銀河英雄伝説 ファニー・ウォー   作:ブッカーP

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第二章 商都フェザーン
第七話 フェザーンへ!


宇宙歴797年8月15日 7:00ーー

 

 

 

 ピンポンパンポーン

 

「ご乗船の皆様にご案内申し上げます。この度は、黄金旅程(ステイゴールド)旅客船株式会社、宝船(ゴールドシップ)号にご乗船頂き、誠にありがとうございました。

 本船は、本日10時に終点、フェザーン国際宇宙港、第5ターミナルに到着致します。フェザーン行政府の本日の天気は晴れ、気温は摂氏29度でございます。皆様、下船の準備をしてお待ちください。なお、通関の事前手続き受付は本日9時までとなっております。お手続きがお済みでない方は急ぎ、インフォメーションセンターまでご連絡下さい。繰り返します……」

 

 寝ぼけまなこのヤンが完全に目を覚ましたのは、旅客船のアナウンスを聞いたからだった。惑星エル・ファシルからフェザーン行きの旅客船に乗って20日ほど。旅も終わりを迎えようとしている。

 

 

 

 時を遡るほど二か月以上前ーー

 

「少佐、惑星フェザーンに興味はないかね?」

 

「フェザーン……でありますか」

 ヤンはパエッタの提案に当惑しながらも答えた。

 

「フェザーン大使館の駐在武官に、丁度空きがあるそうだ。ハイネセンに転任した士官の後釜という感じだな。階級的にも問題ないそうだし、業務も大した事ないらしい。椅子に座って、新聞を読んでいれば事足りるものだ。そこで、一年ほど過ごせばほとぼりも冷めるだろう。後は君の好きにしたらいい」

 

「あの、そのオファーの詳細は」

 

「この話に興味があるのかね?」

 

「あ、いや、詳細を検討したいと……」

 

「そうか。なら、資料を送っておく。近いうちに返事をもらいたい。いいかね」

 

 そう言われたので、ヤンははいと答えて査問会室を出ていった。もらった資料は量も少なければ内容も少なかった。大使館付特務支援課課長補佐、とあったが、特務支援課なるものの正体が分からない。ウェブサイトをあさっても情報はほとんど出てこなかった。どうも、同盟においてフェザーン大使館というものがあまり目立つ存在ではないらしく、それが情報の貧弱さに貢献しているようだった。

 

 考えてみれば当然である。ヤンの知る限り、フェザーンにおいて同盟がやっている仕事は、もちろんフェザーン資本との取引が第一だが、第二はフェザーンを仲介した帝国との取引である。もちろん表向き、フェザーンの会社に民生物資を卸している、ということになっているのだが(さすがに同盟も帝国に武器を流すことはしていない。表向き)、その行き先が帝国の南北どちらか、であることはフェザーンで調査をしていればすぐ分かることである。ちなみにそのような調査報道には、軍が規制をかけているので、同盟内では表向きになることはない。一応。

 

 フェザーンとの付き合いということで、そういう業務に従事しているラップやクラインシュタイガーにもそれとなく聞いてみたが、大した情報は得られなかった。第一、転属は正式に決まっていない。内示の情報が漏れたとあれば、どんなペナルティが降りかかってくるかわかったものではない。

 

 

 

 三日ほど迷った結果、ヤンはパエッタのオファーを受けることにした。退役が先延ばしになるのは遺憾ではあるが、交換条件として俸給を2段階上げてくれるということだったので、しぶしぶながら受け入れることにした。ちなみに、退役後の軍人恩給の額面は、軍隊での勤務年数と最終的な俸給段階の2つで決まることになっている。

 

 一月ほどで軍務の整理と、ラオへの引継ぎを終え、正式な辞令が出たのが一か月前の7月15日、引っ越しの荷物をまとめ、軍が用意してくれた旅客船に乗ったのが7月26日、そして7つの星域を移動し、今、ヤンはフェザーンの地を踏もうとしている。

 

 ちなみに、今ヤンが持っているのは、仕事に必要な最低限の衣服や、生活に必要な身の回りのものぐらいである。ヤンが梱包した私物は、梱包ボックスにしてそれなりの数になったが、それらは全て軍の輸送船が運ぶことになっていた。外交官特権で各種の規制をすっ飛ばしてフェザーンに持って行けるらしい(但し、フェザーン係官による最低限の検疫は受けることになっている)。軍の輸送船に荷物と一緒に乗り込むこともできたが、さすがにヤンもそれは断った。旅客船と軍輸送船では、快適さでは段違いである。

 

 

 

「大使館……ねぇ」

 ヤンはもう何度繰り返したかも分からない言葉を、もう一度繰り返す。あまり意識したことなどなかったが、考えてみれば奇妙な話だ。大使館というのは、国交を結んだ外国に置くものだ。だが、自由惑星同盟に、公的な外交関係を結んだ国家は存在しない。銀河帝国はもちろん論外だし、フェザーンはあくまで帝国の自治領である。元々、フェザーンに同盟が設置していたのは、大使館ではなく高等弁務官事務所だった。弁務官とは、保護領とか従属国に派遣する行政官のことだから、これは現状に即した措置、そのはずだった。

 

 何故、大使館なるものが置かれるに至ったのか。それは海よりも深いわけがある。

 

 

 

 時を遡ること30年、宇宙歴767年(ちなみにこの年ヤン・ウェンリー誕生)ーー

 

 宇宙歴761年、銀河帝国皇帝オトフリート5世の崩御がきっかけで、帝国は内戦状態に突入した。そこから6年、内戦は早期決着の可能性は消え失せ、誰もが泥沼に踏み込んだことを意識せざるを得ない状況となっていた。

 

 この時期、自由惑星同盟とフェザーン自治領にはある「外交的」問題があった。

 

 亡命者問題である。

 

 内戦が激化するにつれ、帝国から同盟に亡命しようとする人の数はうなぎのぼりに増えていった。だが、同盟側の公的機関は、この増える一方の亡命者を捌ききれなくなっていたのである。また、亡命希望者の中で不自然な事故死が増えている、という問題もあった。

