銀河英雄伝説 ファニー・ウォー   作:ブッカーP

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 失敗に終わった、南軍のアムリッツア要塞破壊作戦。ヤンは、同盟大使館に届けられた秘密報告書を読むことになる。そこには、同盟軍内部の闇、その一部が綴られていた。


第十一話 薔薇の騎士

 

宇宙歴798年3月20日──

 

 暑さ寒さも彼岸まで──ではないが、フェザーン行政府もようやく最高気温は20度を少しばかり超えるようになり、最低気温も10度近くまで上がってきた。つまりは、春の到来である。

 

 ヤンとしては、フェザーンで初めて過ごす冬は散々なものだった。冬の嫌な記憶は、寒さと共に脳の底に追いやり、春のフェザーンを楽しみたかった。フェザーンのセントラルパークでは桜がそろそろ開花する頃で、それを見に沢山の観光客が訪れ、野外パーティーも開かれるそうである。

 

 ただ、今のヤンは業務中なのでデスクに座って書類を読むことを強いられている。頼りになるフレデリカ・グリーンヒル中尉も、ここにはいない。同盟への亡命者が急増しているため、フェザーン郊外に一時収容施設を作ることになったのだった。彼女は、その進捗をチェックし、報告書を作る任務についている。ムライやパトリチェフも、いつものように特殊部隊の訓練所に行ったまま帰ってこない。つまりは、ヤン一人だけというわけだ。

 

「それにしても新しい祖国(ノヴァヤ・ロージナ)とはねぇ……」

 

 ヤンはひとりごちた。『新しい祖国』とは、収容施設のコードネームであるが、誰がそう呼び始めたのかははっきりしていない。同盟の人間か、フェザーンの人間かも分かっていない。多分、帝国の人間ではないだろう。

 同盟への亡命者が急増しているのは、最近の北軍の攻勢によって、難民が急増しているからで、そして、南朝がそういう状況を座視しているからである。別に彼等、彼女等だって祖国を捨てたいから捨てている、そう決まっているわけではないはずだ(もちろん、積極的に捨てたい人だっているだろうけど)。

 

 そんな人々を一時収容するキャンプの名前としては、なかなか皮肉が効いているというかなんというか……そういう気がしてならないのである。

 

 

 

 コミュニケータにAIからの着信が入った。ヤン宛に来客があるとのことである。驚くべきことに、その来客はドワイト・グリーンヒル中将であった。

 

「久しぶり、と言うべきかね」

 恐縮するヤンに対し、グリーンヒル中将はそう言った。最近のグリーンヒル中将は、同盟軍の各管区を飛び回って過ごしているそうである。宇宙艦隊の要である総参謀長らしくはない振舞いである。だが、何年か一度に行われる宇宙艦隊の監査となると、総参謀長がトップで、同盟領全体を駆けずり回ることになる。

 

「ところで、フレデリカはどこに居るのかね」

 

「フレデリカ?」

 ヤンはもちろん分かっていたが、敢えて知らないふりをした。公私混同と思われると、いろんな所で不都合がある。

 

「??フレデリカといえば……ああ、フレデリカ・グリーンヒル中尉のことだ。ここで勤務しているはずだが」

 

「ああ。申し訳ございません。彼女は、ノヴァヤ・ロージナ難民キャンプ設営作業の手伝いに出ております。今日は戻る予定は……なさそうです」

 

「そうか……」

 グリーンヒル中将はがっくりと肩を落とした。

 

「フレデリカは元気にやっておるかね」

 

「はい」

 

「危険な所に行ってはいないだろうな。怪我はしていないか」

 

「任務の都合上、お伝えすることはできませんが、怪我はしておりません」

 いや、貴方は報告を受けてるんじゃないですか。ヤンはそう言いたかったが黙っておいた。カジノの一件に関しては、後にムライから事情説明というか釈明というのはあるにはあったが、ヤンとしては心の中に溜まった不平不満を流し出すのに、ウィスキーの一瓶を必要とした。だがしかし、もし、ヤンがムライの立場であれば、ヤンのような人物を最大限活かすにはどうすればいいか、それを考えただろう、そう思えるのである。

 

「なるほど。いいか、フレデリカに傷一つつけるんじゃないぞ。フレデリカの将来を閉ざしてはならん。ハイネセンで勤務していれば全く問題がないはずなのに、いつの間にかフェザーンへの転属願いを出しおって……そもそも軍隊に入るなど最後まで反対したのに……」

 

 グリーンヒル中将は以後も何かつぶやいていたようだったが、ヤンは聞こえないということにした。なんというか、グリーンヒル中尉がああいう行動に出ることについて、何か分かったような気がした。

 

 もちろん、ヤンは自分の親を知らないわけではなかったが、親が死んで10年以上は経っているし、そもそも貿易商人として多忙だった親に代わり、輸送船の乗組員達が育ての親となっていた。目の前の光景のように、成人しているにもかかわらず、子供に自分の「愛情」を注ぎこもうとする親というのは、ヤンが初めて目にするものだった。

 

「あ、ああ。忙しいところを邪魔したな。それでは、少佐も任務に精励してくれたまえ。もちろん、フレデリカには指一本触れさせないようにな」

 

「善処致します」

 ヤンは頭をかいた。例え、中尉に傷一つつかなかったとしても、周囲があの調子では精神の方がおかしくなってしまうのではないか。自分の娘がどういう扱いか知っていて、その物言いかい。

 ヤン・ウェンリーは、ドワイト・グリーンヒルがフレデリカ・グリーンヒルを通してヤンに抱く秘めたる感情、それを察知していなかった。それは幸福なことなのかそうでないのか。多分幸福なのであろう。その時が来るまでは。

 

「ところで、だ。少佐はトイレを済ませたかね」

 

「???」

 突然話題が変わったことにヤンは少々混乱した。いえ、自分はトイレに行く必要など──そこまで言いかけて、ヤンはドワイト・グリーンヒルの雰囲気が一変していることに気が付いた。

 

「そうですね。念のため済ませてきます」

 

「よろしい。念のため水も用意してきたほうがいい」

 ドワイト・グリーンヒルの態度に何か察するものがあったヤンは、言われた通りにトイレを済ませた。ついでに、自動販売機でミネラルウォーターの瓶も購入する。

 

 部屋に戻ると、ドワイト・グリーンヒルの姿はなかった。但し、ヤンの机には大きな封筒が置いてある。何かと思って封を破ると、中からは綴じられた紙束が出てきた。表紙には何も印刷されていなかったが、手書きでこう書かれている。

 

 閲覧の後、最高レベルでのシュレッダー処理を行うべし。閲覧中は本文書を放置すること能わず。食事を含め一切の例外を認めず。

 私も中を見ていないのだ ── ドワイト・グリーンヒル

 

 最後の一文にヤンは目を凝らした。総参謀長ですら見られない最高機密?あのグリーンヒル中将が書いているならば冗談ではないだろうが、一体何が書いてあるのだろう?

