仮面ライダーゼロワン ―We are Dream― 作:私だ
仮面ライダー、スクールアイドル、そしてアークにアズ…それぞれの思惑が交ざり合う状況が幾日か過ぎた後。
その日学園に顔を出していた栞子は眼下に見える体育館をじっと眺めていた。
虹ヶ咲の体育館内…そこでは今スクールアイドル同好会のメンバーと、他に数人の生徒達が小道具や機材等を運んで調整を行っている。
スクールアイドル同好会が開催する、オンラインイベントの為の準備だ。
「よろしいのですか?イベントの開催を許可してしまって…あのイベントは、とても人としての道理に適っているものではありません。」
栞子がそう言った通り、スクールアイドル同好会のイベントについて理事長へ相談をしたら、返ってきたのは予想外にも快諾であった。
彼女とてこのイベントが人道に欠ける内容だという事は分かっている筈…なのに許可を下したその真意が分からないとして、栞子はどうしてもその決定に異を唱えてしまう。
すると理事長は、言うようになったわねと言って屋上の手擦りに寄ると、栞子と同じ様に体育館へ目をやる。
「構わないわ、結果は目に見えているもの。」
「と、言いますと?」
そしてやけに気になる発言をした彼女に向けて、栞子は再びその胸の内を問うた。
「まず、あのイベントは失敗するわ…間違いなく、ね。」
彼女の視線は、真っ直ぐ眼下の光景へと向けられている。
その送られている視線にどんな色が含まれているのか…察する事は難しい。
「それは…いえ、ならば尚更中止にしなければ…。」
その真意がやはり分からず、だからこそ栞子は目に見えている事実を優先させた。
もしその言葉通りなら、なおさらイベントを進ませる理由が分からないとして。
「あの娘達の事が心配なの?」
「人として当然の事かと。」
茶化してくるような態度に、少し剥れた様子を見せる栞子。
こちらは真面目に物事に当たっているのに…と、そんな風に言いたげな栞子の様子がおかしいと、少し声を上げて笑う理事長。
「心配しなくても、あの娘達が手を出される事は無いわ…今の所は、だけど。」
そしてそこから紡がれた言葉が、また栞子の気を引く。
理事長たる彼女の態度は今までの成りを潜め、さながら1本の折れぬ剣のような鋭さと真直さを併せ持っており、からこそ栞子はこう問わざるを得なかった。
「貴女は…。」
貴女は一体、何を知っているのですか…?
彼女はその問いに、再び笑みを返して答えとする。
ただし今度は、その中にほんの少し憂いを帯びたものが見えた気がした…。
-何だあれは…!?
…これは?
-しっかりしろ!!今が僕達の正義を実行する時だ!!
声が…聞こえる…。
-私は1000%…負けていない…!!
これは…
-何だ…この
それに、あの人達の姿も見える。
-忘れてください!我々の目的は、ヒューマギアが支配する世界を築く事です!
でもどうして?私はあの人達のこんな姿、見た事無い。
-どうして…ヒューマギアを滅ぼす…!?
こんな…こんな辛そうで苦しそうなあの人達を、私は知らない。
-俺は…お前が恐い…だけど、逃げない!!
なのに、どうして…。
「侑ちゃん!」
「侑先輩!」
「うぇ!?…あ、歩夢…しずくちゃん…?」
それはまさに、パッという擬音を当て嵌めるに相応しい目覚めであった。
呼び掛けられた声を合図に意識も視界も途端に明瞭になった侑は、顔を上げた先に居る2人の様子からその不思議な現象の正体を知る。
「寝ちゃ…ってた?」
「大丈夫ですか侑先輩?随分うなされてましたけど…。」
「侑ちゃん、やっぱりまだ…。」
寝惚けた頭で時間を掛けながら答えを見出だした、そんな侑の様子を心配そうに見守る歩夢としずく。
先日、意識不明の重体という形で近くの病院へ搬送された侑。
当初はその全身に及ぶ怪我の具合から完治するのに一週間以上掛かると言われていたのだが、彼女は病床に着いてから驚く程の回復力を見せ、ものの2日で完治までに至った。
しかしその明らかに常軌を逸した回復力は病院の医師からも大いに訝しまれており、退院後も要観察との処方が為された事を2人は思い出していたのだ。
すると侑はそんな2人の心情を察したのか、慌てて首と手をブンブンと振り始めた。
「ううん大丈夫!いや実は昨日ちょっと夜更かししちゃってさ、きっとそのせいだよ!そんな全然身体の具合が悪いとかそういうのじゃ無いから!そ、それで2人はどうしたの!?何かあった!?」
「え?う、ううん…私達はただ侑ちゃんの姿が見えなかったから探してただけ…。」
そのあまりにも必死な姿に押された2人を見て、侑は内心ほっと息を吐く。
最近病院に世話になる機会が多いが、あの独特な環境というのはいくら居ても慣れないもので…。
「侑先輩、それは?」
と、病室でやる事も無く退屈に身を任せるしかなかったあの寝たきり生活を思い返していた侑の、その腕下に置いてある物をしずくが指差しながら問うてきた。
え?と、しずくが向けるその指先を伝って視線を下ろしてみれば、休日故に誰も居ない今日という日に音楽科の教室で自身が眠りこけるまで何をしていたかを思い出す事ができ、侑はあー…とバツが悪そうな表情を浮かべる。
「一応次に予定してる歌の歌詞だよ。と言っても全然完成してないんだけどね~…。」
本当は今回のライブに間に合わせる筈だったんだけど…と、自身の腕下に拡げられていた歌詞ノートを手に取る侑。
ノートにはまだ思い付いた限りの言葉が乱雑に書かれているだけであり、正直人には見せられない。
