My Hero Battlefront ~血闘師緑谷出久~   作:もっぴー☆

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なんか評価バー真っ赤なんですがなにこれ怖い(現実逃避)

前回もたくさんの閲覧、評価、感想ありがとうございました。嬉し恥ずかし後々の評価が変わらないか怖くて震えが止まりません(豆腐メンタル)

やっと回想が終わって現在に戻った第九話です。なんで回想で八話も使ってんのだろ?



第9話:行きたまえ

 「―――そうして僕はライブラの一員として世界の均衡を守り続け、その一年後レオさんと出会った。ということなんです」

 

 そう締めくくり僕は過去の話を終えた。静聴してくれていたレオさんははえー、と反応し軽く拍手をしてくる。

 

 「聞けば聞くほどイズク君も凄まじい経歴持ちだよね。なんかちょっとしたお話を聞いてる感じだったよ。……でもなんでまた突然そんなこと話したの?」

 

 「いやまあ、少し懐かしくなったっていうのと、実はメンバーの中でレオさんだけ僕の経歴を知らないのに今気付いたっていうかその……」

 

 「ああ、仲間外れにしてる感じがして嫌だったとか?ツェッドさんも知ってるの?」

 

 「僕は一緒に修行している頃に聞きました。僕としては紆余曲折があるにせよ、イズクさんは夢に真摯な人間です。きっとみんなが支えてくれれば素晴らしいヒーローに自ずとなれたでしょう。そんな彼の夢を嘲笑っていた周囲の見る目のなさにほとほと呆れてしまいますよ。特にかっちゃんとオールマイトという人はちょっと話し合いの場を設けるべき所業です」

 

 話をしている間に仲間の一人が合流してきた。半透明の身体をしたこの人はツェッド君。人でも異界人でもない合成生物で僕の弟弟子にあたる人だ。余談だけどこんななりだが僕より年下だったりする。

 

 「か、かっちゃんはともかく、オールマイトの発言に関しては納得しているから問題はないよ、うん。

 それと遊撃お疲れ様、ツェッド君」

 

 「お疲れ様ですイズクさん、レオ君。後汚い方の兄弟子」

 

 「待てや魚類、こっち見てきたねー方ってどういうことだこら。テメー最近ちょーし乗りすぎだぞこら、一番の兄弟子を敬えやこら」

 

 「敬う?何をバカなことを言ってるんです。あなたはイズクさんと違い素行も悪辣、師の教えに背き怠惰に過ごすその様を見てどこを敬えと?」

 

 「あ゙っ?マジでここらで生意気な口聞けなくしてやろうか?」

 

 「二人ともストーップ。いいからご飯食べに行きましょうよ。僕らお腹ペコペコですよ」

 

 「イズクは黙ってろい」

 「イズクさんは黙っててください」

 

 いつにも増して罵り合いが劇化しつつある二人を宥めにいく。が、揃って突き返される。仲が良いのか悪いのか。同じ地獄を味わったもの同士、決して険悪ではないのだが。

 まあこの喧嘩もお腹が空いてイライラしてるからだろうし、ツェッド君も合流したのだからいい加減何か食べに行きたい。レオさんもため息吐いて項垂れてるし……。

 

 しかし僕がこの世界に来て四年半か。本当に色々あったなあ。

 僕がライブラの戦闘員として身を投じた二年だけでも大小様々な世界の危機が訪れた。大きいものなら絶望王が大崩落を引き起こしたり、世界崩壊幇助器具争奪戦が勃発したり。小さいものなら優勝賞品になった新型毒ガス兵器を回収すべくライブラのみんなとダンス大会に出場したり。ユニークなものだとF1性能以上の魔改造されたカートに乗ってスピード狂の上位者とヘルサレムズ・ロット中を駆け回るトンチキなレース(血なまぐさいマリ〇カート)もあった。なおギルベルトさんが頑張って無事勝利しました。

 

 死にかけたことなんて何度もある。勝手ながらヒーロー活動なんてことをしているため、犯罪組織に恨みを買っているのもあってよく襲われるし、世界の危機に立ち向かい三途の川を何回も渡っては帰ってきたりもした。いつものお二人は元気そうでした。

 

 その過程で何度も誰かを救った。無論その陰で誰かを救えなかったりもした……。とても悔しかったし、目の前で取りこぼした命に涙したこともあった。それでも僕は腐らず、光に向かって歩き続けることやめはしない。僕をここまで成長させてくれた、敬愛する仲間達に顔向け出来るようにいたいから。

