仮面ライダーゼロワン ―We are Dream― 作:私だ
Pure-rara-lu Parira-ta-ta♪
「社長さん、大丈夫ですかね…?」
「飛電 或人は強いです。それに唯阿も現場に向かっていますから、心配する必要は有りません。」
或人がマギアの下に向かって暫く、そんな不安に塗れた一言を亡が拾う。
果たして誰が溢した言葉か…ちらりと少女達の様子を見てみれば、それは実に誰が溢していたしてもおかしくないような空気を揃って纏っていた。
度重なる苦難であり、かつ前回学園に襲撃された時の事を未だに払拭出来ていないのであろう。
もしまた、あの時のように攻めてこられたら…そう思えば、彼女達がこうも萎縮した様子となるのも無理はない。
それでも第一声が或人の心配とは…やはり彼女達は優しい心の持ち主達だ。
彼女達をこれ以上傷付けたくは無い…彼女達の不安には、亡も真髄に向き合うつもりだ。
「…侑ちゃん、大丈夫?」
「え?…あぁ、うん。大丈夫。」
だが高咲 侑…彼女はどうやら他の少女とは違う事でその表情を曇らせているようだ。
「…何かあった?」
彼女が一体何を思っているのか…ぼうっと1人だけ窓の外を眺めていた彼女は歩夢に促されるや振り返り、視線を落としながらぽつりぽつりとその胸中を語り始める。
「なんて言うか…なんで皆仲良くなれないんだろうなぁ…って。」
それぞれに何か理由があるというのは分かっている。
それはきっと、その人にとってとても大事な…夢のようなもの。
だがその夢を叶える為に他の誰かを貶したり、悲しませなければならないというのは間違っていると、彼女はそう思っている。
何故なら彼女は知っているから…スクールアイドルフェスティバルを通して、人は誰もが心から分かり合える事を。
ただただ善意で手を取り合える事を、彼女はステージで共演するスクールアイドルやそのファンを見て知っている。
「私、やっぱり皆にはちゃんとスクールアイドルやってもらいたい。ううん、スクールアイドルだけじゃなくて、皆には皆らしく居て欲しい。なのに…。」
どうしてそれを阻むような事が起こるのだろう?
人が手を取り喜び合えるような未来を、どうして拒むのだろう?
これではまるで…。
「そうならない方が、正しい事なのかな…。」
…なんて、ちょっと弱気になってみたり?と、嘲笑を浮かべる侑。
それはただ発言に対してだけのものか、それとも虚偽であれ真実であれ、それを口にしようと決意してしまった己自身に対してか…。
いずれにしても、彼女が浮かべた笑みはとても力弱い。
そしてそんな風に笑う彼女を見て、室内の空気は一層重くなってしまった。
高咲 侑はスクールアイドルではない…だが、だからと言って同好会に不要な存在かと言えば、そんな事は決して無い。
彼女はスクールアイドルという存在を心から愛し、そしてその愛の下、スクールアイドルの少女達の活動を見守り、手伝い、支えている。
そんな彼女という存在はスクールアイドルの少女達も揃って必要だと、決して欠けてはならぬものだと認識しており、謂わば彼女は少女達にとっての心の拠り所、部の柱、中心となる人物なのだ。
だから例え場を和ませようとした冗談であれ、彼女からそんな言葉が漏れた事実に、少女達は衝撃を受けたのだ。
もしその言葉が真実であるのなら、自分達などとうに…。
そうして少女達が言葉を失い、また暫く…部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。
どうやら来客のようだが、少女達は気を落としきっていて聞こえていないのか、誰も出迎えに行こうとしない。
「…私が出ます。」
耐えかねた亡が少女達の代わりにドアへ向かう。
…思っていたより、少女達の消耗が激しい。
このままではフェスやイベントどころではとも考えさせられるぐらいだ。
