銀河英雄伝説 ファニー・ウォー   作:ブッカーP

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 フェザーン某テレビ局が開催する、奇妙な討論番組に出ることになったヤン・ウェンリー。それは、南北朝、そして同盟から代表を出し、帝国と同盟の戦争、その今後について討論するものだった。しかし、それは特務支援課の情報作戦、その中の1ピースだったのである。


第八話 三人の語る人類大戦

「今、なんて言いました?」

 ムライの言葉に、ヤンは思わずそう聞き返した。配属されてから一か月ばかり何の音沙汰もなく、久しぶりに呼び出されたと思いきや……

 

「もう一度言おうか。テレビ番組への出演オファーだよ」

 

 着任早々、手荒い?歓迎を受けたヤン・ウェンリーだったが、その後は特に何か危険な仕事が回ってくるわけでもなく、淡々と事務仕事をこなすだけの日々が続いた。課長補佐といえば聞こえはいいが、別にムライ課長が何か補佐を欲しているわけでもなく、他から回ってくる手伝い仕事をそのままヤンに回してくるだけなのである。というわけで、ムライやパトリチェフが一体何をしているのか、ヤンがそれを直接知ることはないのであった(もちろん外側から覗き見することはできるが)。

 

 主な仕事としては、増える一方の亡命希望者の事務処理の手伝いがある。亡命希望者の身元調査を行い、亡命させるに相応しくない人ではないかチェックする必要がある。もちろん、同盟側も帝国の手配情報はチェックしているし、フェザーンから情報を入手することもできる。ただ、それだけに頼っていると裏社会のボスとかを同盟に入れてしまうことになり、それはよろしくない(いや、もう入っていると言われてはいるが)。

 

 実際、帝国公用語の能力が高いヤン・ウェンリーは、この手の調査にはうってつけで、その手の調査資料が山ほど回ってくる。ヤンとしては、一人の趣味人として帝国人のパーソナルな情報を見るのは面白くはあるが、事務仕事を淡々とこなすのはなかなかきつくなっていた。エル・ファシル時代の管理職体質はそうそう簡単に抜けるものではない。

 

 そんな中、ムライから呼び出されて、ヤンの心が浮き立たなかったといえば嘘になる。代わり映えのない事務仕事から解放される、一瞬だけそう思って出てきてみたらこのざまである。

 

「リージス・フィルビン・トークショー……何でしたっけ」

 

「少佐殿、見たことないんですか?いくらなんでもそれはないでしょう」

 同席したパトリチェフが目をむいた。何でも、フェザーンでは知らぬ人のいない有名人で、トークショーやクイズ番組で大人気らしい。トークショーでは、3、4人のゲストを招待して、インタビューで視聴者を楽しませるものらしい。当然、生放送である。

 

「普通、この手のトークショーは業界の有名人や各界の重鎮を招くのがいつものパターンだが、年に一度のペースでこういう企画をやるんだ。南北朝、そして同盟から軍人を招いてトークバトルをやらせるんだ。テレビはこういうコントロールが難しい企画は難色を示すのだが、フィルビンの能力故だな」

 

「トークバトル?」

 ヤンはそれだけ聞き返した。

 

「そうなんですよ。そこでの定番ネタがですね、三人に人類大戦の今後を語らせる、っていうのがありましてね。去年は、そうだ南北朝で殴り合いになったんでしたっけ?」

 

「ああそうだなぁ。さすがにフィルビンも慌てていたな。いや、そういうふりをしているだけだったかも」

 

「あ、あの……殴り合いというのは……というか人類大戦って……」

 ヤンは一人置いてかれている。

 

 帝国からすると、自由惑星同盟は叛乱軍であり、同盟からすると銀河帝国はルドルフ・フォン・ゴールデンバウムの子孫とそれに与する貴族たちが支配する悪の政府である。だが、どうしても客観的な視点というのは必要なわけで、フェザーンでは「人類大戦」なる言葉が普及しているのだ。帝国と同盟との戦争なら別の名称もあり得たかもしれないが、途中から戦争は銀河帝国内の内戦へと移行している。それをひっくるめて呼ぶなら「人類大戦」は悪くないネーミングだ。

 

「で、何故自分がそれに出なければならないのですか」

 ヤンはムライのデスクに置いてある紙を見て言った。テレビ局が出したものと思われる出演案内には、『自由惑星同盟:ヤン・ウェンリー少佐』と書かれてある。

 

「まぁ、我々が同意したからな。なんなら正式な命令書を書いてもいいぞ」

 ムライは平然とうそぶいた。

 

「ちょ、ちょっと。自分に何も相談もなくそんなことを……」

 

「いやぁ、少佐殿。本当はですね、テレビ局の方からオファーがあったんですよ。少佐殿は有名人ですからねぇ」

 パトリチェフが応じた。

 

「は?」

 

「こないだの日曜日、エーフォイ書店で棚の一段、端から端まで全部の本買ったでしょう?あれが動画SNSにアップされてて、結構反応がいいんですよ。誰でしょうね、あれを撮ったのは」

 

「あ……」

 パトリチェフの言葉に、ヤンは天井を見つめた。ヤンがエル・ファシルから持ってくるはずだった本は、輸送中のトラブルで中継基地にコンテナごと置いてけぼりにされてしまっていた。待ちきれなくなったヤンは本屋に駆け込み、勉強がてら棚一段分本を買い込んだのだが、まさかそんなものをこっそり撮影されているとは思ってもみなかった。

 

「〆て代金600フェザーンマルクだそうだな」

 

「何故それを?」

 

「このフェザーンで秘密にしておけるものなどないのだよ。少佐、特に同盟の軍人は尚更だ。それを忘れないことだよ。まぁ、それはともかく、そんなエキセントリックな軍人から是非お話を聞きしたいとのことだ。いいぞ、リージス・フィルビン・トークショーなんて出たいと思って出られるもんじゃないからな」

 

「そうですよー。自分が代わりたいぐらいだ」

 

「では、パトリチェフ大尉。今すぐ代わってくれ」

 パトリチェフは肩をすくめて何も言わなかった。

 

「まぁ、冗談はさておくとして、だ」

 ムライは紙の一点を指し示した。

 

「今回の我々の業務(ビジネス)、そのターゲットがこれだ」

 ヤンはムライが指し示した所を見た。そこには『南朝:ヘルムート・フォン・シュターデン少将』と書かれてある。

 

「このシュターデンという男、少佐は知らないだろうが南朝の弁務官事務所で広報官をやっている。事実上の広報のトップだ」

 

「だからトークショーに出るんですか」

 

