銀河英雄伝説 ファニー・ウォー   作:ブッカーP

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 エル・ファシル最大のお祭り「建軍祭」。そのお祭りの最中、ヤン・ウェンリーはエル・ファシル、いや、自由惑星同盟の中に潜む(ひずみ)に接することになる。


第六話 建軍祭

<1>

 

 自由惑星同盟で一番の祭典は何か?

 

 そう言われたら、いろいろな回答があるであろう。新年を祝う新年祭、自由惑星同盟建国記念祭、アーレ・ハイネセン誕生祭、その他いろいろである。

 

 だが、軍都エル・ファシルなら大体の人がこう答えるだろう。

 

「自由惑星同盟軍 建軍祭」である、と。

 

 

 

5月26日(建軍祭前日) 14:00ーー 

 

「では、始めます。建軍祭前日の最終チェックを行います。マドックス君、開会式の座席の配置は?」

 

「完了しました。変更も折り込み済です」

 

「パレードの山車、設営は終わっているか?ブリスター君」

 

「六号車、十三号車がまだです。ですが、明日の朝には終わる模様」

 

「ちゃんとチェックしておいてくれよ。スチュワート君、パレードに参加する部隊は全部揃っているだろうな」

 

「問題ありません。本日22時までに全部隊、兵舎宿泊の予定です。差し入れも手筈通りに」

 

「よし、大通りの封鎖準備はどうなっているブラッドショー君ーー」

 

 ヤンは会議室の光景をぼーっと眺めていた。会議室では、ラオ大尉が課員を前に最終チェックを行っている。三か月前から少しずつ進めてきた、建軍祭の準備も今日で終わり、後は明日の建軍祭当日を残すのみとなっている。

 

 自由惑星同盟軍 建軍祭ーー

 

 その名の通り、5月27日の建軍記念日を祝う祝祭である。別にエル・ファシルに限らず、ハイネセンでも、他のどの惑星でもこの日は軍の祝日として、記念イベントが行われる。但し、惑星エル・ファシルにおいては、軍だけでなく市民を巻き込んだ大イベントが挙行されるのである。実際、この日は惑星エル・ファシルだけは祝日として、会社や自治体組織もお休みとなるのだ。

 

 そして、行政府エル・ファシル・シティでは、中央の大通りを封鎖して軍によるパレードが行われる。パレードに参加する部隊は、惑星エル・ファシルに駐留する第二艦隊より選抜される。パレードに参加しない部隊は、ごく一部を除いて、休暇が与えられる。

 残念ながら、前線に展開する第四・第十艦隊はこの祝祭に参加できないし、休日もないが、シャンパンの特配があるし慰労金も配られる。兵によってはこちらの方が気楽でいいという人もいるそうだ。

 

 まぁ、要約するとそれだけ盛大なお祭りである、ということだ。例によって例の如く、イベントの裏方として奔走するのは憲兵隊総務部ということになるが、恐らく沢山ある仕事の中で、最も真面目に取り組むのがこの仕事であろう、そう言われている。

 

「では、皆さん、特にスケジュールを遅延させる事項は無い、そういうことで、準備の最終段階、頑張っていきましょう。解散!」

 建軍祭準備に関する、憲兵隊総務部企画第三課のミーティングは終わった。まぁ、今回の建軍祭では、トラブルになりそうな事項もあまりなく、指揮を執っているラオを煩わせるようなものはほとんどなかった。ヤンも、ミーティングの最初から最後まで一言も発しなかった。

 ヤンとラオを除く課員は全員会議室を出ていった。ラオは映像機器を片付けると、冷めてしまったコーヒーを一気に飲み干した。

 

「大尉、ご苦労。これで、課長になっても問題ないな」

 

「やめてくださいよ課長。昇進してからどうするか、気が重いんですから。事件捜査をしながら総務の仕事なんて、課長みたいな器用なことはできませんからね」

 ヤンの言葉にラオは苦笑しながら答える。ヤンの退役に伴い、総務部企画第三課はラオが課長となることが内定している。ヤンとラオのコンビも、もう間もなく終わりとなるのである。

 

「大尉にそのような事件が降りかからないことを祈るよ。まぁ、退役が近いからってことで働き過ぎたな。退役したら、しばらくはのんびりと過ごさないとな。魚釣りでもするか」

 

「一度休んだら、もう二度と働きたくない、なんてことにならないですか」

 

「そうだなぁ。もしそれができるならそうしたい。でも、働かずに過ごすには、恩給はあまりにも少なすぎる」

 

「受給資格すぐで辞める人の言葉じゃないっすね。当たり前じゃないですか。十年働いただけで一生食べて行けるなら、誰も働かなくなっちゃいますよ」

 

「別にいいじゃないか」

 

「そんなに働きたくないなら、トリューニヒト議員にたかりにいったらどうです。どうせ弱みの一つや二つ、握っているんじゃないですか」

 

「ちぇー」

 

「それなら退役やめてもいいんですよ。多分、今、人事局に言えば大喜びで調整してくれるでしょうよ」

 ラオは口をとがらせて言う。今の同盟軍は、管理職が一人抜けても平然としていられるほど、人員に余裕があるわけではない。

 

「まぁ、戯言はここまでとして、建軍祭自体は心配していない。チェックリストの通り、万事遺漏なく推し進めるだけさ。問題はーー」

 

「まぁ、問題はそうですね」

 

 ヤン・ウェンリーとラオにとって一番の心配の種、それは明日のデモ集会の監視である。建軍祭の日には公的私的なイベントが盛りだくさんで開催されるが、そうであるが故に、警備の人間も大量に必要となる。問題が無さそうなイベントを放置したとしても、そのキャパシティは、警護担当の治安警察、憲兵の能力を大きく超える。超えた分はどうするかというと、アウトソーシングということになる。

 エル・ファシルの建軍祭は、惑星全土が休暇扱いになるし、少々夏に入ってはいるが、気候も温暖で雨天のリスクも少ない。つまりは、格好のデモ日和である。

 憲兵総務企画第三課にも、1つの政治的集会、その監視の任務が回って来ていた。どうということのない集会とデモ、どこかの誰かがそう判断したから第三課に回ってきたのである。例え、動ける人間がヤンとラオしかいないとしても、それは問題がないものと判断された。その時点では。

 

 

 

5月26日(建軍祭前日) 17:00ーー 

 

「ヤン少佐かね?」

 その日の業務も終わり、休憩所でまったりしていたヤンに呼びかける人が居た。がっしりとした体格、少し後退したブラウンの頭髪を整髪料でなでつけている。階級章は中佐、バッジからすると憲兵隊の交通機動隊に所属しているらしい。ネームプレートにはクリスチアンとあった。