ましてこれから先あのアズを相手に決戦を挑むとなると、彼女達に一体どんな影響が出る事か…。
他の戦士達も少女達への影響を危惧しているが、一度全員に想像以上だと伝えておく必要があるだろう。
と、亡も亡でそんな深い思案に駆られていたが、扉を開けた次の瞬間には嫌でも散漫としていた意識が現実へ引き戻される。
「あら、意外な所で…こんにちは。」
「アズ…!」
何せ今まさに思考の中に居た仇敵たる存在が、目の前に現れたのだから。
これには部屋の中に居た少女達も堪らず、アズの名を知る者達は恐れから、また知らぬ者達も亡や他の少女の様子から察して身体を強張らせる。
そしてアズはそんな少女達の様子を見てクスリと笑うと、一言告げたのだ。
「今日はね、貴女達にお披露目したいものがあるの。」
アズから披露したいものがあると言われ、追従を余儀無くされた一行。
先頭を歩くアズの後をそれまで黙って付いていた一同だが、やがて校内の様子がどこかおかしいと璃奈が口を開く。
「あの、亡さん…。」
「えぇ、まずい状況ですね…。」
道すがらに、普段見かけないような者の姿が目に映る。
スーツや作業着を着て職員等を装っているが、彼等の耳元には揃って同じアクセサリーが付けられている。
それは迅が付けているのと同じもの…つまりヒューマギアのモジュールだ。
彼等は恐らく、アズによって手配されたマギア達…それが今、校内の至る所に居る。
そして校内にはまだ多数の生徒達が居る…知らぬ間に敵の侵入を許し、布陣を敷かせていた事に亡は堪らず歯噛みする。
唯阿から通信が掛かってきているが、迂闊に出ればアズがどう出るか分からない…今は大人しく付いていく事しか出来ない。
「律儀ねぇ、ちゃんと全員付いてくるだなんて。」
「戯言を…1人でも妙な真似をすれば、あのマギア達を解放するつもりだったのでしょう?」
お披露目したかったというのは、あのマギア達の事ですか?と、部室棟の一階で足を止め振り返ったアズに向けて問う亡。
そして問われたそれに対し、アズはいつもの妖しい笑みを浮かべる。
肯定か否定かは…分からない。
「もうすぐこの世界は悪意に染まる…その為の足掛かりとして、
「させません、私達がそれを阻止します。」
吹き抜けとなっている棟内を見上げ、両手を拡げてくるりとその場を回るアズ。
子供のような無邪気さを見せながら、口にする台詞はドス黒い…当然そのような事にはさせないと意思を表明すれば、アズはへぇ…と関心したような素振りを見せる。
「あの滅亡迅雷.netの1人が、よく言うようになったじゃない?」
「ヒューマギアの、夢の為です。」
「ヒューマギアが夢を見る必要なんて無いわ…貴方達ヒューマギアも、人間も、この世界に生きる全ての存在は、み~んな揃って滅亡する運命なんだから。」
しかし彼女が口走る事は変わらず、事も無げに破滅の未来を示唆する台詞を宣う。
とても話して理解し合えるとは思えない…初めてアズと出会った少女達でさえそう分かる彼女の在り方に、皆嫌悪感を隠せない。
「どうして…。」
…しかし、それでも。
「そんなの…悲しいだけじゃないですか…。」
彼女だけは…高咲 侑だけは違った。
恐れ、嫌うだけの感情ではなく、今の彼女は…アズに対する哀愁をも漂わせていた。
前回もまた同じ様に嫌悪だけでなく純粋な怒りも露にしていた彼女だが、そんな彼女に対してアズは奇妙な反応を示したのだ。
「優しいのねぇ…流石、スクールアイドルフェスティバルなんてものを考える程だわ。」
思わず、何故そんな事をと訝しむ亡。
その物言いと、ここ最近の行動具合から鑑みて、アズは今侑に対して非常に興味を示しているようだ。
だが彼女は元来ある存在に対してのみ心酔するような性格であり、その心の移り気に納得が出来ない。
だが何故だろう…その心の移り気を、決して軽く考えてはいけない気がするのは。