なので興味有りげな空気を感じ、見ちゃ駄目!と言って隠した事でちょっとふてくされた様子を見せた2人に対し申し訳無さを感じながらも、そんな2人の仕草を可愛いと感じて笑みを溢した侑は、2人に向けていた視線を窓の外…ライブ会場の方へと向ける。
「イベント、開催出来るようになって本当に良かった…私達にとって久し振りのライブになるもんね。」
相手にも知られている以上最初から無理にでも押し通す気概ではあったものの、やはり後顧の憂いは絶てるに限るというもので、その真意こそ見えないものの、こうして気兼ね無くイベントを開催出来る事に対して、侑は理事長の采配に感謝している。
隣を見ればしずくも同じ思いなのか、窓の外を見るその表情が綻んでいる。
「…うん、そうだね。」
「歩夢さん…?」
しかし歩夢はそうでは無いという事が、溢した声色から分かった。
同じ様に外の景色を見るその表情からも、2人とは違う思惑を抱いているという事実が見て取れる。
ならば彼女が今心に思う事とは何なのか…それについては、既に見当が付いていた。
「大丈夫だよ、歩夢…絶対に社長さん達が守ってくれる。私達はその後の事だけ考えてよう?」
「そうですよ、今まで魅せられなかった分まで披露する時なんですから!」
これがただのライブならばどれだけ良かった事か…悲しき事に、その事実だけは未だに拭えない。
不安な気持ちは十分に分かるが、
「…どうして?」
「…え?」
「どうして2人は、そんなにあの人達の事を信じられるの?」
だが歩夢は、それで納得しなかった。
「歩夢さん…?」
「侑ちゃんは前に、成り行きだとしても信じるなら思いっきり信じたいって言ってたけど…私にはどうしても…。」
自らの胸の内を曝け出していく歩夢…その視線は2人に向けられず、かといって外の景色を捉えている訳でも無く、ただ下を向いている。
消沈していくような気とは裏腹に、窓に添えられている手には徐々に力が込もっていく。
「っ…ご、ごめんね!変な事言って…今のは忘れて!」
沸々と高まっていく想い…それを体現するような彼女の姿に侑もしずくも掛ける言葉が見つからずに居ると、場の空気を良くない方向へ変えてしまったと気付いたのか、はたとして歩夢は必死に取り繕うような姿勢を見せる。
だがきっと、これが普通の反応なのだ。
この事件を解決出来るのは彼等しか居ないから、だからこそここまで事態が長引いてしまっている現状に募りを覚える。
特に歩夢は何度も大切に思う存在を危機に晒されており、そういった反応を示すのはごく当たり前の事。
だったら…だったら自分達は何なのだろうか?
自分達も何度も危機に晒されたし、歩夢の想いが普通に抱く感覚であるとも理解している。
それでも彼等を信じようとする自分達と、彼等を信じきれない彼女の違いとは一体何なのか?
-きっと、こう言われたのではありませんか?"こんな状況になっても活動を続けようだなんて、どうかしている"と。
そう…きっとこういう所が異常だと思われるのだろう。
その疑問に対する答えを持ち合わせていないが故に、先日栞子から言われた通りの言葉を周りから掛けられてしまうのだ。
ただ平和な明日を望んでいる、その想いは変わらない筈なのに…。
「本当に良いんですか!?このまま生徒会長を辞任したままで!?」
そして同じ様な疑問にぶつかっている者が、他に1人。
「あれって、せつ菜ちゃん…?」
不意に聞こえてきた声に揃って教室から顔を出してみれば、廊下には菜々ともう1人少女が居り、その少女が剣幕を強くして菜々と向かい合っている。
先の声は、きっとその少女のものだろう。
「何度もお話ししましたが、私はこれで良いと思っています。どうか納得をして貰いたいのですが…。」
「納得なんて出来る訳無いじゃないですか!あんな無理矢理…皆今でも中川さんの事を待っているんですよ!?」
「期待を寄せられている事は嬉しいですが…それでも私は戻る気はありません。三船さんも決して悪い人では無いでしょうし、どうか彼女の事をよろしくお願いします。」
「っ…でしょうだなんて、はっきり言い切れていないのに…!」
それから菜々と少女の会話は、意外にも短く切り上げられた。
しかしその少女が菜々に対してああも大きな声を上げ、そして一方的に話を断ち切るような剣呑な態度を見せていた事に3人は疑心を持ち、少女が去った後すぐさま菜々へ話し掛けた。
「菜々ちゃん。」
「皆さん…もしかして、見られていましたか?」
「今の人って…生徒会の副会長さんですよね?」
「はい。三船さんが生徒会長になった事に対して、どうにも思う所が有るようでして…。」
そう…あの少女はこの学園の生徒会、その副会長の座に就いている少女であり、侑達も同好会の活動の申請等で生徒会に赴いた際に何度も顔を合わせている為、顔馴染みという形でよく知っている。
だからこそ彼女があのような様子を見せていた事に皆不安を覚えたのだ。
「大丈夫なの…?」
「一度きちんとした話し合いの場を設けなければとは思っていますが…今は
眼鏡を少しずらして、もう1つの顔を覗かせる菜々。
そのどちらの顔も、あの少女は好意の目で見ていた。
彼女は生徒会の副会長として、会長であった菜々の事をとても尊敬しており、同時にスクールアイドル優木 せつ菜の大ファンでもあり、故に菜々と彼女との間には先に見られたような一幕など、過去に一度も無かった。
それなのに、ふとした事がきっかけでその関係に変化が訪れた。
そして変化したその先では、今同好会に向けられている周りからの視線と同じ色が垣間見られた。
「(どうしてなんだろう…。)」
ただ平和な明日を望んでいる、その想いは変わらない筈なのに…何故こんなにもすれ違ってしまうのだろうか?