 

 ここで、この世界における「亡命」をおさらいしておこう。とある人間が帝国(この際南北は関係ない)から同盟へ亡命したいと決心したとする。となると、直接同盟領に踏み込むか、フェザーンの同盟公的機関に駆け込むかのどちらかになる。難易度からすると、前者は無謀もいいところで、後者を選択するのが普通である。

 

 フェザーンの同盟高等弁務官事務所に亡命希望者が駆け込むと、まず、遺伝子データから、この人が受け入れにふさわしくない人間かどうかのチェックが行われる。帝国で凶悪な事件を引き起こした人、とかサイオキシン麻薬の売人を国に入れるわけにはいかないからだが、そういう事情でもなければ受け入れが決まる。

 

 次に、亡命者登録のための手続きが行われる。希望者には聞き取り調査が行われ、亡命後に住みたい場所だとか、やりたい仕事だとか、そういう希望を聞く。そして、受け入れ先が決まり、全ての手続きが終わった後、同盟側の人間の保護の下、フェザーンから同盟領へ行く旅客船に乗り、めでたく亡命完了となるわけだ。

 

 ただ、このようなシステムは、受け入れる側にハードウェアを要求することになる。亡命なのだから、受け入れる側は亡命者を全力で守らねばならない。ということは、安全な場所に一時的といえども滞在してもらわなければならない。さらに、手続きには人的資源が必要である。同盟は、弁務官事務所の拡大を必要としていたのだった。

 だが、それにフェザーンが待ったをかけた。フェザーンがそうしたかった、というより、帝国が亡命者の増加を阻止したいがために、処理能力の増大を望まなかったのである。第一、高度な自治を実現しているフェザーンに、大規模な弁務官事務所は必要ないのである。弁務官とは行政官のことだからだ。

 

 そういうわけで、同盟の弁務官事務所の前には、亡命希望者が門前市を成し、餓死者、凍死者、事故死者、あるいは帝国に連れ戻される者が続出するに至った。同盟も事を放置していたわけではないが、人手が足りないのではやれることに限界があるのだった。

 

 では、帝国がフェザーンのやり方に満足していたのか、となると、そうでもなかった。

 

 帝国が南北に別れ、軍事衝突を繰り返すと、両軍の軍需物資は急速に足りなくなってくる。食料はもちろん、兵器の部品、艦船の部品、ありとあらゆる物資が足りないのだ。足りない物資は調達しなければならない。もし、自陣営内でまかなえないなら、他から買ってくるしかないのである。

 もちろん、フェザーンは大規模投資を行い、軍需物資の生産と販売に勤しんだが、需要を満たすには遠く及ばなかった。となると、背に腹は代えられないというわけで、同盟から購入するしかない。いくら叛乱軍、いくら仇敵といっても仕方のないものは仕方がないのである。それに、同盟の供給力はフェザーンの数倍はあり、さらに供給力を増やす余地があった。

 

 だが、そこに帝国の不満があった。一応、帝国と同盟が「交戦」している建前上、フェザーンが「善意の第三者」として仲介してくることは仕方ないのだが、フェザーンがそういう取引を妨害しようとしている、そう感じていたのだった。

 

 北軍が、艦船用の推進剤を大量に購入しようとした話があった。推進剤といっても、基本的に水素の沢山入ったタンクのことだから、とにかく量が要る。急に必要になってもはいとすぐ用意できるわけではない。

 だが、同盟側から予備物資の放出という形で調達できるようになったのである。その時点では、南軍が攻勢に出ており、そのための対抗策として同盟が北軍への輸出を承認したという経緯があった。

 結果から言うと、この取引は失敗に終わった。引き渡した推進剤で品質不良が多発し、北軍は核融合炉の動作不良多発に悩まされることになった(本来ならそのような推進剤は使用禁止となるところだが、それができないほど北軍は押されていた)。

 

 反対に、南軍が艦船用のタンクベッドを大量購入しようとしたことがあった。同盟のメーカーが(もちろん同盟政府の承認の下)受注、取引は成立し、製品の引き渡しが行われた。だが、製品の規格が合っておらずタンクベッドは返品となった。問題は、誤った仕様の提示がどうして行われたのか、だが、これを巡って、南軍と同盟とフェザーンの間で延々と泥仕合が行われたのである。

 

 全ての同盟との取引で、こういうトラブルが発生しているわけではないのだが、大型取引案件で、比較的多くのトラブルが出ていることは明らかだった。そして、そういう案件の大部分は、フェザーンの大手商社が仲介を務め、フェザーン政府のバックアップもある案件だった。逆に言うと、小規模な取引で、中小貿易商社を使用した案件では、このようなトラブルは滅多に起きなかったのである。

 

 形は違えど、フェザーンが「善意の第三者」などではないのではないか、という思いは同盟、そして南北の帝国の共通認識であったのだ。そんな帝国・同盟の認識をフェザーンは薄々感づきつつも、放置していたことが事の始まりである。いかに建前化していたとしても、帝国と同盟は交戦状態にあり、その建前を覆すことなどあり得ない。あるいは、その芽が出ていたとしても、フェザーン自身がそれを潰すことは可能だと思っていたのである。

 

 宇宙歴767年8月15日、自由惑星同盟は全宇宙に声明を発表した。フェザーンの高等弁務官事務所を廃止し、大使館を設置するとしたのである。フェザーンを同盟の保護領扱いとするのではなく、同盟加盟惑星と同等の「高度な自治権を持つ加盟惑星」に格上げし、その権限の下に大使を交換するとしたのである。

 

 この発表に、フェザーン関係者も驚愕したが、同盟国内政治の専門家も驚いた。今まで、そのような概念があったことすら知らなかったからである。

 

 しかし、大使という概念は存在した。宇宙歴528年、自由惑星同盟が建国されてからほんの十数年間、同盟がわずか数個の可住惑星で構成されていた頃、同盟は今のような統一国家ではなく、惑星同士の集合体のような政治形態であった。それぞれ、互いに大使を交換し、惑星の行政府には、各惑星の大使館が設置されていた。そこで、外交や貿易の交渉が行われ、惑星同士の結びつきを深めていったのである。