それはまるで、絡まりきった糸の先のよう…辿っていけば、やがて糸が解れて真実が明らかになる、そんな予感がする。
ならばその糸を手繰ろうとしたその時、棟内のどこかから甲高い悲鳴が聞こえてきた。
「フライング…どうやら誰かが気付いたようね。」
その悲鳴を聞いてアズが溢した一言から察するに、正体を看破したか否か、いずれにせよ誰かがマギアの起動を促してしまったらしい。
「まぁ外の方も終わったみたいだし…やる事は変わらないからね。」
さらにアズが指を鳴らすと、次第に棟内の至る所から同じ様な悲鳴が起き始める。
どうやら今の指鳴りを合図に、マギア達が一斉に動き出したようだ。
「そんな…!?」
「最初から人質など取るつもりは無い…貴女らしいですね。」
悪質非道を地で行くやり方に苦言を呈すると、アズはむしろ褒め言葉だと言わんばかりに口角を上げ、赤い霧を纏って姿を消した。
如何なる理由かは分からぬが、目の前に居た最大の脅威が去った事によりひとまず胸を撫で下ろす少女達。
だがそれで解決とは全くならない…校内に居るマギアをなんとかしなければ、生徒達の命が危ない。
「私は事態の対処に当たります…気を付けてください、アズがどこから見ているか分かりません。」
或人がまだ戻ってきていない以上、この状況に対応出来るのは亡しかいない。
少女達の側を離れる事に対し不安は拭えないが、亡はせめてもの忠言を伝えると、コートの中から滅が使うものと同じ滅亡迅雷フォースライザーを取り出して腹部に当てる。
【 フォースライザー! 】
ベルトを装着し、さらにもう1つ…白い狼が描かれたキーを左手に持ち、スイッチを押して起動を促す。
【
それはプログライズキーと対を為す存在、"ゼツメライズキー"…既にこの世に存在しない絶滅種たる生物のデータが内包されている代物であり、亡はその内の1つであるニホンオオカミのキーを所持している。
「変身。」
起動したキーを右手へ持ち変え、ベルトに装填。
一連の機械的な動作の締め括りとして、亡はベルトのレバーを引いた。
【
氷嵐が亡の身体を包み込む。
その中から戦士としての装甲が表に現れ、装着と同時に嵐が晴れる。
そうして露になった白銀の戦士…男性らしくも、女性らしくも見て取れるそのデザインは、中性的な亡の姿をよく表しており、彼女は自らに最も適したその力で、悪しき存在を駆逐せんと動き出す。
「皆さん立ってください!!急いで避難を!!」
棟内の何処かで、健気にも他の生徒達を避難させようとする声を上げる少女が居た…三船 栞子だ。
校内に複数の不審人物らが居るとの報告を受け、実際に対面してみた所、その人影は突如として人類の命を脅かす悪魔となった。
さらに立て続けに周囲から聞こえてくる悲鳴…察するに、この不審な人物達というのは揃ってこの悪魔達だったのだろう。
校内がこれまで以上の騒ぎに発展している中、栞子もまた危機的状況に陥っている。
彼女の目前にはトリロバイトの姿をしたマギア、そして後ろには恐怖で身体を動かせぬ女生徒達。
身を盾にして屈せぬ姿勢を見せ、しかし彼女1人ではそれ以上の事は出来ず、やがて彼女は憐れにもマギアの魔手に掛かってしまう。
「ッ…早く…逃げて…!!」
首を掴まれ、絞められ、力任せに身体を宙へ吊られる栞子。
徐々に息を吸えなくなっていくに連れてもがき苦しむ事になるも、それでも彼女は自らの事より他の誰かの為に手を伸ばす。
しかし伸ばした手の先に居る女生徒達は栞子が受けている仕打ちにさらに恐れを為し、目に涙を浮かべて縮こまるばかり。
このままでは彼女達まで同じ様に…と、段々薄れ行く意識の中で悔しい想いを抱える栞子だったが…。
「っ!?ゲホッ!!ゲホッ!!」
ふわり、と急に身体が地へと降ろされ、圧迫されていた気道が元に戻る。
それによってむせ返る程に息を吸い込め、栞子は辛うじて危機を乗り越えられたものの、果たして何があったというのだろうか?