「まぁ、そういう側面もあるがそれはさておく。この男は裏の顔があってな、銀河帝国南朝への亡命、その仲介をやっているのだよ」

 

「帝国への亡命の仲介」

 またもヤンはおうむ返しに応じた。

 

 銀河帝国への亡命ーー

 言葉の意味は分かるが、随分と奇妙な言葉である。そもそも亡命といえば、自国を脱出して他国へ逃れることを指すが、フェザーンは(表向きとはいえ)帝国領土であり、同盟市民がフェザーンを訪れることについて、ほとんど制限はないと言っていい。オンラインで査証を申請し、それが認められれば誰でもフェザーンの地を踏むことができる。

 だが、本当の本当に銀河帝国に亡命したいとなれば、それは難しいことなのである。

 

 身分証明書、である。

 

 そこには名前、住所、性別、家族構成、職業、ありとあらゆる情報が記録されている。銀河帝国で生活するとなれば、身分証明書は必須である。さらに言うと、それさえあれば良いというわけではない。生活内容が身分証明書と乖離している、そう警察に疑われれば、スパイとして検挙されるのは必然なのだ。これを入手し、帝国国内へ旅立つことは、非常に難しいことなのである。シュターデンが提供するのは、この身分証明書と、帝国で生活するための「仮の姿」なのであった。

 

 ちなみに、南北朝の貴族もこの身分証明を持っている。ただ、本人はそれを意識していないかもしれない。VIPには顔認証サービスが提供されるからだ。そして、本人が希望すればそういう「証拠」を残さず国内を移動することも可能だ。

 

「帝国へ亡命したいとは、随分と物好きですね」

 ヤンは言った。本当にそう思っている。

 

「自由と民主主義が、誰にも受け入れられているというわけではないからな。それに、同盟市民には帝国からの亡命者も一杯いる。その子孫が郷愁にかられない、などという保証はないであろう?だが、ここで問題がある。シュターデンは、亡命希望者に対して、身分証明書の作成料金として大金を要求している。そして、その金を支払った亡命希望者3組が、帝国で行方不明になっている」

 

「ほほう」

 ヤンは口をすぼめた。

 

「官憲にしょっ引かれた、と考えるべきだろうな」

 

「でしょうね。普通に考えるなら」

 

「好機だと思わんかね」

 

「どういうことです」

 

「このシュターデンに『仕掛ける』。弱みを握って、同盟の『資産』とするのだ。準備はしてきた。今こそ実行の時なのだ」

 

「……」

 ヤンは黙りこくった。何かを言えば何でも藪蛇になってしまいそうな、そんな確信があった。

 

「どうした。仕掛けるのは君なのだぞ」

 ああやっぱり。

 

 

 

 課長室を沈黙が支配した。ムライ、ヤン、パトリチェフ三人が三人、声も出さなければ身じろぎもしない。沈黙を破ったのはヤンだった。

 

「本気で言っておられるのですか」

 

「冗談を披露するほど暇ではないと思っているが」

 

「本気なんですか」

 

「本気だ」

 

「自分は情報作戦資格など持っていませんよ」

 もちろん御存知とは思いますが、とヤンは続けようとしたが、やめた。ちなみに情報作戦資格というのは、同盟軍の情報機関に所属する人間が所持しているとされる資格だが、実際のところどんな資格なのか実態は明らかになっていない。情報部の人間というのは、なりたくてなるものではない。気が付いたらなっているものなのだ。

 

「もちろん」

 

「尋問に耐える気はありませんよ」

 

「そうだな。情報作戦資格を持ってない人間には期待すべきではない」

 

「秘密をべらべら喋りますよ」

 

「構わない。いやむしろ、本当のことを喋ってほしい。嘘をついたら君の身が危うくなるだろう」

 ムライの余裕綽綽な表情は崩れることがない。ヤンは大きくため息をついた。今ここで辞表を書いてしまおうか、とすら思った。

 

 ヤンは助けを求めるように、パトリチェフの方を見た。パトリチェフは大げさに視線をそらした。

 

「では、自分は何をするのですか」

 

「お、のってくれるか」

 ムライは嬉しそうに応じると、作戦の内容について説明を始めた。

 

 

 

 課長室を出たヤンは、大げさに肩を落としてとぼとぼと歩いた。

 

「少佐殿、あまり悪く思わんでくださいよ」

 追いついたパトリチェフはなだめるように言った。

 

「課長は少佐殿に期待しておられるのです。でなければ、『作戦』に部外者を巻き込んだりはしません」

 

「自分は部外者だとでも言うのかい。同じ特務支援課だろう?」

 

「少佐殿も『こちら側』になりたいのですか」

 

「いや、いい」

 パトリチェフにそう言われたので、ヤンはそう答えて身震いした。パトリチェフの問いに真剣さを感じ取ったからだった。スパイというものは、実態が見えないからこそ魅力的なのであり、実態はろくでもないものなのだろう。

 

「少佐殿の安全は、自分が保証します。作戦通りやっていただければ、危険なことは何もありません。大丈夫ですよ」

 パトリチェフの言葉に、ヤンはうなずいた。ヤンを気遣ってくれていることだけは分かる。だが、その言葉をどこまで信じることができるだろうか。いや、根拠があるから信じる、というのではなく、ただ信じることが必要、というものなのかもしれない。それは絶望的な戦場で抵抗を続ける兵達のように。

 

「それにしてもいいなぁ。本物のリージス・フィルビンに会えるなんて」

 パトリチェフが羨ましそうな声で言う。

 

「なぁ、何で私なんだ。今すぐ君に代わってもらってもいいんだけど」

 

「自分はフェザーンで面が割れてますからね。無理ですよ。フェザーンに来たばかりで、情報が不足している少佐殿は、工作にうってつけです。課長は、少佐殿が配属された直後から準備していたんですよ、あ、これは言わんでおいてくださいよ」

 

「なぁ、大尉」

 ヤンはパトリチェフの方に振り向いた。

 

「まさか、SNSに動画をあげたのはーー」

 

「さぁ。それは自分ではないですな。世の中は、そこまできっちりとは出来ていません。わかるでしょう?」

 パトリチェフの言葉に、ヤンはまたもがっくりと肩を落とした。

 

 

 

 一週間後、フェザーン大手テレビ局ーー

 

 ヤンの控室と指定された部屋は、ホテルのシングルルームのような部屋だった。さすがにベッドは置いていなかったが、ベッドの代わりになりそうな大きなソファーはある。テーブルには、新聞が数紙とミネラルウォーターの瓶がいくつか。後は化粧台と全身用の姿見、ハンガーラック。そんなところである。

 