 

 結果から言えば、大使の交換は長続きしなかった。加盟惑星の増加、航路の開発、人口の増大等により、一つの国家として運営する必要が生じたからであった。大使は、惑星ハイネセンのみに派遣されるようになり、そして、「上院議員」へとその名前を変えた。

 

 話を元に戻す。同盟は過去の記憶から、大使(アンバサダー)という概念を復活させ、フェザーンに大使館を置くことを宣言した。そして、付随する権利として、大使館関係者の身辺安全を保証する義務、所謂「外交官特権」を要求したのであった。

 

 当然ながら、フェザーンは激しく反発した。フェザーンはあくまで帝国の自治領であり、その建前を脱ぎ捨てるわけにはいかなかったからである。外交官特権を認めるということは、フェザーンの中に帝国法の及ばない、治外法権の場所を設置することになる。そんなものを認めれば、帝国が何を言ってくるか想像もつかなかった。

 

 それに、裏の事情もある。同盟が大使を置く、ということは、銀河に同盟以外の「他国」が存在することを認めるというポーズでもあった。同盟がフェザーンを「他国」として認めるのなら、帝国だって同盟にとっての「他国」と認める、という意思表示ではないと言い切れないのである。それは帝国と同盟が直接交渉することに繋がるわけで、フェザーンの存在価値は低減するどころではない。

 

 フェザーンは同盟の翻意を試み、それが叶わぬと見るや「大使館」設置の妨害に走った。そしてそれは上手くいかなかった。同盟側は元からフェザーンが妨害してくることを予見しており、用地や物資の確保を事前に行っていたからだった。それに、フェザーンはライフラインの遮断といった強硬手段には出られなかった。自由惑星同盟は重要な取引相手であり、同盟相手の商売を生業としている人間がフェザーンには山ほどいたからだ。

 

 妨害がうまくいかないとなり、フェザーンは帝国に泣きついた。本当はこんなことをしたくはなかったが、フェザーンは帝国の自治領であるという建前を使って、帝国に動いてもらおうとした。そして、

 

 無視された。

 

 同盟の要求がフェザーンの自治を高度に脅かすものでなければ介入しない、という回答を南北の帝国から受理した当時のフェザーン自治領主(ランデスヘル)は、あまりの内容に寝込んでしまったと言われている。しかし、考えてみれば当然の話だった。

 

 帝国とすれば、同盟とフェザーンの間の関係がどうなろうと、利益に変化が出るわけがなかったからである。それに、内戦中は同盟に自由にやらせておいた方が、自分達の利益になることが分かっていた。大使館などと意気込んでいても、どうせ内戦が終結すれば立ち枯れになるのだ。もちろん、帝国はフェザーンの「真の目的」に感づいてはいたが、そんなものに協力してやる義理はないのだった。

 

 かくして、フェザーンの黙認と配慮という譲歩のもとに、「自由惑星同盟フェザーン大使館」は成立した。フェザーン官庁街から10キロほど離れた郊外にある大使館だが、6.58ヘクタールもある広大な敷地に、大使館ビル、民間人の宿泊施設、警察の宿舎まで用意され、同盟の「対帝国最前線」の役割を担うことになる。そして、後世の歴史家は、大使館の設置をフェザーン自治領の「終わりの始まり」、そう言うようになるのだったが、そこまではヤンの知るところではない。

 

 

 

フェザーン到着から三日後ーー

 

「本日より着任致しました、ヤン・ウェンリーであります」

 

「君がヤン少佐か。エル・ファシルから遠路はるばるよく来てくれた。君の実力を存分に発揮してくれたまえ」

 

「了解いたしました」

 ヤンは目の前の人物に適当に答えてみせた。目の前にいるのは、同盟大使館武官のトップ、代表武官のクブルスリー大将である。第一艦隊の司令官からの転任であり、統合作戦本部長、宇宙艦隊司令長官と同階級であるから、同盟的にはこの大使館というところが相当重要だと見ているわけである。事実、フェザーン自治領が同盟にとって重要なパートナーであるというのは衆目の一致するところである。ただ、大半の市民は「製品の売り先」としてフェザーンを見ているのだけど。

 

 フェザーンに到着してからは、いろいろやることが多かった。まず、身分証の作成、運転免許の登録、銀行口座の作成や大使館内の宿舎の手配、住居の確保と仮入居、その他いろいろである。到着し次第すぐに出頭しろと言われなかったのは有難いとしか言うことはない。

 

「ところで、フェザーンはどうだったね?」

 

「は?」

 

「折角の休みだ。いろいろ観光したのだろう?」

 クブルスリーの言葉に、ヤンは目をぱちくりさせた。いや、自分はいろいろ手続きがあって……と言いかけて呑み込んだ。いかにも言い訳っぽく聞こえてしまうからだ。流石に大将閣下ともなると、御付きの副官とか従兵が事務処理を全て片付けてくれて、観光旅行の一つもセッティングしてくれるのだろうか。

 

 ヤンがしばらく何も言わなかったので、クブルスリーはしぶしぶ口を開いた。

 

「まぁいい。ところで、君はエル・ファシルから来たのだろう?もし、君が軍人はどこでもリスペクトを受ける存在だと思っているのだったら、考え方を改めることだ。あちらではそうかもしれないが、こちらではそうではない。少佐、街角を歩いていて軍服姿を見たことがあるかね」

 

「いえ」

 

「帝国軍はどうかね」

 

「そういえば……ありませんね」

 

「そういうことだ」

 クブルスリーは傍らのコーヒーを一口すする。

 

「フェザーンの人間は軍人を信用しない。いや、軍人だからといって評価に下駄を履かせることはしない、と言うべきかな。彼らが信じているのは、惑星を周回するあの首飾りだけだ。君も見たろう?」