 ヤンは表紙をめくった。パルプ紙にインクで印字されている文書というのも今時珍しいものだが、この印字品質は恐らく、機械式タイプライターを使用したものだろう(エル・ファシルで大学に通学していた時、昔の本や書類に目を通したときのことを思い出す)。

 

 

 

 宇宙歴797年12月8日、ガイエスブルク要塞──

 

 銀河帝国、南軍の本拠地は、ブラウンシュヴァイク星域に建設されている軍事要塞、ガイエスブルク要塞にある。直径40キロメートルになんなんとする巨大な人工天体が有する防衛力、補給・整備能力、司令部能力はまさに南朝の総司令部に相応しいものである。

 

 その要塞内部にある陸戦部隊司令部区画を、一人の少佐が歩いていた。髪の色、たくわえている口ひげからは中年の印象を受ける。だが、引き締まった体躯は歴戦の勇士を思わせるものがあった。

 

「少佐殿」

 入口の衛兵が少佐を呼び止めた。

 

「何か」

 

「ここから先は総司令部区画となります。面会のご予定とご用件を」

 衛兵の誰何に対し、少佐は目だけ衛兵を睨みつけて言った。

 

「フォン・ラーケン少佐である。装甲擲弾兵総監のオフレッサー大将に面会する。用件は──ここから先を軽々しく口にしてよいのか?」

 少佐のただならぬ雰囲気に圧されたのか、衛兵は後ずさった。

 

「し、少々お待ちください……確認取れました。どうぞお通り下さい」

 衛兵はIDをスキャンすると、申告内容に問題ないことを確認したようで、少佐に完璧な敬礼を行った。ラーケン少佐は簡単に答礼すると、総司令部区画に入っていった。

 

 

 

「フォン・ラーケン少佐、参上致しました」

 総監室に入ったラーケン少佐は、入口で敬礼する。部屋の奥にある執務机にはオフレッサー大将が座っていた。やたらと部屋が広いように見えるのは、執務机、国旗以外に簡素な応接セットしか無く、その応接用ソファーも端に追いやられているため、やたらと広い空間が存在しているからだった。オフレッサーはにこやかに笑いかけると、そのソファーに座れと指し示した。同時にオフレッサーも椅子から立ち上がりラーケン少佐に近寄ってくる。

 

「良く来てくれた。待ちかねておったぞ」

 オフレッサーはラーケン少佐に右手を差し出した。がっしと握手をする──その次の瞬間、左手のストレートがラーケン少佐の顔面を襲った。

 しかし、ラーケン少佐はそれをスウェーで躱すと、いきなりオフレッサーの胸元に飛び込み、握手した右腕を抱える格好で背負い投げを決めた。どすんと衝撃音が総監室に響き渡る。

 

 慌てて外から警備兵が入ってきて、ラーケン少佐にライフルの銃口を向ける。ラーケン少佐は両手を上にあげて抵抗する意志がないことを示した。しばらくしてオフレッサーが立ち上がり、衛兵達に銃を下ろすように言う。

 

「ですが総監閣下……」

 

「何度も言わせるな。しばらく外に出て、誰も中に入れるな」

 そう言われて、衛兵は慌てて室外に逃げ出していった。もちろん、ドアを閉めることは忘れない。

 

「事前に分かっていると思ったから、ハンディキャップをつけさせてもらったのだがな」

 

「あれを避けられないようでは、格闘術のプロとは言えませんな。オフレッサー大将閣下。それに、抵抗もなくすんなりと投げられたのは、自分がそうしてくることが分かっていたのではないのですか」

 

「ふん。ただ、殴り合いをしたいがために貴様を呼んだのではないことは確かだ。ワルター・フォン・シェーンコップ中佐。そこにかけろ。今度は殴ったりはしない」

 

 

 

「で、どうだったんですか」

 自室に戻ったシェーンコップに、既に部屋に居たカスパー・リンツ少佐が声をかけた。シェーンコップの部下であり、信頼できる副連隊長である。

 

 話を少し戻すが、ワルター・フォン・シェーンコップとその部下ほど、奇妙な運命の下にある兵士達は稀であろう。彼等は南軍の本拠地に居るが南軍の軍人ではない。自由惑星同盟軍の軍人なのである。

 

 薔薇の騎士(ローゼンリッター)連隊──

 

 それは二十年ほど前に設立された、自由惑星同盟軍の陸戦部隊である。連隊という名前の通り、単独で陸戦任務に従事できる能力を持つ。この連隊の特徴は、隊員はいずれも帝国からの亡命者あるいはその子弟という経歴を持つところにある。

 

 ダゴン星域会戦以降、銀河帝国からは途切れなく亡命者が流れ込んでいた。来るものは拒まずという精神により、同盟は亡命者を受け入れていたが、その亡命者達から軍務を希望する人間が出てくるようになった。当初、同盟政府は政治的信頼性等の理由から、その希望を拒絶していたが、軍での勤務を希望する声は次第に強くなり、政治的圧力も増すようになった(これは政府と対立関係にあることの多い、人権団体のバックアップもあった)。

 

 ティアマト会戦以降、同盟は士官学校の入学希望者、それも生まれながらの同盟市民(つまりは帝国からの亡命者の子弟のみ)について入学を認めることになったが、すぐに兵下士官の入隊も認めよ、という声があがった。

 

 最終的に同盟はそれも認め、亡命者本人の入隊も認めることになるのだが(但し、亡命して十年以上という規定があるため、子供や若年の時に亡命しないと入隊は難しい。その他にもいろいろ制限がある)、同盟に平和が訪れ徴兵制が停止されることにより、人員不足に悩むようになった同盟は、この亡命者に目をつけるようになった。

 

 亡命者とその子弟で構成する部隊を編成しようということになったのである。自由と民主主義をアピールし、入隊志願者を増やすためのロールモデルを作るのが目的だった。検討が行われ、陸戦部隊ならば部隊編成が比較的容易であるという結論が出た(宇宙艦隊の場合、人員、必要とされるスキルの多様性で無理がある)。

 

 こうしてローゼンリッター連隊は編成されたのだが、事はそう簡単には運ばなかった。

 

 帝国の専制政治に耐え兼ね、自由と民主主義を求めて同盟に亡命してきたのだから、そんな亡命者達が戦うのは帝国であるはずだ。だが、宇宙歴780年代にそのような戦場は存在しなかった。もちろん、戦場が存在しないわけではなかったが、宇宙海賊や犯罪組織との戦闘が主となった(それすら低減傾向にあった)。