 しばらくしたら撮影用のメーキャップをやりますんで、そうADは言い残して出ていった。収録までは二時間弱もある。控室が用意されている、ということは、非常識に早いというわけではないのだろう。ただ、ヤンの側にも事情があった。

 

 テーブルの上にある新聞をいくつか読んでいるうちに、扉がノックされた。扉を開けると、そこには灰色ストライプのスーツ姿の男性が立っていた。年齢は50代半ばというところだろう。髪の毛も半分ほど白くなっている。

 

「これは失礼、もうお越しになられている、そうお聞きしましたので」

 扉の外の男は、にこやかに笑ってそう言った。

 

「あの……お名前は」

 

「おおそれは失礼」

 男は大げさに驚くと、紹介用データグラムを送信してきた。銀河帝国南朝弁務官事務所、広報官ヘルムート・フォン・シュターデン、とあった。

 

「ああこれは」

 そうヤンは応じた。自分のデータグラムも送信する。シュターデンはうんうんと頷くと、入ってもよいかと聞いてきた。ヤンとしては断る理由もないので、シュターデンを招き入れた。

 

「今回のトークショー、お手柔らかに頼みますぞ」

 シュターデンがそう言ってきたので、ええ、何も知らないのでこちらこそご指導の程よろしくお願いします、とヤンは言い返してしまった。

 

「まぁ、フィルビンさんは経験豊富ですからな。彼の言うことに従っていれば大丈夫ですよ。私から『指導』できることなどないのですが……まぁ、敢えて言えば『熱くなるな』ということでしょうかね。基本、軍人というものは短気なものですが、ここはテレビでトークショーです。殴り合いをする所ではない」

 

「そうですね」

 

「今回は所属の違いも、階級の上下も関係ありません。虚心坦懐に思いをぶつけ合う、そういう場にしようではありませんか」

 

「よろしくお願いします」

 ヤンはぺこりと頭を下げた。随分と口の回る人だ、内心でそう思う。まぁ、広報というものはそういうものである。エル・ファシル時代、憲兵隊の広報官はトークの能力が高い人間が選抜されていた。このシュターデンは、それよりも話がうまいかもしれない。

 

「ところで、ヤンさんはフェザーンに来てからどれくらい経ちますかな。最近来たとはお聞きしておりましたが」

 シュターデンが話を振って来た。

 

「一か月ほどです」

 

「そうですか。フェザーンの秋は素晴らしい。私も帝国で長いこと過ごしてきましたが、惑星フェザーンの秋は格別です。特に美食家にとっては。鱈のパルマンティエ(著者注:鱈が入ったじゃがいものグラタンのようなもの)は絶品ですぞ。ときに、同盟でこれはと思う美味はございますかな」

 

「そうですね……ウナギはどうでしょうか」

 それを聞いた途端、ほんの一瞬、シュターデンのにこやかな笑顔が消えたのをヤンは見逃さなかった。

 

「ほぅ。ウナギとは珍しいですな、どんなウナギが美味なのでしょうか」

 

「メスのウナギですね。産卵期のものは格別です」

 今度こそシュターデンの顔から笑顔がなくなった。

 

 

 

 シュターデンがヤンのポケットに何かをすべりこませた。取り出してみると、小型のヘッドセットである。促されるままにヤンは右耳にヘッドセットを着けた。シュターデンは、部屋にあるオーディオセットとスマートデバイスを『接続』すると、オーディオからはクラシック・デスメタルのナンバーが大音量で流れ始めた。だが、ヘッドセットからの音声は普通に聞こえる。そういう風に制御しているのだった。これなら盗聴機があっても会話を聞かれることはない。

 

「ご依頼はお伺いしております。改めてご確認しますが、考え直す気はございませんな?一度亡命すると、戻ることは叶いません。こういう商売をしていると、最後の最後で突然心変わりするお客様もいらっしゃるのですよ」

 シュターデンの声は、先程とは打って変わって低く、淡々としていた。

 

「ありません」

 ヤンは答えた。

 

「南朝への亡命をご希望とのことですが、間違いありませんかな」

 

「ありません」

 

「代金は前払いでお願いしております。残念ではございますが、分割、後払い、いずれもお受けできません」

 

「分かっています」

 

 シュターデンはポケットから紙を出すと、テーブルに広げて見せた。いくつかのバーコードが印刷されている。ヤンはスマートデバイスでそれを読み取ると、デバイスに何かのプログラムがインストールされた。見たことのない銀行のオンラインバンキングプログラムだった。既に、振込先は指定されており、振込元の口座名と金額さえ入れれば入金が行われる仕組みだ。

 

「御代金はそちらに」

 

「……随分と高くありませんか。総額で50万ディナールとは」

 

「おやおや」

 シュターデンは眉をひそめた。

 

「北朝ではどうか分かりませんが、南朝ではしっかりとした身分がないと、生きるのは窮屈だと思いますぞ。それに、この終わりなき内戦、身分がしっかりしていないと、徴兵されないとも限りません。お金をケチるのは命をケチるのと同じこと、そう考えてもらわないとなりません」

 

「……」

 ヤンはしばらく動かなかったが、しばらくして端末を操作した。振込が行われる。

 

「結構」

 口座を確認したらしいシュターデンは大きくうなずいた。

 

「それにしても、一介の少佐にしては随分と羽振りが良い。これほどの大金、そうそう用意はできないでしょう。憲兵とのことですが、装備品の横流しでも?それとも薬物?」

 

「貴方にそれを言う必要はない」

 

「ですな。頂くものさえ頂ければ、こちらは用意するものを用意します。これはビジネスです。ときにご家族はどちらに?準備ができればすぐ来ていただかなければなりません」

 

「すぐ近くにいます」

 ヤンはテレビ局から歩いて数分のところにあるホテルの名前と部屋番号を答えた。

 

「分かりました。皆様の身分証、明日までにはご用意できるでしょう。そうすれば、第二の人生が皆様をお待ちしております。それまで、くれぐれもご用心を」

 シュターデンはそう言うと、オーディオセットの電源を切った。

 

「今日のトークショーですが、『お手柔らかに』。短気は損気。けして空気を煽らないように。よろしいですな」

 

「了解致しました」

 

 それを聞いて、シュターデンは控室を出ていった。ヤンの知らないうちに下準備は整っており、その成果がこの「会談」である。ヤンのプロフィールは変わらないが、エル・ファシル時代に「副業」に手を染めて、それが問題化するまえに帝国に亡命する、というストーリーがシュターデン側に伝達されているはずであった。ウナギというのは符丁であり、メスで産卵期ということは、妻と子供と一緒に亡命するということであった。「家族」はヤンの言う通り、テレビ局の近くのホテルで待機しているはずだ。ヤンの会ったことのない「家族」が。