 

「は、何か御用でしょうか」

 ヤンは立ち上がろうとして、クリスチアンに押しとどめられた。クリスチアンは当然とばかりに、ヤンの横の席に座る。

 

 ヤンは男の意図が分からなかった。同じ憲兵といえど、総務と交通機動隊では社会が違い過ぎる。ほとんど没交渉といっていい。ヤンにとってクリスチアンというのは、交通機動隊でそんな幹部が居たな、ぐらいの知識しかない。

 

「聞いたよ。デモ集会の監視をするようだな。全く、建軍祭でもなければ……」

 

「は。ですが、建軍祭に併せた集会の開催は珍しくありません」

 ヤンは型どおりの返事をしながら、クリスチアンの意図を訝しんだ。警護の割り振りをするのは治安警察と憲兵隊の交通機動隊の担当のはずだ。とすると、こちらに監視の仕事を割り振ってきたのはそちらではないのか。

 

「そうだ。でも、気になることがあった。何、何もなければ何もなくてよいのだ。少佐、デモ隊の集合場所はどこになっている」

 

「ジューコフスキィ通り公園です」

 ヤンは答える。クリスチアンはスレート端末を操作して目的の情報をダウンロードした。

 

「なるほど。パレードより場所は離れているが、午前10時、パレードは終盤だけどまだやっているな。人目につかない時間にデモをやる。おかしいとは思わんかね」

 

「申請が遅れたのでしょう。それに、同時間帯の集会は他に8箇所あります」

 

「そうだ。本来ならその場で意思表明するのがデモの目的だが、撮影して動画の形で配信するという手もある」

 

「ならばなぜ」

 ヤンにはクリスチアンの意図が分からない。

 

「人目につかない、というのは、市民にとってもそうだが、警察にとってもそうだ、ということだ。何かトラブルがあっても対応する人間はいない」

 クリスチアンの言葉にヤンは顔をしかめた。

 

「トラブル?」

 

「この広場だが」

 クリスチアンは端末に地図を表示する。100メートルほど離れた場所を指し示す。

 

「この雑居ビル、ここに憂国騎士団の支部がある」

 

「憂国騎士団」

 ヤンはオウム返しに聞き返した。憂国騎士団といえば、憲兵隊でも要注意団体としてリストアップされている右翼系団体ではないか。最近あまり活動している話を聞かなかったが(だから要注意扱いなのだが)、そんな所にあるとは。

 

「しかし、この団体は直近で活動の記録が見られませんが」

 ヤンは自分の端末で関連情報を検索して答えた。ちなみに、活動とは法的問題となりそうな実力行使のことを指すから、宣伝活動とかそういうのは記録にならない。

 

「君は、肝心なところで頭の巡りが悪くなるようだね」

 クリスチアンは、階級が下とはいえほぼ初対面の人間に対して、批判の言葉を浴びせた。

 

「このデモ団体が、何かを企んでいると考えたことはないのかね。建軍祭の事情を知っていれば、誰でも思いつくものだ」

 

「デモ隊が暴徒になると言っているのですか」

 ヤンは信じられないという口調で答えた。

 

「そう断言はしていないが、衝突の可能性も考えておけ、ということだ。警戒は怠らずにな。憂国騎士団の方は、最近、広報が活発化している」

 クリスチアンは答えた。恐らく、交通機動隊の元締めとして、エル・ファシル内の政治団体の動向は大体心得ているのであろう。

 

「心得ておきます」

 

「何も起きないならそれはそれでいい。ところで、だ。もし、起きたとしたら?」

 

「仲裁に入るのではないのですか」

 ヤンは言った。監視だからといって、トラブルも見てるだけ、というわけにはいかない。トラブルが発生したら、デモの中止を呼びかける権限はあるし、応援を呼ぶという選択肢もある。もっとも、建軍祭の日は警察は大忙しだから、来てくれるかは分からない。

 

「基本的にはそうだ。だが、何もできない、という可能性もある。何もしない、結果としてそうなることもある。監視というのはそういうものだ」

 

「本気ですか」

 ヤンは顔をしかめた。トラブルが発生しても放置しておけ、そう言っているように聞こえた。

 

「本気だと言ったら?」

 

「交通機動隊の言葉とは思えません」

 

「だが、監視に参加するのはせいぜい2、3人だろう?結局そうなるのではないのかね。事が起きたら、だが」

 そう言われたらヤンも返す言葉がない。

 

「まるで事が起きることが分かっているようですね」

 

「そうではない」

 クリスチアンは手を振って言った。

 

「政治団体というやつは、外から見ると破落戸(ごろつき)と大差ないように見えて、ある日、突然化けることがある。中枢星域と辺境星域の対立が進みつつある現状では尚更だ。これをチャンスと捉えてもおかしくない。少佐、私にはわかるのだ。本来なら、実例も交えて話すべき事項かもしれんが、これは体験しなければ、時間が経たなければ、真の意図に気づくのは難しい。だが、今年で退役する君には分からないことだろう。だから一言だけ言っておく」

 

「警備計画について、教本通りのやり方が最善のやり方とは限らないのだ。泥を被ること、被らせることが後で効いてくることもある。警備の資源が限られているとしたら尚更だ。いいな」

 そう言って、クリスチアンは立ち去って行った。ヤンとしては、クリスチアンの意図がどうにも掴めなかったが、後でもう少し資料を調べておこう、それだけ頭に留めておいた。

 

 

 

5月26日(建軍祭前日) 22:00ーー

 

 エル・ファシル憲兵隊本部の食堂には、数十人ほどの人間がやることもなくたむろしていた。多忙で知られる憲兵隊本部とはいえ、こんな時間帯にこれだけの人間が居ることは滅多にない(ないわけではない)。種明かしをすると、建軍祭前日に存在する深夜作業の監督のため、待機が命じられているのであった。監督といっても形式的なものだから、一部を除いて残りはここか、仮眠所で待機することになる。

 

 もちろんヤンも例外ではない。テーブルに私物のティーセットを広げて、テレビを見るか、本を読むかして時間を潰している。食堂にあるテレビでは、エル・ファシル公共放送によるニュースを流している。

 