すれ違う度に互いの心は磨り減っていき、やがてささくれだって傷付き合うだけだと分かりきっているというのに、何故互いに同じ方向を向けないのだろうか?
「(どうすれば…。)」
狂ってしまった歯車が回り続けている…その度に軋んだ歪な音が響き渡り、堪らず耳を塞いでしまいそうになる…。
その瞬間、ドクンと侑の胸が鼓動を打った。
「(っ…!?)」
突如として侑を襲った動悸…その衝撃は思わず一瞬意識が飛びかける程のものであり、侑は少しよろけながらも自らの胸元を手で抑えながら踏み止まる。
幸い誰にもその様子は気付かれていないようであり、侑は内心安堵の息を吐くものの、額からは脂汗が絶えず流れていく。
「(何…今の…?)」
深く沈んだ心持ちになった瞬間訪れた、この動悸。
単なる偶然の筈であろうに、それがまるで何かの警告のようなものではないのかと…タイミング故か、侑は不思議とそう感じずには居られなかった…。
或いは少しでも負の感情に苛まれたその事実を、誰かに賞賛されたかのような…。
「よし…っと!かすみん、こんな感じで良いかな?」
「ばっちりですよ~!さすがかすみん親衛隊の皆さん!褒めて遣わしましょう!」
「偉そうにして…。」
一方体育館ではライブに向けて仕上げの作業が行われていた。
その第一手として虹ヶ咲オンラインライブと描かれた看板が生徒達の手によって掲げられ、その出来映えを見たかすみがうんうんと満足げに首を縦に振っている。
その鼻高ぶりに、璃奈はボードを添えて呆れるばかりだ。
「本当にありがとうね、皆。私達だけだったらこんなに準備出来なかったよ~。」
「気にしないでください!皆さんのライブは本当に楽しくて…その為ならいくらでも手伝いますよ!」
2人に変わって生徒達に礼を告げるエマ。
本当に、彼女達が居なければここまで凝った作りは出来なかった。
ライブの手伝いが軒並み断られてしまった時、最悪ステージ無しでの演出を覚悟しなければとも考えていたのだが、それでもごく僅かながら協力を申し出た生徒達の手によって、今日のステージは完成を迎えた。
正直に言えば普段皆に手伝ってもらって作られたステージよりもクオリティは数段劣っている。
だが大事なのは決して見た目だけでは無い…丹精を込めて作ったという、その事実こそが大事なのだ。
「うぅ…びぇぇぇぇぇん!!」
「か、かすみちゃん…!?どうしたの…!?」
と、ここに来てかすみが急に滝のような涙を流し始めた。
前触れの無い突然の事に、璃奈が掲げるボードも「ビックリ!」だ。
「だぁってぇ~!!こんなにかすみん達の事想ってくれてるなんて思ってなくてぇ~!!他の皆はよそよそしくなっちゃったのにぃ~!!」
「かすみちゃん…。」
しかしかすみが涙する理由は、当て嵌めようとすれば自分達にも十分なものであり、思わず釣られる形で璃奈やエマも感銘を受けてしまう。
そうして場が一体となり、残る作業を手早く済ませてしまおうと皆が意気込む中、ふと外した視線の先に、エマは彼方の姿を捉えた。
「…うん、分かった。お母さんにもよろしく言っておいて。2人が見てくれるなら、彼方ちゃんいつも以上に頑張っちゃうぞ~?」
適当な場所に座り、携帯を片手に持っている彼女は、どうやら誰かと電話のやり取りをしているようだ。
そしてその電話の相手は、彼方の口振りから容易に察せられる。
「遥ちゃんから?」
「うん、今日は家で配信を見るって~。」
「そっか…。」
電話が終わった頃を見計らい、彼方へ話し掛けるエマ。