 クブルスリーは、何もない部屋の天井を指差してみせた。これなら、ヤンにも何のことだか分かる。

 

 惑星フェザーンは(一応)帝国所属の自治惑星ということになっているが、惑星が必ず持っているはずの警備艦隊を持っていない。警察隊は存在するが、あくまで警察の業務を遂行するだけだ。その代わりとして、惑星フェザーンには12個の防衛衛星が軌道上に展開し、惑星の防衛にあたっている。防衛衛星は無人であり、フェザーンの指令所からの命令に従い、自動で迎撃を行う。そのため、フェザーンでは数多くの船舶が往来するが、通行して良い航路は厳密に定められている。

 

 フェザーンが独自に開発したこの防衛システムは、軍隊なき国家の防衛手段として喧伝されており、「これがあればフェザーンは難攻不落」とすら言われている。当然ながら、フェザーンは帝国・同盟双方にこのシステムの売り込みを行っているが、今のところ反応ははかばかしくないそうだ。帝国はどうか分からないが、同盟にしてみれば、ただでさえ少ない防衛予算から、こんなシステムの建造費や維持費を捻出する余裕などない、というところであろう。そもそも、城壁の高さは敵側の凶事、味方の援軍のいずれかが来るまでの時間稼ぎでしかない。フェザーンもそれぐらいは理解していると思うのだが。ちなみに、この防衛システムは『惑星フェザーンの首飾り』という通称で知られている。確かに、周回ルートをプロットすると三重の首飾りのように見えるわけで、そう呼ばれるようになったのだった。

 

「フェザーンは商売の都だ。軍隊の都ではない。だから、軍服姿はよっぽどのことがない限り目にすることはない。帝国もそれは分かっている。ま、あちらは内輪もめに忙しくてそれどころじゃないのかもしれんが。聞いたと思うが、公務でもない限り大使館の外では軍服は御法度だ。ちゃんとロッカーで着替えていくのだぞ。だが」

 

「だが?」

 

「軍人が大手を振って歩けないからといって、軍人の役目がないわけではない。日陰に居ても軍人が為すべきことは存在する。だから少佐、君も縁の下の力持ちとして活動してもらいたい。為すべきことを為すのだ。わかったな」

 

「承知いたしました」

 

 ヤンが答えるとほぼ同時に、クブルスリー大将の机の上にあるコミュニケータが着信を告げた。大将がレシーバーを手に取り、二言三言話をする。

 

「少佐。丁度いいタイミングだ。特務支援課のムライ中佐が君を呼んでいる。大使館の職員用入口に居るそうだからすぐ行きたまえ。職務の詳しい話は彼がしてくれるだろう。それではな。しっかり励むのだぞ」

 

 

 

「君がヤン少佐か」

 

 ムライ中佐は軍人というよりは役人、軍官僚という言葉がしっくりくる風貌だった。身長はヤンより少し低いぐらい、頭髪は短く刈り上げており、髭をたくわえ、細目に眼鏡という感じで、いかにも小うるさく文句を言うタイプーーそれがヤンの第一印象だった。

 

「来て早々申し訳ないが、支援課の用事がある。出動するのだが君も来てもらいたい」

 

「え、あ、あの、自分は軍服姿のままですがーー」

 ヤンの返答にムライは要領不得(ようりょうをえず)という感じだったが、しばらくして何か合点がいったようで

 

「問題ない。公務だからそのままでいい。あと、君に何かをしてもらうということはないから安心しろ。特務支援課というのを教えてやれと、クブルスリー閣下に言われたが、百聞は一見にしかずというわけだ。いいな」

 ヤンの返事を聞かず、ムライは地上車に乗り込んだ。ヤンも慌ててドアを開けて乗り込んだ。

 

 

 

 ムライが操縦する地上車は、猛スピードーー時々他の車からクラクションを鳴らされる程度ーーで道路を疾走した。地上車のナンバープレートは大使館専用のものだから、警察の御用になることはないと思われるが、抗議は避けられないであろう。

 

「普段からこういうことはせんよ。ただ、現場に人を待たせているのでな」

 ムライはそれだけで状況説明を終了し、それ以上何も言おうとしなかった。

 

 現在、惑星フェザーンは正午を少し過ぎた後である。気候温暖で知られる惑星フェザーンも、さすがに真夏の昼間は別らしかった。地上車の中はもちろん違うが、外は刺すような日光が降り注ぎ、むしっとした湿気に満ち満ちている。歩道を歩く人々も、上着をきっちり着ている人はほとんどおらず、シャツ姿のまま歩いている。もちろん、クブルスリーの言う通り、軍服の人間を目にすることはない。

 

「今日の業務は、さっき君のID向けに送信しておいた。やっと許可が取れたのだよ」

 

 そう言われてヤンはスマートデバイスを取り出し、情報を検索した。受信した業務内容は「軍務無許可離隊者の逮捕」とあった。ヤンが口を開くより前に

 

「ああ。その業務内容は表向きだからあまり意味がない。<狂信者狩り>だよ。エル・ファシルでもあったのではないかね」

 

「狂信者狩りーー」 

 ヤンはおうむ返しにそれだけ言った。

 

 

 

 狂信者ーー

 

 言葉をそのまま解釈すると、「常軌を逸して、あることを信じこむ人」のことを指す。辞書にもそういう風に書いてある。但し、同盟で発売されている辞書には大抵、次の項目にこう書かれてある。

 

「宗教を信じる人間に対する侮蔑的なニュアンスの呼び名。政治家ブルース・アッシュビーが多用した」

 

 政治家ブルース・アッシュビーという人間は、軍人あがりの政治家らしく、要塞線(アッシュビー・ライン)の構築を除けば、社会構造の変革というものにほとんど興味がなかった。政策を見ても、やや自由放任主義で経済発展重視というぐらいで、新味のない政策ばかりである。だが、一つだけ例外があった。宗教というものに対する敵視である。

 