「さて、本日の特集です。『同盟の分断 第一回』、現在、同盟議会で審議されております軍改革法案ですが、反対派議員による抵抗に遭い、審議は膠着状態となっております。超党派の反対派議員、そのほとんどが辺境星域出身であります。最強硬派のアレクーシン・リヴォフ上院議員は、これを『同盟の分断』と呼び、同盟内での国民意識、それが分断されたためこのような法案の提出に至ったのだと主張しております。この問題につきまして、今回は下院議員のホワン・ルイさんをお呼びして、ご意見を頂きたいと思います。ホワンさん、よろしくお願いします」

 

「お願いします」

 

「最近、語られるようになりました『同盟の分断』、国民意識の分断ですが、どのようなお考えでいらっしゃいますか」

 

「はい。同盟国内の均等な開発を目指すとなりますと、どうしても経済的に優位な中核星域から、辺境星域への再配分という形を取ります。これは当然ながら、中核星域にとっては不満なわけです。これを正当化する論理として、帝国の脅威に対抗する、というのがあるわけですが、帝国の内戦が収束するそぶりを見せない現在、辺境星域への投資が無駄だという声が強まっております」

 

「中核星域と辺境星域の経済格差が意識の分断を呼んでいる、ということでしょうか」

 

「そうです。意識の差を埋めるには、お互いの相互理解、相互交流というのが有効ですが、最近はそれが弱まっていると言われています。私の所属しております、人的資源委員会のまとめた統計でありますが、中核星域の人口120億に対して、辺境星域の人口は60億人となっております。ですが、軍隊の出身星域を比率にしますと、4対6となり、比率が逆転するのです。これは、徴兵制が事実上停止していることが大きな要因ですが、中央と辺境の有事に対する意識が違うことも大きいのです。そのため、国防費の取り扱いをめぐって、中央と辺境で対立が起きる、というのは自然な流れです」

 

「中央星域では、国防への関心が薄い、そういうことでしょうか」

 

「自然休戦状態で50年近くも経つので、戦争と言われてもピンとこないのかもしれません。ですが、ティアマト会戦までの、帝国との戦争があった時代は、宇宙艦隊はハイネセンに集結し、必要に応じて出撃していきました。軍隊が身近にあること、そして、戦場に征く、還る兵士を見ることで、中核星域の人々も戦争を我がものとして考えていったのではないでしょうか」

 

「なるほど、現在、中核星域に存在する艦隊は、第一艦隊しかありません」

 

「その昔、まだ私が駆け出しの政治家だった頃、大先輩でご存命だったファン・チューリン先生からお話を伺ったことがあります」

 

「ファン・チューリン先生。所謂『730年マフィア』のファン・チューリン提督のことでしょうか」

 

「そうです。ファン先生が軍にいた頃は、軍の訓練施設はハイネセンポリス郊外にあり、首都で軍服姿を目にすることは珍しくなかったと。ですが、現在は軍施設は惑星ハイネセンを周回するコロニーに移ってしまいました。施設としては充実しているのですが、本当にこれでよいのか、そうおっしゃってました。ブルース・アッシュビーは、戦場を前線に限定する、というコンセプトの下に、機動戦力をアッシュビー・ラインの中に閉じ込めました。もちろん、それは大きな成果を挙げているわけですが、同時に副作用も生んでしまったと思えてならないのです」

 

「ありがとうございました。明日は、第二回として、財政の観点から『同盟の分断』を分析していきたいと思います。ゲストは、財務委員会所属のジョアン・レベロさんを予定しております。それでは、次はスポーツですーー」

 

 スポーツコーナーに切り替わったのを見て、ヤンは再び本を開いた。

 

「同盟の分断ねぇ……喉元過ぎれば熱さを忘れる、そんなものか」

 思えばエル・ファシルに長く居すぎたなぁ、そうヤンは思った。辺境星域のいろいろな所を回って、エル・ファシルに落ち着いてから4年、ここは悪くない星だとは思うけど、退役してからも住み続けたいかと言われると、多分そうではないのだ。嫌いとかそういうものではなく、新生活は別の場所で過ごしたいのである。別に中核星域に引っ越したいとは思わない。辺境星域だって学校はあるし、教師の口は何とかなる自信がある。後は、温暖な所がいいなぁと思うだけだ。

 クリスチアンの言葉を思い出す。政治対立によって、政治団体は化ける、と。

 

「そう、事が、大きくなってくれなきゃいいけど」

 

 

 

<2>

 

5月27日(建軍祭当日) 8:30ーー

 

 エル・ファシル・シティ、行政府前の大広場、スプリングフィールド広場では、演説台が設置され、仮設のスタンドには惑星内の政財界要人が集まっていた。周囲には、開会式を見ようと市民が集まっている。建軍祭のスタートは、開会のスピーチと、軍によるパレードで始まると決まっている。

 

 時間になったことを確認した、司会ーー地元テレビ局のアナウンサーーーが壇上に立つ。スピーカーからファンファーレが鳴り響く。

「皆様、おはようございます。本日は晴天に恵まれ、絶好の建軍祭日和でございます。それでは、建軍祭開会セレモニーを始めさせていただきます。まずは、エル・ファシル・シティ市長、フランチェスク・ロムスキー様よりご挨拶を頂きます」

 

 アナウンサーの言葉に促されるように、スタンドから中年の男が立ち上がり、演題に向かった。フランチェスク・ロムスキー、先代市長の引退を受けて行われた市長選挙で当選した男で、地元政財界の強力な支援を受けている。年齢は今年で38歳だから、若手どころの話ではないが、新工場の誘致等の実績をアピールしており、まずまずの支持を得ている。

 

「自由惑星同盟、ならびに、惑星エル・ファシルに住まう市民の皆さん!市長のロムスキーであります。本日は、この大変よろしい天気の中、お集まり頂き、誠にありがとうございます。今年も自由惑星同盟軍、建軍祭の日を無事迎えることができました。かつてブルース・アッシュビーがアッシュビー・ラインの建設を訴えた時、議場から笑い声があがったと聞いております。そんなことができるわけがない、それが大方の意見でありました。しかし、アッシュビーは諦めることはありませんでした。各方面に同志を募り、市民の声に耳を傾け、同盟の防衛と繁栄のために尽力した結果、現在があるのです。この惑星エル・ファシル、数年後には人口6億を突破するとの予測もありますが、国土の繁栄と防衛を指導してきたブルース・アッシュビーと、協力し、たゆまぬ努力を続けてきた市民の想いが実現した存在であると断言せざるを得ません」

 

 さすが、惑星エル・ファシルだけあって、スピーチではアッシュビーが頻繁に引用される。まぁ、アッシュビー・ラインがなければ、惑星エル・ファシルは人口が200万を超えることのない辺境惑星のままだから、こればかりはしょうがない。

 

