「課長、こちらの申請に承認を」
課員に促されて、ヤンは承認待ち申請一覧を端末に表示し、うへぇと漏らした。リストには百件以上の申請タスクが積みあがっている。昨日残業して十数件に減らしたはずなのに。
「毎度毎度、何故土壇場になってこう申請が積みあがるんだ。演習の日程はカレンダーに書いてあるだろう。事前に準備はできないのかねぇ」
「その準備に課長は協力していただけますか」
課員にそう言われて、ヤンはふぅとため息をもらした。土壇場の仕事が前倒しになったところで、自分がそれを真面目にこなすとは思えない。それが分かったのである。
憲兵隊というのは、軍隊内の治安維持を担当するが故に、他の兵科とは違って「平時」にあたる存在はない、ということになっている。いつも繁忙期ということだ。
しかし、どんな状況にも例外というのがあった。憲兵隊にとっては、軍が実施する演習がそれに当たる。繁忙期以上の繁忙期があるわけである。
現在の自由惑星同盟軍宇宙艦隊は、12個艦隊によって編成されることになっている。これは法律によってそう決まっているから変えようがない。
しかし、実態はといえば、どうにか定数を満たしているのは首都防衛の第一艦隊、対帝国の最前線に配備されている第二艦隊、第四艦隊、第十艦隊の計4つに過ぎない。他には、定数の7割程度しか満たしていない第六艦隊、第八艦隊、第十二艦隊の3つがあり、これらの艦隊は複数の星域に分散して配備されている。つまり、従来でいえば星系防衛隊の肩代わりをしているわけだった。もし、帝国のどちらかがフェザーン回廊経由で同盟領に雪崩れ込んできた場合、これらの艦隊では足止め程度しかできないであろう、そう言われている(もちろん雪崩れ込んでくる敵の量次第ではあるが)。
ちなみに、第三、第五、第七、第九、第十一の5個艦隊は、ごく僅かの基幹要員以外、実態のない幽霊艦隊である。同盟軍はそういう数字のマジックでもって、要員と経費の節約を実現しているのだった。
そんな状態で、同盟領各所に配備された宇宙艦隊であるが、それが大きく動くのは年に一度の大演習である。既に作成された訓練プログラムのために、同盟全土から部隊が派遣される。宇宙艦隊以外にも研究のために組織された実験戦隊や、宇宙艦隊司令部直属の独立戦隊等、さまざまな部隊が演習地にやって来る。当然ながら、迎える側は受け入れる準備をしなければならない。有事であろうと平時であろうと、食う寝る所住む所は軍隊にとって不可欠である(いや、それ以外にも膨大なものが必要とされる)。そして、その準備のために施設局、需品局、厚生局といった後方支援部門が忙殺される。
いや、まだエル・ファシルだからまだいい。アッシュビー・ラインの要、軍事要塞網の主軸惑星には、帝国軍の来寇に備え、同盟軍の大部隊を受け入れ、整備し、送り出す機能が備わっている。そのような機能を持つ惑星は、他にバーラト星系、首都星ハイネセンがあるのみだ。
そういうわけで、大演習の時期になると(大体6月か7月)エル・ファシルは同盟全土から兵が集まるわけである。血の気の多い兵士が密集すると、何が起こるかといえば喧嘩、非公認の博打に女性問題と相場は決まっている。というわけで、憲兵の出番となるわけだった。
じゃあヤン・ウェンリーがそんな治安維持に関わっているか、というとそうも言いきれない。憲兵隊本部総務部企画第三課、という名前が示す通り、ヤンの部署は治安維持というよりは、治安維持部隊の設備管理、会計、装備等「何でも屋」というところである。あとは、演習に伴ってやってくる憲兵の「応援」を取りまとめるとか、そういう任務もある。ヤンが格闘している書類というのも、そういう類である。大体は、費用の決済と、膨大な物資類の発注となるが。
「演習で艦隊をよこすなら、艦隊全体で来てほしいよなぁ。何で『支隊』を編成して寄こすのやら」
ヤンがぼやいた。一個艦隊まるごと移動してくるなら、管理をその艦隊司令部に丸投げできる、そう言っているらしかった。表向き、全土から部隊が第二艦隊の指揮下に入り、第二艦隊がとんでもなく膨れ上がっていることになっているから、ヤン達の業務がとんでもないことになっている。艦隊が丸ごと来るなら、職域に線引きをして、線の向こうの業務は艦隊に押し付けられるということだろうか。
「パエッタ司令に言ってみたらどうですか」
ラオが面白くなさそうに応じた。
「あー。司令が何か言うこと聞いてくれるならもう言っているさ。」
「でしょうね。『君は君の本分を果たしたまえ』とか言うだけですからね」
「だろうな」
パエッタ司令は怠け者ではない。いや、とんでもない働き者である。だが、自分でも膨大な量の仕事をこなす一方、部下にも大量の仕事を用意することで知られている。おかげで、部下はいつもハードワークに喘いでいるというわけだ。もっとも、外からすると、いつでも十分に準備ができているように見えるから、外部の評価は悪くない。では、いざ有事の時はどうか?それは有事になってみないと分からないだろう。
二週間ほど経ってーー
宿直室にヤンは座っていた。膨大な量の書類仕事も何とか片付き、あと数日もすると定期演習が開幕する。演習が始まるということは、同盟全土から集結した兵が宇宙空間へ移動するわけで、惑星エル・ファシルは束の間の休息を取ることになる。
そう、休息は「束の間」である。二週間ほど続く演習が終わると、兵はエル・ファシルに戻り、演習後の乱痴気騒ぎが起きる。騒ぎ疲れた兵が元の場所に戻って、ようやく本当の静寂が訪れるというわけだ。
宿直室には数名の人間が居る。何もしていない人もいれば、仕事をしている人もいる。娯楽チャンネルを視聴している人もいる。最後は規律違反のはずだが、注意をする人はいない。
「今年は巡回を強化したらしいですけど、効果はあるんですかねぇ」
宿直に居た別部署の大尉が、ヤンに話を振ってきた。
「どうですかねぇ。演習前後の宿直は毎年やってますけど、あまり変わらないと思いますよ。ま、去年の件に比べれば」
「あれはひどかった」
ヤンの返答に大尉は苦笑した。昨年の大演習では、集結した兵同士での大乱闘が発生し、負傷者は出るわパブは壊されるわ、当然ながら懲戒が乱発されるわで、ヤンもこの処理でてんてこ舞いだったのである。そんなわけで今年は憲兵隊からかなりの人員を出して警邏にあたっているはずである。
「でも今年は営倉も随分と余裕があるようですよ」
「そうなんですか。それは重畳」
ヤンは紅茶をすすった。端末を操作して取り締まり記録を呼び出す。確かに、喧嘩は何件かあるものの去年よりは件数が減っているようである。でも、そんな中でも営倉にぶちこまれている運の悪い兵がいるようである。
「昨日喧嘩で捕まった兵がいるようですね」
「あー。あれ、下士官ですよ」
「下士官?」
