仮面ライダーゼロワン ―We are Dream―   作:私だ

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Program.6「変わり始めた世界」

「前の襲撃から今日で1週間、今の所は問題無し…っと。」

 

 或人達が少女達の護衛を始めて、今日で1週間。

 少女達の活動、及び下校時に必ず1人は戦士が付き添っている為か、今の所はマギア達の襲来は無い…至って平和な時間が過ぎている。

 そんな中或人は今日も虹ヶ咲学園へと足を運び、少女達の下へと向かっている。

 既に1週間ほぼ欠かす事無く通い詰めている為か、すれ違う生徒達からもそう注目を集める事は無くなった…これならもう縄に付けられて校内を引き摺り回されるなんて事にはならなさそうだ。

 しかし一方で先の事件を起こしたのが暴走したヒューマギアである事を理解している生徒も居るらしく、事業主たる自分に向けて時折懐疑な視線が向けられているのを感じる。

 そう、かの暴動で影響が出ているのは虹ヶ咲のスクールアイドル達だけではない…この学校に通う生徒達もまた、いつ自分達が襲われるやもと神経が尖っているのだ。

 その視線を、或人は否定しない…その考えは至極最もだと身体に受け止め、心に刻み込む。

 この事件を早期に解決する事が、この学園の生徒達に手向けられる最善の回答と思っているからこそ…。

 

「お…。」

 

 そう決意を固めていると、通りの向こうにスクールアイドルの少女達、その幾人かの姿が見えた。

 もはや見慣れたと言って過言ではないその少女達に向けて、或人は気さくに声を掛ける。

 

「皆。」

「社長さん、今日もお越ししていたんですね。」

「或人で良いよ。今日はもう不破さんが来てる筈だけど…人が居るに越した事は無いだろうしね。皆はこれから部活?」

「そうですね、今は少し私事に付き合ってもらっていて…。」

 

 そこに居たメンバーは、菜々、しずく、果林の3人。

 まだ1週間程度しか関わりを持っていないが、それでも珍しい組み合わせだなと思っていると、どうやらしずくの私用に菜々と果林の2人が付き合っていた模様。

 してその私用とは何なのかと少し気になっていると…。

 

「寮よ。寮で生活するならどこの部屋が良いとか、そういう話し合い。」

「あ、そっか。寮生活も考えるって言ってくれてたっけ…大丈夫?無理してない?」

 

 それは1週間前にしずくが口にしていた寮生活についてであった。

 今回の事件を重く見て彼女自身が提案したそれに対し、生徒会長たる菜々と既に寮生活をしている果林から話を伺っていたようだ。

 しかし今回の件に対して真摯に居てくれる姿勢は嬉しい限りだが、彼女にも彼女なりの事情というものがある。

 それまで定着していた生活を、一時的であろうとはいえ手放す事が彼女にとって負担にならないかどうか…或人は話を聞いて、それが気掛りとなった。

 

「いえ、無理だなんて事は。ただ…。」

 

 実際それはしずくも言われずとも思っている事だ。

 家族との団欒、愛犬との触れあい…他にもしずくの中で普段通りであった事が、そうでは無くなる。

 それを押してまでという状況であるからこそ自ら提案した事ではあるが、やはりそれが一抹の不安となっている事は否めない。

 だがしかし、しずくにはそれ以上に気掛りとなっている事が1つあった。

 

 

 

 

「家族には今起きている事、伝えておいた方が良いんでしょうか…?」

 

 

 

 

「…!」

 

 それはしずくのみならず、他の少女達にも言える事であった。

 

「寮に入る言い訳は幾らでも思い付けますけど…やはり家族に嘘を付くというのは…。」

 

 今回の事件は、未だにその詳細が掴めぬ。

 故においそれと他者に情報を漏らすというのは迂闊で良くないという事は、少女達も良く理解している。

 しかし、だからこそ最愛の家族にさえその事情を打ち明けられず、あまつさえ真実から遠ざける狂言を回さなくてはならない現実に、彼女達は心を痛めているのだ。

 

「それは…任せるよ。どうしても伝えたいって思うのなら、無理せず伝えた方が良い。」

 

 だからこそ、或人は明確は答えを出せなかった。

 仮にも自分の命が賭かっているのだからそのような事を気にする必要など無いと思う反面、その心を無下にしたくないとも思ったからだ。

 自己よりも他人を優先しようとするその心を、純粋で優しいと…そう感じたから。

 

「大丈夫…皆の家族も、俺が守るから…。」

 