してその電話の内容が何だったかと問うてみれば、それは今の状況故に物悲しさを感じるものであった。
近江 彼方と近江 遥…この2人の仲は自他共に認める程であり、それこそどちらかがスクールアイドルとしてライブに立つとなれば、どうしてもやむを得ぬ事情が無い限りは必ずもう1人もその場に駆け付けるのが必至であった。
しかし今回はそのやむを得ぬ事情の只中であり、常なるそれが叶わぬ事となった。
本当は何の気兼ねも無くライブをして、ライブを見たいであろうに…。
「…こんな事、今日で終わると良いね。」
「終わるよ~、だって…そう約束したもん。」
そんなエマの心情を察した彼方が心配しないようにとにへら笑う。
その笑顔が何ら力の入っていないものである事は誰が見ても明らかであり、逆に息が詰まるような想いをエマは抱くのであった…。
「何考えてんだ?2人してよ?」
滅と迅が、離れた場所からライブ会場を見つめている。
それが単なる傍観の類いでない事は今までの付き合いから明白であり、雷電…いや、滅亡迅雷.netの雷と亡は2人にその胸の内を訊ねる。
「…お前達に、聞きたい事がある。」
「何でしょう?」
振り返った2人の耳に付属するモジュールが、チカチカと光を放っている。
その点滅が何を示すか…それは先に2人が向けていた視線の先を見てみれば、自ずと答えは導きだせる。
「お前達にとっての…思いやりとは何だ?」
大方、彼女達の会話を盗聴していたのであろう…そう予測し、そしてその通りだと肯定するような問い掛けに、雷と亡は少々呆れた様子を見せる。
不正に使うつもりは無いであろうとはいえ、
「思いやり…広義としては相手の立場に立って物事を考え、その上で相手の気持ちを尊重し、行動する事を指しますね。」
「そうだな、だから何て言うか…俺達にとってのとか、そういう特別な何かがある訳じゃ無いな。」
しかし掛けられた問いには、2人して真摯に対応した。
それは本来心を持たぬ
「じゃあさ、例えばここで僕達が
4人の議論が加速していく。
思いやりという概念がどういうものなのかは、滅も迅もこれまでの記憶を思い起こす事で理解した。
というより、そもそも自分達は知らぬ内にその思いやりというものを実践していた。
滅も迅も、ヒューマギアたる誰かを想って行動していた事は思いやりの定義に当て嵌まる事だった。
そしてその対象は、飛電 或人に対しても…。
「それは…そうですね。迅が本当に彼女達の考えを尊重した上での行動ならば、それは思いやりの定義に収まるかと。」
「でもそれじゃあいつらから反感を買うだけだ。あいつらはこのライブを成功させたがってる…ついでに言えば、社長達もだな。」
とある事情により、一年前にぽっかりと空いてしまっている彼の心の穴…それを塞ぐには長い時を掛ける必要があると、彼を知る誰もが静観するしかないと決め込む中で、滅と迅もまた同じ姿勢を取る事にしていた。
ヒューマギアでない彼は決して仲間では無いが、それでも関わり深い男だとして、人間の言葉で言えば情が働いたが故である。
しかしその思いやりが、今という状況を悪くしている。
かつてアークを討ち倒した、最強の力…その失われた力を現代に甦らせる為には、彼の心に空いた穴を塞がなくては始まらない。
そしてその力を抜きに今のアークに勝てる可能性は…。
「…だとすれば、思いやりとはやはり"悪"なのか?」
思いやりがある故に今が失くなってしまうというのなら、やはり非情に徹するべきなのか?