大尉の返答にヤンは首をかしげた。兵と違って下士官となると軍隊のノウハウに精通しているはずである。よっぽどのことでない限り喧嘩で捕まる等のヘマを犯したりはしないはずなのだが。大尉が披露した喧嘩の詳細を聞いて、ヤンはますます首をかしげた。
「戦闘艇パイロットと戦闘システム軍団が喧嘩?パイロットとシステムエンジニアに何の関係が?」
一艇善く一艦を屠るーー戦闘艇の魅力はまさにそこにあると言っていい。
敵と相対する時、相手の一の戦力を打倒するために、二以上の戦力を消費することは良くないことだとされる。まぁ、当然の話である。一の戦力でもって、相手の百の戦力を損壊させることができたら、それは非常に魅力的な話である。これも、当然の話である。
一人の兵士が操縦する小型艇が、一隻の宇宙戦艦を撃破するというのは、けして不可能ではない。どんな宇宙船でも弱点はあり、そこを突けば行動不能にできる。戦闘艇というのはーー特に敵艦攻撃能力を有するものはーーそういう「可能性」を追求した兵器といえるだろう。
戦闘艇という概念は、それこそ人類が地球から宇宙に雄飛したその時点から存在した。戦闘艇に攻撃兵器を搭載し、宇宙船を攻撃するというアイディアは、何度も繰り返し検討されてきた。だが、それが実を結ぶまではかなりの時間がかかった。
理由は、装甲に身を固めた戦闘艦相手に、損傷を与える兵器を搭載できなかったからである。小型の戦闘艇ーー大きくとも全長50メートル前後ーーが搭載できる兵器の攻撃力は、数百メートルある戦闘艦に対してはあまりに無力だった。かといって、戦闘艇を無闇に大きくするわけにはいかない。それでは、人間一人での操作は困難になるし、戦闘艦と同程度のコストがかかってしまっては、戦闘艇の意味がない。そんなわけで、戦闘艇の運用は、もっぱら戦闘以外の任務に使用されることが多かった。偵察、連絡、敵シャトルの撃墜等である。
しかし、戦闘艇は進化を続け、敵大型艦を十分屠れる能力を身に着けるようになった。現在、自由惑星同盟が運用している単座戦闘艇スパルタニアンは、可動式中性子ビーム機銃を装備し、一点を集中して攻撃できるようになった。威力は戦艦の主砲に比してあまりに無力ではあるが、弱点を攻撃すれば敵艦に大ダメージを与えることができる。また、追加装備として大型ミサイルや爆雷を装備することができ、これも艦船にダメージを与えるには十分な威力を持つようになった。
かくして、戦闘艇は敵艦攻撃に十分な能力を有し、宇宙戦闘の主役に躍り出た。めでたしめでたしーーとはいかないのが世の常である。戦闘艇に能力があるとして、では、従来兵器ーービーム、ミサイル、実体弾に対しどれだけの優越性があるか、というのが問題になった。射程で言えば比較にならない。撃ってそれで終わりの前者に対し、戦闘艇は行って帰ってこなければいけないからだ。では、近距離戦闘で他の兵器を圧倒するかと言われると、そうとも言い切れない。近距離戦闘では、誘導性能と威力に優れる短魚雷や、当たれば大威力が約束されているレールガンという兵器があるし、戦闘艇の能力は、それを操縦するパイロットの技量によるところが多い。パイロットが未熟では、全く戦果をあげられないということも十分ありうる。
そして、戦闘艇は戻ってこなければならない、という点が大きな問題であるという指摘がなされるようになった。戦況というものは刻一刻変化する。優勢であればまだしも、劣勢であれば後退する必要がある。その時、出撃している戦闘艇をどうするのか。
戦闘艇を見捨てる、という選択肢はあり得なかった。戦闘艇という機材もさることながら、戦闘艇パイロットというのは育成の難しい人材だからだ。それによっぽどの理由がない限り、いや、理由があっても戦闘艇を見捨てたとあらば、軍の士気は崩壊する。
ということは、戦闘艇を出している限り、逃げるに逃げられないということになる。艦隊が全く動けないというわけではなかったが、戦闘艇の投入タイミングは慎重に図らねばならない、そういうことになった。平時である故、評価は演習に限られたが、いくら演習を重ねても戦闘艇に対する「ハマれば大威力だが、コストはかかるうえに扱いづらい」という評価が覆ることはなかった。
それでも、戦闘艇という兵器がなくなることはなかった。一艇善く一艦を屠る、小善く大を制す、というロマンは国民のウケが良かったし、そのような幻想を壊さなければならないほど戦闘艇は無力ではなかった。実際、宇宙海賊討伐等でスパルタニアンは貴重な兵力だったし(それは軍が討伐に戦力を出し惜しみするからだが)、宇宙の向こう側ーー銀河帝国では戦闘艇が大量に運用されていることが確認されていた。敵が持っているものは味方も持っていなければならない。それが戦いの道理だった。
「パイロットの血の気が多いのは分かるけど、システム屋に因縁をつけるとは思えないんだけどなぁ。」
「私もそう思うんですけどね。どうも、営倉にぶちこまれたその軍曹、取り調べにも非協力的で」
ヤンの疑問に、大尉も答えて、同じように首をかしげた。
「何だろう。喧嘩なら喧嘩と言ってしまえば、軽い処分で済むかもしれないのに。わざわざ処分を重くして、演習に間に合わないとか。兵はともかく下士官の考え方じゃないなぁ」
「何か、放心状態だそうで、心ここにあらずの感じだとか」と大尉。
「メディカルの結果はどうだったんだろう。脳震盪で引っかかってるんじゃないのかな」
「いや、それが簡易チェックでは特に異常なしなんだそうですよ。少佐」
「ますます分からないね。軍病院で精密検査を受けさせた方がいいんじゃないのか」
折角の演習なのに、飲む打つ買うの問題で参加できなくなってしまう兵は居ないわけではない。不可抗力の事故ならまだしも、演習に間に合わなくなったら脱走と同じ扱いになるし、そんなことになったら大体、部隊の中で肩身が狭くなって軍隊を出ていくことになる。ひどい場合は不名誉除隊になることだってある。不名誉除隊など、周囲の援助がなければ、死んだ方がましな人生を送ることになるであろう。
だが、その軍曹の場合は、そのいずれでもなかった。
「ポプラン軍曹の営倉処分を解除しろと?演習に間に合うように?」
翌日ーーヤンの元に面会者がやってきた。データによると、一人は第343独立戦闘艇隊司令リンネベルグ中佐、もう一人はパイロット、イワン・コーネフ軍曹とのことだった。
「そうです。そのためにヤン少佐殿のお力をお借りしたいのです」
コーネフが答えた。リンネベルグ中佐は腕を組んだまま何も言わない。
「申し訳ないですが正直、一体、何を言いたいのか分かりません。第一、うちは総務部です。処分の内容に関して手心を加える権限はーー」
「だからこそ、こうやって頭を下げている。ヤン少佐。今回の演習でポプラン軍曹は欠くべからざる人材だ」