 これは本来ならば彼女達が背負わずとも良かった負担。

 ならばその負担を失くすには、やはり今回の事件を早く解決するに限る。

 或人はそう、今一度己の心にその決意を刻み込んだ。

 深く、深く…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~~~………。」

 

 同時刻、スクールアイドル同好会部室。

 10人以上入ってようやく少し手狭かと感じられる広さを持つこの部屋を、かすみが吐いた溜め息が支配する。

 

「おぉ~…何かすごい溜め息だね、かすかす?」

「"かすかす"じゃ無くて"かすみん"ですよ!」

「もしかしてかすみちゃん疲れてる?膝枕してあげようか?」

「まだ練習もしてないのにどう疲れるって言うんですか…でもそれはそれとして膝枕はお願いします。」

「…何だかいつものかすみちゃんらしくない?」

「べぇつにぃ~~~………。」

 

 そんな普段の彼女からはあまり想像出来ない姿に茶化したり甘やかしたりしてそれとなく訳を聞こうとするも、彼女はごろんと横になって以降その先を口にしない。

 

「ただ…気が抜けないなぁ~…って。」

 

 …と思われたが、彼女はエマの膝の上で横になった状態でぽつりとその胸の内を溢した。

 

「ただでさえ普段の練習でいっぱいいっぱいなのに、その上こんな事になるだなんておちおち気が休まらないですよぉ~…。」

 

 彼女の言うこんな事とは、暴走したヒューマギアに狙われている今の状況に他ならない。

 そんな状況になって気が休まらぬのは他の少女達も同様ではあるのだが、かすみは特にその状況に不満を募らせている。

 

「確かにそうかもしれないけどさぁ~、かすかすは少し気にし過ぎじゃない?大丈夫だって!ほら、何かあったら社長さん達が何とかしてくれるって!」

「愛先輩はお気楽過ぎますよ!ヒューマギアはそこらの厄介ファンとは違うんですからね!…って、だからかすかすじゃないですってば!」

 

 学生たる彼女達にとって、学校とは自宅よりも長い時間を行動する生活の要となる場所…安心安全は確保されていなければならない。

 だというのに何の前触れも無く突然マギアに襲われた事実が、彼女の中で安息を吐ける場が何処にも無いのではと心を逸らせ、普段の練習中も周囲が気になって仕方が無いというのが今の彼女の現状だ。

 

「かすみちゃんの言う事も分かる…けど、私達じゃどうしようも出来ないし…。」

「だからってりなりーもりなりーだよ!ヒューマギアなんて何考えてるか分からないし、そんなの信用してるあの人達なんてそれこそ何考えてるか分かんないですよ!」

 

 おまけに彼女の中ではヒューマギアを庇護する或人達の事もそう良くは思えない存在であるらしく、つい愚痴の矛先が彼等へと向かう。

 どんな物事に於いても、彼女は人一倍の隠れた努力家だ。

 努力して解決出来る物事であればこうも口を悪くさせる事は無かっただろうが、そうではない事だというのが彼女の中で一番の募りとなっているのだろう。

 

「おい、思ってる事を口にするのは構わないが、一応俺が居るって事を忘れるなよ?」

 

 だからと言って、口が過ぎるという言葉もある。

 それを示したのは、それまで部屋の端の方で黙ってショットライザーの調整をしていた不破であった。

 

「ひぇっ!?い、居るの忘れてた…う、嘘ですよぉ☆かわいいかわいいかすみんがぁ、そんな酷い事思ってる訳無いじゃないですかぁ☆」

「………。」

「ぴぃぃぃ!?目が、目が怖いぃぃぃ!?」

 

 完全にその存在を失念していたかすみは慌てて損ねてしまったであろう彼の機嫌を治すべくいつもの調子(ぶりっ子演技)を取るが、不破が向けた厳つい視線にかすみは大いに縮こまる。

 まぁ不破としては単にかすみの仕草に呆れているだけなのだが…。

 

「ごめんなさい、かすみちゃんも本当に悪気があって言った訳じゃなくて…。」

「いや、別に良い。俺も昔はそんな感じだったしな。」

 

 そんな無駄にガタガタと震えているかすみに代わってエマがちゃんとした謝罪を示すと、不破は気にしていないと言って作業に戻る。

 しかしその一言、その最後の部分が少女達の中では意外な事実だと写り、少女達の視線が不破へと集まる

 その視線から彼女達の思考を感じ取ったのか、不破はライザーの調整をしながらも続きとなる言葉を連ねていく。

 