 ブルース・アッシュビーの暗殺事件は、未遂のものを除けば3回発生し、幸運なことに全て失敗した。初回の暗殺未遂事件は、アッシュビーが最高評議会議長に就任した直後に発生した。問題は、暗殺事件そのものではなく、暗殺事件捜査の経緯で判明したことにあった。暗殺者は数名のグループで暗殺を実施したのだが、そのうちの一名が、とある宗教の熱心な信者であるということが分かったのだ。

 

 その宗教は、信者数も大したことではなく、政治的にも穏健な右派というところだったが、アッシュビーはそれを聞くなり、国内の宗教団体の「総ざらえ」に乗り出した。犯罪行為の有無や税務調査、幹部の身体検査等、全国の捜査機関を駆使した大規模なものになった。地球から宇宙へ、人類が雄飛してからこのかた、人間にとっての宗教はずいぶんと価値が低いものになっていたが、それでも生き残りに成功した宗教は数多存在したからである。もちろん、同盟憲章にだって、信教の自由は明記されているのだ。

 

 当然ながら、反発の声が巻き起こった。いくら自分の命を狙った犯人だからとはいえ、何の関係もない宗教団体までさぐりを入れるのは、権利の侵害であるというわけである。実際、犯人がその宗教団体幹部より暗殺を命じられた、という証言が後から出てきたのだが、信憑性の薄い証言であるとされた(実際、その後の裁判で証言の証拠性は却下された)。

 だが、全く別の宗教団体で、隠し持っていた大量の武器・弾薬が発見されたというニュースが報じられると、世論は一気に沸騰した。アッシュビー政権はここぞとばかりに宗教団体の監査を推し進め、与えられていた利権の大半を剥奪したのであった。

 

 そうして粛清の嵐が吹き荒れた後、やっとこれでアッシュビーも気が済んだかと関係各所がほっとしたのも束の間、アッシュビー内閣が出してきた新方針に関係者は仰天した。情報機関に宗教団体を監視する部署を設置し、宗教団体のテロを警戒させることを命じたのである。政治団体や非政府組織はそのまま放置、であったからアッシュビーの真意を判じかねるという意見が続出した。意味が分からない、そういう意見も多かった。そんな世論に対し、アッシュビーはこう言ったと言われている。

 

「宗教には問題がないが、宗教が産む狂信者は問題だ」

 

 あまりに雑な認識に、主に宗教団体から反発の声が巻き起こった。だが、監視さえ受け入れれば活動は自由であるというメッセージでもあった。この後、宗教団体は主に政治団体へ接近することになり、性格的に政治と距離を置く団体は消滅あるいは矮小化への道をたどった。一体何故そこまで宗教を警戒するのか、アッシュビー以外誰にも分からなかった。政治団体や非政府組織は野放しにされたのだから、余計にわけがわからなかった。

 もっとも、この政策がアッシュビーの自己満足だけに終わったわけではなかった。宗教団体は団体であるがゆえに、道徳的にはどうかと思われる集金行為や、信者を束縛する行為を行うことがないわけではなかったからだ。そういう行為に関しては即座に対応が取れるようになった。もちろん、宗教側は圧迫を感じていただろうが、大っぴらに法を逸脱するような連中が即座にしょっ引かれるのはマイナスばかりではないのだった。そうでなければ、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムが銀河帝国を建国できるはずがない。

 

 

 

「私は、憲兵隊といっても総務畑なので、捜査の世界は分からないのですが」

 

「そうかな?今回の取り締まり対象は、あのEoWSとも繋がりのある団体だ。軍の汚職疑惑から取り締まりがはじまり、過激派幹部がこちらに逃げて来ているわけだ。確かその捜査に、君は協力していなかったかね?」

 

「それはーー」

 ムライの言葉に、ヤンは息を呑んだ。一体、ムライ中佐は自分のことをどこまで知っているのだろう?いや、どんな風に知っているのだろう。

 

 ヤンはコミュニケータを操作し、捜査の詳細情報を呼び出した。どうも、今回の取り締まり対象は宗教団体の支部に強制的に踏み込むものらしかった。軍務無許可離隊容疑ーーより一般的には「脱走」と呼ばれるーーというのは、一部の人間に充員召集令状が発行されたにも関わらず、召集に応じていないということを指しているらしい。確かに、法律上はその通りであるから間違いはない。充員召集など、このご時世に滅多に行われないことを除けば。

 

「狂信者狩り、噂には聞いていましたが、こんな乱暴なやり方は聞いたことがありません」

 

「そうかな?でも、同盟でのテロ実行が疑われる組織の大半は、フェザーンに支部を置いている。一罰百戒だよ、少佐。手続きを踏んで取り締まるのも必要だが、フェザーンという所は同盟ではない。実力がものを言う場所だよ。表向きでなければ尚更だ」

 

 ヤンは顔をしかめた。ムライの言い草は、宇宙海賊かマフィアのそれと大して変わりがない。ヤンは宗教団体の詳細情報を呼び出した。名前は地球教ーー人類が生まれた地である地球という惑星を神格化し、人類は地球により統治されるべきであるという教義のようだった。確かに、同盟内では過去「過激な政治活動により」大規模な取り締まりを何度か受けているようだったが、活動はハイネセン近辺であり、辺境で勤務しているヤンが知らないのも無理はなかった。備考欄には「帝国にも複数の拠点が存在し、活動に対し弾圧を受けた模様」とある。もうちょっとこの辺情報収集すればいいのに、と、ヤンは思ったが、自分に全ての情報が公開されているとは限らないな、と思うことにした。

 

「フェザーンではこんな雑なことが当たり前なんですか」

 ヤンは敢えてぼかした感じで質問した。

 

「同盟と帝国が、どちらの帝国とは言わんがーー交戦状態であることの影響だな。もともと味方以外は全部敵、だから雑にやるんだ。硬軟織り交ぜることが重要だ。それが敵を迷わせることになる。いずれ分かるよ、少佐」

 

 

 

 そんなことを話しているうちに、地上車は再開発地区とおぼしきエリアで停車した。ムライは車を降りるとジェスチャーでついてこいと命じ、古ぼけた、とても人が住んでそうには見えないアパートに入っていった。

