉程、精神を逆撫でするものはありませんから。特に、貴女はその方面に関して、下手をすると一般人にすら数歩劣る」
先導者としてはさておき、極限状態にある相手との一対一の対話に関して、彼の白い部屋出身の人間は鈍いところがありますから。
そういったコミュニケーションに関して稀有な能力を持つ櫛田さんですら追い返される状況の相手に彼女が何をしたところで、逆効果にしかならないでしょう。
「余計な世話だ」
「一応は、親切心で言っているつもりです。私とて、仮に貴女に何かあって契約の条項を果たせないーーーなんてことになれば、骨折り損のくたびれもうけですから」
「……チッ」
契約の条項ーーー週に一回、綾小路清隆は、他者を巻き込まない形で坂柳有栖と何らかの争いを行う。
この条文を捩じ込むことこそが目的であり、クラスの利益を完全に無視して私欲を通そうと、他の条件を一切盛り込まなかった私に橋本くんは怪訝な目を向けていましたが、私とて一人間。
自身の目的を果たすチャンスが目の前に転がり込んできたとなれば、なりふり構わず掴みに行くのも当然です。
そも、綾小路さんがクラス間競走に一切の興味を持たない以上、Dクラスは私たちAクラスの敵足り得ない。一之瀬さん率いるクラスは言うに及ばず、龍園くんのクラスがなりふり構わず闇討ちでも仕掛けてくれば多少面倒ですが、それでも最終的に敗北を喫すほどではない。
故に、Aクラスの敗北はあり得ないーーーと。
そう断言し、橋本くんを押し切ったことは記憶に新しい。
まぁ、次の試験で結果を示せば、再び完全に従順な駒に戻るでしょうし、特段問題はありません。彼はそういう人間ですから。
「それにしても、三谷癒人ーーーいえ、今は蒼太でしたね。……運命とは、本当に数奇なものです」
「……何がいいたい」
「いえ。何も」
綾小路さんからの問いかけに対し、即座に否定の言葉を返します。
頭脳はともかく、私の身体能力は下も下。そこらの子供にすら劣るほど。
そんな私の首など、綾小路さんからすればそれこそ赤子の手を捻るよりも簡単に捩じ切れてしまうものでしょうから。
いえーい