 

 

 

 会場は薄暗かった。中央に4つの鋼鉄製の椅子があり、それを取り巻くように観覧席が設定されている。観覧席は人ですずなりになっているが、上から見ると雰囲気の違う3つのゾーンで構成されているように見える。フェザーンに住まう北朝、南朝、同盟の関係者が固まって座っているからだった。

 

 上にあるライトが光り、1つの椅子を照らし出した。そこには既に白髪の老人が座っていた。ただ、醸しだす雰囲気は老人というにはエネルギッシュ過ぎることはすぐ分かる。長年メディア業界に居る人間だけが持つスキルであった。

 

「視聴者の皆さんこんばんは。リージス・フィルビン・トークショーにようこそ。今回はいつもとは少し趣向を変えまして、人類を三分する政治勢力それぞれからお客様をお迎えしております。悲しむべきことに戦争は続いておりますが、本日、この場だけでもそれを忘れ、お互いを知る機会とすべきではないでしょうか。それではご紹介しましょう。最初のお客様は、自由惑星同盟大使館勤務、ヤン・ウェンリー少佐です!」

 

 拍手が起こる。ADに促され、正面右側の入口よりヤンは入った。テレビ局に用意されたダークグリーンのシングルスーツ姿である。司会席に居るフィルビンに近づくと、握手を求められたので握手を交わした。外見からは信じられないほどの握力だった。ライトに照らされた空の椅子に座る。

 

「二人目のお客様は、南朝の弁務官事務所にて広報を担当されておられます、ヘルムート・フォン・シュターデン少将!どうぞこちらへ!!」

 

 シュターデンが中央奥の入口から会場に入ってきた。フィルビンとハグし、握手を交わすと同じように席につく。

 

「三人目のお客様は、北朝の弁務官事務所警備主任を務めております。現代に蘇ったアキレスとでも言うべきお方、ウォルフガング・ミッターマイヤー少佐!ようこそ!!」

 

 ミッターマイヤーと呼ばれた男が正面左側の入口より入ってきた。身長は平均よりやや低いぐらいか。だが、蜂蜜色の短髪にグレーの瞳、がっしりとした肉付きはいかにも頭より体を使う武人のイメージそのものだ。ネイビーブルーのスリーピーススーツに身を包み、左胸のポケットの上には銀河帝国軍章のピンバッジを着けている。ミッターマイヤーは会場に入るなり、お辞儀の敬礼を行い、フィルビンと握手して席に座った。カメラを向けられても笑いもしない(椅子と一体化した小型のディスプレイがあり、そこにカメラの画像が映っているのだった)。

 

 トークショーが始まった。ちなみに、ショーは全て帝国公用語で行われるが、古代演劇でもなければ、ヤンは帝国公用語を自由に操ることができる。

 

 

 

 さすが熟練のホストだけあり、フィルビンの話は上手かった。いや、上手いどころではない。話の引き出し方、コントロール、全てにおいて丁度良い。人気があると言われるのも分かる。別にヤンは寝不足ではなかったが、この人となら24時間話しても眠くなることはあるまい、と思うほどだった。ショーは、三人の略歴からはじまり、仕事の内容、苦労したことや良かったこととかそういうことに続いていった。ヤンは同盟市民相手の事務仕事、という態で話に臨んだ。さすがに大使館付き軍人で本当のことをべらべらしゃべるわけにはいかない。他の二人もそうなのであろう。

 

「では、ここで話を移しまして、皆様のプライベートをほんの少しお伺いしたいと思います。ミッターマイヤーさん、お聞きしたところによりますと、園芸を趣味にしていらっしゃるそうで」

 

「そうです」

 

「特に、鉢植えの植栽についてお詳しいと聞いております」

 

「そうです。これは『盆栽』と呼ばれるものですが、陶器の平たい器を大地に見立て、そこに小さな木を植えて加工します。この木は、広大な森林の中の一本の木である、というイメージで加工するのです。品質の高いものは、それを見るだけで森林の中の大木をイメージすることができると聞いております。自分のはまだまだですが」

 

「そんなに謙遜することはないと思いますよ。お話によりますと、昨年、アマチュアの品評会で入選したそうですね。実は、今回、ご自身の作品を持ってきてもらっています。どうぞこちらへ!」

 

 係員が大きな台車に、一メートル四方はあろうかと思われる松の盆栽を運んで持ってきた。ヤンは盆栽の心得はないものの、太い幹が曲がりくねって伸びて、曲がったところから枝が伸びている。枝ぶりが見事であることは素人でも分かるものだ。おお、という声が観客席からあがり、拍手も起きる。

 

「これはすごいですね。堂々としている」

 

「松の木です。幹が曲がっているのは『模様木』という形式で、実際の木より堂々としているように見えるのです。枝がバランスよく伸びるためには、こまめに加工や剪定することが必要なのです」

 ミッターマイヤーが解説した。ヤンには話の内容があまり理解できなかったが、盆栽というのは手間のかかる趣味であることは分かった。

 

「ミッターマイヤーさん、ありがとうございます。では、次はシュターデンさんの趣味をお伺いするといたしましょう。シュターデンさんは手先が器用なので、彫刻を趣味としていらっしゃると聞いておりますが」

 

「いえいえ。ミッターマイヤー殿の作品を前にすれば、自分の作品など恥じ入るばかりです。拙いことこの上ない。ただ、芸術の都フェザーンにおりますと、どうしても己の創作心がかきたてられるものでございますな。下手の横好きとは申しますが、自分も挑戦してみた次第でございます」

 シュターデンは型どおり謙遜してみせる。

 

「いやはや。そんなことはありませんよ。皆様もこの作品を見れば、シュターデンさんの素晴らしい腕が分かるというものです。どうぞ!」

 

 今度は係員が50センチ四方程度の箱?に、布をかぶせたものを台車に載せて運んできた。フィルビンが布をめくると、立方体の白い物体に、帝国紋章を彫りこんだ彫刻があらわれた。その精緻さは、ヤンですらおお、と感嘆の声をあげたものである。会場からは大きな拍手と歓声が沸き起こる。

 

「凄い……この材質は何でしょうか」

 

「これは石鹸です。石鹸の彫刻はソープカービングと申しますが、材質の硬さが硬すぎもせず、軟らかすぎもせずと非常に絶妙。初心者の方でもすぐにこのような彫刻ができるのです。これはほんの手始めにすぎません」

 

「これで、体を洗えるのですか」

 フィルビンのボケに会場は爆笑。

 

「ええ、なんなら、一部切り取ってご進呈申し上げますよ」

 