「あ…。」
それは顔を上げた先、胴を刺し貫かれたマギアの姿を見て察せられた。
糸の切れた人形のようにだらりと力を無くしたマギア…そのマギアの身体が突如明後日の方向に放り投げられる。
吹き抜けとなっている場所まで飛ばされたマギアが爆発する様をおかなびくりと見届けた栞子が再び視線を戻すと、そこにはマギアを仕留め、栞子等を助けた者の姿が目に映る。
白銀の双爪"ニホンオオカミノツメ"を携えた、仮面ライダー亡だ。
「…早くお逃げを。」
マギアを倒した亡は栞子達にそれだけ伝えると、彼女達の視界から一瞬にして消え去る。
音も無く静かに、だが嵐のように来て去っていった亡の姿に、栞子は未だ整わぬ身体の調子に息を荒くしながらも呟く。
「あれが…マギア…。」
そして…仮面ライダー…。
変身後、すぐに行動に移った亡。
その目にも止まらぬ足の速さに思わず唖然とした様子で見送ったスクールアイドルの少女達だが、いつまでも呆けている場合ではないと歩夢が口を開いた。
「私達も、どこかに避難しないと…!」
取るべき行動はそれに限る。
だが今までとは違い、今回は校内での騒ぎだ…どこに避難すれば良いのか、パッとは思い付かない。
「ならとにかく外へ!皆さんは先に避難を!」
しかしせつ菜は迷いなく避難先を指定すると、一番にその場を駆け出した。
「せつ菜ちゃん!?どこ行くの!?」
「体育館に!安全なら他の皆さんもそこへ避難させます!」
「ちょっ、せつ菜先輩危ないです…って、も~!全然聞く耳持ってないじゃないですか!」
「どうしよう…せつ菜ちゃんだけじゃ…!」
他の少女達の制止も聞かず、1人先走るせつ菜…亡も言っていたようにどこでどんな脅威が迫るか分からぬ今、単独での行動は目に見えた危険だ。
「…私達も行こう。」
だがやはり、彼女達の心は優しさに満ち溢れている。
「皆で手分けして、この事を伝えに行こう!」
「OK!じゃあ愛さんは向こう行くね!」
「私も行く…!」
「行こう果林ちゃん!皆を助けないと!」
「全く、仕方無いわね…!」
だから皆、せつ菜と同じ様に動き出す。
「あ~も~分かりましたよ!こうなったらとことんやってやります!行こうしず子!」
「うん!かすみさんも気を付けてね!」
「じゃあ彼方ちゃんはこっちに行くね~!」
例え目に見える危険であろうと、それを省みずに誰かの為に動いてしまう…ここに集っているのは、そんな愚かにも心が優し過ぎる少女達なのだ。
「侑ちゃん!」
侑も他の少女達に続いて行こうとして、歩夢に呼び止められる。
見れば歩夢は、とても不安そうな表情を浮かべている。
きっと他の誰かより、まず身近な仲間達の心配を何よりもしているのだろう。
そしてその一番を飾っているのは、きっと今名前を呼んだ…。
「大丈夫だよ、社長さんもすぐに戻ってくるだろうし…歩夢もお願いね。」
嬉しいな、と素直に思った。
幼馴染みとして一番の友情を育み、故に一番に心配される事が、不謹慎にも嬉しかった。
だからこそ、自分も一番にその心配に応えたいと思う。
その為に、決して彼女が恐れるような事にはならないと誓いながら、侑は歩夢に背を向けその場を後にし…。
「これは…!?」
「っ…何があったの!?」
不穏な気配を察知して学園へと駆け付けた或人と唯阿だが、玄関口や窓から次々と生徒達が建物の外へ避難している様を見て、異様な光景だと驚を隠せない。
「ひ、ヒューマギアが…!!」
そして話を聞いてみれば、やはりマギアが校内に現れた様子。
しかも避難先に外を指定しているあたり、マギアが現れたのは恐らくこの学園の建物内であろう…だとすれば非常にまずい状況だ。
亡やスクールアイドルの少女達とも未だ連絡が付かない中、最善を尽くす為には…と、或人と唯阿はこの非常事態に於ける段取りを早急に組み立てようとする。