リンネベルグ中佐の返答にヤンは背筋を震わせた。ただの軍曹のために、中佐が動いている理由が分からなかった。
「ちょっとお待ちを」
ヤンは端末を操作し、営倉処分中の軍曹ーーオリビエ・ポプランの情報を引き出した。階級は軍曹、所属は第343独立戦闘艇隊、戦闘艇大隊第一中隊B小隊長、戦闘艇パイロット一筋の軍歴で
「やはり事情が分かりません。一体、憲兵とはいえ門外漢の私にできることなどありません。営倉処分に関する話であれば刑事部に話を持っていくべきではありませんか」
「刑事部ならもう話を通してある」
リンネベルグ中佐が初めて口を開いた。
「は!?」
ヤンは目をぱちくりした。
「身元引受人制度だ。憲兵のしかるべき人間の監督指導のもと、処分を保留する制度だ。少佐はもちろん分かっていると思うが」
リンネベルグの声には威圧感があった。階級が上の人間から下の人間に要求を発する時は大体そうなるのだが、この中佐はあまり交渉ごとが得意ではないのかもしれない。
「ええ。引受人がいればポプラン軍曹も演習に参加できるわけです。もちろん、演習が終わった後は営倉の続きをやらなければなりませんが」
続けるコーネフ軍曹の説明にはよどみがない。こういう局面では切れる男なのだろう。
「そして、パエッタ司令にご相談申し上げたところ、ヤン少佐を紹介されたという次第で」
コーネフの言葉にヤンは天を仰いだ。窮屈な艦隊勤務が嫌だったのに、演習中の間とはいえ艦隊勤務をしなければならないとは。それも、自分の仕事は抱えたままで。
「待ってください。司令が本当にそんなことを言ったのですか」
「我々がそんなすぐ分かる嘘をつくと思うのかね」
リンネベルグの即答にヤンはしまった、と頭をかいた。パエッタに連絡しようと思ったが繋がらない。データ端末には演習前定例ミーティング中とあった。
「パエッタ司令には後で確認します。ですが、ただの軍曹にここまでする事情を教えていただきたい」
「そこまで知る必要はない」リンネベルグはにべもなく拒絶する。
「では、身元引受人の話は無かったことに」
「少佐、君のキャリアに傷がつくかもしれんのだぞ」
「私は来年退役予定です。いまさら軍のキャリアなんてどうでもいいんですよ」
ヤンの返答にリンネベルグは固まった。やはりこの中佐、隊司令としては不適格なのではないか、ヤンはそう確信した。
ソファの向こうでコーネフがリンネベルグに耳打ちした。リンネベルグは嫌そうな顔をしたが、すぐに元に戻って二、三度うなずいた。
「では、少佐殿。私からお話しします」
コーネフが続けた。
「少佐、
「オートマタ?」
「ええ。軍内で研究が進んでいる、完全自動の戦闘兵器ーーええ、ドローンをもっと高級化したものですな、それのことです。最近になって、随分と腕があがっています。今度の演習での演目に、自動操縦システムの戦闘艇との模擬戦闘が含まれています。今までは実験的な対戦に過ぎませんでしたが、今回は100機以上の戦闘艇同士でのメニューも含まれています。」
「それはまた大規模な」
「ええ。まさに、限りなく実戦に近い演習といえるでしょう。弾が出るか出ないか、違いはそれぐらいです。こちらとしてはベストを尽くすだけですが、演習の結果次第では、戦闘艇の自動化は避けられない事態となるでしょう。パイロットが要らなくなるということです。そうなると、自分達はどこへ行けばいいんでしょうか」
「それはーー」
ヤンは言い出しかけて口をつぐんだ。別に軍が再就職先を全く考えていないわけではないだろうが、それが本人の希望にそぐうものかどうか、そういうところに無頓着なのが軍というところだ。天職のパイロットが統合作戦本部ビルの掃除夫になっても問題ないと言い張るような。
「勝てないとは言わない。だが、ベストを尽くしたいのだ。少佐」
リンネベルグが口を開いた。その表情を見てヤンは察した。そうか、戦闘艇が無人に切り替わったら、この中佐のポストも危ういのだろう。末端と違って、管理職のポストはつぶしがきかないものだ。いや、パエッタ司令さえ動かしたとあらば、もっと上のポストも危機に瀕しているのかも。
二人の懇願に心が動かなかったといえば嘘ではない。だが、そういう情に訴える態度こそ最も警戒すべき、というのが憲兵のあり方だった。ヤンはしばし考えた後、口を開いた。
「分かりました。司令のご命令とあらば、従わないわけにもいきますまい」
ヤンの返答に二人の顔がぱあっと明るくなった。身元引受人制度は紙の上では存在するが、そもそも引き受けられるほど暇な士官というのが難題で適用例がほとんどない。二人もそれが分かっていたのであろう。
「わざわざそんなことに首を突っ込むとは、少佐も物好きですねぇ」
翌日、事情のあらかたを聞いたラオ大尉はため息をついた。演習期間中、ヤンが不在になるから、どうしても遠隔でこなせないあれやこれやを押し付けられるとあっては、当然の反応だろう。むしろ好意的な態度といってもいい。
「済まないね。まぁ、どうしても緊急事態となったらパエッタ司令が呼び戻すだろう」
「普通の仕事もここまで熱心ならなぁ」とラオ。
「なぁ。人類史開闢以来、技術の進歩によっていろんな職業が無くなっていった。戦闘艇パイロットもその一つになるかもしれない」
「???」
ラオが首をかしげた。
「だが、一人の軍曹がここまで丁重に扱われる理由が私には分からない。死んだわけでもないし、帝国や宇宙海賊に捕らわれたわけでもないのに」
「自分たちの椅子がかかっているから当然では?」
「試合の勝ち負けでキャリアが失われる、というのはあまりに浮世離れした話だと思わないか?大抵は試合云々の前に勝敗は決まっている。そういうものだ。戦争だって」
「それではーー」
「そう。私はそれを確認したいんだよ、ラオ大尉。この出来過ぎな話の裏側を」
「ふーん。演習について行って分かるんですか?」
「多分、分からないだろうね」ヤンの口調は淡々としたものだ。
「それに、分かったところで自分には何もできない、そんな予感がする」
翌日ーー
「空母コロッサスへようこそ。ヤン中尉殿」
連絡用シャトルから降りるなり、ヤンはとある上等兵からの歓迎を受けた。ヤンも背が低いわけではないが、相手は長身で筋骨隆々の兵である。
「ああ、ありがとう。いや、荷物を持ってもらう必要はないよ」
上等兵が手持ちのバッグをむしり取ろうとしたので、慌ててヤンは断った。
「自分はザムツェフスキー上等兵であります。演習の取材には可能な限り便宜を図るように命じられております。ヤン広報官殿」
「あ、ああ。頼むよ」