 なお、このスピーチには不文律があり、どんな内容でも10分は絶対に超えてはならないと決められている。スピーチを一度だけ担当したことのあるブルース・アッシュビー本人(その当時は最高評議会議長)が、壇上に立つなり原稿を破り捨て、

 

「おい、今日ぐらいはみんな楽しめ!10分以上くだらないおしゃべりをする奴は全員銃殺刑だ!!」

と叫んだためだとされている。昔、一度不文律を無視した市長が居たそうだが、あまりのブーイングの酷さに途中でスピーチを切り上げたという話すらある。

 

「……惑星エル・ファシルと自由惑星同盟に永久(とこしえ)の自由と繁栄があらんことを、この祈りをもって、開会の挨拶とさせて頂きます」

 どうやら市長のスピーチが終わったようだ。ここから、地元経済界の代表(名目としては建軍祭実行委員会委員長)、駐留艦隊である第二艦隊司令官パエッタ少将の挨拶と続く。もちろん、スピーチは10分以内という制限は厳密に守られる。

 

「皆様、ご挨拶ありがとうございました。一旦ここで、御来賓の方々にはご退場頂きます。壇上では、エル・ファシル・シティ市民合唱団の皆様による、国歌斉唱が行われます。皆様、しばしお待ちください」

 アナウンサーがそう言うと、来賓が退場し、代わりに数十人の男女がぞろぞろと入ってくる。整列が終わると、国歌の斉唱が始まった。

 

 

 

 国歌の斉唱が終わると、本番のパレードが始まる。パレード参加者は、広場のすぐ横にあるアッシュビー大通りに待機しており、スタートの合図を待つばかりである。

 

 係員が先頭に位置するブラスバンドに耳打ちをした。ブラスバンドの太鼓隊が一斉に太鼓を打ち鳴らすと、同盟国歌を演奏し、行進を始めた。パレードの始まりだ。

 

 パレードは、エル・ファシル合同庁舎前の片側4車線の大通り、それを両方埋めるような形で前進する。道路の両側には見物客が鈴なりになっており、パレード隊が来ると思い思いに歓声をあげる。ブラスバンドは同盟国歌を演奏し終えると、数多ある軍歌や行進曲の演奏に取り掛かった。

 

 最初に流される行進曲は、同盟軍の公式軍歌で最も有名な「同盟軍賛歌(アライズ・ヒム)」である。パレードでは、曲を合唱することはないので、歌いたければ各自勝手に歌うしかない。歌詞は3番まであるが、1番の歌詞は以下の通りである。

 

惑星ハイネセンから惑星オーディンまで

(そら)、陸、海で祖国のために戦う

正義と自由のために戦う、偽りなき我等の栄誉

誇りをもって讃えん、同盟宇宙軍

 

 もちろん、同盟軍がオーディン近辺などで戦ったことなどないのだが、同盟軍の公式軍歌といえば、まずこれが最初にあがってくる。その昔、まだ同盟と帝国が交戦状態にあった頃、大規模な捕虜交換行事がフェザーンで行われたことがあった。習慣に従い、両軍の軍歌が演奏された時、帝国軍が惑星オーディンという歌詞にクレームをつけたことがあったそうである。その時、フェザーン大使館の駐在武官が、では、軍歌を演奏するのを止めて、国歌を演奏しましょうか、と言って帝国のクレームを取り下げさせたという『伝説』がある。

 

 この駐在武官が誰なのか、これだけを調べるのに十人以上の歴史家が挑戦したが、未だに確たる結論は出ていない。自由惑星同盟のデータベースも、この件に関しては沈黙している。

 

 

 

 同盟軍賛歌を流し終えた後は、今度は随分と明るい調子の曲が流れ出した。同盟国民、特にエル・ファシル市民に根強い人気を誇る「ブルース・アッシュビー・マーチ」である。

 

同盟軍のリーダーは

アッシュビー、アッシュビー、ブルース・アッシュビー

強くて明るい人気者

アッシュビー、アッシュビー、ブルース・アッシュビー

アッシュビー、アッシュビー

さぁ歌おう声高く、ヘイ!ヘイ!ヘイ!

 

帝国を倒す同盟軍

アッシュビー、アッシュビー、ブルース・アッシュビー

 

 別に個人崇拝とかそういう目的で作られたものではない。この曲が作られたのも、政治家ブルース・アッシュビーが引退した後である。

 元々は歌われなくなって久しい俗謡に歌詞をつけたものだったらしいが、歌いやすさと歌詞のキャッチ―さで、たちまちのうちに人気を博したのであった。もっとも、当のブルース・アッシュビーはこの歌を嫌っていたらしく、晩年近くにこの歌を聞いた時、肖像権違反で訴訟を検討したこともあったそうだ。実際、軍がこの行進曲(マーチ)を公式に演奏し始めたのは、わずか十年前からであった。「730年マフィア」最後の生き残り、アルフレッド・ローザスの死去まで待たなければいけなかったのだ。それでもこの歌が生き残ったのは、やはり人気があったからであろう。

 

 

 

 子供にも人気な、軽やかな行進曲が流された後は、少しスローテンポな曲に切り替わった。こちらは「輝く我が名は同盟宇宙軍」という軍歌だった。こちらも全年代に人気があり、酔っぱらった兵隊が肩を組んで歌をがなり立てている光景が見られる。

 

鉄腕豪剣、幾千度

鍛えてここに、我等あり

勝利に燃ゆる、栄冠は

輝く我等ぞ、同盟宇宙軍

オゥ、オゥ、オゥオゥ、同盟宇宙軍

フレ、フレフレフレ

 

 この歌は、同盟軍陸戦隊が創設された直後から歌われていた歌である。作詞、作曲ははっきりしないが、装甲擲弾兵が酔っぱらったときに歌われたものだとか、訓練教官が作ったものだとか、はたまた有名な作詞家に依頼したが忘れられているだけとか、いろんな説がある。確かなのは、いつの間にか陸戦隊だけでなく、同盟軍全体の軍歌になっていることであった。当初は、歌詞の「同盟宇宙軍」は「同盟陸戦隊」だったのである。

 

 ブラスバンドが通ると、今度は少し間隔をあけて、パレードに参加する山車が登場した。山車は大型のトレーラーに装飾を施したもので、パレード参加部隊1つに1台が割り当てられる。部隊は自由に山車を装飾してよいことになっており、意匠を凝らした山車はパレードの名物となっている。実際、エル・ファシル・シティ行政府が山車のナンバーワンを決める投票を行っているほどだ。

 