しかしそれは2人に対して向けられたある言葉によって途端に止まってしまった。
「あ、あんた達、早くあいつらを何とかしてよ!!」
「そうよ!!も、元はと言えばあんた達が…!!」
誰が発したか分からぬ、救済を求める声。
しかし懇願と呼ぶには些か刺が見られるそれを咎めるような声は上がらず、むしろそれが端を発して周りから続々と同じ様な声が上がっていく。
早く奴等を何とかしろ、お前達の領分だろ、と。
それを聞いた2人の胸中に、得も言えぬ感情が渦巻く。
「…分かってる、俺達に任せて。」
回答として或人は周囲にそれだけを告げ、唯阿はA.I.M.S.の隊員に避難誘導と救護の指示を与え、それ以上の事を無く建物内へと踏み切った。
「今亡と連絡が付いた。敵は複数、確認出来る範囲では全て屋内に居るとの事だ…迂闊に戦って建物に被害を出す訳にはいかない。」
「なら、こいつで行きます。」
唯阿から言い渡された情報に、或人は薄青色のキーを取り出してちらつかせる。
そんなやりとりをする2人の様子は、少しぎこちない。
戦前という事で、それぞれ意識を高めているからであろうか?
いや、それは違う…2人の意識はむしろ、先程周囲から向けられた言葉の数々によって落ち込んでいる。
言われた事は何も間違っていない、間違っていないのだが…ああいった向けられ方をされると、やはり心に来るものがある。
誰から愛されずとも、誰から賞されずとも、ただ誰かの自由と平和の為に戦う…それがきっと、
だから或人も唯阿も、それで誰かを守れるのならば例え孤独であっても構わないと…言葉を交わさずとも同じ想いを抱いていた。
だが守ろうとしている自由や平和が、あのような形で意志を向けてきた。
言ってしまえば誹謗中傷と捉えられなくもないあれは…言葉を向けられた自分達からすれば、孤独であるよりも辛い事だ。
2人とて、戦士である前に1人の人間だ…心が傷付かないなんて事は無い。
そして傷付いた2人の心にはつい邪な影が射し込んでしまう。
どうしてあんな事を言われなければならないのかと…褒められこそすれ、何故ああも牙を剥かれなければならないのかと…。
信じていた存在に裏切られたようで…ならば自分達の行いとは何だったのか?
愛されもせず、賞されもせず、それどころか貶される始末となる自分達の行いに、果たしてどんな意味があるというのだろうか?
【
…いや、今はそれを考えている場合では無い。
それでも守らなければならない命が、そこにあるのだ。
「…変身!」
【
気持ちを切り替え、手にした薄青色のキーをベルトへ翳す或人。
その声に断腸たる想いを込めながら、彼は変身へのプロセスを辿っていく。
【 Attention freeze! 】
ゼロツーキーから現れたのは、冷気を纏った北極熊のライダモデル。
ブレイキングマンモスを例外とした他のライダモデルよりも大きめな図体は俊敏性に劣るものの、ゆっくりと或人の方へ向き直って彼へ覆い被さり防具として形を変える姿は、まるで今の或人の心を癒し守ろうとする抱擁にも見える。
冷たいながらも優しい…"フリージングベアー"と名付けられているキーから得られるのは、そんな力なのだ。
【
「変身!」
【
或人に合わせて唯阿もライトニングホーネットへ変身し、いよいよ戦闘へ突入する。
まずは唯阿が先行して建物内を飛翔して索敵を行いながら、手近な敵へ強襲を掛ける。
敵は亡からの情報通りトリロバイト…唯阿の手に掛かれば取るに足らぬ相手だが、彼女はその場でマギアを倒そうとはしない。
適度に相手取りながら誘導し、吹き抜けへと誘う。
「よし…社長!」
そして機を見てマギアを吹き抜けから投げ落とす。
投げ落とされた先には或人が待ち構えており、彼は目の前に降ってきた敵を確認するや、ベルトに刺さるキーを深く押し込んだ。
【 フリージング! インパクト!! 】