「いや、結構。是非、シュターデンさんのご自宅でお使いください(会場笑)。どうもありがとうございました!さて、最後にヤンさんですが、最近ハマっておられるものはドラマの視聴であるとか」

 フィルビンがヤンの方に向き直る。ヤンに当てられたスポットライトはややまぶしすぎたが、ヤンは事前の打合せ通りに話し始めた。

 

「同盟にとって、フェザーンは国外の地です。自分は国外に出たのは初めてですが、楽しみにしていたことがありました。前の任地、エル・ファシルに居た頃から、帝国で放映されている人気ドラマを視聴することが楽しみだったのですが、同盟では最新作をリアルタイムで見ることは叶いません。それができるのが嬉しくてですね……例えば哨戒艇(das boot)(著者注:帝国辺境で宇宙海賊相手に大立ち回りを演ずる哨戒艇のドラマ)とか、悪魔(Monster)(著者注:ある医師が、かつての患者で、現在は帝国を揺るがすシリアルキラーとなった男を追うという内容のドラマ)とかですね。あれは、同盟でも根強い支持を得ているんです」

 

「おお、それはそれは。当テレビ局で、『哨戒艇』のシーズン15を一挙放映していたことは御存知ですか?確か二週間ほど前でしたが」

 

「そうなんですよ。どこか途中で見るのを止めようと思っていたんですが、結局最後まで見てしまいました。20時間ほどテレビにかじりついてしまいましたよ」

 ヤンが頭をかきながらそう言うので、会場がまたも爆笑に包まれた。ミッターマイヤーやシュターデンの趣味に比べれば見劣りすることこの上ないが、ヤンは気にすることはない。むしろいいオチになったと思っているくらいだ。

 

 

 

 休憩をはさんでトークショーは続いた。旅行の話、家族の話(これについてはヤンは話すことが何もなかった)いろいろな話があった後、フィルビンは切り出した。 

 

「さて、ここで皆さんに聞いてみたいことがあります。北軍、南軍、同盟軍のお三方が集まったとなれば誰もが聞いてみたい質問です。会場の皆さん、どうですか!」

 会場に歓声があがった。

 

「そうです。現在、銀河帝国北朝、南朝、自由惑星同盟は交戦状態にあります。一体、この人類大戦がどのような結末を迎えるか、それを語っていただきたいと思います!まずは北軍、ミッターマイヤーさんよりどうぞ!」

 

 ミッターマイヤーが話し出した。北軍は現在攻勢に出ており、南軍を順調に「押して」いる状態であると。政府と企業の協調が進み、経済の発展と軍の強化が同時に行われている。いずれ、南軍に対して圧倒的な優位を獲得するであろうと。まとめれば、こんな話である。

 よくよく聞いてみれば、北朝政府の公式発表と変わるところはあまりない。が、軍の機密をべらべらしゃべるわけにはいかないし、語れることはこの程度である。南北間の戦線も「やや停滞」レベルの昨今、微妙な話題で相手を刺激することもないのである。

 

「なるほど、これについて……おっとシュターデンさん」

 シュターデンが手をあげていたので、フィルビンが振った。

 

「ミッターマイヤーさんの話は、まぁ、新味のないものです。政府の発表を焼き直しているに過ぎません。北軍がキフォイザー星系近辺で攻勢に出ていることは確かです。ですが、我が軍は戦力を保持しつつ後退をしております。そして、地歩を譲る代償に敵の戦力を着実に『削り取って』いるのであります」

 

「それに、政府と企業の協調とおっしゃいましたが、現在、北朝を支配しているのは政府でも皇帝でもなく、膨れ上がった財閥に他なりません!ラインフォルト、ローゼンタール、バイヤースドルフ、ビッテンフェルトの四大財閥をはじめ、軍需企業が幅を利かせ、政府に代わって臣民を支配しているのです。既に帝国の体を為していないのです!!」

 

 シュターデンが語っていることはおおむね事実だった。門閥貴族のほとんどが南朝についた結果、帝国の政府を構成しているのは残ったごくわずかの大貴族、領地を持たない中小貴族、平民の官僚、そして、戦争で急激に規模を拡大した軍需企業であった。シュターデンが述べた四大財閥は、戦闘ハードウェアから民間機器まで幅広く手がける大コングロマリットであった。そのリーダーの実力は、南朝の門閥貴族すら凌ぐと言われている。

 

 ただ、これも南朝側の公式発表や宣伝と変わるところはほとんどない。せいぜい煽りがミッターマイヤーよりきついぐらいである。まぁ、新事実がここでぼろぼろ出るようでは、国家としてはそちらの方が心配というものだろう。

 

「シュターデンさん、ありがとうございました。では、最後にヤンさん、いかがですか。今後、同盟はどういう風に戦争に立ち向かうのでありましょうか。内戦が終わり、来たるべき帝国対同盟の一大決戦でしょうか」

 

「私は、戦わないと思います」

 ヤンの言葉に、ほんの一瞬、会場が静まり返った。

 

「戦わない……?これはユニークなご意見ですね」

 フィルビンも一瞬ぽかんとしていたが、それでもすぐに立ち直ってヤンに続きを催促した。

 

「この戦い、帝国と同盟の衝突はありません。まず、帝国の北朝と南朝の戦いにケリがつきます。これは自明のことです。どちらが勝つにせよ、勝った方は負けた方と一つにならなければなりません。勝ったとはいえ、負けた方の人間を全て殺すわけにはいかないからです。それは勝者と敗者の共存に他なりません。勝者と敗者が共存できるなら、帝国と同盟の共存も可能なはずです。さらに言うと、内戦で戦った相手より、同盟は確実に強力であると断言できます。これが、戦いが起こらないと私が申し上げた根拠です」

 ヤンの言葉が終わると、会場がざわついた。

 

「ヤン殿は勘違いされておられる」

 フィルビンより促される前に、シュターデンが話し出した。

 

「我々が戦っているのは、悪辣な財閥共に牛耳られている哀れな民草のためだ。虐げられる臣民を救い、搾取する者共を一掃するために戦っている。共和主義者共との戦いとは全く違うものだ」

 

「そうでしょうか。北朝、南朝共に、フェザーン自治領の力を借りているではないですか。物資の購入だけでなく、借款まで行っている。ディナール建ての借款が行われていることなど、フェザーンに住んでいれば自明のことです」

 

「世の中には、負けられない戦いというものがある。どのように繕おうと、偉大な敗北など存在しないのだ」

 

「そこなのです」

 シュターデンの切り返しに、ヤンはここぞとばかりに突っ込んだ。

 