「確かにヒューマギアはどこまで行っても人間じゃねぇ…何考えてるか分かんねぇなんて事はザラにある。」

 

 そして不破はでもな…と言い、ライザーをあらぬ方向へと構え…。

 

「あいつらはクソが付く程真面目なんだよ。いや、純粋って言った方が正しいかもな…自分の本分を全うする為に、人間の役に立とうとする為に、自分に向けられる全ての情報を馬鹿正直にラーニングする…まぁ、冗談が通じないんだ。」

 

 引鉄を引く。

 カチン、という撃鉄の音が室内に響き、そしてそれを最後に調整が終わったらしく、不破はライザーや調整の為の部品を片付ける。

 その間も少女達の視線に応えようと口を閉じず、やがて全て片付け終えると、彼は一身に向けられているその視線達を見据える。

 

「ヒューマギアを善にするのも悪にするのも、結局は俺達人間なんだよ。だからヒューマギアに襲われたくないって言うんなら…ヒューマギアを信じるしかねぇ。」

 

 そして最も伝えたい言葉を面と向かって伝える。

 ヒューマギアは確かに得体が知れないかもしれないが、彼等は元来人間の生活を手助けするために造られている存在だ。

 決してヒューマギア個人が何の理由も無しに人を襲う事は有り得ない…彼等が暴走するのは全てラーニングした物事による結果だ。

 そしてそのラーニングをする物事というのは、側に寄り添う事情…彼等を欲し、故に彼等を側に置く人間に委ねられている。

 ヒューマギアを敵とするならば、それは他ならぬ自らが敵を生み出しているという事なのだ。

 だからヒューマギアが敵として現れない事を望むのであれば、ただその存在を貶すだけでは何の解決にもならない。

 ヒューマギアという存在を善と認め、そういう存在となるよう率先してラーニングさせるしかない。

 

「…でも、何か納得出来ません。」

「それならそれで構わねぇ。ヒューマギアとどう向き合うかは人それぞれだ…お前なりに結論を出せば良い。」

 

 不破はそう言って、少し外の空気を吸ってくると部屋を出る。

 彼の言った結論という言葉…きっとそれを抱える、抱えなければならない程には、これから自分達はヒューマギアと関わっていくのだろう。

 その事実が、今までの自分達が故も知らぬ何色かに徐々に染められていっているだと改めて少女達に感じさせるのであった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま~。」

「お帰り~遥ちゃ~ん、今日も1日お疲れ様~。」

「お姉ちゃんこそ、今日もお疲れ様。」

 

 家族に今の事情を話すかどうか…その問題を抱えているのは、少女達全員がそうだ。

 そしてその問題をより顕著に抱えている者が少女達の中に1人居る。

 

「遥ちゃん、ライブの練習はどう?順調かな?」

「うん、今度のライブも絶対に成功するよ!」

 

 近江 彼方、彼女には2つ下の妹が居る。

 "近江(このえ) (はるか)"という名のその少女は彼方と同じく虹ヶ咲学園…ではなく"東雲学院(しののめがくいん)"という学校に通い、そこでスクールアイドル活動をしている。

 そしてその成果を披露する時がもうすぐとなっているのだ。

 

「………。」

「…お姉ちゃん?」

 

 故に彼方は言葉を詰まらせ俯いてしまう。

 次のライブは必ず良いものになると…そう喜んでいる遥に何か言葉を掛けてやらねばならぬのに。

 

「…何でもないよ。ライブ、お姉ちゃんも応援に行くからね。」

 

 彼女の笑顔を失わせたくない。

 その為に、自分はどう振る舞えば良いのだろうか?

 しかしその答えは、彼方には終ぞ見えなかった…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒューマギアの暴走、ですか…。」

「あぁ。お前が掴んだ学園での暴動の情報…飛電の社長が当事者として関わっていたらしくてな。犯人は暴走したヒューマギアだったらしい。」

 

 A.I.M.S.本部。

 唯阿の前に居る端正な顔立ちをして中性的な印象を受けるそのヒューマギアの名は、"(なき)"と言う。

 そう…唯阿が或人に言っていた、未だ世間に公表されていない今回の事件についての情報を独自に入手した部下というのは彼女の事だ。

 

「その暴走したヒューマギア達の狙いは、スクールアイドルと呼ばれる存在…。」

「あぁ。どこまで核心に迫っているかは分からないが、重要なワードである事は間違いないな。」

 