 山車の後には、パレード参加部隊の兵が徒歩で続く。兵は、横断幕を掲げながら行進することになっており、横断幕は事前に貸与される。

 「自由市民の味方、自由惑星同盟軍」

 「ともに、高く」

 「軍は国民を最後まで守る」

 と、内容はいささか教条的だ。昔はそうでもなく、横断幕は山車と同じく参加部隊が文句を考えることになっていたのだが、

 

 「お嬢さん、一緒に寝ようぜ」

 などという横断幕を掲げた部隊がいて、クレームになったからこうなっている。ちなみに、この文句を考えたのはオリビエ・ポプランという下士官だったそうだが、無論ヤンの知るところではない。

 

 その後は、「市民の有志」によるパレード山車が続く。有志といっても、エル・ファシルに会社を置く企業が出資しているものがほとんどで、事実上企業宣伝のために使われている。流している音楽も軍歌などではなく、流行歌やCMソングが中心になる。

 

 そして、沿道では、観覧する市民が歓声をあげ、通りにあるビルの窓からは紙吹雪が撒かれる。これはパレードではいつもの光景だ。

 

 

 

<3>

 

5月27日(建軍祭当日) 9:30ーー

 

 ジューコフスキィ通り公園には、かなりの人数が集まっていた。デモ集会の参加予定人数は100人と聞いていたが、どう見てもそれ以上いる。

 

「ラオ、どうだ。まだ増えるか」

 ヤンは、公園外周に止めてある憲兵隊の車両の中で、同乗するラオに聞いた。監視用のための車両は、外見こそ古式ゆかしいワンボックスタイプの地上車(ランドカー)ではあるが、内部では通信機器やらディスプレイやらが設置されている。だが、本日の主役はそれではない。

 

「増えますね。申請と全く違う」

 ヤンの質問に、ラオはスレート端末に目を落としながら答えた。ようやく借りられた監視用ドローンが2台、広場の周りを巡回しながら人の動きを監視している。公園での人の動きを監視するには2台ではとても足りないから、遥か上空にドローンを待機させて、大まかな動きだけを掴むようにしている。今は人の熱源を頼りに、ジューコフスキィ通り公園周辺の人の動きを探っている。その結果がラオのスレート端末に表示されているというわけだ。

 

「公園のあの広場、何人入ると思う?」

 

「300人ぐらい、ですかね」

 スレート端末から目を離し、ちらと広場に目をやったラオがこたえた。広場は既に半分弱が埋まっていて、これからさらに人が来るという。広場の中央の少し盛り上がった部分には大型スピーカーが設置されている。集会団体が持ち込んだものだった。

 

「同盟内の貧困撲滅のための再配分運動、か」

 ヤンは自分の端末で情報を検索した。集会の申請情報の欄、主催団体名にはそう書いてあった。

 

「警察のデータベースには何もないのか。本当に」

 

「なかったですね」

 ラオはスレート端末から目を離さない。昨日の夜に、試しにと申請情報を憲兵隊データベースに入力してマッチングしてみたのだが、めぼしい情報は得られなかった。どうも、ハイネセンに似たような名前の政治団体はあるらしいのだが、いまいち関連性は掴めない。ラオには、治安警察のデータベースとの突き合わせを依頼したのだが、どうも空振りに終わったらしい。

 

「でも、ご丁寧に弁護士は連れてきている」

 連絡先のIDを検索すると、どこぞの中小法律事務所の情報がヒットした。政治団体だから、と言えなくもないが、まるで法的トラブルを想定しているようで嫌になる。

 

「憂国騎士団はどうしている」

 

「特に動きはありません」

 

「そうか」

 ヤンはため息をついた。何事もなく終わってくれればいいが。だが……ヤンは手持ちの端末を操作し始めた。

 

 

 

5月27日(建軍祭当日) 10:30ーー

 

「都市の経済格差、貧困問題は今や待ったなしの状態であります!ハイネセンポリスでは日々の生活を送ることも困難な市民が十万人に達しーー」

 

 予定時間の11時になり、集会が始まった。急ごしらえの演台には、運動員が立ち、挨拶やら活動報告やらを行っている。集まった人数は300人を超え、ジューコフスキィ通り公園の広場をびっしりと埋めている。

 

 ヤンは集会の様子を撮影しながら監視していた。

 

「やはりハイネセン系の団体なのかな」

 

「でしょうね。エル・ファシルという観点からするとずれています。それに、ハイネセンポリスの話ばかりしている」

 ラオは答える。

 

「わざわざエル・ファシルくんだりまで来るのか……」

 ヤンは唇を噛んだ。別に貧困問題がエル・ファシルにないわけではない。だが、軍と公共事業が経済の牽引車であるエル・ファシルの場合、格差はそれほどあるわけではない。今のところは。

 恐らく、エル・ファシル市民の大半は、ハイネセンポリスなど実際に目で見たことなどないはずだ。ヤンだって、士官学校に行かなければ惑星ハイネセンなど行かなかったかもしれない。

 

「ドローンの充電はどうだ」

 

「あと30分はかかりますね。旧式なのはいけないですね」

 人の流れは少なくなったので、ドローンは撤収させている。再び飛ばすには充電が必要だが、充電まで時間がかかりすぎるのが悩みの種だった。必要な分、量を用意するタイプのドローンだからある意味しょうがないのだが、愚痴っても現状が改善されるわけではない。

 

 広場では、新しい演者が演説を始めていた。今までの演説と違ってボルテージが一段高いことが分かる。どうやら、この集会のメイン・イベントはこれらしい。

 

 演説については、導入は他と変わらない。都市の困窮問題、貧富の格差増大、同盟の硬直的な財政に対する批判と続いた後、こんなことを言い出したのである。

 

「困窮問題の改善のためには、政府の支出を公共セクターから福祉セクターへ大々的に移行しなければならない。帝国の脅威を言い募り、攻めても来ない帝国に対して、働きもしない兵士や軍艦を作って何になる。見よ、このエル・ファシルの建軍祭こそが、無意味な公共支出の象徴ではないかーー」

 

「おいおい」

 ヤンとラオが姿勢を正した。ハイネセンではそのような物言いが一般的なのかもしれないが、エル・ファシルでそんな意見を言うことは、禁忌というかサイコパスの所業というか、そういう類のものである。

 

「戦わない軍隊、パレードだけで目立つ軍隊、そんなものに同盟政府は巨額の費用をかけているのである。政府はその正当化のために、愛国と称する政治団体を称揚・支援し、国民を欺いている。それに対する戦いを我々は止めてはならない。そして、この場所、ここにも右翼の芽は存在する。我々はそれを粉砕せねばならない」