 

 さらに、帝国で内戦が始まってそれなりに時間が経っているということは、亡命者の中ですら分断が生まれているということであった。亡命して同じ同盟市民になったとはいえ、その中には自分の親の仇がいるかもしれないのである。実際ローゼンリッターの中でも、とある兵士がとある下士官の殺害を企て、取り調べたところによると、その下士官が自分の親を乗艦ごと撃沈したのだと主張したのであった(それが事実であるかどうかは結局分からなかったが、兵士の父親と下士官が敵味方として同じ戦場に居たことは確からしかった。但し、下士官はその時最下級の兵士だったし、戦闘後すぐに亡命したことも明らかになっている)。

 

 宇宙歴790年代になると、同盟軍首脳部はローゼンリッター連隊に対し、新たな役割を与えることとした。隊員を選抜し、帝国の内戦へ派遣して実戦経験を積ませたり、情報を収集させることにしたのである。

 

 愚かな決定と言うべきであった。

 

 内戦への介入は、確かに実戦経験を得るまたとない舞台である。だが、帝国に嫌気がさして亡命した人間、あるいはその家族に対して帝国へ行って帝国のために戦え、というのは控え目に見ても倫理的にどうかと思われる命令であった。

 

 事実、この方針が示されてからというものの、転属願いや退役願いが殺到した。所属人員は連隊どころか大隊すら割り込む有様となった。残ったのは、軍隊以外行き場のない人間や、腕っぷしが自らのアピールポイントであると信じる人間、あるいは妙に義理堅い幹部ばかりだった。それでも人員は減り続けている。

 

 シェーンコップはそんな『連隊』の連隊長であった。ガイエスブルク要塞内にあるシェーンコップのオフィスに詰めているのは、副連隊長のカスパー・リンツ少佐、第一中隊副隊長のライナー・ブルームハルト大尉であった。いずれも、シェーンコップが自らの背中を任せるに足る、と判断した猛者である。

 

「ふん。どうにもきな臭い任務だ」

 シェーンコップはそう吐き捨てた。

 

 

 

「卿の任務は、北軍が開発中の新技術について全容を明らかにし、それを奪取することにある」

 

 シェーンコップはむっつりとした表情のまま、オフレッサーの命令を受け取った。もちろん、オフレッサーはにやにやと薄笑いを浮かべながらシェーンコップを見下ろしているが、オフレッサーの場合、目下に接する時は大体こんな感じなので本心がどうかは分からない。あるいは何も考えていないのかもしれない。

 任務は、12月末に行われるアムリッツァ要塞攻撃作戦の中の支作戦、というものだった。アムリッツァ要塞ではとある秘密実験が行われており、南軍による要塞攻撃の混乱に乗じ、その実験の内容とデータを取得すべし、ということであった。

 

「となると、その新技術とやらはここに持ち帰ることができるものですかな」

 

「それは知らん。だが、卿はそれを持ち帰らねばならん」

 

「もし、持ち帰ることができなければ?」

 

「くどい。何が何でも悪逆非道の新技術をここに持ってこい。それが命令だ」

 

 オフレッサーの対応は木で鼻を括るが如しである。というか、オフレッサーにもその詳しい中身は知らされていないのだろう。一体どこの誰がこんな任務を押し付けてきたのか。

 

 しかし、詳しく検討をせずとも困難極まりない任務であることは分かる。敵が隠している秘中の秘について、場所も中身も分からないのにそれを取ってこいというのである。さらに言うと、南軍の攻撃中しか脱出のチャンスはない。ガイエスブルク要塞に匹敵する規模の要塞に対し、ほんのわずかな兵員で「新技術」を探して持って帰らなければならないのだ。

 

 

 

「また、南軍の連中は無理難題言うもんですね」

 リンツが言う。ブルームハルトはむっつり黙ったまま何も言わない。

 

「無理難題はいつものことだ。結局のところ、今のところ我々は傭兵に過ぎん。死んだって泣いてくれる美女すら居ない。いつものことだ。ただどうもな……」

 

「どうも?」

 

「こいつは単独作戦だ。おまけに監視すらつけられていない。盾がわりにするならともかく、勝手にやってこい、というのはどうにも解せん」

 

「手ぶらで帰ってくることも想定のうち?」

 ブルームハルトが初めて口を開いた。

 

「そうだな。成果があればめっけもの。最初から見捨てるつもり、そうなのかもしれん」

 シェーンコップがうなずきながら言った。

 

「だが、契約は契約だ。同盟のお偉方が勝手に結んだものとはいえ、な。だからこそ何もせん、というのはよろしくなかろう。せめてやった振りぐらいはしないとな。リンツ、工兵班にシステムクラッキングに詳しいのが居たろう」

 

「クラッキング……ロスリスベルガーですか」

 

「そうだ。奴を呼んで来い。どのみち、工兵の助けを借りないといかん話だ」

 

 

 

「北軍に対するクラックですか。そりゃ豪勢だ。南軍の連中相手のクラックなど飽き飽きしていたところで」

 シェーンコップの執務室に入ってきた中尉は、概要を聞くなり豪快に笑った。やや太り肉(ふとりじし)の大男であったが、工兵出身でコンピュータシステム侵入が得意という異質な経歴の持ち主であった。名前はロスリスベルガーと言う。フォン・ラーケン少佐という架空の士官データと面会予定データを設定して、まんまとオフレッサーの面会までこぎつけたのは、この中尉の技量によるところが大きかった(もちろん、シェーンコップは変装していたのだけど)。

 

「作戦の要旨については説明した通りだ。中尉には事前調査と、作戦時のクラックを担当してもらう」

 リンツがスクリーンを指し示しながら説明する。

 

「要塞内のどこからクラックするかは決まっているんですか」

 

「情報部の資料によると、該当の情報にアクセスできそうな箇所は5箇所、絞り込んである。問題は、これのどこが当たりか、ということだ。そして、当たりの端末であっても、そこからシステムに侵入して、目的の情報を探り当てなければならん」

 

「難事ですな」

 ロスリスベルガーは脚を組みながら言った。外見からすると、一番階級の低いこの男が、一番偉そうに見える。外見もそうだが、態度がそうなのだ。

 

「そうだ。事前の調査と、現場での操作。後者は限られた時間でやらなきゃならない。できるか」

 シェーンコップの言葉に、ロスリスベルガーはふんと鼻を鳴らした。

 

「無理ですな」

 

 

 

「あん?無理だと?どういうことだ!」

 いきり立つリンツをシェーンコップは手で制した。

 