情が生み出す何もかもを断絶し、ただ結果だけを求めるやり方なら、或いは…。
「さぁな…思いやりが善か悪かなんて俺達にも分かんねぇよ。」
「私達とて、まだ人間達の側で
その答えはまだ彼等の中には持ち合わせておらず、迅は難しいね、と言って残念そうな表情を浮かべている。
これだけ人間らしい態度が取れるのに、自分達は未だ人間達が当たり前に持つ心について理解出来ていない事が多過ぎる。
「いえ…きっと本当は、そこまで難しい話では無いのでしょう。」
「それを知る為に、今俺達は人間と関わってる…そうだろ?」
そう言って、雷は再びライブ会場を見る。
釣られて3人も視線を向ければ、ライブの為に奔走する少女達の姿が見える。
「俺達が求める答えは、案外すぐに見えてくるかもな。」
まぁ勘だけどよ、と歯を見せながら笑う雷。
それを無責任なと思う3人であるが、咎める者は1人も居ない。
それは3人も、何となくそんな予感がしていたからだ。
『…つまり、今回の接触で決着を付けるという事だな?』
「えぇ、必ず。」
『勝算はあるのか?』
「1000%の限りを尽くすのみです。」
一方天津 垓…彼もまた彼方と同じ様に適当な場所に身を預け
同じ仕草たる2人の、しかし決定的な違いは、電話の内容が緊迫したものである事か。
『まぁ本来預けていた仕事を切ってまでだ…そうでなければ困る。』
「そう言えば、そちらの方は…。」
『既に代わりの者に一任してある、お前が心配する必要は無い。』
電話越しでも感じられる威圧感…それはZAIA日本支社の現社長、与多垣 ウィリアムソンからのものであった。
過去にアークが本格的な活動を行っていたその末期に天津に代わって社長の座に就いた彼は多少高圧的で強引な所があるものの、これまで互いに協力しながら世界の平和を守り抜いてきた仲だ。
そんな彼は今回の一連の出来事にも常に目を光らせており、ことアーク復活に至っては戦士達に勝るとも劣らぬ警戒心を見せている。
『ここで必ず
それは彼の志すものが、自分達と同じものであるから。
人類が平和に暮らせる世界、その上でのヒューマギアとの共存。
それを掲げているからこそ、まずは人類を守る為にアークの破壊を天津へ念押し、通話は終了した。
「おいZAIA、話が…っと、電話中か。」
「いや、今終わった所だ。与多垣氏から少しな。」
「珍しいな…何かあったのか?」
「なに、必ずアークを仕留めるようにと釘を刺されただけだ…それで、話とは?」
「ランペイジはどうだって話だ、前の戦いの後お前に預けてそのままだからな。」
すると代わって天津に声を掛けてきたのは、不破と唯阿の2名。
その2人からの用件に耳を傾けてみれば、それは天津にとって耳が痛くなるようなものであり、彼はやや及び腰な姿勢を見せる。
「…残念だが、少し無理を通し過ぎたようだ。キー自体に損傷が見られてな…今度あのような使い方をすれば、君の身体もろとも木っ端微塵だ。」
「社長の所では直せないのか?」
「既に渡してある…が、この戦いには間に合いそうも無い。どうにかアサルトで凌いでくれ。」
ランペイジを主軸に多人数で攻めれば勝機がある…前回の戦いでその感覚を掴めはしたのだが、やはりあの時無茶な使い方をした事が祟り、ランペイジキーは早急な修理を行う必要が出てしまった。
これが普通のプログライズキーならば十分今回の戦いに間に合っていたのであろうが、10種類ものライダモデルのデータが内包されているランペイジではそうもいかず。
生みの親たる天津も、技術に優れた亡も今回の戦いで前線に出る為、預けている飛電の秘蔵ラボが行える作業ペースに合わせるしかなく、その事実を知らされた2人はランペイジの持つ高戦力が期待出来ない事に隠す事の無い落胆を見せた。
唯一勝算の見えていた力を削られ、一体どう活路を見出だせというのか…最大以上の限りを尽くすと言ったものの、現状の手札不足に3人共押し黙るしかない。
「あっ、不破さん達だ!おーい!」
「ん…朝香に宮下か、また珍しい組み合わせだな。」
「たまたま一緒になっただけよ。」
そんな空気を破ったのは、何処からか現れた虹ヶ咲のスクールアイドルの少女2人…愛と果林であった。
「それで、俺達に何か用か?」
「用事という用事は無いわ。イベントの準備で何か手伝う事がないか、今2人で散策してた所なの。」
「それで果林と一緒に歩いてたら不破さん達を見かけたから、声掛けたって訳!」
漂っていた空気を知ってか知らずか打ち壊した2人に対し、3人は軽く話を合わせ雑談をしていく。
しかし大事を前にして話せる戯言などそう多くも無く、話はすぐに懸念に溢れた話題へと移ってしまう。
「ライブは上手くやれそうか?暫く振りなんだろ?」
「そうね…でも、心配する必要は無いわ。」
「練習もしっかりやってきたし、お姉ちゃんも配信見てくれるから気合い入りまくりだよ!」
その話題に移る事で折角変わっていた空気がまた逆戻りとなってしまうも、少女達は負けじといった様子で言葉を返してくる。
「…無理はしない方が良い。2人共、目に弱気な色が見えるぞ?」
しかし負けじといった様子でという事は、つまりそういう事だ。
そうでもしなければ、天津の言った通りの事に呑まれてしまう…それを見抜かれた2人はつい口を噤んでしまう。