両の掌から冷気が迸る。
そのまま腕を突き出せば吹雪が荒び、目前のマギアの身体が瞬時に凍り出し、やがて氷像となってピクリとも動かなくなる。
「ふっ!」
そして力任せな一撃によってバラバラに砕け散るマギア。
通常ならば機械の誤動作により大きな爆発が起こるが、フリージングベアーの力によって機能が凍結している今ならそのような事は起こらず、爆発による周囲の被害を抑える事が出来る。
互いに連携し、それを繰り返していく事で、2人は戦況を優位に運んでいく。
「唯阿。」
「亡か!子供達は!?」
「逃げ遅れた者の避難誘導に当たっているようです。ですが恐らく、アズがまだ近くに居るかと…。」
「分かった!マギアは私と社長に任せて、お前は子供達を頼む!」
「はい。生徒達の避難先は体育館です、そこで落ち合いましょう。」
途中で亡とも合流し、懸念となっていた事を知れた唯阿はより効率を詰める為に階下の或人に向かってある武装を投げ渡す。
「社長!これ以上は落下の衝撃で地面が陥没する!こいつで狙い撃て!」
【 アタッシュショットガン! 】
それは或人が扱うアタッシュカリバーや滅の持つアタッシュアローと同型の武器、アタッシュショットガン。
青い縁取りが描かれているそれは、変形させれば大型の銃器としての本領を発揮する。
「っとぉ!?…って、撃つのはあんまり得意じゃないって!」
普段銃器などオーソライズバスターのガンモードしか扱わず、それもあまり使用頻度が高くない為慣れていないなどと文句を言う或人だが、そうは言っても投げ出さず、ベルトからキーを抜き出してアタッシュショットガンへ装填する。
【 Progrise key confirmed. Ready to utilize. 】
【 チャージライズ! フルチャージ!! 】
一度畳み、再度変形させて最大出力を溜める。
それと同時に唯阿も複数のマギアを吹き抜けへと落とし、宙空にマギアが舞う。
そのマギア達に向けて銃を構え、狙いを定め、そして…。
【 フリージング! カバンバスター!! 】
「…そこだッ!!」
雪熊を模した弾頭が、一息にマギアを飲み込む。
氷結と同時に砕散された機械の塊がバラバラと落ちてくる。
それらが天井からの日の光を浴びてキラキラと輝く様は美しいさえと感じるが、生憎感傷に浸っている暇は無い。
「この辺りの敵は全て倒した!次へ行くぞ!」
「はい!」
それを妨げる悪因を取り除く為、2人は次の戦場へと向かい出した。
或人と唯阿が善戦している一方、亡は施設をくまなく走り抜け、逃げ遅れた者が居ないかの発見に注力していた。
姿が姿故に見つけた者からはマギアと間違えられ恐れられてしまうが、誤解を解く暇は無いとして多少強引にでも外へ運ぶ作業を繰り返していき、やがてそのような影は見られなくなった。
となれば残るはスクールアイドルの少女達…施設を走り回っている中では見つけられなかったので、もう全員外へ避難したかと当たりを付けるが、亡が進む先…場所としては、スクールアイドル同好会の部室から人の気配を察知した為、まさかと思ってドアを開ける。
「ッ!?…亡さん!」
「ちょっ、急にドア開けないでください!!びっくりするじゃn…いや、かすみん別に驚いてなんて無いですけど!?」
予測を立ててドアを開けた先には、やはりスクールアイドルの少女達が。
勢い良く扉を開けた事により中に居た少女達に警戒させてしまったようだが、いち早く璃奈がこちらの事を感付いてくれた事で無用な混乱は避けられた。
「無事でしたか…何人か姿が見えないようですが?」
「他の皆は体育館に居るって!愛さん達も今から行こうとしてた所!」
部室の中には歩夢、かすみ、愛、彼方、璃奈が居り、話によれば他の少女達は既に体育館の方に居るらしい。
少女達もこれから移動をする所だったとの事で、都合が良い。