 

 

 

 言われるがままにアパートに入り、とある部屋に入ると、古ぼけた部屋に場違いな机や電子機器が置かれており、何人かの人間が画面にかじりついていた。その中の一人が、入ってきたヤンとムライに気づき、敬礼しようとしてムライに止められる。

 

「ほぉ。特務支援課を志望する物好き……あいや失礼、で、ございますか」

 応対した大男は、軽口を叩こうとして、ヤンの階級章に気づいたようだった。室内に居る人間のうち、一人だけ装甲服ーー対テロ戦の軽装のものーーに身を包んでいる。階級章は大尉だった。

 

「先程は失礼いたしました、少佐殿。自分はフョードル・パトリチェフ大尉であります。以後、お見知りおきを」

 型通りの敬礼が済んだ後、パトリチェフは手を差し出し、ヤンもそれに釣られるように手を差し出した。がっしりと握手した後、パトリチェフはヤンを不思議そうに見つめた。

 

「中佐殿、少佐殿が新隊員とは聞いておりませんが」

 

「大尉。その話は少し忘れろ。ああ、最初に言っておくが、この少佐は君の本職とは関係ないから、そのつもりでいろ。なお、機密資格については私が責任を持つから、遠慮はせずともよい。任務については大体車中で説明した」

 

「了解致しました。では、手筈通りにスタートでよろしいのですな」

 

「そうだ。向こうの状況は?」

 

「気づいた兆候はありません。斥候は既に配置についております」

 ムライの質問に、パトリチェフは端末の画面をちらと眺めて言った。

 

「ならば始めよう」

 

「では。行って参ります」

 パトリチェフはムライに敬礼すると、ヘルメットを掴んで部屋を出ていった。置いてけぼりのヤンはわけがわからず、きょろきょろと室内を見回すことしかできなかった。

 

「少佐、こっちだ」

 しばらくの後、ムライが手招きすると、壁に貼り付けてある地図を指で叩いた。地図が消え、ライブカメラの映像らしきものに切り替わった。画像の質を見る限り、光の入らない室内?を赤外線カメラで撮影しているようだ。画面には、装甲服を着た兵士が数人見える。

 

「あの、これは一体……」

 

「?分からんかね???」

 

「いや、自分は何も詳細を知りません」

 

「そうかね。ならば想像したまえ」

 

「そんな……」

 まぁ見れば何か荒事をやろうとしていることぐらいは分かる。先程の熊のような大男ーー確かパトリチェフだったかーーはその実行部隊のリーダーなのだろう。

 

「敢えて言わせてもらうならば」

 

「ならば?」

 ヤンの言葉にムライはそう聞き返した。

 

「同盟領内でもないのに、軍隊が武器を持って動いて平然としている。こんなことがフェザーンでは当たり前なのですか。第一、狂信者狩りは警察の領分だと聞いていましたが」

 

「ここは同盟ではないからな。警察を当てにしようとしてもそういうわけにはいかん。武力を持っている組織は軍しかいないからな」

 

「そういうわけじゃなくて……」

 

「だったら何かね?」

 それまで手元のディスプレイを見つめていたムライが向き直った。

 

「フェザーン自治領は、銀河帝国から独立した施政権を認められているはずですし、同盟もそれを尊重しているはずです。自治領内の警察権を有するのはフェザーン自治警察であって、同盟軍ではないはずです」

 

「もちろん、フェザーンの治安に責任を持つのはフェザーン治安警察だ」

 

「では、なぜフェザーン警察に任せないのですか。犯罪人引き渡し協定は締結されているはずですが」

 

「なるほど、少佐。なかなか勉強しているな」

 そこまで言って、ムライは再びディスプレイに向き直った。何か状況に変化があったようだが、ヤンにはそこまで「読める」ものではない。

 

「だからこそ、今回の任務、その表芸である『軍務無許可離隊者の逮捕』というのが効いてくる。これに関しては、軍、正確に言うと憲兵だがーー直接実力行使をしていいことになっている」

 

「……そうなんですか?」

 

「銀河帝国がそう決めたからな。軍務が嫌だからといって、誰もかれもがフェザーンに逃げられたらかなわない、というところだろう。三十年ほど前にそう決められて、同盟にも同じ権利が認められた、というわけだ。充員令状が発行されてから一か月、何の連絡もしなければ脱走兵と同じ扱いだ。そして、拘束に関しては、同盟領内であれば憲兵隊の仕事になる。憲兵なら、分かっていることだと思うが?」

 

「え、いや、あの……」

 ヤンは口ごもった。確かに、脱走兵の取り扱いは、本来憲兵の仕事であることは事実だ。だが、憲兵が召集拒否で対象者をしょっ引いている所をヤンは見たことがない。そして、この作戦はどう見ても、召集拒否を名目にして、組織細胞を一切合切取り締まってしまおう、という意図にしか見えない。もしそんなことが同盟領内であったら、法曹界はおろか、憲兵すら黙ってはいないだろう。

 

「そんな雑な理屈で、と言いたいかね」

 ムライの言葉に、ヤンは黙ってうなずく。

 

「これが国内なら、そうなのだろうな。ただ、ここは帝国自治領フェザーンだ。この星にあって、同盟というのは軒先を借りた客人に過ぎない。この作戦に無理がある、というのは私も同意するところではあるが、このような無理も行う、と帝国に知らしめることは重要だ。ただ、この程度で無理を強いるというのは、本国の考えていることは分からない、それはそうだな。その点に関しては同意するよ。お、そろそろ時間だ」

 壁のディスプレイがまた切り替わった。梯子のようなものを登っていき、天井にある蓋を開けると、狭い路地に出てきたことが分かった。兵士は一度ライフルを肩にかけると、とあるビルの裏口の前で止まった。兵士達が扉の近くで待機する。一人の兵士が裏口のドアをノックした。

 

 ドアがわずかに開いた。画面からは中に居るであろう人を見ることはできない。何かしら会話をしているのであろう。外の兵士は何やら中を覗き込むようであった。

 