「そもそも連隊長殿が無理だと思っていることを自分に聞いても、無理なものは無理です。確実にアクセス可能なルートで半日頑張っていいのなら、挑戦してみましょう。ですが、時間的余裕はないのでしょう?その口ぶりからすると、10分とか15分で情報を引き出してこいという風に聞こえます。ならば、無理だと申し上げるしかありません」

 

「きさま……」

 なおも興奮冷めやらぬリンツをどうどうと手で制した。これだけで、ローゼンリッターが過去どんな特殊作戦をやってきたか、ロスリスベルガーのような工兵隊が果たした役割が分かるというものである。それでも、ロスリスベルガーの態度は不遜に過ぎるのかもしれないが。

 

「そうかそうか。では、手ぶらで帰るか。帝国の連中には鼻で笑われるかもしれないが、それは仕方のないことだ。そうだな?」

 

「そうですな。単純に行って帰ってくるならそうなるでしょう。ですが、古来より『人の心を攻めるのは上策で、城を攻めるのは愚策』と申します。ハッキングやクラッキングも同様の原則が当てはまるというものです」

 ロスリスベルガーがにやりと笑った。

 

「策がある。ということかな」

 

「一回限りということでよろしければ」

 シェーンコップの言葉に、ロスリスベルガーはそう答えた。

 

 

 

 アムリッツァ要塞──

 

 アムリッツァ恒星系に存在するこの要塞は、帝国北軍、アムリッツァ方面軍の本拠地であり、重要な整備・補給拠点である。直径40キロメートルの人工構造体は、ガイエスブルク要塞に匹敵するものであり、北軍の最重要拠点である。

 

 元々、この要塞はティアマト会戦における将官の大量損失に伴い、いずれ行われるであろう同盟軍の帝国侵攻に対応するために計画されたものだった。本来は、アムリッツア恒星系ではなく、同盟領の目と鼻の先であるイゼルローン回廊に建造されるものだったとされる。

 

 それがアムリッツア恒星系に存在するのは、建造を命じた当の本人である、銀河帝国皇帝オトフリート五世がそう決めたからだった。見積もりを繰り返すにつれ、コストの高騰を繰り返す要塞建造計画に嫌気がさした皇帝は、要塞建造のコストダウンを命令した。コストダウンの対象は、要塞を自立した存在ならしむる後方支援の機能だった。民間人(軍属)の住居機能、疑似的な都市機能、軍需工場機能、食料生産プラント、いずれもコストカットの対象となった。

 

 結果、要塞をイゼルローン回廊に建設することは不可能となった。要塞は、他のものがそうであるように、近隣に支援可能な惑星がないと維持が不可能な存在となったのである。そのため、イゼルローン回廊近辺のアムリッツァ恒星系に設置されることになり、要塞は「アムリッツァ要塞」と名づけられた。

 

 結果から言うと、この決断は大成功だった。もしイゼルローン回廊に要塞を設置していたならば、同盟軍はその総力を挙げて要塞の占拠または破壊に乗り出していただろう。イゼルローン回廊は、同盟によって監視衛星と機雷がびっしりと設置されており、そこに要塞を設置しても、情報の秘匿が行えない中で防衛するのは、相当に困難だったはずである。それがアムリッツァ星系に要塞が存在することによって、北朝支配下の辺境星域に睨みをきかせることができるようになった。南軍が辺境を荒らそうとすれば、この要塞を拠点とする艦隊が対応可能である。現在は、辺境星域を管轄とする「アムリッツァ軍管区」が設置されており、3個艦隊が駐留していることになっている。

 

 

 

「面会だと?こんな時期にか?」

 

 副官から用件を伝えられた要塞司令官、トーマ・フォン・シュトックハウゼン中将は疑わし気にそう言った。

 

「はっ、シャンタウ軍管区所属の巡航艦『リヒトホーフェン』より通信があり、火急の用件にて、司令官閣下に御目通りを願いたいとのことです」

 

「南の連中が接近していると思われるこの時期に……いや、だからこそと言うべきか。大体、総攻撃だからといって駐留艦隊を根こそぎ攻勢に出すのはあれほど反対したと言うのに……」

 シュトックハウゼンの独り言というか愚痴を聞いている副官は、立ちつくすしかなかった。聞きたいのは、その巡航艦を入港させて言う通りにするのか、はたまた追い返すのかということである。確かに、現在は要塞に攻撃を仕掛ける南軍の部隊が接近中という情報が入っているため、無線通信は制限されているし、入港も同様だ。これを理由に追い返すことは、間違ってはいない。

 

「どうされますか」

 

「その火急の用件について、内容は問い合わせたのか」

 

「問い合わせました。ですが、司令官以外に話すことはできない、と。ですが軍の統帥本部より発行された重大な要件である、と」

 シュトックハウゼンは歯を噛み鳴らした。それでは何も言っていないのと同じではないか。

 

「貴官はどう思うか」

 

「自分……でありますか」

 副官は当惑した。本当ならそんなことは知らん、と言ってやりたかった。シュトックハウゼンは要塞の運営ということに関していえば一流だし、駐留艦隊のケアも十分やっている。だが、突発的な事象に対して適切にマネージするという才能は欠けている、そう思っていた。何でもかんでも規則にこだわり、規則ではカバーできない事態に対応ができなくなる、そういうイメージもあった。

 

「受け入れるべきかと思います。シャンタウからここまで急行してきたことを考えると、補給を要求してくる可能性がありますし、南軍に見つかったら撃沈される可能性もあるでしょう。そうなると、まずい事態になるのではないかと」

 

 副官の言葉に、シュトックハウゼンは重々しくうなずいた。

 

「ならば入港を許可せよ。セキュリティチェックは厳重にな」

 

 

 

「まだ面会はできないのか」

 

「データ照会に時間がかかっている。フォン・ラーケン少佐。こんな時期でなければ、貴艦のデータリンク装置を使えたのだがな」

 アムリッツァ要塞宇宙港の特別区画に巡航艦『リヒトホーフェン』は停泊している。本来ならすぐさま上陸が許可されるはずだったのだが、憲兵隊が押しかけてセキュリティチェックを要求してきたのである。巡航艦側としては、重要な任務なのに待たされる、という事態になっていた。

 

「事は一刻も争うのだぞ。つまらん規則にどこまで拘るつもりだ」

 ラーケン少佐は憲兵隊の隊長に突っかかった。

 

「だが、こちらのデータベースには、巡航艦『リヒトホーフェン』は二か月前のキフォイザー星域作戦にて、任務中行方不明とある。艦長以下フォン・ラーケンという名前も照合できないとある」

 

「だからデータの更新が遅れているだけだと言っているだろう。そんなに照合が重要ならシャンタウ軍管区に問い合わせればいいのに、それが作戦中の無線妨害で出来ないのか」

 