 

 ……成長と言えば身体も成長してほしかったな……。

 この四年半で身体がほとんど成長しておらず、レオさんとどっこいどっこいの身長だったりする。童顔、年齢1歳差、低身長、天パとレオさんと色々似た特徴なおかげでザップさんから「力の陰毛技の陰毛」「陰毛ブラザーズ」「陰毛オブザツインズ」なんて失礼な言い方をされるし。個人的にレオさんと兄弟扱いされるのは悪くないけど、陰毛扱いはレオさんに失礼だと思う。

 みんなも僕の身体が成長しないのは、成長する時間軸だけを向こうにおいてきた可能性もあるかもしれないし、ないかもしれない、なんて苦しい事を言ってくるし。すみませんがそのフォローは逆に効きます。

 

 しょうもないことを考えてる間も兄弟弟子の口喧嘩は続く。徐々に兄弟子が押されてきたのでそろそろ話を切り上げさせるか。

 そう考えて動き出したとき、レオさんの様子がおかしいことに気付いた。

 

 「どうしたんですか、レオさん。神妙な顔をして壁を睨んでますが?」

 

 「……みんなまずいっす、問題が発生です」

 

 「へ?」

 「んあ?」

 「え?」

 

 「今この近くに次元歪曲と同じ歪みが発生しました。場所は……そこの路地裏です」

 

 レオさんがそう言って示した場所は、かつて僕がこの世界に落ちてきた場所だった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 「孔、だな」

 

 「……孔、ですね」

 

 「見事に開いてますね」

 

 「ねえなんで揃って落ち着いていられるの?こっちはすごいヒヤヒヤしてるんだけど?ちょっと?ザップさん?イズク君?ツェッドさん?」

 

 今僕たちの目の前で空間に孔が開いている。星空のような煌めきを持ってフワフワと漂っているそれは、レオさんが見た限り小康状態を保っているとのことだ。

 ……レオさんは僕たちを見て落ち着いているように見えているようだが、少なくとも僕はいっぱいいっぱいだったりする。

 孔が発見された場所は、僕がこの世界に落ちてきた路地裏なのだ。そして煌めくその孔を見て、僕は懐かしさを感じている。確証があるわけじゃない。だがきっとこの孔の先は僕の……

 色んな感情が胸中を巡るなか、近くで何台か車が止まる音がし、それに続いてクラウスさんたちと何人かの技術者がやってきた。おそらく閉塞術に長けた人たちだろう、機材を慣れた手つきで設置している。

 軽く遅参の謝罪をしたクラウスさん達は空間に開く孔を見やる。その後辺りを見渡しだした後、顎に手を当てしばらく考え、そしてレオさんに声をかけた

 

 「レオナルド君、その孔はすでにそんな状態だったかい?」

 

 「はい、来てからずっと見てますが今のところ小康状態を保ってるのか危険はなさそうです」

 

 「そうか……すまないが君の眼でその孔を覗くことは出来るだろうか?」

 

 レオさんは頼んできたクラウスさんに二つ返事で孔に向かい目を見開き、蒼く精巧なその眼から術式が展開され中を覗き見ていく。双眼が孔を睨み付けてしばらく、レオさんが中の情報を確認出来たのか口を開いた。

 

 「中の様子ですが……街並みが見えます。雰囲気と文字表記からしておそらくは日本……。人通りはよくないのか周囲に人がおらず……

 

 それと近くにヒーローの看板があります」

 

 「…………ッ!!!ヒ、ヒーローの……?」

 

 「うん、イズク君がよく言っていたオールマイト?って人が写ってる看板がデカデカと見える。ちょっと視界繋ぐね。」

 

 そう言うとレオさんは僕と視界を共有し、孔の中をもう一度覗き込んだ。

 ……そこに映っていたのはよく知っている懐かしい景色だった。その中にはヒーローの看板もたくさんあり、オールマイトがデカデカと写った看板もある。

 間違いない。僕の住んでた町だ。つまりこの孔は……僕の世界に繋がってるんだ……!