 唯阿はそんな亡に情報提供の感謝と、その先で起きた新たな事実を語っていく。

 その事実に、暫し思考に耽る亡。

 亡は同じヒューマギアとして、彼等がそれぞれに掲げる夢を尊重している。

 彼等の掲げる夢の手伝いをしたい、彼等の夢を叶えたいと…。

 その為には出来るだけ人間と共存する道を選んだ方が好ましい、というのが亡の信条であり、AI犯罪抑制を生業とするA.I.M.S.に所属しているのも、その一環でより多くのヒューマギアに自らの信条を伝え示す為だ。

 だからヒューマギアが暴走し、人間を襲ったという事実は、亡の胸内を強く痛める事実だ。

 話を聞くにプログライズホッパーブレードによる修復も不可能であったらしく、それがさらに亡の心を締め付ける。

 破壊されたヒューマギアにも、きっと夢があったろうに…果たしてどんな理由で暴走を引き起こしたのだろうか…。

 

「…唯阿、これを。」

 

 人の観点からして見ても、ヒューマギアの観点からして見ても、これ以上同じ事は繰り返してはならない。

 故に亡はおもむろに机の上のパソコンを操作し、ある情報を掲示した。

 

「これは?」

「ここ1ヶ月分の警察の捜査記録です。調べてみた所、この1ヶ月の間で特定条件下に於ける殺人事件が増加しているみたいです。」

「特定条件下?」

 

 都内一帯が画面に表示されている中、亡が目ぼしいと判断した事件記録がピックアップされる。

 そしてそれらの詳細を見てみれば、彼女が言いたい事が自ずと判明する。

 

「その特定条件下に於いて、被害者は15から18歳までの女子高校生に限定されているんです。」

 

 そう…死因こそ様々であるが、記録に記載されている被害者は何れもうら若き少女達。

 さらにその死因もよく見てみれば、鋭利な刃物による頭部の切断(ベローサ)、高所からの落下(オニコ)、強力な索具を用いた絞首(ネオヒ)、果ては爆発物(ガエル)を用いたものと、一見バラバラに見える事件も、彼女達の中でその事件を起こしたのが共通犯(マギア)であると連想させる。

 

「まさか…この少女達全員がスクールアイドルだと言うのか?」

「分かりません、そこまではまだ調べていないので…ですが今の状況を考えれば、そうと言って差し支えは無いでしょう。」

 

 これらの事件は亡も唯阿から話を聞くまでは少し違和感を感じる程度の認識だったのでそれ以上の事は現状分からないが、情報収集を得意とする亡の手に掛かればすぐにもでも判明する事。

 ならば他にも何か彼女に目を向けて欲しい事はないかと唯阿が画面を凝視していると…。

 

「そう言えば…やけに捜査が止まっているのものが多いな。」

 

 ふと、それらの事件全てに於いて捜査状況が停滞している事実が目に付く。

 捜査の開始から少なくとも1ヶ月は経過している現在でも解決している事件は1つも無く、果ては早々に捜査打ち切りとなっているものまで。

 現状未解決ならともかく、たった1ヶ月でその前詞を払った未解決とするなど、いくらなんでも早すぎる…普通なら有り得ない話だ。

 

「決して警察も動いていない訳では無い…ですが、どうやら多方面から圧力を掛けられ、思うように捜査が行えていないようです。」

 

 さらに亡から与えられた情報に、唯阿は戦慄を覚えた。

 それが事実なのだとしたら、既に警察組織がこの事件を引き起こしている何者かの手に掛かっているという事なのだから。

 

「少なくとも確かな事は、ここ1ヶ月の間で女子高校生を対象にした殺人事件が多発している事。そしてそれらの事件の捜査が圧力を掛けられて困難となっている事です。」

 

 私はこれからより詳しくこれらの事件を調べていこうと思います、と言う亡の言葉に、唯阿は黙って頷くしかなかった。

 まるで気付かぬ内に動き始めていた事態が証明した、相対している存在の底知れなさをひしひしと感じながら…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ところで亡、お前この情報どうやって手に入れたんだ?」

「…秘密(ハッキング)です。」

「…後で始末書だな。」

「8枚でお願いします。」

「じゃあ10枚だな。」

「お手柔らかに…。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ…。」

 

 部活も終わり、家に帰り、ご飯も食べてお風呂にも入って、特に何事も無く今日1日が終わりそうだと、歩夢は自室の中で一息吐く。

 特にやる事も無いので今日はもう寝ようかと思い至り、部屋の電気を消そうとすると、携帯に見知った者からの通知が届いた。

 

 

 

 

-ちょっと話さない?