ヤンはぽりぽりと頭をかいた。今現在、ヤンは憲兵ではなく、広報部から派遣された広報官ということになっている。わざわざ憲兵が空母に乗り込んでくるという、となると兵がどう反応するか、ということになって出てきたアイディアだった。もちろん、空母艦長とリンネベルグ中佐には話を通してある。確かに、広報が相手であれば、それとなく情報を聞き出すのはさほど難しくはないだろう。階級も中尉ということにしてある。空母の中では佐官は数えるほどしかいない。「取材」をする身としては距離がありすぎるのだった。
でかいなーー
空母「コロッサス」の主要区画を案内されたヤンの第一印象はそれである。ラザルス級空母(現在、同盟の正規空母となっているタイプ)は、100機ものスパルタニアンを収容できるだけあって、格納庫、指令室、搭乗員待機室等、ヤンにとってはなにもかも大型に見えた。実際、乗員数も1000人近くということで、戦艦の数倍ほどもある。
ヤンとりあえずの任務としては、広報官の役割を果たす、ということであった。といっても、プロの仕事をそのままやるわけではないから、真似事をしていればいい、ということである。いろいろな人に物事を聞いて回ればいい。それらしいことを。
裏のーー本当のーー任務としては、ポプランの動向を監視する、ということになる。オリビエ・ポプラン軍曹の身元引受人としては、ポプランに勝手に動かれては困るのである。もし、犯罪または犯罪の扇動などやられては、ヤンのキャリアも丸つぶれとなる。一応、事前に察知しておけば即刻艦内で監禁することは可能であるが、それでは裏の裏ーーポプランが特別扱いを受けているーーことの調査ができない。しばらくは遠くから眺めているしかなかった。
ヤンとしてはありがたいことに、ポプランの動向は単純そのものだった。他のパイロットと同じように、ブリーフィング、演習、デブリーフィング、休養、その繰り返しである。演習の間のポプランの態度は、営倉に居た時のそれとは正反対。ポプランは4機のスパルタニアンで構成される分隊の隊長だが、ブリーフィングのたびに
「いいか、柄にもないことを考えるな。国を守ろうなんて、よけいなことを考えるな! 片思いの、きれいなあの娘のことだけを考えろ。生きてあの娘の笑顔を見たいと願え。そうすりゃ嫉み深い神さまにはきらわれても、気のいい悪魔が守ってくれる。わかったか!」
などと訓示するものだから、随分と他と違うな、とヤンは感心したものである。リーダーとしてのポプランの持ち味はモチベーターなのであろう。戦場が近くなると人格が変わるのだろうか、ヤンはそう思うのだった。
戦闘艇の演習というのをヤンは見たことはなかったが、なかなかハードなものらしいことだけは分かった。一日に何度となく出撃と帰投を繰り返している。艦橋でのやり取りを見ていると、いろいろな状況を想定した訓練が行われているようだ。対戦闘艇戦闘、対艦戦闘、迎撃、敵艦隊制圧、個人戦闘に集団戦闘。
ただ、リンネベルグ司令が言っていた自動操縦の戦闘艇との対戦はなかなか始まろうとしなかった。いや、おかしなことに、艦内ではそのようなことはほとんど話題に上がっていなかったのである。
「自動人形との対戦?そんなものがあるんですか」
ザムツェフスキーの反応はそんなものだった。てっきり、機械には負けるものかと息巻いていると思ったのに、ヤンとしては思いもつかぬ肩透かしを食らった気分である。
「知らなかったのかい」
「まぁ、分隊長は知っているんじゃないですか。我々としては、言われたことをやるだけですから。噂を聞いたことがあるぐらいです。自分が聞いた限りでは、分隊長達は戦ったことがあるらしいですが、それで腕が五分五分なら、我々の勝ち目は薄いんじゃないですかねぇ」
「そうなのか……」
ヤンは首をかしげた。リンネベルグ司令やコーネフ軍曹が言っていたように、今回の演習が戦闘艇のパイロットのキャリアに大きな影響があるのだとしたら、目の前のパイロットの雰囲気はもっと殺気だっていてもいいのではないか。ヤンの思い込んでいたイメージとは正反対の呑気さである。
「でも、それでいいのかい。人間のパイロットがコンピュータに勝てないのなら、パイロットなど必要なくなるだろう」
「それはそうですけどね」
「そしたら君達は困ることになるんじゃないのか」
「中尉殿はーー」
ザムツェフスキーは一瞬視線を泳がせて、向き直った。
「中尉殿は、シャトルを操縦したことはありますか」
「うーん……士官学校時代に教練はあったなぁ」
「コンピュータ補佐無しで動かしたことは」
「それはないな」
「でしょうね」
ザムツェフスキーはうなずいた。
「スパルタニアンは、人間が動かしていることになっていますが、極端な話を言えば、コンピュータの言うとおりに操作しているだけですよ。コンピュータの警告を受けて進路を変えて、コンピュータの言うとおりに飛び、機銃の操作はコンピュータがやる。一応、訓練ではコンピュータの支援を最低限にしての操縦もやりますが、パフォーマンスは落ちますね」
「それほどなのかい」
「訓練を積んでも、まともに飛ばすのが精一杯って感じですよ。分隊長達は違いますけど。一体どうやって動かしているのか、想像もつきません」
「ポプラン軍曹はどうなんだい」
「あのひとはーー化物ですね。あんなチャラいナリ(おっとこれは秘密にしておいてくださいよ)をしていますが、普通に一対一で模擬戦やったら百に一つも勝ち目はありません。前後左右に目がついている、とか脳が三つある、とかそういう噂がありますよ。あの人は、コンピュータに負けるなんてことはないでしょうね。いつだったか、自動人形に負けるなんて十分の一人前だ、なんて言ってましたけど」
ヤンは考えこんだ。リンネベルグは如何にも準備さえ整えば人間はコンピュータに負けない、みたいなことを言っていたが、ザムツェフスキーの発言が一般的な認識だとしたら、それはとんでもない思い違いということになるだろう。そうだとしたら、何故ヤンを巻き込んでまでポプランを呼び戻したかったのか。
もっとも、それを知りたければもっと調べる必要があるだろう。
「最後に一つ聞きたい」
「何でしょうか。中尉」
「もし、戦闘艇が自動化されたとしたら、君は戦闘艇のパイロットで居られなくなるわけだが、それはどう思う?」
「……それについて簡単に結論は出せません。仲間ともよく話しますが、考えは人それぞれです。ただ」
「ただ??」
「戦闘艇を無人で動かす研究をするなら、戦艦を無人で動かす研究をした方が人のためになると思うんですよね。戦闘艇が無人で動かせるなら、戦艦を無人で動かすのも難しくないと思うんですけど、どうなんでしょう」
「ザムツェフスキーの意見は、個人の見解として考えてほしいです。少佐殿」
コーネフ軍曹とのインタビューは、演習が始まって十日後に実現した。びっしり詰まった演習スケジュールの中でインタビューを実現するのは簡単なことではない。
「コーネフ軍曹は、パイロットでなくなることに反対なんですか」