「規則は規則だ」

 

「そうだ。規則のためにIDも渡してある。だが、それでも待たせるというのであれば、こちらはいくらでも待とう。だが、敵がこの要塞を木っ端微塵にしようとしているこの時、くだらん規則に拘ったのはそちらであること、これは覚えておいてもらうぞ」

 ラーケン少佐は隊長を指差してそう言った。しばらくして、隊長のコミュニケータに着信が入った。

 

「もしもし……私だ。何だと!?」

 隊長の顔色が変わった。

 

「分かった。こちらからレムラー中佐に連絡する」

 隊長は通信を切ると、あちこちに通信を入れ始めた。しばらくして

 

「大変失礼しました。フォン・ラーケン少佐殿。今から司令官閣下の所まで案内する」

 

 

 

「南軍がこの要塞を完全に破壊しようと目論んでいるだと」

 

「左様でございます。先程観測された飛翔物体──いや、隕石がその裏付けであります。推進軸後方に、スラスターと思われる構造物があったのでしょう?ならばいずれ、第二、第三の隕石がやってくるでありましょう」

 シュトックハウゼンの大声に、ラーケン少佐は冷静に答えた。シュトックハウゼンの司令室に居るのは、シュトックハウゼン中将に、警備主任のレムラー中佐と衛兵が数名、そして、巡航艦『リヒトホーフェン』のラーケン少佐と、付き添いの大尉二名、中尉一名という構成である。

 

「だがあり得ん。南軍にとって、確かにこの要塞は邪魔ではある。だが、完全破壊は得るものが少ない。そのはずだ。要塞の破壊など非合理的だ」

 アムリッツァ星域は、南軍の支配域からするとあまりに遠すぎ、仮に占拠しても維持がやりにくいというのが一般的な評価である。それなら完全に破壊するべきなのかもしれないが、もし北軍が本気を出し、もっと南軍に近い場所に、同じような拠点を建設されてはたまらないという意見があり、それも却下されている。そのため、要塞の防備が手薄なところを見計らって南軍が攻撃することはあったが、それは全面的な攻撃というよりは破壊工作の範疇に属するものだった。修復に時間と資源をかけさせるという『擾乱攻撃』に終始しているわけだ。だが、ラーケン少佐曰く、今回南軍は、本気でこの要塞を破壊しようとしているらしいのだ。

 

「南の連中が何を考えているか分かりません。ですが、これは確実な情報です。そう簡単にこの要塞が破壊されるとは思えませんが、統帥本部はこの要塞に残地されている機密情報が損傷することを懸念しております」

 

「統帥本部?あのラインフォルトの腰巾着がしゃしゃり出ているというのか。だとしたら、何故オーディンから船を寄越さないのだ」

 シュトックハウゼンの物言いは、いつもピントがずれているな。ラーケンはそう思った。

 

「オーディンからでは間に合わないからでしょう。いずれにしても、飛来してくる隕石が人為的に推進されていることは明らかです。隕石が当たればもちろん被害は甚大ですが、たとえ当たらなくても、後で統帥本部の勧告を無視したことについて、合理的な説明ができるとは思えないのですが」

 ラーケンの返答に、シュトックハウゼンは真っ赤になった。だが、言い返すことはできない。どこまでも官僚主義、規則主義なシュトックハウゼンに対して、統帥本部とかそういう上役を示す固有名詞は覿面なのである。

 しばらく沈黙して、やがてシュトックハウゼンは口を開いた。

 

「分かった。どのデータを渡せばいいのだ」

 

 

 

「随分と外れにあるのですな」

 

「科学技術本部の連中が指定したのだ。要塞の勤務に支障がないように、とのことだが、あれだけの工事をしておいて支障がないというのもな」

 ラーケン以下4名と、シュトックハウゼンが指名した技術士官3名は、アムリッツァ要塞の外殻部にあるAS28ブロックを歩いている。特殊エレベーターと要塞内地上車を使って中継所まで行くこと20分、さらに10分ほども歩いている。

 

「ここだ」

 先頭を歩いていた技術中佐がプレートを指し示した。プレートには「第4予備制御室」と書かれている。IDを通してロックを解除し、中に入る。制御室と呼ばれた部屋は、奥に幅10メートルはあろうかという巨大なスクリーンと端末群があるが、機械と呼べるのはそれぐらいであった。代わりに、机と椅子が所せましと並べられている。但し、机の上には何もない。

 

「一年前から工事を始めて、半年前まで統帥本部技術部門の連中がずっと詰めていた。実験が終わったら早々に引き上げて、このざまだ。実験が成功したのか失敗したのか、それすら教えてもらえなかった。代わりに、この件に関しては他言無用とのこと。だと」

 

「実験データがあるのは」

 ラーケン少佐が技術中佐に尋ねた。

 

「残っているとしたら、ここぐらいだろう。要塞自体の自動観測データは消すわけにはいかないからな。異常がない限り、誰も覗きやしないが。だが、こんなデータは向こうの連中は持っているんじゃないのかね」

 技術中佐は左端にある端末を指し示した。

 

「早々に始めましょう。セキュリティを解除してください」

 リヒトホーフェン側の中尉が端末に近づいた。箱を端末の上に置き、スイッチをオンにしようとしたその時

 

「待て待て」

 技術中佐が大声で制した。

 

「最高機密のデータを無線で移転するのは規則違反だ。ちゃんとストレージケーブルを使いたまえ」

 

「ストレージケーブルですか。そんなものは持参しておりません。超近距離通信でやりましょう」

 

「馬鹿な。シャンタウの連中はそこまで仕事がぞんざいだとはな……おい、待てよそれは……民生品じゃないか!軍規格製品以外の物品を持ち込むとはお前達──」

 その時、後ろで何か物音が聞こえたような気がしたので、中佐は振り向いた。

 中佐が人生で最後に見た光景は、刃を振り下ろすフォン・ラーケン少佐であった。

 

 

 

「準備不足だったな、中尉」

 

「ストレージケーブルなんて今時使っているとは思いませんよ。南軍の連中だって使ってないんですよ、シェーンコップ中佐」

 変装を解いたフォン・ラーケン少佐改めシェーンコップに対し、ロスリスベルガーは反駁した。ちなみに、技術中佐についてきた他の二人は、いずれもリンツとブルームハルトに斃されている。シェーンコップと同じく、首を特殊樹脂の仕込みナイフで一閃、それで終わりだった。

 

「ケーブルさえ持って来ていれば、セキュリティも向こうに解除してもらえただろう」

 

「まぁそうですが、ここには指紋もあるし、虹彩もあります。少々気味が悪いですが、やれるでしょう」

 