共和(republic)という言葉は、人類が歴史を紡ぎだした時からありました。元々はres publica(レス・プブリカ)と呼んでいたそうです。その意味は、『公なるもの』という意味であります。反対は『私なるもの』。銀河帝国と同じ、帝政がそれに当たります」

 

「公なるもの、つまり皆のものについて話し合い、進むべき方向を決める。そのためには、皆が話し合わなくてはなりません。それ故に、民主主義が生まれたわけです。そして、民主主義に必要なものは、敗北を受け入れる寛容さであります。話し合いの結果、誰もが得をするばかりではありません。誰かが得をして、誰かが損をする、そういうことはあり得る。ですが、それを受け入れるのが民主主義であります。今、シュターデンさんは偉大な敗北など存在しないとおっしゃった。しかし、そのために、内戦は終息の兆しが見えず、30年の長きにわたってもなお終わらない泥仕合になっているのではないですか」

 

「話にならないな」

 割り込んだのはミッターマイヤーだった。

 

「同盟が内戦の終結を望まないからこそ、内戦は続くのだ。帝国が二つに分かたれ、互いに血を流し合い、共倒れすることを同盟は望んでいる。ディナール建ての借款はそのために行われているのだ。借款だけではない。船、物資のようなハードウェアまで供給し、帝国臣民が殺し合うことを、同盟は望んでいる!」

 戦闘ハードウェアも供給していることには、ミッターマイヤーは触れなかった。これはテレビショーであって罵り合いではないからだった。

 

「それは言い訳に過ぎません。帝国の内戦を終結させるために、南北朝で停戦会談が何度も行われてきました。それが決裂したのは、敗北など存在しないからではないですか」

 こう言われると、ミッターマイヤーもシュターデンも黙るしかない。とどのつまり、内戦が「終わらない」のは、南北朝双方が勝利条件を吊り上げたため、妥協の余地がないことが大きい。敗北と身の破滅が同義語では、破滅するまで戦う他はない。

 

「帝政が主人と家臣を作る体制であるならば、民主主義は友人を作る体制であるとよく言われます。(friend)という言葉は、元々『愛情』を意味するfreondという言葉から来たそうです。愛情は、対等な関係同士に成り立つものです。主人と家臣の間にあるものは愛情ではありません」

 

「馬鹿な。愛情で成り立つ体制などあったためしがない」

 

「友、それはいろいろな場所に存在します」

 ヤンはミッターマイヤーの言葉を無視した。

 

「学校には学友がいます。戦場には戦友(カメラーデン)がいます。悪所には悪友がいるかもしれません。盟約を結んでいれば盟友です。長らく離れていても、再会すればそれは旧友であります」

 

「そして『昨日の敵は今日の友』『今日の友は将来の敵』とも申します。友というのは常に味方であるとは限らないのです。強敵こそ最高の友である、という言葉もあります。ここから分かることは、民主主義は、敵と味方が共存する体制である、ということです。同盟は帝国を受け入れることだって可能だと思います。帝国が、違う体制を受け入れる用意があれば、ですが」

 再び静まり返った会場に、ブーイングが起きた。ブーイングは次第に大きくなる。フィルビンがどうぞご静粛に、と止めにかかる。

 

「ヤンさん」

 今度口を開いたのはシュターデンである。

 

「ヤンさんのおっしゃることは、統治に関する初歩的な二項対立に過ぎません。曰く、力をもって統べるか、和をもって統べるか、です。これは二項対立とは言いますが、力をもって統べる体制に対し、和をもって統べる体制はあまりに脆弱に過ぎる。これが歴史の示す結論です。和をもって統べる、言葉は美しいかもしれませんが、結局は勢力争いにより荒廃するというのが現実ではないでしょうか」

 

「そうです。ですが、力をもって統べる体制を打倒するのは、和をもって統べる体制でありました。何故なら、力は、いずれ敵となる体制を受け入れることはできません。ですが、和は違います。いずれ敵となることが分かっていても、受け入れることができるのです」

 ヤンの言葉に会場が再びざわつく。

 

「ヤン少佐が言っているのは『野合』に過ぎない」

 ミッターマイヤーが断じた。

 

「短期的な利益のために野合を繰り返す、そこには将来というものが存在しない。合従連衡は世の倣い、そう言いたいのだろうが、実際は目先の勝利のために本質を捨てているだけではないか」

 

「本質とはそこまで大事でしょうか。本質にこだわるあまり、力に頼ることしかできないのだとしたら、それは本質が間違っているというものでしょう」

 

「ヤン殿、それは帝国を愚弄していると受け取ってよろしいのか」

 ミッターマイヤーが吠えるように言った。シュターデンも顔から笑みが消え、厳しい表情になっている。

 

「そうは言っていません。南北朝、共に帝国を再統一すると言っています。なれば、それは片方がもう片方を受け入れることを指している。ならばそれは既に、和でもって統べる体制だということです。共和という言葉のキーワードに『共』(together)『和』(unite)があります。二つの帝国が共に和すのであれば、既にそれは帝国ではないのです。共和なのです。ありがとうございました」

 

 

 

 三人の論戦に会場の雰囲気は険悪となったが、CMが入ったこともあって何とか雰囲気は元に戻った。最後は三人とフィルビンが握手を交わして、トークショーは終了となった。

 

 ヤンは控室に戻って、置いてあった荷物をまとめた。控室を出て帰ろうと思っていたら、シュターデンが近づいてきた。

 

「おお、ヤンさんですな」

 

「これはシュターデンさん」

 

「今回の論戦は熱いものがありましたな。熱くなるな、と自分から言っておいて申し訳ない」

 

「いえいえ。自由に何でも喋ってよいと言われましたので、少々言い過ぎたかもしれません。まだまだですね。ところで何の御用でしょうか」

 

「いえ。廊下でネクタイピンを見つけたもので。お届けしたいと思いました。形からしてヤンさんのものでしょう?」

 

 ヤンは眉間に皺を寄せた。ネクタイピン?そんなものを着けてきただろうか?