 

 「この場所に見覚えがあったからもしやと思ったが、やはりそうか。」

 

 「まさか今回の次元歪曲に反応して開いてしまったっていうのか?勘弁してくれよ、こうも不安定だと多重閉塞してもまた開きそうで怖いんだよ」

 

 偶然か必然か。クラウスさんとスティーブンさんが言うように僕の世界に繋がるゲートは、僕がこちらに来た場所に開かれていた。おそらく今回の次元歪曲事故によって周囲に拡散された次元開門式に反応して開いたのだろう。普通ならそんなことはない。しかし僕がこちらに来るときに使われた空間術式は全く新しく、かつ不完全に作られた術式だと聞かされている。多分従来の閉塞術式じゃ閉塞は出来ても完全に無力化には至らなかったのだろう。そもそもここはH・L(ヘルサレムズ・ロット)。何が起こるかわからないここならどんな事故も、奇跡もあり得てしまう。僕の個性発現のように。

 しかしそのことについてはひとまず置いておく。今目の前には僕の世界へ帰還する片道切符があるのだ。

 

 

 そう、片道なのだ。

 

 

 もし、僕がこれを潜ったなら、この孔はクラウスさん達の手で閉塞されるだろう。つまりこちらに戻ってこれない。

 もう彼らに会えないかもしれないのだ。

 

 一緒に日々を過ごしたライブラのみんなにも、僕を鍛えてくれた師匠にも、何かと気にかけてくれる兄弟弟子にも、装備でお世話になったパトリックさん達にも、ご飯でお世話になったビビアンさんにも、ヒーロー活動に何かと便宜を図ってくれたダニエルさんにも、何度もその背に光を見せてくれた、クラウスさんやレオさんにも。

 ―――僕にたくさんの希望と優しさを与えてくれたみんなに会えなくなる。それがたまらなく怖かった。

 

 「……イズク君、大丈夫?」

 

 レオさんが僕の様子がおかしいのに気付いたのか心配してくれている。心配させまいと笑顔を作ろうとするがうまく作れない。きっと今の僕の顔は酷く複雑な顔をしているだろう。嬉しいとも、悩んでいるとも、怖がっているとも取れる顔を。

 

 嬉しいさ、元の世界に帰れるのだから。本来僕がいるべき世界に。でもそれと同時に今更帰って大丈夫かと疑問もある。

 だから悩む。あっちの世界は今どれだけの時間が経っているのかわからない。まだ一日も経ってないかもしれないし、もしかしたら十年も経っているかもしれない。仮に百年も経っていたなら帰ってきた僕に居場所なんてあるはずもない。

 それ以外にも世界のギャップに混乱するかもしれない。もちろんこんな事態を想定してあちらに帰れた時、向こうに馴染めるようにと力加減の鍛錬はしたし、向こうとこちらの常識の違いも維持できるよう覚えている。それでも濃密な四年半を過ごした僕は、あの世界で順応しきれるかもわからない。

 だから怖い。もしかしたら馴染めず、道を誤るかもしれないことに……。

 

 考えれば考えるほど不安になる。ライブラ側としても僕という戦力がなくなるのは痛いだろう。現在も大がかりな計画を建てている過激派宗教に探りを入れているところだ。他にも警察と連携するにあたり僕というわかりやすい正義の味方がいるおかげでトラブルを回避する材料になったりすることもある。そう考えるとやはり引き継ぎなんかもせず向こうに帰るべきではないだろう。

 

 

 

 ……でも……

 

 

 

 「……母さん……」

 

 

 

 それでも僕は、みんなに、母さんに会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「行きたまえ、イズク君」

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 「……えっ?」

 

 静寂に包まれたその場でクラウスさんが一言発し、木霊した瞬間メンバー全員が行動を開始した。

 

 「すまないが、その空間の閉塞は早さより確実さを優先してくれ。具体的には五分かかるところを三十分くらいかけて封鎖準備を頼む」

 

 「えっ?えっ?」

 

 「あ、僕ブリゲイトさんとサトウさんに連絡しますね」

 

 「えっちょっえぇっ!?」

 

 「んじゃあ私は人狼局の皆にビデオ電話でも繋ぐわ」

 

 「ちょっ、待ってください!なんで僕が帰る空気になってるんですか!?」

 

 「なんだい少年、帰りたいんだろ?ついでにアリス獄長に頼んでハマー達とも繋ぐか」

 

 「え、いや、まあ、帰りたい、といえばもちろん帰りたい、です。はい。……で、でも、僕が抜けたら皆に迷惑を……」

 

 「ぶぁーか。テメエが抜けた程度で響くライブラじゃねえよ。それはお前もわかってるだろ。俺はエイブラムスさんに連絡入れるか」

 