「急げ。あまり時間もない。そろそろ例の時間になるはずだ」

 

 

 

 それから三十分後──

 

 アムリッツァ要塞の総指令室に警報が響き渡った。

 

「何だ!」

 

「Aブロックに艦船らしきものが複数、取りついています。これは……南軍の強襲揚陸艦です!!」

 シュトックハウゼンの大声に、オペレーターは負けじと大声で叫び返した。オペレーターが端末を操作し、監視カメラの画像を映し出した。確かに、南軍の紋章である白色双頭鷲が描かれた揚陸艦が、アムリッツァ要塞の外壁に取りついている。

 

「馬鹿な。何故接近を許した!何故何も分からなかった!!」

 シュトックハウゼンの怒声に、オペレーターが慌ててコンソールを操作する。過去データのチェック漏れがないかどうか確認していった。

 

「……何故だ。数分前の画像には何もない。いくら恒星アムリッツァを利用しても、そんなに秘匿して接近できるはずがないのに……なんてことだ」

 

「どうした。整理して報告しろ」

 

「Aブロック方面の監視システムの一部が応答していません。異常が発生した模様!!監視システムが飛来隕石の調査に出払っていたので、二重チェックができず分からなかったのです!!」

 

「故障……だと。何故だ」

 茫然自失状態のシュトックハウゼンは、司令官の椅子にへたりこんだ。何か聞こえたような気がしたが、何も判断する気にならなかった。

 側に居たレムラー中佐は、かぶりを振るとコミュニケータを起動し、陸戦隊本部へ通信を行った。

 

 

 

 第4予備制御室──

 

「まだ見つからないのか」

 シェーンコップが、三度目の質問を行った。いい加減、苛立ちを隠すのにも苦労している。後ろでは装甲服に着替えたリンツとブルームハルトが戦斧(トマホーク)はじめ装備品のチェックをしている。制御室の横にある警備員詰所からかっぱいできたものだった。シェーンコップももちろん着替えている。作業に没頭しているロスリスベルガーだけが軍服姿のままであった。

 

「予想以上にログが多いですね。もう少し時間がかかりそうです」

 

「早くしろ。監視システムのクラックに手間取ったのは分かるが、ここまで来て本命のデータを逃すわけにはいかん。折角、奇跡的に成功したのだぞ」

 シェーンコップの声には焦りも見える。奇跡というのは、戦闘で鹵獲した北軍の巡航艦を使用し、アムリッツァ要塞に潜入する今回の作戦のことを指す。普通ならこんな手が通用するはずがないのだが、南軍が要塞の攻撃を行う情報を流していたこと、シェーンコップ達の言うとおりに、要塞を破壊するに足る大きさの隕石が接近していること、これらの情報により、要塞側の保安担当者がシェーンコップの言うことを信じてしまったのだ。これらは、ロスリスベルガーの献策を基にシミュレーションを重ねて作り上げた作戦だった。まさに、心を攻めることが上策、そういうことであった。

 

「しかし、よく南軍の連中がこんな作戦、乗り気になりましたね」

 リンツがシェーンコップに言った。

 

「まぁ、成功すれば得るものは大きいよな。ほぼ装甲擲弾兵だけで要塞を叩いたんだ。同じ手が二度通用するとは思わんが」

 シェーンコップは言い返した。北軍の保安担当者相手に嘘を信じ込ませるために、一番苦労したのは南軍工兵隊だったかもしれない。アムリッツァ星域にある手ごろな隕石を見つけ、推進ユニットを取りつけて要塞に向けて飛ばす──見つかるといけないから、要塞から相当距離を離さなければならない。敵に見つかって、警戒レベルを上げないといけないから、適当に放り込むわけにもいかない。もちろん、直撃させるわけにもいかない。

 

「隊長、見つけました。多分これです」

 ロスリスベルガーの声に、シェーンコップ、リンツ、ブルームハルトが一斉に端末に駆け寄った。巨大なメインスクリーンの端にあるサブスクリーン、それにはわけのわからない専門用語がタイムスタンプと共にずらずらと並べられていた。右上のタイトルバーには『プロイエクト・ラグナロク・ファル・ドライ』と書かれている。

 

「何なんだこれは、リンツ?」

 

「いや、自分にそんなこと言われても、隊長」

 

「……」

 

「隊長、分かりませんか。これは……とんでもないやつですよ」

 

サブスクリーンには、なおもメッセージが出力されている。シェーンコップや部下達には相変わらず訳の分からない言葉ばかりだ。やはりそれが分かるのはロスリスベルガーだけらしい。

 

 要塞両極より、重力波反応。要塞質量比10の24乗。

 赤道面に対する空間歪率、極大方向に収束中。

 アムリッツァ恒星系標準子午線方向、距離20万Kmに、巨大な重力場が発生。

 

「畜生、凄い。本当なんだ」

 

「おい」

 

「信じられん。理論上は可能としか言われてなかったはずなのに。連中、本当に実現しやがった。とんでもないことだ」

 

「おい!」

 シェーンコップはロスリスベルガーの肩を掴んで揺り動かした。

 

「感動に浸るのもいいが、ちょっと解説してくれんか。本物だと思っているのはお前だけかもしれんのだぞ」

 

「隊長にはこのログの意味が分からないんですか?」

 

「分からん。俺達の役目はこいつだからな」

 シェーンコップはナイフをロスリスベルガーの首筋に当てるふりをした。ロスリスベルガーがぶるっと震える。

 

「では隊長は、もし宇宙要塞を動かせるとしたら、どう思いますか?それも自由自在に」

 

「宇宙要塞を動かす?どうやって?宇宙戦艦の何万倍じゃきかない物体だぞ。現実的ではないだろう」

 

「そうです。大質量を動かすには、現在の核融合炉ではあまりに非効率的です。ですが、宇宙要塞をワープさせる研究は実用化寸前まで至っています。大容量の物資を星系間で移動させる技術を使っていますからね。ですが、ワープに必要な人工ビッグクランチは、作り方を少し間違えると、ブラックホールに近い超高重力場を作成することになる。だけど、もし、この重力場を人工的に制御することができるとしたら……」

 

「ブラックホールだと?重力場に吸い込まれるというのか?」

 リンツがはっとして言った。

 

「そうです。いや、これは『落下』しているんです。この要塞が。ブラックホールに向けて」

 

「……馬鹿な」

 寡黙なブルームハルトがそれだけ言った。

 

「じゃあ何故、普通の宇宙船はそれを使わないんだ」

 

「コントロールできないからですよ」

 ロスリスベルガーはそれだけで全てが分かるとばかりに言い切った。周囲がぽかんとしていることにしばらく後に気が付くと、気まずそうに話を続けた。

 