「今更、他の仕事を覚えるのは辛いですよ」
「それは、他のパイロットも同じだと」
「人それぞれですね。パイロットになるヤツは、パイロット以外は務まらない人間が結構います。第一、規則のキツい業務などやってられない人が多いですよ」
そう言われてはヤンも頷かざるを得ない。戦闘艇パイロットというのは、要求される身体的能力から、特別な教育課程を長期間受けることになる。軍隊という稼業がそれほど人気のない現状、娑婆と同じというわけにはもちろんいかないが、他と比べて随分と甘やかされているとは言われていた。資質のある人間をそうそう追い出すわけにもいかないからだった。
「ポプラン軍曹もそうなんだろうね」
「ですね。女と戦闘艇と酒でできているような奴ですよ」
「違いない」
ポプランについての評価で、第一に出てくるのが女好き、である。曰く、交際相手が三桁居るだの、女性兵士に遍く声をかけているだの、一人で寝ているところを見たことがないだの、女性に関するエピソードには事欠かない。今現在、この空母にも寝た相手が両手で数えられない数居るらしいのである。
「だからシステム軍団は商売敵なわけだ。戦闘艇パイロットという天職を取り上げるわけだから」
「そうですね。」
コーネフはそれだけ言った。
「側に居たら何かを言わずに済まないような」
「……少佐殿。人間、世の中に殺してやりたいという人は大抵二人か三人はいるでしょう。ことによっては四人か五人かもしれません。ですが、だからといって人を殺すかというとそうではありません。喧嘩だって、勝てそうにない喧嘩をするのは、よっぽどの場合か頭のおかしい連中だけです」
「……」
ヤンは調書の記録を思い出した。ポプランは十人以上も居るシステム軍団の飲み会に乱闘を仕掛けた、そのようなことが書いてあった。
「アイツも最初はこんな感じじゃなかった。」
コーネフがぽつりと言った。
「というと?」
「まぁ、軍隊に長くいると、どうしても要領というやつを身につけます。分かりますよね」
コーネフの言葉にヤンはうなずいた。
「ポプランそういう要領は心得ていたんですよ。それがおかしくなったのは……二年ぐらい前でしたかね」
「??」
「あいつは突然いなくなったことがありました。それまでずっと一緒に居たから妙だとは思いましたが、転属だと説明されればそれ以上何も言えません。そういう事例はいくらでもありますから。それでおさらばかと思いきや、三か月ほどして帰ってきた。」
「帰ってきたんだ」
「そうです。まぁ、戻ってきてもあいつは変わらなかった。一体何をしていたのかは話してくれなかったですが、まぁそれは仕方ありません。軍機と言われれば。ですが」
「ですが?」
「時折、何と言うか、人が変わったようになる……そんな感じですね。妙に無気力、厭世的。時折、も本当にごくたまなんです。それで、そういう時に騒ぎが起きると、大体あいつのせいになります。上官や憲兵が踏み込んできてぼやんとしていたら、そうなりますよね」
「だろうね」
「で、詰問しても生返事。これじゃまとまるものもまとまらない。あいつは今までのキャリアと腕があるからこそ軍から放り出されずに済んでるのかもしれない、そうなのかもしれません。いつものポプランなら普通の下士官ですし、仕事の内容は悪くありません。あいつは、人を見る目はちゃんとしている」
ヤンは宿直時の話を思い出した。取り調べにも非協力的でーー心ここにあらずの感じだとかーー
「ありがとう軍曹。ところで、何故、こんな話を?内輪の事情を話してくれることは悪いことじゃないが、私がそのために何かをしてあげられるかどうかは確証できない。表向き、私の業務は営倉処分兵の管理であってそれ以上ではない」
「……なんででしょうね。私にも分かりません。でも、あるじゃないですか。」
「何が?」
「秘密の話ほど、人に話したくなるって」
そこまで言って、コーネフは次の演習前の点検があるといって去って行った。
「よぅ、何でも俺のことをいろいろ嗅ぎまわっているようですな。少佐殿」
意中の人物が接触してきたのは、コーネフのインタビューから三日後、演習も終盤に入ったころのことだった。
「少佐殿とは人違いじゃないかな。自分はただの中尉だ」
「コーネフから聞きましたぜ。憲兵隊からわざわざ自分を監視しにいらっしゃったとか。ま、営倉から出してくれたのは有難いことですが」
間近で見たオリビエ・ポプラン軍曹は、にやにや笑いながらそう言った。何とも歴戦の軍曹らしい、軍隊の表と裏を一通り心得ている男のように見える。
「やれやれ」
ヤンは頭をかいた。士官に対し、初見から自分をさらけ出す下士官というのは存在しない、頭ではわかっているつもりだが、態度からして反抗的というのはこういうものなのか。
「俺のことに興味があるなら、直接聞きに来ればいいんですよ。何でも正直に話しますよ。おごってくれれば、ですが」
「本当かい?」
「士官に嘘を言う軍曹なんていやしません。それに、今は明日朝の模擬戦闘に向けて休息時間だ。一杯引っかける時間はあります」
「一杯おごることにやぶさかではないが……軍曹、誕生日は?」
「15月36日」
臆面もなく即答したのを見て、ヤンはぷっと吹き出した。これではまるで古代に存在したという伝説のクレタ人ではないか。
「分かった。一杯だけだぞ」
「夜の星と美しき女達に、乾杯」
「乾杯」
ヤンとポプランの乾杯は、士官区画のバーで行われた。当番下士官はヤンとポプランを見るなり一瞬ぎょっとしたが、ヤンが自分でポプランを招待したと言った途端、態度を元に戻した。ウィスキーをダブルで、ショットグラスになみなみとついで乾杯したはずなのだが、ポプランは一瞬でグラスをあけてしまった。
「機械人形の相手?そんなもん簡単ですよ」
第一印象とは異なり、ポプランには人たらしの才能があるようだった。だから女性にもてるのだろうけど。杯を酌み交わしながら一通りどうでもいい話をした後、自動操縦の戦闘艇との模擬戦について話を振ったら、朗々と話し出した。
「機械人形には弱点が108ほどありますがーー一番の弱点は何だと思います?」
「さぁ?」
「一番の弱点は、命がないことですな」
「はぁ?」
「人間誰しも、死ぬのは怖い。そりゃ当然です。死ぬのが怖ければ操縦に現れてくる。それも当然。でも、人形には命がない。だから、死ぬのは怖くない」
「死兵は手ごわいというのが戦術の常識なはずだが」
「そんなのは頭でっかち人間の思い込みでしょうなぁーーシステム軍団の連中のように」
ヤンの言葉をポプランは鼻で笑う。
「連中、戦闘データをただコンピュータに放り込めば無敵のパイロットが出来上がると思っているんですよ。でも、命を大事にしない連中の戦術なんて、単調で仕方がありません。あれじゃあ戦闘艇も女も墜とせない」