それこそが空気に呑まれた証拠であり、しかし天津はそれでも心配する事は無いと言う。
「残念だが、私達にはその色を直す術は無い。だが…。」
そう言って、ちらりと不破と唯阿を見る天津。
そこまで言って続く言葉を促すとは…しかし彼の思惑は彼女達の為となると思い至り、2人はその視線に応える事とした。
「そうだな…せめてそれを晒け出せる場は作るさ。」
「ライブは必ずやらせてやる…俺達に任せろ。」
天津1人で言葉を並べるよりも、3人の方が彼女達の心には響くだろうと…彼の思惑に乗るのは癪だが、しかし告げたその言葉に嘘偽りは決して無い。
「…勝てるの?」
「勝てるさ。お前達の姿を見て、なおさら負けられなくなったからな。」
それを誠心込めて伝えれば、愛は打って変わった満面の笑みを、果林はそういう所が格好良くてずるいのよと軽い文句を言いながらも同じ様に口角を上げる…どうやら憂いは絶てたようだ。
「さて、私はこれで一旦失礼しよう。用意しなくてはならない物もあるのでな。」
「そうか…なら私も部隊の布陣に不備が無いかもう一度確認してくる。」
「そんじゃ俺も、他の場所を見てくるか…お前らも気を付けろよ。」
そうして戦士達は少女達に別れを告げ、その場を離れようとする。
実際に天津と唯阿は個々の用事に向かい出し、不破も遅れて踵を返そうとすると…。
「あっ、不破さん!最後にこれ!」
途端に愛が何か思い出したようにして不破の下へ迫ってきた。
そして暫し携帯を弄るや、やがてその画面をずいと見せてくる。
「…何だこれ?」
「私のコミュニティサイト、"愛トモの会"!良かったら不破さんも入ってよ!皆歓迎してくれるよ!」
画面に写されていたのは、愛トモの会と呼ばれるコミュニティサイト…スクールアイドル宮下 愛の、謂わばファンサイトといった所か。
天真爛漫な愛らしいポップな作りのそのサイトでは、今も掲示板で愛のファン、通称愛トモの皆が今回のライブの事を中心にコメントで交流を交わしている。
「何で俺なんだよ…。」
「いや~不破さんには色々お世話になってるし、何か出来る事無いかな~って思ってさ、それで私不破さんの事もっと笑顔にさせたいって思ったの!だからここに入ってくれれば、それが出来るんじゃないかって!」
不破さん今も眉間に皺寄ってるし~!と言って不破の真似をするかのようにしかめ面を浮かべる愛…どうやらこの招待は、彼女なりのお礼の気持ちらしい。
人を笑わせる事を生きがいとしている、彼女らしい提案だ。
「…んな俺の事なんざ気にするな。それよりもお前にはやる事あるだろ、まずそっちを何とかしろ。」
「え?うん…分かった、じゃあ行くね。」
だが不破は暫く画面を見つめるや、興味無さげな態度を取って彼女をあしらった。
余計なお世話だっただろうか…と、愛は少々気落ちした様子で、しかし下手に尾を引く事無く言われた通りの事を成す為に不破の下を去っていった。
「全く、余計なお世話だっつの…。」
そして愛の抱いた疑惑を肯定するような台詞を吐きながらも、不破はおもむろに自身の携帯を取り出し、あるサイトを開く。
「こんなもん…。」
画面に写るは、愛トモの会のホームページ。
そこにある入会のボタンを、不破は…。
「…よし。」
飛電インテリジェンス…その社長室で、仕事に一段落を付けた或人が席を立つ。
彼は他の戦士達が学園に集っている中、まずは己の責務を果たしてから合流する手筈を取っており、そしてまさに今その段階へと入った所だ。
時計を見れば、ライブの開催時間まで残り2時間を切っている…すぐに学園へ向かわなければと、或人は手早く身支度を整えて会社を出ようとする。
「社長…少し良いですかな?」
「ん…山下さん?どうかしました?」
するとその道中で珍しい人物から声を掛けられた。
山下 三造…普段は大抵副社長の腰巾着をしており、訳を聞くや「あ、いや大した事では無いんですがね…!」としどろもどろとしている彼が、何故今1人だけで或人と向かい合ったのか…。
「実は副社長から伝言を預かっておりまして…。」
それは福添からのみならず、この会社に勤める社員…果ては彼という人物を知る全員が抱いている想いを、一心に背負って伝えに来たからだ。
「最近、無理をしてないか…と。」
そして伝えられたその想いは、それを聞いた或人の心にストンと落ちた。
「君がまた、何か大きな事件に巻き込まれている事は分かっています。ですが私達では直接君の力にはなれないでしょうから、せめて…気遣うぐらいは出来ないかと、ね。」
君はこの会社の社長なんですから、何かあったら困ります、と…山下はおずおずとした様子で伝えてくる。
そのまま或人の顔色を伺ってみれば、彼は何故かポカンとした様子で呆けており、しかし次の瞬間にははっとして慌てた様子を見せた。
「大丈夫ですよ!心配してくれてありがとうございます…福添さんにもよろしく言っておいてください。」
そして「それじゃ!」と言って或人は足早に山下の脇を抜けて先を急いで行ってしまった。
それは端から見れば、山下からの気遣いをおざなりにしたようにも見え、そして実際その通りなのだろうと山下は深い溜息を吐く。