「疑似ブラックホールを管理すること自体が至難の業です。適切に発生させて、適切に収束させるのは、絶妙なコントロールが必要なはずです。それに、宇宙船程度の物体では、どんなに極小のブラックホールでも、吸い込まれておしまいです。零に等しい時間で実行するからワープになるんですから。オブジェクトが天体並みに巨大だったら何とかなるんではないかとは言われてましたが……例えば」

 そこまで言って、ロスリスベルガーは床を指さした。

 

「この要塞のように、です。そして、通常空間の移動とワープ能力を要塞が備えたとしたら」

 

「備えたとしたら」

 シェーンコップが言う。

 

「ミリタリーバランスが崩れるどころじゃない。要塞を押し立てて攻めてくる敵なんて、どうやって相手すりゃいいんだ」

 リンツが頭を抱えて言った。

 

「この記録は、その夢物語が実現可能であることを示しているんですよ」

 ロスリスベルガーはテンションが高いままだ。

 

「連隊長殿」

 

「どうしたブルームハルト」

 

「どうやら時間切れのようですよ。連中、やっと気づいたようです」

 

 

 

 第4予備制御室から、監視システムがハックされていることを知った要塞警備隊は、1個分隊をそこに派遣した。その、第4予備制御室に突入した、装甲服に身を包んだ完全武装の兵20名が見たものは、首から上が存在しない帝国技術士官3名の死体だった。入ってきた帝国兵に見せびらかすかのように、入り口側に向けて座らされている。

 

「なっ……おい、フォン・ラーケンとやらはどこにいる」

 分隊長の声に兵はあちこちを見回した。恐らくこの三人を惨殺したであろう、あの四人の士官はどこにもいない。

 見つからないので、手分けして探そうと帝国兵が散らばろうとしたその瞬間、技術士官の死体が爆発した。

 

「いっちょあがり」

 リンツが最後の一人に止めを刺した。第4予備制御室に入った兵士達は、死体に仕掛けられた爆薬に吹き飛ばされていた。入らずに外にて待機していた兵は、爆発に気を取られた瞬間、隣の部屋に隠れていたシェーンコップ、リンツ、ブルームハルト、ロスリスベルガーの四名に制圧されていた。

 

「ロスリスベルガー、データパックはちゃんとあるだろうな。まさか置き忘れたりしていないよな」

 

「ありますよ。隊長」

 ロスリスベルガーはバッグからわざわざ『箱』を取り出して見せた。

 

「よし。ここからはマラソンだぞ。南軍が引き上げる前にLZ(脱出地点)に行かないと帰れん。ブルームハルト、想定距離は」

 

「意外と近いです。ここから3キロ」

 

「装甲服の力を借りれば10分ってとこか。余裕だな」

 

「妨害がなければ、ですが」

 

「今はそんなことを気にしている場合ではない。未来に向かって脱出する時だ、前進!」

 四人は装甲服の倍力機能を使用し、短距離競走選手のようなスピードで走り出した。

 

 

 

「おかしい」

 走りながらシェーンコップがつぶやいた。

 

「何がです」

 リンツが尋ねる。といっても、二人の会話は装甲服に付けられているマイクとレシーバーを介している。だから、無駄話をしているわけではない。

 

「静かすぎる」

 

「ですね」

 シェーンコップの言葉に、リンツが同意した。今、南軍は要塞に陸戦隊を突入させ、手に届く範囲の設備に対して破壊工作を仕掛けているはずである。当然ながら、敵味方入り乱れての乱戦になるはずである。そして、シェーンコップ達はそんな乱戦地帯の中を駆け抜けているはずだ。当然ながら、敵の陸戦部隊と出くわす可能性は高い。

 だが、敵の姿を見ることはなかった。熱センサー、重力センサーにも反応がない。

 

「あの角を右に曲がってください。そこから第一LZまであと少しです」

 ブルームハルトが言った。

 

 一体何が待っているのか。どうにも嫌な予感がする。

 でも、予感だけで行動ができないのも、また人間というもの。二百メートルある通路を三十秒で駆け抜けると、十字路を右に曲がる。どうやら数百メートル先に外殻領域の出口があるらしい。その先には中枢部への渡り廊下があるはずだ。

 

 四人は渡り廊下へ足を踏み入れた。そして、予想だにしない光景に足を止めた。

 

「任務ご苦労だった。シェーンコップ中佐」

 

 装甲服姿のオフレッサーが、数名ほどの兵を引き連れて渡り廊下の出口で待ち構えていた。

 

 

 

「これはこれは。わざわざのお出迎え痛み入ります」

 シェーンコップ含め4名はオフレッサーに対して敬礼した。どうしたことだ?南軍の事情を全て知っているわけではないが、今回の作戦にオフレッサー本人が参加するとは聞いていない。まぁ、大将の階級にもかかわらず、オフレッサーは自分で最前線指揮を執ることを好むことはよく知られていることではある。今回もその気まぐれだろうか。

 

「御大将自ら指揮を執るとは。我々のことなど忘れてしまったかと」

 

「とんでもない、待ってたのだ」

 フェイスシールドを跳ね上げているオフレッサーは笑みを浮かべている。

 

「お前達が首尾良くやったからこそ、我々はここに居る。そうではないか」

 

「……」

 シェーンコップが後ろを振り向き、ロスリスベルガーの方を見て顎をしゃくった。ロスリスベルガーはバッグを下ろして、中から「箱」を取り出した。オフレッサーに歩み寄って、箱を手渡す。

 

「確かに受け取った。良くやったぞ、貴様ら」

 次の瞬間、ロスリスベルガーの首から刃が突き出て、鮮血が辺りに飛び散った。

 

 

 

「なっ……」

 リンツがうめいた。ブルームハルトは戦斧を構えなおす。

 

「……」

 

「お前達にはこの情報の貴重さが分からんだろう。ま、教えることもないがな」

 オフレッサーはロスリスベルガーの体から大型アーミーナイフを引き抜くと、ぶうんと振るった。ナイフに付いているロスリスベルガーの血がまたも辺りに飛び散る。

 

「要塞が、機動力を、得る、ことか」

 シェーンコップが途切れ途切れに言葉を絞りだした。

 

「うん?」

 オフレッサーが怪訝そうな顔をした。しばらくして豪快に笑い出す。

 

「なるほど。そういうことか。ならば知らずに天上(ヴァルハラ)へ逝けい!」

 オフレッサーがいきなりナイフを振りかざして距離を詰めてきた。衝撃から回復できず脚の動かないシェーンコップ。オフレッサーがナイフを振り下ろしたその時、黒い影が二人の中に割り込んだ。キィンという硬くて甲高い衝撃音がこだまする。

 