「そういうもんなのか。女は別として」
「少佐殿は彼女がおありでーーいない?駄目だなぁ。そんなんじゃ敵の裏なんぞかけやしない。これだから憲ーーおっと失礼。みんなにそう言っているんだが、コーネフやシェイクリは聞き流すし、ヒューズは嫁以外に興味がないときてるーーまぁ、だからこそ俺が頑張るってもんなんですがね。セルジーニョ!ダブルでもう一杯」
ポプランは当番下士官にグラスをかかげてお代わりを要求した。もう何杯目になるか分からない。
「でも他の兵は、自動操縦の戦闘艇は手ごわいって聞くよ。コーネフ軍曹もそう言っていた」
「コーネフは別として、人形が怖いという奴は腕が良くないんですよ。あるいは訓練をさぼっているか、どっちかです。普通に飛んで、普通に経験を積めば、人形の弱点なんて見えてくるんですよ。まぁ、戦闘艇学校を出て三日間ぐらいは気づかないものかもしれないですがね。コーネフは……あいつは部下に甘いからそういうことを言うんですよ」
「なるほど。だが、軍曹のような腕の立つパイロットでなければ、コンピュータが勝ってしまう、そういうことなんじゃないかな。とすると、戦闘艇パイロットはみんなクビになってしまうかもしれない」
「少佐も司令みたいなことを言いますなぁ。まぁ、クビになるならなるで、別の職場を探すまでですかな。宇宙海賊だって戦闘艇は持っているし、帝国に亡命すれば帝国の女どもが花束を持って迎えに来てくれるかもしれない。そっちの方がいいな」
「帝国では実戦をやっている。軍曹は墜とされるかもしれないが」
「なぁに、自分を殺せる奴などいるはずがありませんよ。戦艦の1個分隊ぐらいをぶつけてこられたら分かりませんが。戦場で死ぬのは俺の運命じゃありません。美女の涙に溺れて溺死ーーあと数十年後にそうする予定なんですから。敵に墜とされる、それも機械人形相手なんてあり得ないんですよ」
よく口の回る男だなぁとヤンは感心した。
「コンピュータの技術者に話を聞くと、コンピュータが学習を続けるうちに、人間を超えた存在になる、そう言っているけど」
「ほーお。コンピュータというものが歴史に登場してから、1000年は優に経つそうですが、まだ来ないんですか。神は自分の言うことを聞かない人間を作れないように、1000年経ってそんなお題目を繰り返しているようじゃ、コンピュータ技術者は度し難き馬鹿の集団だ」
「なるほど、そうやってシステム軍団を挑発したわけだ。バーの席で」
途端、ポプランの顔から笑顔が消えた。ヤンの誘導に引っかかったことを、今知ったのだった。
「少佐、一体何が聞きたいんです」
ポプランの口調はぶっきらぼうな一本調子になった。
「喧嘩の話を聞きたいわけじゃない。意味がないからな。調書に、取り調べ時は放心状態とある。でも、メディカルチェックで異常は発見されなかった。一体何があったんだ」
しばらくしてポプランは口を開いた。
「さぁ。あの時のことはよく覚えていないのです。ちょっとしくじって、壁に頭を打ったから、脳震盪だったかもしれないです」
「でも、メディカルチェックには問題がなかった」
「おおかた軍医が藪医者だったか、機械が壊れていたか、どっちかでしょう。何なら、今から軍医の所に行きますか」
「酒飲んだ人間を診断したって意味はないさ。第一、留置されていた時の君と、演習中の君はまるで別人だ」
「だから脳震盪だったとーー」
「ならば単刀直入に聞こうか。二年前、何があった」
「……」
ヤンの質問にポプランは黙りこくった。しばしショットグラスを眺めて、その後ぽつりとつぶやいた。
「少佐殿ーーそれが知りたければ戦闘艇パイロットに転職することですな。他人に話すことなど何もない。それじゃ、モニークを待たせるわけにもいかないんで」
ポプランはそう言って、ヤンが引き留める間もなくバーを出ていった。
翌日ーー
コロッサスの艦橋は人であふれていた。表向き公表されていないが、演習の最後が大規模模擬戦であること、そして相手は自動操縦の戦闘艇であることは、皆知っていることである。空母の乗組員の他、リンネベルグ司令をはじめとした戦闘艇部隊の幕僚、軍需局の担当官、システム軍団の連絡担当官、そして報道局(ヤンと違って本当の広報官である)といった面々がいる。
参加するのは敵味方300機ずつ。ポプラン等の所属する第343戦闘艇隊も、全機が参加している。既にコロッサスから発進していて、演習宙域に進出、他の空母から発進した戦闘艇と合流している。
「対抗勢力ーー1時方向より接近中。接触まであと3分」
中央の大スクリーンに敵部隊ーー自動操縦の戦闘艇部隊を示す光の点が現れた。人では追いきれないほどの数の点が、味方部隊に向けて接近している。それに対抗する味方部隊は、3つの方形陣に分かれて待機している。それもよく見ると、光の点の集合体であることが分かるはずだ。
「対抗勢力、間もなく指定宙域に入ります」
「味方全機に通達、符丁『ブルーノ』。敵勢力を駆逐せよ」
リンネベルグ司令からの信号が伝えられるや否や、待機していた味方部隊が前進した。中央の部隊はゆっくりと、左右の部隊はそれより早く接近している。典型的な包囲と撃滅、そのはずだ。
「敵X-32、撃墜と判定。味方B-47撃破の判定、後退します。味方B-32、C-17、撃墜の判定」
演習がはじまってから後は、オペレーターが戦況の推移を淡々と読み上げる。艦橋の面々はスクリーンを見上げるだけだが、表情から全体的な戦況は読み取れた。
渋面ーー戦況は味方に不利。中央の部隊が押し込まれている。中央の部隊が優勢な敵を引き受け、その間に左右の部隊が敵後方から殺到する、そういうシナリオのはずだったが、中央の部隊ーーポプランやコーネフも居るーーの損耗が早い。左右の部隊は抵抗を排除するはずなのに、未だに敵との殴り合いを続けたままだ。
「B部隊(中央の部隊)は何をやっている。このままでは何もできずに突破されてしまうぞ」
「敵部隊の技量が予想以上です。先月の演習からさらに上がっているように見えます」
リンネベルグ司令の独り言に幕僚が答える。実際、味方にぽつぽつと損害が出て、敵に一時的な優勢状態を作られてはさらに敵が殺到するという状況があちらこちらで作られている。それをカバーするのがポプラン、コーネフといった一握りのエースパイロットなのだが、全ての状況をカバーできるわけでもない。
「技量も上がっているーーだが、それだけじゃない。撤収のタイミングを調整したな」
リンネベルグはそう言った。実際、エースパイロットが乱入すると敵はさっと逃げ散ってしまう。本来なら追撃して何機か撃墜すべきなのだが、味方のエースは少数で危機的状況は多数。他の援護に向かえば、敵部隊は再度集結して逆襲を開始する。きりがない。今までなら抗戦を試みて返り討ちにできるパターンなのに、それがなくなっている。