「やっぱり、駄目ですよね…。」
そう…山下の言葉は、彼の心に落ちたのだ。
どこにも引っ掛かる事無く、残響を残す事も無く、その言葉はストンと彼の中を抜け落ちていったのだ。
彼は決して人の気持ちを無下にするような人間では無い…むしろ本来はその真逆に位置している人間だ。
そんな彼が何故人の心を汲み取れないような行動をしてしまったのか…その理由は、もう分かりきっていた。
「分かっていますよ…君が本当に心配されたいのは…君が本当に励まされたいと思っているのは、誰か…。」
目を閉じ、過去に想いを馳せる山下。
そんな彼が思い起こす過去の中では、或人の側に必ず1人のヒューマギアの姿があった。
かのアズによく似た姿を持つそのヒューマギア…彼女が浮かべる笑顔が、彼の側に居ないが故に…。
山下に出来る事は、悔しい事に何も無かった。
「…付近を巡回させていた隊員達から連絡があった。大多数のマギアに、その先頭をアズ…真っ直ぐこちらに向かってきているそうだ。」
「真正面からだと?んな馬鹿正直な…。」
「小細工など必要無い、という事でしょう。」
ライブ開催の予定時間まで残り10分と迫った頃、虹ヶ咲学園の正門前の通りに並んだ戦士達。
既に或人も合流し、付近の交通規制、近隣住民への避難指示も終えた折にアズ出現の報告が斥候から上がってきた。
やはり開催と同時に仕掛けてくる…来るべき時がすぐそこまで迫ったのだと戦士達はそれぞれ気を引き締める。
「全員分かっているだろうが、今回の戦闘はこれまで以上に熾烈なものとなるだろう。手数は多いに越した事は無い…故にこれを渡しておこう。」
そんな戦士達に今一度発破を掛けながら、天津は懐からある物を取り出す。
戦士達が扱う戦力である、プログライズキーだ。
「これは…。」
「我が社に残っていたプログライズキーだ、有効に使いたまえ。」
天津の手に収まっているプログライズキー…内訳はそれぞれ緑色のハリネズミが描かれた物に、紫色の蜘蛛が描かれた物。
橙色のクワガタムシが描かれた物、そして黄緑色のヘラクレスオオカブトが描かれた物の計4つだ。
「見慣れ無いヤツも混じってんな?」
「当時から既に製作されていたのだが、如何せん使う機会に恵まれなくてな。」
「うっ、僕この蜘蛛のやつヤダ…滅使う?」
「いや、俺はこいつを使おう…使い慣れている。」
「そう言えば前に不破と一緒に雁字搦めにされたとか聞いたな…仕方無い、それは私が貰おう。」
先に天津が用意する物があると言っていたのは、まさにこれの事。
総力戦となろう今回の戦いに合わせて使える物は最大限に使おうという意思の下、順に不破が緑色のハリネズミが描かれたキーを、滅が黄緑色のヘラクレスオオカブトが描かれたキー、最後に唯阿が紫色のクモが描かれたキーを手に取る。
「飛電 或人、君は…。」
「俺は大丈夫です、そもそもいっぱい持ってますからね。」
「分かった、そういう事ならこれは私が使わせてもらおう。」
そして天津が残った橙色のクワガタムシが描かれたキーを預かり、残る戦備は仮面ライダーへの変身を残すのみとなった。
「…来た。」
そして通りの先を見れば、ちょうど向こう側から異形の集団が向かってきていた。
この横幅広い通りを狭しと並び、奥行きは端から数える事を諦めさせる程の数が迫るマギア達。
その先頭を1人歩くアズがやがて立ち止まり、戦士達の前に立ちはだかった。
「待たせたわね。」
「アズ、これ以上好きにはさせない…ここで終わりにする!!」
或人がアズに向けて啖呵を切り、合わせて戦士達もそれぞれ最後の戦備を整えるべく構え出す。
アズも動き出した戦士達を見て妖笑を浮かべると、軽く片手を上げてマギア達へ指示を飛ばす。
今まさに、決戦の火蓋が切って落とされようとしていた。
「いよいよだね…璃奈ちゃん、ネットの方はどう?」
「通知はしました、皆待っててくれてます。」
同時刻、敵は恐らくライブの開始時間と同時に攻めてくるだろうと予想を立てていた通り、先程A.I.M.S.の隊員から或人達が間も無くアズやマギアの大隊と接敵すると伝えられたスクールアイドルの少女達は、安全確保の為に部室で待機する事となった。
ライブの方は機材トラブル等の理由を付けて先延ばす手筈となっており、配信コメントではライブを待ち望んでいる声が多数上がっている。
周りから煙たがられる事も多くなってしまったが、それでも楽しみにしてくれる人達が居る…その人達の為にも、今回のライブは必ず成功させたい。
「でもこんなに人が居たら全然落ち着けませんよ~…。」
「しょうがないよ、私達を守る為だもん…我慢しなくちゃ。」
「でもじっとするしかないっていうのもね~…正直愛さんも身体動かしたいよ~…。」
学園には現在校内外問わずA.I.M.S.の隊員が至る所で配置に着いており、それは少女達の居る部室内も例外では無い。
自分達の身を守る為とはいえ、普段居る10人でも手狭に感じるこの場所にさらに3~4人と追加されると、流石に誰もが窮屈だと実感する。
隊員方も少々申し訳なさそうにしている為、これ以上の事など言える筈も無いが、このまま時が過ぎるのを待つというのはやはり気が収まらない。
下手をすれば自分達の命にも関わる事であるから当然ではあるのだが、それ以外にも…。