 「そうそう、イズクっちがいなくなるのはとっても寂しいけど、でもそれで貴方が自分のお母さんに会えるんだとしたら私たちはすごく嬉しいわよ。アタシはパトリック達に入れちゃえ♪」

 

 「それじゃあ僕はエステヴェスさん達にでも。イズクさん、貴方は今まで我々や市民のためにその身を粉にして人々を助けてきたんです。今くらい我が儘を言ってもバチは当たりませんよ」

 

 そういってみんながみんなあちこちに連絡を入れる。ちょっと待って、僕一人のために大事になってない!?今の時刻はまだ4時頃、朝日もまだ出てないって時間に僕なんかのためにわざわざ起こすのも悪いと思うのだけど!?

 慌ててみんなを止めようとあれこれ諫めようとする僕にクラウスさんがやってくる。今度は貴方ですかクラウスさん!?

 

 「イズク・ミドリヤ君。君に任務を頼みたい」

 

 「え?このタイミングでですか?」

 

 「ああ、内容は"この孔の向こうの調査"だ。我々にとってこの孔の先の脅威は未知数だ。もし孔の向こうに世界の均衡を崩す存在がおり、こちらを狙っているならば排除したい。我々はこの先を知らないが、君は知っているのだろう?ならば君を送るのがもっとも合理的だ。何年かかるかわからないが、頼まれてくれるかい?」

 

 ふむふむなるほど、確かに僕の世界は彼らには未知の世界だ。それなら元々あちらの世界の住人である僕が調査をするのが道理だろう。僕自身単独行動が出来るようにと、他のみんなにも師事してアレコレ出来るようにしてあるのだから。

 

 ……なんて色々理屈を考えてみるがなんてことはない。この人も僕を後押しするために体のいいことを言ってるのなんて簡単にわかる。利よりも人情を優先するこの人の、不器用な親愛が。

 

 「私に出来る精一杯の後押しだ。どうか受け取ってくれ」

 

 「あ、ありがとうございます。でもみんな僕のためにあちこちに連絡をして、迷惑じゃないでしょうか?」

 

 「それに関しては大丈夫だと思うよ?その証拠にほらっ見てみなよ」

 

 レオさんがスマホをこちらに向けてくる。するとそこにはブリゲイドさんやサトウさんといったライブラの人たちが映っていた。いや、レオさんのスマホだけじゃない。皆のスマホからも知り合った人達が、僕が元の世界に帰ると聞いて別れの挨拶を送ってきてくれている。

 「ついに帰れるのか、良かったな」「今まで楽しかったよ」「弟分がいなくなって寂しいわ」「差し入れが減っちまうな」「イズク君バイバーイ!」「君のおかげで患者が無駄に増えず感謝している」と内容は様々だが、どれもが優しい言葉だった。

 現場が近かった人たちに至っては出向いてくれており、ギルベルトさんとパトリックさんはわざわざ僕の私物を持って来てくれた。ダニエル警部補も顔を出してHLPD(警察)代表で感謝を述べてくれた。曰く「お前が何かと市民を守ってくれるおかげでここ二年、被害も少なくて助かってんだ。見送りくらいさせろや」とのこと。

 とても暖かかった。僕がこんなにみんなに頼られていたことに、愛されていたことに嬉しさがこみ上げてくる。

 

 「イズク君。僕が言うのもなんだけど、君も大概色んな人に頼られてるし愛されてるのを自覚したほうがいいと思うよ?」

 

 「……はいっ……!」

 

 「うん。……そろそろお別れの挨拶をしないとね」

 

 寂しそうにそう告げるレオさんの言葉に、すでに閉塞準備が出来上がっていることに気付く。僕はみんなに向き直り、別れの挨拶をしていった。

 

 ―――ザップさん。この四年半、あなたには散々酷い目に遭わされました。でもそれと同じくらい、大事なときは必ず背中を押してくれるあなたの不器用な優しさにはいつも助けられました。あなたは僕の自慢の兄弟子です。

 

 ―――スティーブンさん。感情的になりやすい僕達の手綱を握り、組織と協力者との関係を保ち続けるあなたの手腕は、この世界の均衡を保つのに必要不可欠です。僕という手がひとつ減ってしまいますが、どうか何時までもクラウスさんを支えてあげてください。

 

 ―――チェインさん。人狼局の皆さん共々公私でお世話になりました。酔った勢いで無理矢理お酒を飲ませてきたり、大変なこともありましたが、それもまた心地いい大変さでした。お酒の飲みすぎに気をつけて健康でいてください。それと、あの人との関係が好転するのを楽しみにしています。