 

 突如、腹に何か硬いものが押し当てられた。

 

「ヤン・ウェンリー。腹に穴を開けて欲しくないなら、私についてきてもらおうか」

 

 

 

 ヤンを押し込めたシュターデンの地上車は、テレビ局から三十分ほど走り、どこにでもありそうな雑居ビルに到着した。窓のない一室に入ると、ヤンを椅子に座らせ縛り上げた。両手を手錠で拘束するのも忘れない。照明は、中央に蛍光灯が一つあるきりだ。

 

「シュターデン、これは一体何の真似だ」

 

「貴様、何者だ」

 シュターデンがわめいた。

 

「私はヤン・ウェンリーだ」

 

「よくもべらべらと長広舌をふるいおって。弁務官事務所から命令が来た。危険思想の疑いがあるため貴様を調査しろ、とのことだ」

 

「だったら何です」

 

「わからんのか。貴様の亡命はなくなったということだ。貴様は帝国にマークされているのだから」

 

「ああ。なるほど。目標がいきなり姿を消すわけにはいかないですからねぇ。ということは50万ディナールは返してもらえるということですか。あれは工作のために大使館の金庫から借りたものなので。返さなきゃいけないんですよ」

 

「今、なんて言った?」

 シュターデンは呟くと、ヤンにブラスターを突き付けた。

 

「もう一度聞く。貴様は何者だ。私の言っていることが分かるな」

 要は正体を明かせ、ということである。

 

「ヤン・ウェンリー。少佐。自由惑星同盟大使館、特務支援課課長補佐。30歳。遺憾ながら」

 ヤンはよどみなく答えた。

 

「特務支援課」

 シュターデンの顔色が変わった。ヤンが自分に対する工作を行っていたことを認識したのである。

 

「なるほどそういうことか。情報部の狗め。目的は何だ」

 

「シュターデンさん、貴方が亡命の手引きをしていることは既に分かっている。控室で話をした時、私の耳たぶと首に録音機シールを貼り付けておいたのだ。貴方が盗聴対策をしていたことは分かっていたが、そんなものは通用しないことが分かるはずだ」

 

「何だと」

 

「控室での会話は、録音して当局に渡している。貴方は終わりだ、シュターデン。観念してもらおう」

 

「馬鹿な」

 シュターデンはブラスターを下ろすとしばし思考した。しばらくして何かを思いついたらしく、コミュニケータを取り出すと、どこかに通信を始めた。

 

「ウルリッヒ。私だ。『ククク』を実行せよ。そうだ。本気だ」

 シュターデンは通信を切ると、勝ち誇った顔でヤンに告げた。

 

「予定変更だ。いや、予定通りにやる。ヤン、貴様は明日亡命だ」

 

「何故です。契約は破棄になったのでは」

 

「もっと言おうか。貴様は亡命するが、貴様の家族とやらには死んでもらう。どうせ本物の家族ではないだろうがな」

 

「本当の家族でないと、よく分かったな」

 ヤンは言った。となるとシュターデンの考えは……

 

「そうだ。貴様は同盟の裏切者になるのだ」

 

 

 

 部屋にはヤンとシュターデン以外にいないから、ひどく静かである。先程からヤンもシュターデンも身じろぎ一つしていない。

 

「裏切者とはどういうことですか」

 

「亡命したら裏切者になるだろう」

 

「拉致された可能性もありますよ」

 

「そう、だからダメ押しをやる」

 シュターデンは舌なめずりをした。

 

「家族には殺し屋を差し向けている。そして、殺害現場に貴様の生体情報を残しておく。そうすれば、結論はおのずと、貴様が工作の協力者を殺して帝国に転向した、ということになる。そうなれば、貴様が何を言っても、それを信じる人間はいない」

 

「50万ディナールはどうなる。金の流れはいずれバレるぞ」

 

「はっ、今更金の心配かヤン・ウェンリー。事さえ片付ければ、後はどうとでもなることが分からんのか」

 

 シュターデンは、部屋の端にあった折り畳み椅子を広げると、自分も座った。しばらくの後、コミュニケータが着信を告げる。

 

「私だ……おい、貴様は誰だ!答えろ!!おい!」

 通話中のシュターデンがうろたえた。次の瞬間、

 

「やぁやぁどうも特務支援課です」

 部屋のドアが開き、ブラスターを構えたムライとパトリチェフが入ってきた。

 

 

 

「お見事、お見事ですシュターデン少将。よくぞ我々の思った通りに動いてくれました。まぁ、他の選択肢はなかったでしたでしょうけどね」

 ムライの皮肉と同時に、パトリチェフがシュターデンに躍りかかり、ブラスターを無理矢理奪い取った。ヤンの拘束もさっさと解いてしまう。

 

「お、おい、これは……」

 

「貴方がヤン少佐の家族を殺そうとしたこと、それは想定の範囲内だったということですよ。少将閣下。だから待ち構えたということです。今頃マフィアの連中は隠れ家に逃げ帰っているところでしょう。あ、ただで逃がすのも癪なので、一つ吹き込んでおきました。少将殿はそろそろ本国に帰任するので、邪魔者を処分させようとしたのだ、と」

 パトリチェフの言葉に、シュターデンは真っ青になった。

 

「そうです。我々としてはこれにて一件落着、ヤン少佐の録音データを帝国に流して、後は帝国に任せましょう」

 

「そうだな。で、大尉。君はたまっている仕事が沢山あるはずだが」

 

「おお、そうだそうだ。すいませんね。我々も多忙なもんで、帝国にデータを流すのはもうちょっと後になりそうですな。例えば一か月後とか」

 パトリチェフの言葉にシュターデンの膝が震えだした。汚れ仕事に使ったマフィアは、シュターデンに一杯食わされたと思い込んでいる。となると、そのうち怒り狂ったマフィアがシュターデンを追い回すことになる。

 

「た、頼む。助けてくれ。何でもする」

 

「何でもする?今、何でもするといったな、大尉」

 

「ええ、聞きましたよ。何でもするんですか、少将殿」

 パトリチェフの言葉にシュターデンはがくがくとうなずいた。

 

「では、我々のために働いていただく。今まで閣下は大金と引き換えに亡命希望者を南朝に流していたようだが、今後は誰が南朝へ、どんな身分で行くかは我々が決める。もちろん無料(ただ)でだ」

 

「なっ……」

 

「何だね」

 ムライの声はいつもと全く違う、低くて冷たいものだった。

 

「待ってくれ。準備には金がかかる。経費もそうだし、袖の下も必要だ。あんたならわかるだろう」

 シュターデンはムライに懇願した。

 

「そうか。ただではやってくれないそうだ。どうする、少佐」

 

「ならば仕方ありませんね。今回の件は、これで全て終わりにしましょう。我々の任務も終わりましたからね」

 ヤンの突き放した言葉に、シュターデンはへたりこんだ。ムライが話し出した。

 

「手始めに、ヤン少佐が振り込んだ50万ディナールをこの口座に振り込み願います。三日以内で。もし、振込が無かったら、後は分かりますな。閣下が使ったシンダコ・マフィアはうちにも知り合いがいるから抑えておけるが、下手に動いたら、フェザーン湾のサメの餌になりますぞ。あと、こちらから連絡はしますが、こちらに連絡はしないように」