そしてそれを体現しているのが、今のせつ菜であった。
「心配?」
「エマさん…はい、実は…。」
せつ菜は窓の外を気にしていた。
そこから正門の様子など見える筈も無いのだが、彼女は或人達の事が気掛かりで仕方がないようだ。
「私の知るヒーロー達は、いつだって勝ち続けてきました…物語の中で、どんな苦難があったとしても…もちろんそれは社長さん達も変わりません。ですが…やはり実際に目にすると、不安に思ってしまうんですよね…本当にここから勝てるのかって…。」
かつての戦いに巻き込まれた時から抱き続けていた想いが、皆の心に浸透する。
創作の上では物語を盛り上げるスパイスとなるやもしれぬそれであるが、現実ではそうもいかない。
この現実では、彼等しか寄る辺が無いのだ。
「だからって、行った所で変わりはしないわよ。」
「えっ!?な、何の話ですか!?」
「どうせ貴方の事だから、近くで応援したいとか思ってたんじゃない?それであの人達の力になれるのならって。」
そして果林が見抜いた通り、それを打開するのに声援を送るというのもまた創作の上でのお約束なだけであり、実際に行えば逆に危険を招きかねない。
自分達にも何か出来ないか…それを模索すればする程、何もしないが最適解となり、歯痒さに居たたまれなくなる。
「気持ちは分かるけど、それは流石に危ないからね~。」
「うわっ、彼方さんどうしたの?」
すると何を思ったか唐突に彼方が侑に抱き付き、そのまま彼女をソファへと連れていった。
「聞いたよ~?侑ちゃん最近お昼寝が趣味なんだって~?なら彼方ちゃんと一緒にすやぴしようよ~。きっと良い夢見られるよ~?」
彼方は侑ちゃん確保~、と上機嫌な様子で彼女の事を離さない。
話の腰を折るような彼女の行動は、実際先程までの空気を曖昧なものとし、皆の視線をその一挙一投足に釘付けにさせる。
元々マイペースな性格の彼方ではあるが、ただそれだけを目的とした行動なのだろうかと。
そしてその真実は、皆がそう予想した通りのものであった。
「最近侑ちゃんが一番危ない目に遭ってるからさ~…一緒にお昼寝してれば、侑ちゃんの事守れるかな~って…。」
静かに呟かれた言葉であるが、その言葉は少女達全員の耳に届いた。
話を振り出しに戻し、自分達は守られる存在なのだと再認し、さすればやはり自分達が取るべき行動は、何もしないの一択となる。
それはここ最近の侑の周りの環境を見れば明らかだ…当時如何なる心境であったかに関わらず、彼女はまず第一に歩夢と共に事件の被害者となり、アズによって命の危機に晒され、そして先日は原因不明の重体となった、その経緯を思い返せば。
「ありがとう彼方さん、でも流石にこの状況でお昼寝はちょっと…。」
彼方だけでない、皆からも心配される視線を向けられた侑は、その気恥ずかしさ故か返事もそこそこに身体に回された腕を退けて席を立つ。
そうやってやんわりと誘いを断られた彼方は、ちぇ~、と少し拗ねた様子を見せるも、無理に追い縋ろうとはしない。
「侑ちゃん…。」
それは彼女が追い縋るよりも、より相応しき少女が居るから。
「私も、侑ちゃんの事を守りたい…侑ちゃんの側で、侑ちゃんの事を1人になんてさせないから…。」
侑の手を取る歩夢。
その力は決して強くなく、しかし真っ直ぐに見つめてくるその瞳からは、決して侑の事を離さないという強い意思を感じる。
束縛とも捉えかねないその意思の強さは、やはり度重なって降り掛かる侑への危機に、心を苛まれているから。
「だから侑ちゃんも、1人でどこかに行ったりしないでね…?」
例え目の前に居たとしても、伸ばした手が届かない事だってあるのだから…。
「…ありがとう歩夢。そうだね、1人になんてならないよ…絶対に。」
分かっている…自分とて、この命を無為に散らしたくなど無い。
歩夢だけでない…皆から想われ、そしてその皆にも言える に、侑は頷きを返す。
「(1人になんて、か…。)」
その胸に、たった1つの気掛かりを残しながら。
【 ゼロワンドライバー! 】
【 ショットライザー! 】
【 フォースライザー! 】
【 スラッシュライザー! 】
【 サウザンドドライバー! 】
「(私は…。)」
侑の中で呼び起こされる、かつての記憶。
―決して彼女が恐れるような事にはならないと誓いながら、侑は歩夢に背を向けその場を後にし…。
―歩夢の呼び声も受け流し、侑はそのまま部屋を出ていってしまい…。
【
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「(私はそれから…どうしてたんだろう…。)」
そう…侑にとって1つだけ気掛かりだったのは、ここ最近の自らの行動について。
皆から居なくなったと騒がれているその間の記憶が…実は抜け落ちている事。
皆から離れた後、気が付けば体育館の外に居たし、気が付けば病院のベッドで寝ていた。
まるで夢遊病のように、まるでスイッチが切り替えられていたかのように。
まるで…高咲 侑という意識を奪われ、別の"ダレか"に身体を明け渡されていたような…。
それは杞憂か、或いは気付きか。
気付きとして、それは果たして気付くべき事だったのか。