 

 ―――K・Kさん。こちらに来てからというもの、何度も母さんが恋しくなり、ホームシックになっている僕を貴方はその母性で慰めてくれました。こんな僕にまで愛情を与えてくれた貴方は、僕にとって第二の母さんです。いつまでも、素敵な母でいてください。

 

 ―――ツェッド君。君はあの修行を共に耐えた兄弟弟子としてだけでなく、孤独を共感しあえる大切な弟弟子でした。僕はいなくなりますがライブラの皆さんが、なによりもう一人の兄弟子がいます。きっと寂しくはないでしょう。

 

 他にもギルベルトさん、ブローディさんハマーさん、ブリゲイドさんやサトウさんといったライブラやその協力者の皆さん。僕の勝手なヒーロー活動を陰ながらサポートしてくれた皆さん。今までお世話になりました。みなさんが一人でも欠けていたら、きっと僕はここにいなかったでしょう。感謝してもし足りません。

 

 ……そして最後にレオさん、クラウスさん。

 多くは語らないでいいでしょう。だから、これだけは伝えておきます。

 ()ってきます。この世界を、僕の世界を守るために。

 

 「おい、デク」

 

 ザップさんが行こうとする僕になにかを投げる。それをキャッチして見ると、ザップさんの愛用のジッポーライターだった。

 

 「貸す」

 

 たった一言だけだった。だったが、その言葉の意図はすぐわかった。

 貸す。つまりいつか返さなくてはいけない。一週間後か一年後か、十年後かはたまた死ぬまで借りることになるかわからない。だがこれを返す約束があるかぎり僕はザップさんと、ライブラのみんなといつまでも繋がり、忘れることはないだろう。

 本当この人は不器用だ。こんなやり方でしか檄を送れないのだから。だからこそこの人らしく、こういうところが僕は好きなんだけど。

 溢れそうな涙を乱暴に拭い、満面の笑顔でハイ!と答える。もう時間だ。空間の前まで来た僕は、最後に振り返り。

 

 「皆さん、いってきます!」

 

 元気よくそう告げた。これは別れじゃない、いつかまた会おうと、言葉にその意思を乗せて。

 その言葉にいってらっしゃいの合唱で見送られ、門を潜った僕は元の世界に帰ったのだった。

 

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 

 イズク君が元の世界に帰って、見送った面々は様々な気持ちを胸中に宿していた。寂しがる者もいれば良かったなと喜ぶ者もいる。しかし彼らは皆、一様に彼が元の世界に帰れたことを祝福していた。

 かくいう私もまた、その一人である。

 

 「行ってしまったな」

 

 「そうだな。……寂しいかい、クラウス?」

 

 「寂しくない、と言えば嘘になる。彼もまた我々にとって替え難い存在だったのだから。だが彼を元の世界に返す、その約束を破るわけにはいかない。

 それに、彼が私にくれた光がある限り、私は大丈夫さ」

 

 「くれた光?」

 

 「私が彼を保護したあの出来事を覚えているだろうか?あの時は彼の存在の危険性を秘匿するためなど、様々な理由があった。しかし彼を保護した理由の多くを締めたのは、同情と、己への勝手な慰めだった。

 ……私はあの時、未だに大崩落の戦いを引きずっていた……」

 

 「……ブラッドベリ総合病院のことかい?」

 

 「ああ」

 

 大崩落が起きたあの日、スティーブンと共に足を運んだブラッドベリ総合病院で血界の眷属(ブラッド・ブリード)とそのペットの襲撃にあい、抵抗虚しく院内は蹂躙された。その後大崩落が止まりすべてが終わった後病院は姿を消し、一年前まで存在を確認できなかった。当時は蹂躙劇もあり、見つかっても生存者は絶望的だと判断、病院の調査は打ち切られることに。

 あの場にいた者達を誰一人救えなかった、何も成しえれなかった己の無力さを痛感したが、しかしそれでもみんなに支えられ、絶望に足を止めることなく今出来る最善をなし続けるべく戦い続けた。心にしこりを残したまま……。

 