 

「待てよーー」

 ヤンとラオの顔から血の気が引いた。これは、何か破壊活動を目論んでいるということなのか。

 

「ラオ、ドローンは動かせないのか。充電など途中で切り上げられるだろう」

 

「できますが、これ、集会を強制終了できないんですか。やばいでしょ」

 ラオがヤンに聞いたが、ヤンは首を横に振った。

 

「弁士中止、それができるのは警察が十分居る場合だ。こちらは二人しかいないんだ。鼻で笑われたらジ・エンドだぞ。その後で何を言っても聞いてもらえなくなる。こちらが頭数を揃えるまでは。第一、規則違反がない限り、集会の自由は守られなければならない」

 ヤンの声にも焦りが混じっている。ヤンは憲兵隊本部に通信を取る。詳細を話して応援を寄越すように要請したが

 

「具体的な行動がなければ、増員は認められない。第一、憲兵隊にも人員の余裕はない」

 

 とはねのけられるだけだった。念のため治安警察にもコンタクトを取ってみたが、回答は似たようなものだった。

 

「どうします?一応、無力化ガスは1パックありますけど」

 

「暴漢の鎮圧じゃあるまいし。数百人に散布して使えるわけじゃないだろう。それは後にしよう。それよりドローンだ」

 ヤンに言われて、ラオは、充電器からドローンを取り外した。再度空撮を実行しようと思ってドローンを手に車の外に出てーー

 

 そして、言葉を失った。

 

 

 

「何ですって?」

 通信を切ったヤンに、ラオが身を乗り出して聞いてきた。

 

「そんな計画は出していない。書類か事務のミスではないか、だそうだ」

 

「はぁ?そんなんありなんですか」

 

「私に聞かないでくれ。だが、相手は弁護士だぞ。根拠があって言っているか、そうでないか、可能性からすると前者だろう」

 ヤンが通信した相手は、届け出上のデモの代表者だった。集会が終わり、デモ行進が始まった時、申請とは正反対の方角へ向かったのを見て通信したのだが、あっさり躱されて今に至るというわけである。これは後で知ったことだが、ルートの申請というのは交通規制とか他のデモとの調整とかそういう目的で行われるもので、デモが申請と違った方向に行っても、それを止めたりするのは難しいらしい(後で罰するのはそれほど難しくないが、大したペナルティは課せられないらしいのである)。

 

「しかしこのルート……」

 ラオがスレート端末の画面をヤンに見せてきた。端末では地図アプリに、ドローンが識別した人情報が点で示されている。今の状態は、公園の広場にある無数の点が、少しずつ広場から移動して、道路に出ているところだった。シュプレヒコールをあげながら外に出て整列しているデモ隊の様子を、そのまま抽象化している。このまま進むとすると、憂国騎士団の支部があるビルのすぐ近くを通ることになる。それこそが、デモ隊の目的なのか。

 

「いや、もう遅すぎる」

 ヤンがため息をついた。地図の外側から、整列した点が続々と公園の方向に移動している。何か別の団体がこちらへ向かっているのだ。

 これがデモと関係のない団体だと思うのは、願望の類であろう。

 

 

 

「本部、憂国騎士団が現れました。デモ隊と衝突の可能性大、応援を乞う」

 さすがにその報告には仰天したのか、憲兵隊本部が却下することはなかった。だが、まだパレードの警備は続いており、人数に余裕があるわけではない。また、デモ鎮圧用の装備を持っているわけではないから、それを調達してからとなるとさらに時間がかかる。少なくとも、しばらくの間は時間を稼がなければならない。

 

「少佐、今応援の人員を送っている。第一班の到着は20分後を予定。少佐を臨時の警護責任者に任ずるので、応援到着後、鎮圧に当たられたし」

 通信を切ったヤンは力なく座席にへたり込み、ぽいとコミュニケータを放り出した。

 

「20分後、だってさ」

 ヤンはため息をついた。

 

「もう睨み合いは始まっているというのに」

 

 

 

 迷彩服に赤いベレー帽姿の憂国騎士団は、10人で一列の横隊を作り、整然と前進してきた。数こそ50名程度であるが、整然と前進するその姿は妙な威圧感がある。最後尾で、巨大な国旗を掲げているとなれば尚更である。

 

 デモ隊は一瞬気圧されたが、やがて、人数では圧倒しているらしいことに気づいたデモ隊が、同じように横隊を組んでシュプレヒコールをあげはじめた。憂国騎士団の方は、コールを気にする風もなく、デモ隊と目と鼻の距離まで前進し、そこで制止した。

 

 進路を塞がれる格好となったデモ隊は、憂国騎士団と睨み合う格好になったが、やがてデモの最前列にいる誰かが、携帯用拡声器で話し始めた。

 

「こちらは正規の許可を得ているデモ行動を実施中である!即時、この場を撤収されたし。撤収しない場合は、警察によって排除されるであろう!!」

 

 憂国騎士団の方は反応がなかった。笑うでもなく怒るでもない。表情からも感情を窺えない。デモ隊はもう一度繰り返した。やはり反応がない。

 

 反応がないのを弱気のしるしと受け取ったのか、デモ隊の方から嘲笑が聞こえてきた。次いでヤジも飛ぶ。それでも憂国騎士団に動きはない。さらにヤジは大きくなり、動きたくないなら実力でも動いてもらうぞーーそんな声が上がり始めた時

 

「ハイネセンから来た、デモ隊の諸君。諸君らを歓迎する!!」

 周囲のスピーカーから一斉に、野太い男の声が聞こえてきた。途端、デモ隊の野次は止まる。音源の在処を探そうときょろきょろする者もいる。

 

「我々は、憂国騎士団と言う。この愛すべき祖国の行く末、それを切に案ずる同志が集まったものである」

 憂国騎士団の声?は周囲にある公共スピーカーから一斉に聞こえていた。恐らく、公共放送のシステムを乗っ取っているのだろう。デモ隊の方はといえば、そんな憂国騎士団の名乗りにブーイングで応えてみせた。野次を飛ばす者もいる。

 

「わざわざ、エル・ファシルまでやって来たデモ隊の諸君に問う!」

 憂国騎士団の方は、デモ隊が一瞬静まるタイミングを突いて、再びがなり立てた。

 

「お前たちは、どこにいる?どこから来た?」

 

「ここは、エル・ファシルだ。帝国と対峙する最前線だ!イゼルローン回廊の向こうには帝国がいる。帝国が攻めてきた時、戦うのは我々だ。自分を、家族を、財産を犠牲に捧げるのは我々だ。改めて問う!お前たちはどこにいる?」