「ならば急ぎましょう。飛電 或人と唯阿がマギアの相手をしていますから、私が側に付きます。」
「分かりました、お願いします~…!」
亡の言葉に頷いた少女達が廊下に出て、急いでその場を後にしていく。
後を追いかける形で亡も動き出そうとしたが、その前に一度どうしてもその足を止めなければならない事があった。
「どうしました?」
「あ…いえ、何でも…!」
歩夢がふと立ち止まって、あらぬ方向へ視線を向けている。
何かあったのかと問うてみたが、彼女は現状を思い出したのか答えを示さず、遅れた分を取り戻さんとばかりに走り出す。
亡もこの状況で追及している暇は無いとして放っておいたが、そんな歩夢が抱えていた懸念というのは…。
「(侑ちゃん、さっき別れてから連絡が取れないけど…大丈夫だよね…?)」
【 サンダーライトニング! ブラスト!! 】
「ふっ!!」
電光を纏った弾丸が、マギアの身体を包み込む。
虹ヶ咲学園の中庭では、いよいよ残り数体となった敵を殲滅すべく、追い上げが掛けられていた。
【 フリージング! カバンショット!! 】
「はぁ!!」
唯阿の攻撃で回路がショートし、麻痺して動けなくなった
最後の1体に狙いを定め、大口径による一撃が放たれた事によって周囲に居た敵は居なくなり、2人に事態の終息を告げる。
「これで終わり…?」
「いや、油断するな。亡が言っていたが、まだアズが近くに居る可能性がある。」
しかしその元凶となった彼女の行方は未だ知れず。
けしかけるだけけしかけて、それで終わりとは今更いかないだろう…まだ何か仕掛けてきてもおかしくないとして、2人は警戒を弛めない。
「流石ね、それなりに数を用意した筈なんだけど。」
「っ!アズ…!」
そして予想通り2人の前に姿を現したアズ。
どこから見ていて、そしてどこに潜んでいたのか…それを悟らせる事も無く急に現れた彼女に対して仮面越しに睨みを効かせると、彼女はその視線に気付いたのか、だが臆す事など皆無と言わんばかりに、む~と頬を膨らませる。
「そんな恐い顔しないで?私達の仲じゃない?」
「黙れ、これ以上お前の事を放っておく訳にはいかない…ここで終わりにさせてもらうぞ。」
子供みたいに振る舞って、場を和ませようとしたのか…しかし2人にとっては火に油を注ぐようなものであり、特に唯阿は我慢ならないのかその態度をピシャリと切り捨て、ライザーの銃口を彼女へ向ける。
そんな唯阿を恐い恐いと言ってまたもおどけるアズに思わず不用意に引き金を引き掛けるが、次の瞬間アズが纏った空気に2人はそれまで抱いていた感情が圧し殺されてしまう。
「でも、終わりになんて出来ないわ…貴方達の力では絶対にね。」
その言動は、普段のアズと変わらない。
が、何故か彼女の一挙一足から目が離せなくなり、同時に心身がすくみ始める。
その感覚に対し、2人はどこか既視感を覚える。
この身体の芯から冷えきる、吐き気を催すような感覚を、何故か自分達は知っている…。
「私は言った筈よ、
大いなる悪意が生まれた時…。」
そしてその台詞を耳にした途端、2人の中で既視感に対する合点が行き、同時にさらに心身をすくませた。
それは思い出してはいけない記憶、蘇らせてはいけない存在。
自分達が最も恐れる展開に連なる台詞を、彼女がこうも並べるという事は…!
瞬間、背後から聞こえてきた、
それまでの比にならない程の悪寒が2人の背筋を走り、否が応にも2人を振り返らせる。
そして振り返った先に見えた
「まさか…そんな…!?」
慟哭が、怨嗟が、或人達の耳にこびり付く。
あまりにドス黒い影が、或人達の目に焼き付く。
「お前は…!?」
それは聞こえてはならぬ声。
居てはならぬ存在。
世界に蔓延る悪意全てを凝縮し、形を成した、究極の闇。
(アーク様)生まれてきてくれて、ありがとう♪