「敵Y-23撃墜。B-17ポプラン機がやりました!」
オペレーターの報告にほう、という声が報道班からあがる。実際、中央部隊の戦闘は数個の光る点が超人的な動きを見せ、敵を押し戻そうとしているのが見て分かる。
「B-17、敵Y-88を撃墜。4機目です。B-11シェイクリ機、敵Y-66を撃墜」
最初は押し込まれていた味方であったが、態勢を立て直しつつある。技量に劣る味方を、それなりに経験を積んだ機がカバーする、という戦術がようやく効いてきたらしい。耐えしのいでいる間にスーパーエースがカタをつけるわけだ。コロッサス艦橋に詰めている面々の表情が少し緩んだ。もしかして、なにもかもうまくいけば、このまま戦況が好転するやもしれんーーそういう雰囲気が流れ
一瞬で吹き飛ばされた。
「B-17より緊急信号、支援プログラム機能がシステムダウン、機銃、補助スラスターが効かないとの報告!」
オペレーターの声は悲鳴に近かった。艦橋が静まり返る。ポプラン機を示す光の点が赤色に変わる。緊急事態を示しているのだった。
「何があった」
「分かりませんーーコンピュータシステムの不具合ーーでも推進機能には問題なさそうですーー症状はコンピュータウィルス、システム暴走に類似しています」
リンネベルグと幕僚のやり取りを聞いていたかどうかは知らないが、システム軍団の士官が慌てて通信を始めた。コンピュータが
「B-17ーーポプラン機を引き返させろ。予備機に乗り換えさせるのだ」
「ですがーー」
「まともに飛ばせないスパルタニアンに何ができるというのだ」
リンネベルグの指示をオペレーターは伝えようとしてーー
「ネガティブ!ポプラン機、通信途絶、コンピュータシステムがダウン、手動操縦に切り替わってます!!」
オペレーターの声に艦橋内は再度ざわついた。手動操縦というのは最後の手段であって、そんな状態で交戦するのは正気の沙汰ではないーー常識はそのはずだった。
「何があった。何故後退しない。周囲の機体は何をやっている」
「B-14より通信。呼びかけに応答無しとのこと。通信機能の異常と思われるーー」
「だめです。敵の圧力が大きすぎて、誘導しようにも味方はどこも手一杯です。ポプラン機が自力で判断し、帰還しなければ」
幕僚の言葉に、リンネベルグは歯を噛み鳴らした。
「コロッサスより緊急シグナルを出せ。B-17を帰還させるのだ」
リンネベルグは指示を出し、オペレーターがあれこれ操作を始めた。コロッサスから古式ゆかしい発光信号が出始めた。ポプラン機から信号が見えれば、帰還命令が伝達されたことになる。あくまでも見えればの話であるが。
それにしても、ポプラン機の動きは群を抜いている。手動状態でも動きは遜色なく、さらに撃墜スコアを3つ重ねている。
「信じられない。完全手動であんな動きができるなんてーー」
幕僚の一人がうめいた。ヤンにはその意味するところが分からなかったが、ポプラン機が超人的な働きを示しているのは、撃墜スコアを見ればわかることだ。
「B-17、Y-98を撃墜。7機目です。なおも戦闘を続行ーー」
決定的な場面は直後に訪れた。B-17の光点が突如スクリーンから消え、直後、オペレーターの悲鳴ーー今度こそ悲鳴が、コロッサスの艦橋にとどろいた。
「B-17衝突!敵機との衝突です!!コントロールを失い、直後爆発四散ーー」
今度こそ艦橋は大騒ぎになった。
一週間後ーー
オリビエ・ポプランの葬儀は、演習終了直後、エル・ファシルの軍用共同墓地にて行われた。遺体は回収できなかったので棺に入っているのは、紙に印刷された写真と、本人が持っていたウィスキーのスキットルだけである。
調査によると、ポプラン機は7機目を撃墜した直後に、敵機を回避しようとして、すぐ近くを飛んでいた撃墜判定の敵機を避け切れずに衝突したとのことだった。撃墜判定された機体との衝突など、本来あり得ないことだったが、ポプラン機のシステムダウンにより、自動衝突回避機能まで働いていなかったことが仇となった。
葬儀には沢山の軍人が参列した。第343戦闘艇隊のパイロット、リンネベルグ司令、システム軍団の司令まで参列した(さすがに肩身は狭そうだったが)。
「オリビエ・ポプランの魂よ、宇宙に飛んで永遠の喜びの中に漂いたまえ……」
司祭役の士官が淡々と弔辞を読み上げる中、同僚ーーコーネフ、シェイクリ、ヒューズや部下が担いだ棺が、墓穴に収められる。墓にはただ単に「オリビエ・ポプランーー15月36日生まれ」と刻まれているのみだ。残念ながら、美女たちの涙の湖で溺死とはならなかったなーーそう思ったのはヤンだけだっただろうか。
参列した兵は、しんみりと死を悼んでいるようでそうとも限らないらしい。実際、ポプランの死、その直接的な原因であるスパルタニアンの動作異常については、まだ真相がはっきりしていない。はっきりするのはずっと後のことになるだろう。
だからこそ、噂が乱れ飛ぶ。システム軍団の陰謀だとか、AIが手っ取り早く勝てる方法を思いついてシステムを乗っ取っただの、整備担当がさぼってコンピュータのソフトウェアアップデートを行っていなかった、ポプラン機のコンピュータにウィルスプログラムが事前に仕組まれていた、エトセトラ、エトセトラ。
参列しているヤンもそういう噂話は聞いていなくもなかったが、事故については首を突っ込まないようにしていた。というか、思いもよらぬ事故の処理と調査に駆り出されて、それどころではなかったのである。もちろん、本来の総務部企画第三課の仕事がなくなるわけではない。またまたラオには大きな借りを作ってしまうことになった(自分が退役した後の体験ができたからいいだろ、ヤンはそう思っていたけど)
オリビエ・ポプランの魂が彷徨っているとして、この光景をどう思うだろうか。ヤンはしばし考えた。美女の涙で溺死できなかったことを悔やんでいるだろうか。軍は、いや、人類社会というのは、社会の進化についていけない人間には冷酷だ。そういう人間が過半数を超えない限り。自動操縦の戦闘艇に職を追われる未来を見ることができなかった、それは人にとっての幸せだろうか。別の天職が見つかる可能性はゼロではなかったはずだが、それをポプランに強いるのは良いのか悪いのか。
別にポプラン個人に限った問題ではない。士官だって、軍に残れるのは競争に勝ち残った人間だけである。階級が高くなるにつれ、仕事の椅子は数を減らしていく。競争に負けた人間には退役の二文字が突き付けられる。だからこそ、競争に疲れ果てた士官は、いざという時のための再就職先を探しながら日々を送ることになる。ヤンにすれば、願ったりかなったりな話ではあるが、士官のだれもが同じ意見ではないことを知っている。
「やっぱり、機械に殺されるのは無念だったんじゃないかなぁ」