 「そんなとき、イズク君が現れた。理不尽に巻き込まれ帰還も絶望でしかない哀れな少年。せめて彼だけでも救おうと、己の自己満足に善意という笠を着て彼を保護した。

 ……しかし彼は保護される存在で終わる少年じゃなかった。あの事件で彼は無力な自分と決別するかのように奇跡を手繰り寄せ掴み取り、見事に人命救助を果たした。あの時彼が言った言葉を今でも覚えている……『救けを求める顔をみて、考えるよりも先に救けに向かっていた』と。私は彼の恐怖の中にあれど、誰かを助ける優しき心に光を見た。

 

 私は彼が誰かのために走り出すとあの光景を思い出す。その度、人の中に宿る気高き魂に触れたように感じるのだ。そしてそれはレオナルド君にも触れさらに顕著になった。彼らの気高き想いを、魂を忘れない限り私はきっとこれからも折れることなく、光に向かい戦い続けられるだろう。彼は私のことを心を救ってくれたヒーローと言うように、彼もまた、私を救ったヒーローなのだ」

 

 「……まったく、あの少年ときたら君にそこまで言わせるなんて。ちょっと妬いてしまいそうだよ」

 

 「……あー、スティーブン。当然君も替えがたき存在だ。君を喪うようなことがあったら私はきっとひどく落ち込む。だからその、嫉妬なんてしないでくれたまえ」

 

 「はは、わかってる、ちょっとからかっただけだよ。クラウス、やはり君はもう少し人の機微に鋭くなることが課題だな」

 

 「むう……」

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 「ねえツェッドさん。ザップさん無茶苦茶機嫌悪くないすか?」

 

 「いえ、あれは多分寂しいんだと思います」

 

 「そうなんすか?」

 

 「イズクさん曰く、下唇を尖らせて俯いていたら大体寂しがってるんで弄ってフォローするのがいいらしいです。ただその際のこちらへの被害は考慮しないとかなんとか」

 

 「なるほど、つまり今はほっとくより弄って気を紛らわせるほうがいいと」

 

 「そういうことです」

 

 「おいこら丸聞こえだっつーの陰毛魚類。んなこと堂々と言われて気が紛れると思ってんのか」

 

 「ザップさん単細胞ですし紛れると思うんですが違うんですか?」

 

 「ふざけんな俺を何だと思ってんだコラァッ!」

 

 (……どうやら心配なさそうですね。……イズクさん。孤独を共感してくれるあなたがいなくなって寂しくは思いますが、それでも僕も前を見て歩いていきます。人としては尊敬できませんが、同じ斗流を学んだもう一人の兄弟子もいます。きっと大丈夫でしょう。……だから僕らも祈ります。あなたのこれからの未来を……)

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 「…………」

 

 「あー……チェインっち、踞って大丈夫?耳まで真っ赤よ?」

 

 「……ごめん、まだ無理。ちょっと整理させて……。……あぁ……待ってなに?もしかしてイズクにバレてた?あんなこと言ったんだからバレてたのよね?いつから?誰にも言ってないはずなんだけど……。ていうかなんであの場でそれを言うかな?ライブラに恋愛事情公開とか罰ゲームなの?ちょっと今すぐ彼の胃に五寸釘仕込みたいんだけど……」

 

 「……申し訳ないんだけど、わりとバレてると思うわよ?私以外にも何人か気付いてるし。本人やクラっちはともかく、多分レオっちも気付いてるかも。ザップっちとツェドっちはー……わからないわ」

 

 「――――――!!!??」

 

 「どーどー落ち着きなさい。無言で叫ばない暴れない。彼が反応しちゃうわよ?」

 

 「どうしたんだいチェイン?」

 

 「あんたはこっちに来ない鈍感腹黒男!!」

 

 「理不尽じゃないかな!?僕はチェインの調子が悪そうだから心配で見に来ただけ―――」

 

 「ピャアアアアアアアアアアッ!!?」

 

 「ぶふぉっ!?」

 

 バチィーンバチィーンバチィーンチィーン……

 

 時刻は午前5時30分。ヘルサレムズ・ロットの一画では、少年への祝福とビンタの音で朝日が昇り始めた。




去り際にに女の子の恋路に爆弾投げつけていくクズ男がいるらしいです。コワイナー。

出久君、ようやく自分の世界に帰還です。当面血界組を動かす機会が減ります。ないと言わないのは筆者がちょこちょこ出したいからです。K・Kママとか。

次回からガラっと雰囲気が変わるかもしれませんが、気に入っていただけるよう頑張ります。

【誤字報告】

クオーレっとさん。チルッティドラグーンさん。

誤字報告ありがとうございました。

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