 変化があったのは数十秒後だった。兵士が突然ホルスターから銃を抜くと、中に向けて何発か発砲した。音が聞こえるわけではないし、閃光が見えるわけではなかったが、画面に発砲した情報が表示されている。兵士はドアを蹴り開けると外の兵士と一緒に中に乱入した。

 

 ビルの中は赤外線カメラで丁度見える程度、つまり暗闇の状態だった。天井には電灯らしきものが見えていたが、点灯していない。恐らく、電気の供給がカットされているのだろう。ディスプレイ右側に警告が表示された。ゼッフル粒子濃度が危険域に上昇しているとのことだ。つまり、ここで一定以上のエネルギー反応があれば、ゼッフル粒子が爆発してしまうということである。

 

 乱入した兵士達は、打合せ通り?いくつかの班に分かれて行動を開始した。驚くべきことに、人影を見ると即座に発砲している。

 

「ゼッフル粒子反応があるはずなのに……」

 

「対人用空気銃、フレシェット弾だ。射程も短く威力も弱いが、ゼッフル粒子環境で撃てるのはいいことだ。ブラスターだと安全装置が働くからな。一瞬先んじることができる。ま、散布したのは爆薬タイプではないから、死ぬことはないのだが」

 ムライが先回りして言った。

 

「誰彼構わず発砲しているようですが」

 

「いいんだよ」

 ムライは説明に疲れたようで、それだけ言った。ヤンとしては、それ以上聞き込みをする気にはなれなかった。

 ビル内の『取り締まり』は一方的だった。兵は、抵抗の有無に関係なく、人影を見ると即座に発砲しているようだった。時たま、棒のようなものを手に近づいてくる人間も居たが、フレシェット弾が相手では分が悪すぎた。入口の側で隠れて奇襲を狙おうという人間も居たが、赤外線反応で把握されていては奇襲にならなかった。

 

「中佐」

 

「どうした」

 

「これが取り締まりなのですか。一方的な虐殺にしか見えませんが」

 ヤンの言葉にムライは何も反応しなかった。

 

「これが特務支援課、いや、フェザーン大使館だ、と言ってもいいかもしれない。同盟の汚れ仕事、誰かがやらなくてはいけない、ということになっている仕事をするのが大使館、その裏の役目だということだ」

 

「……」

 

「納得はしなくてもいい。でも、理解できないなら、君はフェザーンに居ない方がいい」

 

 ムライの言葉にヤンは黙るしかなかった。法令違反を言い立てることは簡単だったが、それを分かってやっているということも理解できている。つまりは、抗議を封殺することは容易だということであった。とんでもない所に来たことだけは確かであった。

 

「課長」

 

 画面横のスピーカーから声がした。パトリチェフの声だった。画面にはやたらと頑丈そうに見える扉が映っている。

 

「ターゲットです。入口は施錠されているようですが」

 

「予定通りやれ。さっさと逃げれば少々騒がしくても構わん」

 

「roger that」

 

 音声が途切れると、兵が扉から少し離れた所に板のようなものを貼り付けた。ヤンの顔から血の気が引く。自分の記憶が確かなら、あれは扉や壁を爆破するための特殊爆薬のはず。ゼッフル粒子が散布されている場所で爆薬を爆発させたらーー

 

「総員に警報。5秒後にフラッシュライト。5、4、3ーー」

 

 兵士達は逃げなかった。全員がその場で耳をふさぎ、うずくまった。

 直後、画面が真っ白になった。

 

 

 

 

「少佐、ご苦労だった」

 

 ムライがヤンにねぎらいの言葉をかけたのは、その日の夕方遅く、大使館の士官用クラブの席であった。パトリチェフ大尉も同席しており、今回の作戦についての、ちょっとした打ち上げのような感じになっていた。

 

「ヤン少佐、驚きました?まぁ、普通の人には馴染みがないですが、閃光爆発音型(フラッシュグレネード)ゼッフル粒子は、非軍事作戦には便利ですよ。閃光と爆発音は凄いですから、相手の動きは止められますし、爆薬を使ってもリスクは無い。今後普及していくでしょうなぁ」

 パトリチェフ大尉はそう言って豪快に笑った。

 

「完全試合とはいかなかったのは遺憾だな」

 ムライはコーヒーを一口すすった。

 

「コードネーム総大主教(グランド・ビショップ)でしたかな。斥候班によると、立ち入り前から居なかったそうですから、向こうの方が一枚上手だったのでしょう。まぁ組織としては、暫くは立ち直ることはできますまいて。立ち枯れになる可能性の方がずっと大きいですよ」

 パトリチェフがそう応じた。

 

「どうだったかね?特務支援課は」

 ムライが突然ヤンに話を振った。ヤンが、あ、いえ、私は、としどろもどろになっているのを見て、ムライはまぁいいとヤンを手で制した。

 

「少佐はエル・ファシル勤務だから、敢えてこういう場を設定させてもらった。アッシュビー・ラインの奥底とは違った世界がここにある。平和なように見えて、平和ではない。ルールがあるように見えてルールはない。ありとあらゆるリスクがここに潜んでいる。それを常に意識することだ」

 ムライはそう言って、カップに残ったコーヒーを飲み干した。

 

「そうですね。なかなか難しいところだと思いました」

 ヤンは東洋的無表情を維持したままだった。

 

「そうだな。一筋縄ではいかない。目に見えるものが全てではない。聞こえるものが全てではない。それを心がけていくことだ」

 

「例えば、味方の提供する情報に裏があるとか、そういうことですか」

 ヤンの言葉にムライはぎろりと睨みつけた。

 

「どういうことかね。私が嘘を言っていた、とでも?」

 

「そうではありません。今回の作戦、思い返せばどうしても引っかかることがあります。同盟にとってフェザーンは外の地。公人が制服を着て歩けばそれだけで目立ちます。まぁ、帝国にとってもそうなのかもしれませんが。ですが、我々を乗せた車は堂々と市内を走り回り、そして、作戦は実行された。そして作戦自体にも違和感があった」