ヤンは誰にも聞こえないようにつぶやいた。美女の涙に溺死するのが理想の生き方だったろうけど、第二の天職は宇宙海賊とか、帝国に亡命して戦って死ぬか、そっちの方がよかったのではあるまいか。こんなことを考えても仕方がないのだけど。
「あいつ……ポプランにとって、平和こそが一番の敵だった」
コーネフの言葉をヤンは反芻する。平和な世界に居場所がない人間、残念ながらそのような人は存在し、そしていなくなった。
一か月後ーー
「キャゼルヌ先輩の無事到着を祝して、乾杯」
「乾杯」
アレックス・キャゼルヌはヤンの士官学校での先輩である。それなりに交流があり、ヤン側からすると「目をかけてもらっている」先輩だった。退役を待つばかりのヤンとは違って、キャゼルヌの方は軍における未来の重鎮と目されている真のエリートである。階級は中佐であるが、キャゼルヌの方は今後も昇進を重ねていくだろうと言われている。
そんなキャゼルヌが惑星エル・ファシルにやって来た。名目は軍再編計画のための事前視察ということになっているが、詳細はヤンの知るところではない。それでも、ヤンの数少ない知り合いがエル・ファシルに来るのは嬉しいことで、ヤンは早速一席設けたのだった。キャゼルヌの方もまんざらではなかったようだ。
話すことは山のようにあった。ヤンの仕事のこと、エル・ファシルのこと、キャゼルヌの奥方のこととか子供のこととか。話がキャゼルヌの仕事の方面に突っ込んだ時、キャゼルヌがこんなことを聞いてきた。
「そういえば、こないだの演習で例の戦闘艇の事故を目撃していたんだよな」
「ええ。先輩はご存じだったんですか?」
「いや。でも、回ってきた報告書に、お前さんの署名がしてあったのは覚えていた」
そう言われてヤンは頭をかいた。
「なぁ、これはここだけの話にしておきたいんだが、ポプラン軍曹から何かを告白されたということはなかったか?」
「ポプラン軍曹から?何のことです」
ヤンは首をかしげた。
「例えば、懺悔とか、打ち明け話とか、そういうことを聞いたことは?」
「……」
ヤンはしばし考えていた。しばらくして顔をあげる。
「そうですか。そういうことだったんですね」
「何をだ」
「もう忘れるつもりでいましたが、やはり予感通りだったんだ。キャゼルヌ先輩、自分はどうしても納得いかなかった。ただの軍曹の営倉のために、戦闘艇部隊の司令が動くことが納得いかなかったんですよ。空母コロッサスでもそれなりに聞いてみましたが、確信的な情報は得られなかった。でも、今、分かったような気がします。」
「そうなのか」
「ポプラン軍曹は、恐らく軍の秘密を知ってしまった。それも本人が意図しない内に。そうではありませんか?」
今度はキャゼルヌが黙る番だった。
「最初に言っておくけどな。俺は当事者じゃないからな。あくまで伝聞情報だ。それと、ここからの話は本当の本当にここだけの話にしておけ」
「分かりました」
「軍は、部隊の練度向上のために、特別な教導部隊を編成しようとした。その中に戦闘艇の部隊も存在した」
「……」
「そんな中、戦闘艇の部隊に帝国への派遣という話が持ち上がった。帝国のどっちに派遣するかは知らんが、どちらにしても、ここじゃできない体験ができる」
「実戦、ということですか」
ヤンの声が自然と小さくなる。
「そうだ。帝国に派遣するにあたり、一番の問題は機密の話だった。同盟は帝国の内戦については局外中立、それが原則だ。実戦部隊を派遣しているとなると、問題が起きる。名前を変えても捕虜になり、自白をすればおしまいだ。それを解決するために、ある方法が用いられた」
「何でしょう」
「薬物、さ。禁断症状はサイオキシンに似ているが、継続投与している間は廃人化しないし、平常復帰する方法は確立されている。少なくとも紙の上では。陸戦隊が長時間の戦闘に使用することになっている覚醒剤、あれの別バージョンといったところか」
キャゼルヌの口調は何かを吐き捨てるようだった。
「それはいつの話ですか」
「俺の知る限りだと二年ほど前だ」
そうか、ヤンは頭の中でコーネフの言葉を思い出した。ポプランは二年ほど前に、三ヶ月ほどいなくなった。
「その部隊は今でもあるんですか」
「無いな」
今度のキャゼルヌは、何かを断定するような感じだ。
「別の誰かが思いついたのさ。帝国から実戦データをぶん取って、自動人形に学習させた方がリスクが少ないって。部隊は帝国に派遣されたが、大した実戦経験も積めず帰ってきたそうだ。ま、受け入れ体制が整ってなかったんだろうな」
「もっと早く気づいてほしかったですね」
「そうだな」
キャゼルヌがグラスをあおった。ヤンはなおも考える。恐らくポプランはその部隊に派遣された。そして、帝国に行かず原隊に戻された。何かトラブルがあったのだろう。一番確率が高いのは薬物、恐らくは。あの症状も、薬物の影響だと考えれば。
「そんな部隊に派遣されて、トラブルを起こす兵がいたとしたら、加えて反抗的な態度が感じられるとしたら」
「軍としては放っておけない、だろうな」
キャゼルヌの返答にヤンはため息をついた。ヤンもグラスをあおる。ウィスキーが少々多かったのか、ヤンは少しむせた。
「なぜ先輩は教えてくれたんですか?」
「教えるつもりはなかった」
キャゼルヌは言った。
「警告のつもりだった。例の事故報告書にお前さんの名前を見つけてな。妙なものに首を突っ込むかもしれんと思ってなぁ。退役して娑婆に戻って夜道を歩いていたら、無灯火の
「そりゃまぁ」
「だったら、今回の件、あまり深追いはしないことだ。その気が無いなら無いで結構だが」
「分かっていたつもりでしたが」
「??」
「やはり、軍にとって軍曹など消耗品でしかなかった。軍隊はいつもそう。兵や下士官のことを何だと思っているんでしょうね」
「おいおいーー」
キャゼルヌは苦笑しながら言った。
「『軍隊』のところを『国』や『国民』に差し替えても成り立つ話だな。結局自分の命や財産でなければ、それなりの犠牲であればーー
「そんなもんですか」
「例え、帝国との戦争が続いていたとしても、だ。関係ない国民からすれば勝った負けたの方が重要だし、自分の懐があったまる方がもっと重要だ。前線では何万何十万の兵士が死んでいても、だよ。ならば、そんな犠牲を払わずに済むようになるのが手っ取り早い、そうではないかい。ヤン?」
ヤンは苦笑した。こんな話しててもしょうがないですね。場が重くなってしまったから河岸を変えましょうーーそう言って、ヤンとキャゼルヌはバーを出ていったのだった。
次回予告
憲兵隊に一枚の怪文書が持ち込まれた。ただの悪戯にすぎない、誰もが思ったその怪文書は、銀河帝国の内戦、それに大きな影響を与えるものだった。
銀河英雄伝説 ファニー・ウォー 第三話「灰色計画」