 

 

 

 

「侑ちゃん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「歩夢。」

「侑ちゃん…。」

 

 部屋の窓からベランダに出て横を見ると、そこには同じ様に外へと出ていた侑と目が合う。

 彼女もこれから寝ようとしていた所だったのだろうか…その姿はいつもツインテールに纏めている髪をほどいた寝間着の状態だ。

 

「どうしたの、こんな時間に話って…?」

 

 それだけ寝る準備を整えていながら、一体今から何を話そうと言うのか?

 ただの会話であるならば明日にでも…と思っていると、侑はちょっとね、と言って身体ごと歩夢の方へと向かい合わせる。

 

「最近の歩夢、何だかずっと元気無いなぁ…って。」

 

 文字通り真正面から告げられた一言。

 その一言を受けて歩夢は思う所が有るのか、それまで合わせていた視線を落とした。

 

「やっぱり気になる?周りの事。」

「逆に侑ちゃんは気にならないの?いつまた襲われるかも分からないのに…。」

「もちろん気にならない訳は無いよ?でももし何かあっても、社長さん達が何とかしてくれるって分かってるから。」

「…信じてるんだね、あの人達の事。」

「そりゃ少しは成り行きでって感じはあるけど、どうせ信じるなら思いっきり信じたいじゃん?」

 

 予想していた通りの心境であった歩夢はさらに会話を続けていくと、小さな溜め息と共にベランダの手すりに身体をもたれさせる。

 そしてそのまま思う所を見破った侑に、幼馴染みたる彼女にしか見せないであろう不安な姿をぶつけていく。

 

「大丈夫だよ歩夢…こんな事、すぐに終わるよ。またいつも通りの生活に戻るって。」

 

 そのような曇った姿をこれ以上見たくないから、侑は時間を問わずに話をしようと言ったのだ。

 彼女に笑顔を取り戻して欲しいと…だから侑は前向きな発言を繰り返す。

 フェスも2回目をやろうって話になってるんだし!と言って明るい表情で夜空を見上げる侑の姿は、もしかしたら若干必要以上の前向きさかもしれない。

 

「…そうだね。」

 

 でもその彼女なりの気遣いが、歩夢は嬉しかった。

 嬉しかったからこそ、同じ様に空を見上げる己の心境を、彼女と同じ様なものには出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(でも…もしその中で侑ちゃんに何かあったら…。)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その先の言葉は、辛うじて心に浮かび上がる事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女達を下校まで見届けた後、ライズホッパーを駆って会社へと戻ってきた或人。

 ヘルメットを脱いだ彼は、しかしバイクから降りようとせず、その場で物思いに耽ってしまう。

 

 

 

 

―家族には今起きている事、伝えておいた方が良いんでしょうか…?

 

 

 

 

 失念していた、とは言えなかった。

 家族への心配をするなど、人として当たり前の事では無いか。

 だが或人には、それを忘れていたと言えてしまう要因があった。

 

「(俺にはもう、身内って言える人が居ないからな…。)」

 

 飛電 或人には家族が居ない。

 祖父も、祖母も、父も、母も、随分と前にこの世を去っている。

 それからお笑い芸人として日々を過ごし、飛電の社長として日々を過ごし、仮面ライダーとして日々を過ごし…。

 そんなめくるめく毎日に対応すべく、或人は家族と過ごした幼い日の思い出を、知らぬ内に心の奥へと押しやっていた。

 そしてそれが出来る程には、今の或人の中でそれらの記憶は意味を成していないものであった。

 毎日を生きるのに、そんな感傷に浸っている暇は無い…ただ、ただ、目の前の事に必死だった。

 しかしふと足を止めてみれば、その感傷に浸る所か呑み込まれ、或人の心を溺れさせる。

 

「(皆、家族の事が大事なんだな…。)」

 

 彼女達がそう言うのは、家族の事を信頼し、愛しているから。

 そして向こうもそう思ってくれていると分かっているからこそ、それに応えるべく嘘偽り無い姿で在りたい。

 

「(守りたいもの、失いたくないもの…。)」

 

 或人はあの時、曖昧な答えしか返せなかった。

 今思い返せばもう少し気の効いた答えを返せただろうかと考えてみるが、それは無理だろうという結論に至った。

 人として最愛たる筈の記憶を心の奥底にしまい込んでいた自分に、一体どんな答えが出せると言うのか。

 いくら言葉を並べた所で、それは中身の無いものとなってしまうだろう。

 