 

「それで?」

 

「テロ活動の疑いがある宗教組織の根拠地を強襲し、検挙する作戦とお聞きしたはずでしたが、私が見る限りこれはただの斬首作戦でした。他国の地であるにも関わらず、隠蔽も清掃も行われていない。さらに、そこまで派手に動いたにも関わらず、ニュースになっていないのです。こうなると、話はただの<狂信者狩り>ではなく、別の側面があると考えられます。つまりですね」

 ヤンは、ムライの口の端が緩んでいるのを見逃さなかった。

 

「これはフェザーン、あるいは帝国の黙認の下に行われている作戦だということになります。だから隠蔽する必要がなかったのです。そして、もう一つ推測していることがあります」

 

「言ってみたまえ」

 

「地球教側は、同盟が自分達を助けに来た、そう思い込んでいたのではないか、ということです。強襲したにも関わらず、停電に対して無力でしたし、組織的な抵抗も見られませんでした。もし、襲撃を予想していたならばもう少し抵抗できてもよかったはず。それに、本当に強襲を企図していたなら、自分を待っていることなどなかったはずです。だとすると、隙は向こうにあったのではないかと。第一、襲撃チームが地下から裏口に回り込んでいましたが、あれを知っていたならば、先に逃げることに使えたでしょう。でも、そうしていないのですから」

 

「これは驚いた。中佐殿、全部お見通しのようですよ」

 そう言ったのはパトリチェフである。

 

「……確かに想像以上だ。少佐、最初からそう考えていたのかね?」

 ムライはほとんど笑い出しそうだ。

 

「そうですね。先に聞きたいのは、何故、ヒントをわざわざ私に与えたのですか?目に見えるものが全てではない、そう言ってくれるまで私は確信を持てなかったのですよ」

 

「そうだな。パトリチェフ君、もう話してもいいな」

 ムライの言葉に、パトリチェフは大きくうなずいた。

 

「特務支援課というのはまぁ、君も見た通り、フェザーンにおける同盟の秘密作戦、簡単に言えば後ろ暗い仕事を担当する部署だ。少佐がここに来たのは自分達にも予想外でね(本当だぞ)、だからまぁ、即席で試験を用意したわけだ。悪く思わないでくれ。君にどういう仕事が適しているか、早急に知りたかったのだよ」

 

「はぁ」

 

「地球教に工作をしていた、というのは事実だ。元々帝国に軸足を置いて活動していた団体らしいが、去年大規模なガサ入れを受けて帝国の組織は壊滅状態になっているそうだ。まともな根拠地はフェザーンにあるだけ。とある条件で、同盟への亡命を受け入れると言ったらすぐに乗ってきた。向こうは気づかなかったんだろう。残党状態の組織に利用価値などないことを。そもそも」

 

「そもそも?」

 

「残党狩りを我々が行う件については、帝国の北軍から打診があった。別に帝国だけでも十分やれるだろうが、手間を省きたかったのであろう。敵の敵は味方、よく言うだろう?いつもそうじゃないのだけどな。そこを利用するのは帝国のアイディアだったのだ。まさか、召集命令違反でやれば政治的な問題にならない、というところまで帝国が考えているとは思わなかったが。今回の作戦については、帝国が絵を描き、我々はその掌の上で踊っていたというわけだ。まぁ、フェザーン治安警察に作戦を邪魔されない件については何とか上手く行ったがね。フェザーンは、最後の最後まで、こちらが地球教徒を秘密裏に亡命させようとしていると信じていたようだ」

 

「そうですなぁ。ここまで痛めつけられた組織なら、却って保護した方が後で利用価値があるってもんですけど、一匹たりとも残すな、となるとよっぽど腹に据えかねることをしでかしたんでしょうなぁ。もしかしたら南北同時に喧嘩を売っていたのかもしれません」

 パトリチェフが引き取った。ヤンは言葉もない。半ば当てずっぽうで言ったことが事実の一端を当てていたのである。

 

「まぁ安心したまえ。別に、試験で満点を取らずとも、君をクビにすることはない。君に与える仕事は山ほどあるからな。ウチの表芸は『何でも屋』でね。おかげで常に人材不足だ」

 

 なるほどねぇ。ヤンは合点した。道理で調べても大した情報が出ないわけだ。

 

「ただ、君にこういう荒仕事ばかりをやってもらうことはない。もっと適性がある人物がこういうことをやるだろう。多分、君の仕事は、エル・ファシルでやっていたような、憲兵の仕事に似たようなもの、ということになるだろう。表向きは、そして大部分は。少佐がやるような仕事ではない仕事もやってもらうが、そういうものなのだ。だが」

 

「だが?」

 

「まぁ、君は荒事の方が向こうから寄ってくるような、そんな感じもする。そうなったら、降りかかった火の粉は、自分で払ってもらいたい。少なくとも、外を歩くときは交通事故に気をつけたまえよ。酔っ払いながら出歩くなどもってのほかだ」

 

 ムライからそう言われたヤンは、目を閉じて額をもんだ。一体自分は何者なのか、いや、何者だと思われているのか、その疑問が明らかにはなっていない。少なくとも、これからの仕事は、パエッタに言われたような勤務ではないことはあきらかだった。

 

「いいじゃないですか」

 大声でパトリチェフが言った。

 

「折角、少佐殿に支援課というものを掴んでもらったことですし、外に行きましょうや。折角の新人、ちゃんと歓迎してやらないと。ギルガメッシュ・タバーンでどうです?」

 

「ふむ。君はあそこが好きだねぇ。まぁいい。他の人を呼ぶのは任せるぞ。で、少佐、突然で済まないが今日はどうかね?飲めるのだろう?」

 

 突然話を振られて困惑しなかったわけではない。だが、飲み会の話と聞いて断る理由はヤンにはなかった。はい、と答え、大きくため息をついたのだった。フェザーンで楽はできそうにもない、そう確信したが故に。

 

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