「ブルームハルト!」

 

「隊長、ここは逃げてください!」

 ブルームハルトは渾身の力を傾け、ようやくオフレッサーのナイフを押し戻した。すかさず踏み込んで戦斧を振り下ろそうとしたが、オフレッサーはそれを予見していたようで、戦斧の刃の部分、そのすぐ近くの柄をナイフで思い切り叩くことで受けきった。相変わらず常人離れの腕力である。

 

「やめろ、ブルームハルト!お前の敵う相手じゃない」

 シェーンコップが叫んだ。ブルームハルトはなおも戦斧を打ち込もうとするが、オフレッサーは易々とそれを受け流した。隙を狙ってナイフを突き出す。ブルームハルトの右腕を狙った刺突であったが、刃先が滑って装甲服の動力伝達パイプを切断するだけに終わった。素早く後退してナイフを投げ捨てるオフレッサー。床に置いてあった戦斧を拾い上げる。ぶんぶんと感触を味わうように、二度、三度空振りした。

 

「隊長!今のうちに」

 ブルームハルトの絶叫に、シェーンコップは相変わらず動けずにいる。

 

「隊長、ここは」

 リンツの震え声が聞こえる。別にリンツが臆しているわけではない。この要塞の中にリンツやシェーンコップの生き残れる場所などありはしない。だが、それでも生き延びなければならない。南軍が自分達を消そうとしているのならば。

 

「ブルームハルトっ!」

 シェーンコップは腰のナイフを抜き、オフレッサーへ向けて投げつけた。オフレッサーは体をひねって躱し、ナイフは後ろの空間へ飛んでいった。これで一瞬、時間を稼いだ。シェーンコップは背中に収納されている折り畳み式の戦斧を取り出すと、展開して両手で構えた。ブルームハルトが態勢を立て直すために後ろに下がるその瞬間に、自分が飛び込むつもりだった。

 

 その時だった。

 

 オフレッサーが振り下ろした戦斧が、受けようとしたブルームハルトの戦斧の柄の部分を叩き割り、そのままブルームハルトを袈裟懸けに斬り下げたのは。

 

 どうと倒れるブルームハルト、即死だった。最期の言葉さえ発することができないままに。

 

 

 

「リンツ」

 

「……ブルームハルトの仇を討たせてください」

 

「……馬鹿野郎。部下の仇を上官が討たんでどうする。お前まで俺を恥知らず扱いするつもりか。お前は今すぐ、ここから逃げろ」

 

「逃げろって、どこへですか」

 

「知るか!とにかく、ここで全員死ぬよりマシなことをやれ!!」

 リンツはなおも逡巡していたが、やがて意を決したのか来た方向に向かって戻っていった。オフレッサーがリンツを指さすと、護衛の兵士達がリンツを追って駆け出していく。もちろんシェーンコップのことは一顧だにしない。

 

「さて、ワルター・フォン・シェーンコップ。貴様とは一度やり合いたいと思っていた」

 オフレッサーがそう言ってぐふふと笑う。

 

「俺は一戦交えるなら美女の方がいいが。それもベッドの上で」

 

「ほぅ。足がすくんでいるのに、口だけはいっちょ前か」

 

「……思えば不審なことばかりだった。おい、オフレッサー、お前が機密情報が入っていると思っているその箱、偽物だと言ったらどうする?」

 

「……」

 オフレッサーは戦斧を構えたまま動かない。もちろん、つけ入る隙もない。

 

「子細ない」

 オフレッサーの回答に、シェーンコップは眉を寄せた。しばらくして、シェーンコップははっとする。

 

「そうか。そういうことだったんだな。重要なのは情報そのものじゃない。いや、もっと重要なもの、それは情報が漏洩した可能性、そういうことなのか」

 

「……そこから先は自分で考えるんだな。お前らはあれを見ているはずだ。ならば、答えにたどり着く可能性はゼロではない」

 

「そうだな。それはお前を斃した後にゆっくり考えさせてもらおう。薔薇の騎士(ローゼンリッター)の本懐、それはな」

 

「なめられたら殺す、だ!」

 

 シェーンコップは戦斧を振り上げ、オフレッサーに挑みかかっていった。

 

 

 

 フェザーン同盟大使館、特務支援課オフィス──

 

「いやはや……」

 

 報告書を閉じたヤンは、大きく伸びをして、あくびをした。報告書の内容は、厳重に秘匿するに値するとヤン本人も感じた。こんなものが公になったら、おそらく同盟中がパニックに陥るであろう。少なくとも政治家はそう考えるはずだ。

 

 ヤンは指示の通りに報告書をシュレッダーにかけると、水の瓶を開封して一口飲んだ。報告書を読んでいる間は水を飲むことすら忘れていた。ヤンは卓上にある端末を操作すると、同盟軍の情報データバンクを呼び出して、いくつか検索を行った。

 

 

 

 トーマ・フォン・シュトックハウゼン大将

 

 宇宙歴798年1月4日、拳銃自殺を図り、死亡。同日、被疑者死亡の状態での軍法会議起訴が発表された。2月1日、大将への昇進が軍務省より発表される。軍法会議対象者の死後昇進は極めて異例であり様々な憶測を呼んだが、軍務省のコメントは存在しない(以下省略)

 

 

 

 ワルター・フォン・シェーンコップ中佐

 

 薔薇の騎士連隊、連隊長。

 宇宙歴798年、某作戦方面での任務中に行方不明(任務内容については軍機密)

 

 

 

 薔薇の騎士連隊

 

 宇宙歴798年1月31日、某作戦方面での活動を終了、惑星ハイネセンの駐屯地に撤収。同日、部隊の運用方針の変更により、連隊の解散と地上総軍への再編成が発表される。尚、軍機密により構成人員、活動内容については非公開。

 

 

 

 ヤンは検索を修了すると、端末を閉じた。フェザーンも、そして恐らくハイネセンも、戦争などどこ吹く風、平和の匂いに満ち満ちている。だが、帝国領内では戦争が続き、このような男達が命を落としているわけだ。この報告書が自分の手許に届くまでにも、何人もの人間が命を落としているのかもしれない。自分はそれに何ができるのだろうか。それとも、何もできないこと、何もしなくてもよいことに感謝すべきなのか。それよりもなによりも──

 

 

 

 ラグナロクプロジェクト(プロイエクト・ラグナロク)って何だよ?

 

 

 




次回予告

 「キングピン」と呼ばれる北軍の重要人物救出任務がヤン不正規隊に命ぜられる。共同作戦として北軍より派遣されたエージェントとは。そして、キングピンの正体とは……

 自分を、銀河さえも変えてしまえそうな瞬間が今、すぐそこに。

第十二話「キングピン」
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