 

「言えないなら言ってやろう。ハイネセンだ!サジタリウス腕の奥底、帝国から最も離れた所にいるのだ。だから、無駄な軍備だと言えるのだ。自分達が犠牲になることはないから、他人が犠牲になることの意味が分からないのだ。さらに言おう、お前達のバックにいる政治家達は何を言っている?無駄な公共投資と軍備の削減ではないか。わざわざ建軍祭の日にエル・ファシルまで来て、とんだ言い草だとは思わないのか!」

 

 デモ隊の方は先ほどよりずっと大きいブーイングで応えた。論理の良い悪いではない。デモ隊側の思惑など、ヤンには知る由もないが、振り上げた拳の振り下ろし先が分からないこと、それだけは分かった。だとしたら、後は何とかして振り下ろし先を探すしかない。デモの勢いが持続しているうちに。

 

 周囲を一瞬、静寂が支配した。双方とも、相手が何らかの行動に出てくると思っていたのだ。最初の一撃(ファースト・ブラッド)を相手に撃たせ、それを宣伝に使うのは、政治活動の常套手段だ。だが、双方共に自制心を発揮した結果、静けさが生まれたのである。

 

 静けさを破ったのは地上車のモーター音だった。公園の植え込みを踏み破って飛び出してきた地上車は、強引にデモ隊と憂国騎士団の中のスペースに割り込み、そこで停止した。車の天井が開き、一人の憲兵が上半身を乗り出した。

 

「こちらは、エル・ファシル憲兵隊本部です!!」

 ヤン・ウェンリーは公共放送システムの制御を取り戻すと、音量を最大にして話し出した。デモ隊や憂国騎士団の声とは比べ物にならない大音量がスピーカーから聞こえてくる。

 

「同盟内の貧困撲滅のための再配分運動、デモ隊の皆さん。皆さんは、事前に申請したデモンストレーション計画と異なる進路を取っています。これは、エル・ファシル道路交通法違反であります。事前に申請した進路に戻るか、解散してください。そして憂国騎士団の皆さん、公道にて許可されていないデモ行進を行うのは道路交通法違反です。すぐに解散してください!!」

 

 あまりの大音量に耳を塞ぐ者もいる。恐らく近隣の住民からすればいい迷惑であろう。クレームも来るかもしれない。パレード見物で留守にしている可能性を信じるしかない。

 

 憂国騎士団、デモ隊、双方共に怯んだように見えた。少なくともヤンにはそう見えた。何を言われてもいいが、応援が来るまで時間を稼げないものか。もちろん、双方が解散して逃げ散ってくれるのが一番いいのだけど。

 

 もちろん、願望は願望に過ぎなかった。デモ隊と憂国騎士団の矛先はヤンに向くことになったのである。どちらも、憲兵隊が相手の味方をしていると思っているのである。それでも、直接行動に出てこないのは、ここには憲兵が二人しかいないとは思っていないからである。

 

「同盟内の貧困撲滅のための再配分運動、デモ隊の皆さんーー」

 ヤンは再び、呼びかけをはじめた。とにかく何でもいいから動きを止めなければならない。動きを止めれば時間を稼げる。衝突を回避して時間を稼ぐのだ。応援が来ると分かれば最悪の事態は回避できるーー

 

 ヤンの頭に、何かで殴られたような衝撃が加わったのはその時だった。

 意識が途切れるその瞬間、鬨の声のようなものが聞こえた気がした。

 

 

 

<4>

 

フリー電子百科事典 項目「797年エル・ファシル建軍祭騒擾事件」

 

(自由惑星同盟 騒擾事件一覧より移動)

 

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*このページには独自研究が含まれています。

 

概要

 

 797年エル・ファシル建軍祭騒擾事件は、宇宙歴797年5月27日、惑星エル・ファシルで実施された、貧困撲滅デモ活動の参加者と、右翼団体との衝突事件である。この際、26名の重軽傷者を出したが、逮捕者は5名に止まった。

 

 5月27日、エル・ファシル・シティで行われた「同盟内の貧困撲滅のための再配分運動デモ行進」は、当初100名程度が参加する小規模な集会であったが、中途から自発的に賛同する市民が合流し(要出典)、300名以上の中規模集会に変化した。集会は、予定されたデモ行進に移行したが、当初申請していたデモの進路とは違う方向に進路を変える行為を取った。

 

 当初監視にあたっていた警護担当の憲兵が出動し、デモの主導者に元のルートに戻るよう呼びかけたが、デモ隊は申請時のルートを通行していると主張しこれを拒否、デモ行進を続行した。

 

 デモ参加者は、100mほど進行したところで、「憂国騎士団」を自称する右翼団体により制止され、道を譲る、譲らないの口論となった。この最中、先の憲兵隊の最上級者であるヤン・ウェンリー少佐(当時)が両団体の中に割って入り、デモ行進の中止と、両団体の解散を呼びかけたが、投石により憲兵が昏倒、また、この投石行為がきっかけとなって、両団体の乱闘に発展した。直後に到着した治安警察により、乱闘は終了したものの、デモ参加側、右翼団体側合わせて25名の重軽傷者を出すに至った。

 

 事件直後から、衝突に参加した両団体のみならず、警備を担当した憲兵隊の人数・能力不足に批判が集中したが、同日同時間帯では、自由惑星同盟建軍祭のパレードが同市で行われており、警備の人員が不足していたこと、憲兵隊側が早期の実力行使を躊躇したことが指摘されている。

 

(写真)

 

 デモ隊の前に立つヤン・ウェンリー憲兵少佐(エル・ファシル通信社提供)

 

(以下省略)

 

 

 

5月30日 12:00ーー

 

 ヤン・ウェンリーの意識が戻ったのは、翌日の28日だった。だが、頭痛が酷く、鎮痛剤を処方された影響もあったので、活動ができるようになったのは、その二日後の30日まで待たねばならなかった。

 

 目が覚めたはいいが、世間の変わりようにかえってヤンが戸惑うほどだった。建軍祭翌日の新聞では、騒擾事件が一面トップで取り扱われており、警備担当者としてヤンの名前がでかでかと載っていた。

 

 肝心のデモ隊や憂国騎士団は、投石だの殴り合いだの激しくやり合ったはいいが、治安警察が応援に駆けつけた時には、負傷者を残して逃げ散ってしまったようだった。デモ隊側で動ける人間は、さっさとエル・ファシルから出て行ってしまったか、地下に潜ったかのどちらからしい。憂国騎士団の方はもっと分からない。