「(俺には、もう…。)」

 

 家族との記憶を蔑ろに、そして家族同然に接してきた"彼女"さえ失った自分では…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ、社長。」

 

 と、そんな物思いに耽っていた或人は聞こえてきた声に反応して意識を現実へと移す。

 そのまま掛けられた声の主を探るべく辺りを見回すと、こちらへ向かって歩いてくる者の姿を目で捉える。

 耳に付けているモジュールからヒューマギアだという事が分かる、目の覚めるようなオレンジ色のツナギを着たその者の正体は…。

 

「兄貴!どうしてここに?」

 

 飛電インテリジェンスに所属する宇宙飛行士型ヒューマギア、"宇宙野郎(うちゅうやろう) 雷電(らいでん)"であった。

 或人にとっては非常に面識の有るヒューマギアであるが、それ故に彼がここに居る用事が分からず首を傾げる。

 すると雷電は或人の乗るライズホッパーを指差す。

 

「仕事だよ、それの回収にな。」

「あ…ごめん、わざわざ取りに越させちゃって…。」

「全く、社長の公用品の扱いの荒さは相変わらずだな。」

 

 実はこのライズホッパー、元々は宇宙に上がっていた衛星ゼアに逐一格納をしていたものであり、その搬入作業を担当していたのがこの雷電なのだ。

 ゼアが無くなった後もライズホッパーの管理は彼が担当しており、ここに来たのもその一環だ。

 それを失念していた或人からの謝罪を、雷電は笑って受け流す。

 と言うのもここに来たのは仕事の一環と述べたように、彼としてはこの先の話の方が重要だからだ。

 

「話は亡から聞いた…またコソコソと動き回ってる連中が居るらしいな?」

「…まぁ、まだどんな事件なのかはっきり分かってないんだけどね。」

 

 ライズホッパーを雷電に託し、格納庫までの道を共に行く或人。

 折角平和になったっていうのになぁ…と言う雷電の台詞が、全く以てその通りだと胸に刺さる。

 どうしてこうも争いの種が無くならないのか。

 ヒューマギアを悪用しようという考えさえ無ければ、誰もがこんなにも辛い気持ちにならないというのに…。

 そうして押し黙った様子から察したのか、雷電は別れ際に或人に向けて思う所を口にする。

 

「何かあったら呼べよ?力になる。だから…そうやって1人で背負い込もうとするな。」

 

 お前の側には、お前の事を信じてる奴等が山程居るんだからな?と…そう言って雷電は格納庫の中へと消えていった。

 

「…ありがとう、兄貴。」

 

 或人はそうやって声を掛けてくれた雷電に感謝を告げる。

 しかしその声色は、どこか虚しさを覚える。

 自分を信じてくれるという者達を、今の自分は同じ様(大切な存在)には見れないと欠片でも思ってしまったから…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 路地裏…それは街と呼ばれる場所ならばどこにでも存在する世界。

 表通りからの光が届きにくいその場所は、時に曰くと呼ばれるものが付けられる場所となる。

 そして今日もまた、とある街の路地裏がそのような現場となっていた。

 

「また1人犠牲者が出たか…。」

「これで僕達が確認しただけでも16件…でも、実際はもっと被害が出てるだろうね。」

 

 2人の男の会話が路地裏で交わされている。

 彼等の目の前には、誰も近寄らないこの路地裏の闇に溶け込ませようとしているのだろうか…乱雑に置かれたゴミの山、その中から人の手足がはみ出ている。

 少しゴミを退かせば、その手足の正体がマネキン等の類いでは無く、既に事切れている人間のものであると分かる。

 それだけ分かれば、2人にはこの遺体の大まかな情報が分かる。

 遺体の年齢は15から18、そしてこの遺体は生前…スクールアイドル活動をしていた筈だ。

 

「そろそろ皆の力を借りないといけないかもね…。」

「あぁ、だが今は次の現場となるであろう場所を特定しなければならない。」

「今までの現場と、一帯の直近のイベントを加味すると、次の現場になりそうなのはやっぱり…。」

 

 2人は警察へ匿名の連絡を行い、その場を後にする。

 情報自体はどうせ無駄になるであろうが、あの遺体をそのまま放っておく訳にはいかないだろうという彼等なりの優しさだ。

 そんな彼等の次なる行先は…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虹ヶ咲学園スクールアイドル同好会、だろうな。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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