 ムライはシュターデンのスーツに紙を差し込んだ。直後、パトリチェフが首に何かを当てると、シュターデンは倒れて動かなくなった。

 

「少佐、心配せんでください。軽い麻酔ですよ。三十分もすれば起きますからね」

 パトリチェフはヤンにそう言うと、がははと豪快に笑った。

 

 

 

 帰りの地上車ではムライがハンドルを握り、後部座席にヤンとパトリチェフが座った。別に急ぎの用事でもないのに自動運転ではなくハンドルで操作しているということは、運転がムライの趣味と考えてよかった。

 

「少佐、ご協力感謝だ。よくやってくれた」

 

「いやぁこんなに上手くいくとは思いませんでした。少佐殿の『演説』も見事なものでしたよ」

 そう言って、パトリチェフはヤンの肩をばんばんと叩いた。

 

「課長、お聞きしたいのですが、何故こんな手の込んだことをしてシュターデンを嵌めたのですか」

 

「シュターデンは亡命希望者から巻き上げた金を各所に配っていた。だから、単純に告発しても彼を追い詰めることは難しい。そこで、我々は彼の弱点に目を付けた。このような裏の仕事には荒事担当が不可欠だが、一体誰を使っているのか、それが掴めなかった。そこにヤン少佐という『素人』が現れたらどうだ?そう考えた。素人が相手なら、それを逆手に取って同盟側の工作要員にダメージを与えることもできる。そう向こうが考えると思ってね。向こうが『ナイフ』を抜くのを待っていたんだよ」

 

「なるほど」

 ヤンはムライの手腕に感嘆した。工作員の素人であるヤンならどう行動するか、ヤン本人だけでなく、関係者の動きまで読み切った作戦。見事なものだ。

 

「もう一つ質問。ホテルに残してきた『家族』ですけど、心配じゃなかったんですか。危険に晒される可能性があったと思いますが」

 

 それを聞いたムライとパトリチェフは、しばし考えると大声で笑い出した。

 

「???」

 

「いや、少佐。君が『家族思い』なのはよく分かった。だが、『いばら姫』のことなら心配無用だ。殺そうと思って殺せる相手じゃない」

 

「そうですよ、少佐殿。自分だってあの『いばら姫』と一対一でやり合うってなら、すっとんで逃げます。シンダコのチンピラ共なんて歯牙にもかけないでしょうよ」

 ヤンは二人の言っていることがいまいち理解できなかったが、協力者の生命は心配しなくともよい、ということだけは理解できた。三人の乗った地上車は、フェザーンの繁華街の中に消えていった。

 

 

 

 それから三日後、フェザーン中心街、ギルガメッシュ・タバーンーー

 

 すでに夜は八時を回り、ウォルフガング・ミッターマイヤーは足早に店の中に入った。係員に名前を言うと、お連れ様は既に席で待っておられます、そう店員は言った。一言礼を言うと、ミッターマイヤーは席に向かった。

 

「遅いじゃないか、ミッターマイヤー」

 

「悪い。仕事がたまってどうしようもなかった」

 

 先客はミッターマイヤーと違ってすらっとした長身の美男(イケメン)である。長い頭髪を肩まで垂らしている。チェックのスーツにタートルネックシャツというのは、当人にとっては相当ラフな格好ではあるが、傍目から見ると本気の服装に見えてしまう。

 

 二人は乾杯を交わし、何杯かグラスを空にした。しばらくしてーー

 

「そうだ忘れてた。例のアレ、俺はどうだった?格好よく映っていたか?」

 

「自分はどう思うんだ、ミッターマイヤー?」

 

「おい、まさか、見てないのか?リージス・フィルビン・トークショー。前から何度も言っていたはずだが」

 

「見たさ。俺はお前の意見が聞きたい」

 

「そうか……そうだな。共和主義者って奴は、なんでああも観念主義者ばかりなんだろうな。話すことは空理空論過ぎて、とてもついていけん。民主主義とやらが瓦解を繰り返すのもさもありなん、という奴だ」

 

「ほぅ、お前も共和主義に毒されるようになったか」

 

「なっーー」

 

「いの一番に叛徒共のことを言い出すのだ。そう考えても仕方あるまい。ところで、あのヤン・ウェンリーとかいう奴。面白い男だな」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 しばし男は黙って、驚くべきことを言い出した。

 

「シュターデンが『釣られた』。奴の手引きだ」

 

「なんだと……」

 

「あのヤンという男は、口先だけ上手い学者気取りかと思いきや、心理戦に長けているプロだ。強敵こそ最高の友である、そういうことになるかもしれん」

 

「そう……だな」

 ミッターマイヤーは呟いた。自分は北朝の弁務官事務所、その警備責任者。横に居る男は同じ北朝だが、情報担当官である。その職務の違いから、二人はいろいろな場面で角突き合わせることになった。怒鳴り合いの喧嘩をすることもあった。そんな関係が二、三年続くうちに、お互いを認め合い、二人は親友と呼べる間柄になっていた。フェザーンはそういう土地であった。

 

「そうだもう一つ忘れてた。例の内示、正式に辞令が出た。三か月後にはオーディンに帰る」

 

 隣の男はそれを聞いてしばし沈黙した。

 

「そうか……寂しくなるな。軍務省勤務と聞いていたが、本当なのか」

 

「そうだな。本当は話してはいけないことだが、いずれ分かることだ」

 

「貴様の『木』はどうする?随分と沢山あるだろう」

 

「盆栽のことか?人に譲る。譲り先がないなら、暖炉にでもくべるさ」

 

「いいのか」

 

「庭木なら親父の家に山ほどあるからな。それに、これからはそんな趣味を楽しむ暇もなくなるかもしれん」

 ミッターマイヤーの言葉に、男は身震いした。

 

「始まるのか」

 

「自分の知る限りでは、始まる。間違いなく」

 

最終戦争(ラグナロク)が」

 

「ああ。三十年続いた内戦の終わる日。最終戦争(ラグナロク)が」

 

「……ならば。今日はとことん付き合ってもらうぞ。ウォルフガング・ミッターマイヤー少佐殿。次、いつ会えるか分からないのだからな」

 

「もちろんだ。オスカー・フォン・ロイエンタール少佐殿。明日の朝までだって」

 

 

 

 




次回予告

 帝国領内で、建造中止となったはずの同盟戦艦による海賊行為が頻発。さらに、海賊行為に加担しているのは同盟軍軍人であるとのクレームが寄せられる。ヤンは海賊行為を行う奇妙な『戦艦』の調査を行うことになった。

第九話「幽霊戦艦」
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