 そして、ヤンを昏倒させた投石ーー最初の一撃ーーがどちらの行為だったのかは未だに分かっていなかった。憲兵隊が周囲の監視カメラを確認したが、死角から投げられたらしく、実行犯を特定することはできなかった。

 

 放送チャンネルでは、騒擾事件が大きく取り扱われていて、いろんなチャンネルで要因やら背景やらの議論が行われていた。面白いのは、地元チャンネルでは憂国騎士団の言い分がほぼ無批判で流れているのに対し、憂国騎士団そのものの存在は伏せられているか、ぼかされていることだった。

 大手ニュースチャンネル、それもハイネセンより配信しているニュースチャンネルでは、憂国騎士団が大きく取り上げられているかと思いきや、地元警察の不手際により避けられたはずの衝突が発生した、ということになっていた。公的支出の減少を嫌う世論により、警察が右翼団体をけしかけたーーという記事すらあった。

 ヤンは軍病院の個室でテレビの大体のチャンネルを見て、そしてテレビを消した。ニュースなど二度と見たくもなかった。 

 

 しばらくの間、ヤンは病室から出られなかった。どうも、公式には療養中で面会謝絶という扱いらしかった。コミュニケータも取り上げられ、外部と連絡を取ることもできなかった。軍が自分を外に出したくないことは明らかだった。それが『配慮』の産物らしい、ということがヤンにも理解できるので、一層気に入らなかった。

 

「結局のところ、自分は利用されたということか」

 憂国騎士団も、デモ隊も、双方ともやる気だったということだ。自分達の正当性を宣伝する素材を作りに行ったということだ。問題は、自分達の正当性と相手の悪辣さをどう影響づけるかということ。そして、始まったからには派手に成果をアピールすること。そのためには注いだ油に火をつける存在が必要だ。それがヤン・ウェンリーの監視チームだった、ということになる。

 となると、クリスチアンの意図も見えてくる。あれは『警告』などではない。確かに警告かもしれなかったが、何もしないなら、隠れているならやりたいことがあったのだろう。恐らく憂国騎士団の利益になるような。まさかとは思うが、あの『投石』もクリスチアンが投げたもの、そういう可能性すらあり得る。証拠はもちろんない。ただの思い込みだ。

 

 騒擾事件の後、山のようなマスコミが憲兵隊本部を取り囲み、警備担当者ヤン・ウェンリーの記者会見を開くことを要求した。しかし、憲兵隊本部も第二艦隊報道部も、記者会見の要求は頑として跳ねのけていた。第二艦隊報道部は、警備責任者のヤン・ウェンリー憲兵少佐に対し査問会を開き、事情を聴取した後、処分すると発表した。

 ヤン・ウェンリーが病室から出られるわけもなかった。

 

 

 

6月3日 10:00 エル・ファシル憲兵隊本部会議室ーー

 

 企業の面接をするようなレイアウトとなった会議室、つまりは、だだっ広い室内に長机が1つと椅子が三つ、そして、少し離れたところに椅子が1つだけーーでは、既に査問会の参加者が全員着席していた。長机の方にはパエッタ少将と、交通機動隊からクリスチアン中佐。そして書記官。椅子の方にはヤン・ウェンリーである。

 

「まず最初に言っておこう」

 パエッタはそう言って、査問の開始を宣言した。

 

「警備中の君の判断、そこに落ち度は存在しない。少なくともそういうことになっている」

 パエッタの言葉にヤンは返答しなかった。パエッタも返答を待つ風ではなかった。

 

「27日のことについては、ラオ大尉から大体のことを聞いている。君から聴取しても、新事実は得られないだろう。というか、事実などどうでも良いことになっている。君は知っているかどうか分からんが、エル・ファシル市民は建軍祭でそのような騒ぎが起きたことに怒り心頭だ。ハイネセンの方は、一部の政治家が、憂国騎士団を指嗾したのは憲兵隊だと言い出している」

 

「騒擾が発生したのは、警備責任者である自分の責任です。全て責任は自分にあります」

 ヤンはそう言い切った。彼にとっての事実だった。

 

「だから、事実などどうでも良くなっている、そう言わなかったかね」

 パエッタはため息をつきながら言った。

 

「警備責任者、あくまであの場では形式的なものだが、それが責任を取ったとしたら、憂国騎士団と憲兵隊が手を組んでデモ潰しをしたとする、『向こう』の言い分を認めることになる。それを受け入れるわけにはいかん。第一、デモ隊は申請と異なる行動を取っている。これで責任を取るなど、ハイネセンは知らんがエル・ファシルが認めるわけにはいかんのだ。それは分かるだろう」

 

「だが、最初の一撃を発しなかったのは良かった」

 それまで黙っていたクリスチアンが言った。

 

「あの状況で無理に解散させる、という選択肢を取ったら、憲兵隊が悪者になる。単なる責任回避ではないぞ。政治的な対立に軍が利用されている状況で、分かりやすい悪者になるわけにはいかんのだ。引き際が肝心なのだよ。ヤン少佐」

 クリスチアンの言葉にヤンは睨み返した。管理職としての立場はそうなのかもしれないが、護民としての存在、という理想論がヤンの心中では優位に立っていた。やはりあの石を投げたのはあんたじゃないのか。その、引き際とやらのために。

 

「だがな、お咎めなし、というわけにもいかん」

 パエッタが言った。

 

「騒擾は騒擾で、政治的に盛り上がりすぎている。誰かが責任を取らねばならん。だが、取った責任に比して、エル・ファシルか、あるいは同盟内における軍縮に反対する人間が譲歩することになる。落としどころを探らねばならん」

 

「退役、ということですか」

 ヤンの言葉にパエッタは首を振った。

 

「それはないと言っただろう。少佐が最後まで衝突回避に尽力し、負傷したことは、ここだけでなくハイネセンのマスコミも知るところだ。動画配信サイトにもあがっている。ここで君を退役させたら、政治問題になる。退役が君の希望であったとしてもだ」

 

「では、転属ですか」

 

「そう簡単にはいかん。左遷と取られると、これも政治問題になる。だからといってハイネセンに転属させたら、それはそれで辺境星域住民の反発が大きいだろう。君が悪いわけではない。国家内の意見対立がそうさせているのだ」

 パエッタはそこでカップのコーヒーを飲むと、その後のヤンの運命を大きく変える、一言を発した。

 

「そこでだ、少佐。惑星フェザーンに興味はないかね?」

 

 

 

<完>

 

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